哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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恐怖の口笛

 

 

「じゃあ、保安官は本気でコヨーテって考えてるわけ?」

 

「本気も本気。でもコヨーテの噛み傷じゃない」

 

 安っぽいモーテルに、クレアとそれに答えたディーンの声が交差する。スーフォールズから約6時間のドライブを終えたときには、二人が遺体の確認と保安官への聞き込みを終えたあとだった。

 どうやら案の定、動物による事故ってわけじゃなさそうだ。俺とクレアは並んでソファーに座ると無言で二人に話の続きを促す。

 

「遺体の噛み傷を見たけど、傷の周りが爛れてて火傷みたいだった。コヨーテに噛まれてあんな傷にはならない」

 

「でもそれなら何が彼女を殺した?」

 

「話を聞いてる限りだとシフターやレイスでもない。傷跡が爛れるなんて、少なくとも私には初めての相手」

 

「いいや、クレア。俺も兄貴にも初めてだよ。熱を放つならドラゴンが考えられるけど、奴等の爪痕なら爛れる程度じゃ済まない。行方不明者には男もいるし、他の何か」

 

 サムから始まり、ディーン、クレア、俺と続いた会話が手掛かりのない現状を表している。分かってるのは俺たちがまだ出会ったことのない存在ってことか。

 

 そして事件がこの州立公園内で起きていること。

 つまりーー手がかりを探すにはこの公園について調べる必要がある。皆考えることは同じ、ディーンが代弁するように溜め息をつく。

 

「みんな仲良く調べものか」

 

「それが仕事」

 

 サミーちゃんに同感。腰をあげて、俺もクレアもテーブルに置かれていたノートパソコンにそれぞれ向き合う。

 今日は四人、クレアを加えたことで頭数はいつもより多い。それもあって30分を少し過ぎたところでサムが右手を挙げた。

 

「これじゃないかーー『カホンタ』。先住民の間に出てくる伝説で資料は大して見つからなかったけど、森をさまよい歩く怪物で資料を引用すると人間の肉を欲してやまない」

 

 飢餓状態の怪物か、脈ありだな。パソコンを閉じたクレアが肩をすくめる。

 

「それが今回の敵ってこと?」

 

「恐らくはね。言い伝えがある。カホンタは腹が減ると胃酸を吐き出すみたい」

 

「マナーのなってない怪物。被害者はそれをぶっかけられたわけだ。だから、傷口が爛れた」

 

 言いながら、俺もパソコンを閉じる。異教の神とは思ってなかったが先住民関連の言い伝えか。どうりで見に覚えがないわけだ。

 

「かなり長生きの怪物だ。それに……餓えてる」

 

 神妙な面持ちで語られた意味は、今さら言うまでもない。腹ぺこ、まだ奴の胃袋は満たされていない。保安官は本気でこれがコヨーテの仕業だと思ってるし、あの公園も閉鎖も警備も敷かれてないままだ。まだ餌はそこら中に転がってるーー餓えた怪物の手の届く範囲に。

 

 翌日、それは現実となって返ってきた。翌朝になって州立公園で新たな犠牲者が出たことが保安官事務所に知れ渡る。

 被害者は男性で少女と二人で森に入っていたところを襲われた。少女は逃げ延びたが、この時点で相手がドラゴンである可能性は完全に消えたな。

 

 十中八九、サムの見立てで当たりだろう。先日少女を襲ったばかりでこの凶行、どうやら俺たちが思っていた以上に相手は餓えてるらしい。

 警察無線を傍受するのはハンターのお家芸。俺たちがFBIの装いで現場に駆けつけたのは、例のコヨーテの仕業だと信じてやまない保安官よりも先だった。

 

「それでフィッツは見つかったの?」

 

 毛布にくるまれ、救急車の荷台に座っている少女は力ない動きでコーヒーのカップに口をつける。

 

「いや、まだだ」

 

「サラ、だったね。森で何があった?」

 

 ディーンは訝しい顔つきで深く生い茂る森に視線をやり、変わってサムが少女に質問する。

 躊躇いなく話を始めた彼女を見ると、武偵とFBIの世間一般の認識の違いを嫌でも感じそうになる。これが日本で質問する側が武偵ならここまでスムーズには運んでないな。

 

「いきなり男が表れて、たぶん……男だった。全身が何かに覆われてるみたいな……」

 

「コヨーテってことは?」

 

「違う。あれは……コヨーテじゃなかった。絶対に」

 

 俺が挟んだ質問はかぶりと共に強く否定される。

 

「それと、口笛を吹いてた」

 

 ……口笛?

