哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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前編の倍ほどの文字量になりますが、今回の話では登場キャラクターが退場、亡くなる直接的な描写があります。キンジを別にして、亡くなることがほぼないアリアの世界観から見ると、沿わない部分もあると思います。ご注意ください。


ーーの封書(後)

「オンラインゲームの友達って住所や連絡先まで交換するものなのか? だってネットだろ、俺なら見えない相手とそこまで親密にはやれないよ」

 

「考え方はそれぞれだけど。行方不明になった彼女とはほぼ毎日やりとりしてた」

 

「まさかゲームのログインが途切れたとか、連絡が来なくなったからその子が行方不明だと?」

 

「彼女の妹から連絡が来たのよ。私が武偵であることは姉から聞いていたのでしょうね。救護科の専攻で来年の試験を受けるつもりみたいだから」

 

 俺たちは秋葉原を後にして、パーキングに預けていたインパラで例のオンライン友達とやらの自宅に向かっていた。

 オンラインゲームは漫画とアニメ鑑賞に並ぶ鈴木先生の趣味らしいが、よくよく思い返せばディーンもネットを使って見ず知らずの女の子と交流の場を作っていた。

 

 インターネットが発達した今日、ネットを通じて繋がりを広げるのは俺が思っているよりも普通のことなのかもしれない。

 だとしたら、俺の感覚が普通から遠いってことになるが普通の人間は吸血鬼の首を跳ねたり、幽霊と戦ったりしない。妥当に言えば俺の感覚も日常と同じで普通ではないんだろうさ。

 

「ネトゲ友達の妹が武偵高を?」

 

「一般校からね。間宮あかりと同じよ、驚くことじゃないわ。一般校から入学してくる生徒も一定数いる。貴方みたいに独自に訓練を受けてる子も探せば見つかる世の中だし。流石にこの子は真っ白だろうけど」

 

「それなら俺は真っ黒か?」

 

 事実、真っ黒な経歴なんだけどな。

 前を見ながら視線はそのままで言葉を続ける。

 

「話を整理すると、姉が行方不明になって親しい間柄且つ武偵のお前が頼られた」

 

「そんなところよ。私は探偵学部、専攻を考えると適任ではあるわけだし」

 

 ーー探偵学部は主に犯罪調査、分析を担当する、探偵科と鑑識科が属する学部だ。実際、行方不明者の捜索もここの案件になる。

 鑑識科は探偵科と協力して捜査にあたることが多く、適任と言えば確かに適任だが……

 

「どの学部でも綺麗に解決すれば問題なし。重要なのは最後にどうなっているか。それよりお前の考えてるそっち系の可能性ってのは?」

 

「似ような事件が他に3つ。アパートで女子大生が消えた」

 

「おかしいか?」

 

「彼女の部屋は15階」

 

「それはおかしい」

 

「事件が起きたのは先週末。もう一人は四日前、帰宅の途中に消えてる。三日前にも同様の事件が起きた。三人の生活圏はそれほど離れていないから関連性は警察も調べてるでしょうね」

 

 立て続けに四人の行方不明者か。ちっとも笑えない。

 

「被害者に接点は?」

 

「何もない、若い女性ってだけ。ミオを含めてね」

 

「ミオ……?」

 

「ゲーム内での呼び名。私はそっちで呼んでる」

 

「ああ、そういうこと」

 

 要するにプレイヤーネームってやつか。ゲーム内のアバターや操作キャラクターに付ける名前。

 

「貴方は遊ばないの? オンラインゲーム、意外と楽しいわよ?」

 

「嫌いってわけじゃないさ。ムーンドアは……それなりに楽しかった」

 

「ムーンドア?」

 

「LRPG」

 

 信号に引っ掛かったのと同時に隣から物音がする。視線をやるといつもより気持ち多めに夾竹桃の目が見開かれる。

 

「驚きね、あまりの驚きで携帯を落としちゃった」

 

「嫌味なダイジェストをありがとう。お礼に今度レンジでオムレツを作ってやるよ、お前の部屋で。そう、お前の部屋」

 

 レンジでオムレツ、あれをやるときは材料の他に消臭スプレーがいるね。神崎に続いて俺が二人目になってやる。寝起きにマクギャレット少佐の大好きなタンパク質をプレゼントだ。

 

「勘違いしないで、本当に驚いただけ。貴方がライブRPGなんて言えば誰でも驚くわよ」

 

 ライブRPGーー他にもLRPGって呼ばれ方もあるが中身は一緒。要は現実でやるRPG。

 

「でもなるほどね、オンラインゲームとは真逆の遊び。良いじゃない、意外なことには変わらないけど私はむしろ好印象。アメリカでは盛んと聞いてるし、貴方が好きでもおかしくはーー」

 

「アークモアから来た妖精を救い出した。犯人は今頃妖精の世界で裁判を受けてる」

 

「……ライブRPGの話?」

 

「いいや、現実。でも月の女王の為に戦ってやったのは本当だ。エルフや古代の神々、ケルトの祭司と一緒に戦ったーー駒使いとして」

 

「駄目、質問が一つで足りないわ。駒使いって言った?」

 

「FBIは世界観的に駄目らしい。あ、やっと変わりやがった」

 

 頭に?マークを浮かべている彼女に答えを説明し、俺は再びbabyの運転に戻る。

 

「狩りの息抜き、気を晴らしたいときもある」

 

「そうね、今も酷い顔してる」

 

「ちょい日光浴びすぎたかな」

 

「やるべき仕事か、見極めるのも仕事の内よ。休めるときは休めばいいんじゃない?」

 

「覚えとくよ。働くときは働くましょう」

 

 いつも通り、インパラをコインパーキングに停めてから現場までは徒歩。

 切符やレッカー移動に怯えるくらいなら、ケチらずに硬貨をおとなしく捧げるのが懸命だよ。番号を間違えたときは嘆きたくなるけど。

 

「表札は出てるのか?」

 

「ええ、姫川の名字で」

 

「そうか、なら見つけやすい。聞き込みには馴れてる。任せろ」

 

 パーキングを出ると、程なくして目当ての表札は見つかった。風化して色の抜けかけた文字で名字が書かれている。一応、彼女妹から住所を伝えられている夾竹桃が呼び鈴を鳴らす。

 

「はい、開いてますよ?」

 

 開いたドアの向こう側、最初に眼に入ったのは、しなやかというには細すぎる足だった。考えてみれば、武偵校の入学希望なら現在は中学三年生の筈。

 が、それにしても出迎えてくれた少女の手足は折れそうなほどに細い。デニムショートパンツ、赤のタンクトップの上にはややサイズの合っていないジャケット。まだ年相応の幼さが表情に覗いている。

 

「姫川さん?」

 

「はい、そうですけど……」

 

「FBーー失礼。東京武偵校の者です。僕は雪平、こっちは相棒の……」

 

「鈴木。モモコの名前で通じるかしら?」

 

