哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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Daydream―File.5

 

 

「ウルルルルルルウゥゥゥ──ガァァウウゥウッ──!」

 

 

 笑える。

 イカれた日常に疲れて、もしかしたら普通になれるかと思って海を渡った。いや、他にも大きな理由があるんだけどこの国に来た。

 

 まっすぐに伸びてるレールから、もしかしたら逸れることもできるかもと思ってやってきた。

 なのにどうだ、結局俺は今日も得体の知れない怪物と戦ってる。殺意と敵意にあふれた怪物と。

 

 でも思うのは、俺がハンターをやってなかったらバスカビールの連中とも、いまでは当たり前のように一緒にいるみんなとも出会ってなかった。

 

 だから変な話──そこは感謝してる。悔しいことに離れがたい関係をたくさん作れた。すごく、感謝してる。

 

 

「笑えねぇ。聞いてるか、先生。ドラゴンは絶滅って伝わってるけどあれは嘘もいいところだ。今回で何回目だ?」

 

 

 ふざけた速度で動く図体から、鞭のように鋭く振るわれた尻尾が風切り音を鳴らし、制服を切り裂くギリギリのところを通過する。

 皮膚同様に尻尾も色が変色し、投擲したルビーのナイフも刺さることなく明後日の方向に弾かれた。とどのつまり、あの勢いで叩き付けられたら人間の身体なんて脆いどころの話じゃない。

 

 皮膚は見た目そのまま大抵の攻撃は通さない、略鎧も合わせた二段構えとは泣ける話だ。こっちは一撃通されたらほぼお陀仏だってのに。

 まあ、実際あの膂力と発達した牙や爪を受ければ一撃もらうだけでもどうなるか、考えたくない。

 

 ヒルダ曰く、戦いは戦略と読み合いが命のチェスだとか。だが、どう見てもこれはチェスというより一か八かのポーカーだ。

 

「狙うなら‥‥‥」

 

 皮膚が通らないなら、狙いを変える。単純に弾を撃ち込んで一番効果がありそうなのは、あの殺意と憎悪が渦巻いてそうな青い眼だろうな。

 

 ‥‥‥青い眼、つまり‥‥‥青眼のドラゴンに銃を向けるのか。言葉に起こすと、やばい、かなり無茶なことをやるように思えてきたぞ‥‥‥

 倒したと思ったら、いきなり首が三つになって復活したりしないだろうな。さすがに三つの首から炎を吐かれたら手に負えねえぞ。キンジなら絶対同じこと考える、間違いない。

 

「ガァァウウゥウッ──!」

 

 咆哮に被せる形でXDを両眼へ抜き撃つ。

 第2態の変身と同時に、背後に揺らいでいた猟犬の気配は完全に失せた。

 もう猟犬の援護がいらなくなった、もしくはあの姿になったことで従える術を失ったか。まあ、どっちにしても行幸だ。

 

 ──弾は手甲に全部逸らされちまったがな。

 

 

「──────!」

 

 反撃というには、文字通り火力の違う攻撃が跳ね返ってくる。

 口を開けば火炎放射、一撃必殺のブレスから距離を取りながら頭を回す。普通のドラゴンなら、ドラゴンの血で鋳造された剣でしか殺せないが──

 

 結局、思いついたのは一か八かのポーカー。

 生き延びる為に、今日も今日とてバカをやる。俺も便利な必殺技の一つや二つ欲しいよ。

 

 けど、無い物ねだりじゃどうにもならない。装填された弾を吐き尽くしたXDを払い、ジョーからの形見のナイフを握る。

 失えない武器を抜いたところでそろそろ綱渡りといきますか。凶眼で魔女を見据え、俺は覚悟を決めて今一度前に出る。

 小細工なし、最短距離の直線を狙ってな。

 

 

(どうする──? 尻尾で払う、爪で引き裂く、それとも手っ取り早く──)

 

 一番射程の長い攻撃──顎が持ち上がり、ラスプチーナの口の奥が明るく発光する。

 明るく強大な熱源は、いつか星枷がパトラのスフィンクスに浴びせた必殺の一撃によく似てる。飲み込まれたら最後、丸焼き以外の結果はない。

 

 それでも開いていた距離は消えていく。

 ラスプチーナの口から真紅の光が溢れ、俺の足は前に。足に石をくくりつけて湖に飛び込む気分だが仕方ない、突破口は水面の中にしかないんだからな。

 

 

「──ガァァウウゥウッ──!」

 

