哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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今回で合宿編の完結になります。ovaとは異なった終わりかたになりますが、難解なシナリオを作者なりにアレンジさせて頂いた結果になります。


霧の中の温泉宿―File.3

 

 

 幽霊の姿はそれぞれだ。生前、死ぬ前の姿で現れることもあるし、そうでない場合もある。

 

 見るに耐えられない悲惨に五体が破損した幽霊を見るのは、決して良い気分でないのは間違いない。

 そこを行けば眼前で姿を見せた『高遠英治』の霊は随分と可愛いものだ、首に走った致命傷の傷跡を無視できればの話だが。

 

 

「星枷やキンジは?」

 

 迷わずショットガンの引き金を引いた。次の瞬間には破裂音がして、粉砕された塩が霊を追い払う。少年の立ち姿は手品のように消え、俺は油断なくショットガンを構えたまま部屋を見渡した。

 

 相手はモノホンの幽霊、軽々しくいつものようにクリアとは言えない。

 

 

「見当たらない」

 

「手遅れとは考えられないが、探すのは骨だな」

 

 塩は霊を追い払うことはできるが、退治できるわけじゃない。悪く言えば時間を稼ぐことしかできない。星枷や神崎を見つけて一旦の退却が無難だが、目の前で広がった景色は俺の想像の斜め上を走っていた。

 

 一度、遠ざけた少年の霊は再び舞い戻ると、その体から眩い光を明滅させていた。思わず、たじろぐほどの発光の熱量にジャンヌ共々後ずさることを余儀なくされる。これは……記憶にある。この熱は……魂が燃えるときの熱……

 

「おい、これはどういうことだ……!」

 

「あいつ独りで成仏しようとしてるぞっ! 理由はわからないが前にも同じ光景を見た。あれはこの世との繋がりを絶とうしてるときの……くっ、目がどうにかなりそうだ」

 

 眩い熱量に半眼で目の前を睨む。骨や遺品、この世との繋がりを焼かれて焼却されるときの反応とはまるで違う。上手には言えないが、目の前にあるのはもっと柔らかい景色。狩りをしているハンターなら、まず違和感を覚えるほどの違いだ。

 

 きっかけは、分からないが少年の霊は何も語らず、俺たちには危害をくわえずにここを去ろうとしてる。膝から下が消え、やがて肩から下、そして首から下に至ると、無表情のまま高遠英治の霊はかげろうの宿から消えた。

 

「……」

 

 すっ、と背中に冷や汗が伝う。危機は去った。予期しない出来事だが嬉しい誤算だ。俺たちは奴を繋ぎ止める物が何だか分からなかった。向こうから成仏、戦いの舞台を降りてくれるなら何も言うことはない。幽霊退治の幕は降りる、問題があるとすれば少しの消化不良が残るだけ、肩透かしを食らったくらいだ。むしろ、幕引きとしては上々すぎる。なのに──俺は、無意識にEMFの電源を付けていた。静かな部屋に電子音がコールする。

 

「どうした?」

 

「腑に落ちない。上手く行きすぎてる」

 

「霊は去ったのだろう?」

 

「そこだよ、そこが納得いかない。あれだけ悪戯やってたクソガキが、いきなりこの世界に満足して成仏するか? この手の偶然は信用ならない」

 

 ひねた見方をしているは認める。だが、今回に限っては自分の勘を信じるべきだ。そして勘を裏付けるようにEMFがひっきりなしに音を鳴らし初めた。今までより──激しい警告音を。

 

「やられた。いや、問題を投げられたな」

 

「問題?」

 

「もう一体、この宿には霊がいる。さっきの悪ガキより面倒なのが」

 

 ……俺の経験上、こういう展開のオチは限られてる。いつも最悪の展開を考えてるわけじゃないが残念なことにその最悪の展開が一番しっくり来る。当たっても嬉しくもないが確認しないわけにはいかない。

 

「ジャンヌ、携帯にカメラは?」

 

「あるに決まってるだろう」

 

「良かった。カメラを通して、この部屋を見渡してくれ。携帯のカメラには幽霊の放つ特殊な電磁波……要は姿を捉えられるんだ。奴等が望まなくても携帯を使えば、その姿が見れる。今度の奴は菊人形じゃ済まない。たぶん……皮を剥ぎ取りにくる」

 

