足音と喘鳴を頼りに狙いをつけたXDが悲鳴のように音を連ねる。
どうして猟犬が出てくる‥‥‥
よりによって地獄の猟犬だとふざけんじゃねえ!
どうする、猟犬の群れだ。聖油と眼鏡、塩、グーファダスト‥‥‥考えろ、考えろ‥‥‥っ!
「どうして地獄の猟犬が見回みたいなことしてるのよ‥‥‥!」
「匂いを覚えられたら地の果てまで追ってくる! ちぃ、9mmじゃ止まらない!」
連中は目には見えず、生物の枠から逸脱した鋭利な牙と爪を携えた俺にとって最低最悪の忌むべき──怨敵。
無尽蔵なスタミナと一度嗅いだ匂いは忘れずどこにいようと追ってくる。
「走れ走れ、走れぇッ!」
距離を縮めてくる忌まわしい足音を振り払うように引き金を引く。
記憶の中の猟犬の大まかな輪郭と足音鳴き声から位置を推測して弾を必死にぶち込んだ。
黒とすら言っていいのかも分からない禍々しい色の血が、鉛弾に抉られたことで石畳に飛び散っちゃいるが忌まわしい鳴き声は耳に響き続ける。
見えなくても分かる、3匹や4匹どころの話じゃない。もっと集まってる、片手の指じゃまず足りない数が、来てやがる‥‥‥!
地獄生まれの生き物だ、地上の犬や狼なんかとは話が違う。人が生身の足で逃げようとして振り切れる相手じゃない。
距離は最後に殺され、下品な牙と爪で肉を裂こうと飛びかかってくる。
掴まれば最後、地獄行きだ。
あのときみたいに────
「──雪平ッ! 火を貸して!」
「火って‥‥‥おいその眼鏡どうした!」
「あの子の眼鏡よ!」
「ジャンヌのか!?」
「今は非常事態。非常事態には非常手段‥‥‥!」
──
恐らくUV加工のお高そうなレンズに降りかかるのは‥‥‥どこに聖油なんて隠し持ってたんだよ。
「IMFの教えかよ、なんでも備えとくもんだな!」
ハンターにマッチ、ライターは必需品。
幽霊には塩をかけて遺体を燃やす、人食い鬼やチェンジリングみたいな火に弱い怪物には武器になる。
──ブックマッチ、照明弾? 違う、ジッポライターだ。こいつが一番早い。
走りながら夾竹桃がジッポライターでレンズを炙ってる間にも連中は足を止めない。夢の中だからってXDのスライドは弾が切れればいつものようにロックがかかる。
銀弾は、切れてる‥‥‥ちくしょうが!
「眼鏡貸してくれ! 時間稼ぐからその間にお前は塩とダストでバリケードを!」
「終わったわ、ほら!」
「出入り口は全部塞げ! 適当なところですべり込む!」
「あとで会いましょう」
俺は塩とグーファダストの瓶、夾竹桃は眼鏡をほうり投げて交換。
黒髪を靡かせながら走る夾竹桃を先に行かせて体を完全に反転、弾倉をねじ込みながらレンズもフレームも焦げた眼鏡を両目にかける。
人間が地獄の猟犬の姿を見る方法は二つ。
悪魔と取引して魂を担保にするか、あるいは天使を閉じ込める聖なるオイルで炙った眼鏡をかける。
犬とは形だけのグロテスクで下品な姿が今度こそ眼鏡を通して可視化する。
見えてるだけで数は‥‥‥9、10‥‥‥11。ふざけやがって、よりにもよって俺に、地獄の猟犬を‥‥‥
「どこの誰か知らねえがドジッたな‥‥‥そう来るなら上等だぜ。恨みはある、この上ないくらいにな」
肺に残った息を吐き切る。
疲労がそのまま憎悪に変わり、渇ききった笑いとルビーのナイフを握った指先に力が入る。
地獄の猟犬、たしかに俺の手足も中身もぐちゃぐちゃにしてくれた怨敵だ。声を聞くと未だに全身の毛が逆立つ、意識があるまま体の中も外も爪でぐちゃぐちゃにされた。
痛いとか気持ち悪いとか、そんなもんじゃない。
リリスの飼い犬。ルビーの器に入り込んだ悪魔の親玉の前で俺は全身を裂かれた、最低の記憶だ。
