哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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コード・ブレーキング

『ああキンジ。電話に出ないってことはデート中だよな、ああいや、詮索はしないよ。水を差すようで悪いが俺も用事が出来たんだ。少し部屋を留守にする。何かあったら電話しろ、三番目の携帯だ。じゃあな』

 

 通話を切った携帯電話をポケットに投げ入れる。部屋の鍵を締め、車のキーを手元で揺らしながら向かったのはインパラのあるガレージ。キンジとアリアはデート、頼れる相棒は自慢のbabyだけだ。心の広い貴族様がお土産を買って帰ってくることに期待するか。

 

 俺はガレージからインパラを出し、前以て待ち合わせていた場所へ向かう。人口浮島から本土への道を抜け、俺がインパラを停めた場所は死に絶えた廃墟だった。時代の移り変わりに淘汰された建物たちの墓地、詩的に言えばそんなところだろう。だが、俺にとっては初めて夾竹桃と出会った微妙な縁の場所だ。あいつ、わざと選びやがったな。くたびれた道は整備された形跡もなく、人の手は入っていない。待ち合わせや密談には持ってこいだな。

 

「理子、時間がない。早く済まそうぜ」

 

「それ、急に呼び出した人間が言うかなぁ」

 

 ──ルノー・スポールスパイダー。目についたのはバスジャックで使われていた青いオープンカーだった。日本では走っている姿を見ることも珍しいが、俺のクラスには所持しているオーナーがいる。そいつはボンネットの上で退屈そうに足を揺らし、細めた瞳で俺を睨んでいた。

 

無料(ロハ)でブラドを狩る契約だろ。主張が二転三転する男は嫌われる」

 

 武偵殺し──峰理子は助手席から茶封筒を取ると、俺に向けて掲げて見せた。お馬鹿キャラと正反対の荒い男口調、キンジが言ってた裏理子モードだな。

 

「覚えとくよ。なあ、ガレージに忍び込んで人の車をバラす女は嫌われないのか?」

 

「口が減らないやつ。まあ、ボランティアで狩りをして、後になってマウントを取られてもつまんない。本題にいくぞ?」

 

 冷えた声の理子は話を続ける。いつぞやの地下倉庫と違い、ワルサーに手が向く気配はない。

 

「お前が探してるアメリカ人が最後に利用したホテルを調べた。入国したのは一週間前だけど、最後に姿を確認できたの三日前。ガソリンスタンドの防犯カメラに映ってた。そこで行き止まり」

 

「行き止まり? お前でも追えないのか?」

 

 両手を挙げた理子に俺は眉を潜めて聞いた。理子の専攻はキンジと同じ探偵科、泥棒と正反対の学科だがランクはAランク──Sランクの一歩手前に迫り、高い情報収集能力と信頼性は幅広い信頼を得ている。皮肉屋のキンジも理子の調査だけは信頼していた。彼女のいわゆるホールドアップってやつがにわかに信じられない。理子は肩をすくめて俺に茶封筒を渡してきた。

 

「匂うんだよ、多分普通の失踪じゃないよ」

 

 俺はルノーの座席に腰掛け、封筒を受けとると丁寧に糊を剥がしていく。開封した薄い数枚の書類は、あの子の資料だけじゃないな……他にも失踪者がいるのか。

 

「ここ最近、お前の探してる女以外にも失踪者が相次いでる。海外からの旅行者、米国籍の女。ここ1ヶ月で分かるだけでも8人が東京都内で消息を絶ってる。でも気になるのはその先なんだよねえ。最後の資料のところ」

 

 俺は纏められた資料を捲っていくと、行き着いたのは失踪者の《遺体》について纏められたページ。

 

「失踪者の何人かは遺体で発見されてる。発見場所に共通点はないけど、気になるのはその殺害方法。死因は窒息だけど、遺体は頭蓋骨が……」

 

「──割れてる。中身が吸われてるんだろ」

 

 理子は目を開いて俺を見る。茶封筒から目を離し、俺も視線をぶつけた。

 

「 "レイス" だ。人間の頭蓋骨を割って中身をジュースみたいに吸う怪物だよ」

 