 俺の嘲る気配のない真面目な声は、ジャンヌをその気にさせた。レンチを油断なく構え、器用に片手で携帯を操るジャンヌが不意に右へ数歩行ったところで動きを止めた。机に投げ出されていた手鏡を見ると、鏡面が何の前振りもなく白く雲って凍り付いていく。それが何を意味しているのか。分からないほどハンターとして生きてきた時間は短くない。

 

「待て。彼女は……まさか、お前が立てた見立ては逆なのか?」

 

「ああ、察しが良いよ聖女様。その逆だ。まだ俺たちは燃えるフライパンの上にいる」

 

 カメラを通して、霊を見たジャンヌは彼女と言った。つまり、女の霊だ。そしてこの宿で不振な死を遂げた女性と言えば──母親である『高遠さくら』を除いていない。

 

「本土にいたとき、妙な幽霊退治をすることがあった。その建物では院長が四人の子供を惨殺、地元に語り継がれていた話では錯乱した院長が子供たちの皮を剥ぎ取って、全員を殺したとされていた。自分の子供を含めてな」

 

 古いブラウン管のテレビがノイズを走らせるような奇妙な音が聞こえてくる。ジャンヌは携帯を折り畳み、レンチを真正面に構え直した。ああ、俺にも肉眼ではっきり見えてるよ。高遠さくらの幽霊が──鉈を持ってる姿がな。

 

「だが、事実は違った。最初に三人の子供が院長の子供の頭を剥いだんだ。犠牲者と思われていた子供の一人から全てが始まった。そして子供を失った院長は頭のおかしくなった子供たちを殺し、最後に自分も命を絶った。俺や兄貴の見立て、そして語られていた事実は真逆だった。院長は幽霊となったあとも建物に残り続けた。殺した子供たちの幽霊と一緒にな」

 

「……幽霊となっても彼らの殺意を抑えていたとでも?」

 

「信じられないことだが幽霊となっても院長は子供たちを見張っていた。建物に入った人間の頭が彼等の危険な遊びで剥ぎ取られないように。実際、俺たちが院長の霊を送ったあと、子供たちは建物で動き回り始めた。足を踏み入れた人間を襲うためにな」

 

 噂が正しいとは限らない。かげろうの宿の大女将を殺したのは高遠少年と語られていたが、実際に殺人を行ったのは……

 

「女将を殺したのは母親だ。そして彼は母親を抑えつけていた。あの悪戯も本当の狙いは俺たちを遠ざける脅しだった。残念ながら下手くそとしか言えないが」

 

「殺意を持っていなかった理由にはなる。それに、あれを見てはお前の話を一蹴できない」

 

「鉈とは聞いてないけどな。心霊マガジンの表紙に使えそうだ」

 

 真っ赤なペンキをぶちまけたような赤い着物は目を凝らせば元々は白色であることが分かる。どんな方法でそれだけの返り血を浴びたのか。EMFが放っていた異常な探知音、そして背筋を凍らせる温度の異常な下降。もう数年もすればエクトプラズマーを発生させるレベルの悪霊になりかねない。メジャーデビュー間近だ。

 

 視線がぶつかり、彼女は俺たちへ向けて手を翳した。病的に白い肌に飛び散った赤い血が、模様のように咲いている。刹那、身の丈より大きなタンスが異常な速度で迫り、俺は真横に飛んだ。レンチで斬りかかったジャンヌは見えない何かに撃たれたように背中から襖に叩きつけられた。悪霊なら誰でも扱える──今のは念力だ。それもメジャー級の。

 

「生憎だがメジャーデビューはお断りだ。マイナーからやり直せ」

 

 ソードオフしたショットガンが塩を撒く。何度もやってきた幽霊退治の動作は母親の霊を吹き飛ばした。

 

「ジャンヌ、母親を殺したのはさっきの子供だが最初に悲劇の引き金を引いたのは母親だ。ここで母親の幽霊を抑えてた。さっきまでは……!」

 

 残弾を撃ち尽くした水平二連式のショットガンに塩の弾を手早く押し込む。背後では倒れたジャンヌがレンチを支えに起き上がる。ああ、襖にぶつかったくらいでダウンする女じゃないよな。お前はコンクリの壁に激突しても復帰する女だからな。今度は念力で物を動かされる前にショットガンで霊を追い払う。日本に来てまでピアノやテーブルに潰されるのは御免だ。

 

「さてはお前がハンターだと分かって問題を投げられたな」

 

「日本の幽霊なら星枷の案件だ。同盟結んでるからほっとけないけどな。子供なのに世渡り上手だよ、ちくしょうめ」

 