 

「私は逃げたけどフィッツは……」

 

「サラ。襲われた場所をできるだけ細かく教えてくれる?」

 

 聞き込みはそのままサムに任せ、俺とディーンはアイコンタクト。そして少し離れた場所で森を見ていたクレアを呼んで一ヶ所に集まる。

 

「口笛なんて言い伝えには書いてなかった」

 

「だね。俺たちの知らない特徴がまだあるのかも。でも前の犠牲者からまだ数日だ。これまでは新たな犠牲者が出るまでにもっと開きがあった」

 

「我慢が限界を迎えたのかもね。このまま行くと手当たり次第で食い散らかす。早く止めないと」

 

「クレアの言うとおりだ。食い散らかす前に手を打つしかない」

 

 そこまで言うと、ディーンが目を細めて脇道の道路を見る。俺も視線で追うと、けたましいサイレンを鳴らしながら一台のパトカーが脇道に止まった。

 運転席から険しい表情で保安官が出てくるが第一声で現場の引き上げを命令する。おい、ちょっと待て。

 

「保安官、捜索隊が出てますが」

 

「引き上げる。君は?」

 

「マクギャレット、FBIです。あの二人の応援で来ました」

 

 いつも通りにバッジを見せると、視線を振られたクレアも同じようにバッジとIDを見せる。

 

「来て貰って悪いが捜索は打ちきりだ。引き上げるように連絡しろ、今すぐ」

 

「ちょっと待って。本気で捜索隊を戻すつもり?」

 

 案の定、クレアが食ってかかるが保安官は動じない。長身の高い目線から、俺に向けてその視線は投げられる。

 

「君の部下か?」

 

「相棒です。まだ現場は経験不足ですが」

 

「コヨーテなんかに税金と時間を無駄にできるか?」

 

 ……やめろ、クレア。今にも噛みつきそうなクレアを腕で制し、アイコンタクトで聞き込みが終わったサムを引き寄せていると、先にディーンが割り込んできた。

 

「でも今回はコヨーテじゃないだろ。捜索隊を引き上げるって言うなら俺たちで探す」

 

「それはできん。FBIがなんと言おうが、俺の許可なしで森に入るんじゃない。分かったな?」

 

 怖い視線がまずディーンに、頷いたのを確認するとサムに。そして次には俺に。あー、見つめあっても嬉しくないな。減らず口が出そうだ。

 

「これ、頷くまでにらめっこする感じ?」

 

「何か言ったか」

 

「いいえ、何でも。はい」

 

 俺が頷くと、最後は一番の関門だが意外にもクレアはあっさり首を縦に振った。びっくり、俺が見習わないと。

 

「よし」

 

 納得した保安官が踵を返して去っていく。俺はまだ仏頂面のクレアをなだめるように肩を叩く。

 

「冷静に対処したね、大人だ。まさにプロだ。びっくりしてますよ」

 

「ああ、良くやった。でも俺から一言、引き下がるつもりはないな」

 

「ない。サムはおとなしく従うわけ?」

 

「勿論、そうはいかない」

 

 満場一致、保安官には悪いが引き下がる選択肢はなくなった。

 とりあえず、この場は保安官に従って公園から遠ざかることに。それにまだ陽が明るい、被害者は二人とも夜に襲われてる。森を捜索するのは、どのみち陽が沈んでからにしたほうが良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 満月の光に照らされる夜、CLOSED(閉鎖中)の看板を何事もなく越えて俺たちは森に踏み入った。

 

 ディーン先導の元、各々が武装した姿で森を奥に進んでいく。森に入った瞬間、胃液をぶちまけられる悪夢だけは回避できたらしく、10分ほど足を進めるがまだ例の口笛は聞こえて来ない。

 深い森だけあり、口笛の代わりにあちこちで虫の声がさざめいている。 

 

 

「ぶっちゃけジャングルは嫌い。世界中のどこのジャングルも」

 

「ここは森だ。ギリギリでジャングルじゃないと思うんだけど」

 

「似たようなもんでしょ、あたしからするとここは小さいジャングル。ギリギリでジャングルってこと」

 

「仲の良さは健在だな。お前らホントの双子じゃないかってくらい似てるよ、相性ばっちり」

 

 言ってろよ。俺よりアレックスの方がクレアとは相性がハマってる。

 