 記憶に覚えのある手口だ。頭が終わってる、こんな殺害方法はレイス以外にありえない。理子も人間以外の存在を感じていたらしいな、俺の推測にも口を挟んでこない。

 

「レイスは手からは針状の突起を伸ばして、そいつをストローに中身を吸いとるんだ。遺体の首に不自然な傷があるだろ、そこがストローの差し込み跡さ」

 

「窒息死させた理由は?」

 

「さあな、怪物の考えることは分からない。隠れ蓑のつもりか、殺したかっただけかもな。精神科病棟で狩りをしたときは自殺に見せかけるために被害者を絞殺しやがった。俺たちのことは餌にしか見てない連中だ。個体ごとに食事の好き嫌いも異なるが、こいつの好みは……まあ言うまでもないな」

 

「怪物にも性癖があるのかよ。どうやって退治する?」

 

「銀を使う。やつにとっては毒だ。触れるだけで火傷する。できれば会いたくない怪物だよ、だが日本で見かけるのは初めてだ。こいつを狩れるハンターが日本に何人いるかは考えたくねえな」

 

 武装した星枷の巫女ならなんとかなるだろうがレイスは厄介なことに人間に乗り移る。唾液には毒が含まれてるから知識のないハンターが何人も不意打ちを食らってやられてきた。首にストローを貰えれば即死だ、倒すには銀で体を傷つけるしかない。

 

 伝承にあるとおり、レイスは鏡に本当の姿が映る。擬態を見破るには鏡を使って正体を暴くしかない、荒業としてやつが手から突起を出したところを退治する手もあるがこっちは要は現行犯の逮捕だ、危険やリスクも上がる。こんなところでレイスの名前を頭に浮かべることになるなんてな。

 

「こいつが絡んでると決まったわけじゃないがどちらにしても退治しねえとな。ありがとう、これで貸し借りはなしだ。ブラドの件は力を貸す。主戦派に私闘をふっかけられたときは……やばかったら電話しろ」

 

「上出来、いや……それ以上の解答だよ。キリくんも理子のファンになったの?」

 

 一転、丸くなった声色で理子がお手本のような綺麗なウィンクを飛ばしてくる。

 

 見惚れるな、と言ってやりたいがクラスの男子は大半が理子のファンと言えなくもない。こいつは明るくて人気者、要はクラスのマスコット的な立ち位置だ。それに人との距離感を作るのが絶妙で、男女等しく交遊関係が広いことでも有名。

 

 頷いてやるのも癪だな……結局、いつもながらの軽口と同時にかぶりを振る。

 

「バカかお前は。あいつに知れたらどうすんだよ」

 

「あいつ? で、誰だよそれ?」

 

「俺たちの部屋に誰が居候してるか忘れたか? お前の一番のファンだよ」

 

 理子は納得して目線を退いた。神崎は例えるなら銭形警部、どこまでもお前を追いかけるだろうよ。カップラーメンと一緒にな。俺は捲っていた書類を手で整え、座席から立ち上がる。まずは最後に彼女が目撃されたガソリンスタンドに行ってみるか、このガソリンスタンドにはコンビニが併設されてるな。店員が顔を覚えてるかもしれない。

 

「武偵なのに化物退治、因果な人生だよね。折角ジョブチェンジしたんだから少しくらいハンターのことは忘れたら?」

 

「無視はできない。俺がハンバーガーを買ってる間に人が殺されてるんだ。それはできねえよ」

 

 振り返り、吐き捨てるように言ってやる。理子はルノーの座席に乗り込み、ハンドルに肘をついた。

 

「あたしはお前と仲良くキャッチボールやろうって仲じゃない。でも同情したくなるよ、そういうところ」

 

「どこだよ?」

 

「苦しみを忘れるために人を救ってる。そういうところ」

 

 俺は何も言わず、踵を返してインパラの待つ路地へ進む。踏みしめた砂利から潰れるような音がして、ほぼ同時に後方のルノーからエンジン音が聞こえてきた。ちくしょうめ、みんなどうして俺に詳しいんだよ。

 

