哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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途中だった番外編の残りです。
非常にお待たせしました。


呪われた町(後)

 

 

 

「ちょっと出るわ」

 

 サムとディーンが無事に持ち帰った銃の扱いをみんなにレクチャーしている最中、エレンがそう口にした。右手にはショットガン、検討はつく。

 

「ジョーを探しに行くの?」

 

「ええ、街のどこにいる。30分で戻らなかったらみんなを逃がして」

 

 銃を持ち帰る道中、二人がルーファスとジョーを見つけることはなかった。もしかすると、今の俺たちみたいにどこかに隠れているのかもしれない。たった30分、一人で探しだすにはこの街は広く、そして危険だ。

 

「分かった、俺も行く。エレン一人でノックして回るわけに行かないだろ。ジョーを置き去りにはできない、一緒に探そう」

 

「いや、僕が行く。お前は守備とレクチャーの続きを」

 

 またしても横槍を入れたのは次男だった。食いつくような目と視線が重なり、自然と溜め息が溢れる。引き下がる気はなさそうだ。食いついたら離さないって目がそう言ってる。

 

 結局、俺はテーブルから持ち上げたショットガンを兄に手渡した。サムとエレンが散策に抜けた部屋で、椅子にかけていたディーンと今度は視線が重なる。話がある、そんな顔だ。

 

「ディーン、どうかした?」

 

「店内で悪魔に襲われた」

 

「それはさっきも聞いた。無事に切り抜けたんだろ?」

 

「ナイフについた連中の血を見て、サムの足が止まった」

 

 隣の椅子についた途端、苦笑いもできない言葉が告げられる。連中の血、悪魔の血か……

 

「……パニックルームで血を抜いた。なのにまだ依存してるって言うのか?」

 

「俺だってそうじゃないと信じたい。けど、分からないんだよ。サムがサムじゃなくなる、また逆戻りするかもって一度考えたらーー止まらなくなる」

 

 悪魔の血、それを飲むことで一時はアラステアを葬れるほどの力をサムは得た。だが、その代償とばかりに人格は歪んでいき、最後には悪魔の血を求めてやまないジャンキーに堕ちた。あの血に強烈な依存性があるのは、残念だが真実だ。ルビーにはそこを突かれ、振り回された。

 

「大丈夫だよ、あれだけのことがあったんだ。あの血が厄介ごとしか運ばないのは兄貴だって学んでる。バカじゃないよ」

 

 そうであると信じたい、本当は願望だ。でも信じるしかない。もしまた悪魔の血が絡んできたら、それは決定的な亀裂を生んでしまう。ルシファーを解き放ったことでぐらついてる足場が、二人の兄を繋ぎ止めている足場が決壊する、今度こそ間違いなく。

 

「さ、レッスンの続きをやろうぜ。丸腰で悪魔の根城を抜けるわけにはいかない」

 

「……だな。ライトセイバーがいる」

 

 ライトセイバーか。武器の例えはさておき、海兵隊だって丸腰でベンガルトラには挑まない。当初の方針に従い、分担してみんなに銃の扱い方を説明していく。

 

 今だって後ろに火が迫ってる状況だ。まずはやれることやろう、目の前に見える障害をとりあえず片付ける。そうすれば、少なくとも次のターンを迎えることはできるからな。

 

「しっかり装填したか確認するんだ。安全装置はここ」

 

 教わる立場になったことは数えきれないが、その逆はとてもじゃないが慣れていない。それでも人命の左右される状況で好き好みは言ってられない。今日覚えたての銃を手に悪魔と戦う、むしろ匙を投げたいのはここにいるみんなの方だ。

 

 いや、()()()じゃないな。一人、前から銃とお友達だったって感じの男がいる。ここにやってきたとき、部屋を守っていた守備役の彼だ。シェルを装填するその手つきは、みんなに比べて明らかに手慣れてる。

 

「ファルージャ? カンダハル?」

 

「両方。戻って一年ちょっとだよ」

 

 半分正解、半分外れか。けど、保安官じゃないって予想は当たりだな。戦地帰りの軍人、どうりで手慣れてるわけだ。

 