 ……この女、さりげなく足踏んでいきやがったぞ。仕方ないだろ、長年やってきた習慣が染み付いてるんだ。つか、本名使ってゲームしてんのかよ。

 

「ま、待ってました!どうぞ入ってください、そちらの相棒さんも」

 

 そう言うと、彼女は室内へと一足先に消えていく。その小さな背中が消えたところで彼女に視線をやる。

 

「おい、ごめんは50万回だぞ?」

 

「ロックスターの偽名を使われる前に本題を進めてあげたのよ。バカ正直に『ーーFBIだ』なんて日本で通じるわけないでしょ?」

 

「癖でやっちまうんだよ。うわ、見て。この得意そうな顔」

 

 まぁ、誰も見てないんだけどさ。玄関の扉を締めて、彼女が招いてくれた居間のソファーに腰掛ける。ご両親の姿は見えないが……

 

「ありがとうございます。本当に来てくれるなんて」

 

「気にしないで。力になるわ」

 

 夾竹桃は沈痛げに首を振って見せる。普段は氷のよう、と噂される双眸が随分と穏やかだ。

 

「お姉さんが消えたばかりでこんなこと、無神経かもしれないが手掛かりがいるんだ。事実を明らかにしたい。話を聞いてもいいかな?」

 

「なんでも聞いてください。そのつもりで連絡しました」

 

「ありがとう。お姉さんに何か変わったことはなかった?誰かに恨まれてるってことは?」

 

 中学生の年齢にしては随分と落ち着いてる。この手の冷静さはたぶん、色々な物を目にしてきたせいで勝手に身に付いてしまった代物。同情するつもりも権利もないがな。

 

「姉はおとなしいというか、スリルを求める性格ではありませんでした。成人してるのに異性の友達を家に招いたこともないし、浮いた噂って言うんですか?夜遊びもしないし、なんていうか真面目で誰かに恨みを買うような人にはとても……」

 

「恨んでる人はいなかった?」

 

「はい。私の知る限りでは。私の家庭は少し変わっていることもあって、そのせいか姉も恋愛には無関心というか。でも最近になって恋人ができたんです。同じ仕事場の彼と、来週は付き合って1ヶ月になるから……最近は彼がくれたってブレスレットをずっと嵌めてて……」

 

 涙声になる彼女へ無言で隣の蠍がかけ寄った。仲の良い姉妹だったんだろうな。この子の反応を見ればなんとなく分かる。でもーー恨まれる理由がないなら本当に無差別で狙いを決めたのか?

 

 若い女性だけが狙われてる。犯人の嗜好からやってくる共通点としては自然だ。だが、15階のアパートから連れ去られたって話がどうにも引っかかる。高い場所から女性を拐う、若い女性ーーブレスレット?

 

「……そのブレスレットってもしかして『金』のブレスレットじゃなかった?」

 

「えっ……どうしてーー」

 

「いや、過去に似たような事件があってね」

 

「してました。確かに金色で……私はメッキと金の見分けがつかないので、あんまり自信はありませんけど……」

 

「十分だよ、ありがとう」

 

 そう言いながら、自分の想像に胸が悪くなるような不快感を感じる。まだ決まったわけじゃないが嫌な可能性が浮かんできた。それもあながち低くない可能性で。

 

「彼、まだ新任の講師なんです。そのブレスレットも少し無理して買ったみたいで。姉が値段を聞いたら、0の桁を一つ減らして誤魔化されたって……見栄っ張りなんです」

 

「そっか。心配してるのは家族だけじゃない」

 

「安心なさいな。私、前に言ったでしょう?」

 

 夾竹桃はゆるくかぶりを振る。

 

「私は男女の恋愛を応援する気にはなれないけど、少女の笑顔を奪うものは許せない。貴方を含めてね?」

 

「私を……含めて……?」

 

「ええ、貴方の笑顔も。ミオを救いだしても貴方が沈んでいては意味がないもの」

 

 あのーーいや、俺は空気を読みますよ。突っ込みどころはあったけど良い台詞だった。彼女も俯いていた顔をあげて夾竹桃と見つめ合ってる、あー、現在進行形で。ほら、ついに掌が重なっちゃいました。あ、夾竹桃の指が顎にかかった。なんでしょう、この甘ったるい空気。発言すら許してくれなさそうなこの空気。ええ、犬を殺されたジョン・ウィックに睨まれてる気分ーー発言したらお前は殺す、みたいな。

 

 俺はどこぞの愛マニアじゃないが、これでも育ちはカンザス州のローレンス。大天使が兄弟喧嘩やったスタール墓地の近くのローレンス。アメリカ育ちだ。男同士のカップルも見てきたし、女同士で愛を誓おうとするタイプの女性も知り合いにいた。現に月の女王様は女の妖精がタイプだったみたいだし、兄貴たちがモーテルの受付で部屋を取ると五回に二回はカップルと勘違いされる。いや、ちょっと回数は盛ったけど……

 

「あー、俺は出直そうか?」

 

 ほら、見ろ。ジョン・ウィック(夾竹桃)が鉛筆向けてやがる。とりあえず咳払いしとけ。こほん。

 

「あ、ごめんなさい……!その、姉と雰囲気が似ていてーー」

 

「ああ、大丈夫。ジョン・ウィックも満更じゃなさそうだったから。そうだろ?」

 

 夾竹桃と視線を結んでやると、まだ中学生の彼女はハンサムな愛犬家を知らないようで小首を傾げている。

 

「貴方は知らなくていいのよ、どこにでもいる車好きの愛犬家のこと。面白い男でしょう? ほんと、それが売りなんだけど……」

 

「おっとーーここはコンチネンタルだ。争いは掟に反するぞ」

 

 尾を向ける蠍に俺は両手をそれぞれ真横に突きだし、静止をかける。ジョン・ウィックから助かる方法はただ一つ。コンチネンタルホテルに引きこもる、だ。

 

「あ、それなら知ってます。ジュラシックワールド!」

 

「そう、ラプトルを止めるやつ。けど、彼女はラプトル四姉妹より強い。武偵になるならアドバイスだ、大切なのは支配するのではなく信頼関係を築くこと。待てーー」

 

 放映後、世界のあらゆる飼育員が真似をしたというこのポーズ。蘭豹、綴、高天原先生の三人を相手にこれをやった強襲科の生徒がいたらしいがその後のことは誰も知らない。バカなやつだ、これはラプトルを落ち着かせる為のポーズ。ティラノサウルスに効くわけねえだろ。

 

「お馬鹿、人をラプトル扱いして信頼関係も何もないわ。前提から終わってる」

 

 夾竹桃は額を抑えると、溜め息を溢した。抗弁しようと開き掛けた口が閉じられ、諦めのかぶりが振られる。ラプトル三匹より強いのは誉め言葉のつもりだが、依頼主の気持ちが晴れたならとりあえず良しとしよう。さっきの言葉も一理ある、任務は裏の裏まで完遂せよ。依頼者が沈んでいるなら気持ちを晴らすのも間違いじゃない。結局、綺麗事でも後腐れのない最後が一番なんだから。

