哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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時系列はブラド戦からパトラ戦の間です。一度だけ主人公以外の視点が入ります。


頭の中にいるのは?

「なあ、何回も聞いて悪いんだけど。この依頼間違ってないか?」

 

「間違ってないわ。このやりとり、これで六回目よ」

 

「いや、だっておかしいだろ。いくら武偵が金を払えばなんでもやる便利屋でも……」

 

「ーーカウンセリングを受けるだけの依頼はおかしい? 正確には実際に受けた感想や内容を依頼者に伝える。言ってみればモニターよ」

 

 Back in Blackーー長兄のお気に入りの曲を流しながら、インパラは長いトンネルの中を走っていた。助手席に座るのは鑑識科の鈴木桃子ーーは世を忍ぶ借りの名前で彼女は夾竹桃。超人の集まりであるイ・ウーを代表する毒使いでジャンヌや理子の同期だ。廃墟で戦った最悪のファーストコンタクトが懐かしい。まさかbabyに乗せてトンネルを走るなんてなぁ。

 

「ああ、変わった依頼さ。だが、どうしてこの依頼を? 単位の支払いが良かったのか?」

 

「普通の依頼よ。聖地巡礼のついで」

 

「聖地巡礼ねえ。作品に出てくるロケ地や建物を巡るってあれか?」

 

「ええ。前から行ってみたかったの。貴方も誘えば足も確保できるから」

 

 彼女には自分の車があるはずだが、堂々と人をタクシー運転手呼ばわりするずぶとさに何も言えなくなる。夾竹桃には温泉宿の武偵研修で世話になったし、良いホテルに泊まれるって聞いて俺も二つ返事。それに依頼にあったカウンセリングは関係改善を目的としていて、二人一組の参加が前提。問題を抱えた微妙な関係という意味でも俺はぴったりなわけだ。

 

「ああ、気にしてないさ。どうせ俺は週末暇こいてるんだからな」

 

「何か予定があったの?」

 

「いいや、ない」

 

「だと思ったわ」

 

 キンジの部屋でピザを頼んで、コバート・アフェアを見る、シーズン3。それが来週に延期しただけだ。

 

「ホテルからは徒歩でも巡れるし、一日目にカウンセリングを終えて、二日目の朝に自由行動。午後から貴方の彼女で武偵高に戻る。カウンセリング以外は自由に動いて結構よ」

 

「よし、乗った。それで行こう。二日目の聖地巡礼とやらが終われば連絡しろ。インパラで迎えに行く」

 

「決まりね。トンネルを出て、しばらく走ってから次は右折よ。間違えて直進しないで」

 

「だったら、ナビゲーターよろしく頼むよ」

 

「……だから、あれほどカーナビを付けろって言ったのよ」

 

「嫌だね、考えてみろ、カーナビは電磁波でお陀仏。だけど、地図は電磁波に影響されない。たとえば、帯電体質のモンスターと対立することになってみろ、電子機器は使い物にならなくなる」

 

「苦しい言い訳」

 

 さらっと口にして、夾竹桃は窓を向いた。一泊二日の依頼。今から神崎とキンジの土産を考えながら、遂に寝息を立て始めた夾竹桃と一緒にーー俺は滞在先のホテルにインパラを走らせた。寝顔の写真でも撮って理子に送りつけてやろうか。携帯に片手を伸ばして、俺はかぶりを振る。いや、やめとこう。バレたらミニガンで蜂の巣にされる。

 

 

 

 

 

 

「関係改善ワークショップにご参加?」

 

 ホテルで穏やかな表情の女性が迎えてくれる。年齢は三十代半ばと言ったところだろうか。遂に駐車場に着くまで夾竹桃は寝息を立てていたのだが、ついこないだまで銃を向けられていた奴の隣でよくもまあ……休息できたよなぁ。ずぶといのか、それとも俺が信用されているのか。

 

「ええ、私は鈴木と言います。こっちは、一応パートナーの雪平」

 

「ああ、初めまして」

 