「君も、こんな地獄によくやってきたな」

 

「置き去りは嫌いなんだよ」

 

 彼はフッと笑い、

 

「軍人だな」

 

「親父が元海兵隊」

 

「兵隊上がりじゃないのか?」

 

 不意に眉をしかめられるが、かぶりを振る。

 

「いいや、どうして?」

 

「目がそうだった、兵士の目付きだ。多くの死を目にするとそうなる」

 

「……それは初めて言われた。仕事のせいかな」

 

 刹那、扉が勢いよくノックされた。何度も、扉が激しく叩かれる。

 

「待って、俺が」

 

 覗き穴から外を見ると、エレンだった。が、扉を開けても入ってきたのは彼女一人。食いつくようにディーンが声をかける。

 

「サムは……?」

 

 静かにエレンが首を横に振った。最悪だ。

 

「彼は……? 悪魔に捕まったの……?」

 

「悪魔がここに入ってくるのか……!」

 

「いいや、入れない。ここにいろ、すぐに戻る」

 

 血相を変えたディーンが部屋の扉に手をかけるがーーギリギリのところで持ち堪えたらしい。反転して、テーブルに銃を投げ捨てる。

 

「まず作戦を立てよう。情報をくれ」

 

 そのままテーブルに就いたディーンに、俺も並んで腰を下ろす。作戦を立てる前に、これだけは聞いておかないと。

 

「……エレン。ジョーは?」

 

「無事よ、一応。でも取り憑かれてる、早く悪魔払いしないと」

 

「ああ、それならジョーの体が傷つけられる前に追い出そう」

 

 安堵はできないが、最悪の事態の一歩手前ってところで止まってくれた。取り憑かれてるだけなら、まだ、可能性はある。なんとかなるかもしれない。

 

「はっ。あの子、あたしに悪態ついたのよ。あたしのこと黒い目の悪魔って言った」

 

 一転、エレンが不満な声色を続ける。黒い目の悪魔……? エレンが?

 

「一体、どういう連中なの。塩や聖水も効かない、ジョーは魔除けのお守りを持ってた。取り憑かれるほどバカじゃないわーー何かが、おかしい」

 

 ……確かに変だ。俺たちの知ってる悪魔のルールから逸脱してる。魔除けをしてる人間に取り憑いて、塩も聖水も効かない悪魔ーーそんなのリリスレベルの化物だ。

 

「全部変だよ、おかしいことだらけだ」

 

「本当にね。黄色い目も聖水には耐性があったけど、あのレベルの悪魔が湧いて出てくるとは思えない。ジョーが取り憑かれたって話も変だ」

 

「連中のアジト、煙突から煙が出てた。悪魔は寒さなんか感じやしないわ、なのにどうして暖炉を使うの?」

 

「暖炉愛好家、なわけないよな。よし、状況を整理しよう。そもそもルーファスはどんな前兆を調べてたんだ?」

 

「水に関することよ」

 

「ちょっと待って、さっき水が汚染されたって話を聞いたんだ。それ、何か関係してないか?」

 

 ディーンの眉がつり上がる。

 

「いつだ?」

 

「なあ、ここの水が汚染されたのって先週なんだよな?」

 

「ああ、その翌日に悪魔が現れた」

 

 兵士の彼が答える。ディーンは暫し思考に耽り、

 

「他にないか。なんでもいい」

 

「……関係ないかもしれないが」

 

「構わん、教えろ」

 

「流れ星さ。それもデカかったよ。同じ水曜の晩だった」

 

「ーー俺の勘が正しければ」

 

 何かレーダーに引っ掛かったって顔だな。けど、なんで教会の本棚を漁るんだ。

 

「まさか、聖書に手がかりが?」

 

「弟よ、そのまさかさーー『天から大きな星が落ちてきて松明のように燃えながら川に落ちた。星の名はニガヨモギ、大勢が死んだ』」

 

 そうか、聖書……ルシファーもミカエルもその本のメインキャスト。ここまで来たら人間の物差しより聖書の言葉の方が信用できる、お見事だ。天から星が川に落ちる、全部当たってるよ。

 