だが‥‥‥それ以上に地獄の猟犬は──
殺してくれたんだ、お前らは。
ジョーとエレンを────血の関係を越えて二人は家族だった。他に言葉はない。怨嗟しかない。
「悪趣味な試練はもう打ち切りだ、てめえ等の血ももう必要ねえ。グロテスクなペットはぁ! 地獄に帰るといいねぇ!」
親父がいなくなったあの日から、何度も一緒に血まみれになってきた銃だ。殺傷圏内になればXDは狙いを外さない。
真っ赤に光る双眸を9mmで穿ち、ルビーのナイフを頭に突き立ててまずは先行してきた一匹を沈黙。地獄の扉を閉めるのに必要だった、その血を壮大に石畳に撒き散らす。
炎をくべた釜のように不気味なほど明るい口の中にもXDが撃針を撃ち、二匹、三匹目‥‥‥狙いをつければ9mm口径でも動きは止まる。
そして、ルビーのナイフの切れ味はこと地獄産にはこの上ない。
「触れなば切らん‥‥!」
ここにはいないかなめから恩恵を乞うつもりで、クルド族に伝わるそのナイフを一刺し。振り抜いた刃を銀色から禍々とした色に染める。
これで4‥‥‥まとめて来るならこい、一斉にとびかかってくるなら全員血祭りだ。アルテミスのナイフも合わせて串刺しにしてやる。
いける、刻印がなかろうが悪魔の血を飲まなくても猟犬の群れを足止めできてる。あとは夾竹桃が張ったバリケードの中で次の手を考えりゃいい。
戦術立案はイ・ウー研鑽派の得意技だ。
いける、なんとかなる、そうやって必死にぐちゃぐちゃになりそうな頭をなだめてた。
そんなことにはならない、大丈夫だって言い聞かせてた──納得させるように。
「いつだってそうさ。賢人やハンターってのはどの時代でも噛みついてきやがる」
こんなときに新手──自然と打ちかけた舌が、喉が止まり、詰まる。
聞き覚えのある声、それが発せられた途端騒がしかった猟犬の足音が止まる。それはまるで飼い主の命に従うように、
「お前‥‥‥」
息を呑みそうになる程度には予想外の顔だった。
鱗に覆われた爬虫類の長い尾、先端は針のような鋭い毛が広がり、明らかに人間が持つ器官じゃない。
肌を大胆に露出させた略鎧とマント。
おまけに派手なヒールのブーツと深紅のマニキュアはまるでRPGゲームから飛び出したような浮世離れした格好。
スカイツリーで横槍を入れてきたあのときから何も変わってない。理子に言わせりゃネトゲのイベント会場と間違えてやってきた女。
「関係ない業務にしゃしゃり出て、いつもあたしの尻尾を踏んでいく。お前の扱いを考えた、来なきゃそれでいい、けど来たら丸焼き。ってことでしゃしゃり出てきたお前は丸焼き──餌だ。いまは
「おお怖っ。あのときバラバラにされときゃ良かったのにな、肉が欲しけりゃチキンブリトーでも買ってやろうか?」
竜の魔女ラスプーチナ。
ああ、覚えてるよ。スカイツリーでヒルダと理子の因縁にいきなり横槍を入れてきた信心深そうな魔女。
その癖、ココと同レベルの守銭奴だ。
悪趣味なテーマパークから帰ってルシファーに体の主導権を渡していたときの記憶だが、姿も声も慇懃無礼な態度も頭に焼き付いてる。
態度がでかいだけじゃない。炎以外にも多様な魔法を操り、中遠距離どちらにも多くの引き出しを持ったヒルダでお馴染みの魔女と獣人のハイブリッド。
「んで、このテーマパークにどうやってジャンヌを連れ込んだんだ? 丸焼きにする前に聞かせろよ、でないと気になって墓から抜け出しちまいそうだ」
「コヴェンの連中から買い取ったのさ、新しい玩具は使いたくなるだろ? 兎は跳ねる、泥棒は盗む、魔女は魔法を使う、そういう生き物なのさ」
一応の確認だったが、こいつで確定か。
