哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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まだ復活じゃないけど、書きかけだったので仕上げました。番外編ではあれ、『AA』『緋弾のアリアちゃん』の要素、設定が登場するので、先に前置きさせて頂きます。


キスノート

「ええと……ご注文の品はこれかしら。高貴な私ーー商売は苦手だけどお前の戯画は好きだから協力するわ」

 

 『HOTEL―POROTOKYO』の109号室。今となっては見慣れたその部屋で今夜もまた怪しげな取引が行われていた。血のような赤いマニキュアをした指で受け取った紙幣を数えているのは、黒のゴシックドレスを着たルーマニア育ちの金髪吸血鬼。今ではすっかり師団とずぶずぶの関係にあるヒルダ・ツェペリシュ。

 

「18金の極上品だわ、いい商品と知り合いね」

 

 そしてもう一人は、すっかり黒のセーラー服が普段着と化している夾竹桃。取引相手に吸血鬼がいたとは初耳だ。元々、イ・ウーで共に学んでいた旧友同士たまたま場に居合わせた俺は、吸血鬼と人間の奇妙な取引を好奇心半分でソファーから眺めることにした。さすがは高級ホテルのソファー、我が家のとは大違い。

 

 心中複雑気持ちになりながら夾竹桃に目を向ける。その指では『K18』の文字が刻まれた金のペン先が光を反射していた。昔、ベッキー……古い友人が言ってたが万年筆なんかはインクによるペン先の腐食を防ぐために金が使用されることが多い。その為ペン先だけでも金製品として価値がある。小箱の中と合わせてペン先は8本、どうりでヒルダが長々と札を数えてるわけだ。キンジが買える代物じゃないな。

 

「21金じゃなかったかしら?」

 

 ふと、札束を数え終えたヒルダは自分の顎に指先を当て、不思議そうに目を丸めている。

 

「……デッドストックを売ってくれたのはルーマニアで古物商を営む魔女でね。いつかお前には話したかしら、願いを叶える魔法の大家よ」

 

 願いを叶える魔法の大家ーーどこかで聞いたと思ったら、ブラドと戦う前にジャンヌから聞いた名前だ。ヒルダは願いを叶える魔法の大家との大きな取引で一時的に日本を離れたんだったな。脳裏の隅に置かれた記憶を引き出していると、取引成立で機嫌の良さそうなヒルダは室内も関係なしに広げていた傘をくるりと回し、

 

「日本のお守りにもあるでしょ、『合格祈願』とか。その強力版」

 

「それってバビロンのコインみたいな?」

 

「あれは特に強力ね。願いをねじ曲げて返す呪われたコイン。お前が処分して現物は残ってないって聞いてるけど」

 

「みんな俺の過去に詳しいね」

 

 気分良く語ってくれたヒルダに、俺は苦笑いで答える。彼女が運び込んだバッグには、他にもノートやペンなど一見筆記用具に見える代物が並んでいる。椅子から立ち上がった夾竹桃は腕を組ながら、開かれたバッグを見下ろして、

 

「ねぇ、私はペン先しか頼んでないけど。これは何?」

 

「彼女が他にも何か買わないかって」

 

「ふーん、このノートは?」

 

 そう言うと、夾竹桃はバッグから一冊のノートを手に取る。見た目は何の仕掛けもなさそうなノートだな。

 

「えっと……それはーー」

 

「ヒルダ、そこに説明書がある。cum se folosescって」

 

「あら、お前こっちの言葉が分かるの?」

 

「ちょっとだけな。ラテン語やエノク語以外も勉強したんだよ」

 

 少しだけ感心したような眼で俺を見てから、ヒルダは商品の説明書に目を落とす。デッドストックーーつまり、売れ残り品か。

 

「あったわ。それは『キスノート』」

 

「キスノート?」

 

 聞き返した俺に、ヒルダは続きを読み上げていく。

 

「『そのノートに人名を二つ書けば二人がキスする』とあるわ」

 

「「はぁ?」」

 

「息、合ってるわね」

 

 夾竹桃と声が重なったのは偶然だが、呆れるのは至って普通の反応だろう。言われてみると、ノートの表紙にはハートマークと共に『kiss note』とある。名前を書かれた人間が問答無用に心臓麻痺になるデスノートに比べたら、随分とお可愛いものだが……

 

「ようするにケルビムの真似ができるノートってことか?」

 

