哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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今回はお気に入り500突破記念の番外編です。


番外編
言えない言葉


(待ち合わせの場所ってここだよな?)

 

 午前10時40分ーー携帯電話で現在の時間を確認して、周りを見渡してみる。人の通りはまずまずと言ったところ。ポケットに両手を入れて後ろを向けば、ニューヨークでお馴染みの自由の女神が立っている。サイズが縮小されたレプリカだが台場の観光名所として有名だ。兄貴と一緒にニューヨークで見物したっけ、ポルターガイストを退治したあとで全員へばってたのをよく覚えてる。

 

 俺は近くのベンチに腰を下ろし、レインボーブリッジのある方を手持ち無沙汰に眺める。あの橋から、夾竹桃が落ちて溺れたって聞いたときは目を丸くしたよ。なんでも器用にこなす女だと思ってたしな。何度も携帯を開いていると、時間は11時を過ぎて待ち合わせの時間となった。5分経ったらホットドックでも買いにいくか、でもあの店いつも閉まってんだよな。足を組ながら待っていると、待ち合わせた女は堂々と歩いてきやがった。

 

「待たせたわね、お詫びに半分あげるわ。お昼たべてないでしょあなた」

 

「ハンバーガーで俺を買収できると思うなよ?」

 

「いらないなら私が全部食べるけど」

 

「いいや食べる。待ってたぜ、夾竹桃」

 

 防弾制服と黒髪を風に靡かせて歩くのは、紙袋をぶら下げた夾竹桃だった。少し間を開けてベンチに座ると、途中で買ってきたらしい紙袋を自分と俺の間に置く。手袋をしていない右手で紙袋を開き、サラダを抜くとさっさとカップの容器を開けてドレッシングを混ぜ始めた。

 

「二つあるから先に選びなさい。私は残ったのを貰うから」

 

「いいのか?」

 

「好きにしなさい、サラダは貰ったわ。異論はないでしょ」

 

「ああ、おっ、ベーコンチーズバーガーにベーコンレタスバーガーか。やるじゃねえか、いいチョイスだ」

 

 ハンバーガーと言えばジャンクフードの王様だからな。美味い物はいつ食っても美味い。俺は片手でそれぞれ取り出したハンバーガーを前にして首を捻る。うーん、どっちにするか迷うぜ。

 

「ハンバーガーを選ぶだけで随分楽しそうね」

 

「俺、そんな顔してたか?」

 

 夾竹桃はクスッと笑い、

 

「してるわよ」

 

 そう言ってサラダを食べ始めた。俺もベーコンチーズバーガーの包みを解き、かぶりつく。美味いな、どこの店で買ったんだろ。気になって場所を聞いてみると、そこは俺の知っている病院の近くだった。

 

「へぇ、あんなところにハンバーガーショップなんてあったんだ」

 

「最近オープンしたのよ。気になるなら行ってみればいいかもね」

 

「ああ、キンジにも教えてやんなきゃ。いいこと聞いたよ、あいつも喜ぶぜ」

 

 今日の夾竹桃は防弾制服の上から黒のセーターを羽織っている。こいつは妙に黒い服が似合うよな、と食事ながら考えていたときだった。

 

「雪平、聞いても?」

 

「ああ、どうかしたか」

 

「……その腕にめかしこんでるのはオカルトグッズか何か?」

 

「夾竹桃。お前は俺が認める数少ないスタイリストだが、今の発言は少々がっかりしたぜ」

 

「つまりファッションなのね。驚きだわ」

 

 俺は防弾制服の中に黒のタンクトップ、スタッズベルト、そして腕にはシルバーアクセを巻いている。神崎には『武偵の心構えができてない』と罵られ、理子には『悪趣味』と一刀両断された。ちなみにレキからは、何も言われなかった。あれが一番堪えたな……

 

「俺からすればこれでもまだ地味だぜ。もっと首にチョーカー巻くとかさ」

 

「やめておきなさい」

 

「キンジにも止められたよ。いまいちセンスないぜ……あいつ」

 

「ルームメートが常軌を逸したファッションモンスターになるのを止めた。人はそれを英断と呼ぶのよ」

 

「いいフレーズだ、今度使ってみる。コバート・アフェアっぽい」

 

「映画好きなのは聞いてる、ジェイソン・ボーンにでも憧れた?」

 

「デッカー刑事が好きだったんだよ、育ちはローレンスだけどな」

 

 ジェイソン・ボーンか、キンジに語らせるとスパイ映画の金字塔だ。記憶喪失になったスパイの苦悩をテーマに置いた映画、記憶を取り戻すに連れて、本当の自分と自分の役目と向き合うことになる。

 

「自分がしたことを忘れられるなんて幸せ」

 

「よせよ、センチメンタルになるな。カウンセリングはできねえぞ?」

 

 俺は食べ終わった包み紙を丸めて紙袋に投げ込む。

 

「そういう意味じゃないわ。ただ、誰でも重荷を背負ってる。与えられた責任、罪の意識を」

 

