哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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gwなので


純血種

 

 

「ハイマキ、レキはまだ留守だってよ。当分餌やりは俺とキンジだな」

 

 狼に餌を与えながら、電話越しに会話するのは実に珍妙な光景だ。ジャンヌとの通話を切り、保護フィルムもボロボロの携帯電話をしまう。

 

 そもそも普通の学生は狼に餌をあげたりしない。白銀の毛並みと犬科特有の鼻が特徴的なこいつの名前はハイマキ。

 保健室を襲撃してきたブラドの飼い犬の中の一匹。狙撃科の天才児レキに手懐けられ、今は吸血鬼のペットから武偵犬に転職して新しい主人に引っ付いている。

 

 そんな飼い主のレキが特別な用があるらしく、最近は一匹で留守番してる。同じチームの仲だけに俺とキンジが餌やり当番。

 ハイマキよ、ハンターから武偵になった俺に劣らず、お前の転職も無茶苦茶だな。シンパシーを感じたりしねえけど。

 

 

 狼。

 狼男、それは実在する怪物でよく言われているトリカブトの毒なんかでは死なないし、なかにはれっきとした女性もいる。

 

 記憶の中のページを捲る。狼男の元祖から4代目は純血種と呼ばれる。普通の狼男と違って、それほど野生化しておらず、満月の前後でも変身できるーー後味の悪い狩りは山程あるが、こいつもそんな記憶のうちの一つ。

 

 

 

 

 

 

「遅すぎる、車に戻る」

 

「……ディーン、ちょっと待てよ」 

 

 

 腕を組んでいたディーンは遂に痺れを切らした。

 足を付けているのは整理されたオフィスのような小綺麗な床だった。くたびれたモーテル、賢人と呼ばれていた祖父が残した研究所、自分たちが住み慣れている環境のそのどちらにも当たらない。

 

 ディーンの声から苛立ちと不快感が伝わり、止めたサムも肩をすくめる。

 未だに腕を組んでいる俺も大きな液晶モニターの画面を睨んでいるばかりだった。どうあれ、みんな目は笑っていない。俺だって、こんな場所で待ちぼうけを食らうのは良い気分じゃない。

 

 

 俺たちが足を付けているのはUKの賢人がアメリカに作りあげた支部。要約すればアメリカに立ち上げた拠点だ。

 本や紙の資料を古めかしい記憶媒体として保管する本土の賢人と打って変わり、この拠点は見渡せる一室だけでも現代のテクノロジーに入れ込んでいるのが見て分かる。

 

 アメリカの賢人たちをアナログとするなら彼等は徹底的なデジタル派。隣にチャーリーやアッシュが、あのデジタルオタクなハッカーがいれば今頃は饒舌に口を踊らせていたに違いない。

 

 そんな有り得もしない空想が一瞬頭をよぎるが、やがてかぶりを振って俺はポケットに手をやった。

 

「なあ、ディーン。キリも聞いてくれ。彼等とは敵に近い関係で均衡が保たれてた。でもニックの……イギリスの賢人のお陰でアルファヴァンパイアを退治できた。魔物のいない世界を、本当に作れるかもしれない」

 

「……だが、俺たちが死に物狂いでアマラと戦ってたときに高みの見物を決め込んで、驚異が去った途端我が物顔でやって来て兄貴を監禁した連中だ。アマラとの戦いは天使も悪魔も魔女も関係ない、一緒に手を組んで戦った。みんなが生きるために必死だった。こんなことを言うとは自分でも思わなかったけど、クラウリーやロウィーナの方が信用できる」

 

 反論した俺はテーブルの上で足を組んだ。

 クラウリーやロウィーナだって小さくない前科を持っちゃいるがこれは誇張抜きだ。二人のほうが信用できる。

 

 名前が挙がった二人は短くない付き合いになっているので、ディーンも皮肉のつもりで語り始めた。

 

 