「ケルビム……ああ、キューピッドね。そんなところよ、『信じるかどうかはあなた次第』」

 

 金色の鮮やかな瞳でヒルダはウィンクしてくる。書いた二人がキスするねぇ。女同士の恋愛を眺めることが趣味の夾竹桃なら興味を持ちそうなもんだが、そこは商売が苦手と自虐する紫電の魔女。

 

「今なら20万円でいいわ。私の手数料コミよ」

 

「バカバカしい。ほんと、あなたの話はマンガのネタになるわ。雪平の体験談といい勝負よ」

 

 ……ふっかけたなぁ、涼しい顔して。キンジなら呆気に取られてるだろうさ。いや、それだけ価値のあるまじないなのかもしれないが普通の人間は通販でまじないを買ったことなどなく、それは夾竹桃も同じ。案の定、彼女はノートを鞄に戻してかぶりを振った。

 

「しかし、お前もまた変な物を買い取ったな」

 

「欲しいなら、お前とも取引してあげてもいいわよ?」

 

「気持ちは嬉しいが取引ってやつには嫌な経験しかないんだよ。うまい話には乗るなって言うが乗ってみるとやっぱりロクなことにならない」

 

「お前が言うと説得力が違うわね……」

 

「吸血鬼に同情される日が来るとはな。長生きしてみるもんだ」

 

 こんなに話をした吸血鬼はベニーやアルファ以来だ。吸血鬼と夜中に雑談、日本でも立派に非日常ライフをやってるよ。

 

「お前も天界や悪魔から奪った遺物を持ってるのでしょう? 物によっては私が買い手になってあげてもいいけど?」

 

「安心しろ、お前は今でも手がつけられない化物だよ。オカルトグッズなんて必要ない」

 

 俺はかぶりを振って、即断してやる。今ですら超能力を持った怪物って反則気味のハイブリッドなのに、そこに天界や地獄の倫理観ガン無視の武器が加わったら手がつけられないどころの話じゃない。人間は武器を持って初めて獣と対等、なのに獣が武器を持つなんてとんでもない話だ。

 

「それに、かなめと空港でやりあったときに使いきりの武器を幾つか使ちまった。お前が欲しがる物はたぶん残ってない。あるとしたら、幸運を呼んでくるウサギの足?」

 

「無礼者。私にそんな汚らわしいものを……日光の浴びすぎで頭がやられたようね」

 

「その男は幼稚園を卒業する前から礼儀知らずだから。すぐに慣れるわ」

 

 ああ、冷たい返事が来るのは予想してましたよ。信頼ってのは大きな言葉だ、良い関係を築くなら正直が一番。俺も慣れたよ、お前の罵詈雑言に。

 

「今でも十分強いって誉めてやったんだ。普通は喜ぶところだろ?」

 

「分かった。つまり、あなたは変化してる」

 

「なんだよ変化って」

 

「やわに変化してる」

 

「はい、やわね。ウケたよ」

 

「相手の実力を認めて、握手しようとしてる。やっと人間になった?」

 

 バカかお前は、俺は元から人間だよ。的をガン無視した夾竹桃の発言はさておき、取引が一段落したヒルダは思い出すように時計を仰いで、欠伸をする。壁に架けられた時計はもう少しで4時になるところだった。

 

「……泊まっていくわ。もうじき夜明けだし」

 

「そうなさい、睡眠不足は体に毒よ」

 

 アイマスクまで準備して完全に就寝ムードのヒルダと、それを肯定した部屋主は早速新しいペンの書き心地を試すつもりで作業机に向かった。机の上のランタンスタンドの光を灯し、夾竹桃はすっかり作業モード。こんな夜更けから部屋に帰るのもだしなぁ。ちくしょうめ、ヒルダの欠伸に誘われたのか急に睡魔が来やがった……

 

「悪い、ソファー借りても?」

 

「どうぞ、朝まで貸してあげるわ」

 

「恩に着る。七時になったら起こしてくれ、朝マック行こう。奢るよ」

 

 欠伸をこらえ切れず、そのままソファーに倒れ込む。

 

「おやすみなさい、雪平」

 

「ああ、おやすみ」

 

 ソファーに顔を埋めながら、俺は手だけを挙げて返事をする。会話は切れ、静寂になった部屋で意識はすぐに沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 キスノートーー半信半疑の私だったがそれを手にすると、気分が高揚するのを感じていた。

 

