哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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 3部ものラスト。
 


交わった徒夢

 

 

 

 誰もいない金物屋。

 ぼんやりと力のないジョーの目元を見る度に、自己嫌悪と後悔でいますぐにでも自分の首をへし折りたくなる。

 最低だ、どうしてこんな‥‥‥いますぐナイフで胸を刺してジョーの傷が癒えるなら、ルビーのナイフを奪い取って迷わず自傷してやる。

 

 でもそんなこと、無理だ‥‥‥

 ジョーの、傷は‥‥‥

 俺は‥‥‥何の役にも立たない。ただ、肌から血の気をなくしていくジョーに、大丈夫だって、言ってやることしかできない。ゴミだ。

 

「ジョー‥‥‥俺は‥‥‥」

 

「謝ったらその指へし折るわよ? この子はあんたとディーンを助けるためにやった、それだけ。ディーンがボビーと無線でやり取りできないかって。自己嫌悪するならあとにして、できることをやりなさい、次にそんな顔したら背中を蹴り飛ばすわよ?」

 

「‥‥‥塩のラインを見てくる」

 

 

 エレンに任せ、カウンターに背を向けて口に覆った右手を役に立たない不安ごと払うように下げる。

 エレンの言葉はあまりにもっとも、大切な娘があの状態なのに残酷なほど現実を見てる。同じ立場で、あんな風に振る舞えるかと聞かれたら俺は、きっと無理だ。

 

 

「‥‥‥」

 

 入ってきた店の出入口は、鎖を巻かれて頑丈に施錠されてる。

 店にあった塩も出入口や窓、外と繋がる場所には全部バリケードを作ってる。

 これで猟犬が踏み込んでくることはない、でもそれは現実的に言うのなら──俺たちも外には出れない。

 

 ここにいれば連中の牙は届かない。だが、外に出た途端狙い撃ちだ。この金物屋の周りには、両手の指じゃ足りない数が群がってる。

 希望を持とうと考えても、腹を裂かれて、地獄に落とされたから分かる。

 

 ヘルハウンドは執念深い、俺たちを獲物と定めたらここを取り囲んで動かない。地の果てまで、追ってくる。

 

 

「CB無線は?」

 

 優れない顔で棚から使えるものを探していたサムに声を掛ける。ワイヤー、ロープ、ペンチ、床に落ちてるのはこの状況じゃどれも打開策には‥‥‥

 落ち着きを必死で保ってるような兄と目が重なる。

 

「なんとかね。けど、閉じ込められた」

 

「分かってる、爪を研いで待ってる。散弾銃と残りの弾貸して、こっちは‥‥‥パラの弾倉が3つ。2分、ギリなんとかか」

 

 予備のXDが一挺、こいつを散弾と一緒に撒けば2分‥‥‥いや、盛りすぎか。

 

「おい。まさかとは思うがバカなこと、考えてないよな?」

 

「まさか? まさか考えてないよ。外にいるのはメグの飼い犬だ、飼い主の性格が犬にも出てる。手負いを真っ先に、狙おうとするさ。服に血と匂いをつけて鼻先に出てやれば、数をそろえて突っ込んでくる──なんたってあの女はサドだからな。同じアラステアの弟子だ、よく知ってる」

 

 じゃなくても、鼻先に獲物をぶらさけでやれば節操のない犬っころは我先に突っ込んでくる。楽観論以上の確信がある、俺はあの犬に殺されて、追いかけられたこともある。

 連中の節操のなさ、習性は知ってる。この分野でなら俺は第一人者だ。

 

「待て。一人で突っ込む気か?」

 

「ジョーの足を見たろ、担架がいる。俺がバカをやったせいで走れないんだ、俺があの犬を止める。おかしなところあるか? 悪いけどそのあとの算段はそっちに任せた」

 

「‥‥‥一人で猟犬から逃げ切れるわけないだろ。死ぬ気か、許さないぞ‥‥‥」

 

 胸ぐらを掴まれ、おぞましい睨みと共に背中が棚に押し付けられる。

 