「黙示録8章の10節……貴方はこの現象がヨハネの予言だと?」

 

 神父が、思わずと言った顔で口を挟む。

 

「この前兆が起きると何が出てくる?」

 

「四人の騎士たち」

 

 ーー四人の騎士。それなら覚えがある。神から地上を統治する権利と人間を殺す権利を与えられた、色の異なる馬に乗って現れるとされる死の天使。七つの大罪のようにそれぞれが異なる災悪を司り、地上に災いを撒き散らした。

 

 黙示録の騎士……そうか、悪魔じゃない。この舞台を作ったのは……そういうことか。

 

「赤い馬に乗ってるのは『戦争』。人々が殺し合うことを仕向け、地上から平和を奪い取る。なるほど、あの車だけやけに綺麗だったわけだ」

 

「ああ、大通りには()()マスタング。これで納得がいった」

 

「待って。車と馬を結びつけるのはいくらなんでも……」

 

「なあ、考えてみろ。辻褄が合う」

 

 神父の言葉を遮り、ディーンは席を立つや自分の頭を指で示す。

 

「俺たちに戦争をさせるために頭をおかしくしたんだ」

 

「敵対させたのね」

 

「ジョーは黒い目の悪魔と言った。本当は誰も取り憑かれてないのにお互いを悪魔だと思わせて殺し合いをさせてるんだよ」

 

 憤慨するようにディーンが言う。それなら全部のことに辻褄が合う。悪魔に取り憑かれてなんていない、そう見えてるだけだ。だから聖水も塩も効き目がなかった。姑息なやり方だ、人間同士でデスマッチをさせるなんてな。

 

「つまり、これは……最終戦争なのか!?」

 

 残念ながら、これが現実だよ神父様。大通りの赤いマスタング、あれがこの舞台を作り出した黒幕の愛馬。相手は『戦争』ーー赤い馬に乗ってやってくる、黙示録の騎士だ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺たちの敵は『戦争』っていう名の騎士か。そんなのいるわけない」

 

「悪魔は信じたろ」

 

 ディーンと兵士の彼が言い争っていると、またもや激しく扉が叩かれた。お次はなんだ。

 

「おい僕だ! ロジャーだ、あけてくれ……っ!」

 

「おい、いつ外に出たんだよ!」

 

 俺が苛立ちながら扉を開けると、スーツ姿で息を切らしながら男が入ってくる。たしか、妻にレンガで襲われたって話してた……

 

「奴等を見た……悪魔だよ。もう逃げられない……僕らを一人ずつ殺す気だ……!」

 

「なんだと?」

 

 ディーンの表情が伝染したように、エレンの顔も歪んでいく。ちくしょうめ、いきなりなんだってんだ。

 

「君たちの見立てじゃ悪魔はいないんだろ」

 

「いないよ、悪魔がなにを言ったかどこで会ったか教えろ」

 

 ったく、このクソ忙しいときに面倒なこと言いやがって。こういうのを仕切るのはディーンに任せる。パニックの鎮火は専門外だ。

 

「……やられる前に殺さないと」

 

 いやダメだ、これは口を挟む。

 

「ちょっと待て。みんなに落ち着け、ここは安全だって分かるだろ!」

 

「じっとしてたらやられるだけだ。こっちには妊婦もいるんだぞ。動けるものは銃を取れ、悪魔狩りだ!」

 

 ちっ、手遅れか。燃え広がった。次から次に銃が渡っていく。

 

「おいおい、みんな頭を冷やせ。この街には悪なんていない。落ち着くんだ」

 

 ディーンが皆を沈めようとした矢先、ロジャーが右手を首もと近くまで持ち上げた。こういう場所でそういう不可解な動作はーー

 

「おい、みんな見ろ!」

 

 大抵、とてつもなくーー

 

「……エレン、ディーン。下がろう、ゆっくり、後ろに……」

 

「目が黒い!こいつら悪魔だッ!」

 

 ーーロクでもないことになる。

 

「二人とも走れーー!」

 

 ディーンの叫びと同時に砕けた木片が視界を舞った。野郎、遠慮なくぶっ放しやがった……!