 

 夾竹桃を連れて建物をあとにする。外の天気は姫川宅を訪ねる前よりも荒れていた。うんざりしそうな細かい霧雨と強風に吹かれて、投棄されていたレジ袋が視界を横切って転がっていく。近場にパーキングがあったのはラッキーだったな。

 

 俺はコインパーキングまでインパラを迎えにいき、そのまま姫川宅の前で夾竹桃を拾うことにした。まだ夜まで時間はあったが外はすっかり陽光をなくしている。冷たい空はインパラのガラス越しに陰湿な雰囲気を晒していた。

 

「それで、目星はついてるんでしょう?」

 

 不意に雨音を遮って、視界の端から抑揚のない言葉が届く。揺れるワイパーに視線をやりながら俺は首肯する。

 

「まだ断言するのは無理だ。もしかするとーー程度の可能性でしかない。他の被害者のことも聞きたい」

 

「そう思って、同期の二人に探りを頼んである」

 

「ジャンヌと理子に?」

 

「片手間に、だけどね。それでも優秀な子達、貴方の求めている答えくらいは期待できるわ。頼れる聖女様に期待しましょう」

 

 焦りを感じさせない声色で彼女は携帯のボタンを叩く。赤信号につかまって、俺は静かにインパラを止めた。やがて電話が繋がり、隣で聖女様との通話が始まると信号も青に変わる。遠くからサイレンが聞こえてきて、緊急車輌の登場には自然と体が強張った。

 

「ええ、隣にいる。スピーカーにするわよ?」

 

『金か。トナカイのように鼻が利くな、貴様は』

 

 一応、感嘆の言葉なのだろう。左手から差し向けられるスピーカーモードの携帯からジャンヌの声が聞こえる。

 

「褒めて貰えて光栄だよ。被害者は若い女性、そこまでは聞いてるが拐われた時点で身に着けていた物について知りたい」

 

『ふむ、そのことだがどちらもお前が指摘した金の装飾を身に付けていた。端的に言おう、プロミスリングだ』

 

 思わず、苦笑いしそうになる。

 

「……プロミスリングか。それなら被害者に男との交際の影はなかった」

 

「どういうこと?」

 

「一人なら偶然の可能性も拭えなかったが、三人が同時ならたぶん当たりだよ。こいつはお前の睨んだとおり、怪物の仕業だ。それも絶滅危惧種」

 

 細かい雨がパウダー状に降り、稼働しているワイパーが機械的に左右に振れる音が虚しく車内に響く。金、そして若い女性。いや、正確には純潔だ。

 

『検討がついたのか?』

 

「最初から15階のアパートから連れ去ったって話が気になってた。それだけならソウルイーターの可能性もある。けど、金と若い女性が絡んでるならーー」

 

 俺は微かに言い淀み、その名を口にした。

 

「ーードラゴンだ。下水道で煉国についてのマニュアルを読み耽ってたガリ勉連中だよ」

 

 一瞬、車内の空気が静寂に包まれる。沈黙を破ったのはジャンヌだった。

 

『あの、ドラゴンか? 本に出てくる?』

 

 俺は近くの路肩にインパラを停め、真横から差し向けられている携帯に横目を向ける。

 

「ジョークを言ってるように見える?」

 

 

 返答はない、沈黙が答えだ。

 

「そのドラゴンだよ。ゲームによく出てくるあれさ。金と純潔を好み、女性を巣に連れ去る。ゲームやお伽噺で有名だが実際に700年前に絶滅した連中として……いたんだよ。でっかいコウモリみたいな羽と鋭い爪を持った正真正銘の怪物だ」

 

「でも700年前に絶滅したんでしょ?」

 

「そう聞いた。中世を専門してる学者からも絶滅したって確かに聞いたよ。でも生きてた。ハンターや人間の目を欺いて潜んでたんだ、煉国についてのポエム読みながらな。まぁ、煉国についての話はどうでもいい。恐ろしい連中だよ、絶滅してたらジョークのネタにできるけど笑えないな」

 

 ハンドルに肘を置くと、「同感よ」という言葉が挟まれる。

 

「良くないニュースと良いニュースがあるがどっちから話せばいい?」

 

「どうせ今日は悪いニュースばっかりよ。せめて良いニュースからどうぞ」

 

 そう言うと、スピーカーにされた携帯がダッシュボードへ置かれる。サンフランシスコで聞き込みをしたのとは逆の立場になったな。

 

「分かった。良いニュースだがドラゴンは人食い鬼やリヴァイアサンみたいな飢餓状態の怪物とは違う。拐われた女性は監禁されてるだけでまだ生きてる可能性は十分にあるよ。食欲っていうよりあれは物欲に近い、金持ちが名画を収集してるようなもんだ」

 

「続けて」

 

「それと俺は過去にドラゴンを退治してる、最終戦争の少しあとにな。言い伝えでは奴等の根城は洞窟だが、実際に隠れてるのはたぶん下水道。三人が拐われた場所を元に捜索すればすぐに見つかるだろ。奴が掻き集めた金の山が良い目印になってくれる」

 

 捜索自体は苦労した記憶はない。むしろ、厄介なのはもっと別のこと。

 

『悪いニュースは?』

 

「ドラゴンを退治するには剣がいる。なんでも殺せるコルトや原始の剣みたいな反則を抜けば、退治できるのはドラゴンの血を混ぜて鋳造した剣だけだ」

 

「ちょっと待って。つまり、ドラゴンを退治する武器はドラゴンを退治しないと作れないってこと?」

 

「本末転倒。そしてドラゴンは700年前に姿を消した。今でも残ってる剣は世界中でせいぜい5本か6本って話だ。その内の一本は短剣になって行方知れず。要するに悪いニュースはーー退治できる武器がない」

 

 額をハンドルの上に重ね、かぶりを振りたい気持ちを殺す。ドラゴンは好戦的だ、戦わずに人質を解放するのは現実的じゃない。無事に絵画を盗んでも、もし顔を見合わせたら、まず逃がしてはくれないだろう。

 

『待て。それならお前は過去にどうやってドラゴンを退治した?』

 

「さっき、行方知れずの短剣があるって言っただろ。剣の収集家から一本だけ武器を借りられたんだ。石に刺さってる剣を兄貴が反則技で引き抜いて……あ、いや、引き抜いてないか。取り出した、そう、石から取り出したんだ。それでドラゴンを倒した」

 

「……そのエピソードも気になるところだけど、武器についてはなんとかならないの?」

 

 できることなら、差し向けられる彼女の視線には応えてやりたいがーー

 

「剣は貴重なんだよ。現存するのは聖ジョージの剣やイギリスのエクスカリバー。残念ながら星枷のイロカネアヤメやジャンヌのデュランダルは入ってない。ルビーのナイフも」

 

「金物屋に売ってる代物じゃないわね。世に出回るような代物じゃない」

 

