哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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年内ラスト更新、皆様よい年末と年始をお過ごしください。


Daydream―File.2

 

 

 

 

「脅す訳じゃないが味は期待すんな。こいつは言ってみりゃハリーポッターに出てくるポリジュース薬だ、一気に行け。止まったらあとは地獄」

 

「いつかの貴方の言葉を返すわ。優しい嘘をついてもらえない?」

 

「嘘ついてもおまえは見抜くだろ、ハンソロの教えだ。女に嘘はつくな、絶対に見抜かれる」

 

 植物園まがいの観葉植物に囲まれ、名前も未だに分からない蝶が灯りの下をさまよってる異様な部屋。

 しかし、それ以上に透明なグラスの中に貯まった冷めたコーヒーみたいな液体はもっと異様だった。食事と一緒に出されたら食欲を容赦なく刈り取ってくれる、そんな色だ。

 

 反応が気になり、つい隣の彼女に視線は引っ張られる。結果、思ってたよりずっと夾竹桃は落ち着いていた。

 考えてみりゃ、えげつない毒物やらガスやら薬品を扱うのが日常茶飯事なこの女が、いまさら奇怪な色をしただけの飲み物に怯むわけないか。

 

 つくづく、頼もしい女と縁ができちまったもんだ。

 まあ、最終戦争が勃発した世界に乗り込んでくるような女が知り合いの夢の中に入るくらいで萎縮するわけないか。

 コピーみたいなできそこないとはいえ、あっちのバルサザールを蹴り飛ばすような女だしな。そこが気に入った。

 

 

「アフリカン・ドリームルーツ」

 

 今回が初体験の鈴木先生に比べりゃ、俺は三回目。

 だというのに、こいつの味に慣れたとは到底思えない。というか記憶が蓋をしているようにどんな味だったのか、うまいたとえが浮かばない。

 

「何度見てもすげえ色だ」

 

 いや、これだけは覚えてる。

 不味いのだ──百歩譲っておかわりしたいとは思えない味をしてるってのは、間違いない。

 

「高貴な私、留守は預かってあげる。臆せず飛び込みなさいな、ドリームウォーク──何度も体験できることではなくてよ?」

 

「……」

「……その男は例外。亡骸同然の体は、私が見てあげるけど夢の中までは別。そっちはお前たちでなんとかなさい、ことが済めばジャンヌにも恩は売れるし、無事を祈るわ」

 

 無言で俺を見た夾竹桃へ嗜めるように言ったヒルダは……何事もなくワイン空けやがったぞ、このヴァンパイア。

 

 酒を片手にボディーガードとはなんてやつだ。

 呆れる俺の視線なんて眼中にないと言った感じで、真紅のマニキュアで整えられた爪と同じ色をした真っ赤なワインがグラスの中で揺れる。

 

 あの高そうな装飾まみれのグラス……さては自前で持ってきたな。ご苦労なこって。

 

 

(とは言ったものの、ヒルダが留守を勤めてくれるなら朗報だ。寝てる間に何が起きても逃げるも戦うもないからな。寝首をとられちゃ笑えない)

 

 夢に潜ってる間は当たり前だが俺たちは身動きがとれない。体はそのままでも、意識はまったく別のところにあるわけだからな。

 

 そこを狙われたら無抵抗で首は飛ばされる。

 実際、前例もなかったわけじゃない。俺がドリームウォークしてる間、隣でサムが突然変異のジンと殴りあってたのが現実。

 

 武偵は常在戦場。いつ自分の首が断頭台にかかるか分からない。

 

 ヒルダの実力は化物が入り乱れてる獣人界でも指折り。

 獣人と超能力者のハイブリッドだ、今回の騒動を仕組んだ元凶が、仮に俺たちの動きに気付いて首を狙いに来ても返り討ちになるのが関の山。

 

 病室のジャンヌには、たまたま手が空いていたジーサード一派の超能力担当ツクモに護衛を頼んである。

 ツクモといい、ヒルダといい、化生や獣人の知り合いがこの一年で随分と増えちまったな。それも手練ればっかりだ。

 

「乾杯」

「よい夢でありますように」

 

 だといいんだけどな、期待薄だが。

 病室でくすねた銀色の髪──ジャンヌの髪を一本ずつ夾竹桃がグラスの中へ落とす。

 