 

 俺たちの目が黒くなったってのか。階段をやけくそに登り、悪魔払いと塩のラインを越えて外に飛び出す。

 

「どういうこと、私たちが悪魔に見えた……?」

 

「あの葬式にでも行きそうな格好をしたやつが黒幕なんでしょ、タイミングが出来すぎてる。黒幕の正体は分かった、次のプランはどうする?」

 

「ジョーとルーファスと合流する、それにサミーと。そのあとにあの眼鏡親父を叩きのめす」

 

「ついでにあいつの愛馬も貰っちゃおう、65年型マスタング。ざまあ見ろだ」

 

「盗むつもり?」

 

「違うよ、新しい主人に立候補するだけ」

 

 だが、まずはあの血気盛んな村人たちから遠ざかるのが先決だ。俺たちは拠点としていた教会に背を向け、傷ついた道路をエレンを先頭にして駆ける。

 

 ーー覚悟しろよ騎士様、お前が愛馬に乗れるのは今日限りだ。その65年型マスタング、俺が好き勝手に乗り回してやる。ウィリアムズ刑事のカマロみたいにな。

 

「エレン、たしか煙突から煙が出てる家だったよな?」

 

「ええ、でも一度侵入を許したわ。ルーファスなら罠を仕掛けてるはず」

 

 何事もなく、玄関は通れないか。いいさ、どっちみち血気盛んな村人が後ろに控えてるんだ。退路はない。上等だ、ジョーを迎えにいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──走る。

 

 ──戦争の騎士に支配された街を。

 

 ──呪われた街を、全力で走り抜ける。

 

 

 

 

「ルーファスが仕掛けるとしたらどんな罠? 絨毯の下に悪魔封じ? 聖水のスプリンクラー?」

 

「ルーファスのことさ、やるなら派手なのを仕掛けてる。子供の悪戯みたいなのじゃなく確実に効果のあるやつを」

 

 視線と意識を四方に張り巡らせつつ、嬉しくないディーンの返しに『ああ、頼もしい』と皮肉を叩く。

 まあ、こんな呪われた街だ。ジョーがルーファスと一緒ってことには正直安心した。

 

 ルーファスはここ暫く鉄火場を離れていたとはいえ、あの古参中の古参のボビー・シンガーと一緒に組んでいたハンター。付け加えるならボビーに狩りのノウハウを教えたのもルーファス。

 癖のある性格はお約束だが、経験の豊富さで語るならルーファスは本土のハンターたちの中でも指折りだ。

 

 9mmを込めたXDの銃口を視線と一緒に背後に向ける。荒れ果てた街が見えるだけで、視界には人はおろか生き物の姿は見えない。

 今頃、頭をおかしくされた生存者たちが俺たちを躍起になって探し回ってる。サムとディーンが用意した銃を手にしながら……

 この街を抜け出すために用意した銃に、まさか首を狙われることになるなんてな。数時間前の自分に出来ることなら警告してやりたかった、信じるかどうかは抜きにして。

 

「見えた、あの建物」

 

 休みなく、荒れ果てたコンクリートを駆けているとエレンが声のトーンを変えた。

 前方に建ち並んだ家の一角、黒い屋根に生えた煙突から白煙が立ち昇っている。

 

 不気味なくらい物静かで人気も失せたゴーストタウン、ただの煙も普段以上に目立つ。お誂え向きに忍び込めそうな高さに窓が2つ……

 

 家の真向かいの道路に傷だらけで捨てられていたキャデラックを見つけ、車体の背にディーンが滑り込む。俺とエレンも同様に車まで走り、車体の背に身を隠した。

 恨めしくなるモデルみたいな横顔で、ディーンが吐息を虚空に向けて吐き出した。

 

「いるのはジョーやルーファスだけか? 他に誰か立て籠ってるって可能性は?」

 

「サムとここに来たとき、二人の他にも人影が見えた。まだ生き残ってるハンターが何人か、一緒にいる。あたしたちが黒い目の悪魔に見えてるなら、歓迎されやしないわ」

 

「強い味方にも最悪の敵にもなる」

 

