哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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番外編(過去編)
狩りの女神(前)


 

 

 

 

 最悪な死にかたってなんだと思う?

 大蛇に丸飲みされるか、ホオジロザメに食わわれるか。パニック映画を見てると、どっちもろくな最後じゃない。

 

「なあ、言いにくいんだけど──君はプロメテウスだ」

 

 その神についての記述を一通り語ると、サムはノートパソコンの画面を話題の渦中にいるシェーンに向け直す。そこには鳥に肉を抉られているプロメテウスの写真と、さっき語られた記述が並んでいる。

 

 シェーン、彼がプロメテウス。いまは妻も子供もいるが彼は紛れもない神。

 いきなり自分が神だと言われても、大抵の人間は、普通は信じない。突然を通り越して、例えが見つからないカミングアウトだが、彼は冷静に一度だけ深く息を飲むと、

 

「だとしたら、出来るだけ家族から遠ざからないとな」

 

 冷たいまでに、冷静に言葉を吐いた。怪訝に顔を歪めたディーンは、問いかけるのを躊躇わなかった。

 

「七歳の息子がいるって分かったのに離れてしまっていいのか?」

 

「僕はそのプロメテウスって神で、ゼウスとその娘に狙われてるんだ。君たちが冗談を言ってないのは分かる。仕方ないだろ?」

 

「分かった。僕らが手を貸す、計画を立てよう。でもここじゃ立てられない」

 

 親としてはそれも確かに正しい判断かもしれないが、ここまで関わってそれを許すわけにもいかない。関わると決めた以上はとことんやる──まあ、いつも通りに。

 

「どこに行く?」

 

「安全な場所だ」

 

 つまり、賢人のアジト。あそこなら世界各地の神話やまじないについての資料や文献が残されてる。

 俺たちのじいさん──賢人と呼ばれる人間たちは超常現象の研究と記録に長い時間を費やしてきた。そしてその膨大な記録が現在の俺たちの住まいを兼ねた賢人のアジトに残されている。あの本の山を漁りさえすりゃ、ゼウスの呪いの解き方も見つかるだろう。

 

 少なくとも、このモーテルで立ち往生してるよりは問題解決の芽がある。

 昨夜みたいにアルテミス、ゼウスの娘が襲ってこないとも限らない、ディーンが言ったとおりだ。ここにいるよりは遥かに安全だ。そう思った矢先に新たな問題はやってきた。

 

「どうしたんだ……?」

 

「落ちたの……!」

 

 険しい顔でヘイリーが動かないオリバーを抱えて、部屋に押し入ってきた。微かに見えたがオリバーの瞼は閉じ、まるで反応が見えない。頭部からは転落の際に負ったであろう出血、サムがテーブルの上から携帯を取る。

 

「救急車を呼ぶ」

 

「いいえ、ダメよ」

 

 自分の息子のことでありながら、即答した彼女に俺は眉を寄せる。

 

「待て、流石に呼ばないと──」

 

「死んでるのか……?」

 

 俺の言葉にそれこそ静止をかけるように、シェーンがそう言った。ベッドに息子を寝かせた彼女は、悲痛な表情で、

 

「貴方が回復したらと思ってて、言いそびれたの」

 

「……オリバーにも同じ呪いが?」

 

 刹那、俺とディーンは半眼になって、頷くつもりでサムに目を合わせる。

 

「ねえ、待って。呪いってなに……?」

 

「兄貴、支度しよう。呪いが遺伝してるなら尚更だ。ここじゃどうしようもない」

 

 有無を言わさず俺は進言する。……流石は主神ゼウスの呪いだ。まさか遺伝しやがるとはな。本気で末代まで祟るつもりか。

 

 

 

 

「主神ゼウス──ギリシャ神話のボスで無茶苦茶強いのは知ってたけど、根に持つタイプとは思わなかった。これはホテルでオフ会やってた北欧の連中よりおっかないかも」

 