「おっ、ツイてるぜ。Force of Willか、いいカードだ」

 

 涼しげな風が肌を撫で、そんな高揚感に包まれながら外を歩いていたときーー偶然にもカフェテラスに見知った二人の顔を見つける。間宮あかりと佐々木志乃の二人。このタイミング、とても偶然とは思えない。

 

「よしっ!今度はChaliceを引いたぜ!」

 

 隣の切札一族は無視。近くの木陰に隠れ、私は高揚感と少しの好奇心でノートを開いた。あの二人……試してみよう。

 

「間宮あかり、佐々木志乃っと……」

 

「なに、書いてんだ?」

 

「カレーパンを食べるか、喋るかのどちらかにして。できることなら黙って」

 

 路上でカレーパンを咥える雪平を黙らせ、私は木陰から二人の様子を注視する。映画館でうるさい客の隣の席を取ってしまった気分だが、カレーパンを食べさせておけば黙るのだから妥協しましょう。すこしポップコーンの咀嚼音がうるさいだけならグレーゾーン。

 

『志乃ちゃん』

 

『はい?』

 

 小首を傾げた佐々木志乃に、間宮あかりはフロートに乗っていたサクランボを口に含んだ。そしてもごもごと少し口を動かしてから、舌と一緒に結ばれた茎を差し出して見せる。

 

『まあお上手!』

 

 器用に舌だけで結ばれたサクランボの茎に拍手が飛ぶ。

 

『あたしこれ特技なんだー』

 

「へぇ、デートかよ」

 

「おとなしくカレーパンでも食べてなさい。大事なところよ」

 

 雪平の茶々入れは今に始まったことじゃないし、私の興味は現在進行形でカフェテラスにいる間宮あかりと佐々木志乃。やがて拍手を止めた彼女は少し言い淀みながら、

  

『あかりさん、ご存じですか?それができる人は……その……キッスが上手いとか』

 

「雪平」

 

「カレーパン食べときます」

 

 今度こそ、軽口が飛ぶ前に隣のハンターを黙らせる。

 

『ふーん』

 

 身長差から見上げるように上目を使いながら、間宮あかりは左手を彼女の肩に置きーー

 

「ーー!」

 

「やっぱりデートかよ」

 

 キスーーそれも唇が離れたときには銀色の糸まで橋を作っている。つまり、さっきのはマンガでもあるような深いタイプのキス……

 

『どう上手い?』

 

『あかりちゃん……大願成就!』

 

 感極まって抱き付いている佐々木志乃はまさに夢見心地と言った様子ね。私はその手にあるノートに目を細める。

 

「本物なのかしら。ううん、元々あの二人は熱い友情で結ばれていたし、さっきのは偶然起きた遊びの延長かも……」

 

「というか、サクランボの茎とキスの上手さに相関性なんてないだろ。本当に大事なのはどういう感じで来てほしいか、ちゃんとサインを出してそれにちゃんと答えるみたいな?」

 

 一瞬で思考が台無しにされるけど、腕組みしてぼやく雪平に私は今朝読んだマンガのことを思い出した。男はテクニックを気にする生き物である、と。でも私は学んでる、ここで好奇心に負けて『経験でもあるの?』などと聞いた日には『ジョーとの別れ際に一度だけな……』なんて重たい回答が返ってくるに決まってる。ここは流すのが懸命、話題をさりげなく変えましょう。

 

「分かってる、こねくり回すだけがテクニックじゃないって言いたいんでしょう?」

 

「そういうこと。それと、そのノートだけど気になったんでスコットランド魔女に今朝メールして聞いてみた」

 

「ほんと?」

 

「ああ。ヒルダの取引相手、ロウィーナが言うにはかなりの名家で魔女の界隈では有名だって。ノートの話も彼女が言うなら効力は本物だろうってさ」

 

 思っていた以上に説得力のある理由に苦笑いを寸前でこらえる。ウィンチェスターの奇妙なコネクションは相変わらずだった。上、下、魔女、怪物問わず奇妙なコネには尽きないわね。藪を突いて何が出るか分かったものじゃない、既に一度体験済みだけど。

 

 後日、生徒が帰宅した夜の校舎で私は再びノートを手に取った。例の尋問科の講師によるカウンセリングの後ということで、ウィンチェスターの末子も当たり前のように隣にいる。この手のオカルトグッズについては私より知識があるし、むしろいてくれるのは歓迎。カフェテラスの二人には遊びの延長の可能性があった。でも、それならーー