「ルーファスの罠に伏兵のハンターが数名。どのみち後ろにはイカれた村人が控えてる、仲良く地雷元に飛び込むか」

 

 せめて、気休めの渇いた笑いを浮かべてから俺は言葉を締める。エレンとディーンに半眼で視線を振った。

 どうせ退路はない、後ろには躍起になって俺たちの首を跳ねようとする町民が控えてる。ジョーとルーファスに真実を伝え、サムと合流し、それから戦争の騎士を仕留める──それしかない。

 

 いつもと同じ、無茶苦茶な道のりだがやるしかない。そう、無茶苦茶なのはいつものこと。地上とは正反対に澄みきった青空を仰ぎながら、

 

「──手こずらせてやるか。なんか強力なお守りあるか?」

 

「黒胡椒。さっき店から貰ってきた。天然の凝固剤だ、死ぬほど痛いけど」

 

「ステーキでもないのに、そんなの振るなんて正気?」

 

「血がドクドク出たら人間は死ぬの。死ぬよりマシでしょ。泣き叫んだあとで好きにウィニングランすりゃいい」

 

「使わないことを願うわ。行くわよ、坊やたち」

 

 俺だってそう願うよ。

 痛いのは嫌いだ、苦しいのも。

 

 

「Hoo-yah」

 

 

 覚悟を決め、俺たちはホラー映画の舞台にでもなりそうな家に乗り込んだ。

 一見、大して不気味でもない普通の家。その『普通』ってところがホラー映画だと不気味さに一役買うのもお決まりだ。

 

 ──まぁ、窓が爆弾で派手に吹き飛ぶなんてホラー映画は──滅多に見られないだろうよ。

 

 

 

(爆弾を入口に繋いで……へえ、洒落てる。器をバラバラにしちまえば悪魔が相手だろうと時間を稼げる、ルーファスの悪知恵か……)

 

 爆発が窓を吹き飛ばし、木片やら金属片やら即興で作り上げられた凶器が轟音を引き連れて虚空を舞う。

 この威力、パイプ爆弾でもワイヤーで巻き付けたか。猫みたいに忍び寄って正解だった。フェンス付きの平和な家が一瞬で戦場に早変わりだ。意気揚々と踏み込んでたら止血剤が云々の話じゃない。

 

 爆発で滅茶苦茶に荒れた窓を越え、いた。

 久々の再会で長話したい気分だが、一息許してはくれそうにない。ぶっぱなされるショットガンに全身を冷たくしながら、穴だらけにされた背後の壁を尻目に黒いシャツ姿のジョーの体を前から拐い、ショットガンごと抑えつけるように押し倒す。

 

「ジョー! 聞け、これは黙示録──ッ、たくこの……ッ!」

 

 マウントポジションから見える暗いブロンドの髪の奥、ジョーの瞳はやはり黒く濁ってる。悪魔の瞳だ。

 説得にかかるもじゃじゃ馬娘は聞く耳を持たない。ということは、俺の瞳も彼女と同じで真っ黒らしい。

 

 師はエレンと親父の友人だ。

 マウントポジションをとっても巧みに体を使われ、脇に蹴りを貰うのと同時に体が薄汚れた床を真横に転がる。

 

「……この……分からずやがッ!」

 

「その顔でそれ以上喋ったら顎を砕くわ!」

 

 ショットガンが頭を向ける前に、銃口のさらに奥へと踏み込んで横から払うように肘を入れて射線を力業で逸らす。

 こっちは生身だ。んなもん、打ち込まれたらスイスチーズみたいに穴だらけになる。

 

 冷や汗半分にショットガンを奪いにかかろうとした刹那、エレンが横からジョーの体を飛びかかるように拐った。二度目のマウントポジションを取られ、ジョーの背中が再び床へと磔になる。

 

「目を覚ましなさい、ジョアンナベス・ハーベル……!」

 

 芯の通ったエレン声色がまた説得にかかるが、まだ悪魔の証である黒一色の瞳が見えてるんだろう。

 エレンの呼び掛けにもジョーは落ち着くことなく暴れてる。……今回はいつもの親子喧嘩みたいにギャラリーじゃいられない。のんびりやってたら頭のおかしくなった現地民が殺しに来る。