「ま、ジャングルかどうかは抜きにして、ここは子供が友達と肝試しするには打ってつけだな」

 

 こんなところで肝試し? まともな親なら許さないよ、俺はそう思うけどね。人の手から離れた廃墟よりもよっぽどやばい。

 しかし、いつものようにおどけた口調、エレンに言わせればだらけたサーファーみたいな喋りから不意にディーンが声のトーンを変える。相変わらず、この男は切り替えの落差がすごい。キンジ並みだ。

 

 

「真面目な話、あの保安官は何か隠してる」

 

「あるいは何かに怯えてる。そう言えばカホンタの意味だけどーー口笛吹き」

 

 ああ、どうりで口笛が聞こえたわけだ。

 口笛か。サムの言葉に納得がいくが久方ぶりのショットガンの感触に体が落ち着かない。

 ソードオフ、馴染みの水平二連式散弾銃だが近頃は縁がなかったからな。

 

 最後に使ったのはかげろうの宿でジャンヌと一緒に幽霊を相手にしたときか。理子は散弾銃をいたく気に入ってるがそもそも殺しがご法度の武偵には推奨されない武器だ。平賀さん辺りに頼んだら銃検はなんとかなりそうだが……

 

「俺はサムに一票やるよ。あの保安官が何か隠してるのは間違いないだろうけど、あれは怯えた人間のする目だった。俺の先生に言わせると、恐怖を無理に上塗りしてる人間のする目」

 

 サムの言うとおり、保安官は何かに怯えてる。俺も綴先生の教えを伊達に受けてない。

 これでも尋問科のAだ。鬱蒼とした森をマグライトを頼りに進んでいく。

 

「みんなが聞く前に私から聞くけど、どうやって倒すの?」

 

「文献を探したけど倒す方法は書いてなかった」

 

 かぶりを振ったサムにディーンが『ショットガンだ』と、横槍を入れる。勿論根拠はない。お決まりのハンターの勘だ。でもこれがバカにできない的中率を誇る。

 

「じゃあ、兄貴の勘を信じてショットガンで頭をーー」

 

 刹那、どこからとなく高い音色が聞こえて、サムが言葉を途中で切る。後ろかーーいや、四方から反響するように口笛の音色が聞こえてくる。

 さざめいていた虫の音が消え、綺麗な口笛の音色が夜風に乗ってやってくる。俺は反射的に鋭く息をのんでいた。怪物と分かってなかったら、音源を追いかけてしまいそうなほどに綺麗な音色だ。

 

「キリ、灯りを」

 

「分かってる。外すなよ」

 

 トーラスとマグライトを構え、背後に視点を変えたサムに合わせるように俺もマグライトを茂みに向ける。急に体感温度が下がったような錯覚に襲われ、頬を夜の風が不気味に撫でていく。

 

「ーー銃を置け」

 

 ……この声、さっきの保安官か。来ると思ったよ。ディーンが後ろを取られるとは思わなかったけど。

 

「二度言わせるな、銃を置け」

 

 帽子はないんだな、一瞬誰かと思ったよ。背中にショットガンを向けられ、両手を挙げたディーンにも目で催促されて俺たちは各々に銃を地面に置いた。解答に保安官が冷ややかな一瞥をくれる。

 

「しかしアンタたちも強情だな。ここには入るな、たとえFBIだろうが許さない」

 

「実を言うと僕たちはFBIじゃない」

 

「教えてくれ、カホンタってなんだ?」

 

 背後を取られているディーンには見えないが、俺やサムには保安官が目を見開いたのがはっきりと見える。

 

「……知らん」

 

「嘘だ」

 

 余裕を含んだディーンの言葉に返答はない。沈黙は肯定、昔から相場は決まってる。

 

「署に来てもらおう。歩け、早く……!」

 

 仕方ない。俺が先んじて一歩踏み出すがーー

 

「……!?」

 

 ディーンが突きつけられているショットガンを強襲科のお手本のような動きで保安官から奪い取った。奪い取るのと同時にディーンは保安官の背中に一撃当て、よろめいたその体が距離を作った隙に、俺たちは拾い上げた銃を一斉に丸腰の彼へ向ける。

 

 一瞬で切り替わった状況に保安官はまだ頭が追い付いていないって顔だ。そんな彼にディーンが半眼を作りーー

 

「悪いな、保安官」

 

 ……悪ガキのする動きじゃないよな、驚く気持ちは分かる。今のは軍隊で学ぶ動きだ。正確には海兵隊。

 