 一応パートナーの雪平です。俺は苦笑いで挨拶した。鈴木って名字にはいつまで経ってもなれないな。俺の中ではレキはレキ、夾竹桃は夾竹桃だ。これからも呼び方を変えるつもりはない。俺の中で夾竹桃は夾竹桃。絵が上手で泳げない女。

 

「よろしく。担当させて頂く武内です。ではこちらに名前を書いていただいて、携帯を箱の中に入れてくださいます?」

 

 テーブルの上で渡された紙を受けとると、名前の記入欄の他にいくつかの問答が書いてある。参加者のことを把握するためのチェックシートだな。軽く目を通すが質問の数はそこまで多くない。これなら5分もいらないだろ。おっと、裏側にもなにか書いてある、見過ごすところだったな。先に表のチェックシートから書いていくか。

 

「……携帯?」

 

「ワークショップのルールです。これからお二人、お互いに心の奥を見つめあうという内面の旅をするわけですから……集中力を、削ぐものは、ちょっと」

 

 目を丸くして、いつになく夾竹桃が慌てていた。携帯を拒む参加者は、珍しくないんだろう。先生も心苦しそうだが譲るつもりはないって顔してる。ルールはルールだ。俺は手持ちの携帯を先に籠へ入れた。勿論電源は切ってる。俺も携帯がないのは落ち着かないが理由には筋が通ってる、仕方ない。

 

「諦めろ。すいません、こいつ機械おたくで。電子機器ならなんでも恋するんです」

 

「黙りなさい。オカルトマニア」

 

「マニアだよ? 俺の過ごしてきた日常そのものがオカルトみたいなもんなんだから」

 

「そうだったわね。貴方の日常は毎日がホラー映画、忘れてたわ」

 

 ああ、これだよ。お前とのいつものやりとり。見てみろ、先生が呆気に取られてる。過去例を見ない問題児がやってきたときの反応だ。

 

 手に持った携帯とテーブルに置かれている籠、夾竹桃はその二つの間で視線を行ったり来たり、往復させて諦めの悪さを見せる。だが、最後は諦めることを受け入れて携帯を手放した。分かってたよ、お前は変なところで律儀な女だからな。よし、チェックシートは書き終えたぞ。裏側だけ確認ーー

 

「……」

 

「雪平? ペンを持ったまま固まって何の物真似?」

 

 俺は二度見したチェックシートの裏側を今度は手に持って確認してみる。あれ、何度マバタキしても書いてあることが変わらないな。

 

「あ、あの……カウンセリングの先生?」

 

「それは実際にこれからやるメニューになります」

 

 へぇ、これからやるメニュー…… 

 

「そうなんだ。んで、この……カップルの正しいキスのタイミングってのは……?」

 

「パートナーとのキスのタイミング、相性はとても大切です。恋愛関係の基本ですから」

 

 刹那、隣にいる一応のパートナーも俺と同じで走らせていたペンを止めてしまった。夾竹桃はゼンマイの切れたブリキ人形みたいな動きで首を捻る。その視線が捉えたワークショップの見出しボードにはーーピンクの明るいポップ体で書かれた『ベストパートナー』の文字と抱き合っている男女の絵。ああ、これ……

 

「なあ、おまえ……これ、カップルセラピーだね」

 

「……おっと」

 

 仕事の関係改善じゃないな。あー、パートナーはパートナーでもビジネスパートナーじゃなくて人生のパートナーについてだな、このカウンセリングの趣旨……

 

 残念なことに珍しく狼狽える夾竹桃の姿を楽しめる気分ではなかった。おまえ……これ、どうすんの? 先生、すごい笑顔だぞ? 返答待ってるよ?

 

 カウンセリングのやりがいがあるペアを前にして燃えてるよ? 仕事熱心の真面目な人だよこの先生? 今になって間違えたとか言える空気じゃないぞ? どうすんのさ、AIBO(夾竹桃)!?