 レバノンのアジト。その一室にオリバーを寝かせ、俺たちはメインルームと言えるお決まりのテーブルを5人で囲んでいた。望遠鏡、書物、入口へと続く階段に周囲を囲まれる中で俺は嘆くように呟いた。今までに出会った異教の神も大抵は性格に難ありの連中だったが、今回も例外じゃないらしい。

 

 ゼウスはかの山から火を盗まれたことがよっぽど気に入らなかったんだな。うるさい連中をどかして支配権を奪ったと思ってたら、思いもよらないところから砂をかけられた。流石の天空神も怒り心頭か。まだ見ぬ神様の人物像を頭に浮かべていると、サムがベッドに寝かしたオリバーを冷ややかに一瞥する。

 

「オリバーは七歳になった途端、死ぬようになって。七歳は古代ギリシャで成人を迎える歳だ。呪いは最初から組み込まれてたんだよ、生まれたときからね」

 

「よく知ってるな?」

 

 そりゃそうだ、神話について知識や雑学で俺とディーンが敵うわけない。それにサミーちゃんは伝承オタク。俺とディーンが勝てるのは映画とドラマと女優の知識だけ。

 

 しかし、まだ七歳の子供が毎日死を体験して過ごしていくと思うと……軽口は言ってられない。古代ギリシャじゃ成人だろうが、現代のアメリカ本土で七歳はまだカトゥーンアニメを見てる立派な子供だ。この仕打ちは惨すぎる。

 

「ねぇ、聞いて。貴方を置いて、逃げ出してしまったこと謝るわ。事情が分からなくて、怖かったの。でも子供ができた。貴方の体質を受け継いでいる、この子を守りたいの」

 

 呪いのことを聞かせて──と懇願されて、俺たちはオリバーの母親である彼女に、息子とその父であるシェーンの呪いについて、そして彼の正体について今分かっていることを語っていく。最初は藁にもすがるような悲痛の表情も精々最初の10分ちょっと、途中からは案の定というかお決まりの反応だった。

 

「……分かった。じゃあ、彼は古代ギリシャの神でゼウスによって呪いをかけられ毎日死ぬ。で、貴方たちはーーゴーストバスターズ。これで合ってる?」

 

「ああ。貴方が付き合っていた相手はモノホンの神様で、火を盗んだことで主神ゼウスから呪いを受けて、貴方の息子にもその呪いが遺伝していますーー前半は当たりかな、でも後半は間違い。俺たちはゴーストバスターズって言うよりは……」

 

「グリム一族」

 

「その通り」

 

「こほん」

 

 ディーンの補足に満点をやったところで、もう一人の兄のわざとらしい咳払いに黙らされた。グリム一族ーーディーンにしてはいいところ突いてると思うけど。腕組みしていたディーンは、次こそ呆れ果てた顔の彼女に首を横に振る。

 

「一時的にでも息子が死んで混乱してるのは分かるがさっき話したことが全部だ。彼は神で、あの子は父親が受けた呪いをそのまま引き継いでる」

 

「ありえない。こんな馬鹿げたことどうやって理解するの……!?」

 

「分かるよ。僕も信じられなかったけど説明はつく」

 

 あくまで常識外の出来事として捉える彼女に対し、シェーンは達観したように呟いた。当たり前だが神話の話を現実に持ち込まれて、すんなり受け入れられる人間の方が少ない。ある日、突然目の前にアーサー王が現れて、『私はアーサー王です』ーーなんて言われて、果たして何人の人間が信じるだろうか。

 

 その点を行くと、いつかの絵画の売買をやってたあのサラって子は本当に特別だ。信じる信じないを抜きにして、最初から最後まで自分が思ってる正しいことをするために力を貸してくれた。違う出会いをしてたら、サムと本当にくっついてたかもしれない。文句なしの良い女性だっただけに残念だ。

 

「まず俺たちを信じて貰わないといつまで経っても何も解決できない」

 

「解決って、何が問題かってことさえ分かってないのよ……?」

 