「ああ、言えてるよ。奴等と協力するとは言ったが呼び出されるなんて聞いちゃいねえし、待たされーー」

 

「待たせたね」

 

 ブザー音が鳴って、扉のオートロックが解除される。落ち着きなく部屋を往き来していたディーンが足を止めると、俺とサムの視線も同じ方に向いた。

 スーツを着こなしている彼はイギリスの賢人、超常現象を探求し記録する組織ーーUKの人の一人。

 

「ボスへの報告が長引いた。人手が減ったからね」

 

 ニック、そう名乗った彼は渇いた血の跡を一度だけ見下げる。先日の戦いでセキュリティーが破られ、流れ込んできた吸血鬼たちの犠牲となった彼の仲間の血痕。

 

 アルファ・ヴァンパイアを討伐した代わりにここで大勢の血が流れたのは変えようのない事実。

 やがて首を戻したニックは仕切り直し、色一つ変化のなかった顔で俺たちに目をくばった。

 

 

「まあ、過ぎたことだ」

 

「へえ、さすがイギリス人だ。感情がない」

 

「不屈の精神と言ってもらいたい」

 

「やめろ二人とも。ニック、バッドシグナル出しただろ?」

 

 ディーンが毒づくとサムが仲裁に入った。

 仕事の話になれば胡座を掻いていた俺も寄っていくしかない。賢い兄貴の目論見どおりに場の空気が変わった。

 

 毒づいても俺とディーンはハンター、心に根付いたものは無視できない。何もないテーブルに事件の資料が広がる。一枚目にあるのは少女の写真だった。

 

「ウィスコンシンで動物被害が、少女が入院してる。兄は心臓を抜き取られたーー狼男だな」

 

「獲物を残すなんて変だよ」

 

「ああ、獲物を残すのは変だ。スキンウォーカーならまだしも狼狼が食べ残しなんてするかな?」

 

 サムに続いて、俺も眉を寄せる。

 獲物を残して逃げるのは不可解、野生の本能に翻弄される狼男であることも不気味だった。

 

「どうせ怖気づいて逃げたんだろ」

 

「うん、可能性はある。だが獲物を置いて逃げるには相応の理由があるはずだ」

 

「詳しいのか?」

 

「それなりに。ケンドリクスでライカンスロープの研究をしていたからね」

 

 理由がある、そう言ったディーンに返すとニックがテーブルに並べたのは表紙に六芒星の印が入った伝承本だった。

 わぁ、洒落てる。まさに魔術の呪文書って感じだ。しかし、

 

 

「ケンドリクス?」

 

 その言葉は聞いたことがない。俺はたまらず質問を挟んだ。

 

「学校だよ。賢人を育成してる。要は……」

 

「ホグワーツ?」

 

 ニックは一度咳払いして、サムに頷いた。当たらずとも遠ざからず。かぶりを振るまで遠い答えではない。

 

「ケンドリクスは伝承本の宝庫だ。伝承本の宝庫と言ってもいい」

 

「いいねえ」

 

 ディーンは呆れて天を仰いだ。やがて目を合わせた俺も苦い表情で笑ってやる。

 サムの伝承や言い伝え好きは今に始まったことじゃない。お勉強が好きなのは昔からだ。呆れていても話は進まない、複雑な気持ちでディーンは「続けろ」と促した。

 

「伝承本の収集は世界一だ。勿論、狼男にも多少の知識はある。例えば、昨夜の襲撃は満月じゃなかった。純血種の仕業だな」

 

 

 純血種かーー俺は長い狩りの生活で積み重なった記憶のページを読み返す。

 欲望と野生の衝動に支配されるのが通常の狼男だが、理性を失うことなく感情を制御できる個体が存在する。

 

 純血種は満月の前後でも変身でき、力を行使できる個体の名称。三人の学生が純血種に振り回されたことで人生を狂わせた事件は記憶に新しい。楽しくない狩りだった。

 

