哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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悪魔に会った日

 世の中にはフェアなことなんて何もない。生まれたときから人は平等ではないのだから。

 

 

『はい、雪平』

 

『出るのがおっそいぞぉー。愛弟子ぃー』

 

 電話越しに綴先生が出来上がった声を上げた。夜は晩酌、飲み会が茶飯事の先生から携帯に電話とは珍しい。キンジから『一度聞けば耳に残る』と評された独特な着信音でも聞き逃しそうになった。耳許で先生の声を聞いて俺はほっとする。この人からの電話を無視できるほど俺の肝は座ってない。

 

『すいません。緊急ですか先生?』

 

『なーに……えーっと、あ、場所。お前さぁ、今どこ?』

 

『港区です。東京タワーが見たかったので』

 

 なんて短く答える。だがまあ、俺が立っているのは港区の高架下。空に見える東京タワーも丁度第2メインデッキに真横に線を引くような角度で鉄骨が入って邪魔している。雲は厚く、星も月も見えないがそびえる東京タワーだけは明るく輝いていた。ランドマークタワーで理子と会話したあとに、その足で俺はここにいる。高層ビルから景色を見下ろし、いまは見上げている。

 

『近いじゃん。単刀直入に言うけどさァー。雪平、肉食べたくない?』

 

 俺は思わず聞き返していた。

 

『奢ってくれるんですか?』

 

 

 

 

 やってきたのは綴先生行きつけの焼き鳥屋だった。夜夜、蘭豹と酒をかっ食らってる話は有名で授業中でもアルコールが匂うときがある。据わった目とラリった言動がなければ先生も男には苦労しねえだろうに。俺が店の暖簾をくぐったときには、待ち合わせの相手は奥のカウンターでジョッキに注がれたビールを飲み干すところだった。しかも大ジョッキだ。

 

「明日は非番なんですか、管理官?」

 

 俺は隣に座り、ラミネートされたメニュー表を取る。

 

「元管理官だ。雪平、お前まさか綴の代理か」

 

「まあ、そんなところです。酒も飲めない学生をよこすのはどうかと思いますが、どうやら出来上がってるみたいで」

 

「フライングで晩酌かあの女。貸し借りはなしって息巻いてたのによ」

 

 毒づく男性は濃ゆい顔で舌打ちする。彼は綴先生と面識のある警視庁の刑事、姿の見えない綴先生の代わりに俺が来たことで早くも訳を察したようだ。一緒に飲む約束をしていた綴先生にほったらかし、代わりに来たのは酒の飲めない学生。断りの連絡が面倒で俺を派遣したのは一目瞭然だった。店員が持ってきてくれたのもウーロン茶、飲酒でも武偵は罪が三倍だしな。

 

「その貸し借り、もしかして取り調べのことですか?」

 

「あァ?」

 

「先生が言ってましたよ。警視庁との取り決めで尋問科が先に星枷の件を取り調べできることになった。降格したと言っても警部はまだ上と親しいですよね。先手を譲ってくれたのかと思ってました」

 

「昔の話だ。古傷抉るんじゃねえよ馬鹿野郎」

 

 警部は声のトーンを変えないまま綺麗に噛みついてくる。真偽のほどは分からないな。魔剣の取り調べは警視庁との取り決めの上で綴先生が真っ先にジャンヌの相手をした。取り決めに警部の助力があったなら先生も貸し借りは作りたくないはず、現実は俺をスケープゴートに仕立てたわけだけどよ。先生と警部……管理官の因縁は耳にタコができるレベルで聞いてる。

 

「覚えておきます。ああ、そうそう綴先生の奢りなら俺が立て替えときますよ」

 

「馬鹿は治んねえな、学生から金むしれると思ってんのか? あの女はな、それも計算してんだよ」

 

 そう言い、警部は既にビールから熱燗に切り替えていた。飲み物を変え、新たに注文していた焼き鳥と一杯やっている。そういや兄貴も酒に強かったな。ボビーやエレン、酒に強いハンターは多い。中にはビール一杯で出来上がるハンターもいたけどな。俺は左肘をカウンターにつき、グラス半分ほど飲んでいたウーロン茶を乾杯のつもりで警部の方に向けた。