「……何者だ?」

 

 それはもっともな疑問。FBIじゃないことはさっきバラしたわけだしな。時間が経ち、保安官も落ち着きを取り戻したが未だに夜の帳は降りたままだ。俺たちの敵は保安官じゃない、ってことで俺から種明かしだ。

 

「俺たちはハンターだ。科学では説明できないものを狩ってる。人を救うって意味ではあんたの仕事と同じ。それで、カホンタって?」

 

「話せ」

 

 奪い取ったショットガンを返しながら、ディーンが質問を後押しする。訝しげに俺たちを一人ずつ見据えた上で保安官は口を開き始めた。

 

「現実にはいないと思ってた。先住民の伝説に出てくる生き物だ、子供の頃に聞いた話ですっかり忘れてた。ところが……あの晩だ。バーバラが殺された夜にあれを見た」

 

「だから、僕たちに森に入るなと言った」

 

「どんな怪物だ?」

 

「怪物じゃないーー人だ」

 

 保安官はかぶりを振り、重たい空気が場に降り立つ。質問を投げたディーンを含め、俺たちの一人として、人の身でこんな凶行をやれるとは思っていない。だからこそ、保安官の言葉を遮ることはなかった。

 

「パーカーだ。パーカー家の一人」

 

 ……パーカー。確か、昨夜襲われたサラも襲われたのはパーカーの山小屋の近くって言ってたな。そのパーカーか。

 

「パーカー家は最初に入植してきた白人だ。この先に家を建てて暮らしてた、山小屋だ。厳しい冬が来て、食糧難になった。生き残ったのは長男のヘンリーだけ。だが、彼は恐ろしいことを……」

 

「まさかとは思うけど、自分の家族と共食いをやったとか?」

 

「その通りだ。話によると、彼は自分の家族を食らった」

 

 ……こんなに正解して嬉しくもないのも久々だ。たぶん、サムもディーンもクレアも同じ事を考えてたよ。厳しい冬を人間が人間を食って生き延びる話は、人食い鬼と共通する部分がある。あれも元は人間、寒さを耐えしのぐ為に共食いを続けた果てに飢餓状態になった。

 

「だが、ヘンリーは家族を食らっただけじゃない。飢えて、頭がおかしくなった。先住民を襲うようになり、俺の部族に捕まった。ただ殺すだけじゃ物足りない、苦しみを与えることにした」

 

 因果応報か。元々、人食い鬼(ウェンディゴ)は先住民の間で使われていた名前だ。このカホンタは言うなれば、人食い鬼の亜種。人食い鬼ーー親父が行方を眩まして、再会したサムと三人で初めて狩りをした怪物。ただ連中と違ってカホンタにはたぶん……食料を保存する概念はない。捕らえた獲物はその場で平らげる、襲われたら最後だ。

 

「彼等はヘンリーに部族を殺した罪と家族を殺した罪で呪いをかけた。飢えて森をさ迷うように、食べても飢えは消えない。食料がないときは自分を食べるケダモノになった」

 

 恐怖、嫌悪、負の感情が入り乱れた険しい表情で保安官は首を振る。

 

「生まれながらの怪物じゃない。呪いの産物」

 

 保安官の口から正体が割れ、ディーンが呆れるような視線を向ける。

 

「イカれた人食い男を森に放したのか?」

 

「違う。森に閉じ込めたんだ。立ち入り禁止の印を付けて住民を守ったが大昔のことだ」

 

「みんな忘れ去った」

 

「俺でさえ」

 

 サムの言うとおり、みんな忘れ去った。今では人食い男の庭に大人も子供も入り放題。向こうにしてみれば勝手に食べ物が転がってくる。願ったり叶ったりだよ。

 

「丁度良かった。私たちはそういうのを狩ってる」

 

「そういうの?」

 

「カホンタや悪魔、狼男も」

 

「エジプトのファラオや串刺し公なんかとも。あとジャンヌダルクと三つ子の曹操」

 

 サムの説明に付け足すと、案の定クレアから視線が飛んでくる。

 

「……本気?」

 

「本気も本気」

 

 近頃は教科書に出てくる連中と縁があるんだ。本人もその子孫も含めて。

 

「現実に……いるのか? 悪魔や狼男が?」

 

「ああ、俺たちが退治してる」

 

 ディーンが即答すると、保安官は俺たちを順に見渡しやがて眉をしかめる。

 

「たった四人でやってるのか?」

 

