ゲームの歴史…それは遥か五千年の昔、古代エジプトにまでさかのぼるという。古代エジプトでは動物の骨を削ってサイコロを作るだけでなく、いわゆるボードゲームは古代エジプトが発祥の地とされているらしい。
紆余曲折の末に本土から日本に戻って数日が経った。ジャンヌと再会を交わし、そしてようやく戻ってきた懐かしの第三男子寮。俺は自分の家はあくまでインパラと思ってるが、この部屋も長く留守にしてると不思議な気分になる。間違いなく、ここは俺の家だ。
腐れ縁たる遠山キンジとの相部屋。だが、今年になってルームメイトが新しく増えた。まるで嵐のようにやってきたその女は図々しくも我が物顔でベッドを占領し、いつのまにか部屋に住み着いていた。神崎アリア、つまるところ俺の第二のルームメイトだ。
「速攻魔法発動、エネミーコントローラ。ネクロドールを生け贄に、お前のヴァレルロードのコントロールをエンドフェイズまで得る」
「へえ、お可愛いカードを使うじゃない。あたしはカードを一枚伏せてターンエンドよ。そしてこの瞬間、あんたに奪われていたモンスターのコントロールもあたしに戻る。手札尽き、モンスターも伏せカードもない。この状況を返せるものなら返してみなさい?」
勝ち気に神崎はその唇を歪めた。現在、俺は神崎に誘われるがまま部屋のテーブルを使ってボートゲームに興じている。ジャンヌや理子が遊んでいるところを何度か見たことはあるが、わざわざ高価なレアリティーで使用するカードを揃えているあたり、神崎もなかなかお熱らしい。
このゲーム、お互いに最初から持ってる8000のポイントを使役するモンスターで先に削り切るだけの単純な物だが如何せん種類が多く、戦術自体の自由度は高い。
まあ、実際にボードゲーム自体は勝負勘を養ったり、戦略を探ったりで探偵科からも推奨されている。俺が誘われていないところでは、キンジがバスカビールの面々とジャンヌや平賀さんを巻き込んで、キャストオフ・テーブルなるボードゲーム大会をやったのは記憶に新しい。ああ、俺は誘われてないけど。
「確かにな。だがーー」
俺の手札は0、場は壊滅状態。はっきり言ってお手上げも良いところだが……
「まだ俺にもツキはあるようだぜ?」
引いたカードをそのまま神崎に叩きつける。
「俺が引いたのは強欲で貪欲な壺。このカードは俺のデッキの上の10枚をコストにカードを2枚ドローする」
「複製術が見えないと思ったら……なるほどね。でもたった2枚であたしの場を崩すにはあんたのお人形はちょっと貧弱なんじゃない?」
「どっちが貧弱か思い知るがいい」
妨害はない。10枚はゲームから取り除かれ、2枚が手札に収まる。教えてやるぜ、神崎。優れた楽器があれば、名曲が奏でられるとは限らない。ザコと鋏は使いようってな。
「テラー・ベビーを通常召喚。このカードが召喚に成功したとき、墓地からギミック・パペット一体を特殊召喚できる。俺は墓地よりギミック・パペットーマグネドールを特殊召喚」
蘇生されたそのレベルは8。だが、攻撃力と守備力は1000の素材ありきのモンスター。むしろ、その低ステータスに安心感すら覚える。奈落も踏めない貧弱なステータスこそギミパペだ。
「さらに墓地のネクロドールは墓地からギミパペ一体を除外することで特殊召喚できる。墓地のシザー・アームを除外しーーギミパペ界のアイドルを特殊召喚だ!」
「ハァ!? これのどこがアイドルなのよ!?」
「可愛いいだろうが!雪平さんの可愛いモンスターランキング第3位なんだよ!」
「あんたの趣味は個性的すぎるのッ!」