 

「例えばコミニケーション、信頼、あとチームワーク。どんな年齢にも当てはまります。勿論それは仕事のパートナーやどんな関係にも言えることです」

 

「……コミニケーション。それは大事。大事よね?」

 

「俺に質問するな。いや、しないでください。俺にも分からねえよ!」

 

「貴方たちはまだお若いですが。見たところ、なんですかとても……大きな問題を抱えているように見えます。ここでお二人の関係を今一度再確認してもらって見つめ直して頂く。これほどやりがいのある方を前にするのは私も久しぶりです、ええ、本当に」

 

 ……おい、退路がどんどん塞がれていくぞ。俺は期待を持って夾竹桃を見るが、その目は既に考えることを辞めた人間の目だった。待て待て夾竹桃……最後の最後まで考えるんだ。お前は知恵を絞れる女だろ、別に理性が蒸発してるわけじゃないんだ。ちくしょうめ、さては諦めたな……

 

「やるべきことはたくさんありますから。今回のセラピーは色んな問題を抱えた方が集まってますから、色々な側面からお互いの関係を見ることができます。周りの世界に視野を広げることも大切なんですよ?」

 

 ……どんどん話が大きくなっていくぞ。色んな世界に視野を広げるって要は他人の色恋沙汰の愚痴を聞かされるわけじゃないのか。それがカウンセリングに有効な治療法なのかもしれないが、今の俺には両手を挙げて喜べることじゃない。

 

「ではお二人のご参加を認めます。よろしいですね?」

 

 

 俺は眩しい笑顔に気圧され、かぶりを振ることができなかった。隣には肩をすくめる夾竹桃。最後は二人で記入が終わったシートを渡し、俺たちのセラピーの参加が決まった。当初の予想とは180度違ったセラピーだけどな。

 

「アメリカ人は状況を変えようとするけど、日本人は運命に逆らえないって知ってる」

 

「そう、俺は半分日本人だから。半分は諦めても大丈夫?」

 

降参(サレンダー)するかは貴方が決めなさい。呈の良い理由が思いつくなら」

 

 俺は諦めて肩をすくめる。隣の夾竹桃と同じように。

 

「無理だな」

 

「でしょうね」

 

 諦めた後は流されるだけ。俺はそれ以上の言葉が見当たらず、とりあえず見つけた自動販売機に足を差し向けた。今は冷えたコーラが飲めればそれでいい。

 

「お前もなんか飲むか?」

 

「私もコーラ」

 

「インパラでもう一回乾杯しよう。帰りに」

 

「カウンセリングが終わったらだけど」

 

 俺たちはプルタブも開けず、缶コーラを静かにぶつけた。

 

 

 

 

「さあいいですか皆さーん!外側の足は皆さん一人一人で。真ん中の足がカップルとしての自分たちですから」

 

 世の中は何が起こるか分からない。今日、明日、大なり小なりの変化が待ち構えてる。現在、俺の左足は鈴木さん……いや、言い直そう。夾竹桃の右足と紐で隣り合わせに繋がれていた。俺が左足を出せば彼女の右足も同時に前に踏み出す。要は二人三脚だ。運動会で子供がやるあれだよ。

 

 体育祭でもないのに二人三脚、俺たちはだだっ広い部屋をぐるぐると円を描くように歩いていた。人生は短い。だが、どう転がったら殺しあった女と二人三脚する状況になるんだろうな。堪らず、俺はペアである彼女に話を振った。

 

 

「俺とお前ってなんだっけ?」

 

知り合い(理子)の知り合い」

 

「じゃあ、この真ん中の足は?」

 

「離れられない腐れ縁の呪いでしょ。一度着けたら外せない、アヌビスの腕輪みたいに」

 

「それ上手い。繋がれてるのは足だけど」

 

 息が合ってるわけでもないが、周りを見渡すと話せるだけの余裕があるのは俺たちだけだった。他のペアを離して、先頭を走るのもなぜか俺たち。みんな歩くことに四苦八苦してるが俺たちはなぜか普通に走れている。よく分からないが気づいたら一位を独走していたのだ。

 

「いいですか。相手に合わせることで調和が生まれるんです」

 

 ああ、それはなんとなく分かる。足を踏み出すタイミングや呼吸を合わせないと二人三脚は上手くいかない。立派な団体競技だよ。

 

「あと一周で転ぶわよ」

 

「……転ぶ? なんで?」

 

「ちょっと脱出するのよ。理子に携帯で深夜アニメの録画を連絡しないと」

 

 意味不明なことを小声で早口に告げる彼女に俺は足を動かしながら目を丸くした。俺、深夜アニメの為に転ぶの?