 同感だ。イロカネアヤメ、デュランダルも露店に出回るような剣じゃないがアスカロン、エクスカリバーなら歴史的な価値は言うまでもない。世界中の博物館が喉から手が出るほど欲しがるだろうよ。

 

「前に退治したときもブルンツビークの剣を使って戦ったんだ。チェコの英雄が使ってた剣、あれも値段はつけられないだろうな。他を探すにしても途方にくれそうだ。ジャンヌ、一応聞きたいんだがエクスカリバー持ってないか? 鞘はなくてもいい、剣だけあればいいんだが?」

 

「あるわけないだろ、バカかお前は。何故、私がアーサー王の剣を……」

 

「いや、なんとく? 振り回してそうな感じしない?」

 

 隣に同意を求めてみる。ある日、デュランダルがエクスカリバーに変わっていても別に違和感ないんだけどなぁ。が、夾竹桃は静かにかぶりを振った。

 

「私に聞かないで。でもエクスカリバーは噂に聞いたけど、英国からも失われてる」

 

「そうなのか?」

 

 不意に告げられた言葉が気になり、反射的に聞き返していた。

 

「ええ、イギリス情報局秘密情報部が血眼になってるって話よ。あれはイギリスの国宝、仮に贈与されるにしても余程の地位や名誉がないと」

 

「でも行方知れずなんだろ? アーサー王伝説のエクスカリバーか、案外この国に転がってたりしてな?」

 

「まさか、そんなわけないでしょ」

 

「だよな。あるわけないか。とりあえず手分けして剣を探そう。それと潜んでる洞窟」

 

 ジャンヌと一度通話を切り、俺はインパラのアクセルを踏んだ。気がつけば夜の時間が近づいている。ドラゴンの住まいに乗り込めるのは早くても明日、奇跡的にお伽噺に出てくる剣が見つかったとしてだがな。今日はおとなしく学園島に戻るしかない。ワイパーが雨に曇るガラスを静かに払っていく。

 

 

「いつものホテルでいいか?」

 

「貴方の部屋に押し掛けるわけにもいかないでしょう。神崎アリアがいるにしてもそれは無理。狩りをするにしても部屋は二つないと」

 

「それはもっとも。俺は俺なりに部屋で調べてみるよ。来るなら来るで、部屋を掃除して待ってるさ。ピザ頼みながら」

 

 ……すぐに弾痕だらけになるけどな。床も家具も綿が弾け、木片が乱れ飛ぶ。何度掃除してもすぐに神崎と星枷が木っ端微塵にしていくよ。

 

「ドラゴンなんてゲームの中だけの存在とばかり。ドラゴンがいるならフェニックスも?」

 

「いる」

 

「バンシーは?」

 

「いる」

 

「アラクネ」

 

「いないのはゴジラ。あとはいる」

 

 

 

 

 

「なんだ、いたのかレキ」

 

「はい」

 

 部屋に帰ると、レキがテレビを見ていた。神崎から誘われたのかな。俺はテレビのある部屋を抜けて、とりあえず手を洗う。神崎とキンジはいないみたいだな、来客を置いてどこ行ってるんだよ。とりあえず、俺は冷蔵庫から麦茶とグラスを盆に乗せて、グラスに氷をいれる。

 

「入りくんだドラマです」

 

「へぇ」

 

「ピザの配達員はこのベビーシッターのことが好きなのに何故臀部を叩いているのでしょう」

 

 グラスに落とそうとした氷が、逸れてテーブルへと転がった。意味のないマバタキを二回繰り返す。

 

「……レキ?」

 

 裏返りそうな声で俺は名前を呼ぶ。もうテーブルが濡れたことなんてどうでも良かった。頭が真っ白になる。

 

「彼女が悪いことをしたのでしょうか?」

 

 俺は無言で部屋まで歩いてき、チャンネルを取ると何も言わずに、再生されているビデオを天気予報に切り替えた。誰だ、こんなもんを持ち込んだやつは……

 

「……」

 

 ゆるりとレキが首を曲げて俺を見る。刹那、無言で耐えていた柵が決壊した。

 

「男がいる部屋でこんな物を見るんじゃない!それから、内容を話すな!どこのどいつだ、こんな危険物を渡したやつはーー!」

 

 とりあえずディスク(危険物)は押収。神崎への二次災害だけは防ごう。でないと、昨日掃除したばかりの部屋にブラックホールが吹き荒れることになる。アメリカならず日本のピザの宅配男も油断ならないのはよく分かったよ。どうしてこんな物が部屋にあるのか、俺の疑問をよそに、まずはキンジが帰宅した。そして俺を見るなり、首を傾げてくる。

 

「その顔、どうしたんだ? 生気でも吸われたか?」

 

「ちょい船酔いしてね。岸につくまで降りられない。そう、岸=墓場だよ」

 

 心臓に悪い、さっきのはいらないサプライズだったな。俺はソファーに背中から崩れるように倒れる。読みかけだった将棋の指南書をテーブルから引き寄せると、俺はキンジに視線をくばる。

 

「お土産は? ニュージャージーのサンドイッチは?」

 

「あるわけないだろ」

 

「来客を一人を置いて留守。それでお土産もなしか?」

 

「ない。しかもなんでサンドなんだよ」

 

「ニュージャージーといえばサンドイッチ。観光に行ったときはよく味わえ。でかい、頭くらいあるホーギーサンド」

 

「分かった。サンドイッチ覚えとくよ。レキ、なんか飲むか?」

 

 レキが頷くと、キンジは冷蔵庫へ歩いていく。外を見るとまだ雨が続いていた。

 

「おい、テーブル濡れたままだぞ」

 

「あ、氷こぼしたんだ。溶けてるか?」

 

「拭いとくよ。だから、夜はお前が作れ。レキも食っていっていいぞ」

 

「ではお言葉に」

 

 何も言えないまま今夜の料理当番が変わったんだが……そうか、それならこっちにも手段があるぞ。

 

「ほう、それなら我が家に伝わる伝説の『ウィンチェスターサプライズ』を作ってやろうか?」

 

 そう、あのメアリー・ウィンチェスターの創作料理。

 

「家庭の味、ですか?」

 

「ああ。兄貴がまだ子供の頃、母親に作って貰ったって料理。オリジナルには及ばないけど、何回か再現を試みた。アメリカらしい料理だよ、ああほんと」

 

 あのディーンにカロリーの塊と言わしめた料理だからな。彼女の料理の腕は……まあ、そういうことだ。俺もいつかーーオリジナルを見てみたいもんだよ。

 

「キンジ、お前も手伝え」

 

「俺の腕は知ってるだろ。アリアよりはマシなだけであれの延長線だぞ」

 

「料理下手なシェフが二人。最強コンビだろ?」

 

「……敵わないな。分かった、やれるだけやってみよう。なんたって、俺は暇だからな」

 

「おい、それーー」

 

「俺も好きなんだよ。ジャック・リーチャー」

 

 ソファーから身を乗り出すと、キンジはレキと同じくグラスで麦茶を嗜んでいた。

 

