哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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最終話、後編です。それでは。


幾千の夜を越え動き出したstory

 

 

 

 寒空の下、苦笑いというか唖然というか、とても困った感情が入り乱れる。

 もう一度会いたいと思った顔がそこにあるのに、イマイチ感動的な気持ちにならないのは、ある意味それがキリ・ウィンチェスターという男なのかも。

 

 ⋯⋯サミュエルが知ったら頭を抱えるでしょうね。

 はたして頭痛だけで済むかどうか⋯⋯ 

 

 

「話が見えませんが、いいでしょう。今わたくしは生涯初の命継ぎの時期。ラミエリアによる国家の支配を盤石なものにする大切な時期なのです」

 

 

 それにしても、一角とはいえ人の目があるなかで彼女も随分と大胆な発言をする。

 呆れそうになるのを煙管を咥えて押さえ込み、ただ⋯⋯本当に死の騎士の席に収まったとしたらーーあまり強気に出るのは正直に言うわ、お薦めしない。

 

 

「本音を言えばお前のような無礼者。矮小な戯言に耳を貸している暇はありませんが⋯⋯」

 

「俺もだ、暇ではないんだぞこの仕事は。だが、監督不行届というのがあるだろ。手駒だの下僕だの、そういう言葉を乱用するからには当然縁のある言葉だ。ちゃんと釘を差しておけ、それを言いに来た」

 

「下僕とするには少し躾が必要。ですが顔はそこそこね、いいでしょう。わたくしと剣を交えることを恐れないというのなら決闘での対話を許してあげる。光栄に思いなさい、神の慈悲ーー女神ラミエリアが時間を割いてあげるのだから」

 

「ーー神だって⋯⋯? 世間知らずなホスト狂いにしか見えないのだがぁ?」

 

 

 ⋯⋯人の心がないわね、この男。

 いいえ、もう人ではないけれど。ふと、バツの悪そうな顔で遠山キンジが後ろ頭を掻いていた。あら。

 

「ねえ、本当にホストクラブに浸ってるの?」

 

「いや、今日が初めて。酒が飲みたいって煩くて、ちょっとな。ただその⋯⋯」

 

「結構よ。貧乏なあなたが勧めるわけないし、超能力で支払ったんでしょ。顔を見れば分かるわ」

 

「エスパーかよ」

 

 察しはつく。現金支払いをなんらかの魔術でスルーしたんでしょう。

 金を落とさないとキャストだって働けなくなるのだから褒められたことではないけどね。

 

 

「いきなり現れて、うるさい虫のようですわ。ヒトごとき矮小な殺意、わたくしが警戒する道理はありませんがお前はやや特殊のようですね」

 

「虫はどっちだ。お前を叩き殺してやる」

 

 

 ⋯⋯釘を刺すだけで終わらせるんじゃなかったかしら。

 こんなところでレクテイアの神と死の騎士なんて銀河系プレイヤーがやり合う? ⋯⋯い、イカれてるわね。

 

 

「お、おい待てって! こんなところでおっぱじめーー」

 

「キンジ、ちゃんと見ろ。もう終わってる」

 

 

 つまらなさげに指摘した雪平の視線を辿ると、ほぼ半透明の、角度を変えればかろうじて見えるかどうかの透明な鎖がラミエリアの両手を同じく透明な手首の枷で繋いでいた。

 

 魔術による見えない手枷⋯⋯仕掛けたタイミングがまったく分からなかった。

 

 

「冗談だ。神の一声での特別採用だ。私怨でホイホイと殺して回れるか。しかし、あの天使はかなり傲慢だな」

 

 指を鳴らすと突然の手の不自由さに戸惑っていたラミエリアの姿が消えた。もはや見慣れた手品のごときテレポート、死の騎士ともなれば使えない理由はない。

 

 む、無茶苦茶ね⋯⋯顔色を変えないまま、殺気だった女神を追い返してしまった。

 

 だけど気になるのは⋯⋯彼女どこに飛ばされたのかしら⋯⋯

 

「なあ、まさかとは思うが海の底とかに飛ばしたんじゃないだろうな? 太平洋とかインド洋の」

 

「安心しろ。意識を落としてお前たちが居着いてる六本木のヒルズに届けておいた。あいつが勝手に上がり込んで使ってたロカのベッドじゃなくリビングの床にな。起きたあとのご機嫌取りはお前に任せる、特技だろう」

 

「⋯⋯なんでそんなことまで知ってんだよ」

 

「それなりの立場にいるってことだ。ロカはスイスで暫く帰ってこないとはいえ、無許可で部屋に上がり込んで好き放題するのは感心しない。しかし、ラミエリアか。また厄介な女にタカられたな」

 

 あの女神の態度と言葉もかなり尊大だったけど、目の前で広げられるボロ雑巾みたいに容赦ない罵倒もかなりアレね⋯⋯やはり水と油、あの女神とは相容れなかった。

 

 

「おい、もう行っちまうのか⋯⋯!?」

 

「用は済んだ、やることが溜まってるからなぁ。テッサにばかり負担をかけるのも悪い。心配しなくても会えるのはこれが最後じゃない、お前やバスカービルのみんなにその時が来たら迎えは俺が行く」

 

「つまり、次に会えるのは⋯⋯その時ってこと?」

 

「ゆっくりと待ってるよ、夾竹桃。でもあんまり急くなよ、満足するまで生を謳歌してから来い。それとーーまた会えて良かった」

 

 そんなことを言われると、とても名残惜しい。

 だって、次に会えるのはそれは私の最期ーーそれはだってまだ先のことだもの。だからこの別れは名残惜しい。

 

 とはいえ、引き留めることができないことくらい分かってる。私も、遠山キンジも。

 

 

「だったら最後に」

 

 

 だけど、これだけは確認させてもらう。

 

 

「今でも私たちの関係って続いてる?」

 

 

 それだけは聞いておかないと。

 