 夕日が落ち、時計の針も9時を越えたところだった。理子から渡された情報を頼りにコンビニで聞き込みをした結果、行き詰まった俺はインパラの運転席で資料を眺めていた。コンビニとスタンドの店員両方から聞き込みを行ったが進展はない。満タンの給油と売れ残ったくじを買い取ってまで聞いた情報だが理子の資料以上の物はなかった。あいつは良い腕してる。

 

 レイスにとって人間は食べ物だ。食べ物以上の認識はないし、以下もない。怪物が人を食べ物に見定めた場合に取る行動は二つ──その場で食いつくすか、あるいは食料として連れ去るかだ。後者の場合は非常食にする怪物が多いが、中には自分の巣でゆったりと食事を楽しむ怪物もいる。

 

 例えばヴェターラ、こいつは獲物を自分の巣に持ち帰って血を数回に分けて吸いとる。もし彼女が連れ去られただけなら、まだレイスと一緒にいる。だが、手がかりは少ない、場所の検討もさっぱりだ。こんなときは専門家の力を借りる。

 

「呼びつけて悪いな」

 

「気にしなくていいよ。私も力を借りたいことがあるから、隣でいいかな?」

 

「ああ」

 

 運転席から手を伸ばし、対面するドアを開ける。助手席に招いたのはS研の合宿で島根から帰ったばかりの星枷白雪だ。助手席のドアが彼女の手で閉められると、俺も気が引き締まるのを肌で感じる。力を借りたいことってのは気になるが先に切り出すぜ。

 

「話は電話のとおりだ。レイスに拐われた子を助けたい」

 

「レイス……鏡に本当の姿が写るとされている化生だね。日本には生息してないはずだけど、頭蓋骨を割って頭に穴を開けるのはレイスしかいない。雪平くんの見立て、当たってるよ。放っておいたら犠牲者が次から次へと出る、はやく退治しないと」

 

「奴等の食欲は人食い鬼やシフターに並んで旺盛だ。どこまで食い散らすか分からん。つか、そっちの玉藻御前はどうなってんだ。正一位の妖狐のボスは、土足で入ってきた怪物には容赦ないって聞いてるぜ?」

 

「玉藻様は別の案件で動いてるの。怪物よりもっと厄介な相手だよ」

 

 そう星枷は整った眉を寄せる。彼女が玉藻様と崇めて口にしたのは日本に住まう妖狐の長だ。妖狐玉藻、現代では創作にも取り上げられることが多いメジャーな妖怪の1つ。だが、真実は最上位の神位である正一位の位を持った化生──魔物ではない、神だ。

 

「異教の神が怪物を後回しにするたぁ。おい、俺に力を借りたいってのもそれか?」

 

「鋭いね、でも拐われた子を助けるのが先決だよ。生きてる望みが少しでもあるなら、諦めるのは早い」

 

「……拐われたのは友人の知り合いなんだ。理由はどうあれ、俺たちが狩りに巻き込んじまった人だ。こんな形でしか俺は恩を返せない」

 

 俺は理子から貰った茶封筒を星枷に手渡す。

 

「一人じゃ無理だ、相棒がいる」

 

 星枷は短く『出して』と口にする。ありがとな、俺はインパラのエンジンを回し、ギアを入れ替えた。ヘッドライトを点灯、俺の頭に行く宛はないがタイヤは道路に乗り出す。俺は前を向いたまま星枷に疑問を振った。

 

「場所はどうだ」

 

「まだ範囲は広いけど絞りこめたよ。雪平くんならレイスが拠点にする場所の検討はつくよね?」

 

 凛とした声に俺は目を開く。そういや、西洋にもジェムストーンを使った人探しの占いがあったな。星枷のご先祖様は邪馬台国で知られている卑弥呼、占いの腕は推して然るべしか。

 

「頼りになるよ。連中の擬態はみやぶれるか?」

 

「近くまでいけば気配で分かるよ。でも接近する必要があるから、手は借りるね」

 

「俺は鏡と銀でしか奴を見抜けない。前衛は任せろ、こいつでなんとかする」

 

 そう言い、俺はグローブボックスのカッターナイフを見据えた。隣に魔女を乗せて一緒に怪物退治──ウチに戻った気分だ。

 

 

 

 

 

 『売り出し中』と立て掛けられた看板に手を置き、俺は目の前の建物を睨みつける。二階立ての建築物は玄関前に売り出し中の看板が出されており、誰も住んでいない空き家になってる。