 

「だって勝てるんだぞ?」

 

「貴方が注意を惹き付けて」

 

「いや最後まで走ろう」

 

「うるさいわよ、考えなさい。優先順位、優先順位を考えるの。怪我したフリするのよ、いいわね? 転ぶのよ?」

 

「いや、そういうのはやめようってーー」

 

「ああぁっ!」

 

「だああっ!おいっーー!?」

 

 足が繋がれているのだから、彼女が倒れると俺も転倒は避けられない。ドラクエと一緒。先頭が落ちればパーティー全員まきこまれる。ちくしょうめ、本当にやりがたった……

 

「あっ!足首が、足首痛めたッ!」

 

「大丈夫、騒がないで。足首挫いただけ。氷を持ってるから見ていてくださいます?」

 

 ……落ち着いてるな。冷静な対応にみんな唖然としてるよ。そりゃそうだ、お前の策略だもんな。

 

「私が戻るまで、動かさないでくださいね?」

 

 正確には理子にメールするまでだろ。右腕を額に重ねて、挫いた右足は椅子の上に乗せて戻りを待つ。最悪だ、みんなの視線が痛い。ああ、やばい、変な罪悪感まで感じてきた。わざと勝負に負けたみたいな罪悪感。いや、負けてたかもしれないけどさ……

 

「大丈夫? なんか、貴方……本当に痛そうな顔してるわね?」

 

「……本当だよ。ありがと、鈴木さん」

 

「じゃあ、まずは氷」

 

「冷たっ!なんでこんな目に!」

 

「はい、皆さんよく見て。これ。なにかあったときに寄り添う、これがパートナーのあるべき姿。相手を思いやる、美しいじゃないですか……」

 

 美しくともなんともありません。これはパートナーの我が儘に捲き込まれた成れの果て。美しいのは外側だけで真実はどこまでも残酷だ。先生、声を大にして聞いてみたいんだが、深夜アニメのために転ぶフリなんてさせるのがパートナーのあるべき姿なのか?

 

「舞台の裏側を観客は知らないもんな。お次はタンゴでも踊るか?」

 

「黙ってなさい」

 

「……はい」

 

 俺は夾竹桃から目を逸らした。ハァ……早く家に帰りたい。朝からステーキとハンバーガーが食べたい。

 

「安心しなさい」

 

「何が?」

 

「私、失敗しないので」

 

「それずっと言いたくてウズウズしてた?」

 

「誰だって一度は言いたくなるわ」

 

 それは同感。天井を仰いでいると、先生が手を叩いて二人三脚はこのまま打ち切りを迎えた。アクシデントに見舞われても先生は落ち着いて慌てない。仕事に真摯に向き合ってるのは疑いようもないな。個性的なカウンセリングのメニューはともかくとして……

 

 

 

 

 椅子を円の形で囲み、見えない円卓を作るようにしてカウンセリングは再開された。隣で座りながら、足に氷を当てている雪平は解りやすく不機嫌だった。勝てる試合を諦めたのが気に入らないのか、本当に足を挫いて痛がっているのかは分からないがおそらく答えは前者。この男は勝負や勝ち負けには妙にこだわるから。

 

「では次は雪平さんに聞きます。何か打ち明けたい悩みや不満、問題はありますか? この場を借りて」

 

「そうだな、彼女との関係に不満はない。たまに悩んだり、落ち込んだりすることはあるけど」

 

「それはどんな?」

 

