哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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あなたはどっち?

 足元に貯まった血で滑りそうになる。どれくらい出血したかも分からない。見えない弾丸、体感ではマグナム弾やカスール弾よりも凶悪な弾丸を奴は何かしらの手段で放ってる。信じられないことにその両手は素手だ。手の込んだトリックの糸口、それを見つけない限りは勝負の土俵にすら上がれなかった。

 

 強い──途方もない強さだ。実力の底、限界が見えない。この女は、万物の母(イヴ)から生まれた魔物や怪物じゃない。伝承に残っている異教の神でもない。悪魔や天使、魔女やライカン、俺たちが相手にしてきた超常的な存在とは別だ。肺で呼吸し、物を食べ、赤い血を流す同じ人間──ただ、間違いなく化物だ。

 

「……へなちょこだな、天使みたいだ」

 

 精一杯の軽口は、自らの精神の均衡を保つためだった。ちくしょうめ。腹が煮えたぎるように熱い、当たり前だよな、なんたって腹に何発も貰ってる。防弾被服だろうが安心できない、イカれた攻撃に体が悲鳴を上げてるのが分かる。

 

 ……血を飲んでなきゃ、間違いなく意識がぶっ飛んでたな。見えない弾丸で即頭部からやられてる。気がつくと、耳から首にかけて毒々しい赤色が咲いていた。何歩かたたらを踏み、俺は決死の殺気を眼前に飛ばす。まだコートすら汚していない女は、俺の凶眼に水晶のような瞳をぶつけてきた。

 

「超能力者は、提督も教授もあまりお好きではありませんが──貴方は違いますね。超能力者ではない。何者ですか?」

 

「高校生だよ。ちょっと偏差値低めで、荒っぽい学校のな」

 

 返答とほぼ同時に、俺は足元に貯まった血で図形を描き終えていた。押し付けた掌から青白い光が洩れ、次の瞬間、夜の公道に天使避けの閃光が解き放たれる。血の図形を使った目眩まし、理子やジャンヌにも効き目があった技で女の視界を奪う。乾坤一擲、既に動いていた俺は続けてルビーのナイフを投擲する。

 

 女の出で立ちは軍用のコートと編み上げのコンバットブーツ、無闇に肌を見せない実践的なものだ。おそらく全てが防弾被服、狙ったのは露出している無防備な手。

 

 が、目眩ましと二段構えの攻撃は、何の前兆もなく失敗に終わる。ルビーのナイフが、音もなくコースを変えた。この女、見えない弾丸で……軌道を変えやがったんだ、球に球をぶつけて軌道を変える、まるでビリヤードだぞ……!

 

「もっと、見せてみなさい」

 

 図形の目眩ましが聞いてねえのかよ。何かの手で回避しやがったのか。うちひしがれる時間が惜しい、いや迷ってる時間がない。分かってはいたことだが実力が違いすぎる。今の俺には、栄養剤を飲んでも遠い相手だ。ウェンディゴやジン、そこいらの怪物より遥かに強い。

 

「……見えない銃弾。お次はなんだ?」

 

 出血や傷で眼をやられたら最後だ。秒でも視界を失ったら死ぬと思え。がら空きの手がトーラスの銃口を女にとる。トーラスが火を噴き、パラベラム弾が片手に3発ずつ、女の両手に6発の弾が飛来する。一点が駄目なら二点、軽い反動を腕に受けながら……俺は舌を鳴らす。

 

 女を狙った弾丸が、そっくり俺に戻ってきた。訳が分からなかった。背筋がゾッとするのが分かる。

 

 『鏡撃ち』──キンジが冗談混じりでそんな銃技を語っていたことがある。相手の弾に寸分狂わず自分の弾を鏡合わせのようにぶつけることで、銃口目掛けて弾を跳ね返す攻防一体の技。

 

「……ッ!」

 

 PK(念力)が間に合ったのは運だった。血を媒介にして得た超能力の恩恵だ。だが、PKは多数の対象に用いると精度が落ちる。攻め合いに間に合わず、銃口に戻った一発の銃弾がトーラスを、破壊した。

 

「ブラドよりやべえのを引いたな」

 

 攻防の末に背後へ後退していた俺を追って、コンバットブーツの足音が近づいてくる。

 

「貴方は串刺し公を、追っているのですか?」

 

「ハンターだからな。理由は話せば長い。奴の尻尾を掴む前にあんたが強襲してきたんだよ」

 

「おかしなことを言う。貴方は、出会っている。彼を見ているはずですよ?」

 

 透明の目が、元の黒色に戻る。俺は、ゆっくりとかぶりを振った。

 

「ありえない、俺に吸血鬼の知り合いはもういない。みんな生まれた場所に帰っちまったよ」

 

「あなたは、天使? 悪魔? 人間?」

 

 話の流れをぶった斬りやがった。またそいつか。俺も聞き返してやりたいよ、お前には俺が何に見えてるんだ?