コヴェン‥‥‥ロウィーナもかつて身を置いていた魔女団体。主導者も消えて空中分解したはずだが残党からまじないをあるいは魔導書単位で買い取ったか。
いいさ、入手の経路はどうでもいい。
「良かった、ジャンヌを探さなくても解決策が見つかった。仕事の邪魔をされた腹いせついでに新しい玩具を試した、だが間違いだったな。さっさとまじないを解け、今度はスカイツリーのときとは違う、見逃さない」
「解きたきゃやってみなァ。お前だってもうわかってんだろ、『忘却』の魔法と一緒さ。この手の魔法を解くにはかけた魔女を潰すのが手っ取り早いって。それにせっかくやってきたお前らへの復讐の機会‥‥‥粗末にすんのは勿体ねえじゃねえか」
好戦的な笑みと声色で、矛を納めるなんてありえないって顔でラスプーチナは十字架に祈る。
「──罪深き者たちに、慈悲深き死を」
罪が深いのは認めるが、残念なことに神には与えるべき慈悲も慈しみもない。
「いつもそうだ。我らの神はろくでなし、そこだけはルシファーとも意見があった」
物騒な祈りに吐いて捨てる。
ここだ、猟犬を制したのは話をする為なら仕掛けるのはヤツの口が動いてる間しかない。
ここは夢の中、ラスプーチナを制圧したところで現実のあいつにまで影響は出ないにしても、ここにいるあの女を仕留めればまじないは解ける。
▽
鎧の外、剥き出しの肌へ一瞬で狙いをつけ、XDが短く火花を散らす。
猟犬を用意し、舞台を整えてから顔を見せた。なら先制までくれてやる必要はない。
「ヒャハハ! やる気だなぁ!」
会話を唐突に切って仕掛けちゃみたが、ラスプーチナはまるで俺が鉛を弾くのを読んでいたように鎧の肩当てを差し出した。
肌を抉り取る弾道で進んでいた弾は、すべて鎧の側面に着弾し弾かれる。口角を持ち上げたラスプーチナの笑みから察するに、どうやら見てくれだけの安物じゃないらしい。
「お手並み拝見といくかぁあ!」
スカイツリーのとき同じく魔導書を開くや赤い炎が二つ、縦に並んで線を引く。虚空に開かれた赤い線は弧を描き、できあがったのはそれは‥‥‥炎の輪。
いや、輪なんて優しい表現じゃない車輪だ。
形を見れば次にどうなるかの予想はつく、神崎の身長程度はあろうかという縦幅の車輪は一直線に俺へと飛来。
速度も加速に乗った自転車程度はある、入学式にキンジが全力で扱いだ爆弾付きの自転車とどっちが速いかな。
だが、見た目のユニークさとは裏腹にあの熱量は本物だ、かすりでもしたら笑えない。
石畳を蹴りつけ、直進してくる輪を斜め後ろに置き去りにするような角度で疾駆、熱気から逃れつつXDを引くが──
ワイヤーで吊るしてんじゃないかって高さにラスプーチナは魔法のアシストで跳躍、鉛弾は誰もいない虚空を切る。
「ちっ、これじゃ経費の無駄使いだ‥‥‥!」
「ひゃはは、当ててみろよ。じゃきゃ、こっちから行くぜ!」
駄目だ、あの魔女には9mmじゃ届かない。
手札にあるオカルトグッズであの魔女を仕留められるのは‥‥‥ウサギの足でもくすねとくんだった。
「
背後から短い遠吠えが聞こえ、下がろうとした足が止まる。前の魔女だけでもやかましいってのに後ろの猟犬まで自由になりやがった。
UKの賢人たちも猟犬を仕込んでたが魔女にまで尻尾を振りやがって‥‥‥見境なしか。
「丸焼きが嫌なら生のままいくかァ? リヴァイアみたいになー!」
「今のうちにほざいてな。ルシファーを通して俺はお前の戦いを一度見てる。つまり、お前の手のうちもある程度は把握してるってことよ」
スカイツリーでの戦いで手札を見せていない俺と違ってな。
前後に挟まれた以上、どちらかに背を向け続けるのは賢くない。たとえば一人でヴァンパイアみたいな複数で行動する怪物と対峙したとき、生命線は自分の視界だ。