 

「星枷、レーダーの調子はどうだ?」

 

「うん、感じるよ。この家で間違いない」

 

 魔女の探知機が言うんだ、当たりだな。この建物には地下室がある。人を監禁するには都合が良い。取り替え子……過去に退治した『チェンジリング』と呼ばれる子供を拐う妖怪も監禁場所には地下を好んでいた。地下と監禁を結びつけるのは怪物も人間も一緒だな。

 

 俺は敷地前に停めたインパラの後部に回ってトランクを開けた。空っぽの底を持ち上げ、ショットガンで支えを作ると隠していた武器庫から純銀のダガー、法化銀弾をあるだけ持ち出していく。

 

「……すごい装備だね」

 

「人間は武器を持って、初めて動物と互角って言うだろ。そっちの武装は?」

 

「銀は用意してあるよ」

 

 星枷の巫女は戦巫女、天狗や俺たちには縁のなかった妖怪との戦闘経験がある。イロカネアヤメを武装した星枷に俺はかぶりを振って不安を払った。現地スタッフを頼りにしなくてどうするんだよ。

 

 トランクを音を鳴らさないようにロックしてから、法化銀弾を弾倉でトーラスに差し込む。スライドを引き絞り、俺は玄関のドアの横に背をつけた。星枷も足音を殺し、ドアの反対側に立つ。星枷が扉の取っ手をつかみ、開いたのと同時に俺たちは家の床を踏んだ。音を経てないように室内に入り、入口の扉を閉める。

 

 手筈通り、前衛を務める俺が前にトーラスを構えて進んでいると、地下へ続く階段から猛烈な冷気が漏れだしてきて首筋をゾロリと撫でていく。それに微かだが嗅ぎなれた血の臭いも混じってる。日本は湿度が高く、地下室は防水や湿気対策が面倒だ。家の地下室は防音の音楽スタジオとして作られてるはずだが、どうやら本来の使い方はされてねえな。

 

「雪平くん、ここだよ。この下に気配を感じる」

 

「ポルノ映画の倉庫かも」

 

「……」

 

「冗談だよ」

 

 用心金に指をやり、銃口を地下の暗闇に向けたとき、

 

「待って。嫌な感じがする」

 

「どうしたんだ?」

 

 星枷から静止がかかり、俺は眉を寄せる。

 

「うん。たとえて言えば……ノイズが混じってるの。外にいたときははっきりとしなかった。だから、言わなかったけど、レイスの他にも力を感じる。たぶん一緒にいるよ」

 

 星枷はそう言いながら──初っぱなから、頭にかけていた白いリボンを解いた。白いリボンを解いたことで抑えられていた星枷の魔力が解放される。G18の高すぎる魔力には、それなりに魔女との戦いを経験してきた俺もヒヤッとする。世界に何人もいないレベルだからな。

 

「単なる狩りじゃないってことか。俄然興味が出てきたな、いくぞ女探偵」

 

 俺は地下に続いている階段に足をかけ、一歩ずつ狭い階段を下っていく。互いに背中を預け、死角を隠しながら進むと一枚の扉を抜け、広い音楽スタジオが明らかになった。だが機材どころか、広い空間には楽器と呼べる物が見当たらない。それどころか微かに感じた血臭が濃密なまでに臭う。

 

「今夜のディナーはとってもゴージャス」

 

 咄嗟に俺は銃口を向けた。目線の先にいたのは黒い髪を腰まで下ろした女性だ。パイプ椅子に座りながら、鈍い色をしたククリナイフを磨いでいる……自分の爪で……

 

「久々にご馳走にありつける──神だったときみたいに」

 

 違う、こいつはレイスじゃない。

 

「星枷、あいつは……」

 

「……出し抜かれたかもしれない。レイスの気配が消えてる」

 

「その名前は口にしないで。ディナーの前にジャンクフードの名前を聞いたら、折角の気分も台無し。食事は気分が大事なの」

 

 そう吐き捨てた彼女のパイプ椅子からは、赤い血が雨漏りのように滴っている。編み上げブーツの近くに転がってやがるのは……レイスが人の脳みそを吸うときに使う針だ。

 

「お前が殺したのか?」

 

「美味しそうなのをストックしてたから譲ってもらおうとしたの。横目で御馳走を見るなんてたくさん。とてもお腹が空いていたわ。でも彼頑固だった、喧嘩になったの」

 

「怪物の餌をハイエナか。見境ないんだな──異教の神くせに」

 

 女は、ニヤァ、と悪魔のような浮かべる。当たりだ、どうりで怪物を虫けらのように殺せるわけだぜ。こいつは怪物なんかじゃない。玉藻御膳と同じ、ハンターで言うところの異教の神……!