 空になったサラダの容器が音を立て、開いた紙袋ヘ落ちる。

 

「でも忘れることで背負った重荷を下ろせる。解放されることで幸せになれるかもしれない、今よりも」

 

 ああ、分かってるよ。それが俺に向けての言葉だってこと。自分がしたことを忘れるなんて幸せだ、お前の言うとおりだよ。

 

「そうだな、まぁ一瞬でも重荷を下ろせたら幸せだろうよ。気は楽になる。でもなくなるのは、重荷だけじゃない。一つ一つ積み重ねてきた大切な想い出まで……忘れて、否定することになる」

 

 過去が積み重なって今があり、そして未来へ続いていく。過去を忘れて逃げるには、俺は大勢の人に手を借りすぎたよ。自分の命を投げて俺を助けてくれた人がいる、いや俺だけじゃない、兄貴を救ってくれた人、家族を救ってくれた人たちが大勢いる。そんな大切なことも忘れて幸せになろうとは思わない。

 

「そんなことが幸せだって言うなら俺は辛い方を選ぶ。記憶喪失で幸せにはなれねえよ」

 

 俺はかぶりをふる、紙袋を持ちながら。

 

「でも何かの間違いでやり直せるならーー」

 

 

 

 

 

 ーーやり直せるならお前と、

 

 

 

 

 

「いいんだ、忘れてくれ」

 

 惹き付けられる横顔からかぶりをふって視線を遠ざける。立ち上がろうとした瞬間腕が引かれる。歯切れの悪い言葉が尾を引いた。

 

「言って」

 

 ああ、ちくしょうめ。視線を合わせられねえな。

 

「お前とはあんな風に出会いたくなかった」

 

「安い口説き文句を期待してたのに」

 

 ……参ったな。俺はうっすらと笑い、背中を向けた。インパラの待つパーキングへ一歩踏み出すと遅れて足音がする。珍しく早足で追い付いたこと以外はいつもと変わらない。隣を歩くのはいつもどおりのクールな魔宮の蠍だ。

 

「わりと本気で口説いたかもな」

 

「そう、聞けなくて残念。笑う準備が無駄になったわね」

 

「喜べ、俺の豆腐のような心がたった今グチャグチャになった。望みが叶ったな、おめでとう」

 

「イヤミかしら?」

 

「上等な豆腐をミキサーにかけるような一撃だった。これくらい言わせろ」

 

「……イヤミまで回りくどいわね。さすがの私もちょっと引くわ」

 

 俺は苦笑いを浮かべやった。お前のイヤミも回りくどいだろ。

 

「つか、何の映画見るんだ。アニメを見るのは聞いてるけどよ。殺戮のディープブルーはもう見たぞ?」

 

「それは8年前に上映された映画よ。私も見たから覚えてるわ、アニメで」

 

「そういや、当時はアニメでも同じ事件がやってたな。8年前ならお前小学生だろ。よく覚えてるな、好きだったのか?」

 

「……ええ、まぁ……」

 

 ……なんで目を逸らすんだ。つか、なんで疑問符?

 

「今から8年前だと9歳ってところか。年齢一桁って言うとTHE子供だよな」

 

「……どこまでも空気を読まない男ね。さすがワンヘダよ、尊敬してあげる」

 

「わりぃ、ワンヘダしか聞こえなかった。それと理子のせいであだ名みたいになってても俺はレクサが好きなんだよ。savvy?(お分かり?)」

 

「いいわ、忘れてちょうだい。映画の話は白紙にするわ。今の流れは全部忘れることいいわね?」

 

 夾竹桃は畳み掛けるように俺の肩を揺らす。おま……毒の手でも掴んで来やがって……何がどうしたんだ?

 

「お、おい待てよ!ランダム配布の特典が欲しいから付き合えって言ってたろ!」

 

「些事よ」

 

 些事なのかよ……

 

「あなたの一言で予定が白紙になったわ。夜まで暇ね」

 

 気のせいかな、振るまいがずぶとくなってきたぞ。とんでもないキラーパスを投げつけられた気分だ。遠目に見えたインパラがいつもより輝いて見えるよ。予定が白紙になったので行く宛も真っ白だが、とりあえずコインパーキングの支払いを済ませる。誰のきまぐれで予定が白紙になったんだかなぁ、どこで暇を潰したもんか。

 

「真っ白なメモ帳を買って、いざ予定を書き込もうとしてこう思うんだ。書き込む予定がほとんどないってな。要は行く宛がない。どうするよ?」

 

「書店に行きましょう」

 

「書店?」

 

「欲しい本があるの、最近和訳されたばかりでね。一部の熱狂的なマニアを抱えてる」

 

 ……すごく嫌な予感がする。気になる、だが勢いだけで聞いていいのか。引き返せるなら引き返した方がいいのかもしれねえぞ。かーなーり嫌な予感がする。

 

「なあ、どんな本なんだ?」

 

「ダークファンタジーよ。特別に和訳して一節を読んであげる」

 

「ああ頼む。スリーピー・ホロウなら嬉しいよ」

 

「『また火曜日の朝がやってくる。『Heat Of The Moment』がーー再び繰り返される。水曜日はいつやってくるのだろう」

 

「待て!記憶にある!むしろ記憶にしかねえんだが!」

 

 

「……何を狼狽えてるのよ」

 

 狼狽えるさ、俺は日本じゃ一番詳しいマニアになっちまったよ、たった今!