 

「今でも大事に思ってる、お前は?」

 

「言うまでもなく」

 

「そっか、ならよかった。またなーー冥界から、明日もいい日になるように祈っとく。おやすみ、二人とも」

 

 

 今度会えるときまで、その言葉を忘れずに私は生き続けていくから。皆で勝ち取った、この世界で。

 

 お休み、雪平。

 どういう形であれ、話せて嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 おかしな話だ、それはとても不可解だ。

 今まで自分が何度もやってきたことをいざ受ける側に回ってみると、とても不可解な気分になる。

 

 それまでいた、最近模様替えをしたばかりのオフィスの景色は、見覚えのある、見覚えしかない観葉植物だらけのマニアックな部屋に変わっていた。

 

 僅か一瞬で、景色が変わる。空気も匂いも完全に別物だ。半ば確信を覚えながら、俺は首を揺らした。犯人を探すために。

 

 

「いきなり呼び出すとは何事だ」

 

「ようこそ、騎士さま。私の城に。一緒に映画鑑賞でもどう?」

 

 綺麗な顔で、悪びれた様子など微塵も感じさせない顔が探すまでもなく視界に割り込んだ。

 

「⋯⋯夾竹桃、俺たちつい数日前にいい感じで別れたよな? 来るべき時が来たら俺が迎えに行くって、最後は俺が出迎えるって。なのになんでたった数日で再会してるんだ? それっておかしくないかなッ!?」

 

「ああ、良かった。ちゃんとだらけたサーファーみたいな喋り方もできたのね。そっちの方が馴染みがある、そっちでよろしくお願いするわ」

 

「待て、それは答えになってないだろ。それとどうやって呼び出した、ホームセンターじゃ揃わないだろ」

 

「ネットは便利よ? 探せばオカルトグッズの収集家はたくさんいる」

 

 暫く、数ヶ月というくらいだが随分と久しぶりに見せてくれる自由奔放な口振りはとても懐かしかった。気の強そうなクールに見えてお人好しな眼差しも、その目に毒な黒髪も何もかも懐かしい。

 

 掌は隠れ、指先だけ小さく覗いている少しサイズ大きめの肩出しニットもごく似合ってる。そういうやや子供っぽいのすごく似合うんだよな、夾竹桃は。童顔だし。

 

 こっちも懐かしのソファーに座ると、隣に居座った魔宮の蠍は手袋をしていない手でテレビのリモコンを弄る。なんだ、電源入れないのか?

 

 が、一瞬気を抜いた刹那、左手首がものの見事に掴み取られた。怪訝な瞳は当然のようにある一点に注がれ、やがて興味を失ったように瞼は降りて、手もほどかれる。

 

「……こうみると、普通の指輪なんだけど。不思議なものね。いいじゃない、上品で」

 

「欲しいなら別のをやるから我慢しろ、こんなぶっそうなのじゃなくて他のやつ。リリスの部屋に良さそうなのが一つあった」

 

「本当に?」

 

「ん? ああ、いいぜ。俺が持ってても別に意味はないしな」

 

 ハクソンの指輪、リリスの部屋からひったくってきた代物の一つだが別に危険なオカルトグッズってわけでもない。イカしたアクセサリーとして使えないこともないか。

 

「なら、対等にExchange(交換)といきましょう。ね、雪平ちょっとーー」

 

「ん?」

 

 ソファーから降り、一度くすりと笑ってから夾竹桃は床に肩膝を立てる。えっ、と⋯⋯

 

 

「夾竹桃、どうした⋯⋯?」

 

 

「いいから。ちょっと手を貸して」

 

 

「えっ?」

 

 

「いいから、そっちじゃなくて。左のほうよ、そう、いいから」

 

 

 ひんやりと少し冷たくも柔らかな手に引かれるまま左手が取られる。な、なんだよ⋯⋯そんな真剣な目で見上げられると変な気分になるんだけど。

 

 

「雪平、今でも私はあなたの特別⋯⋯?」

 

「当たり前だろ。関係ない、今でもお前は俺の大切な、何より大切な人だ。変わるわけないだろ⋯⋯」

 

「私も同じ。ねえ、LAでの誓いを覚えてる? 死が分かつまで、私たちは仲良くやる」

 

「ああ、昨日よりも明日を信じて今日もなんとか生きていく。二人で仲良く。忘れるわけないだろ、絶対に忘れない大切な時間だった」

 

 

 真剣に、心の底から真剣に返すと上目のままで夾竹桃の指が俺の親指を、人差し指を、一本ずつ改めていく。

 

 

「でも一つ間違いだった」

 

「間違い⋯⋯?」

 

「死が分かつまでーーそう誓ったけど、実際にあなたが虚無に落ちて死が訪れても、私たちはこうやってまた話をしてる。死であっても私とあなたの繋いだ関係は切れなかった」

 

 

 まるで手品のように夾竹桃の手袋のなかからペリドット⋯⋯幸福や希望の意味を冠する薄緑の宝石の指輪が顔を出す。

 そして、そっと俺の薬指がゆっくりと前に引かれたーーあ、ああ⋯⋯待てーーそれは⋯⋯

 

 

「雪平、愛してる。今でもあなたのことを変わらずに⋯⋯ーー私と結婚してくれる?」

 

 

 ああ待て、ダメだダメだダメだ。

 

 

「待て、夾竹桃。ダメだ、立って。君がやっちゃ駄目だ。それは⋯⋯駄目だ駄目だよ、桃子。そういうのは俺がしなきゃ⋯⋯! 君にそんなことさせちゃ駄目だ! 立って⋯⋯」

 

「今では女性だってプロポーズする。それに、あなたは結構受け身だし」

 