「まあ、いいよ。通常この手の問題は呪いをかけた相手を呼び出して、呪いを解くまであの手この手を使うって戦法さ」

 

 妙なタイミングで昔の思い出に浸かっていた隙に、ディーンが話を進めていた。

 

「……ゼウスを、呼び出すの……?」

 

「そうだ」

 

 半信半疑の彼女に、これまた真逆にディーンは即答する。

 

「……呪いを、解かないって言ったら?」

 

「ゼウスを殺す」

 

 今度はサムが即答、彼女の目が見開かれる。そして、

 

「呪いはゼウスと共に消える。つまり、そういうこと」

 

 最後に俺が両手を打ち鳴らして、口を挟む。かけた本人が倒れれば呪いも消える。それもいつものお約束だ。話し合いが出来れば一番だが。

 

「……あはは、待って。全く分からない……」

 

 頭に手をやったヘイリーは、部屋から聞こえてくる咳の音にかぶりを振り、

 

「あの子のことはよく分かる」

 

 床を強く踏みしめる足音は、次第に遠さがっていた。やがて見えなくなった彼女の姿に、俺はテーブルの置いた瓶を持ち上げてから、同様に椅子に座ったままのサムに目をやる。

 

「ーーあれが普通の反応。サラは良い子すぎた」

 

「今は思い出話をする気分じゃない」

 

「だよな、ごめん」

 

 素直に兄に謝罪して、コーラの瓶を呷る。

 

「このまま逃げ続けて毎日死ぬ暮らしに甘んじるか。戦うかだ。俺たちはゼウスを見つけだす」

 

 俯き、何かを思うようなシェーンにディーンは淡々と続ける。

 

「君なしでもな」

 

 そのトドメのような言葉で、彼もまた顔付きを変えた。サム、ディーン、俺と順番に目をくばって、彼はテーブルを立った。

 

「ーー僕もやる。今日決断しなかった自分を恨んで残りの人生を生きたくない」

 

「決まりだな。サム、キリ、お勉強の時間だ」

 

「ああ、僕の時間だ」

 

 ディーンに促され、俺もテーブルを立つ。横目につくのは壁際に並んだ大量の本棚。かつての賢人たちがせっせと溜め込んできた非日常の出来事に関する資料と書物。この山のような資料の中からゼウスについての情報を探るーー楽勝だ。そんな俺の心中を見透かしてか、ディーンが空けていないコーラの瓶をこっちに差し出してくる。

 

「ダイヤモンドヘッドから針を探すよりマシ」

 

「だな。ダイヤモンドヘッドよりは狭い」

 

 瓶のストックを受け取り、今度こそ俺も頭を切り替える。やることは単純だ。

 

「ーーかかるぞ」

 

 自分に言い聞かせるようにして、俺は眼前にそびえる本棚の群れを睨んだ。

 

「ーーフォースと共にあらんことを」

 

「……ディーン」

 

「ユーモアは大事だ」

 

 至って真面目にディーンはそう言った。兄貴二人のコントを見るのは楽しい。仕事の最中でなければだけど。

 

「いつもこんな感じ?」

 

「残念ながら」

 

 いつもこんな感じだよーー返答しながら、所狭しと並んでいる本棚から一冊を抜いた。そこからは飲み物を燃料にして、書物を漁る時間だけが続いた。テーブルには読み漁った本が詰まれ、すぐに大きな山が出来上がった。一冊一冊が馬鹿みたいに分厚い本である上、その量も長い年月をかけて溜め込んだだけのことはある。テーブルが散らかるのは必然。

 

 とりあえず、数時間は経過した。そして、有力な情報を挙げる声は未だになし。俺は憎らしげにテーブルに積み重なっている本を睨み付ける。はぁ……まだコーラがいるな。

 

「大の男が4人、分厚い本を漁ってる。ろくでもないことだよな」

 

「軍隊ではよく言われるけど、願望と戦略は違う。リスクなくして成果なしだ」

 