 髪の毛は、誰の夢の中に入るかの道標。誰のものを使うかで判別する。

 こんなところまでポリジュース薬とそっくりなんだからファンならきっと盛り上がるだろうよ。

 

 お約束のようにグラス同士で音を鳴らし、俺と夾竹桃は液体になったドリームルーツを一気に呷る。案の定、三回目となるその味は……海水をそのまま飲んだほうがよっぽどマシだ。

 

 

「……二日酔いが一気に治りそう。大丈夫か」

 

「……ひどい。煮詰めすぎたキャベツのほうが数倍マシよ。でもこれで、チケットは手に入ったのかしら……」

 

「ああ、これで審査は通過。よかったな、眉間にシワがよってもお前なら十分美人だよ」

「ありがとう。お礼にキスでもしてあげましょうか?」

「ジャンヌを連れ戻したらな」

 

 全部、ジャンヌが目覚めたあとだ。まずはそれが終わってから。

 口の中に深手を負いながらも空になったグラスをテーブルに戻すべく立ち上がると、

 

「ねえ、雨なんて降ってた……?」

 

 ふと、夾竹桃が囁いた言葉に足が縫い付けられる。

 そして、窓の外から聞こえてくる音に俺も体を反転させた。……さっきまで雨は降ってなかったし、降る気配すらなかった。

 

 部屋の値段相応の大きなガラスの外に眼を凝らすと、その向こう側に見える景色と過去の記憶は合致する。

 ようするに俺は、見たことがある。そのけったいなオカルトにすら思えちまう異様な雨に──

 

「上下逆さまに降ってる雨だぞ? 今頃みんな大騒ぎだよ。何年振りかな、こいつを見るのは。喜べ、成功だ」

 

 もうヒルダの声もお高いワインの匂いも届かない。

 異変がやってきた、その事実に気付いた途端何かがのし掛かるように瞼が重くなる。

 足元から周りの景色まで、すべてが切り替わる。さっきまでは高級ホテルの一室……だが今は違う。

 

 俺たちが立っているのは、既にさっきまでとはまったく違う、別の場所だ。

 

 

 

「教会……?」

 

 半信半疑に呟いた夾竹桃の瞳、その先にあるのは頭上にそびえた色鮮やかなステンドグラス。

 板張りの床には真っ赤なカーペットが蝋の灯された壇上へと続くように敷かれている。

 

「入口が教会とは聖女様らしいよ、ファンタジー映画みたいで洒落てる。本土の聖ミカエルの教会に似てるが……」

 

 磔にされた主と建ち並んだチャーチチェア(教会椅子)

 左右の壁にそれぞれ嵌め込まれたステンドグラスの窓はどこからどう見ても教会だ。

 

 夢とはいえ、はっきりと五感は感じるし、爪先から床板の感触まで分かる。夾竹桃も手袋とは逆の手を開いては閉じ、グーとパーをしばらく繰り返したあとに、

 

「夢に入り込むというよりは、違う世界に飛ばされたというべきね」

 

「似たようなもんだろ、そんなの」

 

「頭も体もはっきりと動くし、感覚もあるわ。ねえ、頬を引っ張っても?」

 

「お馬鹿、お遊びが過ぎるぞ。そういうのは自分の顔で確かめるもんだろうが。この教会、ジャンヌの夢ならあいつの記憶の中にある景色ってことだろうけど、おまえどこか知ってるか?」

 

 俺よりもジャンヌとの付き合いの長い元イ・ウーの同期に視線をちらつかせると、壇上に開いたままで置かれていた本のページを捲りながら、やがて夾竹桃の首は真横を振る。

 

「ないわ、私の記憶にも」

 

「──聖書。神が刷った自慢話だらけのベストセラーか。立派なのはページの厚みだけ」

 

「仮にも聖職者に化けて聞き込みをしていた人間の言葉とは思えないわね」

 

「神はどこにいた? 俺たちが何度八つ裂き同然の目に遭っても神は知らないフリ。自分の息子が地上を焼き払おうとして我関せずだ。思慮深くもなく、与えるべき愛もない──ただ宣伝がうまいだけ」

 

 数ページ中身を探ったあと彼女の手は止まる。

 至って普通の聖書、そりゃ面白味もない。

 

「とりあえずジャンヌを探そう、まずはジャンヌと合流しないことには始まらない」

 