 咆哮と同時に臨界を超えた灼熱が外へ、俺の眼前へと一気に溢れだす。目には毒な明るさと、肌を焼く熱気が進路を防ぐ。

 ベギラゴン、ブラストバーン、それにマハラギダイン──物騒な名前が嫌でも浮かんでくる。

 

 だが避けるしかない。ラスプチーナが頭を揺らし、ゴジラさながらに熱線を横一文字に払おうとする。

 逃げる、一撃で肌を丸焦げにする火炎から全身全霊で俺は逃げる。ミスればお陀仏、奈落に真っ逆さまの綱渡り。

 衰えない熱気は、マジで小さなゴジラやガメラを想像しちまう。誇張抜きで恐ろしいよ、竜の魔女──第1態でも手を焼いたのに第2態なんてお手上げだ。

 

 だから俺も、姑息な手を切らせてもらう。

 彼女の熱線は、魔術じゃない。体の器官と化学反応を利用して着火させるれっきとした仕組みがある。

 業火のブレスも次第に落ち着き、衰えないと思った熱気が消える──ラスプチーナの口から盛っていた炎が、消えた。

 

 

「────yippee-ki-yay(イピカイエー)

 

 

 その大っぴらきの口に俺はソレを投げ込み、いつものように悪態とお決まりの言葉を添える。。

  

 

「───?」

 

 空気と一緒に吸い込んだその遺物に、鎌首をもたげてももう遅い。

 意趣返しってわけじゃない、通用しそうな手がもうそれくらいしか残ってなかったからな。

 

 

「ネプ ヘヌア アーク イル セトゥ ウレル ネフェリーーー」

 

 頭の片隅に置いといておいた、ロウィーナ直伝のその言語を読み上げると炎が溢れていた口から、血が溢れていく。   

 ゆっくりと、言葉を紡ぐに合わせ、無視できない出血が第2態のラスプチーナを襲い始める。

 

 もがいても発生源は既に体内深く。

 どうにもならない。

 

 

「ーーアメノファス。なんでも咥え込むからだ」

 

 

 呪い袋。飲ませたのは動物の骨やら薬草やらを集めて作る魔女御用達の呪いの道具。

 引っ張り出した言葉は数百年を生きたスコットランド魔女直伝の()()だ。

 

 対処できるもんならやってみろ。

 本人が言ってた、もう誰も覚えてない博物館行きの呪いだってな。吐き出しでもしない限り、簡単には打ち消されない。

 

 

「……っ……!」

 

 藻掻くように震える爪も、さっきの膂力も鋭さもない。

 やがて瞳からも出血が始まり、ラスプチーナの体は石畳に伏せる。鱗は元の白い肌に還り、獣人の側に傾いていた姿も第1態にも戻ってる。

 これがもし現実で、もっと命への緊迫感があればお前も通さなかっただろうよ。けど再戦は懲り懲り。

 

 

「できれば、これっきりの縁になりたいね」

 

 呪い袋を口に押し込むなんてもうたくさんだ。

 まじない担当は俺じゃなくサミーちゃん。竜の魔女、今度もし縁があったらキンジにそのときは譲ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 忘却の魔法と同じ、ラスプチーナはそう言った。

 忘却の魔法は言葉のとおり、記憶をなくすまじない。徐々に記憶を抹消していく実に悪趣味な魔法、解くにはかけた術者を殺す、制圧するしか方法はない。

 

 これと同じと考えるなら、隣で完全に意識を失ってるラスプチーナがジャンヌを昏睡状態に落としたこの魔法を維持しておくこともできないはず。

 それにしては、やってきたのは新しい足音。夢に入ってから初めて見る顔だった。

 

 

「魔女を呪う、いつでもあなたたちは無茶をやりますね。動きが読めない」

 

 黒髪、ツインテール、見覚えのない制服とアナウンサーのような清涼な声、アジア系の美女ーーさすがに材料が揃いすぎてる。

 初めて見る顔だが、彼女の容姿は欧州から戻ったキンジが口にしていたものと見事に重なってる。あれでも探偵科だったな、そういえば。お見事、見事な分析だ。

 

「‥‥‥魔剱か。最後の最後にジョーカーがやってくるとはね」

 

「キリ・ウィンチェスター。それとも雪平切と名乗りますか? いまのあなたは、どちらでしょう」

 

「初対面でいきなり推理ゲームか。シャンパンふらふら男とでも呼んでくれ」

 

「‥‥‥」

 

「駄目か、本土じゃウケたんだけどな。答えるからスカートの下にある物騒なもんはしまっといてくれ、できればだけど」

 