 

「人間だよ、たまに天使や悪魔と同居するだけ。ルームメイトの数は覚えてない。トレンチコートを着た天使とセールスマンの悪魔が、たまに家族だった」

 

「あなたは、どちらにつくのですか?」

 

「あんたも真意が読めねえな」

 

 難解な言い回しに普通なら苦笑いしてるとこだ。

 

「天使と悪魔がまた最終戦争を起こそうと、俺はどっちの味方もしねえよ。どちらの味方もしない、ルシファー(次男)ミカエル(長男)の喧嘩、確執、そんなもん知ったことか。俺は人間につく、それが答えだ。まあ、はっきり言って最終戦争やりたいなら他所の星でやれ」

 

 ここだ、俺は何もない虚空に左手を真横に振るってやる。刹那、女の踵が浮き上がり、人形みたいな表情に驚きが混じっていた。宙に浮かんだ体は、何かの力が働いたように後ろに吹き飛ぶ。

 

 俺のPKに首を折ったり、骨を潰すような力はない。今みたいに隙を狙って不意を突いてやるのが本来の用途。女は仰向けに吹き飛び、詰められそうだった距離が今一度離れる。その両手にはやはり武器は見えない。

 

 だが、一度不意を奪ったくらいで、気を緩められる相手じゃないのは明白。脳が警笛を鳴らし、今度は俺の体が後ろに吹き飛んだ。種は分かる、倒れた姿勢で見えない弾丸を打ちやがった……!

 

 ──この女、座位でも戦えんのかよッ。

 

「障害になれば、あなたを殺さなければなりません。ですが、迷っています。あなたは私の障害にはなりえない。興味を惹かれるまでに、過ぎない」

 

 不透明だ。どこまでも中身が見えない。目的、裏で糸を引いている連中、この女の正体も全てが不透明だ。立ち上がった体がやけに重たく感じる。視界は遠近感が崩壊したみたいな地獄の世界だった。上下に激しく視界が歪み、しこたま酔っ払ったみたいな吐き気がする。本気で殺すつもりなら、最初から見えない弾丸で俺の眼なり頭をぶち抜けば良かった。この女、単純な興味本意で戦闘を仕掛けやがったのか……?

 

「待ちな。次は俺が質問させて貰うぜ。あんただけ質問するのは、アンフェアだからな。さっき言ったよな、俺はブラドに会ってるのか?」

 

「それを聞いて、意味はあるのですか。あなたが眠れば聞いたところで、意味はありませんよ」

 

「俺が死に逆らえば聞く意味はあるだろ?」

 

 死に逆らえない、そう言ったのはこの女だ。俺なりの意趣返し。興味があるなら試してみろ、生きてなきゃ情報の価値はないんだからよ。仮に女の話が真実なら神崎やキンジも既にブラドと出会ってる可能性がある。理子の潜入作戦は、もしかすると最初から破綻してやがったのかもしれねえな。女は両手を下げたまま──

 

「生意気な」

 

 そう、呟いていた。

 

「串刺し公は、吸血で遺伝子を上書きして進化する生物。その過程で人間の血を味わった末、遺伝子が人間に近づいていきました。吸血鬼の姿を人間の殻に、閉じ込めたのです。第一形態(プリモ)、覚えがありませんか?」

 

第二形態(セコンディ)と姿を使い分けるライカンは珍しくない。第一形態が人間の姿なら……」

 

 俺の中で疑惑の相手が思い浮かんだ。吸血鬼と由縁のあるルーマニアの言語を話し、俺やキンジと面識のある人物がいる。焦りに心が駆り立てられてられる。非常勤講師の小夜鳴先生は、血を献血してやがった。そう、血なんだ。健康診断はどうでもいい、必要だったのは人の血だ。保健室にいた面子は、理子や神崎、風魔、平賀さん、良家の血統が揃っていた。ちくしょうめ、判断材料はあったんだ、兄貴やボビーなら勘づいてたぞ。

 

「ブラドは人として生きてやがったのか?」

 

「答えに足り得る言葉は渡しました。もうお帰り、お休みなさい──」

 