「覚えときます。親父もそうだったよな、軍人は物事を白か黒かで見てしまう」

 

 こうして俺が皮肉を飛ばしては、今みたいにサム、あるいはディーンにあしらわれることの繰り返し。賢人の研究対象には天使から悪魔、魔物まで含まれる。まして探しているのはギリシャの総大将とも言われている天空神ゼウス。知名度からして、探求心の塊みたいな賢人の連中がノータッチとは思えない。全能の神ゼウスーーどこかにあるはずだ。

 

「君は飲まないのか?」

 

「何のこと?」

 

「二人はさっきからビールを煽ってる。君は見たところ、コーラしか飲んでない」

 

 横目を向けると、シェーンは分厚い本をちょうど閉じるところだった。俺は視線を読み漁っていたページに戻す。

 

「大丈夫、アルコールはなくても100%快調。もう昔のことだけど、バーの看板娘と賭けをやったんだ。俺が負けたら、今度からはビールより高いお酒しか頼まないことって条件で」

 

「もしかしてそれが理由?」

 

「フラッシュで勝った気分でいたら、あっちはフルハウス。あれは今でも覚えてる。希望を与えられて、それを奪われた気分だった。それが理由でビールは口にしないって決めてるんだ。苦いし」

 

 シェーンの反応は至って普通だ。そんな約束を律儀に守り続ける人間の方が少ない。そして俺はお世辞にも律儀で真面目な側の人間じゃない。そのバーも既に荒れ地となって、跡形もない。そして約束した彼女もーーここにはいない。

 

「それに良い女だったんだよ、ほんとに。だからなんていうか忘れられないでいる感じ。そう、彼女との約束を未だに守り続けてる自分に酔ってるって言うか」

 

 ……何言ってんだろ、俺。だが、それは他ならぬジョーとした約束だ。それは破れない。些細なちっぽけな約束だが、どれだけ月日が経とうが破れない。バカみたいな約束でも破りたくない。もうジョーには会えない、なら約束ぐらいはーーそれぐらいしかできることがないからな。

 

「ーーおい、見つけたぞ。ドラコプーロス、古代ギリシャのハンターの名前だ。たぶん、ろくでもないやつだろうな。この名前、どう見てもドラゴンのペーー」

 

「分かった、もういいよ。ありがとう」

 

 ディーンに静止をかけ、そのまま手掛かりになりそうな本もサムの手に渡る。突破口を開いてくれたのは確かなので、何を言おうとしたかは追及しないでおく。予想はつくよ、人のノートパソコンでポルノを見るような男だからな。

 

「ちなみに、あれがさっき俺が話してた彼女が惚れた相手ね」

 

「本当に? でも兄弟だろ?」

 

「本当に。彼女はフラれて、俺も彼女にフラれたってわけ。妬みも何も湧かなかったけど」

 

 ジョーはディーンに妹としか見られず、俺はジョーに弟しか見られなかった。最後はやっぱり家族って関係に落ち着くんだな、良くも悪くも。仮に二人が結ばれていたとしてもーーいや、俺が今でもジョーとの約束にこだわるように、ディーンにもリサとのことがあった。エレン、ほんとに恋愛ってのは上手くいかないよ。ふっ、まるでジョーと痛み分けした気分だ。

 

「オリバーが起きたわ。すっかり元気」

 

 足音が聞こえて、目を向けるとヘイリーがテーブルに積み重なった本を見渡していた。

 

「ーーああ、どうぞ。続けて」

 

 状況を理解したらしく、自分も空いていた椅子に座る。

 

「とにかくその、何だっけ。ドラコプーロスがゼウスと戦った記録があってーー」

 

「ちょっと待って。ドラコプーロスはゼウスと戦ったの?」

 

「そう書いてある」

 

 口を挟んだ俺に、眉を寄せたディーンを始めに全員の視線が集まる。俺は気付いてしまった。重大な事実にーー

 