 愚痴を言いながら、ジャンヌがテーブルを踏み越えてレンチを一閃。次の瞬間、塩と同じく弱点である鉄を受けて、煙のように彼女は実体を消した。俺たちとは違って、鉄と塩は幽霊には毒でしかない。倒せはしないが遠ざけることで時間を稼げる。が、良くも悪くも時間稼ぎ。ジャンヌも苦い表情でレンチを握り直す。

 

「足止めだけで、状況は好転しないぞ……!」

 

「分かってる。だが、彼女が何に取り憑いているかが分からない。かげろうの宿だからって、丸焼けにするわけに行かないだろ!」

 

 反転し、引き金を引いて霊を遠ざける。だが一度に装填できるのは二発まで。塩の弾だって有限だ。いつまでも時間を稼ぐわけにはいかない。

 

「勘を使え、ワンヘダ。この国でお前より使えるハンターはいない。お前が投げればこの宿は幽霊の温床になる」

 

「ありがとう、お前にはもっと別のことで褒めて欲しかったよ。地獄の傀儡師が生前に何を大切にしていたのか、探るのはそこからだ」

 

「地獄の傀儡師?」

 

「どんなときもユーモアは忘れるな。苦しみを乗り切れる」

 

「ユーモアの源泉は喜びではなく悲しみだと聞いたが?」

 

 幽霊の前で変に落ち着いていられるのは、誇れもしない『これまでの道のり』のお陰だな。ジャンヌがレンチで幽霊の動きを止めている隙に頭の中を今一度整理する。この宿にあることは間違いない。何十年も燃やされることのなかった物……

 

「駄目だッ!こうなったら片っ端から疑わしい物を燃やし──」

 

「だから、お前は桃子に正気じゃないと言われるのだ!生前、高遠さくらは絵を描いていたと言っていたな。自分の書いた絵に取り憑いていることは考えられないのか!」

 

「自分の描いた絵に……?」

 

 銃を折り、シェルを排莢しながら俺はハッとする。高遠さくらが絵を書くことを趣味にしていたのは調べがついていた。幽霊が自分の描いた絵に取り憑くことは……経験から言えば有り得る。頭の隅に積まれていた記憶の1ページが不意に脳裏をよぎる。

 

「ビンゴだぜ、聖女様。俺は絵に取り憑いた幽霊を何人か眼にしてる!」

 

 装填した塩の弾丸を再度放ち、俺は手早く口を動かす。

 

「自分の血を絵の具に混ぜたり、肖像画を買ったオーナーがかたっぱしから虐殺されたり、話はそれぞれだが霊が自分に所縁のある絵に取り憑くのは有り得る話だ。この宿に彼女の絵が飾られているなら説明がつく」

 

「我ながら冴えているな。私がいて良かっただろう?」

 

「悔しいけど大活躍だ。コーヒーくらいご馳走したい気分。宿に飾られている絵をかたっぱしから燃やす」

 

「いや、取り憑いた絵さえ燃やせば解決だ。全てを燃やす必要はない」

 

 ジャンヌは自信ありげにかぶりを振った。ああ、俺よりは芸術に聡いか。よっぽど頼りになるね。

 

「分かった、ジャンヌ先生の眼を信じるよ。いけ!」

 

 ジャンヌを行かせて、俺は油断なく引き金を引いた。向かい合った襖が吹き飛び、吐く息は未だに白く凍って霊の存在をちらつかせる。ジャンヌが絵を燃やすまで彼女を足止めする。ああ、簡単だ。なんてことない、いつものことだよ。絵以外に取り憑いていたときはお手上げだけどな。

 

「来いよ。遊んでやるぜ、鉈女」

 

 刹那、手首が独りでに捻られ、握力を失ってショットガンを床に取り落とす。拾う前にショットガンは独りでに遠ざかり、俺は舌打ちと一緒にジャンヌが置いていったレンチを拾って、がむしゃらに振り払った。

 

 幽霊によって使える念力には強弱がある。彼女の場合は言うまでもなくメジャー級。頼れるのはレンチ一本、頭の中では警笛がひっきりなしで鳴ったままだ。彼女の頭に真っ逆さまにレンチを振りおろすが、煙となって消えてしまう。なるべく急いでくれよ……聖女様。

 