「お前、ハントよりボンド派って言ってただろ!インパラの運転席とIMFの敷居はそんなに甘くないぞ!」

 

「あれはアウトローだろ、外が一緒なだけで。レキ、なんとか言ってくれ」

 

「私はボーン派なので」

 

「そっちかよ!?」

 

 レキに不意を突かれ、部屋にはキンジの叫びが響いた。流石はSランクの狙撃手、見事に意表を突いたな。うん、俺も突かれた。

 

「ところで雪平さんは今までどちらに?」

 

「ああ、神崎や理子との依頼が昼に終わってさ。そこから別の仕事に誘われて、少し探し物をしてたんだ」

 

「何探してるんだよ?」

 

「それが実はまだ解決してない、ドラゴンの血が混ざった剣だ。まあ、そう簡単に見つかりっこないんだよ。現存してる剣は聖ジョージの剣やアーサー王伝説に出てくるエクスカリバーとか、これが存在してるかも分からないようなお伽噺全開の武器ばっかりでさ。エクスカリバーなんて行方知れずでどこにあるのかもーー」

 

「あるぞ、たぶん」

 

「HAHAHAHAー!こいつはお笑いだ。キンジ、流石に冗談にも無理がーー」

 

「俺がシャーロックから借りた剣がたぶんそれなんじゃないか? ラグナロクとかエクスカリバーとか、そこらへんの名前を言ったらシャーロックは驚いただけで否定しなかった」

 

 一瞬、場の空気が静まり返った。キンジはそのままスクラマサクスと呼ばれる剣を持って戻ってくる。一目見れば分かる、普通の剣じゃない。それ自体が発光しているかのように鋭く輝く、両刃剣だ。ジャンヌのデュランダルと同じ普通から逸れた武器に付いて回る危険な匂い。以前、こんな剣をキンジは持っていなかった。俺は裏返りそうな声を必死で落ち着かせる。

 

「キンジ、シャーロックはこの剣について他に何か言ってたか?」

 

「そう言えば言ってたな。女王陛下から借り受けた大英帝国の至宝だとか」

 

「……聞けば聞くほど、真実味ばっか帯びていくな。お前はこの手の嘘はつかない。シャーロックが否定しなかったなら本当にこれが……おいおいマジかよ、近所に宝刀が転がってやがった」

 

 にわかに信じられない気持ちがあるが、キンジの話を否定する要素が見つからない。ブルンツビークの剣にも酷似した独特な雰囲気が真実味を後押しする。何よりシャーロックの愛刀であったことに勝る理由がない。

 

「キンジ、実はーー」

 

「皆まで言うな。必要なんだろ?」

 

 視線を合わせず、キンジは体をこちらに首だけを明後日の方向に向けている。

 

「持ってけ、詳しい理由は聞かん。お前が話さない限りはな? 俺もシャーロックから借りてるだけだが1日くらいお前がレンタルしても問題ないだろ。取りに来る気配もないしな?」

 

 そう言うと、キンジは窓まで歩いてカーテンを閉める。

 

「今度、旨いステーキが食いたい。それで貸し借りはなしだ。いいな?」

 

 色んな感情が同時に込み上げるが俺はとりあえず唇の両端を歪めることにした。

 

「お言葉だがこの地球上でお前だけだぞ。ステーキとイギリスの至宝が同等だって言うのはな」

 

 

 

 

「……一応聞いておくけど、ウサギの足は使ってないわよね? 私、鑑識科だけど貴方の死体も事故現場を見るのは嫌よ?」

 

「心配ありがとう。あれは最終手段だ。死ぬのが分かってるのに使うつもりにはならねえよ。でも一生分の運を使い果たした気がするぜ」

 

「私の運もくれてやるわよ。到底足りないだろうけど」

 

 いつもの調子でやり取りを交わし、二人分のマグライトの灯りが下水道の暗闇を照らした。キンジからスクラマサクスと背中に隠せる秘匿用の鞘を借り、既に付近の下水道の地図を入手していた夾竹桃と俺はドラゴンの住処捜索に乗り出していた。

 

 下水道は下水処理場に近ければ近いほど、各地から水が集まってくるので必然と広くなる。捜索を始めて30分は過ぎようとしたが生物の気配はなかった。当たり前だが地下は良い環境とは言えない、日の光は届かず、視界が全く掴めないわけでもないがマグライトの照らし出す環を頼りに動くのは違いなかった。不気味だな、まるで化物の口のなかにいるみたいだ。

 

「ったく、慣れたと思ったら別の匂いが襲ってきやがる。下水道に住むのは大変だな……よくやるぜ、ドラゴンってのは鼻がバカになってやがるのか?」

 

「30分探して何もなし。ドラゴンは引っ越ししたのかしら」

 

「さあな、アメリカのドラゴンは下水道に家を構えてたけど?」

 

「もしかすると、日本のドラゴンはホテル住まいかもね」

 

 ぬかるむ足下が一歩踏むごとに陰湿な水音を立てる。10分ほど歩いたところで俺たちは足を止めた。左右に別れた道、右か左。進路が二つある。

 

「分かれ道だな」

 

 俺は左右に伸びた通路を順番に照らし出す。

 

「右か左、どっちに行くつもり?」

 

「今日は二人いるんだ。いつもので決める。ほら、やるぞ」

 

 俺はマグライトを肘で挟み、左手の掌を上に向けてその上に拳を乗せる。とんとん、と二度拳を打ち鳴らすと夾竹桃は目を丸めた。しかし、意味を理解したようですぐに同じ構図を取って拳を作る。

 

「私が勝ったら右、貴方が勝ったら左よ」

 

「決まりだ。見てろよ、ファーストコンタクトでの決着をつけてやる」

 

「結果は見えてるけどね?」

 

「言ってろよ」

 

 アメリカのじゃんけんは日本と少しだけ違う。三すくみ自体は一緒だが拳を二回打ち鳴らしたあと三回目で手を決める。言葉での合図はなし。俺と夾竹桃は互いに牽制するように視線を結ぶ。刹那、水滴が床に小さな音を立てた。

 

 ディーンにはいつも勝ち、サムにはいつも負けたのは過去のこと。そうだ、じゃんけんに負ける度に真っ先に不気味な場所の下見をするのも過去のこと。すべてはこの時のために。いくぞ、一回目ッ!二回目ッ!勝負ーー!

 

 

 

「……」

 

「貴方はいつもグー。本にも書いてあるわ」

 

 勝ち誇った笑みと一緒に左肩が叩かれる。

 

「待て!二勝したほうが勝ち!」

 

 夾竹桃が構え直す。よし、一回目ッ!二回目ッ!勝負ーー!