単身で乗り込みがちなクレアにはそう教え込んだ。
──可能な限り、敵全員を視界におさめられるような位置を取り続けろ、ってな。
数が負けてれば常に不意を突かれるリスクが付き纏う。死角から首を狙われたらそれだけで人間はお陀仏だからな。
「おいおいなんだなんだ、こりゃまた忙しく動き回るじゃねぇか!」
手練れの魔女であるラスプーチナと猟犬に裏をかかれない立ち回り、そんなもん不可能に近いが忌々しいアバドンも言ってたことだ。
「部が悪いのは仕方ないとして、リスクは減らしておく」
いくら9mmって言ってもばら撒けばすぐにスライドは落ちる。
ホールドオープンしたのを見るやミサイルみたいな速度で残りの猟犬が突っ込んでくるが、俺も手数と引き出しにはそれなりに自信があるんだよ。
死なない者を殺せると伝えられた『狩りの女神ーアルテミス』御用達のナイフを撒くように投擲。
ただ切れ味が鋭いだけのそこいらのアーミーナイフとは別物、本物の異教の神が手に取っていた刃物はたった一本の一刺しでグロテスクなペットの動きを止める。
「いいモノ持ってんじゃねえか、そいつもどっかでくすねたのかよ!」
「拾ったんだよ」
手持ちの四本がそれぞれ一匹につき一本、仕留められちゃいないがカウンターを貰った猟犬の足は勢いを失い、失速。
さすがだぜ、アルテミス。これで距離を離すのには苦労しない。
「美人の女神に、助けられたときにな!」
鉛が嫌ならこれでどうだ、常識の外から奇襲を仕掛けるのが我が家の得意技。頭と体、キャンベルとウィンチェスターのお家芸だ。
ハンター入門編、マッチもライターもなしにウェンディゴと遭遇したときはこいつを使う。
弾切れのXDをそのままに、俺は救援や危険を知らせるための照明弾を────ラスプーチナの、体をめがけて撃ち込んだ。
「‥‥‥な、っ!?」
飛び道具なんて鉛と刃物くらいだと思ってたんだろう、斜め上の代物が飛び出して魔女の瞳が見開く。
はっ、照明弾を直接ぶち込もうとする武偵なんてそう簡単には見つからないだろうよ。だが生憎と、俺はハンターと武偵のダブルワークなんでね。
「‥‥‥
明るい火種をさっきと同様に肩当てで受け、ラスプーチナの丸みを帯びた鎧の側面で弾は花火のように炸裂する。
普通ならCSI:に出てくるようなとんでもない有り様が広がってるはずだが、どうやらあの鎧は頑丈なだけじゃなく魔術的な加護も受けてるらしい。
‥‥‥照明弾を直に撃ち込まれて無傷とはな、恐れ入るよ。だが開いていた距離は、いまのでいくらか侵略できた。
「いくらでも向けてやるよ。地獄の猟犬を飼いならそうとするその根性、羨ましくねぇなぁ!」
猟犬よりも先に、叩くべきは飼い主。
つまり、先に落とすべきはラスプーチナ。距離を置いての攻防じゃ致命傷までには届かない、だから距離を消す。
ここまで飛び道具をぶつけ合ってきたがここで殺傷圏内だよ。照明弾を打ち込んだのと同時に疾駆した俺の体は、ドラゴン女の眼の前に踏み込んだ。
虚空に浮かんだ魔導書から迎撃の魔法を引っ張ってくるよりも先に、XDと交換した
「舐めんなぁああ!」
刹那、ガギィィィンッ、と鉄で鉄を叩いたような音が前置きもなく響いた。
「‥‥‥姑息な手だ」
大なり小なり手傷は負わせる算段だったんだがな。
いつの間にかラスプーチナの左手には5本の鉤爪が伸びていて、手甲に覆われていたその手で突き出した矛を力ずくで振り払いやがった。
さっきまでマニキュアを塗りたくった細い指先が見えてた、どうやってあの一瞬で‥‥‥
種を探るのはあとにして振り払った爪には赤い炎が灯り、完全に別種の武器になる。熱で焼いて傷つける爪か、笑えねぇ。縫合は許さないって?