「だとしても、だとしてもそれは俺が言わないと。でも、でも夾竹桃⋯⋯俺は⋯⋯俺はもう⋯⋯俺はもう何回も命を融通してもらった。でもお前と、君とまた会いたくて死の騎士になった。でも俺は⋯⋯駄目だ、今の俺は、君に寄り添って生きていけない。昔みたいに大切な時に隣にいられないかも、君にそこまでしてもらってそんな無責任なこと俺には⋯⋯」 

 

 

 そうだ、また会えただけで感謝してる。他のどんなことよりもまた愛した人に会えた、幸せだ。

 けど、これは⋯⋯

 

 

「雪平、ちょっと。いいから聞いて。死神になっていようと関係ないの。どっちみち、私はあなた以外に恋愛の味を知るつもりはない。唯一の例外があなただったって話。それに死神だからって関係ない、BLEACHの最終回を読まなかった? 今は死神だって人と結婚する世の中よ?」

 

 自信満々に、でも結構無茶苦茶な理屈を聞かされてる気がする。しかも俺、まだBLEACHの最終回見てない⋯⋯

 

 

「⋯⋯懐が深いってレベルじゃないな」

 

「世間のルールに自分たちを当てはめる必要はない、破ってやるの。私たちは得意でしょ?」

 

「ああ、かなりな。なあ、どうしてペリドットなんだ?」

 

「綺麗だったから。あなたの眼の色みたいで」

 

 

 薬指に指輪が通り、完全に目のやり場を失ってソファーに背中をおもいきり倒す。

 相変わらず、お見事なソファー。これを作った職人、工程に関わった全員が後世に語り継がれてほしいね。

 

 ⋯⋯こんなこと言われて断れるやついるか。

 

 

「もしかして照れてる?」

 

「それも見越してたんじゃねえの⋯⋯」

 

「あなたを素直にさせるならこれくらいはしないとね」

 

 

「俺も愛してる、頭がおかしくなるくらい。待って、俺にもちゃんとやらせてくれ。言わなきゃ頭がおかしくなる、頼む、いいか?」

 

「おかしくなる?」

 

「俺がおかしくなったら大変だぞ。なんたって冥界の命運がかかってる」

 

「それなら仕方ないか」

 

 ふっ、ありがとう。

 場所を交代、手を取ってそのままソファーに夾竹桃を招いて、今度は俺がその足元に片膝を立てる。

 

 手にあるのはリリスの部屋にあった指輪。

 ほんの少しだがこれに関しては感謝する。こんなこと言うとは思わなかったけど、ありがとうリリス。

 

 

「⋯⋯」

 

「もしかして緊張してる?」

 

「初めてだからな。でもすごく、生きてるって感じがする」

 

 

 そう。これまでの道のりは楽じゃなかったけど少なくとも、今の俺は心の底から笑えてる。それだけは間違いなく言える。

 息を小さく吸って、まっすぐに大切な人を見上げる。すべてを賭ける価値がある、一番大切なものを。

 

 

「ーーーー鈴木桃子。俺と、結婚してくれますか?」

 

 

 やっぱり顔が良すぎるな。

 中身と一緒で。

 

 

「はい」

   

 

 

 ⋯⋯ったく

 

 

「⋯⋯本当にかわいいがすぎるな、お前って」

 

「?」

 

「かわいすぎてキレそう」

 

「それはちょっと斬新ね⋯⋯」

 

 

 ソファーから身を投げ出すように倒れてくる体を受け止めて、そのまま腕を回して抱きしめる。

 

 ⋯⋯いいのかな、こんなに幸せで。

 激務にやられてそうなテッサとジェシカに何か言われそうでちょっと怖い。

 

 

「あ、よかった。ハッピーエンドみたいで」

 

「言ったでしょ。今までの死の騎士のなかで一番俗っぽいって」

 

 

 ⋯⋯マジか。

 背後から聞き慣れた声が這い寄り、とりあえずやや冷たくなった背中のまま答える。

 

 

「⋯⋯ジェシカ、テッサもいるのか。お仕事ご苦労」

 

「労いの言葉は目を見て言ってほしいんだけど」

 

「テッサ、悪いけど視界が塞がってるんだ。大目に見てくれ」

 

「はぁ⋯⋯」

 

 溜め息をついてるのはテッサ、とても古い付き合いの死神で俺たちの知る最初の死の騎士がまだ健在だった頃からの付き合い。

 茶髪を伸ばしているのはジェシカ、ココが電車をジャックしたときに俺を迎えに来た美人な死神。真面目で優しいビリーの懐刀その一だ。

 

 二人揃ってお出迎えか⋯⋯?

 

 

「あー、ごめんなさい。その、考えてるのとは違ってると思う」

 

「そうなのか?」

 

 腕を解くと、ジェシカの微妙に天然っぽい顔が映りこむ。

一方でテッサは何食わぬ顔でスタスタと歩いてきて、一度夾竹桃の方を見やり、

 

 

「じゃ、約束のとおりに。ちゃんと生かして返してね、ハネムーンが終わったら」

 

「えっ⋯⋯?」

 

 テッサ、それってどういう⋯⋯

 

「キリ、リーダーにはあまり意見したくないけどぉ。この状況でその顔はすごく情けなく見える」

 

「ほっとけ! 状況が見えないんだよ!」

 

「私たちの総意よ。暫く、死の騎士の立場は預かるわ」

 

 と、テッサは俺の右手からーーちょっ、待て⋯⋯騎士の指輪持ってくのか⋯⋯!?

 えっ、あ⋯⋯⋯えっ? 