 少し呆れていた表情が、微かに目を大きくする。

 スカートの下、カナの蠍の尾と同じ原理だな。バラバラの金属片にして秘匿し、戦闘になったらワイヤーか何かで連結させて武器にする。

 

「‥‥‥怖い目ですね。あなたの目は、いつだって私を見通してる」

 

「観察は尋問科の嗜み、初めて会ったわりにずいぶん親しげに言ってくれるな。てっきり、気持ちを胸にしまいこんだ上で防弾チョッキを切るようなタイプかと思ったが」

 

「まもなくこの夢も終わります」

 

「というと、このままクランクアップ?」

 

「何もせずともこのまじないは楔を失って消滅する。そうなる前にきたのです。あなたと話をするために」

 

 端整な顔を、しかし表情は変えずに淡々と原稿でも読むように彼女は続ける。

 ‥‥‥なんだ、なにか違う。ここが現実じゃない夢の中ってことを加味してもこの子は、カツェやパトラとは、あの魔女たちとは何か違う。

 匂い? 纏う空気? 妙に、違和感をくすぐられて仕方ない。

 

「無知は幸せだけどいつか噛みつかれる。君の気を惹けるようなこと、俺なにかしたか?」

 

「キリーーええ、キリ・ウィンチェスターと呼びましょう。大天使ガブリエルの器、アラステアの教えを受けし者、最初の殺人者カインの末裔ーーあなたはハンターとしての自分に、何を求めるのですか?」

 

 首を僅かにもたげ、そんなことを聞いてくる。

 違和感は、どうやら間違いじゃなさそうだ、

 

 

「お前‥‥‥何者だ?」

 

 誰彼構わずにそんなこと話しちゃいない。

 アラステア、ガブ、カインーーその全部の話を纏めて知ってるヤツなんて限られてる。そしてこれまでの記憶にこの女と関わった記憶なんてない。

 

 得体が知れない、どこまでも得体が知れないって言葉がしっくり来る。

 

「人は、越えてはいけない一線を決して越えてはならない。どうかあなたにはその信念を持ってほしい、あなたと遠山キンジはーー踏み越え、すべてを歪めてしまう」

 

「歪んだ信念かもしれないぞ、それは。誰かを救うためによくないことをするときもある、武偵やハンターなんてそういう仕事だ。それが正義かどうかは抜きにして、踏み越えるしかないときもある」

 

「‥‥‥命がけで何かをするのはその先にある目的の為です。命を懸けること自体にそれほどの価値はありません、お忘れなきように。あなたたち兄弟はーー少々叩き売りがすぎます‥‥‥」

 

 使えそうな賭け金が他にないから、そう言ったらまた難しい返しが飛んできそうだ。

 表情が読みづらい、まるで実体のない霧でも見せられてるように心も、頭も見通せない。不気味ーーというよりは、不可解だなほんとに。

 

 突如、欧州での戦役に現れた手練れ。

 バチカンやメイソンの情報網にもヒットしなかったその名のとおりの正体不明。 

 

「覚えとくよ、実行できるかはさておいて」

 

「良かった、ではこの会話にも意味があったということですねーー」

 

 まるで話を強引に切り上げるような物言いは、そのスカートの下にあった下半身が消えていたことで悟らされた。

 目線を下げれば俺の手も透け、肌色が霞んでる。とどのつまり、退店の時間か。この夢から。

 

「いいところでーー俺からも聞きたいことはあるってのに。あんた、まじないが解けるタイミングも計算して現れたのか? だとしたらお利口だ」

 

 後ろ頭を掻き、してやられた気分になる。 

 

「一応これだけ知ってるなら聞かせてくれ、ジャンヌや夾竹桃も目を覚ますんだよな?」

 

 魔剱は無言だが、小さく頷いてくれる。

 本質は優しい、優等生の感じなのかな。学生としての一面より魔女の一面がスペースを取りすぎてるが。

 

「よかった。じゃあ、これだけって言ったが付け加える。これは俺の独り言。昔、俺のじいさんが1958年のイリノイ州からモーテルのクローゼットにタイムトラベルしてきた、古風なまじないを使って」

 

 下半身は完全に消え、まるで成仏する前の幽霊みたいに魔剱の体は透けていく。

 

「カイラって子が死んだ。けど最近、こことは違う世界で生まれた別の次元の彼女と会った。次元を飛び越えてわざわざやってきたんだと。回りくどいけどようするに、あんたからはなんでか二人と似たような気配を感じる、なんというか、そう、勘だ」

 