ミカエルの槍の後釜として仕込んできたルシファーの槍は、魔王の名に名前負けしていない上物だ。
ルシファーがアマラとの殺し合いに備えて武器庫から引っ張り出してきた遺物、多少熱でやられたところで形がどうなるわけじゃない。
改めて仕掛けた体ごと弧を描くような振り払いはビデオを巻き戻すように鉤爪と交差、甲高い音が響くのと同時に視線も否が応でも交差する。
「教えといてやる、あたしはやられたら倍返しがモットーなんだ。けどあたしもお前のその目は気にいってる、綺麗な虹彩じゃねえか。だから決めた、餌にするにしても両目だけは抉り出してやる」
「お世辞がうまいね、サイコ野郎!」
残念なことに、俺の白兵戦の技術はキンジほどイカれちゃいない。ルームメイトが人間の枠をはみ出してるのに対して、俺は良くも悪くも訓練を受けたというのがすべて。
あの鉤爪ごと力任せにヤツの体を引き裂く、なんて事ができたら話が早いがリストの力はあくまで人間、できない話だ。
形状の違う互いの得物が間近で音を鳴らす、空気を引き裂くようなゾッとする音を。
引き離した猟犬が背中に噛みついたら一瞬で形成は傾く、ハンデをやれる相手じゃないってのに‥‥‥!
「おっと、そういやこれも言ってなかったな。連れの女は、体調を崩してるぜ。一足先に猟犬の餌になった」
「あ────?」
頭が割れる音がした。
「
「────
噛みつかれた‥‥‥夾竹桃が、猟犬に?
「おいおい、アメリカのハンターってのはみんなお前みたいに言葉が下品なのかい?」
うるせぇ、少し黙ってろ。
「俺の品性なんてどうでもいい、魔女殺しの弾丸もいらない、リヴァイアサンみたいに殺せないにしても動けないように首を落とす‥‥‥」
やったな、やってくれたな‥‥‥やってくれたよ、ラスプーチナ。お見事な憂さ晴らしだ。
カインの刻印があろうがなかろうが関係ない、もうどうでもいい。
それが真実でも動揺や恨み節目的のハッタリでもこの怨嗟はまとめてお前にぶつけてやる。
「言葉を返すぜ、アバズレ女。気取った姿と喋りをしていても、お前の正体は欲求不満の捌け口を間違えた頭のおかしい田舎もんさ」
「見えてるぜ、商才のある者はチャンスを見落とさない。槍の扱いなんて付け焼きだろ、それっぽく使えるように見せてるだけさ。器用なのは認めてやる、でも所詮はそこまで。あたしから離れるのが、そんなにこわいかァ!」
好戦的に女は吠える。魔女って言ってもベースは獣人、あの膂力で裂かれたら肉は裂ける。
掠ったら終わり、吸血鬼や狼男同じだな。一噛みされたら終わり、一撃で即死、だからどうしたそんなのいつも通りだ。
「やるよ、とびきりのレアカードだ。猟犬の姿が見えるぜ?」
たった一回、鋭利な刃同士のノックバックで開いた距離を巻き戻すように前へ踏み込む。聖油で炙った眼鏡を投げ付けながら。
「んなもんいるかよっ! 姑息な頭が透けてるぜ、雪平ァ!」
あからさまな誘導には視線すら揺らさず、ラスプーチナは冷静に鉤爪を俺の胸元へ振り下ろしてくるが再三に魔王の槍で炎を靡かせた爪を弾く。
長物は苦手、かなめにもそう言われた。
だから矛で貫くのは辞めだ、鉤爪は両手にしとくんだったなぁ。
「‥‥‥ッ‥‥!」
転瞬、槍を手放し、伸び切ったラスプーチナの左腕を脇で締める。魔導書から魔法を引っ張りだす為なんだろう、爪と一体になった手甲は左手のみで右手はまだ指先のマニキュアが露出してる、凶器はない。
一度はミカエルに焼かれ、虚無から戻った折に取り戻した両眼でラスプーチナを射る。暴れようと脇は離さない、猟犬を俺にけしかけたんだ。