 まずはジャンヌを見つける、その先を考えるのはジャンヌを見つけてから。この世界はジャンヌの夢、あいつを見つけないことには状況は変わらない。

 

 年季の入った床の板を軋ませながらバカでかい扉をくぐって俺たちは外に出る。

 

「言っとくぞ、夾竹桃。夢の中に入り込むのはそれほど苦労しない、さっきの不味いのを我慢すればこのとおり。問題は()()だ」

 

 ジャンヌの意識を覚醒させ、この夢の世界から三人揃って現実に戻る。

 それが俺たちの目的。武偵らしく依頼として言うならジャンヌを夢の世界から連れ戻す。それが今回の依頼の成功条件。

 

 

「……」

 

「……ここって」

 

 無言のまま眼を開いただけの俺に対し、目の前の景色にある程度推測が立ったような口調で夾竹桃はゆるりと辺りを見渡していく。

 

「ヤキマ……んなわけねえよな」

 

 ヤキマ──シットコムでも話題にされがちな本土有数の田舎街。真っ先に脳裏を過ぎたのはメアリー母さんも訪れたというあの街だった。

 

 眼前に見下ろせるように広がったのどかな緑と落ち着いた西洋建築。

 それこそファンタジー映画でも通りそうな平穏な農村というべき景色が教会の外には広がっていた。

 

 日本じゃない、ジャンヌの夢ってことを考えるなら故郷であるフランスだろう。

 鼻をくすぐる土の匂い、車のエンジン音すら届いてこない落ち着いた静けさ。不意に吹き付けた風になびいた髪を手で抑えながら、

 

 

「ラ=ピュセル……」

 

 

 夾竹桃はそう呟いた。

 ラ=ピュセル……ラ=ピュセルの枷、か。

 ヤタガンで相手の足を凍らせて縫い付けるジャンヌお得意の魔術だ。

 

 ──『ラ=ピュセル』、その名前なら知ってる。

 オルレアンの乙女、光の聖女、ラ=ピュセル──全部フランスの大英雄『ジャンヌ・ダルク』を示すのに使われる言葉だ。

 

 

 いや、違う。

 それだけじゃない、忌々しいあのアラステアがいつか口にしてた。ラ=ピュセルってのは……他ならない聖女ジャンヌ・ダルクの、故郷。

 

 今度は俺が、半信半疑の声色を真似るように無駄に美人な腐れ縁へと聞き返す。

 

 

「ここが、ジャンヌの……?」

 

「私も訪れたのは数えるほど。だけど、私が見たドンレミの村とはちょっと違う。面影はあるの、だから間違いじゃないと思うけど」

 

「ここはジャンヌの夢の中。本物の故郷というよりは、ジャンヌが思い描く、故郷であってほしいと思う景色なのかもな」

 

 実際は、丘みたいなこんな高い場所に教会なんて立ってないのかもしれない。

 だがここはジャンヌの夢で、ジャンヌを中心とした世界。ジャンヌがそう思うならここがオルレアンの乙女の故郷──

 

 

「フランス、まだ行ったことなかったんだけどなー。初めて来るのはやっぱり仕事か」

 

「夢なんだからノーカウントでいいじゃない。パスポートだって……」

 

「おい、武偵は罪状3倍ルールだぞ? 恐ろしいこと言うんじゃないよ」

 

 嗜めるように言うと、夢の中だというのに夾竹桃はお決まりの煙管に手を出した。

 夜から一転、夕暮れのオレンジの日差しが降り注ぐラ=ピュセルの景色は──ジャンヌが望むのも分かる、文句なしに絶景だ。

 

「俺もたまにはさ、のんびりと海外旅行してみたいよ。終末の世界とか地獄とか、天国やら煉国やら虚無じゃなくてちゃんとした、景色と建物と人間のいるところ」

 

「それはたとえば?」

 

「考え中。オアフとかどう?」

 

「未だに分からないの。ケージに入って、サメがうようよいる海に沈むツーリストの気持ちが」

 

「休暇だからな、みんな刺激が欲しいんだ。冒険気分だよ」

 

 景観を崩すような建物もなければ、水を差すような派手な騒音もない。のどかというか、体が違和感を感じてしまうほどに落ち着いてる。

 

 心なしか、紫煙をくすぶらせる夾竹桃の顔もいつもより心地良さそうに見えた。

 