 

 

 

 

 

「へえ、転化した狼男を治癒する実験か。狼男を人間に戻すには血を使うのか?」

 

「30年代に行われていた実験だな、血を使った血漿療法だ。でも失敗に終わってる」

 

「ヴァン・ヘルシング、いい映画だったよな」

 

 鬱蒼とした雲が一つも見当たらない昼下がりに駐車したインパラのなかで俺はそれはそれは分厚い伝承本を捲る。運転席と助手席に人影はなく、乗客は自分と返事を返してくれた小さなイギリス人の二人しかいない。

 

 先刻、スーツに着替えたサムとディーンは窓の外に見える病棟へさっさと歩いて行ってしまった。

 昨日今日までデスクワークだったニックに被害者家族の調書は荷が重い、二人の意見が割れることはなかった。

 

 

「聞き込みくらいすぐ慣れる」

 

「人の顔色を窺えるとは思えないけどな」

 

 当の本人はこの言い草だが、それが皮肉なことに何よりの解答だ。

 本を畳んでから、両手を頭の後ろに回して俺は溜息を混ぜて嘆いた。車で兄からニックの同伴を命じられたが、要はお目付け役だった。

 一人にしてしまえば病院を勝手に動き回ると思ったのだろう、同感だ。十中八九、そうなってた。財布のなかの10ドルを賭けたっていい。

 

「君はいつも置き去りに?」

 

「ディーンのきまぐれでね。昔はインパラやモーテルにしょっちゅう置き去りにされたよ。マクガイバーが一気見できるくらいにな」

 

 思い返してみるとお目付け役を買わされるのは今日に限った話ではない。頬杖をついた俺は携帯を片手で取り出すと時間を確認した。

 二人が聞き込みに出てから15分は経過してる。真昼の車内にイギリスの賢人と二人、貧乏くじを引かされたものだ。

 

 公平にじゃんけんで決めたかったが言い出せないまま二人は出て行った。嘆いても後の祭りである。

 窓の外をぼんやり見つめてさらに何分経ったか。偽のIDを何度か開いては閉じるを繰り返したのも束の間、ついに俺は後部座席のドアを開け放った。

 

 

「おい、どこへ?」

 

「聞き込みだよ。あんたも来い」

 

「意外だな。言いつけや掟を破るタイプとは思わなかった」

  

 そりゃどうも。

 父には忠実な俺だが、それはディーンとは比べられない。

 長男は父に忠実、次男が反抗的とするなら、末子は父に忠実でありながら最後には最も自由気ままに立ち回るトリックスターだ。正確には忠実の前に「それなりに」が付く。

 

「掟は規則というよりただの心得なんだよ。狼男についての知識があるって言ったよな。肉眼で患者を見れば何か掴めるか?」

 

「やってみよう」

 

 決まりだ。

 小人の英国人を連れ、清潔感のあるロビーで俺は受付にIDを見せた。

 

「FBIのカレンだ。同僚の二人が先に来てると思うんだけど、フォスターさんの部屋は分かるかな?」

 

「ええ、二人訪ねてきたわ。FBIが1日2回、新記録達成ね。2階の部屋よ、これが部屋番号。入るときはノックを」

 

「ごめん、ありがとう」

 

 礼を返しながら、IDをポケットに直して違和感に気付いた。四方八方に首をやるが目立つ黄色のジャケットを着たイギリス人が見当たらない。

 病棟の職員、患者……どこに目を凝らしてもニックの姿がどこにもない。っ⋯⋯

 

 

(……あの野郎ッ)

 

 

 毒づき、病室に足を急がせるとサムとディーンは病室の外にいた。一緒にいる女性は被害者の母親。白衣を着たニックが病室を締め切るのも見えた。

 見つけたぞ、先乗りしやがって。白々しい顔して白衣は現地調達かこそ泥め。

 

 