 

 

「気の利いたお土産を期待してる。楽しんできて」

 

「ジェシカ、ちょっと待て!」

 

「心配しなくても彼女とはもう話をつけてるから、楽しんでね。あと、そのアテムみたいな驚き方は持ちネタかなにか?」

 

 と、複雑な言葉を言い残すやまるで大学生のような明るさとノリでジェシカは消えてしまう。指輪をひったくったテッサも同様に。

 そして、あとに残った夾竹桃とは自然と視線が重なる。

 

 

「話をつけてきた?」

 

「ええ、持ちかけてきたのはあの二人。テッサはカスティエルに入れ知恵されたって言ってたけどね」

 

「キャスに⋯⋯?」

 

 た、たしかに⋯⋯騎士の指輪を渡して、役目を譲る引き受けてもらうのは可能だ。

 俺とディーンも一日、それで死の騎士の仕事を体験して、賭けをしたわけだしな。でも、えっと⋯⋯あー、これで、俺は微妙なぎこちなさを込めて、部屋を待っている蝶を眺める。

 

 

「⋯⋯死の騎士でもなくなっちまったな。でもハネムーンって⋯⋯夾竹桃、これからどうしようか。いきなり休暇をもらって戸惑ってるっていうか⋯⋯」

 

「一日一日が大切よ、今のわたしたちは特に」

 

「だな。あー⋯⋯久しぶりに深夜アニメでも一緒に見るか? その懐かしのテレビで」

 

 

「ねえ、結婚したいって気持ちは変わらない? 指輪を外した、今でも?」

 

 ふと、真面目な顔で、確かめるような目で分かりきった質問が飛んでくる。

 

 

 

「そんなの当たり前だろう。俺は⋯⋯結婚したい」

 

「私もよ、その気持ちは変わらない。でも派手な式はよしましょう」

 

「あ、⋯⋯ああ、そうだな⋯⋯段取りとか色々あるし、警備と揉めたり、誰呼ぶとか、ゲストをどうするとか、さすがに時間制限付きじゃ⋯⋯」

 

「違う、そうじゃないわ。ねえ、一日一日が大事なの。だからテッサが話をくれたときにもう決めたーー今、結婚したい」

 

 首に両腕が回って、額に軽く夾竹桃の頭が触れる。こつんと、ほんのりとした体温が一瞬伝わって、一歩後ろに下がって見せてくれる柔らかな笑みが、移ったように俺もゆるく笑いながら聞き返した。

 

 

「それって、どういう意味?」

 

「今、あなたと結婚したい」

 

「今?」

 

「これから」

 

 目の前で微笑むその顔は、とてもふざけている感じじゃなくて嘘を言ってる瞳じゃないから、数秒視線を結んだあとに首を傾げてしまう。

 

「⋯⋯今? これからってこと? ほ、本気か⋯⋯? そ、それは⋯⋯色々と俺も準備が⋯⋯」

 

「あなたは問題ない、大丈夫。それとも私の方に問題があったりする?」

 

「まさか。お前は綺麗だ、問題なんてない」

 

 でも⋯⋯いや、それは考えてなかった。完全に遠距離から狙撃された気分だ、奇襲だこんなの、いや、とても嬉しいんだが⋯⋯

 

 騒ぎ、落ち着かずに暴れ出す心臓をなんとか黙らせようとするが力が足りない。

 それに、こっちを見つめてくる夾竹桃の顔はいつも以上に、さらに輪をかけて綺麗で⋯⋯

 

 だから俺も、覚悟を決めて真っ直ぐなその目に向き合っていく。誰よりも愛してるその瞳に。

 

 

「じゃあ、いつどこで?」

 

 

「今夜。市庁舎で」

 

 

「ドレスは見れる?」

 

 

「もちろん。理子と一緒に選んできた。フリルとズボン、二つ買っちゃったけど」

 

 

「どっちも似合うよ。じゃ、数時間だな。ちゃんとジャンヌと理子に招待状も渡せたわけだ」

 

 

「約束だったでしょ」

 

 

 どちらともなく、距離は詰めて。

 深く、離れていた時間を埋めるように口付けを交わす。

 

 

 

「ーーー」

 

 

「ーーーーん」

 

 

 深く、過去になくした一瞬の⋯⋯大切な、記憶のピースを取り戻すように。深く。

 

 

 

 

 

 

「世の中広しというが。死んだもんと思ってたら、いきなり結婚しますなんて連絡よこす男はお前とキンイチくらいだ。どういうことだ!」

 

「どういうことだって、こういうことだよ」

 

「結婚するって決めてから数時間後に式やるのをか? ったく、なんとか間に合わせたがよォ⋯⋯たしかに日本は本土ほど堅苦しくはねえが⋯⋯いや、祝福するがよォ⋯⋯キリ⋯⋯お前はホント⋯⋯読めねえ男だなァ⋯⋯泣けるぜ」

 

 ま、待て、ジーサード⋯⋯!

 お前、感極まるにはまだ早すぎないか!? 

 

 

「てか、お前ら高校生じゃ⋯⋯」

 

「キンジ、その鉄板ネタはもう飽きた」

 

「そうだぞ、キンジ。この際、ハッキリと言うが二人ともオレよりも長生きだ」

 

 き、金一さん⋯⋯!?

 

 

「に、兄さん⋯⋯!? あ、あんた、そんな衝撃な新事実をこんなところでぶち込むのかッ!?」

 

 嘘を言わない金一さんだからな。

 しかし、真面目な顔をして一発確実に深めを抉るのが恐ろしい。

 まさか、職場のスーツをこういう形で使うことになるとはな。何がどのタイミングで役に立つか分からない。

 このタイミングで再認識しながら、俺は金一さん、キンジ、ジーサードの遠山三兄弟揃い踏みという豪華メンバーと市庁舎の通路を歩いていく。

 

 が、尊敬する金一さんの言葉をそのまま受け流せるキンジではなく、

 

「き、切⋯⋯ほんとか!?」

 

「お、おい兄貴⋯⋯!」

 

「口をはさまないでくれジーサード! 今は真面目な話をしているんだ」

 

「まっ、待て! それじゃ俺と話す時は真面目じゃないっていうのか⋯⋯」

 

「お前ら本当に愉快だね、一生仲良くやっててほしいよ」

 

 仲良しキンジとキンゾー、それを見守る金一さん。愉快だね。正義の味方も三人揃うと賑やかだ。忘れないうちに言っとく

 