 

「学生なのでウーロン茶ですが」

 

「お前がやれば飲酒でも罪は三倍だ。ビール来るまで待て」

 

「……また頼んだんですか?」

 

「払うのは俺だ。どんなペースでいくら飲もうと自由だろうが。今の人間社会に必要なのは酒と信仰心」

 

「ここには酒しかありませんよ」 

 

 答えを聞いてなかったが明日は非番なのかな。グラス越しに強面の顔を見ながら、そんなことを考えていると大ジョッキのビールが運ばれてきた。ようやくグラスを合わせて俺は残ったウーロン茶を飲み干した。空になったグラスの中で小さくなった氷が転がる音を立てる。

 

「雪平。お前とルームメイト、欧州から反発を買ったらしいな」

 

「欧州……神崎のことですか?」

 

「有名人はどこに行っても騒がれる。おい、そのウーロン茶は自分で払え」

 

「要はむしりはしないし、奢りもしないってことですね。神崎のことは覚悟してますよ、元々イギリスやUKとは因縁がありますから反発を買うくらいが丁度いい」

 

 UKの賢人、ハンターとの因縁は尽きない。仮に俺が英国に足を運べばシェイプシフターやスキンウォーカーの一匹や二匹、けしかけられてもおかしくない。地獄の猟犬をペットにするような連中だからな……アイリーンや多くのアメリカのハンターがUKの賢人に殺された。確かにアルファヴァンパイアを退治できた影には彼等の助力があった。だが海を渡って、時間が経っても俺はUKの賢人を許す気にはなれない。

 

「泥を振り撒いて歩いて来ましたから。それに俺は神崎がここに残ったことに感謝してますよ。ルームメイトが前より良い顔をするようになった。多分、神崎の影響を受けてる。小さな変化でもあいつを変えたことは大きい」

 

 弾丸のようにキンジの生活に割り込み、あの女は日常に風穴を開けやがった。45口径のでけえ風穴だ。

 

「キザだねえ、女は靡かねえぞ」

 

「欲しいものは逃げていく、今ある物を離さないだけで手一杯。惨めなもんです、俺はなんでも手に入れたものを手元に置いとくためだけのために必死になってる」

 

 兄貴が言っていた。俺たちは、俺たちが望むものを絶対に手に入れられない。誰かを好きになって、家族になって、人並みの暮らしをする。皆にとっては普通でも俺たちにとっては普通じゃない。

 

 誰かを愛してどうなった。親父は妻を失った、天井に磔になって火事に巻き込まれた。サムは同じ方法で彼女を殺された。普通の暮らしに戻りかけたディーンも最後は自分の手で、愛した人の記憶から自分を殺した。誰かを愛することは、俺たちが振り撒いてきた泥を一緒になって浴びることだ。いくら好きでもその人にまとわりついて生活を無茶苦茶にするのは愛情なんかじゃない。

 

「得るものより減るものが多すぎる。何かを求めるより今あるものを失わないだけで精一杯。キンジが普通の生活を望むなら応援してやりたい、神崎が家族の為に戦うなら手を貸す。目下俺の方針はそれだけです」

 

「双剣双銃が開けようとしてるのはパンドラの箱だ。お前らは波を塞き止めている抑止力を消そうとしてる。ダムが決壊したあとに来るのは洪水だ。上は良い顔してねえぞ」

 

 警部は、ささ身を串のまま齧りついた。俺も追加のウーロン茶をオーダーする。

 

「……警部、二つ名持ちでも神崎はまだ高校生です。家族との想い出だってこれから作っていける。どんな理由かは知りませんがアンフェアなやり方であいつから家族を奪うのなら、俺はあの女に付きますよ」

 

「家族の話になると熱くなんのは一緒だな、分かってんのか、上が頭を悩ませる。お前らが首を突っ込んだのはそういう場所だ。雪平、情と正義感に駆られすぎんな」

 