 流れるような動きで距離が一瞬にして詰められる。漆黒のコートが広がり、初めて彼女が構えらしき動作を取った。指輪を嵌めた指を含め、両手が槍のように突き出されている。俺は逆手に構えた天使の剣をワンアクションで持ち直す。身を屈め、俺が放った斬擊は……彼女の髪を掠めるだけで終わる。ああ、ちくしょうめ、読まれてやがる。

 

 殺傷圏内で攻撃を外すことは相手に攻撃の権利を与えることだ。刹那、無数の槍が飛び込んでくるような錯覚がした。槍に見えたんだ、何もない彼女の指が──凶器にな。突き出された両指が静かに俺の胸に突き立つ。

 

「──イメル・ノチゥ」

 

 清涼な声と同時に、10本の指が防弾制服ごと俺の腹を食い破った。

 

 

 

 

 

 

 アマランスの石と呼ばれるまじないがある。見た目は路傍の石ころだが、望んだ相手に幻覚を見せる古来18世期から伝わる魔術だ。今となっては腐れ縁の魔女……ロウィーナから密かに拝借した石ころに、まさか命を救われることになるなんてな。それは考えてなかった。

 

 工夫次第でどうにかなる域を越えてる。埋められない実力差を感じた瞬間、俺は逃げることを決めた。アマランスの石で幻覚を見せている間に逃げる、頭の中に断末魔が響き渡る前に俺は逃げることを選んだ。

 

 ──勝てない。同じ人間でもこの女の力は別格だ。カインの刻印でもないと勝負にならない。背中に感じる圧迫感は地獄の猟犬から追われた時に感じたものと大差ない、あれは無理だ……どうにもならない。見えない弾丸に撃たれた体で全力疾走、路地で膝をついたのと同時に狂眼で空を仰いだ。

 

「……あの女、人間とは思えねえな」

 

 ちくしょうめ、携帯電話が真っ黒だ。おしゃかになりやがった。公衆電話……駄目だな。仕方ねえ、あの電話でいくか。一瞬躊躇ったが制服を捲り、晒した腕にルビーのナイフを添える。

 

 ……メグ、お前の地元にはもっとエコな電話はなかったのかよ。背に腹はなんとやら、俺はやけくそに切っ先を真横に引いた。

 

「くそっ……!」

 

 肘に赤い線が浮かび、傷口から掌へ向けて血を垂れ流す。手頃な器がねえ……諦め半分で周りを見たしてから、俺は指を曲げ、掌で簡易的な器を作った。出来上がった窪みに流した血を溜め、うろ覚えの呪文を頭の隅から引っ張り出す。するとやがて、血溜まりが独りでに渦を巻き始めた。

 

(かけるとしたら──ジャンヌか)

 

 電話を受けてくれそうな相手を頭の中で探るがどうやっても浮かぶのはジャンヌだけ。これは人間の血を使った、悪魔式の電話──ジャンヌが受けてくれるかどうかだが、公衆電話を探し回る体力はとてもない……出血してんのに自傷行為で重ねがけ……最悪だ。

 

「……出ろよ聖女様。頼む、から……」

 

 掌の血は渦を巻いているばかりで声は響いてこない。最初は足、次に肩に力が入らなくなってくる。

 

「──神頼み……いや、神に拝むのは嫌だな。()()()に拝むか、アマラにしとこ……」

 

 神頼みはしない。最後まで我を通そうとしたとき、聞きなれた声が掌から響いた。凛とした、一度聞けば忘れない声──

 

『ああ……良かった。信じるものはなんとやら。ジャンヌ、ジャンヌ聞こえてるか』

 

『やはりお前か。しかし、この回線……まあ、いい。急ぎの用と見た、何があった?』

 

『襲撃されたんだ。化物みたいなやつで……しくじった。手負いだ、迎えに来て欲しい。場所は──ああ、ここは──あ……ここ、は……』

 

 

 

 

 

 

 

 最初に見えたのは青白い天井だった。瞼が重く、何度か目を瞬かせる。泥沼から這い出るように、視界が次第に明瞭になっていった。男子寮とは違った天井だ。薬臭い刺激臭に顔をしかめそうになる。俺が寝ているのは、病院のベッドだった。

 

(……間に合ったみてえだな)

 

 意識が事切れる前の光景を思い出すと、溜め息が出そうになった。丸イスに腰かけている相手と目が合って、俺は腹から声を絞り出した。

 

「……電話とってくれて助かったよ、聖女様」

 

「お前は厄介ごとを引き寄せる磁石だな」

 

「最近同じ事言われたよ。お前の友達にさ」

 