「みんなありがとう、来てくれて」

 

「ったりめえだろ。ファミリーだ、家族だろうが」

 

 はっ、ツクモがいたらまた目をハートにして盛り上がってるぞジーサード。お前はなんやかんや親分の器さ、すべてを賭けてついていきたくなる背中と心をしてる。

 

 一個旅団が奇襲してきても欠伸しながら押し返せそうな三人と一緒に、白黒はっきりとさせてから数時間で用意してーーあと少しで、って誓いの間が近づいたところで金一さんとジーサードが数歩前を行く。

 

 二人とも俳優みたいな、アクション映画の一幕みたいな顔で動作で振り返り、

 

 

「俺とキンイチは先に行って待ってるからよォ。雪平の最後の最後の付添は兄貴に譲ってやる、ルームメイトの特権ってやつだ、()だけどな」

 

「あまり待たせるなよ。だが、大事に使え」

 

 

 相変わらず、簡単には忘れられないし聞き流せない言葉を残していく。

 何を言えばいいか分からず、助力を求めてキンジをみるがそれはキンジも同じらしく、懐かしいなこのパターン。二人揃ってなんてザマだ、ってやつ。

 

 正装のキンジとエレベーターに乗って、別に何も話すことはないままチャイムが鳴って、そのまま通路に出る。あー⋯⋯

 

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、来てくれてありがとな。付添人も」

 

「光栄だよ。こういうのは初めてだけど、初めてがお前でよかった」

 

「俺もお前が付添人でよかった。感謝してる、本当にな。俺たち、二人で色々アンフェアなことをやってきたけど。ここまで歩いて来れたのはお前のおかげだ」

 

 さっきまでの沈黙が、嘘のように言葉がわいてきて、歩きながら振った視線にはーーなんだよ、その得意気な顔は?

 

 

「たしかにな、それなりに命を救ってやってたし」

 

「キンジ、そこはお前も俺に感謝するところだろ。お互いに助け合ったとかなんとか、いい感じに」

 

「嘘はつけない。特に今日みたいな日には」

 

「はいはい、年に数回の真面目な遠山キンジが今日出てきたわけね」

 

 笑えるねぇ。

 緊張を丸焼きにしてくれる楽しさだ。

 

「冗談だよ。お前に救われた、助けられたことは両手の指じゃ足りない。ありがとう、お前が⋯⋯俺のルームメイトになってくれてよかった」

 

「はっ、いいよ。そんなことは知ってる。不可能を可能にするお前のルームメイトーー哿のルームメイトってところか。んー、二つ名としては微妙か?」

 

「死の騎士といい勝負だろ。ほら、そろそろ来たぞ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 来てみれば、すぐだったな。

 もうすぐそこだ、そこの広間。

 だからーー

 

「来いよ、キンジ。ほら⋯⋯」 

 

「お前が歳上ってまだ信じられん」

 

「だから俺、地獄と煉獄合わせてお前らの倍は生きてるから」

 

「その鉄板ネタも聞き飽きたーーありがとう、今までのこと。本当に」

 

「知ってるよ、パートナー」

 

 

 家族としてのハグ、まあルームメイトでもあるけど、ありがとう腐れ縁ーーここまで来てくれて。

 

 

「じゃ、準備はいいか?」

 

 

 ⋯⋯

 

 

「ああ、たぶんな」

 

「じゃ、行こう」

 

 

 覚悟を決めて、いや、ずっと求めていた時間に手を伸ばすようにそこに歩いていく。

 

 そこには理子、レキ、星枷、夜だからかヒルダもいて、ワトソンもいる。バスカービルのみんな、そしてかなめもロカも、ツクモもジーサード・リーグのみんなが。

 微笑む者、驚く者、温かい顔でみんなが出迎えてくれるーーそして、そして⋯⋯

 

 

「⋯⋯」

 

 

 ジャンヌと、おそらく誓いを立ててくれるであろう聖職者の代わりだとそれは堂々と歩いてくるアナエルと⋯⋯それと⋯⋯

 

 

「⋯⋯」

 

「大丈夫か?」

 

「なんとか⋯⋯」

 

 

 ふと、横目を傾けた先の理子が自慢げに笑ってる。

 ああ、さてはお前のデザインか。一生分の借りができちまったな、どうしようか峰先生。

 

 ズボンもフリルのドレスも、フォーマルなのもきっと全部似合ったんだろうけど⋯⋯オーガンジーとレース、それはどこまでも彼女が持ってる黒という色を、前に押し出すような自然さがあってーー

 

 それは、きっと友人である理子だからこそできた仕事で。白のドレスに身を包んで歩いてくる夾竹桃に、どうにもならないくらい覚悟を決めた心臓が節操なく暴れていく。

 いつも見ていたのは、記憶に一番焼き付いているのは黒のセーラー。だけど今は、その純白のエンパイアドレスを着た姿以外何も見えない。

 

 

「こっちで正解?」

 

「大正解、誰よりも綺麗だ。本当に⋯⋯綺麗だ」

 

 本当に、似合ってる。

 目を逸らそうにも逸らせない、本当に綺麗だ。

 

 こんなの、ズルすぎる。やっと視線を逸らせたところでそこには得意意げな天使の横顔。こっちは本物だ。

 

「アナ、ピンチヒッターか?」

 

「22万ドル、ちゃんと仕事しないとね」

 

 

 そうだった。

 俺の財産、まだ残ってたか。夾竹桃が心配するなって言ってたけどなるほどね。さすが東大薬学部、抜け目ない。まさかあれが結婚費用になるとはな。

 

 

「キリ、桃子ーーでは」

 

 久しぶりの、ジャンヌのサファイアの瞳に夾竹桃と目を合わせてから一緒に頷く。

 

「準備はいいみたいね。それでは⋯⋯」

 

 

 ーーああ、頼む。アナ。

 