失礼な神崎はさておき、名実共にギミパペ界のアイドルが無事に蘇生。手札から直接カラスが飛んできたらそこで詰みだったが、なんとか命は繋いだ。俺の手札に指名者はない、相手のターンだろうが手札から直接飛んでくる手札誘発のモンスターを踏めばそこまで。ターンを返した途端、神崎の弾丸に風穴を空けられて終わりだ。
俺がこのターンに呼び出したモンスターは特殊召喚を含めて三体、仮に神崎の残った手札にニビルがあるなら俺が五体目を呼んだ途端に場のモンスターは分け隔てなく壊滅する。そうなれば俺の展開は止まり、ターンを渡すしかない。
俺の墓地には、相手の直接攻撃に反応して墓地から特殊召喚できるシャドーフィーラーがいるにはいるが……こいつは一度攻撃を受けてから蘇生されるモンスター。しかも蘇生した途端に1000ポイントのライフを要求され、なぜか攻撃表示の棒立ちで出てくる。その攻撃力も僅かに1000、戦闘破壊こそされないが後続のモンスターによる超過ダメージで簡単にライフは削られる。
俺のライフは既に2600、一度攻撃を受けてから効果を使えばライフは1000残れば上々。とても次のターンを迎えられるとは思えない。一方、神崎の手札はまだ四枚もある、中身はともかく枚数だけを見れば削るには充分すぎる。ライフ、手札の枚数、ボードアドから見ても劣勢なのは俺の方。それは神崎も理解してる。
「レベル8が2体。けど、あんたのそのアイドル人形はエクシーズ召喚の素材として使うには縛りがある。呼べるのは同じギミック・パペットのモンスターだけ」
「ふふん、そいつはどうかな? 神崎、何もギミパペのリンクはキメラだけじゃないんだぜ?」
ーーだが、劣勢の状態から場をひっくり返してこそのファンサービスって奴だからな。
「神崎」
「?」
「勝利のピースは、すべて揃ったぜ」
「……あんた、遊びになると人格変わるわね」
うるせえ、キャストオフ・テーブルで俺をのけものにした恨み。思い返してもムカつくぜ、てめえら。キンジを誘ってなんで俺に誘いをかけないんだ、俺だってお前らと麻雀とかビリヤードとかやりたかったんだよォ!
「ーー召喚条件はカード名が異なるモンスター3体。行け!雑魚共ッ!」
「それって何かおかしくない!?」
「やかましい!攻撃力0、500、1000の役目は終わった!混沌の騎士ーーカオスソルジャー降臨!」
神崎を一蹴、俺のデッキで最もカードパワーが高いであろう1枚が場に降臨した。その攻撃力は切り札に相応しき3000ポイント、だがその効果は同じ攻撃力3000のヘブンズ・ストリングスの比じゃない。デビルズ・ストリングスの一発芸だけじゃないことを思い知るがいい。
「レベル7以上のモンスターを素材に召喚した場合、カオスソルジャーは相手の効果の対象にならず、効果では破壊されない。ミラーフォースなんて無意味だぜ、アリア先生?」
「……ふざけた耐性ね。確かにあんたのお人形とはいいお友達になれそうなモンスターだわ」
「攻撃した瞬間、味方が全滅じゃ笑えないからな。いくぞ、俺のバトルフェイズ。削られたライフは削り返す、10倍返しだ!」
「それ言いたかっただけでしょ!?」
神崎の場には2枚の伏せカード、1枚は俺が羽根箒で割ったミラーフォース・ランチャー。そしてもう1枚はランチャーの効果でサーチされた聖なるバリアーミラーフォース。耐性を備えたカオスソルジャーには通らないぜ、神崎。
「カオスソルジャーでデリンジャラス・ドラゴンを攻撃。カオスソルジャーには相手モンスターを破壊したとき、3つの効果の選択肢がある。俺は第3の効果を選択ーー!」
棒立ちの神崎のリンクモンスターを撃破。そして1400のライフを神崎から削ると同時に効果が発動する。
「相手フィールドのカード1枚選び除外する。俺が除外するのはヴァレルロードドラゴン!」