 

「つまりあれだろ。起きたら『Heat Of The Moment』が流れてて、同じ事を繰り返す」

 

「デジャヴーみたいに」

 

「やめろ!デジャヴーって言うな!」

 

 俺はこめかみに手を当てる、忘れるわけがなかった。身内が死に、ひたすら火曜日が繰り返される出来の悪いホームドラマの話ーー

 

「その本、作者が行方をくらまして続編が出版されてねえだろ?」

 

「第5部を最後に執筆をやめてる」

 

「だろうな。喧嘩してた姉と仲直りした途端、旅行に行っちまったよ。グレた息子をほったらかしにしてな」

 

「あなたの知り合い?」

 

「家族ぐるみの付き合いだ。長男、次男、三男、末っ子、姉貴、全員と面識がある。控えめに言ってモンスター一家さ、本物の怪物よりおっかない」

 

 嘘は言ってない、全員と揉めたからな。だが、まさか和訳されるなんてな。端的に言って悪夢だ。

 

「前置きはここまでだ。いいさ、SUPER NATURALを買いに行こう。最後まで読んだのか?」

 

 俺の記憶が正しいなら3シーズンの終わりが24巻。タイトルは決戦の時ーーだったな。夾竹桃はかぶりをふり、助手席に座った。だが聡い夾竹桃のことだ、コルトの話や実在する怪物の特徴や名前が一致することにすぐにでも違和感を覚えるだろう。ウィンチェスターの名字が出てこないだけで、その本には俺たちがやってきた狩りと旅のことが脚色されずに書かれてる。真実はノンフィンクションだよ。

 

「まだ全部は読んでない。でも三男は気に入らない。言い回しと行動があなたに似てる」

 

「仕方ねえだろ!それ仕方ねえからな!コブラを見て蛇に似てるから嫌いって言うもんだぞ!つか、わざとやってるだろ!」

 

「まるで意味が分からないわ」

 

 ちくしょうめ、なんで知り合いと一緒に自分の日記を買いに行くんだよ、罰ゲームだろ。というか、わざと気づいてないフリしてねえか?

 

「悪かったな、気分を変えてやるよ」

 

 静かな車内を清める。俺はカセットテープの山から一個抜いて再生ボタンを押した。怪訝な顔で夾竹桃が首をかしげている。

 

「ここで『Night Moves』?」

 

「shhーー車内を清めてる。思いっきり浸ろうぜ」

 

「30年前の懐メロに?」

 

「焦るなよ、黙って聞け。今日はアニソンはお休みだ」

 

 ハンドルを切り、インパラを旋回させながら駐車場から出す。車内BGMに俺が口ずさむと、夾竹桃も諦めたらしい、目を閉じてため息を1回。

 

「変な男……趣味がダサい」

 

 満更でもない、そう言わんばかりのうっすらとした笑みが隣で咲いていた。俺は構わず歌詞を口ずさんでやる。アメリカで家族と旅をしていた時のようにインパラから見える景色は変わり、そして流れていく。曲の名前を書きなぐった色褪せたカセットテープ、最高のシート、これがインパラだ。

 

「ださいのがいいんだよ」

 

 横目で笑ってやる。自然と首が軽く揺れ、曲に合わせて口が動く。カンザス覚えの英語で。

 

「英語だけは上手いわね」

 

「ローレンス育ちだ。最高のドライブ日和だぞ、夾竹桃」

 

「貴方はいつもそう言ってるわよ」

 

 そう言った夾竹桃は手袋をしていない手を胸に当てーー

 

「ーー♪」

 

「くっ、くくっ……」

 

「そこで笑わない!あなたが始めたのよ!」

 

 駄目だよ、それは笑う。笑わねえと駄目だ。ったく、そいつは反則だろ。

 

「流暢な英語だな、鈴木さん?」

 

「夾竹桃よ、それでいいわ。ほら、サビ行くわよ」

 

「おう」

 

 乱暴に会話を切り、俺達の声は重なった。67年インパラの中で、かつて家族と過ごした懐かしい感覚が甦る。ここは本土じゃない、乗ってるのは殺し合った女、なのに俺は……歌を歌ってる。大事なインパラの隣に乗っけて……こういうときなんて言うんだっけ。

 

「最高だな」

 

 

 




夾竹桃メインの短編は人工天才編が完結した時点でもう一本書く予定でいます。主人公と彼女の関係性が進展するか、後退しているのか。かなめの襲来は遥か先の話ですね。
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