哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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純血種(2)

 

 

 

 

 

「お待たせ、さあ飲もうか」

 

 

 ロビーの共有スペースにあるお高そうな革のソファーにハンターが四人。

 俺とクレア、サムとディーンが対面で座っているところにキャリー入りのビールを持ってミックが戻ってきた。「さっき話してた英国人?」と馴染みのない顔にクレアが問うとミックはその両手を掴み、

 

 

「ミック・デイヴィスだ。UKの賢人、よろしく」

 

「⋯⋯」

 

 有無を言わさぬ両手を掴んだ激しい握手にクレアの腕が上に下に揺れる。

 歳上にも遠慮なく噛み付いていくクレアもこれには唖然とした目で腰を下ろすミックを見ていた。想定外のファーストコンタクトに唖然としていたその青い目がやがてディーンに向くが、

 

「話せば長い」

 

 と、こちらは一言。

 ま、たしかに話せば長い。このビール一つ開けるくらいじゃ間違いなく足りないな。

 抜け目なくテーブルに置かれたビールを掠めようとしたクレアに「駄目だ」とディーンが触れる間際で阻止。油断も隙もないクレアになんとも言えない空気が流れる。

 

「ケチ、まあいいや。ね、キリにはもう話したんだけどリサーチの結果聞きたくない?」

 

「先に言っとくけど保安官はクレアが一人で大学を見に行ってるって思ってる。つまりバレたら俺たちにも雷が落ちるかも」

 

「ジョディは忙しいから」

 

 

 保安官に知られたら止められる、だから嘘をついて一人で狩りをしてる。

 すべてを察したって顔で兄二人は天井を仰いだ。ああようするにエレンとジョーのパターン。あっちはベガスでギャンブルしてるってスケールのデカい嘘をついてたけど。

 そして最終的に全部バレた。

 

 この状況。家出してきた親戚の女の子をほっとけずに迎え入れてしまった、とでも言うべきか。現実逃避のつもりが先んじてビールを空けたディーンに食いつくようにクレアは話を広げる。

 

「被害者のヘイデン。襲われたときの状況だけど真っ赤なウソ。彼女、現場近くのバーで飲んだくれてた」

 

「携帯から足取りを追って、バーテンに小遣い渡したらイチコロだったらしい。友達の家でポーカーナイトってのは嘘だな」

 

 こんな話じゃなきゃ本当はもっと居心地がいいであろうソファーに座り直し、俺もビールの代わりにと係が持ってきてくれたナストイカを手に取る。

 一方でこっちはこっちで、半分既に疑っていたらしいサムがクレアのリサーチーー真っ赤なウソを聞いて納得げに腰を深く落とした。

 

「やっぱりそうか。で、怪しいやつは?」

 

「一人いたかな。セクハラ野郎、妙なタトゥーしててイケ好かないやつ。驚くことにキリよりだらけて鼻につく喋り方してた」

 

「マジかよ、すげぇなそいつ。既に嫌いかも」

 

「全部聞こえてますよー、二人とも」

 

 

 俺よりだらけて鼻のつくいけ好かないやつね。

 それは是非とも会ってみたいね。クレアにセクハラ仕掛けてるってんなら尚更。

 

 のちに夾竹桃から「消化にいい? ウォッカに味をつけただけでしょ」と言われる酒を喉に通したとき、

 

 

「さて、そろそろ休ませてもらうよ」

 

 

 まだ夜は全然帳が降りてないというのにミックが立ちがあった。おい、こんなに早くか? 真面目な学生だってこんなに早くには休まないぞ。

 

「えっ、まだ⋯⋯もう休むのか?」

 

「時間きっかりに報告書を出さないと。よく遊び、よく学べーー」

 

 

 思わず腕時計を見たサムにそう言うやミックはビールを手にそのまま歩いて行ってしまった。まさに止める暇もなくといった様子で。

 

「なにあれ、UKの賢人って相当の堅物」

 

 足を組み、あまりお行儀がいいとは言えない座り方でそれを見ていたクレアは係りが置いていったコーラに口付けそうぼやいた。

 

「ま、奢ってもらったことには感謝するけど」

 

 ああ、それは言えてる。

 

「クレア、まともに食事したのいつだ?」

 

「だいぶ前。だから言ったでしょ、奢ってもらうことには感謝してる。ーーハリー・ポッターに」

 

 