「ヴァレルロードドラゴンはモンスター効果の対象にーーそう、対象を取らない効果ってわけね」
一瞬、言い淀むも神崎はうっすらと笑みを浮かべて答えを察する。限られたカード以外は発動を許されないダメージステップに発動する対象を取らない除外。戦闘を介する発動条件はあれど除去能力としては申し分ない。
「そのとおり、対象を取る除去と対象を取らない除去では三と万。9997ほどの違いがあるんだよ」
「……何を基準に三と万が出てくるのよ」
ともかく、これで神崎の場からモンスターはいなくなった。数ターン前まで張られていた厄介なフィールド魔法も羽根箒で掃除済み。神崎の場にあるのは2枚の伏せカードだけだ。
だが、神崎の手札は4枚。いくら強固な耐性を持っていても盤面をひっくり返される可能性は存分にある。俺は壷の効果で引いた残された最後の手札を見やる。罠カードーー通常の魔法やモンスターとは違い、相手ターンでの妨害に使うための名前のとおりの罠のカード。それも今では化石扱いされるような1枚。それを見ると、俺はなんとも言えない気持ちになった。
それは以前、夾竹桃の買い物に付き合ったときにたまたま入ったカード屋で引き当てた1枚。あいつが「いいカードじゃない」なんて言うもんだから、つい勢いでデッキに刺しちまったがこのタイミングで引くとは……心強いというか、あいつらしい嫌がらせというか。
だが、既に首の皮一枚で繋がってる状況だ。俺が神崎に勝つ。そのためには猫の手だろうと、犬の手だろうと、夾竹桃の手だろうと借りるしかないんだ。信じてやるよ、腐れ縁を。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」
「対象にならず、効果では破壊されない攻撃力3000のリンクモンスター。そして傍らには伏せカード。モンスターも手札も0からここまで持ってくるなんて……流石ね」
自身の手札を一瞥してから、神崎が緋色の瞳を覗かせる。俺のライフ2600に対して、神崎のライフは3600。そこに大した優劣はない。その気になれば互いに一瞬で飛ばされるようなライフポイントだからな。致命傷のラインと言っていいほどに。
「あたしのターン。確かに、あんたの攻撃は素晴らしかった。いいえ、違うわね。こほん」
わざとらしく、神崎は席払いを置いた。何か嫌な前触れに感じるのは気のせいだろうか。
「あんたのデュエルは素晴らしかった!プレイングもデッキ構築も!」
待て待て待てーー
「待って!それ俺に言わーー」
「だが、しかし、まるで全然!このあたしを倒すには程遠いのよねぇ!」
ぴしっ、と神崎の指が真っ直ぐに俺を射抜く。してやったりと言わんばかりの表情で。
「俺が一番言いたかった台詞を先取りしやがって……希望を奪われた気分だよ、ちくしょうめ」
「あら、こんなの楽しんだ者が勝利者なんでしょ?」
「正論で殴るなよ、何も言い返せないだろ。さっさとターンを進めろ」
「言われなくとも。キリ、このカードであんたの息の根を止めてあげる」
「なに?」
訝しげに問いかけた俺に、神崎は指先で持ち上げたそのカードを表に返す。
「魔法カード発動ーー真紅眼融合!」
「ーー真紅眼融合!? 手札、デッキから融合を可能にする真紅眼専用の融合魔法……!」
「そしてこのターン、あたしはこのカードの効果以外ではモンスターを召喚・特殊召喚できなくなる。けど、そんなことは関係ないわ」
……まずい、神崎のこの自信。呼び出されるのはよほど強力なモンスターなのか。いや、神崎が呼び出すモンスターの検討はつく。この状況で他のモンスターの召喚権を投げてまで呼び出すとすればただ1つ、真紅眼の黒竜とブラックマジシャンを素材とする究極殺戮モンスター……!