「あっちは仮にもギリシャ神話のボスだ。それと戦ったなんてーードラコはろくでもないハンターじゃないって。ドラコプーロスはすごいハンターだろ?」

 

 至極真面目に、有りのままの事実を口にする。口にしたのだがーー

 

「あー、たまにやるんだ。いいよ、続けて」

 

「分かった。それで、このドラコーー」

 

「待って、名誉の為に。彼の名誉の為に俺は口を挟んだだけだから!ドラコの名誉の為!」

 

「戦った記録を賢人たちが翻訳した。お前はホグワーツにでも行ってろ」

 

 ディーンに強行突破され、今度こそ俺は口を閉ざす。ひでえ、まるで空気が読めてない大学生扱いだ。俺の扱いがーー軽い。

 

「賢人って?」

 

「秘密の組織だよ、ここがそのアジト」

 

 そして、俺を抜きに進んでいく会話。

 

「俺たちは跡継ぎさ」

 

 自慢する兄。

 

「「「……」」」

 

 沈黙する他の三人。

 

「……自慢じゃない」

 

 やっぱり自慢してなかった兄。俺が口を挟むまいと真剣な空気にはならなかったらしい。

 

「もういい?」

 

「俺が許す。いいから、やって」

 

 有無を言わずに俺が促したときには、サムが本を手に取っていた。

 

「記録にはゼウスを呼び出し、罠にかけて殺す方法が書いてある」

 

「どんな方法?」

 

「ーー木だよ」

 

 既に頭に入れたのか、ディーンが先んじて答えを口にする。質問したシェーンどころか、当たり前だが俺も初耳だ。記録によると、それは『雷に撃たれて折れた木』のことを指している。雷ってところが如何にもゼウスって感じだな。

 

「その他に二ついる。ゼウスのエネルギーの塊と、彼を崇拝する者の骨」

 

「ホームセンターで揃えるのは無理か。だが、手が届かないほどじゃない。エネルギーって閃電岩だろ?」

 

「たぶんね。雷に撃たれたってところが木と一致してる。僕はネットでゼウスを信仰してるギリシャ人を調べてみるよ」

 

 俺がコーラを呷っている間に話が纏まった。よし、次はその探し物を見つければいいんだな。これで道筋ははっきりした。

 

「雷に撃たれた木は、すぐ見つかるの?」

 

「運が良ければ。でも探すしかない」

 

 俺は空になった瓶をテーブルに置き、シェーンに視線と返答を送った。無論、この手の儀式に材料の代用は効かない。明確にゼウスを示す物が指定しされてる。

 

「待って、記録はこれで終わってる。このドラコなんとかがゼウスと戦って実際に生き残った証拠は……?」

 

「ない」

 

 彼に続いて、ヘンリーが声を荒げるがディーンは静かに首を横を振った。そして、すぐさま食い入るようにーー

 

「じゃあ、失敗するかもしれない」

 

「事実は分からないがその本はあてになる。信じていい」

 

「死人が書いた記録に命を賭けるのね。こんな……ふざけた名前の人に」

 

「翻訳が杜撰なんだ」

 

 ……そこはご先祖様一向だけじゃくて、ドラコもフォローしてやりなよ、ディーン。しかし……

 

「大したものね」

 

「お言葉を返すようだが現状他に手がない。これが気に入らないなら、あんたも本を漁ってみたらどうだ? 字が大きくて挿し絵がいっぱいついてるのとかな?」

 

 止まらない皮肉に、ついボールを投げ返してしまう。案の定、無言の彼女と睨み合いになった。刹那、サムの溜め息が聞こえてくる。

 

「そこまでだ。息子が心配なのは分かるけど、僕たちのことも信じてくれ。あとお前も所かまわずガソリンを撒くのはやめろ、まるでザカリアだ」

 

「実はあのセールスマン、そこまで嫌いじゃなかったよ。悪かったヘンリー。それで収穫は?」

 