 

「次は少しハードルの高そうな……こんなカップリングでどうかしら?」

 

 たしかな確信を得るべく、高千穂麗と乾桜の名前を私はノートに書き込んだ。すると、隣で携帯を弄っていた雪平が不思議そうな目でノートを覗きんでくる。

 

「これがハードルの高いカップリング?」

 

「あなたとリリスくらいには」

 

「……そりゃ高いな。マウナ・ケアより高い」

 

「ダイヤモンドヘッドかも」

 

 いつも通り、ハワイ式でたとえる雪平がかぶりを振る。流石に言いすぎたかしら、リリスと言えば彼を地獄に送った張本人だし。

 

「なあ、ディスティエルとどっちが高いかな。ハードル」

 

「……雪平、あなた」

 

「違う。狩りの一環で女子高生のミュージカルを見学したことがあって、そのときに監督兼主演から聞いたんだよ。スパナチュを題材にした世にも奇妙なミュージカルさ」

 

「それっていつの話?」

 

「アマラおばさんと会うちょっと前の話。でも歌は良かった。けど、ディスティエルって……ディーンスティエルとかキャスディーンの方が語呂が良くないか?」

 

 ……恐れを知らない男ね。身内を堂々とネタにしてるわ。試しに雷を落としてみましょう。

 

「じゃあ、あなたとリリスの場合は……キリリリス?」

 

「ハハ……新種のキリギリスかそれ?」

 

 返ってきたのはこれ以上ない苦笑いだった。自分で振った話題で自爆してどうするのよ。

 

「この世の酒を全部飲み干してもリリスとそんな仲にはならねえぞ。俺の手足をペットの餌にした女だ」

 

「それはご愁傷様の言葉を贈るけど、貴方も悪魔の総大将を罵倒したんでしょ?」

 

「まあな、PKで口しか動かなかったんで。でもリリスなんてのはドラクエで言えば三面のボスがいいところだ。あのときは猟犬に腹を抉られたが、今ならアバドンみたいに悪魔封じの弾を眉間に打ち込んでそれで終わり。土台相手にならねえよ」

 

「そんなこと言ってると、本当に再戦することになるかもしれないわよ?」

 

「安心しろ、我が友。リリスは虚無の世界にいる、それこそ天地がひっくり返りでもしなきゃ地上には湧いて来ねえよ。再戦なんてありえない。競馬場にユニコーンがいるくらいありえない」

 

 手を横に振って否定する雪平に、肩をすくめていると……

 

「?」

 

 物音がして、私は教壇に隠れるように身を屈める。

 

「どうした?」

 

「いいから。あなたも隠れて」

 

「お、おい……ッ!」

 

 有無を言わさず、携帯を弄っていた雪平の腕を引いて教壇の方に引きずり込む。刹那、教室のドアが開かれる。

 

「……ここなら……」

 

「……ちょっと……」

 

 この声、私がノートに書いた二人……

 

「ダイヤモンドヘッドを越えてきた?」

 

「分からない、見学してみましょう」

 

「出れる空気でもなさそうだしな、そうしましょう。もうちょいそっち寄れ。バレたら怖い」

 

「ピエロ以外であなたに怖いものなんてあるの?」

 

「あるよ。女の恨みと遠山キンジ」

 

 ……皮肉が効いてるわね。呆れている間に、高千穂麗と乾桜のカップリングでもカフェテラスのときと同じことが起きた。これでノートの効果は疑いようがない。赤毛の魔女が指摘した通り、このノートは本物。これがあれば私は友情世界の女神になれるーー

 

 でも……何かしら。この後ろめたい気持ちは……遊び、弄ばれて、奪い、流されて、キス……深夜の海岸沿いを歩きながら、頭のなかで肯定と否定の二つの意見がぶつかり合う。夜の冷たい風が凪ぐ度に、後ろめたい気持ちとそれを肯定する気持ちが衝突する。

 

「シカゴじゃ氷点下のことは春って言うが、俺は寒いのはどうにも苦手だ。学校から800mくらい歩いたか?」

 

「2クリック」

 

「クリック?」

 

「そう、1キロのこと。2クリックだから2キロ」

 

「ありがとうミリタリーオタク。クリックくらい俺も知ってる。いつまでこんな寒空の下を歩くんだって言いたかったんだよ」

 