 

「……」

 

 俺、グー。夾竹桃、パー。

 

「くそッ!」

 

「右に行くわよ。んー、気分がいいわ。こんなに気分がいいのは久しぶり」

 

 軽く伸びでもするように、夾竹桃は黒髪を揺らした。じゃんけんの手をカンニングするとか反則だろ。軽い足取りで右の道を行く夾竹桃の背中を、俺はかぶりを振って追いかけた。

 

「……どうしてパーはグーより強いんだ。誰が決めた?」

 

「これは一種のお約束よ。そう、お約束」

 

「楽しそうだな?」

 

「ええ、とっても」

 

 こんな場所で雰囲気も何もないが、お前が楽しいなら何よりだよ。皮肉を叩いてやる気にもならないが、不意に夾竹桃の足が止まった。先の暗闇を照らしていたマグライトの光が、ゆっくりと足元へ下ろされる。

 

「おめでとう、初めての発見だな」

 

 マグライトの光は、小さな砂山のように積み重なった金の山に反射していた。指輪、時計、ネックレスーーパトラが好きそうな黄金の山だ。

 

「ここが住処で間違いないみたいね」

 

「だな。この近くだ」

 

 マグライトを握る手に力が入る。暴れる心臓を落ち着かせてマグライトの光を暗闇に振った。ぬかるむ足場を奥に進むと、両側を柵に囲まれた小さな一本道のスペースに出た。進めるのは前と後ろ、ぬかるむ足場も金網のような足元に変わっている。

 

「夾竹桃」

 

 咄嗟に名前を呼び、俺は背中から剣を抜いた。やや遅れて背中に夾竹桃の髪が触れてくる。気がつけば俺と彼女は背中を合わせていた。嬉しい反面、厄介なことになったな。

 

 俺の前方にはアメリカンジャケットで着飾った中年が一人、肩越しに夾竹桃を見ると彼女も無言で見知らぬ男と睨み合っていた。一気に空気が変質し、重たく張り詰めたものになる。やられたな、前後から挟まれた。

 

「下水道まで営業って来るかしら?」

 

「いや、こねえだろ。手が高熱で赤く変色したらビンゴだ。絶対に触れるな」

 

「あら、朗報ね。ビンゴだわ」

 

 ああ、こっちもだよ。男の右手が焼けた鉄のように真っ赤に染まっているーードラゴンだ。それと朗報の他に悲報がある。

 

「……二匹いるのは聞いてなかったな。サンドイッチみたいに人を挟みやがって」

 

 前と後ろに一匹ずつ、退路を塞ぐように陣取っている。仲のいいことで。

 

「援護呼んだほうがいいか?」

 

「援護? 貴方が援護よ。なるようになるわ、私は時間を稼ぐからそっちを先に仕留めて」

 

「でも武器は一つしかーー」

 

 不意に背中にあった感触が離れ、目の前に夾竹桃の黒髪が広がる。間近で触れてくる髪先、白い腕が俺の制服の内側に入り込んだ。

 

「お、おいーー!?」

 

 眼を見開いて状況を整理するが頭が追い付かない。が、すぐに手を引き抜いた夾竹桃が体を反転させる。肩越しに見えたその手にはあろうことか天使の剣が握られていた。うっすらと笑みが浮かんでくる。

 

「メグみたいなことしやがって。ちょっと期待しちまったじゃねえか」

 

「へぇ、期待したの?」

 

「120点やるよ。清められた感じ」

 

 言葉の終わりが契機となり、俺と夾竹桃は同時に動いた。天使の剣でドラゴン相手だと……おそらく足止め以上の仕事は見込めない。先に俺が一匹片付けて数の利を作るしか選択肢はないな。

 

「おい、拐った女性をおとなしく解放するって選択肢はなしか? 首を縦に振るならお前たちの家から出ていくぜ?」

 

「お前たちはハンターだな。仲間を呼んで我々を殺す気だろうがそうはさせん。あれは儀式に必要なんだ、お前には分からんだろうがな」

 

「ろくでもない儀式ってのは見抜けるさ。おたくらには前科があるからな」

 

 両手で剣を握ったまま距離を狭める。

 

「そんな剣で俺を斬れるのか?」

 

「だったら、試してみろ」

 

 何の変哲もない袈裟斬り。こっちを見下していてくれている隙に終わらせるつもりだったが、駄目だな。切り裂いた傷から血が吹き出るが浅い。差し出された腕を裂いただけだ、殺傷圏内の寸前で距離を取りやがった。笑えねえ、野生の本能でも働いたのか。まずいな、リヴァイアみたいに首を狙うべきだった。

 

「……どこで手にいれた?」

 

 出血するとは思っていなかったのだろう。驚愕の色を含んだ瞳が切り裂かれた腕とスクラマサクスを交互に見てくる。そこに先程までの油断の色はない。自分を傷つけられる武器、俺の手札が明らかになったことで奴の思考も変わった。『マヌケなハンター』から『自分を殺すかもしれない障害』程度には認識は改められたはず。

 

 さっきみたいに容易に隙を突けるとは思わない方が良さそうだ。だからこそ、首を狙わなかったのが悔やまれる。自分の油断を殺すつもりで切っ先を喉元へ向ける。

 

「組分け帽子の内側だよ」

 

 不意に背後から銃声、発砲したのはこっち側だろう。抜け目ない彼女のことだ、法化銀弾でも隠し持ってやがったな。スクラマサクスの柄は硬質プラスチック。おそらくキンジが自分の手に馴染むように平賀さんあたりに注文を出したのだろう。お陰で微かだが気休めになる。

 

 真っ赤に発光する手は柵に触れただけで接触面を軽く融解させている。人の皮膚が堪えきれる温度には遠い。殺傷圏内に踏み込んでは一撃を貰わないように警戒しながら刀を振るう立ち回り。刀と腕、間合いが広いのはこっちだ。

 

 だが、肘だろうが手首だろうが掠った瞬間、追撃に繋げられた制服ごと丸焼きにされる。あの熱に触れて握力を保っていられる自信がない、掠りでもすれば反射的に手は武器を手放すだろう。熱湯のなかに永遠と手を漬けておくなんざ土台無理な話だ。不意にまたしても背中がぶつかった。

 

「退治できそうか?」

 

「無理よ。法化銀弾も時間稼ぎってだけ。そろそろ際どいわね」

 

 背後で弾倉のリリース音とスライドが絞られる音、法化銀弾の残弾も余裕がなさそうだ。天使の剣はスクラマサクスに比べて遥かにリーチが短い。それで応戦してるんだ、際どいどころか感嘆しそうになる。

 

「そっちは?」

 

「最初の一撃で仕留め損なった。殺傷圏内で警戒される」

 

「長物の授業をサボるとこうなるのよ」

 

「ああ、戦徒は刀の扱いが上手い奴にするよ」

 

 金網を踏みつける音がけたましく響く。俺が対面するドラゴンは剣の間合いには警戒して近寄らない、後ろで夾竹桃が相対する敵は有効打がないことを見抜いて距離を詰めてくる。自分には不利な距離で戦うつもりはないってことか。俺には一定の距離を作り、夾竹桃には一定の距離を作らせない。身を置いてる状況が正反対だな。

 

「女は殺すな、少し際どいがまあ問題ない。始末するのはそっちのハンターだけだ」

 