 

 

「お集まりの皆様、今日この喜ばしいセレモニーにようこそ。輝かしい人生の門出をともに祝いましょう、桃子とキリの」

 

 

 色々あった、ここに来るまで本当に。

 なんと言っても出会いが、あのコルトから始まったっていうのは斬新だ。みんな驚いてた。それを言うなら理子が出会わせてくれたとも言えるけどな。

 

 

「新婦 桃子。あなたはここにいるキリを夫とし、今日よりずっといい時も、悪い時も、冨める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がーー死で分かつことのできない愛を⋯⋯誓いますか?」

 

 

 死が分かつまでーー

 本来はそう続きそうなところだが、アナは直前まで出かけたであろう文言を変えた。

 一瞬、驚きはしたけどーー何も変わらず、目の前の本当に綺麗な彼女は続ける。吸い込まれそうな紫の瞳をこっちに向けて。

 

 

「誓います」

 

 

 俺たちの場合はその誓いだと、違和感を出しちまうからな。死が分かつまでーーそれにそれは、もうLAでやっちまったから。

 

 

「新郎 キリ。あなたは桃子を妻とし、今日よりずっといい時も、悪い時も、冨める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時もーー死で分かつことのできない愛を⋯⋯誓いますか?」

 

 

 夢にいるみたいだ。

 ずっと、言う機会なんてないと思ってたから。

 

 

「絶対に誓います」

 

 

 でも誓う、絶対に。

 

 

「では、指輪を」

 

 

 俺はキンジから、桃子はジャンヌから。

 指輪を受け取ると、アナが声をかける。

 

 

「指輪をはめて私に続いてください、キリからーーこの指輪は結婚の証です」  

 

 

「この指輪は結婚の証です」

  

 差し出される左手の、いつもは手袋で隠されているその白い指に指輪を通していく。

 アナの言葉に続いて、自分の心にも楔を打つ。目の前で陽光のように微笑んでくれる大切な人だけじゃなく自分にも、絶対に外れないやつを。

 

 そして、俺の手にも、

 

 

「桃子、どうぞ」

 

 

「この指輪は、結婚の証です」

 

   

 お互いに指輪が繋がり、目の前で手を繋いでーーただ、そう、この一瞬に輝きを感じてる。

 駄目だ、語彙力がおかしくなってる。そして、息を呑むように視線をアナに向けた時、

 

 

「それでは、与えられた権限によりここに二人を『夫婦』と認めます。ーーふっ、誓いのキスをどうぞ」

     

 

 

 刹那、繋いだ手をほどき、すぐ目の前にいる桃子を引き寄せて、いや、引き寄せられたのかも。

 どっちでもいいか。息をするのも忘れて、視界いっぱいに綺麗な顔が広がって、深く、誓いを交わす。  

 

 ったく⋯⋯バックがメッチャ盛り上がってるんですけど。

 

 

「⋯⋯っ、はぁ⋯⋯やっちゃったわね」

 

 

「ああ、やっちゃったな。愛してる」

 

「ものすごく愛してる」

 

 

 

 

 

 

「キリくん、夾ちゃん、理子は信じてたよぉーー! 理子は絶対に、こうなるって信じてたんだよぉー! 理子はあのドレスに精一杯の祝福を込めたんだから⋯⋯! てか、キリくん連絡してよ、理子がどれだけ心配したと思ってんのぉ!?」

 

「お前、本当にいいやつだな。絶対幸せになってほしい」

 

 いつもハイテンションだが、久々の再会とか色々重なった理子はもう無茶苦茶だった。

 

 

「キリ、また会えて心から嬉しい。それと、本当におめでとう」

 

「⋯⋯おお、ジャンヌ。お前の前だとふざけたことは言えない」

 

「なぜだ、お前と私は家族だろう? ふざけてもかまわないんだぞ?」

 

「いや、今日はやめとく。感謝します、ジャンヌ・ダルク。我が最高の親友、来てくれてありがとう」

 

 

 ああ、その自慢げな笑みが見られて、サファイアの瞳が見られて満足だ。と、かなめ、ロカとツクモも揃い踏みかよ。

 と、じたばた三人はなにやら動き回って⋯⋯

 

「⋯⋯なんでチャーリーズ エンジェルのこけおどしのポーズ? いや、迫力あるけどさ」

 

 

「言葉よりこっちで伝えようって」

 

「おめでとうはみんなと言うだろうし」

 

「パフォーマンスのゲストを呼ばないなら、せめて何かしてあげようと思って」

 

 

 かなめ、ツクモ、ロカが、それはそれはさっぱりとした顔で言ってくるので、それが少しおかしくてつい笑ってしまう。たしかにゲストは呼んでない、でもこれを見れたら満足で。

 

 

「ありがとう。流行りのDJやバンドはいないけど今のポーズが見れただけで、満足だ」

 

「そ。よかった。ハンターはこぼすばかりの仕事って言ってたお前だから、満足なんて言葉忘れちゃったかと思ってた」

 

 

 そうでもないんだぜ、ロカ。意外とな。

 

 ワトソン、ヒルダ。

 神崎やレキ、星枷、バスカービルだけじゃない。俺が日本に来て、重ねてきた記憶のページがここには広がってる。

 色んなことがあったけど、気付けばいつも愉快でうるさい連中の真っ只中にキンジと一緒に突っ込まれてた。人間はそう簡単には孤独にはなれない、そのとおりですね金一さん。

  

 

 

「ね、サミュエルのことは知ってる? 難しいかもしれないけど家庭を持って、愛する人とできれば家族を作りたいって」

 

「そっか。ディーンも母さんも親父も喜ぶよ。アダムもかな」

 

 賑わいのなかから少し離れると、夾竹桃が壁を背にして隣にやってくる。大人っぽいな、横顔が特に。

 

「それでね。サムはもしも子供ができたら⋯⋯もしできることなら、ディーンの名前を貰えたら、いいかもしれないって」

 

「⋯⋯元々、ディーンとサムの名前はメアリー母さんが父親と母、両親の名前から取ってつけた。ガースもサムとキャスの名前を子供につけたし、うん、いいと思う」

 

 

「ーーね、もしも私たちにその時が来たら、()()()はどう⋯⋯?」

 

 

 ーー?