 俺に、サムに、そしてディーンに。

 強気に、けれど悔しいことにセクハラ野郎の気持ちが分かるくらいに綺麗で、凛々しい笑みでクレアは笑った。

 

 

 

 

 

 

「で、どうする気だ」

 

「なにが?」

 

「クレアのこと。ジョディに黙って一人で狩りをしてる、そしてジョディは大学の見学に行ってると思ってる」

 

「⋯⋯分かってる。とどのつまり。大問題だよね、やっぱり」

 

 

 ディーンに、そしてサムに、交互にやってくる問いかけに俺はまだ残ってたグラスのなかのナストイカを一気に呷ってからかぶりを振った。

 

 いや、分かってたけどそうだよなこれって。

 好き放題にお腹を満たし、満足げに新しく取った部屋に向かったクレアを抜いて、三人だけになったスペースに重たい空気がのしかかる。

 

 議題、親に黙って実は家出してきた親戚の子をどうするか。

 もうここくらいしか、ゆるゆるの言葉を使う場所がない。家出よりも頭を悩ませるよ、この状況。

 

「グレゴリの一件以降、クレアと一緒に狩りをしたのは事実だよ。実際あの子は腕がいい、無鉄砲で危なかっしいけどそこらの飲んだくれのハンターよりはずっと腕が立つ」

 

「ああでも、ジョディにとってクレアはもう大切な娘なんだ。ジョーと、エレンのことを思い出せ。家族なんだぞ、ちゃんと話をしないといけない。するべきだよ」

 

「アレックスと違ってクレアは狩りを拠り所にしちまってる。いいとは言えねえがある意味、怪物を狩ることをもう支えにしちまってるんだ。元々この仕事は何かを失った人間が集まった掃き溜めさ、クレアにはクレアなりの理由がある。俺たちがそうさせた」

 

「そう、理由を作っちまった俺たちにも責任はあるって話。だから兄貴たちと離れて俺はクレアと狩りをしてた、でなきゃあの時のあいつはきっと自分を保てなかった。キャスもそう、俺たち負い目なんて御大層な言葉は使えないけどさーークレアに関しては、難しいよ色々と」

 

 

 グレゴリ、あの出来損ないの天使によってクレアは母親を俺たちの目の前で奪われた。

 だが、そのずっと前に俺たちとクレアとの縁は続いてる。クレアの父親ジミー・ノバック、彼がキャスの器として力を貸してくれてなかったら俺たちの首はとっくに落ちてる。この世界だってとっくに転覆してこうやってのんびり話もできてない。

 

 複雑だし、難しいんだ。

 俺たちとクレアとの縁も。

 

 ビール瓶を手に、ディーンがその大きな体をソファーの背もたれに沈ませる。

 

 

「本当のところ。俺たちは、この仕事の果てに何を求めてるんだろうな」

 

 

「さあね、自己実現とか?」

 

 

「今までで得たものって?」

 

 

「悪夢だな」

 

 

 虚ろに呟いたディーンに、サムも、そして俺もただ問いを投げて、結局最後は楽しくない答えに締められて、薄暗い空気がのしかかる。

 テーブルに乗った酒を呷る音とセットで。

 ビール? 俺は飲まないよ、ジョーとの約束があるからな。

 

 

「ひでぇ、3人そろってなんてザマだ」

 

「仕方ないよ。キリがいつも言ってただろ、キングギドラだ」

 

「そうだね、キングギドラ。頭が三つあるからっていい答えが出てくるとは限らない」

 

 今の俺たちがまさにそれ。

 ウィンチェスターの頭が三つ、大の男が三人集まったところで名案が浮かぶとは限らない。

 ああ、せっかくお高いホテルに来てるってのに本当にひどい光景だなこれ。

 

 

「はぁ⋯⋯ビール持ってくるか」

 

 高そうなシャンデリアを仰ぎ見て、そんなことを言うディーンに今日ばかりは飲み過ぎるなとは言えなかった。

 

 

 

 

 どんなにいい日を過ごそうと悪い日に頭がやられようと夜は勝手に過ぎて、朝がやってくる。

 お決まりの黒のレザージャケットに黒のトップスとグレーのスリムパンツのライダー姿から、聞き込み用にご丁寧に持ってきたらしい正装に着替えたクレアと俺たちは例の病院に来ていた。

 今朝早くまったく予期していなかった報せを受けて。

 