 すっ、と警部は焦げ跡のついたジッポーをカウンターに置いた。

 

「新調しなかったんですね、そのジッポー。9mmを受け止めた防弾製って本当ですか?」

 

「悪運もいつか尽きる。お前、今のやり方を続けて泥を撒いてたらいつか──死ぬぞ」

 

 胸の奥に言葉が冷たく刺さる。イ・ウーは底の見えない闇だ。関わった事実も死亡記録も残らない。全部なかったことにされる。俺やキンジがブラドに殺されても初めから、生きていなかったように扱われるんだろうさ。

 

「地獄の片道切符ならずっと持ってる。スイートルームを断られる覚悟はできてますよ」

 

 会話を切り、無意識に天井の蛍光灯を仰ぐ。

 

「お前らが探り続けりゃあの異常な刑期が何を意味するかも分かるかもしれねえな。雪平、蜂の巣を突いて蜂が出るとは限らねえ。後先構わず泥を撒いてると、思ってもみないところから災難に出くわすぞ」

 

「……それでも俺の方針は変わりませんよ。特に今回に限っては退けない理由がある」

 

「四人目になれば連中も無視はしねえぞ。お前の打った弾丸で保たれていた勢力図が一変するかもしれねえ。それでもお前は──連中を打てるのか?」

 

 ええ、そんなのは百も承知。その上で、答えは決まってる。

 

「打ちますよ。迷わずすぐに」

 

 いままでどおりに。

 

 

 

 

 会計を先に済ませ、俺は警部と別れて焼き鳥屋を去った。思ってもみないところから災難に出くわすか。イ・ウーよりやばい組織があるみたいな口ぶりだな。俺はお釣りで余った硬貨を自販機に通す。

 

 先端科学の技術を要する米国、秘密結社リバティ・メイソン、ドイツの魔女連隊、武偵には警戒すべき勢力が世界中に存在してる。武偵は常在戦場、不意を突かれた方が悪い世界だがイ・ウーよりも大きな規模の組織か。俺はかぶりを振って、コーラのボタンを押した。知りたくもねえな。

 

 ふと、振り返った道路に馴染みのオープンカーが見える。手にしている煙管が知り合いであることを証明していた。待ち構えていたように道路を陣取っていた夾竹桃は左ハンドルに右手をやったまま、横目でこっちを見ている。俺、いまどんな顔してんだろ。

 

「こんな時間にどうしたんだ?」

 

「尋問科の講師から連絡を受けたのよ。酔った貴方を送り届ける、それだけ」

 

「酔ってねえし、お前に連絡が行ったのも驚きだよ。律儀に悪かったな」

 

「足がないなら乗りなさいな。夜風に触れながらの散歩、別の目的があったから気にしなくて結構よ」

 

 俺はドリンカーに缶コーラを置き、右の座席に座ってシートを倒した。自分以外の誰かが運転する車に乗るのは久しぶりだな。インパラのシート、匂いに慣れてんのにやけに安心する。

 

「忙しいんだろ、漫画よかったのかよ?」

 

「貴方に心配されるものではないわよ」

 

「そうだな、俺に心配される腕じゃない。蜜柑箱の上であんな絵を描けるんだ。あのときはビビったよ」

 

「ふーん。貴方が道具を運んできたことのほうが驚きよ。愛弟子も哀れなものね」

 

 ……愛弟子か、前は忠犬だったのによ。鍵を回した夾竹桃に疑問の目が行く。驚いてるのはこっちだよ。

 

「俺には良い想い出だよ」

 

「そう。今となっては私も悪くない時間だったわ」

 

 夜風に浸りながら、言葉でのやりとりは短い。ああ、ちくしょうめ。なんで笑うんだよ。うっすらとした笑みが夜に溶け込んで、そんな彼女に目が呪縛される。無駄に美人、それ以外の言葉は浮かばなかった。

 

「……妙な気分だよ、誰かの車に乗ってドライブするとアメリカで旅していた頃を思い出す」

 