 全身の神経全てを霊に向ける。でなけりゃ、どこで何が起こるか分からない。狩りは誰だってドジをやる。俺は現状を打破するために幽霊を足止めする、ジャンヌは私怨を晴らして現状を変えるために絵を探す。最終的な目的は同じだ、この幽霊を退治する。振り降ろされた鉈がテーブルを割り、真横にフルスイングしたレンチが幽霊の首を捉える。足止めするだけだが……

 

「レンチより金属バットの方が良かったか? 悪いな、生憎とシュークリームは切らしてて持ってないんだ。近くにコンビニないし」

 

 軽口を叩ける余裕はある、安心した。目が左右縦横無尽に動き、部屋を見聞する。畳に足場を遮る物はないが不意に足を奪われた……

 

「おい……ッ!」

 

 レンチを取り落とし、俺は背中を畳に打ち付ける。次の瞬間、仰向けの首に向かって真上から何かが迫ってきた。それが鉈であることを認識した瞬間、俺は真っ赤になっていた彼女の腕を着物ごと掴んだ。込められる全力の力で振り下ろされる腕を止めるが、鉈は首の目の前で不気味に震えている。幽霊にありがちな異常な力で振り下ろされる刃は完全には静止せず、少しでも腕の力を緩めれば畳が断頭台に変わる。

 

「……」

 

 無言で鉈に力が込められ、ギロチンが息をすることも躊躇う距離にまで近づいてくる。真っ白な唇が裂けるようにつり上がり、誰も見たくもない残忍な微笑みが視界に広がっていた。急げ、聖女様……このままじゃ畳が殺人現場に変わるぞ。首の前で鉈が鬩ぎ合い、全力で腕を押し返そうとするが食い止めるのが限界だった。

 

「く、ぅ……ッ!」

 

 全力で力比べをやれば先に腕が痺れるのは生きている俺だ。震えていた鉈が下降を始め、本当に笑えなくなってきた。両腕で止めていた鉈はもう少し降りれば畳を真っ赤に汚すことだろう。俺は内心悪態をつきながら、片手で制服からナイフを抜き放った。鉈への抑止力が片手一本和らいだことで、さながらシャッターのような速度で刃が降りる。コンマ数秒の差で抜き放ったナイフが腕を斬り、彼女を鉈と一緒に煙へ変えた。

 

「……ざまあみろ」

 

 起き上がりながら舌を鳴らす。鉄のナイフは幽霊には毒でしかない。ハンターが愛用していたナイフなら……純度も申し分ないさ。悪いことは重なると言うがナイフで遠ざけられた彼女は、次に姿を見せた途端、下半身からオレンジ色の火に飲まれ始めた。何度も見てきた、この世に留まるための骨や物が燃えているときの光景だ。

 

「ジャンヌ先生の目は確かだったみたいだな、こりゃコーヒーにマラサダでも付けるか」

 

 鉈は燃え散り、下半身から迫った火は首と頭も飲み込んでしまった。後には襖と畳の荒れた和室が広がっているだけ。つまり──俺とジャンヌの勝ちだ。

 

「ギロチンの続きは地獄でやりな。クラウリーが許してくれるならの話だが」

 

 一転、部屋は静まり返った。EMFの電源をいれても今度こそ反応は返ってこない。全部終わった。あとはクラウリーやビリーの領分だ。俺は遠ざかったショットガンを拾いあげ、手に持ったナイフに視線を傾ける。

 

「皮肉だよな。理子やジャンヌにあんな話をしたすぐあとだぜ? また助けられたよ。しかも海を渡った先の国で」

 

 ドロップポイントのブレードに彫られた『W・A・H』の文字は、親父と一緒に狩りをしていたハンターの名前。このナイフの本来の持ち主、俺とディーンを救ってくれた女性の父親だ。母親と一緒にハンターが出入りするバーをやっていた彼女の名前は──

 

「キリ?」

 

 腕を組んだジャンヌが知らない間に背後を取っていた。俺はナイフをしまって踵を返す。

 

「助かったよ。ありがとう、ジャンヌ」

 

「やはりな。私がいて良かっただろう?」

 

「ああ、頼れる聖女様だよ」

 

 ──ありがとう、ジョー。天国では君とエレンには会えなかったけど、どうか安らぎがあることを。

 

「なんて言うか、3日分働いた気分だ」

 

「疲れたのか?」

 

「ああ、一件落着。どっと疲れが出たよ」

 

「ふ、悪いことじゃない。生きてる証拠だ」

 