 俺だって大戦中の潜水艦や西部劇。兄貴とルビーが結婚してる世界、ミカエルが荒れ地の王様になってた悪趣味なテーマパーク、タイムスリップや異世界旅行は何度もやってる。

 

 それを踏まえて、もう消えかけの魔剱に俺は聞いた。答えてくれる保証なんて欠片もない問いを。

 

 

「お前、どこから来たんだ?」

 

 

 魔剱は、もう消えかけたその顔で、最後だからとばかりに微笑む。

 

 

「あなたの進む道のりは、これからもあなたを蝕むでしょう。また会いましょう、ウィンチェスター。いつか、やがて、どこかでーー」

 

 そして清涼な声を追うように、俺の意識も悪夢の中からとけていった。

 

 

 

 

 

 

「おい、マジかよ! 『サラマンダー』だって!?」

 

「えー、なになにその反応〜。キリくんの大好きな爆発音たっぷりのアクション映画じゃん」

 

「違う、火を吹くドラゴンと人類が生存をかけて戦う映画だ。俺は火を吹くドラゴンと戦ったばかりなんだぞ、心臓に悪すぎるなんでサラマンダーなんだよ!」

 

「いいじゃないの、私は好きよその映画」

 

「ヒルダ、見てないのに見た前提で援護射撃するのは大罪だぞ! 一応一瞬だけ同族だったんだ、するなら俺を援護しろよ金髪吸血鬼」

 

「‥‥‥えっ、ちょっと待ってね。夾ちゃん、いまとんでもないこと聞かなかった?」

 

「まだ血を飲んでなかったら吸血鬼から人間に戻る方法があるの、荒療治らしいけどね。巣を壊滅させたって」

 

「肉を焼きながらする話じゃなくてよ。ジャンヌ、いいものを持ってきたわね。高貴な私、一級のものにこだわるその姿勢は好きよ?」

 

「吸血鬼がトング握ってるなんてアルファが見たらどう思うかな。どう思う、ジャンヌ?」

 

「私は魔女だぞ、魔女がハンターと肉を焼いているのはありなのか?」

 

「それを言っちゃったらおしまいだよ。理子もそうだけどさ、ここにいる全員、最初はキリくんの首を落としにいったんだからね。でしょ?」

 

 

 神崎とキンジが緋緋の件で留守にしている我が家。

 本来は同居人不在でいつもより広く感じるはずなんだが渋滞って言葉が浮かんでくるのはなんでだ。

 

 たしかにおしまいだよ。

 魔女、吸血鬼、俺の首を落としにきた暗殺者、一悶着あった連中といまなにしてる? 映画見ながら焼き肉だ、しかも吸血鬼がトング握ってる、マザーやアルファが見たらどう言うか。

 

 ヒルダと守備役をやってくれていた理子は、肉を焼いているということでいつも以上に饒舌だ。

 

「みんな、焼き肉にすべてを賭ける覚悟はある?」

 

「Hooyahーーじゃないよ! 腕組みしてかっこよく言ってもただの焼肉奉行じゃねぇか!」

 

「ちぇー、ノリ悪いなぁー。でも万年金欠のキーくんがいないときに焼き肉なんてさ、バレたらキリくん怨まれちゃうかもねー」

 

「そうだ、あいつ食い物にだけはうるさい。しかもやたらと鼻が効く。夾竹桃、帰ってきたらどんな顔しときゃいい?」

 

「笑ったら?」

 

「なにか企んでるってバレる」

 

「じゃあ笑わない」

 

「何か隠してるってバレる」

 

「お手上げね、揉めないうちに真実を話すことを勧めるわ。堅実なのは秘密を隠せる人間より、秘密を持たない人間」

 

「そんな殺生な‥‥‥噛みつかれるって分かってて手を口に突っ込むようなもんだ」

 

 お前そんな‥‥‥正論で殴って楽しいか?

 肉なんて全然食ってないはずだからキンジのやつ絶対に荒れるぞ。

 

「コンビ芸だねー、それが最強ネタ?」

 

「持ちネタのなかではいいほうでしょうね」

 

 理子、ヒルダ、一緒にメイド喫茶に行くだけあって随分と距離が近くなったもんだ。一緒にココの部下たちも足止めしたしな。

 

「ならベーコンでも焼いてやれ、カリカリに。できればオーガニックがいい」

 

「ベーコンか。いいぞジャンヌ、それでいく。ベーコンはいつだって裏切らない」

 

 ベーコンチーズバーガー、人類の叡智だ。

 さすが戦術立案のエキスパート、冴えてる。

 