あんな化物の召喚を許せば間違いなく俺は負ける。反射的に俺の指は伏せたカードに手をかけた。
「そうはさせない、光の封殺剣!」
「光の封殺剣……!?」
目を丸くして驚く神崎だが、それも束の間自分の手札に視線を落とす。
「この罠カードはお前の手札の1枚を3ターンの間ゲームから取り除く。これでお前のドラグーンの融合素材を封じ込めるぜ」
「……また無茶苦茶な勝負に持ち込んだわね。あたしがデッキ融合したらそれまでよ?」
「だが、手札に抱えていたら話は別だ。お前のデッキはほぼ純正のヴァレット。いくらサベージのシンクロに使えると言ってもシナジーの薄い真紅目をデッキに抱えるリスクは大きい。ブラマジは言うに及ばず。あるとすればドラグーンを呼ぶためにデッキにあるのは1枚ずつ」
要するに派遣、出張だ。その1枚しかない融合素材を手札から除外すれば融合を不発にできるかもしれない。つか、神崎の手札を露骨にシャッフルする表情……バレバレだぞ、当たりだ。
「封殺剣が選ぶのはランダム。あたしの手札は4枚、その中からお目当てを撃ち抜ける?」
「確かにな、その1枚を引くのは難しい。だが俺は引く。例えこの指が、ぐちゃぐちゃに折れようと!」
「……いや、折れないでしょ。どうやったら折れるのよ」
神崎の手札にある融合素材を外したら俺の負けだ。そう、これは確率25%のゲーム。体の中の血液を沸騰させ、高揚感を掻き乱す瀬戸際の駆け引き。これだからゲームはおもしろい。この1枚のカードに、道を閉ざされるか、光を得るかーー勝負!
「いくぜ。ぺらっと、ひっくりかえしたーー」
「アリア、朝から一人なに話し、て……る……?」
刹那、寝起きのキンジと視線が合う。睡魔からまだ覚めていないキンジの瞳が、一秒、二秒……やがて幽霊でも見るような目に変わる。ああ、遊びに夢中になっててすっかり忘れてた。
ーー俺帰ってきてから、まだキンジに挨拶してなかった。
「で、出たああっ!?」
「幽霊を見たような顔するんじゃないよ、失礼なやつだな。本物の幽霊よりお前のほうがよっぽど恐ろしいだろ」
あからさまに驚くリアクションは、むしろキンジらしくないとまで言える。幽霊より恐ろしい男が幽霊に驚いてどうするんだよ、幽霊じゃないけどさ。突然の来訪者に俺も神崎も手札を置き、視線をキンジへと向けた。
「なんでいるんだよッ!」
「なんでいたらダメなんだよッ!」
「数日前に帰って来たみたいよ。あんた、ジャンヌから聞いてないの?」
「今初めて聞いたぞそんなこと!」
すっかり眠気が覚めた顔でキンジが反論してくる。朝から元気で何よりだ。やや影が差し込んだ顔付きも以前と何も変わってない、安心したよ。兎も角、寝起きに幽霊を見たら嫌でも目が覚めるってことだな。
「なんだか抜き差しならない状況になったけど、続ける?」
「いや、おとなしく降参するよ。今度リベンジしに行く。まあ、二週間後くらいに」
「そう。楽しみに待ってるわ。ところでキンジ、あんたは起きるの遅すぎ。あたしとキリはもう朝御飯食べちゃったわよ?」
まあ、近くのコンビニで済ませたんだけどな。今日は日曜日で学校もないし、時間に追われることも別になかったんだが。
「今日は日曜なんだから少しくらい寝てても別にいいだろ」
「それは確かに言えてる。ね?」
「あたしに振るのやめなさいよ。早起きは三文の徳でしょ」
デッキを片付けながら、神崎はかぶりを振る。それは有名な諺だが、つい夜更かししたくなる人間の気持ちも分からないでもない。そもそも人間は元々夜行性の生き物だったって理科の授業で言ってたな。神崎に傚習ってかぶりを振りながら、俺はキンジと視線を結ぶ。