「私は助っ人かな。普段はスーフォールズでやってるし、怪物退治をね?」

 

「右に同じく。普段は別の国でやってる。桃まんが美味い国」

 

「二人とはたまに一緒になるけど、いつもは僕と兄貴の二人だけ。腕が良いもんでね」

 

 クレアに続き、俺も適当に言葉を投げてからサムが締める。たった二人で怪物退治か、確かに普通じゃないな。

 

「なら、現実に怪物がいることを公にすればいい。反撃する方法を教えるべきじゃないか!」

 

 ……本心から言ってるのは分かる。だが、そいつは無理なんだよ。それはウィンチェスターやキャンメル云々に関係なく、クレアやアレックスにだって分かってる。隣でディーンがゆっくりかぶりを振った。

 

「事実を話したって誰も信じちゃくれない。ご先祖さんが警告したって誰も信じちゃくれなかったよな、当の保安官さえ」

 

「そうだが、時代が違う。動画を録って流せ」

 

「いくら知識があっても倒せるかどうかは別だ。そして一度関わったが最後、簡単には抜けられない。二度と普通の生活には戻れないし、預り知らないところで恨みを買って、気付いたときには厄介ごとに巻き込まれることになる。ツケが、必ず回ってくる。たとえこの国を出て海を渡ったとしてもだ」

 

 分かってるさ、学習してる。この生活が普通じゃないことは身を持って体験してる。ハンターなんて何の理由もなくなるもんじゃない。みんな、理由があってハンターになる。そして一度関わったら最後、普通の暮らしは望めなくなる。誰これ構わず、引きずり込んでいい世界じゃない。まして、隣にクレアがいるんだ。通せねえよーー保安官。その言葉は通せない。

 

「あんたたちに決める権利があるのか。一人でも多くの人を救うために知らせるべきだろうが!」

 

「いや……違う」

 

 静かなサムの否定に保安官の瞳が寄る。兄貴のあの瞳は知ってる。エイリーンを失ったときと同じ瞳だ。

 

「戦い方を知っていても死んでしまう。そしてこの仕事に関わった者の最後はーー無惨だ。犠牲は必ず出る」

 

「訳ありなんだよ、俺たちもこの子も。そう、訳あり」

 

 ああ、訳ありだ。グレゴリも父親のこともなかったらクレアはハンターになってない。アレックスだって訳ありだよ。気まずくなった空気を裂くように保安官の携帯が鳴る。

 

「……済まない、息子からだ」

 

 いや、むしろ空気を変えるには丁度良い。夜はまだ長い、気疲れは命取りだ。肺の空気を入れ変えるべく息を吸ったときーー

 

『トーマス! やめろトーマス!』

 

 前言撤回、切羽詰まった保安官の叫びで思考が切り替わる。携帯が保安官の耳から離れた途端、クレアがすかさず問いかける。

 

「穏やかじゃなさそうだけど?」

 

「息子が、一人で森に、早く見つけないと……」

 

「おい、落ち着け。分かった、俺達も手伝うから。キリ、クレア」

 

「そのつもり。私も手伝う」

 

「コヨーテの仕業だと、誤魔化してしまった。一人で犯人を捕まえるつもりでいる」

 

「まだ間に合うよ。でもどうする、兄貴が文献を探しても退治する方法は分からなかった。一か八かでディーンの言うとおり頭をぶち抜く?」

 

 ショットガンで頭をぶち抜く。ないとは言い切れないけど、それで殺せるかどうか……

 

「知ってる。銀のナイフで胸を一突きすれば死ぬそうだ」

 

「銀のナイフならここにある」

 

 サムが懐から取り出したのは銀のタクティカルナイフ。

 

「ーー仕留めよう」

 

 刹那、示し合わせたように森に笛が流れる。冷たい汗がこの場の全員に流れた。相手は常に空腹だ。急がないと手当たり次第に食い散らかす。

 

「急ごう、僕らが先に奴を退治するしかない!」

 

 満場一致で俺たちは森の奥に飛び込む。この森に奴の住みかがあるとすれば、有り得るのは生前に住んでいた山小屋。飢えで頭がおかしくなっても自分が住んでいた場所は匂いや本能で覚えていてもおかしくない。昨夜の二人組みがパーカー家の山小屋の近くで襲われたのも偶然じゃないんだ。

 

 片手にナイフ、片手にトーラスのサムを見てると色々言いたい気持ちが湧くがそれは別の機会。整備されているとは言えない土を踏みしめて進んでいると、眼前に例の山小屋が見えてくる。見えてくるが……

 

「あれ見て。扉が破られてる」

 

「トーマス!」

 

 クレアの一言で、保安官は携帯していた散弾銃を投げ捨て山小屋に駆ける。身軽にはなるが殴り合うつもりかよ……!