 ついつい、彼女の皮肉に食らいついちまったが確かにその通りだ。俺たちが争ってどうなるわけでもない。こればかりはサムが正しい。俺はそこまで出掛けた皮肉を今度こそ喉に押し込んだ。

 

「見つかったよ。2つ隣の街に崇拝者のグループがあった。都合が良いことに個人のプロフィールと墓地を紹介してる」

 

「よし、三人は墓地だ。俺は閃電岩を探す」

 

 肉体労働班か、でも頭を使わずに済む。山程本を読んで頭を使ったし、今度は体を動かすか。

 

「安全運転しろ」

 

「善処するよ」

 

 放り投げられたインパラの鍵を受け取り、俺は踵を返した。

 

 

 

 ハンターと墓地は切っても切れない場所だ。人間誰しもに縁のある場所だが、この仕事をやってると普通以上にこの場所と縁ができる。無論、それは嬉しくない理由である。シボレー・インパラを飛ばして、やってきたのはゼウスの崇拝者が眠るとされている例の墓地。

 

 いつもは悪霊を退治する為に墓地に忍び込んでいるが、今回は神様を招く為に俺は墓の土を掘り返していた。当然、理由は違っても人の目を気にすることには変わりない。やってることは誰がどう見ても墓荒らしだからな。片手には土で汚れたスコップ、そして地中深く掘り起こされている地面、これで言い訳を考えるのが難しい。 

 

 幽霊退治の度にスコップを奮って早数年。ここまで来ると、穴堀りの腕前は履歴書の特技欄に書けるんじゃないかってレベルだ。とても練習方法は口外できたものじゃないが。

 

「大の男三人が真夜中に墓地で穴堀り、ろくなことじゃないな。まるでハムナプトラだ」

 

「そのうち僕らも青いバンに乗せられることになるかも、窓には鉄格子」

 

「それ、護送されるってこと?」

 

「そうなって欲しくないけど、僕らがやってることはいつも真っ黒だ。とっくに退路は燃えてる」

 

 それは言えてる。俺たちが狩りの度にやってることと言えば、どれもこれも真っ黒。さっさとやることやって、ここからお暇しよう。檻での生活はもう飽きた。

 

「カリの件は?」

 

「そっちは駄目だった。ヒートの女は相変わらず消息不明。あの女、助けてやったんだから一回くらい力を貸せって」

 

「誰の話?」

 

「カリって神のこと。ヒンドゥー教の女神で、戦いの神。昔、彼女を助けたことがあってーー」

 

「その時の恩を未だに精算しに来てない。こっちはあの女に肋骨を折られかけたってのに、あっちは手紙も電話もお礼のクッキーもなし。はっきり言うがゼウスは友達じゃない。セコンドにあの女を立てとけば、多少は交渉も楽になると思ったんだが」

 

 大方、どっかのホテルでカクテルでも嗜んでるんだろ。

 

「この件が片付いたら、みんなで豪華なディナーといこうぜ。ミートボールとチャウダーでさ。いや、やっぱり辞めた。ターキーとマンステールチーズをパンに挟んで焼く」

 

「それって、サンドイッチ?」

 

「こういうときは楽しいこと考えないと、頭がどうにかなる」

 

 半分不謹慎に思える言葉を兄に向けて返す。人の骨を掘り起こして、骨に塩を撒いて燃やしてる時点で今さら不謹慎もないか。すごいな、我ながらかなり具体的だ。且つダークだ。

 

「なぜ、こんなことを?」

 

「骨がいる。だから、僕らは穴を掘ってる」

 

「そう、墓地で土を掘り返してる。今はゼウスを呼び出す準備の準備段階。ちなみに穴堀りは八歳のときからやってる、昼寝とおやつの合間に。数少ない得意分野だ、任せとけ」

 

「そうじゃなくて、人の為にって意味さ。なぜ命を賭けて人を救うんだ」

 

 差し込んだスコップを土ごと掘り返す。三人揃って、その繰り返し。そんな合間に投げられた質問にサムは手を止めた。

 