「最終戦争を始めてしまったこと」

 

 刹那、周りの空気が静まり返った。無言で私たちに集まる視線に、こほん、と私は咳払いを置く。足首を挫いた仕返しのつもりかしら。疑念はすぐに払拭された。

 

「最終戦争?」

 

「ああ、黙示録の」

 

「……貴方が戦争を始めたの?」

 

「いや、でもそうとは知らずに悪魔を殺したんだ。正確には兄貴がリリスを殺して、ルシファーを地獄の檻から解き放った。ルシファーはなんとか地獄の檻に戻せたけど大勢の人が死んだ。だから、俺たちはその償いをしないといけない」

 

 雪平は至って真面目な顔でカウンセリングの先生、そして右隣の婦人へ順番に答えを返した。声色も表情も不気味なくらい平然としてるわね。理由はーー簡単なことなのでしょう。この男は、本気で最終戦争のことで悩んでいる。運が良いことにここはカウンセリング、私は好きなだけ毒素を吐かせることにした。走り出した車を静止させるのも面倒、ガソリンが切れるか衝突して止まるまで待つとするわ。

 

「俺たちって?」

 

「俺、それに二人の兄貴。でかい方とハンサムな方。それと、もう一人天使がいるんだ」

 

 質問を投げたカウンセラーの彼女も返答を喉で詰まらせている。混沌とした雪平の発言には一応のパートナーである私にも視線が集まるけど、とりあえず口笛を吹いて誤魔化すことにした。無言の圧で彼について説明を求められている気はするけど、指をくるくると頭の隣で回してみると視線は一気に四散した。

 

「守護天使だろ? 想像の中の……」

 

「いや、名前はカスティエル。トレンチコートを着てる」

 

 助け船を一蹴すると、雪平はぐるりと一同を見渡す。カウンセラーを含め、私以外は全員が苦笑い。

 

「す、素晴らしいアイデア。雪平さんの仕事は、小説家か、なにかですか?」

 

「いや、仕事は怪物退治。たまに幽霊や悪魔や天使とも戦ってる。あとは異教の神」

 

 皆、気持ちは一緒かもしれないわね。カウンセリングはカウンセリングでもこの男に必要なのは別のカウンセリングじゃないのかーーと。

 

「雪平、神には色々あるわよ?」

 

「ああ、それもそうだな。有名な連中ならオシリスやゼウスとも戦ってる。ちなみにオシリスは雷を操ったりはしない、変な裁判にかけるだけ。口も一個しかない」

 

 本人は至って真面目に話しているのがやばい。それに踏み込んで考えると、オシリス神は古代エジプトの法律に関係する神。雪平が言った裁判とはあながち無縁の神でもない。彼の話は漫画のネタになるし、機関銃トークは弾が切れるまで見物するとするわ。 案の定、怖いもの見たさから周りの夫妻からは質問攻めに会っている。

 

「北欧の神はよってたかってルシファーに戦いを挑んだけど返り討ち。まるで歯が立たなかった」

 

「北欧ってロキやオーディンかい?」

 

「ああ、みんなで仲良く集まって返り討ち。けどロキの行方は知らない。ずっとガブリエルが身分を偽ってロキとして動いていたから。ちなみにガブリエルってのは大天使。ルシファーとミカエルの弟で家族の喧嘩を見るのが嫌になって天界から家出した。甘いお菓子と風俗が三度の飯より大好きなトリックスターさ」

 

「先生、このとおり……彼は過去のことでかなり参ってます。私の手には負えません。負いたくもないし」

 

「……複雑な事情があるのは分かりました。雪平さん? お話はそこまでで結構です。償いをしようとする意思は、御立派ですよ?」

 

 匙を投げないなんて、私は驚きと僅かな罪悪感を覚えた。最終戦争、ルシファー、フィクションや創作の中で耳にする言葉を、雪平は現実に存在する言葉として使っている。神や大天使たちの話は、その方面に詳しい武偵高のS研でも苦い顔で首を傾げるようなネタだ。雪平は至って真面目に話すのだからタチが悪い。エアギターのコツは恥ずかしがらず、真面目な顔でやることね。