「‥‥‥ねえだろ、他に。全滅するのも、ジョーを失うのも俺はごめんなんだ。地獄にまた落ちるより、俺はそっちのほうが嫌だね、絶対に」

 

「現実を見てるつもりか? お前が一番現実を見てない、こんな時だからこそ頭を回せ。やれることをやるんだ、そうだろ‥‥‥?」

 

 やれることなんて、何がある。

 やさぐれてるわけじゃない、けど──

 

「やれることなんて──悪い、とりあえずボビーはなんて言ってたの?」

 

「連中のボスが来る。この街に大勢来てたのは、死の騎士を出迎えため」

 

 険しい顔で歩いてくるエレンが、会話に割って入ってくる。

 死神のボス、死の騎士──青ざめた馬に乗って現れるとされる黙示録の騎士の一柱。他の連中が道具を持って現れる中で、唯一『死』そのものを持って現れるという──異端の騎士。

 

「普段は地獄に閉ざされてる。ルシファーはここで儀式をやってソイツを地上に出そうとしてる」

 

「そんな危ないやつが」

 

「ええ、出すわけには行かない。止めないと。‥‥‥何話してたの?」

 

 目敏く、エレンの強い瞳が最初は兄に、そして俺にと配られる。

 

「‥‥‥なんでもないよ。けど、それならルシファーはやっぱりここにいる。メグのあの言葉はフェイクじゃないってことだ」

 

「そうね。ねえ、あんたの腕は大丈夫なの? ‥‥‥あの子を抱えて走るなんて」

 

「見た目より派手じゃないよ。ちゃんと赤い血が流れてて安心した」

 

 なんてことないってかぶりを振る。

 いまは、そんなこと言ってられない。

 

 ‥‥‥カウンターに戻ると、ただでさえ白かったジョーの肌には‥‥‥色がなかった。

 いつもはブロンドと美麗な対比になっていた白い肌がいまは‥‥‥言葉が出ない。

 

「‥‥‥ねえ」

 

「ああ、なんだ?」

 

 カウンターに駆け寄り、背を預けている目の前に膝を落とす。

 

「‥‥‥ふっ、ひどい顔ね‥‥‥そんな顔‥‥‥久しぶりに見た」

 

「‥‥‥ああそうだよ、さっき鏡見て驚いた。前に買った化粧水が、そう‥‥‥合ってないのかも」

 

 そっと握った右手は、冷たい。

 ふざけるなって思いながら、赤く血が濡れた手を握り返す。笑って、ジョーは目線を俺から逸らした。

 

「‥‥‥ジョー?」

 

 やめろ、なんだよその反応。

 まるで、 

 感覚が、ない──なんて、言うなよ?

 

 

 

「カーセージの農場。かつて大虐殺があった地獄の穴だ、そこでルシファーは12時。儀式をやる」

 

「でもその前にエレンとジョーを街から出さないと。何匹いるかもしれない猟犬も」

 

「ああ、猟犬を振り切って、ルシファーが儀式を終わらせる前にヤツを倒す。ストレッチャーは?」

 

「やってみる」

 

 

 カウンターから少し離れた背後から、声は抑えてても周りが静かすぎて耳には入ってくる。

 

 この街で大虐殺が起きた場所、そこでルシファーは死の騎士を呼び出そうとしてる。今夜逃せばやっぱりチャンスはないんだ、それならやっぱり手は限られてる。

 

 握った手を、これが最後だから。

 名残惜しい気持ちを振り切って手を解く。ああ、これならクラウリーの屋敷に乗り込んだとき──あのドレス、脱ぐ前にもう一回──好きだって言っときゃよかった。

 

 

「決まったな。班を分けよう、兄貴とエレンでジョーを外に運ぶ。その間、俺はメグのグロテスクなペットちゃんと戯れる。ルビーのナイフと散弾貸してく──」

 

 