「まあ、お前が入学式のときにちゃんと早起きして、バスに乗り遅れなかったら、チャリを爆破されることもなかったし吸血鬼やファラオと戦うこともなかったわけだ」
「首の血管がぶち切れそうになることもなくなった。切、俺を入学式の朝まで戻してくれ。コーラあげるから」
……どっから出したんだよ、その缶コーラ。いつのまにか突き出されていたコーラを見て、俺よりも先に神崎が食い付いた。
「キンジ、あんた只でさえバカなのに寝起きだと頭が空っぽになるのね」
……容赦ないな、おい。
「神崎、正論で殴ってやるな。世の中探せばコーラを賄賂に使う人間だっているかもしれないだろ?」
とりあえず、そのコーラは後で頂くとして。経験から言うと、モノホンの時間旅行は案外楽しくない。過去も未来もどっちもな。
「現実にデロリアンなんて物は存在しない。俺たちは諦めて文句言いながら今を生きるしかないんだ。さっさと顔洗ってこい、髪の毛大変なことになってるぞ?」
「……行ってくる。目は覚めちまったけどな」
そのわりには寝起きって感じの足取りだぞ。洗面台に向かうキンジの背中はやがて視界から見えなくなり、俺は懐かしのソファーに思いきり背中を預けて、天井を仰ぐ。帰ってきたな、懐かしの第二の我が家。
「久々に本土の土を踏んだ気分は?」
「そりゃ悪くなかったよ。特にニュージャージーのピザ、あれ美味かったぁ。久々に食ったけど色褪せない美味さ、まさにメジャー級。美味いピザは必需品、閉店してほしくない」
「ふーん」
ももまんの袋を抱える神崎はソファーの空いたスペースに座ると、袋に手を入れてガサガサと音を鳴らす。
「でもピザなら日本でも食べれるじゃない。あんたが大好きなハワイの……ハムとパイナップルが乗ってるあれよ、あれ。あれも美味しいんじゃないの?」
「あーーあーー」
「……いきなり何よ、気持ち悪い声だして」
「あのな、これだけは知っといてくれ。ピザはチーズと、ソースと、生地なんだ。その三つ。ペパロニを乗っけるのはまあ良いとして、ハムは駄目、フルーツ駄目、ピザとパイナップルは属してる世界が違う。相容れないのよ、うん」
何でもかんでもハワイが本土より優れてるってわけじゃない。
「相当なこだわりがあるみたいね。あんたもキンジも妙な食へのこだわりを見せるけど、どうしてなの?」
「美味い物を食い、美味い物を飲んで好きなときに寝る。こんな楽しい生活他にないだろ」
「そんなもんかしら」
さっぱりとした返しで、神崎はももまんに口をつける。そんなもんだよ。自由気ままな野良猫みたいな生活、一度はみんなが憧れる。
「お前はどうなんだよ。たとえ数日でも里帰りしたいとか思わないのか?」
「用があれば帰る、用がなければ帰らない。それだけよ」
これまたさっぱりとした返しだった。よくよく考えれば神崎は母親を除いてホームズ家との折り合いが悪い。ホームシックになるほうが難しい話か。
「皮肉よね。一番の特徴が、遺伝しなかったなんて」
つまらなさそうにももまんをおかわりした神崎が足をぷらぷらと揺らす。
「それだけがあればいいって物があたしにはなかった。妹にはあってあたしにはなかったのよ、ホームズ家にはもっとも大切な推理の才能が」
報われない話だ。それ以外の分野では鬼才と呼ぶに相応しい優れた才能を与えられながら、たった1つ一番大切な物を損なっただけに不当な扱いを受ける。あまりに狭き門のSランク武偵にまで駆け上がってもホームズ家では神崎はあくまで落ちこぼれ扱いだ、どうしようもない。努力して見返せるとか、そんな次元の話じゃない。