 

「私も結構です。質問は隣の方に」

 

「よろしいですか?」

 

 私はうっすらと笑い、もう一度指で頭をくるくるとジェスチャーを描いた。おまけで雪平を横目で見てあげれば以降は質問も飛んでこない。まあ、私まで好奇の目で見られることにはなったけれど。それからは雪平の突拍子もない悩みとは違い、悪く言えば普通の悩みや問題が続いた。長く過ごせば悩みや問題の一つや二つは出てくるものだ。難しいのはどこで折り合いをつけるか。その境界を定めることが酷く難儀なのよ。

 

「なあ、夾竹桃」

 

「なに?」

 

 ひそひそと無声音で呼ぶものだから、思わず雪平に聞き返してしまった。

 

「氷が溶けてきた。ここ、暑くないか?」

 

「……また取ってきてあげるわよ。我慢なさい」

 

 肩から力が抜かれた気分だった。掴みどころがない、その表現は雪平切には生易しすぎる。きっとこの男の頭の中を理解できる人間は家族を置いて他にはいない。雪平を軽くあしらった矢先、今度はカウンセラーから雪平へ手が伸ばされた。

 

「雪平さん? ずっと黙っているけど、なにか思うことはありませんか?」

 

「すいません。はっきり言うと言いたいことがなくて。もう昼寝したいくらい、寝ていいですか?」

 

 歯に衣を着せない物言いに空気が凍った。

 

「じゃあこのワークショップは……意味がないと思ってる?」

 

「そうですね、個人的には。なんでかって理由を言うなら俺の親はお互いに複雑な家庭の生まれだし、結婚しても問題だらけだったけど、こういうことはやってなかった。だからーー」

 

「雪平さん、ご両親のことじゃなくて貴方自身のこと。あと鈴木さんも」

 

「私のことじゃないわ。雪平、言いたいことは?」

 

 目配せと一緒に会話の主導権を丸投げする。好きにしなさいな、私も言いたいことはなかったし。

 

「ああ、どうも。じゃあ、一つ言わせてくれ。これは俺の意見。俺はこの女とほんっとに最悪の出会いをしてる。一緒に二人三脚したなんて今でも信じられないし、友達に話したら笑われるのは間違いなし。嘘は平和を保つ手段って言うけど、誰かさんは思ったことをそのまま口にするし、本能のままに毒を吐く。我慢したら死ぬんじゃないかってくらい好きなことを言いたい放題。だから、はっきり言って喧嘩どころじゃない。いつか車のボンネットに縛り付けられて崖から落とされるんじゃないかって。最近、真面目に思ってる」

 

 ……私、ディスられているのかしら。恩を仇で、味方に後ろから撃たれた気分なのだけど。私はゆるやかにかぶりを振った。仕方ないわね、最後まで聞くことにしましょうか。

 

「それでもパートナーだ。いや、俺はパートナーってものは『家族』だと思ってます。支えて、支えられる関係。血の繋がりじゃなくて築き上げていくもの。家族は憎み切れない。彼女とは必要以上に喧嘩して、言い争ってきた。でもどう転がっても最後には俺の車の助手席でふんぞり返ってる、勝手に知らないアニソン流しながら」

 

 怠惰な雪平には似合わない熱量で話は続く。

 

「いつも笑顔でアップルパイを焼いてくれるのが家族じゃない、怒りや絶望や悲しみのどん底に自分を突き落とすから家族……俺はそう思ってます。俺を育ててくれた人が教えてくれました」

 

 本当に大切な存在だからこそ、失ったときに人は絶望する。悲しみを生むのは大切な存在である証。この男は妙なところでロマンチストになる。

 