 絶景の前で喉に入れる薬か。

 さっきのドリームルーツよりは美味なんだろうよ。あれに比べたら海水を飲み込むほうがマシだけどな。

 

「行くぞ、先生。さくっと用を済ませてヒルダのワインを貰いにいこう」

 

 お薬の時間が終わったらしい腐れ縁に手信号も混ぜて催促をかける。

 

 無駄に美人なその横顔は時間を忘れて視線を呪縛させるには十分だが、現実ではヒルダを待たせる。早く帰るに越したことはない。

 

 ジャンヌがどこにいるのか。片っ端から村の中を 探すって手もあるが、過去2回のドリームウォークを思い出すと、肝心の当事者と遭遇するのには苦労しなかった。

 

 あのときは、探し回るよりも先にあっちの方から姿を見せてくれたからな。

 そして今回が3回目。2度あることは3度、誰が言い始めたのかは知らない有名な理屈が絶景を前にして脳裏を通りすぎていく。

 

「合流したあとは」

 

「俺はプランA、おまえがプランB」

 

「一緒に考えましょうか、頼りにしてる」

 

「お言葉を返すよ、相棒。気楽に行こう、天使の軍隊とやりあうよりマシだ」

 

「最近思うの、貴方のふざけた基準に違和感を覚えなくなってきてる自分がいる」

 

「つまりお前もこっちに片足突っ込んでるってことだ。特技に穴堀りが追加されるのも時間の問題だな」

 

 どちらともなく一歩が出て、陽光の当てられた街並みへひとまず俺たちは下りていく。

 コンクリートとは無縁の土と草の地面、照り付ける陽光、五感に訴えてくるのはどれも夢とは思えないほど鮮明だ。

 

「ファーストフードの注文みたいにすぐだといいんだけど」

 

「なにが?」

 

「人探し、捜索」

 

「ハンバーガー食べたくなってきたな」

 

 緊張感を敢えて殺すような会話が、果たして災いしちまったのか。

 前触れもなく、耳を引き裂くような爆発音が───落ち着いた景色を台無しにしてくれた。

 

「私には『来い』って聞こえたけど?」

 

「いいよ、どのみち人を助けるのが仕事。走るぞ」

 

 すぐに煙は上がり、さっきまでのどかな空気は消え失せた。夢の中とはいえ、フランスじゃ有数の観光地であろう英雄のお膝元でなんて罰当たりな……

 

 お世辞にも走りやすいとは言えない地面を蹴りつけて火元へ走る。

 

 あの爆発音、ちゃちな小火じゃない。

 この夢、故郷の空気を味わうだけの幸せな夢って訳じゃなさそうだ。どうせ見るなら、ジャンヌには幸せな夢を見ていて欲しかったんだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういうことだ。おめェら、こんなくたびれた街に観光かァ?」

 

 

 どうやらそうもいかないらしい。

 ああ、ちくしょうめ。

 運がお悪い。もうしばらくは縁遠い感じでいけると思ってたのによ。

 

「けっ、ダサイ銃だ。防災訓練じゃあるまいし」

 

 金のメッキで加工されてる銃はルガーP08──ダサイ銃だ。()()も同じのを使ってた、金じゃなかったが。

 

「貴方は観光というわけじゃなさそうね、そこに散らばってる切れ端────バチカンとまた仲違い?」

 

 火花が散る中でもめざとく破れたローブ、聖職者の足跡を見つけた隣の彼女とソレの視線が絡む。

 

 小柄な体は神崎や平賀さんに近い。

 真っ黒なベルベットのローブはそれこそ映画やハロウィンみたいなイベント以外に見る機会は少ないだろう。

 

 ご丁寧に帽子まで黒で統一したその肩には、目付きの悪そうな真っ黒なカラス。だが、何より一番印象に残るのは……右目の眼帯に刻まれたその紋章。

 

 

「会いたかったぜ、ウィンチェスター。待ちきれなくてそっちから会いに来てくれたのかァ? 優しいところあるじゃねぇか、感動したよ」

 

 

 カツェ=グラッセ。

 『厄水の魔女』の異名を持った元イ・ウーのOBは、お手本のように仕草で唇をニヤリと歪める。

 聖女さまの村で火を起こすとは、噂以上に恐れ知らずな女らしい。それとも先に仕掛けたのはそのローブの持ち主の方だったのか。

 