「フォスターさん、すいません。FBIのカレン捜査官、彼等の応援で派遣されました。この度はお悔やみを」

 

「……ありがとう。どうしてこんなことになったのか分からないの。あの子達……どうしてあんなところにいたのか。娘は友達の家かと……ベンは……ごめんなさい」

 

 部屋に入ると捜査官姿の二人の視線が寄るが、一瞥も短く被害者の親に声をかけると彼女は手で口を抑えて涙を耐えていた。

 当然だ。娘は怪我を、息子は亡くし、あまつさえ心臓を抜かれているのだ。

 

 大切な物が一夜で崩れ落ちる、家族を失うとは、つまりそういうことだ。

 過酷な心境の相手から話を聞く、狩りの為だと言い聞かせても罪悪感が堪える。サムはかぶりを振った、魂と心がなければ罪悪感も消せる。だが被害者には寄り添えない、強く学んでる。

 

「捜査官が来てくれて良かった。おかしな連中じゃなくて」

 

 ?

 先刻より血の気の戻った顔から出たのは少し妙な言葉だった。ディーンが眉を小さく揺らし、

 

「というと?」

 

「怪物マニアよ。しつこく連絡してきて、まるで娘を……言ったでしょ、おかしな連中。女の子が訪ねてきたの、なんて言ったかしら。魚類野生生物局ですって。娘と同じくらいの年の子でーー」

  

 サムに、そして俺に目配せがくる。

 まさか⋯⋯

 

「その女の子の特徴は覚えてます?」

 

 ディーンに変わってサムが聞き返す。

 魚類野生生物局、聞いたこともないが十中八九訪ねてきたのはハンターだろう。しかし気になるのは彼女の年齢だ。若いハンター、被害者と同じくらいの年ならかなり若い。大学生ほどの年齢だ。

 

 仮にハンターだとしたらかなり⋯⋯

 そう、かなり絞られる。そう⋯⋯かなり。

 

「ええ、名刺を貰ったわ。明るいブロンドで無愛想な子」

 

 ディーンが名刺を受けとるとほぼ同時に、病室が開いてドクターが出てきた。白衣を着たニックに俺は咳払いして、母親の背後からうっすらと睨んでやる。

 

「娘は?」

 

「怪我は大分良くなってます。心配いりません」

 

「よかった、ありがとう」

 

「お大事に」

 

 足早に病室に入っていく背中を見送り、ニックは白衣を揺らした。

 

「待たずに悪かったね」

 

「油断も隙もない。噛み跡は?」

 

「ない、運がよかったね」

 

 ニックはやんわりと否定する。

 お目付け役の俺だがそれを聞いては怒る気にはなれなかった。噛み跡がなければ、狼に転化する危険はない。たしかに運が良かったな。

 

 同様に二人の兄も見るからに安堵するとサムが話を戻した。

 こっちもほっとけないよな、同感。

 

「さっきの話だけど魚類野生保護局ってハンターだよね」

 

「若くてブロンド無愛想、そんなハンターは一人しかいない。カレン捜査官、まだ昼下がりだ。あのヴェロニカ・マーズを迎えにいけ」

 

「いたしません、と言いたいけど相手が相手だから任されるよ。それとヴェロニカ・マーズは狩りなんてやらない、やるのは調査だけ。今日はやけに人使いが荒いな」

 

 長くハンターを続けてきて、ボビー=シンガーの残したハンターの網やその顔ぶれにも覚えはあるが、若くてブロンド、そして無愛想の三拍子が揃ったハンターを俺たちは一人しか知らない。

 一度でも一緒に狩りをすれば脳裏に焼き付く、それが怪物ではなくーー天使が相手なら尚更だ。

 

 

「ニック、今日も例の三ツ星ホテルで泊まりか?」

 

「狩りに変更がなければ」

 

「よし、ホテルで落ち合おう。タクシーを捕まえてくる。とびきり速いやつを」

 