 いつもならかぶりを振ってたところだ。

 

「……ここ、天国だったりするか?」

 

「まだ地上だ」

 

「そっか、良かった。死の騎士の世話には、まだならなくて済みそうだ」

 

「最後の部分は聞き流すべきか?」

 

「興味を持っても信じるのお前くらいだよ。わりぃ、まだ言ってなかったな。ありがとう」

 

 ジャンヌはうっすらと笑って腕を組む。

 

「これでお前は私に借りが出来たというわけだ」

 

「ああ、大きな借りだな」

 

 首を窓に向けると、外は澄んだ夜空に欠けた月が覗いていた。

 

「……ジャンヌ、俺どれくらい寝てた?」

 

「半日と4時間ほどだ。夜に運ばれて朝と昼は目を覚まさなかった。交代だ、今度は私に質問させてもらおう」

 

「質問なら後で聞く。キンジと神崎は今日館を去る、もう時間がない。ジャンヌ、結論だけ言うがこのままだと理子はブラドに嵌められる」

 

 一瞬だがジャンヌは目を大きく開いた。

 

「……急いているのは分かった。順追って話す時間も惜しいと見える。ここで嘘を述べるようなものなら首を切り落とすところだが──」

 

「小夜鳴だよ。非常勤講師のあいつがブラド、ライカンで言うところの第一形態だ」

 

 腕に繋がれた電極と針を取り去っていると、本調子じゃねえが腕も足もまだ動くのが分かる。リハビリの時間はなさそうだな。

 

「保健室を襲撃した狼はブラドの飼い犬だ。飼い犬に自分を襲わせたのか?」

 

「人間が地獄の猟犬をペットにする時代だ、狼の一匹くらい調教できる。一芝居打たれたな」

 

「つまり、イ・ウーで私が見たブラドは──」

 

「第二形態。イ・ウーでは女子ウケする優男の姿は隠してたわけだ」

 

 あれだけ近くにいたってのに、俺や神崎はおろか変装を得意とする理子ですら、その存在に気づかなかった。ブラドの第二形態は、それだけ人間から遠い姿ってことか。

 

「……やられたな、あの講師は私が見たブラドの姿とはまるで異なっている。あれでは変装ではなく別の生き物だ、マジシャン並のイリュージョンだぞ」

 

 自分も魔女であるジャンヌが苦々しくそう言うが、状況が笑えないだけに皮肉をやることができなかった。刹那、ジャンヌから枕元に鍵が投げられる。

 

「これは?」

 

「駐車場に理子のルノーがある。ランドマークタワーに向かえ。理子からの伝言だ」

 

 理子、どこまでも用意周到な女だよ。半日で俺が復帰する可能性も考慮してやがったんだな。棚の上にある袋には新しい防弾制服まで用意されていた。病院服で抜け出すわけにもいかねえからな、色々好都合だよ。またドクに黙って抜け出すことになるけどな。気分はスコフィールドだ。

 

「話は分かった。着替えながらでいい、もう一つの件についても話せ。何に狙われた?」

 

「さあな、知らない女だった。長い髪の女で、無駄に美人って言うか。いきなり公道で襲撃されて、目的は分からないがとんでもなく強かった。今まで戦った連中の中でも頭一つ抜けてるよ。人間だが人間の持てる力を越えてる」

 

「イ・ウーか?」

 

 飛んできた言葉に、俺は静かにかぶりを振る。

 

「俺も同じことを思ったが否定された。理由は分からねえがイ・ウーに相当敵意を持ってる。嘘を言ってる感じじゃなかった。どう立ち回っても勝てそうになかったからな、アマランスの石を使って逃げ延びた」

 

 背中を向けているジャンヌの表情は読めない。

 

「アマランスの石か。幻覚を見せる18世紀の魔術だったな?」

 

「御名答、知り合いの魔女から拝借した。手練れの悪魔も騙せる魔術だからな、なんとか出し抜けたよ。だが使いきりのまじないだ、次はない」

 

 制服に着替え終わり、俺は脱いだ病院服を袋の中に押し込んだ。まずはブラドだ。あの女のことはそのあと悩むことにしよう、まずは目先の問題からだ。

 

 

 




メグ→姉弟子。因縁の相手。最後は味方。

ルビー→兄の元カノ。色んな元凶。ナイフは貰った。

アバドン→政権交代失敗。暴君。祖父の敵。

クラウリー→たまに協力、たまに敵対、たまに家族。

以上、主人公の認識になります。


『……へなちょこだな、天使みたいだ』S9、1、ディーン・ウィンチェスターーー
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