「君だって、救うために火を盗んだ」

 

「まあ、そうだけど。何も覚えてないんだ」 

 

「君がやったことはすごく意味がある。世界中の人を、救ったんだからね」

 

「そう、あんたがやったことは大きい。ゼウスは御冠だろうが、俺たち人間はあんたの行いに救われた」

 

「だとしても、自分の息子を救えなければ何の意味もないって気がするよ」

 

 ……それはごもっとも。俺たちは何も言わず、ただ小さく頷いた。ここは現代のアメリカ本土、古代ギリシャの掟が通用しないことを見せつけてやろう。

 

 

 

 

 

 

 アジトの地下、普段はガレージとして使われている場所には赤いスプレーで今まさに魔除けが刻まれている最中だった。手慣れた手付きでサムが描いているのは呼び出そうとしているゼウスの動きを封じる為の罠。言うなればゼウス用の悪魔封じであり、床に描いた赤いサークルの内側にいる限り、ヤツは力を振るうことも外に出ることもできない。

 

 問題の相手を呼び出す前から、辺りの空気は重苦しい。相手はギリシャ神話のボス、こっちも備えがないと取り返しがつかなくなる。末代まで遺伝するレベルの呪いをかけたくらいだ、ヤツが抱いてる怨みは察するに余りある。とても交渉がスムーズに運ぶとは思えない、コルトがあるなら今すぐにでも駆け出していくだろう。

 

 俺、サム、ディーン、そしてシェーンは四方向からサークルを囲み、その手にはゼウスを伐つ為の木の杭。そして、呪いを受け継いだオリバーと彼の母親がサムの後方、ガレージの出口近くに二人で息を飲んでいる。かのオリュンポスの神を召喚する為に揃えられた材料が、鈍い金色の器に入れられ、最後の行程としてディーンがマッチの火を灯した。

 

「ディーン、最後に一応。なにか作戦あったりする?」

 

「出たとこで」

 

「ああ、いつも通りか。出たとこね」

 

 了解。手元に抱えた命綱である杭を今一度握り直す。マッチの火が落ちた次の瞬間、火は一瞬激しく燃え上がるとゆっくり器の底に消えていく。

 

「……」

 

 1秒、5秒、10秒……まだ変化はない。が、すぐにジリジリと何かを焦がすような音が聞こえ、俺たちは一斉に周囲を見渡した。ガレージの灯りが消え、一瞬で暗くなった視界で青白い光が明滅する。まるで嵐が来たときのような風が建物を揺らす轟音、そして、視界を焼くような青白い電流ーーいや、雷が部屋に乱れていく。

 

 実に、イカれた光景だった。肉眼ではまともに見ることもできない眩さのせいで、全員が腕で自分の視界を覆っている。室内でありながら、落雷の乱れる嵐の野外に放り投げられた気分だ。唯一の朗報があるとすればーー十中八九、この異常な現象を引き起こしているのがお目当ての相手だということ。

 

 これまでより1ランク上の太い雷が落ちて、赤いサークルの上に置かれた器の上で青白い柱ができる。ジリジリと危機感を逆撫でするような音を立て、ようやくガレージ内に人工の灯りが戻ったときーー既にそれはいた。

 

「かなり原始的だな。もうちょっと進んだやり方があるだろ」

 

 さっきまでは誰もいなかった魔除けの中心には確かに見覚えのない存在が立っていた。白髪、齢は50歳そこいらにも思えるが、そんな人間の理屈が当て嵌まるはずもない。

 

「それはあんた次第だ」

 

「こんな時代にまだ昆虫採集の網でハリケーンを捕まえようとする愚か者がいたとはなーー何者だ?」

 

 臆せずに答えたディーンへ、唇を歪め、眼前で不気味に笑った男は笑う。

 

 これが全知全能の神。オリュンポス十二神の一柱、その雷で全てを焼いたとされるギリシャ神話の主神ーーゼウス。

 

 

 

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