「手を伸ばしても絶対に届かない物。あの子にはあって、あたしにはない物。躍起になってそれを求めてたわ。あの頃は本当にーー荒んでた」
「神崎、今でも推理の才能って欲しいのか?」
きょとんとする彼女に、俺はそのまま続ける。
「だってそうだろ。それがあれば家にも帰れるかもしれないし、もっと違った生活もーー」
「バカね。ないものをねだったところで仕方ないでしょ」
一喝され、乱暴に突き出される右手から、俺は為されるがままにももまんを受け取った。
「ママのことはあるけど、あたしはここでの時間に満足してるのよ。才能とかに関係なく、ありのままのあたしを見てくれる。そんなパートナーに出会えたから」
紙袋を抱え、うっすらとした笑みで神崎はそう言った。まるでそれだけがあれば他には何もいらないと、そんな優しい声色で。
「そっか」
ありのままの自分を見てくれるパートナーか、それって例えばあいつみたいなーー
「なあ、歯磨き粉切れてるんだが替えってどこかにーーって、なんだよその顔。また日光浴びすぎたか?」
「一週間くらい最終戦争の世界にいたんでね。いや、いつもここぞってタイミングでお前は現れるから驚いてただけ。神様はお前に何をさせたいんだろうね」
そりゃ酷い顔にもなりますよ。遠山キンジって男は本当にタイミングの良い男だな、尊敬してやるぜ。
「ああああんた、いつから聞いてたの……!?」
狼狽する神崎に俺は黙ってももまんを齧る。安心しろ、何も聞いてないまでがお約束。案の定、歯磨き片手のキンジはさっきの神崎の言葉は聞いてない。こればかりは神崎には幸か不幸か分からないな。このももまん、甘い。甘すぎる……
「何の話してたんだ?」
「他愛もない話。ニュージャージーのピザが最高とかそんなところ。美味いピザ屋は必須って話」
「他愛もない話だな。新宿の新しく出来たピザ屋、あれ美味かったぞ。パイナップルとハム、今までで一番美味い」
「あーーあーーあのね!これだけは言うけど、ピザにパイナップル乗せるやつは極刑だから!」
「……賑やかになってきたわね。なんでもいいじゃない、美味しければ」
はー、そうですか。キンジに話を合わせてやったのに我関せずですか。はー、そうですか。さよなら神崎、理子にキンジを取られても今度は味方しないからな。
「キンジ、あんたは打ち上げの闇鍋。何いれるか決めたの?」
「俺は当たり用の食材担当だから適当に肉でも買ってくよ」
不意に神崎が忌々しき話題を切り替える。つか、闇鍋って文化祭のあれか。文化祭の最後にチームごとに集まってやる恒例行事。やばい、問題を先投げしてて忘れてたが、色々あって俺はチーム申請の締切に間に合わなかった。9月下旬ーーチーム編成をイヤでも登録しなければいけない時期と言えば、俺は悪趣味なテーマパークで天使の軍隊から必死に逃げ回っていたときだ。
当然、教務科に「平行世界で人助けをして、チーム登録ができませんでした」などと正直に話したところで病院を進められるのがオチ。申請をしなかった生徒は、教務科が勝手に決めた相手とチームを組まされることになる。
今になって激しい後悔に襲ってきた。面倒な相手だったらどうすっかな……こんなことなら頭下げてジャンヌのチームに入れて貰えば良かった。あそこなら中空知もいるし。この際だから多くは望まない。せめてマシなチーム名のところにいれてくれ。
「キリは決めたの?あんたは外れ担当よ?」
「外れって……なんでお前が知ってるんだよ。そっか、お前は教務科から聞いてるんだな。で、俺はどこの所属になってるんだ? チーム名は未詳? ケイゾク?」
「やっぱり聞いてないじゃない。それにそれは警察の部署でしょ。キンジ、教務科から預かってる書類渡してあげて」