 

Follow me(ついて来い).三人とも!」

 

 誰かさんの口癖を真似して、保安官の後を追いかける。だが、小屋との距離が近づくに連れ、破られた扉の奥に男と……そこで馬乗りになっている何かが視界に映り込んできた。

 

 それは確かに、目撃した少女が語るように全身を苔か何かで包まれているような醜悪な化物だった。形こそ人の姿をしているがあくまで人の面影があるのは形だけ。遠目からでも分かる岩のような皮膚、血が通っているとは思えない肌は、人間に生理的嫌悪を与えて止まない。その全貌に全身の毛が脇立つ。胃に物を溜めてなくて良かった……

 

「トーマス!」

 

 ちっ、まだショットガンの距離じゃない。先に保安官の子供が食われる。

 

「保安官、射線開けろ!」

 

 先行する保安官に言葉を飛ばし、同時にソードオフのショットガンを破棄。ベレッタPx4モデルを抜く。日本で銃検を通しているトーラスが後々面倒を引き起こさない為に、今はその場しのぎで使っているキンジと同じベレッタ社のカスタムライン。ホルスターから抜きざまの二連射が馬乗りになっている下肢を貫くが……

 

「9mmじゃせいぜい嫌がらせか……!」

 

 間髪いれず、ホールドオープンするまで引き金を引き続ける。分かってたが弾が当たっても目に見える効果はない。被弾する度に微かな呻き声は上がるが有効打と呼ぶより反射的な反応に近い。だが、自分が攻撃されているのは理解しているらしく、愚鈍な動きで馬乗りになった体が俺に向けて反転する。

 

「ーーー」

 

 人肉を食べると神秘的な力が付く信仰がある。それは人食い鬼の起源にも関わることだが、眼前の化け物を一度でも目にすれば……彼等もそんな信仰しないで済んだだろうな。

 

 俺の視線上にいるカホンタ、その顔にかつての人としての面影はない。かろうじて共通するのは胃酸という涎を垂れ流してやまない口だけだ。耳も目も鼻も見受けられず、顔を構成するパーツは先述した胃酸を溢している口のみ。二足で立ち上がったところを見ると、足で自重を支えるだけの力はあるらしい。二足歩行が人としての名残か。

 

「今さらだが……意思疏通は無理だな」

 

「俺が息子を、援護してくれ!」

 

「分かった。かっさらったら小屋から離れろよ」

 

 ホールドオープンのベレッタを弾倉ごと交換。素早くスライドを戻し、今度はガラ空きの頭部を弾き出された弾丸が穿つ。反射で揺れる人食い鬼の頭部をすかさず2発、武偵としては御法度の場所を貫くと今度こそ奴は小屋の外に躍り出た。

 

「ーーー」

 

 シフターやレイスみたいに人の言葉を理解し、会話ができる怪物は珍しくない。意思疏通は別として連中には仲間意識やそれなりの知能があるからな。だが、こいつは別だ。相対してはっきりと分かる。頭の中にあるのは自分の飢えを満たすこと、何かを食らうことだけだ。

 

「保安官は!」

 

「息子を助けに小屋に! あいつを小屋から引き剥がそう! クレア!」

 

「グロい体だね、丸ごと抉ってやる!」

 

 サムに続き、後続の二人も追い付き、カホンタを小屋から引き剥がすべく銃声が入り乱れる。俺のベレッタやサムのトーラスはともかく、クレアのぶっ放すショットガンを受けても倒れる気配がない。

 

 近すぎず、遠すぎずの絶妙な距離から放たれるクレアとディーンの散弾は確かにカホンタの肢体を穿っている。だが、むしろ愚鈍だった動きは刺激を受けて活性化したかのように機敏になっていた。一転、岩肌のような足が地面を踏み鳴らして見る見る距離を縮めてくる。

 

「後退だ。下がるぞ!」

 

 ディーンはそう言うと、合図のように装填したばかりのショットガンの引き金を引いた。カホンタの動きは二足歩行から両手両足を地に這わせた野犬のごとき直進に変わった。ベレッタの引き金をがむしゃらに引くが、どこに被弾しようと足は止まらない。胸に銀のナイフを差されること以外は無敵かよ。