 妙に恥ずかしくなって俺は話題を切り替えた。

 

「インパラには、名前が刻んであるんだ。二人の兄貴と俺の名前。それはインパラがただの車じゃなくて家族である証」

 

「惚け話?」

 

「どうかな。家族である証と、俺が生きていた証って言うかさ。思うんだよ、俺が死んだら車以外に何を残せるんだ?」

 

 真夜中の道路を走りながら俺は呟いていた。

 

「優しい言葉を期待してるなら見込み違いよ?」

 

「ああ、期待してねえよ。なんつーか、お前には話したかったのかもな」

 

「はあ?」

 

 呆れて首を傾げたドライバーは近くのパーキングに入って車を停めた。闇夜でも存在を主張する美しい黒髪が波打ちながら腰元で揺れる。お前、本気で呆れやがったな……

 

「魔宮の蠍、ぴったりの二つ名だよ。誰が広めたのかは知らねえけどな」

 

「ワンヘダには劣るわよ」

 

「そいつが二つ名になったら戦犯はお前と理子だからな。覚えとけよ」

 

「あら、驚きだわ。拒絶しないのね?」

 

「バカかお前は」

 

 先に車を降りていた彼女は、こっちに振り返ると小さくかぶりを振った。

 

「それでいいのよ」

 

「何が?」

 

「『バカか、お前は』。武偵でいるときの貴方の口癖。悲観してるより武偵でいるときのもののけの貴方の方が、貴方らしいわよ」

 

「……バカだお前は」

 

 ……妙な見解広げやがって。バカだよお前は。ああ、ちくしょうめ。お次はなんだ。すぐに歩き始めた夾竹桃の真意が読めないまま、彼女の後に続く。首を傾け、隣を歩いていると不思議な気分になった。

 

「神崎が初めて押し掛けてきた夜もキンジとこんな風に歩いてたんだよ。家を追い出されてさ」

 

「ふーん」

 

「コンビニで漫画読んでた。無人島で金田一少年が犯人を追い詰める話。まあ、解決編しか読んでないけどな」

 

「ひどいものね」

 

 何処に向かうわけでもない。隣の足取りに合わせていると景色が変わっていく。

 

「私は孤独が嫌いじゃないの。本来、人は孤独な生き物と言われているし」

 

「お悩み相談か?」

 

「黙って聞きなさい。人との繋がり、それは私が否定してきたもの。私は横から見るのが好き、知らないことこそが創作意欲を生む。その味を知るつもりはなかったわ」

 

 夜風が黒髪を靡かせ、夾竹桃は展望公園のベンチに座った。人気は失せ、夜風が寂しさすら覚える。目の前に見えるレインボーブリッジと座った夾竹桃に背を向けてベンチの裏手で俺は腕を組んだ。一旦、言葉を切った夾竹桃がその先を続けていく。

 

「でも今は、興味もなかったのに賑やかな輪のただ中にいる。貴方と同郷の二人に振り回されてる。どんなに否定しようと人との繋がりからは逃れられないみたいね。雪平、人はそう簡単に孤独にはなれないのよ。貴方が生きた証はどこかに必ず残ってるわ」

 

「……わりぃ、気を遣わせたな」

 

「嫌味な男、今回だけよ」

 

「分かってるよ。カウンセリング代はコーラでいいか?」

 

「朝マックもつけなさい」

 

 しっかりしてるよ、お前ってやつは。俺はかぶりを振ってインパラの鍵をポケットの中で揺らした。

 

「貴方のことを一人くらい覚えている人間がいるわよ」

 

「ああ──安心した。それなら俺は満足だよ」

 

 俺はディーンみたいに強くねえからな。不意にチョコバーで背中を突かれ、俺は袋の切れ目を指で掴む。

 

「持っていきなさいよ、ガキ」

 

「……貰っとくよ、くそったれ」

 

 俺は空いた手を上げて歩きだす。

 

「帰らないの?」

 

「ブラドについてギリギリまで調べてみる。明日の朝に決行ならまだ時間はあるさ。やれるだけのことはやっとかねえとな」

 