 まあ、どっちが先に仕掛けたのかはどうでもいい。それより問題なのは、できそこないの黄金銃がこっちを向いてるってことだ。明らかな敵意がある。

 

「おいおい、戦役は終わったってのにまた火をつけようってか?」

 

「はぁん? 何言ってんだ、現在進行形で真っ最中じゃねえか。極東戦役はなぁッ!!」

 

 チッ、ここだとそういう設定か。

 戦役じゃ縁遠く終わってめでたしめでたしだったってのにこんな形で絡むとはな、魔女連隊──

 

「血の気の多さは教会と一緒かよ……なあ、俺もつい最近までは眼帯してたんだ、墓地で天使に眼球ごと焼かれちまってね」

 

「あ? 天使──?」

 

 意味不明の戯れ言に眉間にシワを寄せながらもカツェは次の刹那には、バックステップで背後にとび退いていた。

 雑なお膳立てだったのは認めるが、連隊長を預かるだけはある。さすがに聡いか。

 

「あら、残念」

 

 既に小さなガス缶──カツェを後退させた毒煙を撒いた張本人はわざとらしく呟く。

 

 あと数秒後退が遅れていたら、今頃煙はカツェの体を飲み込んでた。

 目に痛々しい紫の色と熱波の中にも漂う刺激臭、どうせそのまま戦闘不能にまで追い込めたヤバイ劇物だ。

 黄金銃をぶっ放すよりも距離を取ることを第一に考える程度には、カツェにも危機感を抱かせたらしい。

 

「そう来なくっちゃなぁ! 今回は全員殺していいってルールだ、こいよ蠍女!」

 

「殺しはしないわ、武偵は不殺がルール。だから口以外は動けなくなってもらう。色々と聞きたいことがあるの、だから……教えて?」

 

 好戦的に叫んだカツェを相手に……どこに仕込んでやがったんだか。

 ねだるように微笑んだかと思うと、夜戦用に着色されたダガーが三本。夾竹桃の手を離れ、紫の煙の中を裂くような速度でその先のいるカツェへと飛来する。

 

 煙で軽くブラインドがかかったような視界でもそこは元イ・ウー、シャーロックの選んだ精鋭。

 両足と腹部を穿つ軌道は正確無比、こんなのが予告もなしに突然セグウェイと襲ってきたんだから過去の俺には同情する。

 

「バカか、誰が喋るかよ──ふッ!」

 

 少しクリアになりかけている紫煙の向こうが一瞬光った思うと、一筋の光線のようなものが煙の中から飛び出し、俺の真横を超高速で下から上に刃を振り上げるように擦過。

 

 銀色の軌跡が通った足元が抉れ、背筋に悪寒が走る。

 キンジから聞いてたが……この切れ味、何が自前の水鉄砲だよ、あのバカ。どう見ても人の肉なんて真っ二つのウォーターカッターだ……

 

「喋りたくなるわ。雪平に尋問されたらきっと貴方の気持ちも変わる、同情するけど」

 

「誉めてんのかブラックジョークかどっちだよ」

 

 しかし、さっきのは何だ。あの女、テッポウウオかよ。無茶苦茶な飛び道具だ。

 ふざけた威力にXDを抜く躊躇いはない。掠りでもしたら肉ごともってかれる、ふざけた話だ。

 

 

「4時 high!」

 

「おいッ……マジかよ」

 

 唐突なクロックポジションに親父から仕込まれた体が反射的に動き、背筋が凍てついた。

 夕暮れの広大な空からこっち目掛けて飛んでくるのは、金切り声を唸らせて黄金の体を光らせる4羽の鷹だ。このクソ忙しいときに……!

 

 

「パトラかッ!」

 

 両翼を広げるその姿はとても魔法で作られた偽物だとは思えないほど精緻。

 だがそれは、パトラの操る砂によって生み出された早い話が遠隔操作された使い魔。ピラミッドの中で星枷とうんざりするほど相手をした、砂礫の魔女のお家芸だ。

 

 黄金が大好きなパトラの嗜好そのままの姿は、ゾッとするような速度で小さな砲弾のように突っ込んでくる。

 

 

「魔術でも爪や嘴は本物と同じ、肉を抉るわよあれ!」

 

「んなことは言われなくても分かってんだよ、ドリトル先生!」

 