 立ち上がろうとして、左腕が、掴まれる。

 信じられない気持ちで振り返ると、精一杯作ったみたいな消えそうな笑みで、ジョーは首を横に揺らした。

 

 

「もういいの。みんなまるで状況を見てない」

 

 サムとディーンもカウンターに引き寄せるように、ジョーは目線を上に支えながら続ける。

 一瞬だけ、床に垂れ下がった自分の足に目を向けたあとに。

 

「足が、動かないの‥‥‥運べやしないわ。包帯一つで、腸を抑えてるのよ。だから‥‥‥もっと現実的になりましょう。まずは──」

 

 そのあとに繋がる言葉を、俺はきっと一生わすれることはないんだろう。

 

 

「まずは私をここに置いていく」

 

 一瞬、この場にいる全員その意味が分からなかった。

 

「ジョー、馬鹿なこと言わないで!」

 

「母さん‥‥‥っ‥‥‥歩けないの‥‥‥これじゃ戦えない。でもやれることはある。ここにはプロパンガスと、ワイヤーと、塩があるわ。道具は揃ってる」

 

 一人ここに残って、その道具でなにするって─?

 ガスと、ワイヤー、それで猟犬にとっては毒でしかない塩。

 

「‥‥‥ジョー、冗談だろ? 俺には、俺にはいまから爆弾を作ろうって話に聞こえるぞ? 一人残って、その‥‥‥嘘だろ?」

 

「外にいるのは地獄の猟犬、みんなの匂いをかいでる。どこまででも‥‥‥追ってくるわ。犬を誘い込んでビルごと爆破するわ、みんなは屋上から逃げて。私はここに残って爆弾のスイッチを押す‥‥‥一匹残らず‥‥‥木っ端微塵よ。その隙にルシファーのところに行けるわ‥‥‥」

 

 

 

 ‥‥‥無理だ。そんなの、許せるか。

 

「ダメよ! そんな事させない!」

 

「ああ、そうだ! 冗談じゃない!」

 

 我先にと否定した俺とエレンに、冷たくジョーは首を揺らす。ふざけんな、そんな‥‥‥

 

「なに言ってる……! じゃあ、じゃあ諦めるのか!? お前はいつだって諦めないだろ! 最後はどうやっても勝つ女なんだ、ジョアンナベス=ハーベルはなッ!」

 

 血の匂いがする。

 それは噎せ返るような血の匂いで、涙でぼやけた視界にも分かるくらい血は、色濃くジョーの首から顔にまで伸びてる。

 

「大丈夫だ、絶対に大丈夫だから……なんてことない。なんてことないんだよジョー。なんてことない、こんなの……なんてことないから。次は俺が戦う、俺が外にいる猟犬を全部抱えて逃げる。だからその間に‥‥‥」

 

「ふ‥‥あ、はっ‥‥‥勘違いしてる。母さんもキリも何も分かってない。私たちは、ルシファーを倒すためにここに来たんでしょ。ルシファーを倒せるなら本望よ、死ぬ価値はある」

 

 

 やめろ、死ぬ価値なんてない。

 お前が死んで手に入る物なんてないんだ‥‥‥おまえの命と何が釣り合うってんだ、ざけんじゃねえ!

 

「本望じゃない、そんなの‥‥‥よくないだろ! 猟犬なんていくらだってなんとかする、ストレッチャーだって車だって探せばすぐに見つかる! まだ終わってないだろっ!』

 

 必死に声を張り上げる、違う、もっと手があるって話かけても。

 ────分かってしまう。ジョーの目はもう決めたって、ずっといたから分かっちまう。

 

「キリ、いつもの、あなたでいて‥‥‥こんなとき、だから、私はいつもの、あなたでいてほしい‥‥‥現実、みなさいよ、みれるでしょ‥‥‥」

 

「‥‥‥見てるよ、見てるけど」

 

「せっかく助けたのに、あなたに死なれたら困る‥‥。母さん、これは子離れする最後のチャンスよ」

 

「駄目よ‥‥‥こんなの‥‥‥」

 