「作戦は?」

 

「あるよ。恒例の諦めないって作戦がさ」

 

 

 

 

 

 俺は深夜の国道で、信号待ちをしながらあたりを見渡していた。通行人どころか車一台見あたらねえな。まるでウォーキングザデッドだ。腐匂はちっともしねえけどな。明滅する信号にかぶりを振り、俺は思考を切り替える。ブラドに窓口を持ってるとすりゃ、やっぱり玉藻御膳か。狩りのときに窓口を作っときゃ良かったな。

 

 ──まあ、インパラ以外でドライブしたわりには楽しかったな。

 

 

 

 

 

 

 

「──ねえ、あなたは、どっち?」

 

 突然、耳元に吐息のようなウィスパーボイスが囁かれ

──俺は背後に飛び退いた。

 

「……ッ!」

 

 背後に寒いものが走り、冷や汗がしたたる。車も人も通っていなかった道路に一人の女が──いた。ストレートロングの髪を夜風に揺らし……ロングコートを羽織っている。長く伸びた髪は妙に色素が、薄い。

 

 殺気を飛ばされているわけじゃない。直立した姿勢も無防備に見える。だが、耳元で感じた気配は普通じゃなかった。直感で分かる、ああ──この女はやばい。鈍色の指輪を嵌めた手は、素手だ。何も持っちゃいない。だが分かる。分かってしまった。

 

 

 

 ──理子よりも、

 

 

 ──ジャンヌよりも、

 

 

 ──夾竹桃よりも、

 

 

 

 

「あなたは、天使? 悪魔? 人間?」

 

 

 ──ずっと強い。

 

「テメェは……誰だ…………ッ!」

 

「夜の散歩、あなた、興味深かった、から……」

 

 どこか人間味のない声で女は言った。宝刀のように切れ長で、鋭く、澄んだ目。武藤に言わせれば美人と返ってくるのは間違いない。だが、分からない。今までに一度として感じたことのない気配と匂い。人間であるかすら、分からない。

 

「……ブラド、イ・ウーの差し金か?」

 

「それは、あの方がもっともお嫌いな人物が募った組織。口走るものでは、ありませんよ?」

 

 ああ、そういうことか。蜂の巣を突いて、蜂が出るとは限らない。月をバックに水晶のような瞳が俺に固定される。

 

「人、ならざるもの……あなたは、どっち?」

 

 俺は触れてしまったのか。深淵よりももっと底にいる連中を。イ・ウーとは別の何かを。

 

 迷わず、俺はジャンヌに止められていた血を飲んだ。敵意を見せられた時点で俺に選択肢はなかった。

 

 半分固形化した血が喉にひっかかり、無意識に左手が天使の剣を抜いていた。道路のミラーには黒目を失い、透明一色になった俺の目が見えている。それは血を食らった証。リリスと同じ透明の目だ……感傷的になるな。あるものを全部投げ出すしかない。でなければ、殺される。

 

「理想の無いものは、理想の有るものに、及びません。理想を持つなら、見せてみなさい」

 

「気に入らない、好きになれない。その神を気取った喋り方が、心底鼻につく」

 

 一度戻った人の目は、マバタキと共に白へ変わる。強い、今まで対峙してきたどんな人間よりも眼前の女は強い。

 

「人は──死に、逆らえません。ですが、あなたは、逆らえますか?」

 

 プラチナ色の月明かりの下──

 

「充分笑わせてもらった。だがどんな時間にも終わりは来る」

 

 右手にルビーのナイフを手繰り寄せる。

 

「チェックアウトだ。誰が死に、逆らえないって?」

 

「六階から、降りる必要は、ありませんね。あなたを、見せてみなさい」

 

 何の動作もなく、気配もなく、俺の額から血が吹き出して戦いは開戦を告げた。それは目に見えない "不可視の銃弾" ──俺がこの女の名前を知るのはこれよりずっと先のことになる。アルファベット14番目の連中を──

 

 

 

 

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