 

「……レイシー、だね。あなたのことは知ってるよ」

 

「私も知ってる、星枷の巫女。緋々色金を監視するだけのつまんない一族。あんなガラクタに人生を縛られて同情する、さぞ退屈でしょう?」

 

「星枷、耳を貸すな」

 

「分かってる。心配しないで」

 

 レイシーは森を守る神。だが、実態は守り神とは縁の遠い化物だ。工場を建てるために森林は伐採され、今じゃ森の守り神なんて認知もされてない。生け贄の名目で人を食いまくるだけの捕食者だ。見境なく、腹を満たすまで食う。

 

 言い伝えではレイシーは世界各地の森に住まうと言われてやがるが、日本の空き家で神様と出くわすとは思わなかったぜ。ちくしょうめ、レイシーは銀の弾丸やダガーじゃ退治できない。銀の斧で首を切り落とさねえと止められないぞ……

 

「ディナーはまだって言ったな。レイスが捕まえた人間はどこにいる。二人いただろ?」

 

「そうよ、儀式のために生かしてある。ちゃんとした儀式をやるのは久しぶり。昔は大勢の人間が喜んで生け贄になったのよ、微笑みを浮かべながら」

 

 俺は鼻で笑ってやる。

 

「寝言は寝てから言え。過去の栄光を自慢することが如何に愚かで無意味なことか知らないようだな。お前の身に起きた悲劇なんざ俺の知ったことか。俺たちは二人を助けに来た、おとなしく居場所を教えるなら良し。教えないなら俺たちが直々に引導を渡してやる」

 

「そんなに怯えなくても、すぐにとって食べたりしないわよ。恐怖には匂いがある。喜びや悲しみよりもその匂いは濃い。あなたは怒りで恐怖をマスキングしてるだけ」

 

 罵詈雑言を軽く流され、その形の良い唇が釣り上がった。

 

「斧がないと私は殺せない、有名なハンター君はどうするのかしら?」

 

 ……お見通しと言うわけか。所詮、この女の前では俺たちはただの餌、食い物に煽られたところで痛くも痒くもない。わざとらしい煽りもここまでだな。

 

「なるほど、人間から罵詈雑言を受けても何も感じないってわけだ。でも俺、怯えてるときの方が上手くいくんだよね」

 

「恐れられる方が上手くいくわよ?」

 

 刹那、俺と星枷に緊張が走る、これまで椅子に座っていたレイシーが立ち上がった。古めかしい包丁の手入れも済みやがったか。ちっ、ずっと座ってりゃいいのに。

 

「星枷、やつの言葉を信じるなら二人はまだ無事だ。お前も知ってるだろ、異教の神は儀式や契約ってやつに忠実な生き物だからな。あいつは俺が引き受ける、二人を探してくれ」

 

「一人で異教の神の足止め──無茶苦茶だね。でも分かったよ、こっちは任せる」

 

 すぐに階段を駆け上がる音がして、俺は上の階に続く道を塞ぐように立つ。

 

「追いかけないわ、貴方がいれば今夜のディナーは充分。ウィンチェスターの肉、血に比べればあんなのゴミを漁るようなもの」

 

「へえ、俺の肉が食いたいってか。だが俺の肉はレアだぜ、代金は高いぞ」

 

「言ったでしょう、今夜のディーナはとってもゴージャス」

 

 唇の両端を吊り上げ、女は笑った。

 

「食中毒にしてやるよ、アバズレ女」  

 

 ──かかるぞ。

 

 

 

 

 

 

 




『一人じゃ無理だ、相棒がいる』S7、10、ボビー・シンガー──

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