ふざけんじゃねえ、猟犬は駄目だ。地獄の猟犬とオシリスだけは恨むなんて言葉じゃ足りない。
「すぅっ‥‥‥」
不意に力を込めていた左腕を緩め、ラスプーチナが息を深く吸う。
僅かに上がる眉、色白の喉元で微かに光るオレンジの灯──知ってる。喉にくすぶるオレンジの火種を静電気やら何やらで着火、口を通して炎を撒き散らすんだろ。分かってる。
「俺が何年、煉獄で怪物と殺し合ってたと思う? 通るかよ、そんなもん」
「‥‥‥ッ!?」
腕を縛っていない左手の人差し指と中指を立て、俺は火種がくすぶっているであろうラスプーチナの喉に二本抜手を差し込んだ。
「素手でも刺さるよ──」
そして、食い込んだ指を横薙ぎ、線を引くように柔肌を裂く。
視界に飛び散る毒々しい鮮血。皮膚を裂き、スプラッター映画さながらに指から血を滴らせて、俺は口に仕掛けられていた危険な火種を根本から台無しにしてやった。
「ご‥‥‥ふッ‥‥ころ‥‥すッ!」
前触れもなく、突然と吹き荒れた突風に体が浮かされ、逆らわずにそのまま後退。ラスプーチナが切った魔法だな、傷のわりに頭が冷えてる。
俺の指から血が滴る一方で、片手で喉を押さえてこそいるが急所を裂いたにしてはまったく衰えていない殺意が鋭い眼光と一緒に飛んでくる。
「喉に一発入れたくらいじゃ獣人は落ちないか、ヒルダを見てりゃ納得するしかないよな。あれはそう簡単に喉に一発なんて許しちゃくれないが」
殺意の眼光と喜んで視線を結ぶ。
刻印は失ったはずなのにさっきの抜手はどう甘く見ても普段の俺が出せる出力の上をいってる。
ここが夢の中だから、はたまた刻印の燃え残りが俺に味方してくれたのか。どっちでもいいがこれで喉が火炎放射器になることはなくなった。
たとえるなら有能なカードを一枚、手札から叩き落としてやったわけだ。
ざまあみろ────殺意の視線に吐いて捨てたやろうとしたときだ。ラスプーチナの体から骨が軋むような音が響き始めた。
「‥‥‥覚悟しろ。こうなるとあたしは、腹が膨れるまでなんでも食らいこんじまうからな」
長く伸びた犬歯で、手を真っ赤に染めながらも笑みを含ませてラスプーチナは言う。
「お次はなんだ‥‥‥?」
久々に使ったよ、この言葉。
物騒なことを口にしてくれたラスプーチナのビキニじみた鎧の隙間に見える肌は──ガンメタ色の鱗に変化しつつあった。
9mmを弾く鱗‥‥‥鎧の下に新たな天然の鎧を着込まれた気分だ。
‥‥‥
魔女とドラゴン、適度にバランスが取れていたのが第2態になったことでドラゴン側に傾いた。天地がひっくり返ってもここからの和解や停戦はないな。
そもそも和平や交渉、取引に準ずる行為は問答無用に駄目にしちまうのが俺たちだ。状況を好転させようとして話をするが結局悪い方向に傾く、お決まりのパターン。
「ウルルルルルルウゥゥゥ」
「所詮、コミニケーションは無理か」
皮肉に笑ってやるが返答はなかった。
もう人の言葉も届いているかのかも怪しい。見るからに狩猟本能と食欲がゲージを振り切ってるって姿だしな。
「ガァァウウゥウッ──!」
刹那──カチカチッと、歯を噛み合せたときの小気味よい音がして、次の瞬間にはラスプーチナの口から吐き出された灼熱で眼の前が真っ赤に染まる。
‥‥‥喉の傷もこうなりゃ関係なしだな。
呑気に棒立ちしてたら一瞬で丸焦げだ。
肌を焦がす新たな熱気、否が応でも瞳は見開き全身が逆立つ。
ラスプーチナ、その姿が切札なら好都合だ。
切札を飛ばしちまえば今度こそ負けた言い訳もできなくなるからな。
「来いよ、鱗を落として刺し身にしてやる。キッチンで負けたことはないんだ」