 

「流れ星と街に止まってた赤いマスタング。あれが示すのは黙示録の戦争の騎士! これが戦争だ! 俺たちの頭を弄って殺し合うように仕向けた、お互いが悪魔に見えるようにな」

 

「……、……戦争、赤い馬に乗った騎士?」

 

「ああ。戦争をもたらす騎士だよ。俺たちは悪魔じゃない、悪魔に見えるように弄られたんだ。街全体に力がかかってる。だから塩も聖水も効かないんだよ、サムに塩が効いたか?」

 

「……どうりで塩をいくら飲んでも平気なハズだわ。よく気が付いたわね。母さん、どいて」

 

「今度あたしに悪態ついたら承知しないわ。でも良かったわ、生きてまた会えて」

 

「死ぬなら病院のベッドって決めてる」

 

 いいね、俺もそれがいいや。

 病院のベッドでゼリーとテレビでも見ながら最後を迎えたい。願望だけど。

 

「遅くなったけど、久しぶり看板娘さん。再会を祝って一杯やりたいけど、急いで守りを固めないと頭のおかしくなった村人が殺しに来る」

 

「それ、悪魔っぽい響きがするわりに大したことないやつよね?」

 

「あんたたち、息抜きは後になさい。いまはとりあえず目の前のことに集中するの。今日をなんとか生き延びられたら爽快でしょ?」

 

 そりゃあもう、最高だ。

 マスタングも手に入るしな。

 

 ……いってぇ。エレンの前でジョーと殴り合うとはな、二度とやりたくないリストにこれ追加。

 

 脇を抑え、かぶりを振る。

 騎士をなんとかしないと痛みも感じなくなる。

 とりあえずエレンの言葉を実行しよう、目の前のことに集中だ。

 

「エレン! キリ!」

 

 勢いを引き連れてディーンが流れ込む。その後ろで目を丸めているのは、

 

「やあ、ルーファス。生きて会えたな」

 

「ねじ曲がった上に回りくどい返しは健在か。戦争の騎士、大物が来たな」

 

「みんな目が醒めた? 早く騎士を止めないと皆殺しに──」

 

 前置きもなく、重たい銃声がエレンの言葉を遮る。

 ……もう追い付いたのかよ、これだから軍隊あがりは、もっとのんびりしてろって。

 

「……誰だよ!」

 

「二回従軍したって彼だよ! ちゃちな銃声じゃなかった、次は別れて裏を取りに来るぞッ!」

 

「ただでさえ手一杯なんだ、あとにしてほしいよ。サムはどこに?」

 

「下よ。貴方とサムは騎士を、ここは私たちがなんとかする」

 

 エレン譲りのガラス細工のような瞳が鋭利に研がれた刃物のように細められる。

 まるでCiaやNcis捜査官だな、ブロンドってところがそれっぽい。凄腕だしな。

 

 ディーンはサムのいる地下への階段を下り、俺とジョー、ルーファスは二階の窓際から、エレンは緊急対応ができるように一階で身を潜ませる。

 

 忙しい現地民だぜ。さっきから銃声が鳴りっぱなしになってる。

 こっちにも生き残ったハンターが他に三人、なんとかたてこもるしかない。サムとディーンの快刀乱麻に期待してな。

 

「狙いは外せ。向こうは殺す気でやってくるが相手は人間、殺したら監獄行きだ」

 

「ヤバさを1からで10で表すとしたら?」

 

「振り切ってるよ。アヴェ・マリアの祈りを唱えてどうにかなるって言ってあげたいけど、ごめん無理だ」

 

「勝ち目のない勝負をいいところまで持っていくのは好き」

 

「マゾだな」

 

「じゃあ、貴方はサドね」

 

 予想通り、裏から回り込んで来たな。

 窓から下の庭先牽制の9mmを数初撃ち込む。こっちの場所は割れたが向こうの足も止まって塀の影へ戻っていく。

 

 例の軍人は別にして、他は銃を持たされた一般人。

 いきなり理不尽に徴兵されたようなもんだ。

 威嚇、警告の射撃でいつまで足踏みさせられるかだな──ああったく、ちくしょうめ、神父が撃たれた……!

