『みんなー、おっひさしぶりー! りこりんが帰ってきたよー!』
『勝負がついてるとか笑えない。ブラド、あたしはお前を倒さない限り──笑えないんだよ」
『どうかな。家族である証と、俺が生きていた証って言うかさ。思うんだよ、俺が死んだら車以外に何を残せるんだ?』
『礼はいらん。この絵はよく書けている、名残惜しいがお前にくれてやろう』
『その言葉、そっくりあんたに返してやるわ。ママの冤罪、99年分はあんたの罪。ブラド──懺悔の用意はできてるんでしょうね……!』
『──Fii Bucuros…… Scoala buna. Nu este interesant de sange……』
『人は──死に、逆らえません。ですが、あなたは、逆らえますか?』
『平穏は欲しい、だが友人は捨てられない。分からぬかブラド。そんなものより、私は理子の自由が欲しいと言ったのだ』
『煉獄は生と死だけが支配する純粋な場所だ。あるのは怪物に殺されるか、怪物を殺すかの二つだけ。それ以外に語れることはねえよ』
『ああ、この戦いで証明してやろう。整然とした遺伝子の屁理屈より、不恰好でも、理子が努力し積み重ねた時間の方が遥かに真実だとな』
『答えに足り得る言葉は渡しました。もうお帰り、お休みなさい──』
『……これは独り言だ。ブラドは──本調子ではない。パトラの呪いにかかっている。狩りをするなら呪いが解かれる前に奴を討つことだな』
『あたしは理子の友人じゃないし、思ったこともないわ。理子はママの敵よ。けど、あたしが理子と一緒にいる理由は三つある』
『持っていきなさいよ、ガキ』
『……貰っとくよ、くそったれ』
『実際クラシックだよお前は』
『解けないように祈っておけ。次のシーズンで会おう』
「──ミカエルは長男、父に忠実。ルシファーは次男、父には反抗的。そして弟のガブリエルは中立。最後には家族の確執に嫌気を感じて、天界から立ち去った。名前を変えて、毎晩綺麗な女の子と自由を満喫してるよ。あそこまで女好きな天使はいない、業欲の天使だ」
大天使──それは神の近親たる四人の天使、他の天使とは一線を置く強大な力を備えた天界の最終兵器。そこいらの悪魔が束になっても敵わない原初の悪魔たるリリスですら──彼等が相手になると迷わず逃げることを選んだ。
「ふーん」
「おい、聞いてきたのはお前だろ。軽薄じゃねえか?」
「私は暇を潰せる話題を求めただけ。語り始めたのは貴方でしょ」
淡白な返しに、そういやそうだったなと、思考を現実へと引き戻す。雑居ビルの屋上で手摺に座った夾竹桃は足をぷらぷらと揺らしている。俺も手摺に頬杖をやりながら欠伸を噛み殺した。
「ジャンヌの怪我の経過は?」
「一週間もすれば本調子に戻るわよ。彼女隠すのが得意だから、今でも万全に見えるけど」
「女ってのは隠すのが上手いからな」
「貴方が下手なだけよ」
俺は黙って頷いた。理子やジャンヌと比べると言い返せないな。比べる相手が悪い気もするけどさ。何気無く周囲を見渡してみるがランドマークタワーで見る景色とはやっぱり違うな。
ブラドとの戦いはキンジのベレッタ、神崎のガバメント、理子のデリンジャーの放った四発の弾で幕が降ろされた。ブラドの動きを止めた俺の超能力はこれにて打ち止め。最後の血のストックもなくなった。肝心のブラドは刑務所に収監。事件の渦中にいた俺たちは神奈川の武偵局、警視庁、神奈川県警、検察庁、東京地裁から来た大量の書類に頭を悩ませることになった。
だが、かなり派手にやったわりにお咎めなしで済むのはイ・ウーの底知れない闇を感じるよ。他言無用の条件はあっても寛大すぎる、異常な処置だ。今回の一件でいかにこの国でイ・ウーに触れることがタブーであるかを思い知らされた。なんたってランドマークタワーで起きたことが落雷事故になってるからな、驚いたよ。
「雪平」
「なんだよ」
「なんでもないわ、呼んだだけ」
「……バカか、お前は」
手摺に両腕をかけると、隣では足を揺らしている夾竹桃が遠くを見据えている。どこかミステリアスな雰囲気を纏っているかつての敵に、俺は少し悩んだ末に話を振った。
「なあ、夾竹桃。理子は自由になれたと思うか?」
「それを判断するのは彼女自身。私たちが判断できることじゃないわ」