「ベーコン。朝からハンバーガも問題なしの貴方に質問。ちなみにコレステロール値を調べたのは?」

 

「お前なぁ、肉を焼いてるときにそれ聞くか? ありえんだろ、先月だ」

 

「250、275」

 

「そんなにない」

 

「300なら次の運転手を探す」

 

「残念ながら俺とドライブするしかないな、先は長いらしい170だ。ベーコンとお前は腐れ縁」

 

 

「理子、なんだその顔は?」

 

「うん。先週もドラマで見たんだよね、倦怠期の夫婦喧嘩」

 

 

 まあ、こうやってジャンヌは目を覚まして俺も夾竹桃も無事に生きてる。今回の狩りは、これ以上ない綺麗な幕引きだ。文句なし。

 

「でも真実だったわね」

 

「なにがー?」 

 

「真夜中以降、路地裏でいいことが起きたことは一度もないって話よ。地獄の猟犬に追われた」

 

「ラスプチーナもあざとい」

 

 夾竹桃が血まみれになった、あれは半分が嘘で半分が本当だったらしい。なんでも俺と別れてからは別働隊、他の怪物やら魔女やらに襲われて手が離せなかったとか。

 なんとも都合よく分断されたもんだ、一人ずつ片付ける予定だったんだな。ラスプチーナのプランでは。

 

「お前は大丈夫だったの? リリスーー彼女の猟犬に一度は体を引き裂かれたのでしょう?」

 

「ああ、だからさっきからやってるだろ。別に動じてないよってフリをさ」

 

「あー、動じてないつもりだったんだぁ」   

 

「まあな、うまいだろ隠すの」

 

「理子がお疲れ様の膝枕してあげよっか?」

 

「ありがとう、理子。でも気持ちだけで、いつかキンジに取っとけ。それに肉を食べる前に、多分気持ちよすぎて寝ちまう」

 

「やんわりと断るのがうまいねー。ダンスパーティもそれで断ってたの?」

 

 理子からの膝枕、あとから甘えとけばよかったって後悔しそう。ミスったかな。

 

「タンゴの話か?」

 

「タンゴの話ね」

 

「その話ははなし。サラマンダー見とけ、サラマンダーを。来たぞ、最初の山場のシーンが来た。人類の反撃だ」

 

 どうでもいいことを忘れない魔女と蠍の視線を、テレビの中で暴れてる竜に促す。

 夜はよく見える、朝も、ただし薄明かりの時間にはサラマンダーの目はよく見えないーー他人の狩りを見てるみたいでなんか複雑だ。

 

 

「私だけかしら、タンゴーー全部聞きたいわ」

 

「話題を変えようとした俺の頑張りを踏みにじるな。その肉は俺がもらうーー」

 

「なっ‥‥‥無礼者ッ!」

 

「ウチにテーブルマナーがあると思ったか?」

 

「隙ありぃ、クロス・サクリファイス! よってキリくんのお肉は理子のものとなる!」

 

「待ってッ!?」

 

 ヒルダが育てていた肉を強奪、したのも束の間俺の手元から盗まれてしまった。そういや、峰理子ってのは凄腕の泥棒だった。

 

「まるで地獄だな、肉の奪い合いとは」

 

「わざとハードな言い回しにするのやめろ」

 

 ジャンヌ、笑顔が綺麗なのに言ってる言葉が笑えない。ああ、美味そうに食いやがる。何やっても綺麗な構図になるのは、世の中アンフェアだよな。

 

「理子、そんなに空腹だったなら先に言え」

 

「聞かないんだもん」

 

「あのな、人間はなにもかも質問するなんてとても無理な話なんだぞ。世界にはいくつ質問が分かるか?」

 

「んー、8つ?」

 

 駄目だこりゃ、コーラ飲もう。

 

「ヒルダ、レバノンのアラック」

 

「あるわけないでしょう、お前は一応学生なのだから炭酸飲料で我慢なさいな」

 

 分かった、コーラにする。イチゴ牛乳、ワイン、レモンティー、みんな見事にバラバラなのがグラスに浸ってる。

 率先して空腹なのを否定しなかった理子は、グラスを揺らし。

 

「じゃ、何に乾杯するー?」

 

 

「生きていることにするわ」

 

 

「私もだ。今日もまだ息をしてることに、今回のみなの助けに感謝する」

 

 

「Fii Bucurosーーイカれた夜に」

 

 

「家族に乾杯」

 

 悔しいけど、願ってるよ。

 またこの楽しい夜が、きますように。

   

 

 

 

 

 






章完結です、ありがとうございました。


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