 

「ジョー、ここは任せたッ!」

 

「分かった!」

 

 踏み込もうとしていた神父をこっちのハンターが撃ちやがった。ルーファスが警告に回ったはずだが、手遅れだったのか弾が流れたのか。

 議論してる意味も余裕もない。階段を下り、XDの用心金にかけた指に力が入る。エレンのことだ、どうせもう飛び出して止血に入ってる。

 

 目の前に人の命がぶら下がっていたら剣山の中にでも飛び込むような人だ。撃たれ放題の庭先にも迷わず飛び込んで──こうなるだろうと思ったよ。

 

「そこまでだ! 俺たちは悪魔じゃない、頼むから銃を下ろせ!」

 

 撃たれた神父の傷口を圧迫して止血に入るエレン。その頭には冷たいライフルが狙いを外そうにも外せない距離から捉えられている。 

 俺が向けたXDの存在に気付き、軍人の彼の意識が一瞬こちらに逸れる。過酷な従軍から生還した歴戦の軍人、9mmを少し撃ち込まれた程度じゃ多分怯まない。

 

 だが、彼の黙視できる視線のすぐ先を。

 庭の乾いた地面を、真上から降り注いだ弾丸が抉った。銃声はレミントン、遠回しに狙撃の殺傷圏内に彼がいることをアピールするジョーの援護で、

 

「……!?」

 

「悪く思わないで」

 

 生まれた一瞬の猶予。

 瞬時にライフルの銃口を逸らしつつ、エレンが彼の得物を巧みに奪い取る。

 さながら、初めてディーンがバーを訪れたときジョーに銃を奪い取られたあのときのように、腕利きを相手に実に鮮やかな手並み。

 

「お見事だ。これ使おう、滅茶苦茶痛いけど緊急の凝固剤になる。手伝ってくれ、銃は下ろす、今下ろすから。そこの神父さま、弾は抜けてそうだけど出血がひどい、教会には行くだろ? 聖職者を見殺しにしたら罰が当たる」

 

 ライフルを奪われた彼がアーミーナイフを次に抜こうとした寸前、黒胡椒の入った小袋を足下へ投げる。

 

「──?」

 

「おい、悪魔が衛生兵の真似するか? みんな踊らされてたんだよ、この悪趣味な舞台セットを用意した仕掛人にな。いいか、下げるぞ?」

 

 XDの銃口を下げると、彼もナイフに伸ばそうとした手を虚空に戻す。胸を撫で下ろすってまさにこのことだな。

 

「疑いは晴れた? 良かった」

 

「キリ、突っ立てないで手伝って。弾は抜けてるけど出血が酷い」

 

「分かってる。よう神父さま、言いたかねえが残念なお知らせだ。俺も一度やられたが滅茶苦茶痛いからご容赦を──」

 

「さっき通った店。救急セットが備えてある、取ってくるよ」

 

「ああ、頼む」

 

 味方になると心強い。

 最初から最後まで味方でいてくれりゃ良かったのにな。踵を返した後ろ姿を見ながら、俺は俺でやることをやるか。

 

「騎士は見つけられたと思う?」

 

「うん、ディーンが目星はついてるって顔してたから大丈夫だろ。だだっ広い街の中でうろついてる騎士を見つけるのは骨だけど、あいつが必ず通る場所がある」

 

 考えは同じだろうさ。

 その一ヶ所は避けては通れない。だからそこで待ち伏せすればいい。エレンは案の定、俺の頭を覗いたように場所を言い当てた。

 

「赤いマスタング──騎士は馬を置いて街は出られない」

 

「ああ。ヤツは必ず愛馬を取りに現れる。俺たちがこの街の小細工に気付いた以上留まる理由もない。二人はマスタングの前で待ち伏せ、今頃襲いかかってる」

 

 

 

 

 

 

「戦利品だ」

 

 ディーンから投げられたその指輪は、本当に土産物売り場にでも並んでいそうなありきたりな指輪だった。

 

「ボウリング大会やホッケーの試合のトロフィーなら分かるけど、指輪が戦利品か。大事にしてただろうにどうやって奪い取ったわけ?」

 