 

 

「来てくれて助かりました、事件の捜査をしてるとか」

 

 

 先生の言葉に、クレア、ミックを含めて、しばらく俺たち全員が口を縫い合わされたように沈黙し、ストレッチャーに横たわっているヘイデンの遺体を直視していた。

 

 ‥‥ありえない。どういうことだ。

 突然すぎる、なにがあった‥‥‥

 

 

「死因はなんだ?」

 

 

 やはり訝しげにディーンが尋ねると、顔立ちはボビーとそう変わらないような歳と確かな経験を重ねているであろうドクターもやはり疑念を抱えたような顔で彼女の方を見て、

 

 

「‥‥‥動脈塞栓症か、心臓発作か‥‥‥」

 

「心臓発作? 昨日まで心疾患もなかった10代がいきなり?」

 

「‥‥‥変でしょう?」

 

 眉をひそめる俺に、先生はやはりそう返してから彼女にかけられていたシーツを捲った。

 

「運ばれてきたときには腕に防御創がありましたが今は‥‥‥」

 

 

 信じられないと先生はかぶりを振る。

 ああ、防御創どころか爪の引っかき傷一つない。一晩で派手な傷が跡もなく治るか?

 

 

「失礼」

 

 

 呼び出しを受けて先生が去ったあと、ディーンが真っ先に口火を切った。

 

 

「いきなり心臓発作か‥‥‥昨日診ただろ、何も気づかなかったのか?」

 

 そう。ミックは昨日彼女を診てたな。俺を振り切って医者の格好して。

 

「あ、ああ‥‥‥内臓を損傷してたからもしかしたら‥‥‥」

 

「‥‥‥内臓ねぇ、でもいきなり傷が綺麗さっぱり消えてるのは? どう考えてもファンタジーだろ」

 

 曖昧なミックの問答に少し呆れながら、俺はもう一度先生が見下ろしていた彼女の腕を一瞥する。

 ‥‥‥綺麗すぎる。腕だけじゃない、顔から首から、見える限りでも傷跡一つない。昨日病室でちらっと見ただけでも擦過傷は顔や頬にもあった。なんだこれは。

 

 

「‥‥‥もしかして変異してたとか?」

 

 

 待て、それはちょっとおかしい。

 

 

「それならウルヴァリン並みの治癒力も納得‥‥‥」

 

 ちょっと待てクレア。

 

 

「変異してたって狼に? それなら説明はつくけど‥‥‥だったらおかしな話だろ、噛み跡があるはずだ」

 

 変異してたってサムの推理はたしかにある一点を除いたら合点がいく。

 クレアの言う通り、ウルヴァリン並みの治癒力で防御創も擦過傷も全部元通りなのも分かる。けど、

 

 

「ーーーーけど噛み跡はなかった、気付かなかったのか?」

 

 

 部屋の空気が鋭利に研がれ、ディーンの冷たい視線がニックを絡め取る。

 そう、たしかに噛み跡がないって言ったよな。運が良かったって医者にまでなりすまして。俺も鋭く一瞥すると‥‥

 

 

「見落とした? ‥‥‥大失態だな、だから足手まといになるって言ったんだぁ!」

 

「落ち着けディーン。ここで騒ぐのは‥‥‥」

 

「やめて! ヘイデンを殺したやつは野放しよ、ほっとけばまた犠牲者が出る。そもそもなんで彼女だけ助かったの? 兄の方は殺して彼女は噛んだだけなんて‥‥‥」

 

 ‥‥‥確かに。

 兄貴は殺して、彼女は噛まれただけでここに運ばれた。相手が怪物なら二人ともその気なら簡単に‥‥‥

 

 

「彼女の方は殺したくなかったとか‥‥‥?」

 

 浮かんできた考えを一つ、俺が何気なく盤上にあげると、

 

「殺すのが目的じゃない、変異が目的か‥‥‥!」

 

「だとしたら無作為じゃない。犯人はヘイデンの家族か顔見知り、縁のあるやつだ」

 

「バーにいたやつかも‥‥‥!」

 

 ニック、サム、クレアとどんどん一つの可能性はあっという間に形を成していく。決まりだ。

 

 

「よし、サムとキリはクレアを連れてヘイデンと一緒にいるはずだった親友に話を聞きに行け。俺はこのド素人と、バーで聞き込みだ」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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