「愛してればそれで十分じゃないか? だって、お互い一緒にいるし、それが夫婦だ。でしょ? あれが嫌だ、これが許せないって粗探しはしたくなるさ、違う人間なんだから。でも好きで一緒になったなら、家族なら一緒にいるべきだ。一度動いたら後戻りはできない、暫くは楽しくても最後は絶対悪い方にいく。ちょっとでも家族の思い出が残ってると心はざらついて……で、最後どうなるか。車の中で親父と聞いてた懐メロを聞きながら、一人短縮ダイヤルで頼んだピザを食べる。不味いピザ。そんな人間……誰もなりたくないでしょ?」

 

 前屈みで雪平は両手を重ね合わせた。自虐的な発言なのは誰にだって分かる。嬉しくもないけど、私も例外ではなかった。皆が遠慮するような静まり返る中で私は溜め息をついた。

 

「貴方の懺悔は聞くに堪えないわ。最終戦争の話の続きを聞く方がマシ。では、みなさん進歩はあったってことで。ええ、良い経験だわ」

 

 誰かさんの懺悔を聞かされたことには同情するけど、それ以降は粗探しだった問答も穏やかに進んだ。誰かさんの懺悔は、ほんの少しの躊躇いを作る程度にはーー皆の心に爪痕を残したみたいね。

 

 

 

 

 

 一夜明けて、埃っぽいモーテルではあり得ないふかふかのベッドで俺は目を覚ました。寝心地も全然違う。部屋のベッド、これに変えてくれないかな。持ってきた私服に袖を通し、チェックアウトの準備だけを済ませ、財布を持って部屋のドアを開いた。綺麗で清潔感に満ちたホテルとも今日でお別れ。埃っぽいモーテルとは雲泥の差だな。

 

 大理石の床を踏んでテラスへ足を運び、適当なテーブルでハンバーガーを注文する。携帯のメールボックスをチェックしていると、早速頼んだハンバーガーが運ばれてきた。器にはポテトがソースと添えられ、やや大きめのハンバーガーをナイフで半分に切り分ける。持ちやすいサイズにカットしたあとは軽く一口かじりつく。ピクルスとチーズ絶妙な後味を残し、何より肉が美味い。控えめに言って美味すぎる、肉がこんなに美味いとは……

 

「雪平? 雪平切? 聞いていて?」

 

「肉がこんなに美味いとは……幸せを感じる」

 

「……どこまで欲望に忠実なのよ」

 

 隣のチェアを引き、黒セーラーの魔宮の蠍が頬杖を突いた。

 

「今朝は行きたい場所があるんじゃなかったのか? 聖地巡礼だろ?」

 

「そう思ったけど辞めたわ。それより、貴方に付き合おうと思って」

 

「大丈夫だ、一人で」

 

「貴方の為じゃないわ。見てみなさい、周り。みんな楽しそうでしょ?」

 

 言われるままテラスを見渡すと、夾竹桃の言葉に惑わされたわけじゃないが明るい景色が広がっている。太陽は中天高く照りつけているが、騒ぎ声はひっきりなし。活気は覚める気配がまるで見当たらない。

 

「高い金を払って旅行に来るって夢や目標を叶えて、そんなところに仏頂面の子供がいて一人寂しく1500円もするハンバーガーを食べてたらーーみんな嫌な気持ちになるでしょ。だから来たのよ」

 

「俺が心配なのかと思った」

 

「全然」

 

「そう」

 

 周りに気を使えるんだ。優しいね、良い子すぎて俺が間抜けみたいだ。ハンバーガーを租借すると、ウェイターがやってきてテーブルに冷水のグラスを置いた。

 

「ごゆっくり」

 

「ありがとう。私にもこれと同じのを」

 

「ただいま」

 

 ウェイターは一礼して、テーブルから離れていく。租借したハンバーガーを飲み込み、椅子に深く腰掛ける。

 

「笑えないよ。バカみたいだけど、母さんから逃げようとしたとき、友達からカウンセリング受けろって言われてさ」

 

 俺はゆるく首をふる。

 

「ーー断った。自分で解決すればいいって。答えを見つけるのに他人の手なんて借りる必要ないってさ。でも……解決しなかった」

 