 はぁ……そうだな。とりあえず、息はしてる。

 

「研修なんてさっさと終わらせて帰ろう。ホームシックだ」

 

 ──まあ、お疲れさまだ。オルレアンの聖女様。

 

 

 

 

 

「結局、武偵研修の名を借りた狩りになっちゃったね」

 

「だな。星枷との記念すべき初めての幽霊退治だ。じいさんはどんな顔してるかな」

 

「海を渡ったお前に驚いている。そんなところだろう」

 

「それは言い返せない」

 

 狩りが終わり、俺は助手席にジャンヌ、後部座席には理子と入れ替わりで星枷を乗せて帰路を走っていた。キンジと同じ車に乗れないのは、星枷にとっては大きな問題と思われたのだが、やけにあっさり理子と入れ替わったことに神崎も驚いていた。まあ、狩りのあとだ。星枷も切り替えができる女だからな。キンジにお熱なのは本当のことだが。

 

「女将さんは何か言ってたか?」

 

「何も言わなかったよ。絵を焼いたことも部屋が荒れたことも気付いてるけど、何も言ってこなかった」

 

 バックミラーに星枷がかぶりを振るのが見える。

 

「会長の素性を分かっていて霊の処理を任せた……まさかな」

 

「あるいは雪平くんがハンターであることを見抜いた」

 

「海を越えて噂が伝わるかよ。今となってはどうでもいい話さ。幽霊は退治した、俺たちは生きてる、そして合宿は無事に終わった。平和的な幕引きだよ、これ以上ない」

 

 武藤とジャンヌの奇妙なアクシデントに見舞われたが合宿は最後まで行われることになった。高遠さくらの霊を最後に、他の幽霊と出会うこともなかった。女将さんの胸の内は分からないままだが、これ以上の幕引きはないよ。誰も犠牲にならなかった。平和的な終わりが一番良い。

 

「初めて狩りをした気分は?」

 

「レンチを振り回すのも悪くない」

 

「同感だ。見事なスイングだった。グローヴァー隊長とマクギャレット少佐も真っ青だよ」

 

「雪平くん、ハワイ好きだよね」

 

「バターフィッシュは好きじゃないけどさ」

 

 帰路の道は霧が晴れ、行きとは違って例のホラー映画を連想させることもなかった。いまは前を走る武藤の車もはっきりと肉眼で追える。

 

「キリ」

 

 不意に助手席からジャンヌが名前を呼んできた。

 

「なんだよ、質問なら三つまでにしてくれよ?」

 

「最後にお前が構えていたナイフ。私はお前がクルド族のナイフと天使の剣を振るうところは見たが、あのナイフはまだ見たことがない。お前がナイフをしまったときの表情も……」

 

「抜け目ない女だな、どこから見てた?」

 

 俺、どんな顔をしてたんだろ。彼女の形見をどんな顔で見ていたのか。ジャンヌに気づかれるような表情ってどんな顔なんだろう。もしかしたら、この瞬間もそんな顔をしてるのかもしれないな。

 

「……あのナイフは、初恋の女から最後に渡されたんだ」

 

「雪平くんの初恋?」

 

「うん。星枷、地獄の猟犬は知ってるだろ?」

 

 俺がバックミラーを通して話を振ると、星枷は表情を変えた。その存在を分かっているから見せれる表情だ。

 

「……悪魔と取引した人間の魂を回収するための遣いだよね?」

 

 俺は何も言わず、首を縦に揺らした。

 

「悪魔が従えてる犬。人間の目には見えず、その爪と牙は人の肉を簡単に引き裂く。一度嗅いだ人間の匂いを決して忘れず、どこに逃げても追ってくる。一匹じゃなく群れを組んでな」

 

「……雪平くん?」

 

「最初は兄貴だった。よくある話さ。弟の命を救うために兄貴は誰にも相談もしないで悪魔と取引した。俺や仲間には事後報告、魂の回収期限もたったの一年、俺たちは必死に解決策を探した。兄貴の……ディーンの取引を白紙にする方法をあちこち探し回った、文献もかたっぱしから読み漁って、でも都合の良い答えは見つからなかった。唯一の方法は取引を握っている悪魔、当時は悪魔の親玉だったリリスを殺すこと」

 

「ルシファーが最初に作り替えた悪魔、だね?」

 

「ああ、そしてルシファーの檻を開く最後の封印。一緒に乗り込んだ悪魔共々、俺たちはリリスの罠に嵌まった。そこで俺とディーンは……」

 