「へぇ、この状況でナンパかよ。知ってるか、蠍ってのはな。デカいやつほど害がない、小さいやつほど危険だ。友達にも教えてやれ。ついでにもうひとつ、こいつ面食いだからお前には興味ないってよ」

 

「ほう、面白い男だな。気に入ったよ。その頭のなかにいるバカな虫を殴って叩き出してやろうか?」

 

「こっちもその不細工な顔の上でアイルランドのフォークダンスを踊ってやる。30分、休憩なしで」

 

「なるほど、ユーモアは認めよう。笑えたよ。だが、ここは俺たちのキッチンだ。そして、お前は食材。生板に乗せられるだけの、食材だ。何もできやしない」

 

 失笑と同時に首が横に振られる。動けるのは前後の一本道、他に動ける場所は見当たらない。前後には口を開いた怪物、両側の柵から向こうに足場はない。ここがキッチンなら良くて丸焼き、悪くて薫製。想像しただけで吐き気がする。

 

「さっきのってお誘いだったのかしら?」

 

「お誘いだろうね」

 

「独創的ね、彼等の口説き方」

 

 ようするに答えは、いいえだ。背後から皮肉と、金網を叩く足音が近づいてきたときーー

 

「雪平、チェスは好き?」

 

 三回、踵で足下の金網が打ち鳴らされる。チェスか、この博打好きめーーいいさ。

 

「乗った」

 

 打ち合わせなんざない、練習なんて一度たりともやったこともない。博打、付け焼き刃、安定とはどこまでも遠い言葉だけが過ぎ去る。だが、思い返してみれば、俺は幸運があった。でなきゃ、ずっと前に死んでそのまま墓に埋まってる。俺はいつだってギリギリのところで、誰かに、何かに、家族に救われてる。視界が反転する、眼前に据えていた敵が前後そのまま反転した。

 

 ーーキャスリング・ターン。駒を1手で同時に動かして入れ替える、チェスの特殊手のように。俺と夾竹桃の位置は入れ替わる、ほんの、一手。だが、この一手で戦況は変わった。夾竹桃には有効打がないと踏んでいた男が誤算に目を見開く。距離を詰めすぎたな、殺傷圏内だぜ。半身になって剣ごと腕を振り上げ、瞳を細めるのと同時に斬り下ろす。悲鳴と血しぶきが上がり、今度こそがら空きの胸元へスクラマサクスを突き立てた。

 

「ガアアアアアアアアアッッッ!」

 

 傷口が青白く発光し、大きく開かれた口からも血と光が溢れだす。今回は料理される側が逆だったな。胸から剣を引き抜くと、男は背中からその場に倒れ込んだ。

 

「ーーキッチンで負けたことはないんだ」

 

 残りは一匹。肩越しに連続する発火炎が見える。

 

「伏せろ、夾竹桃!」

 

 叫びながら俺はスクラマサクスを投擲。屈んだ夾竹桃の真上を過ぎ、白刃がドラゴンの胸を抉る。

 

「……!」

 

「チェックメイトよーーCiao(じゃあね)

 

 暗闇に白い線が幾重にも走っている。いつの間にか虚空に張り巡らされたTNKワイヤーを足場に、跳躍した夾竹桃は頭に天使の剣を、胸に突き立ったスクラマクスの柄に蹴りをほぼ同時に浴びせる。喉を潰すような怪物の悲鳴も無慈悲な攻撃の前に敢えなく沈んでいった。

 

「……えげつないことするねえ。同情するぜ」

 

「貴方といるうちにお行儀の悪さが移っちゃった」

 

 夾竹桃は沈んだドラゴンの近くまでいくと、倒れている体へ何も言わずに法化銀弾を2発撃ち込んだ。敵の死んだふりからの逆襲を防止する『死体撃ち』だ。そして反応がないことを確認してから、スクラマサクスと天使の剣を順に抜いていく。

 

「誘拐された子たちが見当たらないけど」

 

「たぶん、近くに監禁用の檻がある。さっさと探しちまおう」

 

「他の仲間と出くわしたら?」

 

 引き抜かれたスクラマサクスを受け取りながら、俺はドラゴンの亡骸を一瞥する。

 

「出くわさないことを祈るさ。いつだって出たとこ勝負」

 

 

 

 

 

「ドラゴンを退治した気分は?」

 

「下水道に潜ったのは予想外。だけど、友達の命を救えた良かったわ。他の子たちも。価値はあった」

 

 学園島の原っぱにインパラを停めて、ボンネットに座りながら俺たちは雲を見上げていた。あれから色々な後処理があった。下水道で監禁されていた彼女たちを解放し、警察への調書、退治したドラゴンの後始末にも追われることになった。結局、遭遇したのはあの二匹だけだが素直にドラゴンを退治しましたでは警察から狂人扱いされるのは見え透いてる。収拾がつかない。

 

 未だに狩りが9条に触れるかどうか疑問だが、もし触れるとするなら明日にでも懐かしい逃亡生活が始まるだろう。亡骸をそのまま放置しておくわけにもいかない。

 

 いっそのこと、ジョシュアの後釜を狙って天国に履歴書でも持っていってやろうか。ジョシュアにはアナエルという助手がいたらしいが天界の門が閉じてからは行方知れず。昔、公園で天界の入口を守っている暇そうな門番がそんなことを言っていた。アメリカに帰る日が来ればいつか出会うこともあるかもな。

 

「お友だちから連絡は?」

 

「病院で検査を受けてる。下水道で監禁されてたんだし、体が疲弊してるのは仕方ないわ。でも落ち着いたら帰宅も許されるはずよ。依頼主からも貴方にお礼を頼まれてる。入学したら一緒に仕事がしたいって」

 

「俺と?」

 

「いいえ、私と」

 

 人を食ったような態度に俺は苦笑いしてやる。本当に言いたいことをそのまま口にする女だ。少しも身繕おうとしてもない、ある意味尊敬してやる。

 

「なあ、本当に俺がグーを出すって分かってたのか?」

 

 

「言ったでしょ、あの本にしっかりと書かれてる。チャリーズエンジェルで失敗したことも」

 

 おい、それは墓まで持っていくつもりで……

 

「よし、分かった。とにかくあの本を一部残らず焼き払ってしまおう」

 

「もうオンライン書籍になってるけど?」

 

「……マジかよ。仙人フグやるから流通止めてくれ」

 

「無理よ。受け入れなさいな」

 

 顔を合わせず、言葉で否定される。つか、作者から少しくらい分け前貰っても良くないか?いや、駄目か。姉貴と宇宙旅行でいつ帰ってくるか分からん。

 

「色々書いてあるわ。じゃんけんの話とか、40年間我慢比べしてくれたこともーー世界を救ってくれてありがとう」

 

 ……あー、ったく、駄目だな。ふいうちだ。言い返せる言葉がない。思いつかない。それだ、つまらない嘘を言わないお前だから、それが凶器になるんだよ。俺は誤魔化すようにかぶりを振る。