 

「さっきより動きが早くなってない!?」

 

「鉛弾を浴びて、調子が戻ったんだろ!」

 

 クレアに軽口を飛ばすだけの余裕はあるが、連射しても空薬莢だけが増えていく。さっきも言ったが嫌がらせにしかなってない。俺は意を決し、背中を向けると異形から逃げるように後退。カホンタに牽制目的の銃声が乱れる中で三人と改めて落ち合う。

 

「9mmをいくら撃っても倒れもしない。これだと経費の無駄だ。小屋からそれなりに引き離せたけど、保安官は上手くやった?」

 

「ああ、おそらくはーーだけどね。こっちも弾が切れる前に。僕がいく、援護しろ。キリ、残弾8だ」

 

 返事と同時にサムから渡されるのは『トーラスPT92』。日本では俺も普段から愛用しているベレッタのライセンス生産モデル。そもそも俺は兄貴の影響でトーラスを選んだわけだ。昔は9mmモデルのスプリングXDだったが、今はこの銃が一番しっくりと来る。ベレッタとトーラス、なんとも皮肉な双銃だ。この上ない。

 

「よし、援護してやる!行け!」

 

 ディーンの言葉が契機となり、ふたたび散開。射線を踏んでの同士討ちを避けつつ、耳をつんざく発砲音が聴覚を支配する。カホンタは外郭が極端に硬いわけじゃない、効き目が薄いだけで弾は通るし、奴も被弾したことで攻撃を受けていることは認識してる。無意味に見える銃撃も注意を惹き付けることはできる。

 

 出し惜しみはいらない、胃酸に濡れた牙を煌めかせ、生理的嫌悪を与える口へ二挺とも照準。トーラスの残弾と再装填したベレッタ、計20発を越えるパラベラム弾をそのまま開きっぱなしの口内に叩き込むーー刹那、身の毛のよだつ奇声が森に反響した。

 

「yippee- ki-yay。ざまあみろ」

 

 両手の拳銃のスライドが下り、弾切れを知らせる。スライドがロックされた銃ごと両手を下げたとき、眼下ではカホンタの胸部に銀のナイフが突き立てられたところだった。人と同じ二足の足で地を踏んだカホンタは不気味に全身を揺らし、末期の痙攣を残してその体を溶かしていく。全身から湯立つように煙が上がり、頭部から液状に体は溶け始めるとやがて上半身が、最後には足先も残さず呪いで長らえていた生を終えた。

 

「酷い最後だったな、これも報いか」

 

「さんざん人を食い散らかしたんだ。因果応報だよ」

 

 既に体全体を溶かし、液状となったカホンタをしゃがんで見下げるディーンとサム。その少し後ろから俺とクレアは様子を静観する。

 

「とりあえず、終わったな。久々に組んだがお互いまだ息はしてる。ハッピーエンドだ」

 

「うん。水飲み場のガゼルにならなかったのは確かかな。あいつの腹には入ってない」

 

「ああ、奴の餌にはならなかった。もう口も歯も残ってないけど」

 

 肩をすくめ、どろどろに溶けた亡骸を見やる。これじゃ何も喉には通せないな。食ったものも体も纏めて溶けてやがる。

 

「よし、アメーバみたいになっちまったがとりあえず解決の証に言っとくーーBook'em(ぶちこめ),キリ」

 

 アメーバみたいにどろどろで檻に入れようがないが……ありがとうディーン。その言葉、ものすごく本土に帰って来たって感じがするよ。ああ、一応言っとくか。

 

「向こうでは言う側だったけど、そのセリフ言われるのも悪くないね。ああ、ちょっとテンション上がってますよ、柄にもなくーーHoo-yah」

 

「いい返事、100満点をくれてやる」

 

「ありがとうディーン」

 

 

 

 

 

 

「あれで良かったと思う?」

 

 抑揚のない声色が助手席から飛ばされる。人気も他の車も通らない殺風景な道路を、スーフォールズに向けて俺とクレアを乗せたチャージャーは走っていた。事の顛末としては、保安官の息子は無事に救急車で運ばれて大事には至らず、今回の一件表向きはこのままコヨーテの仕業として保安官は処理するらしい。いつも通りの幕引きだ。

 

「保安官の息子はあの怪物を直に見てる。それに最初の犠牲者も彼とは知り合いだった。他の皆は騙せても彼は騙せない。あれで良かったんだ、保安官は真実を話すしかない。彼に嘘をついていたことを認めるとしても」