「私に決めさせて?」

 

 

 分かっちまう。

 涙を、唇を噛み締めて『かかって』と、静かなエレンの声が響く。俺は爪を自分の指に立て、どうすればいいのかなんてわからなくて、

 

 エレンのように俺は強くなくて、

 ただ現実から逃げるように棚から道具を、無我夢中にひったくった。

 

 

 

 

────

 

 

 

 塩の袋をナイフで裂き、並べた金バケツに小型のガス管を入れた上から振りかける。そして釘を始めあるだけの鉄。

 

 金具、ワイヤー、破砕手榴弾の要領で爆発と一緒に吹き飛ぶ金属片は立派な凶器になる。ワイヤーをバケツから伸ばし、店内に置かれたプロパンガスのタンクと結んで起爆のスイッチを作り終えたときには、もう外は日が沈んでいた。

 

 

 ‥‥‥儀式の時間、真夜中まで時間はない。

 けど、それよりもここを出たらもうジョーとは会えなくなる。それが怖くて、淋しくて、言葉にならない。

 

 サムが起爆のスイッチをジョーに握らせると、エレンが奥の棚の方から目線で呼んできた。

 

「エレン。準備は、終わったよ」

 

 なんて言えばいい。

 これから娘を失おうとしてる母親に、元凶同然の俺がなんて声をかければいい。結局分からなくて、この状況じゃ冷酷とすら思えそうな事務的な答えを返しちまう。 

 

 

「考える必要のない愛を見つけなさい」

 

「‥‥‥‥?」

 

 目を開いて、そんな脈絡のない言葉に、

 何も言葉が出なくなった俺に構わず、言葉が続く。

 

「誰にだって好きな人にはいい部分だけ見せたいものよ、現実はそう単純じゃないから。けどね、誰かを好きになるってことは理屈じゃないわ、考えて選ぶんじゃない。愛があるかないか、それだけ」

 

 なんでいきなり、愛の話になるんだ?

 この状況で、駄目だ。分からない。

 

「エレン、どうして愛の話になる‥‥‥悪い、本当に悪いけどいまは‥‥‥」

 

「ジョーが命をかけて助けたいと思える男になった。フラれたことはさておいて、あの子にとって大切な存在でいてくれた。私にとってもよ、立派になった」

 

 ‥‥‥?

 ‥‥‥エレン?

 

 

「子供のくせに姑息に頭が回って、無駄に背伸びしようとして、ジョーとは全然違ってた。あんたの成長をみるのは、歯がゆくて、腹立たしく、それに、楽しかった」

 

「‥‥‥なあ、気のせいか? なんで、別れの言葉みたいに聞こえるんだ?」

 

 

 気のせいだと思いたくて、そう言った。

 暗がりでも分かる顔が、どこか、そう思えて、そうじゃないと言ってほしくて、聞きたかった。

 そうじゃないって──

 

 

「あの子は動けない。誰かが扉を開けて猟犬を中にいれなきゃ」

 

 でもそれは、気のせいじゃなくて目を伏せるエレンはもう覚悟を決めてるってそんな顔で、

 

「ダメだ。じゃ、俺がジョーといる。ダメだ、そんなの、ジョーと俺が許さない──許さないからなッ、俺が!」

 

「聞いて。聞きなさい、いいから」

 

 ジョーだけじゃなくエレンまで、そんなの無理だざけんなやってたまるか。

 グチャグチャで、熱の入った頭を、静かな声で諭されて震える唇をなんとか縫い付ける。

 涙で滲んだ瞳でエレンはかぶりを振る、それは痛ましい現実をなんとか直視してるようなそんな様子で、深く息を吸うように間を置かれてから、

 

「ねえ、聞いて。夫を失った、ジョーも‥‥‥息子まで失いたくない」

 

「‥‥‥」

 

 ‥‥‥──‥‥っ。

 

 

「夫が死んで、一度は神を恨んだわ。なんでもあたしの大切なものを持っていって、いくら奪っても全然満足しやしない。でも天はあんたをよこした、立派に育ってくれたわ──自慢の息子よ、だからあんたは死なせない」

 

 

 

 ‥‥‥駄目だ。言うなよ、そんなこと言ってからさよならなんておかしいだろ!