 

 一瞬、控えめに見てくる夾竹桃の、その言葉の意味が馬鹿げてることに分からなくて、けどすぐに頭が意味を理解して⋯⋯あ、あ、あ⋯⋯

 

「つまり、その⋯⋯子供が、娘ができたらってことか? いやでもそんなの先のーー」

 

「先の話。先の話よ。あなたのお兄さんが言ってたから伝えておこうと思って。アンナ、もし女の子ができたら()()()()()から名前を貰えたらって。いいでしょう?」

 

 

 言葉もなかった。

 でもたしかに、俺たちが出会えたのはジョーのおかげでもある。ああ、それはとても⋯⋯駄目だ、言葉にならない。

 

「でもそれは一つ大きな問題がある」

 

「? それは一体どんな問題⋯⋯?」

 

「俺は絶対娘を甘やかす」

 

「それは許されないわね。嫉妬しちゃいそう」

 

 

 ⋯⋯はぁ、その姿でそんなこと言う?

 ウチの婚約者かわいいがすぎるんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光の届かない屋内。白と黒で占められただだっ広いオフィスに部下の声が響き渡る。至極明瞭に。茶髪を揺らして目の前にやってくる。

 

 十中八九でその顔は悪い知らせを抱えてる。

 聞かなくても分かるが聞かないわけにはいかない。

 

「ジェシカ、担当地区を変えてほしいなら俺じゃなくテッサに言ってくれ。それとも休暇の話か?」 

 

 主に致命傷を負わせることに定評にある騎士の大鎌を肩にかけ、大量の黒いノートが積まれている本棚の間を歩いていく。

 いつ見ても殺風景なオフィスだこと。

 

 

「いえ、今日はそうじゃなくてーー」

 

「⋯⋯違うのか?」

 

「あ、それもお願いしたいけど今は⋯⋯ーーディーン・ウィンチェスターが来ました。一人です。すぐそこで待ってます、コーヒーとパイを要求しながら」

 

 真面目、勤勉、良心的な性格からテッサに並んで信用している部下は、一息で随分と情報量の多い報告をしてくれる。

 溜め息だけでは足りず、思わず右手で額を抑えた。コーヒーとパイだって?

 

 

「⋯⋯喫茶店と間違えてんのか?」

 

「擁護するつもりじゃないけどここのインテリアは昔に比べてかなりイケてます。あー、お洒落な喫茶店みたいな感じで」

 

「今度からテッサに門番もやらせるべきかな。いいよ、通してくれる?」

 

「もう来てます、ほらあそこに」

 

「俺が言うのもなんだけどさ。ちょいとザルすぎじゃないかここの警備ってさ」

 

「そうですね、私だったらコンサルタントを雇うかも。退役した元軍人みたいな」

 

「お前もテッサもちょいと俗世にまみれてんなぁ⋯⋯」

 

 

 アイコンタクトであとはやっておく、そう指示してジェシカを退室させる。ああ、たしかに呆れるほど知ってる顔と歩き方だ。

 天国でも地上と同じジャケットだな、そりゃ好みはそう簡単に変わりやしないか。

 

 

「久しぶり、ディーン。会えて嬉しいよ。でもここダイナーでもカフェでもないんだけど」

 

「知ってる、お前の新しいオフィスだろ。昇進祝いを言いに来た。ついでに結婚祝いも。こう言うのなんて言うんだっけ、単身赴任? 離れていても愛を貫く、ウィル・ターナーだな」

 

「ダッチマンの船長やるよりは会えるってもんよ。昔俺たちがやってたように強制召喚されるときもあるしな。こう言うのなんて言うんだっけ、因果応報」

 

「まあとにかく転職おめでとう。テッサもいるんだろ? なあ、俺のこと何か言ってたかな。最後はほら⋯⋯あれだったから」

 

「ディーン、要件は? わざわざ冥界まで来て、それだけじゃないだろ。さっさと言え、かなり急なことでかなり面倒事だと思うんだけど」

 

 

 久しぶりの再会。

 それも、苦楽をずっと共にした最愛の兄だ。会話が弾まないわけはないし、山程言いたいことはある。だが、ディーンのことは知ってる。

 

 わざわざ冥界にやってきたのは何も楽しい理由じゃない。隠してるというか、いつその楽しくない理由を切り出そうか思案してる顔だ。

 きっかけをくれてやれば、ディーンは軽く肩を揺らしてから来客用とばかりにセットされた黒の革椅子に腰を下ろした。

 

 

「ーー天国につくとBabyが待ってた。だからドライブに出て、少し回り道を」

 

「マルチバースの旅か、色んな宇宙を見て回った。さすがはBaby、世界一イケてる宇宙船だ」

 

 フッ、とモデルみたいに、少し歳は重ねたけどそれでも消えない逞しさ、凛々しい顔でディーンは笑い、続ける。

 

 

「親父と母さんを探した。俺たちはハンターの家系だろ、だから二人が幸せに死ねる、普通の、そんな世界を願ってたんだろうな」

 

「分かるよ、マルチバース。ドクター・ストレンジ。世界を探せば、まあそう言うのもあるかも。俺たちが役者やってる世界があるんだからね」

 

 

「だが、そんなとき()()()()()の気配を察した。アクリーダ、そしてそれがチャックの置き土産だと分かった」

 

 アクリーダ⋯⋯?