 後手を振りながら俺は三人を残し、先に院内をあとにする。ヴェロニカマーズを捕まえるために。

 

 

 

 

 

 ダイナーの駐車場、赤いSUVのボンネットに少女が腰かけていた。若くてブロンド無愛想、自ら進んでハンターの道に入った少女。天使に振り回された女。異様な肩書きが浮かぶのは皮肉にもハンターの証だった。

夕焼けにも満たない空模様を仰ぎ、俺は静かに額に手をやる。尽きない疑問を黙らせるには本人に聞くのが一番早い。

 

 

「ウィスコンシンで何やってるんだ、クレア?」

 

 突如、名前を呼ばれた彼女が振り返り、こちらを二度見した。黒いコートとブロンドの髪、いつかの革ジャンよりずっと似合ってるが言葉には出来なかった。

 負い目、意地、理由は挙げれば底を尽きない。とにかくこっちに気付いて目を見開いた彼女に軽く手を挙げる。

 

 

「久しぶり」

 

 

「キリ……ここって天国?」

 

「残念、俺もお前もまだ生きてるよ。皮肉の効いた挨拶ありがとう」

 

「そっちも皮肉な返しだけど? サムとディーンも一緒なの?」

 

 その無愛想且つ皮肉の効いた挨拶に安心感を覚える。

 皮肉でも年相応のあどけなさが今の彼女にはあった。カスティエルと児童養護施設で再開したときの張り詰めた糸のような彼女よりずっと良い。

 あの頃はもっと尖ってたし、皮肉でも表情がずっとあのときより柔らかい。よかった。

 

「ああ、ホテルに泊まってるよ。珍しく高いホテルにな。プールがあるなんて驚いた。まあ、ホテルの話はここまでだーーなあクレア、『魚類野生保護局』ってなんだよ。そんな肩書きで聞き込みできるわけねえだろ」

 

 ミズーリで炎のテキサス・レンジャーが事件を調べているのと良い勝負。怪物マニアに聞き込みはできない。再会の挨拶も短めに、俺は素直な感想を吐き出した。

 

「行き当たりばったりはそっちのお家芸。目的は一緒でしょ、狼男を追ってる」

 

 

 が、そこは勝ち気で通っているクレア・ノバック。達者な口ぶりに、俺は後ろ頭を掻いて車のボンネットに座った。

 

 母親を失った一件からクレアが狩りを始めたことは知ってる。だが俺が知る限り、サウスダコタ州のスーフォールズで保安官と一緒に暮らしているはずだ。どうにも彼女が一人でいるのに納得がいかない。

 

 

「保安官は知ってるか?」

 

「ジョディは忙しいから何か見つけたら連絡する」

 

「連絡したのか?」

 

「これからね。リサーチの結果聞きたくない?」

 

「⋯⋯お前なぁ」

 

 腰を浮かしてクレアは運転席のドアを開く。

 話を逸らすにも露骨すぎる。狩りを薄い隠れ蓑に利用した力技だ。エレンの反対を押し切って狩りに関わってきたジョーによく似てる。

 

 似てるのはモデル並みのブロンドだけじゃない。

 色んなところが、似てた。

 

 

「分かった、保安官に事情を聞くのは今度にするよ。襲われた被害者のこと?」

 

「乗って、車で話す」

 

「……今のハンターっぽい」

 

「狩りをやってる。要はハンターだけど?」 

 

「だよな、すっかり染まってる」

 

 

 

 目の前に飛び込むのはジョーを思わせる悪戯な微笑み。そして、俺は苦笑いで助手席に乗り込んだ。

 

 

ーークレア・ノバックとの付き合いは長い。

 彼女の身元を預かるミルズ保安官とは最終戦争を止める以前からの付き合いであり、今やドナ保安官共々「戦友」と呼べる深い縁で繋がっている。

 