「明らかにそれはどうでもいい。いつもあなたの皮肉に付き合ってる。たまには黄昏る時間をよこしなさい」

 

「明らかに? じゃあ俺にも明らかなこと言わせて、一人で黄昏るより悩みをぶちまけた方が人間楽になるの。こうして寒空の散歩に付き合ってるんだし、黄昏るなら理由くらい吐いてもいいんじゃねえの?」

 

 制服のポケットに手を突っ込んだままで、長々とした言葉が返ってくる。これは吐くまで聞いてくるパターン、お手上げとばかりにかぶりを振った。

 

「私たちが見てきたのは遊び、弄ばれて、奪い、流されてのキス……」

 

「そうだな」

 

「そうよ。アリかナシかで言えば……アリよ、アリよ、トンカットアリよ!」

 

「なんだよトンカットアリって……おい、落ち着けって!人気がないからってこんなところで頭抱えて右往左往するんじゃない!」

 

「はぁ……だけど、それは間違いのキス……雪平、女神は間違ってはいけないのよ」

 

「……急に冷静になりやがった。忙しい女だな」

 

 目を伏せた私に呆れた声が飛んでくる。

 

「言っとくが女神は間違いだらけ。ヴェリタスって真実の女神と会ったことがあるが、ヒルダや玉藻と違って話のできない食い意地が張ってるだけのケダモノだったよ」

 

「ちょっと待って。天使だけじゃなくて女神にまで恨みを買ったの……?」

 

 的外れな返しなのに、あまりに内容が濃すぎて違う意味で呆れてしまった。壮大に話の腰が折られたが今ので愚痴に火がついたらしい。雪平の皮肉を吐いたその口はまだ開いたままだった。

 

「ヴェリタスは真実を教える見返りに、呼び出した人間を自殺にまで追い込んで生贄を頂く。大好物は人間の舌、ほんと優しい女神だよ。運命の三女神の一番下にも会ったが、あれはあれで仕事と結婚してるみたいなヒステリー女だった」

 

「それってギリシャ神話に出てくるモイライ姉妹のことかしら?」

 

「そう、それだ。アトロポスって眼鏡をかけたブロンドのOLみたいな女神。出会ったばかりのときのルビーに少し似てる」

 

 モイライはギリシャ神話における、運命を司る三人の女神たちの総称。クロートー・ラケシス・アトロポスの三柱。雪平の話に出てきたアトロポスは一番下の三女。あくまで架空の生き物、でもこの男が語ると空想の存在じゃなくなる。ここまでくると、逆に何と戦っていないのかが気になってくる。私は嘆息しながら横目で雪平を見た。

 

「顔が広いわね、ギリシャにもローマにも北欧にも知り合いがいるなんて」

 

「大半は嬉しくない知り合いだ。特に北欧神話なんてもんはそれ自体が怪しい。元は怪物だったのに神を気取ってる。それで、話の腰を折って悪かったがお前は何が言いたかったんだ?」

 

「このノートは毒にも薬にもなる、正しく使わないとってことよ」

 

「道具は使い手次第か、それは同感」

 

「ええ、させるべきはするべき二人。でもその勇気が出せない二人……」

 

 そう、これが最後。そのつもりで私は浜辺に見える火野ライカと島麒麟の名前をノートに書き込んだ。それに、雪平は浜辺を見ながら言った。

 

「あれが散歩の理由か。かなめのときにも思ったが随分とあの二人を気に入ってるんだな?」

 

「私は横から眺めるのが好き。あなたが怪物や悪霊を狩って人を救うように、私は女子同士の友情を愛でるのが生き甲斐だから」

 

「過保護なこって」

 

「かもしれないわね。でも、何もせずに花を枯らすよりはマシ」

 

「それは100%言えてる」

 

 これが最後、私は横から眺めるのが好き。やがて人気のない浜辺で二人の顔は近づき、その距離はゼロとなって唇が重なる。

 

「言うのが遅れたけど」

 

「なんだ?」

 

「空港の件は礼を言っておくわ。過程はどうあれ、結果的にはいい方向に動いた。ありがとう」

 

 あの一件以来、あの子も間宮あかりと友情を結べた。過程は無茶苦茶であれ、結果としては悪くない結末。だからこそ、素直なお礼を口にしたつもりーーなのだけど。なぜかバリバリと汚い咀嚼音が隣から聞こえてくる。

 

「……ねえ、あなた本気?」

 