 ラジオを止め、俺はウィンカーを出してハンドルを切る。

 

「そこからが最終戦争に繋がる序曲。第一の封印が破られて、天使と悪魔の戦争が勃発した。最後はリリスを殺して、解き放たれたルシファーを家族総出で倒す流れに。俺たちには解き放った責任があったからな。それにあのときは手元にコルトがあった、なんでも殺せるコルト。理子や夾竹桃が探していたあれだよ」

 

 ジャンヌが一瞬、瞳を大きく丸めた。

 

「コルトがあればルシファーを殺せる。誰も最初は疑っていなかった。黙示録の騎士が活動を始めて、色んなところで人が死んで、俺は兄貴や仲間とルシファーとの決戦に望んだ。そこで……」

 

 そこで、俺は……

 

「ルシファーの側近が地獄の猟犬を従えて襲ってきた。俺はそこで、俺は……仲間に命を救われた。ガキの頃からずっと好きで……ずっと、ずっと、振り向いて欲しかった女に命を救われた。俺とディーンは猟犬に食い殺されるところを彼女に救われたんだ。でも代わりに彼女の血がばら蒔かれた」

 

 ……布切れ一枚で飛び出そうな中身を抑える彼女が、真っ赤にシャツを汚す彼女の姿がいつまでも、いつまでも忘れられない。どれだけ望んでも、どれだけ謝りたくても、叶わない。気がつけばハンドルを握った手が震えていた。

 

「……守れなかった。男が女を守るとか、そんな理屈はどうだっていい。でも彼女は大切な家族だった。ずっと好きで、姉のように思ってた。彼女がたとえ兄貴を好きになっても大切な存在であることは何にも変わらない。なあ……ジャンヌ、初めて好きになった女にさえ守ってもらうような人間が……一流のハンターか? 星枷、何も手に入れられないのに、ずっと近くにあった物さえ守れないような人間に……なにができるんだ……?」

 

 気がつけば喉が震えて声もまともに通らなかった。

 

「繋がりを深めて、築き上げた関係が最後にはあっさり崩れ去る。いつもその繰り返しだ。最後の、最後まで、俺は彼女に、何もしてやれなかった……命を賭けて、彼女は母親と一緒にルシファーへの道を開いてくれた……なのに俺は……ずっと思ってる……あのとき、俺が、救われる価値はあったのかって……父親の形見を、託してもらえるような価値はあったのか……? コルトでルシファーは殺せなかった。最後は、大切な兄と弟を巻き込んで檻に道連れにした。あれが平和的な幕引きとは思えない。得た結果より失ったものが多すぎる……」

 

 いつも最後には誰かが欠けてる。最後には血を見る。平和的な最後なんてない。手を伸ばしても届かない。引き留める声は、かすれて出てこない。家族は、またいなくなってしまう。

 

「神が見てるなら声を大にして言ってやる。いつまで俺たちを弄んだら満足するんだ? ずっとそうだった、仲間や家族が死んでいくのはシナリオ通りか? なんでだ、なんのために? 俺たちは物語を盛り上げるための道具なのか? 最終戦争だってミカエルとルシファーが対立してたことを知ってたくせに彼等を駒にして楽しんでた! なんでとっとと終わらせなかった……!」

 

 俺たちが魔物と戦って死にかけたとき、神はどこにいた? 高みの見物してたのか? 自分が作った作品が壊れていくのを楽しんでたのか?

 

「問題が解決したら次の問題。いつも奴等が撒いた問題に振り回されてきた。そうやって俺たちを何度も何度もどん底に突き落とし、戦わせて大事な家族を奪う──いつ、終わるんだ……?」

 

「……キリ」

 

「答えてくれよ、ジャンヌ。怖いんだよ。他人の死に麻痺してく自分が怖いんだ──欲しいものなんてない、何も手に入らなくていい。だから、いまあるものだけは……」

 

 みんなとの非日常だけは手離したくない。

 

 

 

 




主人公の武器は刀剣類ばかりが増えていきますね。彼女のナイフは出すタイミングを迷っていましたが、合宿編に隠れた主人公の悲恋話を裏のテーマとして書かせて頂きました。サム、ディーンに悲恋の経験があるようにキリくんにもあって然るべきだと、シーズン15まで視聴した作者なりの考えになります。ジャンヌとの卓球はキンジの二番煎じになりそうなので、没に致しました。
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