 

 

「待てよ、おかしいだろ! 俺だって、俺だって母親とおもってたさ! 支えてくれた、やばいときはいつもだ! 俺にとっては、は、母親だったんだよ‥‥‥家族なんだ、ジョーもエレンも! 一人でジョーは行かせられない」

 

「だから、行かせない。あの子には最後まであたしがついてないと、それが母親。役目なのよ。あんたもジョーもあたしの子供なの、自分の子供を犠牲にして生き延びようとする親? あたしがそんなの、許すと思う?」

 

「でもエレン、俺は‥‥‥っ」

 

「いい? あんたは器用な子、あのバカ二人が喧嘩したらうまく割って入ってやりなさい。あんたは、どちらの敵にも味方にもなれる」

 

 俺の胸をバンと叩き、赤く腫れた眼でエレンは笑う。

 スキットル‥‥‥っなんだよ、これ。

 

「あたしのよ。もう、()()ことはないから。あんたが持っときなさい。もし十字路にでも走ったらあの世から背中を蹴り飛ばすわよ? 口もきいてやんないわ」

 

 見透かされてるか。

 全部終わったら十字路に突っ走るつもりだったのに先に釘を刺された。たまんないよ。

 

「ジョーと話してくる」

 

 

 崩れそうな足と、滲む目元を手で拭ってなんとか鏡には見れる顔になった。ひどい顔だ、フラれて当然だなこりゃ。墓穴から抜けてすぐのゾンビみたいだ。

 

 

「ひどい顔」

 

「何回言うんだよ。そういうのはこの顔を作った神様に言ってくれよ。‥‥‥もう少しいい顔だったら、告るの、オッケーしてくれた?」

 

「ふ、ふ‥‥っ、‥ううん、無理‥‥‥」

 

「ああ、だよな。でもちゃんと答えをくれて嬉しかった。いまでも家族だ、大切に思ってる」

 

「お互いに。だからっ‥‥‥んっ、‥‥両思い、ね‥‥‥」

 

 やんわり笑うジョーに「ああ‥‥‥」と頷いて、やっぱり我慢できずに涙がこぼれて手で顔を隠す。

 

「‥‥‥ああ。お前との思い出は、いい思い出ばっかで、もっと言いたいこと──言っとけばいいことあったんだけど」

 

 分かってる、もう時間はないって。

 儀式までの時間も、もうほとんど冷たくなってる握りしめたその手も、焦点を外し始めてる目も‥‥‥

 

 

「じゃあ、聞いとく────

‥‥‥言って‥‥‥?」

 

  

 

 

 嗚咽が、こぼれる。

 これが、最後なら。

 言っちまえば最後なら、言いたくない。

 

 もっと、もっと一緒にいたかった。額を重ねて、もう力の抜けたかけた瞳に──

 目を合わせて、跳ねた前髪の上から額に口を落とす。

 

 

「屋敷でのドレス‥‥‥すっごく綺麗だった。いままで見た中で、一番綺麗だった。ずっと──」

 

 

「‥‥‥ずっと?」

 

 

「愛してる、悔しいくらいに」

 

 

 前髪から口を離したとき、そこにあったのはさっきよりほんのすこし得意げな、大好きな彼女の顔だった。

 ロードハウスで、バーのカウンター中で何度も見せてくれた顔と、何も変わらない。

 

 

「──‥‥‥口説くの、下手ね」

 

 

 小さく笑って、目を瞑ったその頬に両手を添えて顔を寄せる。

 最初で、最後。

 血の味のする彼女の唇に、俺は深く、これまでのすべてを込めて──ジョーと口付けをかわした。

 

 さよなら。

 最後の、そんな別れの言葉の代わりに──

 

 

 

 

 




 



 
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