「腹減った」

 

「私も減ってる。そのビスケットどこで?」

 

 信じられないことに、このタイミングで雪平はビスケットの袋を腕に抱えていた。呆れる私の視線はどこ吹く風、其の癖視線だけは律儀に浜辺の二人から動いていない。

 

「かなめ用だ。うちの戦妹はな、不機嫌になるとマジ扱いずらいの。会うときはキャラメルが必須なんだ。ぐずりまくる、奴は。これは最終兵器のキャラメルビスケット」

 

「買ったの?」

 

「毎回毎回、塩キャラメルばっかくれてやるのも芸がないし」

 

「仲のよろしいことね。私にも頂戴」

 

「ほい」

 

「ありがとう」

 

 こうして私は、キス世界の女神となった。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーという、マンガを描いてみたのよ。描き心地のいいペンだったわ」

 

「ズルいわ、結局買わなかったノートをネタに作品を作るなんて」

 

「俺、カレーパンとビスケット食ってるだけじゃん……」

 

 まだネグリジェでベッドに入ったままのヒルダが不満を愚痴り、俺も苦笑いで感想を漏らした。ヒルダの手にあるマンガは相変わらず達者な画力で、俺たちが寝ていたあの短時間でこれだけのものを仕上げるのはさすが夾竹桃先生。芸術好きのヒルダが気に入るのも納得だ。

 

「ねえ、切札一族って?」

 

「総理大臣も出してる代々遊び人の家系」

 

「……それって矛盾してない?」

 

「気にしたら負け」

 

 でもこのマンガ、まるで俺がメインキャストの扱いだ。これはちょっと嬉しい。っていうか、かなり嬉しい。椅子に座って煙管を吹かしていた夾竹桃の上で、すっかりお馴染みになった蝶が舞っている。

 

「ネタを貰ったお礼にそのコピーをあげるわ」

 

「!」

 

 良かったな、ヒルダ。珍しく純粋な笑顔を浮かべた吸血鬼に、俺もうっすらと笑ってやる。

 

「雪平、あなたのはそっちにあるから」

 

「えっ、俺にもくれるの?」

 

「皮肉屋を描くのは楽しかったわ」

 

 虚を突かれて、変な声が出たものの軽く咳払いする。やばい、俺もヒルダと同じでお前のファンなったかも。本土に帰ったらサムとディーンに自慢してやろうっと。

 

「……じゃ、私はシャワーを浴びて寝るわ。出かけるのは私が起きてからにしましょう」

 

「私も帰るわ」

 

 いつの間にかゴシックドレスを着ていたヒルダがいつもみたくゾゾゾゾ……と影に沈んでいく。

 

「次回作には私も出しなさいよね」

 

 そう言いながらバッグと一緒に沈んでいくヒルダに向けて、夾竹桃はシャワールームのドアの前から肩越しに振り返った。

 

「あなたも好きねえ」

 

 うっすらとした笑みでーー取引ってやつには苦い記憶しかなかったが今夜の時間は悪くなかったな。さて、俺もまたソファーで仮眠しよう。

 

「夾竹桃」

 

「んーー?」

 

 ソファーにダイブすると、ドア越しに声だけが聞こえてくる。

 

「今日はインパラの運転、譲ってやるよ。音楽の決定権も譲る」

 

「あら、どういう風の吹き回し?」

 

「寝心地のいいソファーを貸してくれたお礼。先に寝るよ、おやすみ」

 

 シャワーの音が聞こえてきて、俺も寝心地のいいソファーで二度寝の体勢に入った。が、すぐにゾゾゾゾ……と奇妙な音が聞こえてくる。俺はうっすらと瞼を持ち上げた。

 

「ヒルダ、忘れ物か?」

 

「高貴な私、商売は苦手……」

 

 アンニュイな溜め息と一緒に、床の影からヒルダが這い出てくる。何かをしくじったように額に右手を当てている。

 

「どうした?」

 

「これよ、こっちが注文されたペン先」

 

 ヒルダの手には『21K』と書かれた小箱。そういや、最初に18金って聞いたときに首を捻ってたな。

 

「じゃあ、夾竹桃に渡したのは?」

 

「『キスペン』よ……これで書いたキスの絵が本当になるペン。値段は10000LEI」

 

「今のレートだと日本円で30万くらいだな」

 

「ええ、赤字だわ……」

 

 慣れないことするからだ。だが、さっきのマンガがヒルダが間違えて売ったキスペンで描かれてるなら……いや、『信じるか信じないかはあなた次第』ってやつか。俺は寝転んだまま首を横に振った、考えたら負けだな。

 

「んで、返却してもらいに来たのか?」

 

「一度成立した取引よ。自分の不手際を理由に歪めるなんて無様な真似はしないわ」

 

「そういうところはジャンヌに似てるよ。じゃあ、なんで後戻り?」

 

 体を起こすと、ヒルダは軽く咳払いをして。

 

「後払い、20万でどうかしら?」

 

 ……は?