「スリとポルノ映画が友だちだったのさ」

 

「聞かない方がいい。そこから先はR指定だ」

 

「ウォーキングデッド的な話か、なら聞かないでおく。戦利品はあのマスタングだけでいいや」

 

 苦い顔をしたサムに楽しくない話だというのは察しがついた。指輪に血がこびりついてる、子供が喜ばないタイプの手を使ったのは間違いないな。

 

 騒ぎが終息した街は、銃声も鳴りやんで今は嘘のように静まり返ってる。

 ハリケーンが通過したあとのような地獄のような光景はそのままだが、戦争が仕掛けた悪趣味な呪いは完全に解けた。誰の眼を見てもちゃんと白目がある。

 

 窓も粉々に割れ、風が外から吹き抜けるようになった剥き出しのダイナーのカウンター席で指輪をああだこうだと指先で弄り倒していると、床に散らばったガラスが踏まれて音を立てた。

 カウンター席から振り向くと、やんわりとした笑みでジョーが肩を揺らす。

 

「良かった。もう出たかと思ってた」

 

「今から出るところ。別れをいうにはベストなタイミング」

 

「そう、それならなおのこと良かった。私ももう少ししたら母さんとここを出る。また会いましょう、ディーン」

 

「今度はもっといい再会を願うよ。いや、無理かな」

 

「そうね、きっと酷い」

 

 気取らない自然な笑み。

 あれを見せられるのは、きっと心から好きになった男にだけ。やっぱり素直に言うと羨ましい。

 

 拝借したグラスにたんまり氷が解けたスコッチは、ひどい味だ。喉がおかしくなる。ひどい顔のままジョーと視線は重なった。

 

「先に酔わせてよ、恥をかくまえに」

 

「皮肉と自虐のカードはたまにしまったら?」

 

「常備されてる、無理だよ。──ごちそうさま、マスター」

 

 残りを流し込み、気持ちを入れ替えるつもりでかぶりを振る。サムもやけ酒タイムは終了か。運転できるのはディーンだけだな。

 

「クレイジーな数時間だった。これがまだあと三人いると思うと地獄だ。またな、ジョー」

 

 二番煎じだけど、俺も次は楽しい再会になることを願ってる。ああ、それと、

 

「それとこれだけ言わせて? 親は選べない、子供もそうだ。うまくやらなきゃ。傷つくのは恐いけど、あのときぶつかって良かったって思えるときが来る。大丈夫、勇敢なジョアンナなら乗り越えられるよ。エレンと仲良くね」

 

 軽く背中を伸ばしながらダイナーの外へ。

 目を丸くしたジョーの肩を横切っていく。さあ次の仕事仕事、最終戦争が勃発。これで休暇はなくなった。

 

「それなら私からもお返し。罪悪感はもっともパワーのある感情なの、抱くのは簡単だけど消し去るのは容易じゃない。行動のモチベーションにはなる、だけど判断を鈍らせることにもなりかねない」

 

 振り向かなくても不思議とどんな顔をしているか容易に想像できる。

 

「感情は波と同じ、押し寄せる波は止められないけどどの波に乗るかは選べる」

 

 親子ってことなのかな、エレンにも似たようなことを言われた気がする、もうずっと昔に。

 

「ベストを尽くしましょう。ありがとう」

 

「いいのよ。貴方たちの葬式には出たくないだけ」

 

 分かった、またなジョー。

 振り向き、俺はいつもの言葉を送る。

 それが来ると分かっていたのか、まるで身構えるようにジョーは小さく笑っていた。

 

「いつもの言う?」

 

「もちろん──May we meet again.(再び会わん)

 

 それがこの街で彼女にかけた最後の言葉。

 この日から数ヶ月もしない間に俺たちはふたたびエレンと、ジョーと顔を合わせることになる。

 

 そして……

 そしてそれが、二人と一緒に戦うことができた最後の時間になった。

 

 

 

「好きねえ、そのドラマ」

 

 

 貴方のその微笑みを──できればずっと、お母さんと一緒に見ていたかった。

 

 

 

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