 険しい顔と、一気に反転して冷たくなった声、チャックの名前がそれが災いの単語だと表してる。楽しくはない声色で俺も聞き返した。

 

 

「ディーン、そのアクリーダって⋯⋯?」

 

「チャックはしくじったときにすべてを消しされるように保険をかけてた。で、しくじった。そして奴等は動き出した」

 

「信じらんねぇ、自分が負けたときの保証システムってことか? あれだけ自信にあふれて自分の力を疑わなかったのに」

 

「化け物さ、ほっとけばいずれ俺たちの世界にもアクリーダが来る。だからそれを食い止めたい」

 

 話は分かった、つまりマルチバースにいるチャックの保証システム⋯⋯そいつがこっちにやってくるのをディーンは止めたいんだ。

 しかし、そのアクリーダというのは今はあくまで別の宇宙で巻き起こる、起ころうとしているトラブルーー

 

 

「ディーン、ジャックから聞いてると思うけど。その回り道にもルールはある」

 

「ああ、だよな。今はお前もそっちの立場だ、分かってるよ。この回り道のルールはシンプルだ、干渉は禁止。だが少し背中を押して、親父とおふくろの助けになりたい。このままじゃサムやお前の大切なあの子のいる世界に、チャックの控えチームがやってくる、食い止めたい」

 

 そして、目の前で見慣れたーーディーンの手でインパラのキーケースが揺らされる。

 

 

「一人じゃ無理だ。相棒がいる」

 

 

 凛とした、親父がいなくなって、サムを迎えに走ったあの夜とまったく同じまなざしで、ディーンは切り込んでくる。いや、それは⋯⋯

 

 

「駄目だ。俺は死の騎士だよ、手を貸せない。それは⋯⋯」

 

「頼む。この世界を守りたいだけじゃない、親父とおふくろの世界もアクリーダは無茶苦茶にする。二人には生きる権利がある、俺はもう知っちまったんだ。見ないフリなんてできない」

 

 

 ⋯⋯これだ。

 天国に行こうと、何があろうと変わらない。これがディーン・ウィンチェスターだ。だから俺は、無茶苦茶な旅路で壊れそうになってもギリギリで踏ん張れた、こんな兄がいつも近くにいてくれたからーー

 

 

「ジェシカ」

 

「はい、死の騎士。なにか御用で?」

 

 

「暫く留守を頼む。テッサがなにか言ったらやむを得ない事情で子守してるって言っといてくれ」

 

「はい⋯⋯えっ、あ、えっ⋯⋯!?」

 

「久しぶり、ジェシカ。少しボスを借りていく」

 

 

 ぽいっと、ジェシカの胸元に指輪を投げて死の騎士にしか読めない本もデスクの上に置いていく。

 困惑したOLみたいなジェシカに俺は肩を揺らして、さっさと歩き始めたディーンの背中に走っていく。

 

「ジェシカ、あとは任せた」

 

「う、嘘でしょう⋯⋯! 私には無理! キリル! ちょっと待って!」

 

「お前はテッサに並んで俺が信頼する最高の部下だ。いずれこっちにやってきそうな問題を先に片付けてくる、あとは頼んだよ。頼れる敏腕の右腕」

 

「⋯⋯できれば早く、なるべく急いで帰ってきて! 絶対にッ! 寄り道なしで!」

 

 

 やっぱり頼れる部下だ。

 もう勲章をやりたいね、最高の部下だよ。

 

 

「うまいことやってるみたいだな」

 

「ディーンも一日やっただろ」

 

「ああ、大変だったよ。かなり」

 

 

 冥界の景色は入れ替わり、天国の雄大な大自然の真っ只中に景色は入れ替わる。

 

 そして、野道に停められたシボレー・インパラのドアを開ける。

 助手席のベルトを締め、運転の権利を譲った代わりに、俺はカセットテープの詰められた箱を奪った。

 

 テープでいっぱいになっているダンボール箱をわちゃわちゃと漁る。『Back In Black』、『Rock of Ages』、良い曲が揃ってるが、でも選ぶならーー

 

 

「おい、激務で忘れちまったか。音楽を決める権利は常にドライバーにある」

 

 擦りきれそうなくらい使ったカセットを奪うや押し込み、テープが巻き取られていくと、車内からいつもの、お決まりの曲が流れだした。

 

 

「はぁ⋯⋯ディーン、俺が何言いたいかわかる?」

 

 

「ーーー名曲だ」

 

 

「そのとおり」

 

 

 

 最高の歌い出し、最高のサウンド。

 最高の名曲だ。

 

 1つの問題が解決し、1つの新たな問題が舞い込むのを知らせる曲。

 前に進めーーと促すような曲にドライバーもご満悦でハンドルを回して、道の上に車体を押し出す。

 

 心地よく駆動していくエンジン、窓の外から流れていく風景に頬杖を突きながら俺は助手席で目を閉じた。

 

 ああ、いつか安らぎがやってくるってこの曲にはあるけどこれからトラブルと巡り合うっていうのに、不思議なことに。

 

 

 今はとても、安らぎを感じてるよ。

 





 

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

書きたい展開もやり尽くし、アリアも現行の時間軸まで追うことができました。
既に何度も命を落としたキリくんですから完全に命を戻してもらうというのは難しい終わりになりましたが、ある意味地獄の玉座についたロウィーナと同じで、一番これがしっくりと来る最後かと思っています。

アリアは主要キャラの死亡率は極めて少ないと先生が明言されておりますし、それを踏まえてもこれがよき幕引きかと。

6年ほどやってきたので終わってしまえば、なんとも言えない気持ちになってますがアリアがまたクリスマスに刊行。楽しみにしたいと思います。

それでは、読者の皆様。
感想、評価、非常に励みになりました。すべて作者の宝物です。また最終話だけでなく作品を通しての感想なども、書き込んでくださればまた喜んで拝見させてもらおうと思います。

それでは、皆様。ありがとうございました。
もはや作者にもよく分からないキャラに独り歩きしてくれたキリくんもお疲れ様でした。激務に追われながら末永く幸せに。




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