 

 別れ際、サムとディーンが保安官に言ったとおり、彼に真実を話すしかない。

 

「たとえ、それで信頼関係が崩れたとしても?」

 

「でも二人とも生きてる、いくらでもやり直せる。それが家族だ。家族は恨みきれない」

 

 それに比較に挙げたら、兄貴たちとキャスは何度信頼関係が崩れ去ったことか。両手の指じゃとても足りない。でも今でもみんな一緒にいるんだ、新しい家族(ネフィリム)も一緒に。

 

「この国を出て、色んなやつに出会った。良いやつ、悪いやつ、ほんと大勢。日本での生活で俺も少し学んだ、一つのことに凝り固まると周りが見えなくなる。俺が見ている景色や価値観の外にも世界はあるんだ」

 

 籠の鳥ーー星枷がキンジに連れ出されて外の世界を知ったように、俺も神崎やイ・ウーの連中に色んなことを教えられた。

 

「俺は隣人に恵まれた、お陰で母さんや家族との確執も清算できたしな。ハンターとしての日々もそれなりに納得してる。でもお前には今でも……後悔が尽きない。悪い、クレア。お前の母さんのこと、今でも悔やみ切れないよ。本当にすまない……」

 

「……終わった話でしょ。私も何もできなかった」

 

「いいや、俺たちはお前の父さんに、キャスに何度も命を救われてる。彼がキャスの器になってくれたことで何度も俺は命を拾ったし、力になってくれた。本来ならその恩を、俺たちは返さないといけないんだ、娘のお前にな。だが俺たちはお前を……ハンターの道に入れちまった。普通には遠い生活に」

 

 ハンドルを握る手に自然と力が籠る。保安官と話をしたとき思ったよ。もしお前の母さんが生きてたら、グレゴリの狩りでクレアの母親を救えていたらってな。ああ、今でも思ってる。

 

「やり直せないのは分かってる。でもあのとき、もしお前の母さんを救えてたら、お前もハンターにはならなかった。母親との失った時間も取り戻せたはずだし、怪物を追いかけるこんな生活……イケイケの性格は治らなかったとしても傷だらけで怪物を追いかけることはなかった」

 

「やめて。人生足らればはないんだって。私もカイアが死んだとき、同じ事を考えてた。ハンターは、人生にものすごく大事だった人を失った人間がやる仕事。答えのでないたくさんの問いを一生抱えていかなきゃ。でも仕方のないことだけど、私はひとつ受け入れた。私はどうやっても救えなかったよ、カイラのこと。分かってるよね?」

 

 ……ああ、大切な人を救えなかったこと。折り合いはとても付けられない。答えのでないたくさんの問いを一生抱えていかなきゃいけない。駄目だな、俺より大人だ。

 

「まっすぐ、日本に帰る気分じゃなかったけど重荷が一つ減ったよ。ありがとう。年を重ねると何でもかんでも懺悔したくなる」

 

「若くないのは認めるけど、隠居には早いんじゃない?」

 

「ああ、まだやることが山積みだ。帰ったらリフォームの続き、やろうな?」

 

 返事がなく、隣を見てから俺は乾いた笑みを作る。困ったときの寝たフリは日米共通だな。いいさ、タクシーには慣れてる。スーフォールズまで送迎してやろう、フランク・マーティンになった気分で。

 

 では、ここで一曲。狩りも済んだことだしEDを流そうか。新しい物好きなサミーちゃんらしく円盤からお届け。見果てない真っ直ぐに続いている道を走りながら、プレイヤーの再生ボタンを押す。

 

「またこの国を出るんでしょ、別れの言葉はなし?」

 

 ……ったく、寝てたんじゃないのか。

 

「日本とアメリカだ、世界の裏側同士ってわけじゃない。一緒に狩りをやって、一緒の世界で過ごしてきた。命がけで戦った。お前との関係は簡単には切れねえよ。アレックスもキャスも」

 

 ジャックが言った。ルシファーは関係ない、家族は俺たちとカスティエルだと。俺もそう思ってる。ケビンもジョーもアイリーンも皆が命がけで戦ってくれた、俺がどこにいようと何年経とうがーー変わらない。

 

「支えて、支えられる関係。だから、俺とお前は家族だ。地獄に行こうが天国に行こうが変わらない。俺がやってきたことをお前やアレックスが覚えていてくれる。俺はそれで満足だよ」

 

 

 ーーsee you again.クレア。

 

 

 

 

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