 

「いいや、俺はアラステアから剃刀を受け取った。あいつと過ごす時間に負けたんだ。その最後の言葉は貰えないよ。お前からは貰えない」

 

 彼女と視線を合わさないように暗い空へと目線を仰ぐ。地獄の空と同じ、飲み込まれるような黒い闇を。

 

「なぁ、昔話してもいいか?軽蔑してくれていい、本当にどうしようもない男の矛盾の話」

 

 とん、と何かがボンネットを叩く。見ると白いレジ袋と中には缶コーラが二本、俺たちの間に挟まれるように置かれていた。俺が表情を変えても夾竹桃は何も言わない。吸い込まれるような彼女の瞳は俺がやったように夜空を見上げていた。冷たい風が過ぎ、俺の視線を呪縛させるように彼女の髪を靡かせる。気づけば俺の口は勝手に言葉を紡いでいた。

 

「オシリス、前に一緒にカウンセリングを受けたときに言ったよな。古代エジプトの法律を司る神、いや冥界の神。そいつは独裁者ってタイプでさ。罪人を掴まえて自分で裁判にかけて処刑までするんだ。奴には人間の心が読めるから少しでも罪を感じていれば終わり」

 

 ーーオシリス。別に口から雷を吐いたり、口が二つあるわけでもない。神出鬼没で一人三役の裁判が終わるとすぐに行方を眩ませることで知られている神。罪の意識を感じている者を拐っては判決を言い渡して殺す、それが生き甲斐のようなやつだった。人を一方的に裁いてはその余韻に浸り、また獲物を探して放浪を繰り返す。

 

「オシリスは冥界の神。裁判では死んでいる者ですら証言台に呼ぶことができる。無限に、誰だって呼び出せる。裁判にかけられたのは俺じゃない、ディーンだったよ。でも証言台に呼ばれたのはジョーだった。正確には彼女の霊なのかな」

 

 オシリスには人の心が読める。金物屋での凄惨な最後に彼女を追いやったのは俺の、俺たちの責任だ。他に選択肢を取る機会は幾らでもあった。壁の向こうの幽霊、戦争の騎士、静止する機会は幾らでもあった。だが、最後はああなった。割に合わない最後だ。海を渡ろうが、何年狩りを続けて、何人を救おうが白紙にはできない。割り切れないよ。

 

「結局、オシリスを200年間まじないで押さえ付けることにした。判決は先延ばし。何の話もできないまま彼女も消えた。怨み言のひとつも聞いてないし、何の礼も言えてない。ずっと思ってた、あれはたまたまディーンに目が向いただけ。二つあった別れ道でたまたまディーンが選ばれただけの話。オシリスがもう一方の道を選んでいたら俺が法廷に呼ばれてた。いや、重さで言えば俺のほうがずっと酷い」

  

 コーラのプルタブを捻ながら、俺は何度目かも分からないかぶりを振った。

 

「罪のない人間なんていないわよ。誰でも」

 

「それでもだよ。俺のせいでジョーは猟犬に腹を抉られた。お前も知ってる黙示録の騎士が復活した日に、メグが引き連れていた猟犬に。ナイフ好きのおかしな女と思われてもあのまま学校に通って、普通に生活してれば少なくともあんな最後にはならなかった。布切れで腸を抑えるような痛み、味わうことはなかったんだ」

 

 分かってるよ、嘆いても何も変わらない。何があろうと自分のできる仕事をする、それができないならさっさと辞めたほうがずっと良いーーある日突然、妻子を同時に失ったフランクにもそう言われた。プロのハンターであるなら目の前のことを何が起きても直視しろ、と。

 

「地獄の猟犬が憎い。大切な人を殺されて、憎むのが自然な感情だと思ってる。なのに、俺はメグにも命を救われてる。ふざけた話さ、猟犬を従えていたあの悪魔を……俺は心から憎む気にはなれない。何度も救われて、一緒に戦った。メグも同じさ、俺たちを逃がすために命を投げてくれた」

 

「……アザゼルの娘が、貴方たちを?」

 

「ああ、救ってくれたし、最終戦争のあとは一緒に戦った。間違いなく」

 

 当然の反応か。ローレンスの家を焼き払い、元凶を作ったアザゼルの娘。ルシファーの崇拝者であるメグと本格的に手を組んだのは魔王が檻に戻ってからだ。そのことは日記に書かれていない。俺は静かに瞼を閉じた。

 

 メグに助けられた。そんなことを聞けばあの悪魔は間違いなく俺の言葉を否定する。『私は自分のやりたいことをやっただけ』だと、そう言うのだろう。あの夜、天使の剣が突き立てられる光景を鮮明に覚えてる。金物屋で見た横たわるジョーと同じほどにーー

 

「俺は猟犬が気にくわないが、自分はもっと気にくわない。矛盾だよ、家族を殺した悪魔を憎めない矛盾。初恋の女を殺されたのに憎むこともできない。ジョーに許されなくても当然さ。礼を言われるような男じゃないんだよ。言っとくけど、俺の9割は最低だ。ゴミさ。あとの1割は……なんだろ」

 

「自分が何者か、探せばいいんじゃない?だって、貴方は生きてるんだから」

 

 複雑そうに珍しく彼女は笑ってくれた。こんな痛切な問いかけを一方的に投げたってのに。

 

「他人が口を出すことじゃない。でも懺悔を聞いた代わりに言わせて。読者としての感想。許してるわよ、貴方も貴方のお兄さんのことも。彼女はきっと許してる」

 

「どーだかな。迷惑しかかけてなかった」

 

「それは関係ない」

 

「関係あるだろ。俺はーー」

 

「色々あっても貴方たちは家族だった。人生は短い、私たちみたいなのは特に。ずっと失敗を嘆いて生きるつもり?私たちにも終わりは来る、いつかはね?」

 

 ボンネットに背中を倒し、抜けるような暗闇を仰ぎながら、拙いというには明瞭な声色で言葉を被せてくる。

 

「金は儚いものよ。いつかは消えていく。でも人生で一番大事な物は永遠に消えない。私がいつ死のうと、理子やジャンヌ、貴方と一緒にいた事実は変わらない。あそこに書かれなかったヘマでもいい、私が出会ったら謝っておいてあげるから懺悔はなしにして」

 

「……俺は相当ヘマしてるけど」

 

「それでも水に流すのよ」

 

 有無を言わさない言葉には頷くしかなかった。いや、本当は頷きたかったんだ。だから、感謝してる。勝手な懺悔を最後まで聞いてくれたこと。寄せたコーラは静かにぶつかり、音を鳴らした。

 




書きたいことを詰めた結果、過去最長の長さになりましたがアンケートはまたやりたいですね。当初は人食い鬼で考えていたのをスクラマサクスのネタを考え付いて変更しました。次からはまた本編に戻ります、この作品はややシリアスで進むストーリーを、姑息な言い回しとパロディーで誤魔化しながら進んでいる感が否めないですね……
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