「俺たちが判断することじゃない?」
「ええ、最後に決めるのはあの子」
「確かにそうかもな」
雑居ビルから空を仰ぎ、俺はかぶりを振る。その理子は神崎の母親の弁護士と会い、証言台に立つ約束も取り付けたらしい。今回の一件は少なくとも神崎には大きな前進となった。部屋でキンジと良い雰囲気になることも多くなったし、どうあれ神崎を取り巻く環境が変わりつつあるのかもしれないな。良い雰囲気になったときは大抵星枷がやってきて部屋が荒れ果てるのがオチだが。星枷が玄関のドアや壁を切り裂いて現れるのは遠山宅の風物詩だな。
「貴方はどうするの? 全部が終わったら日本に残るの?」
「どうかな、俺は家族から逃げた末にこの国に流れ着いたってクチだ。家族を救おうと単身で乗り込んできた神崎とは根本的に違う。だが、イ・ウーの連中を捕まえて、武偵校を卒業する頃にはどうなってるか俺にも分からん」
「どういう意味?」
「海を渡ってもハンターであることは変えられない。いつでも親父の影がそこにいる。今回で再認識したって言うかさ、何をやっても怪物や幽霊と巡り会う。俺はたぶん本土に戻ることになると思う。いつもどおりさ、傍迷惑な連中のごたごたにどうせ巻き込まれる」
兄貴の呪いを解いて、神の姉さんを説得して、大切な物が手の届く場所に戻った。だがすぐに厄介事がやってきた。休暇なんてなかったし、俺が武偵高を卒業する頃には、また別の厄介事がやってくるはずだ。そうなったら俺は……また戦うことになるんだよ。戦わないといけなくなる。学習してる、いつものパターンだ。
「実際、俺は解決もしてないネフィリムの問題を家族にぶん投げて、置きっぱなしにしてきた。天使と人間の間から生まれた子供のこと」
「その力は親となった天使よりも遥かに強い」
「御名答、聖書に出てくる大罪だ。その力は強大、しかも大天使から生まれてくるネフィリムなら止められる存在なんて限られてる。悪い天使と真っ当な人間から生まれてくる子供は善悪どっちに傾くんだろうな?」
「生善説の話がしたいなら他を当たりなさい。私は専門外、満足できる答えは出せないわ。機関銃トークなら続きをどうぞ?」
「ああ、良い返し、ナイスな返し。さすが夾竹桃、良いことを言うよ」
つか、機関銃トークってなんだよ。俺、そんなに饒舌だったのかな。自分のことは分からない。案外、他人の方が俺のことに詳しい。苦笑いでかぶりを振った。
「つまり、俺が言いたいのは普通の学生はネフィリムとか大天使とか口走らない。お前はどうか知らないけど」
「バカにしてる?」
「ちょっとだけな」
「口が減らない男。舌が回らなくなったらきっと死ぬわね」
「だけどお喋りは楽しいだろ?」
「神話や伝承マニアならね。お可愛い反論だこと」
夾竹桃はゆるく首を振った。そして登ってきた階段の隣接する扉へと踵を返す。
「帰るわよ、雪平。間宮あかりと佐々木志乃が来ないなら待つ意味はないわ」
「……張り込んでたのかよ。おい、まさか張り込みの暇潰しに俺を呼んだんじゃねえだろうな?」
「あら、最初に言わなかった?」
「聞いてないし、暇潰しに呼ばれたなら行かなかったよ。部屋でコーラ飲みながらゴシップガール見るつもりだった。要は暇じゃない」
「世間ではそれを暇と言うのよ」
良いことなんか期待しない。こんな仕事じゃ望めないのは分かってる。最後は寂しく死んでいくんだ。それで構わないと思ってる。でもこれだけは言える。ここで過ごした時間は悪くなかった。お前と話してる時間も正直に言うと──
「俺にもリサみたいな女がいたらそれは──お前のことなんだろうな」
俺はかぶりを振った。なに言ってんだよ、俺。ついに頭がどうかしたのか。案の定、怪訝な顔で首がもたげられる。
「はあ?」
「いいんだ、忘れてくれ。兄貴の昔の知り合いことを思い出してさ。想い出に浸ろうとした。柄にもなくな」
「シリアル路線で何か狙ってるの?」
「こっちの方がCVRの連中にウケるかと」
「それならアドバイスをあげるわ。まずはクモの巣の張った脳味噌を掃除することね」
「お前に言われたら、返す言葉がない。精進するよ」
1日1日だ、大切に生きよう。昨日より今日、今日より明日が、マシな日になると信じて──
……オルクスがないのにどうやってパトラの船に乗り込むんでしょう?