「受けてれば解決したの?」

 

「いや、無理だろ。問題ありすぎで。俺にも母さんにも家庭にも。家族全体が問題だらけ」

 

 椅子に座り直し、何もない空を仰いで続ける。

 

「ただ神崎は、母親の為になんでもやろうとして、家族の危機を救おうとしてる。なのに俺はなにもやらず逃げちまった。それが引っかかって」

 

「逃げたのは母親のことを思ったからでしょう?活動の場所を変えても狩りを続けてる。父親から言われたことを守る為に、普通の生活を全部投げてハンターの道を選んだんじゃないの? 良い息子よ、自分を攻めるのはよしなさい。家族を大切に思ってる。良い子供じゃない」

 

「それでもアレックスの……友達の言うとおりカウンセラーに会ってたら違う結果もあったんじゃないかってな」

 

「そしたら私との出会いもなかったわね」

 

「ハハ、それ最高」

 

 嘘を言わない女、下手に慰めもしないし、気休めは言わない。そんな夾竹桃だから話す気持ちになれた。お互いに皮肉を言って笑っていられる関係だから出来ること。

 

「でも周りを見てみなさい。結婚に失敗して最悪、こんなところに一秒もいたくないって状況に見える? どう? そうじゃないでしょ? 家族との問題を抱えて、みんな何が正解なんて分からないのよ。正解が分かるなら悩んだりしないわ。それでも今日の一瞬を歩んでる」

 

「ああ、そう。家族との確執があったから日本に来た。武偵になってもハンターを続けていたからお前と戦うことになった。コルトを盗みに来たお前とな」

 

 夾竹桃と目線を交わし合うと、どちらともなく笑みがこぼれた。真面目に悩んでいたのに、なんだか色々なことが一編に馬鹿馬鹿しくなった。

 

「カウンセリングはやっぱり駄目だな」

 

「改善しないわね」

 

「ああ、全く」

 

「ハンバーガーまだかしら。空腹なのだけど」

 

「これ食う? まだ手をつけてないし、来たら半分貰うから」

 

「いいの? 悪いわね」

 

 丁度、真ん中で切り分けられたハンバーガーの残り片側を器ごと差し出してやると、夾竹桃はすぐにハンバーガーを持ち上げて一口。本当に空腹みたいだな。俺は摘まんだポテトをソースに付けながら首を傾げてみる。

 

「美味いか?」

 

「……こんな美味しいハンバーガー初めて」

 

「だって、1500円なんだから」

 

「信じられない。すごいわね、このホテル」

 

 真顔で驚くという彼女らしい反応にうっすらと笑みを向けてやる。そりゃ美味いさ、1500円のハンバーガーだからな。同じ感想に心地よさを覚えながら、ポテトをもう一本。

 

「あと石鹸。あれもすごかった。しっとりすべすべ。市販にはあんなの売ってないぞ」

 

「そんなに?」

 

「触ってみな、嫌じゃなければ」

 

 試しに左腕を差し出すと、ぺたぺたと冷たい手の感触がやってきた。

 

「……嘘よ、 なにこれ革命的ね。すごいわ……」

 

「だろ。女性がこれ使ったら反則だぞ。ほら、上の方まで効果あり」

 

「腕まで洗ったの? なによそれ、外科の医者みたいね」

 

 いつになく派手な反応の彼女に笑いが止まらない。まあ、このハンバーガーが食えただけでも依頼に付き合った価値はあるのかな。

 

「なんつーかあれだろ。革命的」

 

「すごい、枕みたいね。私も使おうかしら」

 

「おっ、ハンバーガーが来たぜ。遙々やってきたんだ。1500円の味を堪能しよう」

 

 結局、俺と夾竹桃の関係は不透明。ただ、今は一緒にハンバーガーを食える関係ってだけで十分だ。なんたって、天使がハンバーガーを食べて幸せを感じる世の中だからなーー

 

 

 

 





事実を話すと変な反応をされる(ハンターあるある)。
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