 

「待て、この21金のペン先を買わないかってことか?」

 

「無論、現金が望ましいけど今回は後払いでかまわないわ」

 

「悪いが俺が持ってても宝の持ち腐れだ。ジャンヌあたりに聞いてくれ、俺よりも有効活用してくれるよ」

 

 本土にいる兄貴たちにはチャーリーから貰った『無限に使える魔法のカード』があるが、現在進行形で武偵の俺はそんな危なかしい物を使うわけにはいかず、財源も無尽蔵ってわけじゃない。折角の良品も使われずに埃を被るよりは、相応しい持ち主に使われた方が幸せってものだ。

 

 というわけで、商売下手なヒルダには悪いが首を横に振る。これを教訓にこれから頑張りな。

 

「察しの悪い男ね。夾竹桃にプレゼントしなさい、って言ってるのよ」

 

「……プレゼント?」

 

 一瞬、意味が分からなかったがすぐに二度寝間際だった頭が追い付いてくる。

 

「俺があいつに25万円のプレゼント?」

 

「ええ、高貴な私。お前に花を持たせてあげようと思ってね」

 

「25万円で?」

 

「25万円よ、私の手数料コミで」

 

 堂々と言い放たれ、俺は自分のコメカミを指で叩いた。プレゼントーーそう言われると、ジョーとの話を聞いて貰ってギターをプレゼントしてもらった恩は……ある。色々と世話になってることも否めない。頼りにしている部分もかなりある。

 

「前言撤回、お前は商売上手だ」

 

「お前は煮え切らない男ね?」

 

「踊らされた感じがして癪なんだよ。仮にも最近まではお互い敵同士だった。すっかり牙が抜けたよなお前って」

 

「またルシファーを背中に背負ってこられても困るのよ。お前は蜂の巣、無闇に突いたらどうなるか分かったものじゃないわ」

 

 つまらなさそうにヒルダは吐き捨てる。悪趣味なテーマパークを抜け出すのにグレた天使の力が必要だったんだよ。力はお墨付きだったし。そのことで賢人のアジトではそれはそれは罵詈雑言の嵐だった。いや、そのことは隅に置いといて。

 

 ……思い返すと、理子やジャンヌとたこ焼きパーティーしたときに18金のペン先のことも言ってたな。修学旅行Ⅰの土産を渡したときに。あのときは安いインスタントコーヒーだったけど。

 

「でも18金の新しいのがあるだろ。ペン先ってそんなにいっぱい欲しいもんなのか?」

 

「覚えておきなさい。女は自分を喜ばせようとするその気持ちが嬉しいのよ」

 

 ……箱入り娘とは思えない発言だな。悔しいことに納得しちまった。まあ、あのギターは20万どころの代物じゃないしなぁ。ヒルダもヒルダで近頃は師団とも友好的にやってるし……

 

「分かったよ、後払いで25だ。そのプレゼント、俺が買わせて頂きます」

 

「Fii Bucurosーー上手くやりなさいな、ガブリエルの入れ物さん」

 

 ジャンヌの言う通りだったな。紫電の魔女は頭がキレる。テーブルに小箱を置いて、上機嫌のヒルダはそのまま影に沈んでいった。上手いも下手もないって……

 

「誕生日に指輪をプレゼントするわけじゃないんだからさ」

 

 独りでに呟いて、俺は今度こそ部屋のソファーに沈んだ。帰ったら、これと同じソファー買いに行くか。出来れば防弾製のやつ。

 

 

 

 




毎回楽しみなカバーガール、今回は眷属のあの子が表紙を飾りましたね。ジャンヌや白雪の歌唱力はアライブで連載されていた四コマでの描写を参考にさせてもらいました。少し早いですが、今年も尖りに尖ったこの作品に評価、感想、ありがとうございました。
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