 引き金に敵意を込めて、いまは金一さんと結ばれた魔女の飛び道具に向けて9mmを穿つ。

 ホールドオープン覚悟で撒いた弾丸は空中で悪趣味なペットをすべて砂に還すが、背後からの奇襲に反転した俺の背中に夾竹桃の背が触れる──

 

「ねえ、聞いてなかったけどもしここで、仮に心臓が止まったらどうなるの……?」

 

「さあな、そういうことは今までなかった。でもたぶん、できれば首は落ちないほうがいい。いや、たぶんじゃなくて絶対に……」

 

「そう、じゃあ私たちの関係は明日もこのまま?」

 

「続くさ、どちらかが殉職しないかぎりはな」

 

「すっとぼけるのが上手になったわね」

 

「講師がよかった」

 

 唐突に投げられる不気味な質問。

 どうしてそんなことを聞くんだ、とは思わない。ジャンヌめ、そろそろかっこよく姿を見せてくれてもいいんだぜ。バイオ・ハザードのアリスみたいによ。

 

「おまえがウィンチェスター? 話に聞いてたのより小さい、もっと大きいって聞いてた。おまえは一番目? それとも二番目?」

 

「三番目、実は下にもう一人いるから上から三番目。ほっとけ、上の二人がガリバーなんだよ」

 

 身の丈よりも高い長弓──所謂ベアボウを携えた銀髪長髪の女の姿に苦笑いが止まらない。

 

 いや、会うのは初めてだが弓、小柄、銀髪の特徴は他ならぬジャンヌから聞いていた情報と合致する。パトラと同じイ・ウー主戦派残党、組織随一の弓使い。

 

 笑えねぇ、パトラだけでも手一杯だってのにこのレベルの魔女がまだいるのか。

 

「颱風のセーラ、俺も噂には聞いてるよ。色々見てきたが、正面から堂々と現れる弓兵はアンタが二人目だ」

 

「ウィンチェスターは厄災、敵にも同胞にも平等に不幸を撒く。触れていいことなんてない」

 

 よく言うぜ、そのわりにやる気満々の顔してるじゃねえか。眉間に弓を撃ち込んでやるって顔してるぜ、義賊のお嬢様。

 その背後からは、水着同然のいつもの姿をしたパトラもビスケットのような丸い円盤──アメンホテプの盾を両脇に引き連れて歩いてくる。

 

 戦役が継続してる世界なら、いまは金一さんの妻であるパトラも当然俺たちに敵意を持つ。

 ふざけたGを誇る星枷に世界最強クラスの魔女と言わしめた化物。まだ手札の見えない初対面の魔女のついでに戦っていい相手じゃない。

 

 次から次に顔を見せる眷属の代表戦士。

 そして、それは俺の視界だけに限った話ではなく、

 

「……『胡蝶の魔女』クエス。血が我慢できなくなったの?」

 

 僅かに焦りを含んだ声が背中越しに届いた。

 胡蝶の魔女、また新手か。たしかシスターが言ってた欧州での戦いでリバティ・メイソンとバチカンに猛威を奮った魔女。

 

 眷属が有する高位の魔女が、前方と後方に二人ずつ。

 これで涼しい顔をしていられるヤツがいたら見てみたいもんだ。完全に悪夢じゃねえかよ、聖女さま。

 

「たまに思うの」

 

「何を?」

 

「あなたと出会わなかったらって」

 

「もうちょいマシな人生だったって?」

 

「今ほど毎日が楽しいとは思わなかった」

 

 ……そういうのこのタイミングで言うのかよ。

 映画だと退場する間際に飛び出す台詞だぞ、それって。

 

「泣かせないでよ。俺こそ、こんなに楽しい毎日がやってくるとは思わなかった」

 

 俺は袖から天使の剣を。

 夾竹桃は手袋の下に隠し持った五色の毒の爪を曝す。

 

 

「とりあえずなんとかやろう、いつも通りに」

 

「そうね。いつも通り、出たとこで」

 

「ああ、出たとこで。暴れてやる」

 

 睨みあうように膠着していた場から、キャスリング・ターンがそのまま開戦の合図になる。

 前後の配置が反転、眼前に立ち塞がったカツェとクエスに一剣一銃の構えを傾ける。

 

「きゃはははははははは! いいぜ、そうこなくっちゃなぁ!」

 

「またやりたいってなら付き合ってやるよ! 血生臭ぇミレニアムバトルになァ!」

 

 

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