 同じく戦友と呼べるケビンやガースたちと出会う以前からの付き合いと言えば、染々とそのことを実感できるだろう。

 親しい相手ほど真っ先にこぼれていく俺たちの周りで、今でもたった一言で助けになってくれるあまりに頼もしく優しい女性だ。

 

 

 だが、そんな頼りになる保安官よりもクレアとのファースト・コンタクトはもっと昔だった。

 最初に出会ったときのクレアはまだ成人もしていない幼い少女そのものだった、怪物にナイフを振るうこともなければ存在すら信じちゃいない。

 

 服の下に狩りでの傷跡を隠してもいなければ母親に素直に甘えるだけの……普通のどこにでもいる少女だった。

 

 両親が信神深いだけのどこにでもいるーー普通の子。

 そんな子が今でも怪物相手にナイフを振り回し、ピザの配達員になりすましてショットガン片手に怪物の巣に乗り込む日常を送ってる。

 

 つくづく思うよ。

 平和なようでいて、やっぱり世の中病んでるんじゃないかって。

 

 

 

「……こんないいところ⋯⋯本当に泊まってるわけ?」

 

「泊まってるよ。プールもついてるし、部屋は広い。おまけにベッドはふかふか。星を何個やっても足りないな」

 

 エントランスを見た途端にクレアは目を丸めた驚いた。外からでも予測はついたが中は別物、これまでウィンチェスター兄弟を訪ねて出会ったオンボロのモーテルとは真逆だ。

 

 それはまさに基準となる物差しがそっくりそのままひっくり返ったようだった。

 クレアの露骨とも言える驚き方には苦笑いを返すがクレアの反応は至極当然。いつもボロボロの壁にヒビが入っているモーテルに泊まっていたのは習知の事実だからな。

 

 

「バスケの賭けに勝ったとか?」

 

「ああ、そりゃ駄目だ。昔、三点差で勝つ方に一日の食費を全部突っ込んだら三点差で負けた」

 

「お気の毒に。逆を張ってたら味覚オンチにもならなかったかもね、ジャンクフードの食べ過ぎで」

 

「金があろうとなかろうとランチはハンバーガーだ。それは絶対。最高評議会の決まり」

 

 ちっとも思ってはいない形だけの世辞、それも懐かしいものだ。スーフォールズにいるミルズ保安官が彼女の身元を引き受けて以降、会えたのは片手で数えるほどしかない。

 

 彼女の母親への負い目、非日常の存在に家族を無茶苦茶にされたことへの共感、クレアに抱いている気持ちは一言に語れないが再会を喜べる相手には違いない。

 その愛嬌のある世辞や皮肉にも自然と頬がゆるむ。

 

 深い関係を築いては次から次に大切な人を失っていく日常。不意に流れるようなブロンドの髪を見て、俺は人知れずかぶりを振るーー求めるものは手に入らない、それなら手元にある物を失わない為に必死に戦うだけ。

 

 全部のことに決着がついてくれる日まで。

 

 

 

「遅いお帰りだな。なに食ってた?」

 

 

「何も。門限までには帰っただろ」

 

「Hey。ディーン、サム。久しぶり」

 

 

 昔より少し薄めになったメイクで飾られた綺麗な瞳でクレアは笑う。

 が、サムは少し低く嗜めるような声で反応した。うっすらと笑った彼女の挨拶とは対照的に。

 

 

「クレア。ここでなにしてる」

 

「同じ事件を追ってた。狼男狩り」

 

「情報くれるって。でもそのまえに腹減った、クレア何食べる? イギリス人がなんでも奢ってくれるって」

 

「⋯⋯ほんとに?」

 

 メニュー表を手にお高そうなソファーに座る俺にクレアの顔がひょっと横から覗き込んでくる。

 間近で見ればやはり年相応で、目を忙しくメニュー表のリストに這わせる様子に肩の力が抜ける。ああ、高いの頼んでやろうかな。

 

 嫌がらせで高いの頼んでやろうっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

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