「書類?チーム関係のことなら明日にでも教務科に聞きに行くつもりだぞ?」
「その教務科から預かってるんだよ。向こうが決めたなら仕方ない。このチームで満足しろ」
棚の引き出しから1枚の書類を持ってキンジが戻ってくる。仕方ない、どこのチームか知らないが与えられた場所で俺は満足するよ。キンジから書類を受け取り、俺はその肩を軽く叩く。
「ああ、これからはお互いに別のチームで頑張ろう。俺も『チーム・サティスファクション』で頑張るよ」
「いや、ないからな。そんなチーム」
「ほら、見なさい。だから言ったでしょ。キリにだけは名前を決めさせるのは駄目だって。ろくなことにならないわ」
失礼なやつだな。毒を吐きながら俺はホチキスで閉じられていた書類を開く。
「だから、その名前で我慢しなさい」
「ーーバスカビール?」
半信半疑で俺はもう一度書類に目を落とす。そこにはーーチーム名『バスカービル』と俺の名前が確かに刻まれている。そして連なっているのは神崎を始め、理子、キンジ、星枷とレキの名前だった。
「チームには相性もあるから、癖のあるあんたと組める子なんて限られてるでしょ。あんたの師匠と蘭豹先生にそこを進言したのよ。ダメ元だったけど」
「……待った。これってつまりだぞ。簡単に言うと、俺も少年探偵団の仲間入りってこと?」
「バッジはないけどな」
「この学校を探しても、ピーキーなあんたと組める生徒なんてあたしたちだけでしょ?」
つまり、俺は今まででと変わらずにお前らと仕事ができるのか……?
「いい奴だなぁ!ほんっとお可愛いい奴だよ!お前もキンジも本当にいい奴!ほんっとお可愛いやつめ!」
「ちょっ……急にテンション変わりすぎよ!」
いや、本当にいい奴だよ神崎。今度理子がキンジを奪っても俺はお前に付くからな。決まり、これ決まった。
「無性に腹減らない?」
「何よ。さっき食べたばっかりじゃない」
「今ならロキシーのメニュー半分くらい食べれる。キンジは朝まだ食べてないし」
「ん? もしかして奢ってくれる流れか?」
「割引クーポンずっと使ってたけど実は資産家なんだ。いくぞ、同居人。ついでに歯磨き粉も買ってやる、いちご味のやつ」
言い終えて、俺はもう一度その書類に視線を落とす。じゃあお言葉に甘えて、このチームで満足させてもらおうか。いつか別れが来る、そのときまでーー
チーム名『バスカービル』
メンバー
○神崎・H・アリア(強襲科)
◎遠山キンジ(探偵科)
・星伽白雪(超能力捜査研究科)
・峰理子(探偵科)
・レキ(狙撃科)
・雪平切(尋問科)
前書きで触れましたが『緋弾のアリアちゃん』にてジャンヌと理子が露骨に遊んでいたボードゲームが前半の元ネタになります。決○盤を装着するジャンヌを見ることができるので気になる方は読んでみては如何でしょうか。
……キャストオフ・テーブルではキンジも桃鉄やモンハンで普通に遊んでいますし、多少は主人公が遊んでも大丈夫でしょう、と作者は言い訳します。アリアと主人公の勝敗の行方は各々でご想像頂ければと思います。ちなみに作者はおとなしくギミパペは複製、暴走召喚に頼ることを切にお薦め致します。
チーム編成について主に触れられている狙撃拘禁からチーム編成までの巻を読み直しましたが、直前申請もしなかった場合は教務科が勝手に決めた相手と組まされる、とあります。これが決まらなかった生徒同士で組まされるのか、既に申請を終えているチームや生徒も混ぜて配慮されるかなんですよね。この作品ではアリアの直談判、教員二人の配慮があったということで理由付けさせて頂きました。