「なあ、こんな話知ってるか? 極限状態で結ばれた男女は長続きしないらしい。俺はそうは思わないんだ。そこで武藤、誰かにコクってみろよ」
「ああっ、チキショー! オレはあの映画嫌いになりそうだ!」
「俺もだよ。俺もバス嫌いになった……」
朝。見渡す限り、武偵、武偵で埋まったバスの片隅に俺はいる。
現在バスはパーティー気分の騒ぎ声とパニック、悲愴感溢れる悲鳴で満席。まるで最終戦争、世界の終末だな。
十人が十人、阿鼻叫喚や地獄絵図って言葉を口にするね。この世の地獄だ。
「キンジを置いてきた罰だと思うか?」
「いいぜ、アドバイスしてやるよ。今度から満席のバスには乗らないことだな。通学には自分の車を使え」
「今朝はガレージでお休み中。どっかの馬鹿がガレージに忍びこんで、インパラをバラしていきやがった。これから鑑識科と情報科に探らせるところ」
「……おいおい、マジかよ。お前のインパラをバラしたのか?」
「マジだよ、大マジだ」
武藤は半信半疑と言った表情、俺も肩をすくめてやる。
俺にとってインパラは家族であり、帰るべき家だった。親父と兄貴、家族と過ごした想い出にはいつもインパラが傍にいたからな。
親父が兄貴にインパラを譲ったときは自分のことのように一緒にはしゃいださ。広いボンネットに寝転んでコーラで乾杯して、決め手はブリトーとハンバーガー。ああ、最高だった。
長い時間を共に過ごしたインパラはアメリカで兄貴達と一緒に狩りを続けてる。40年経っても大切にされてるはずさ。
だがな。バラされたインパラも俺にとっては家族、たかが車に割り切れる存在じゃない。平然と無かったことにはできない一件だ。腸が煮え返るとはよく言ったもんだよ。
「災難だったな。67年のインパラは最高だ、大事にしてやれよ。でもよ、その話はこのバスから降りてからしようぜ?」
「ああ、スクラップは勘弁。これが終わったら引っ越し考えようかな」
「へえ、どこに行く?」
「怪物がいないところ、人間も。山のてっぺんで暮らそうかな。Wi-Fiさえ繋がればOK」
「文明とサヨナラしたいのかしたくないのか、どっちだよ。俺からも一言いいか?」
「ああ、どうぞ」
「バカみたいな話だけど無性にホットドッグ食いたい」
ああ、ホットドッグか。この状況にはとことん似合わない単語だな。けど、
「バカでもないさ、俺も食いたい。手遅れだけど全身の細胞一つ一つが拒否してる、なんで乗ったんだってな」
「悪夢的状況だよな」
「まさに」
武藤との会話で思考は現実に還る──7時58分、武偵高行きのバスは本来の進路を逸れて今もなお暴走している。
『バスには種類不明の爆弾が仕掛けられ、速度を落とせばバスごと爆発──』。信じたくない現実は、すり替えられた生徒の携帯からボーカロイドでアナウンスされていた。
『武偵殺し』。バス内の全員が名前を頭に浮かべただろうさ。見渡せばバスには中等部の女子もいる、武偵なら男女見境なしで標的だ。
徹底してやがる、炸薬量をケチる輩じゃねえな。人もバスもまとめて吹っ飛ぶ……
爆弾騒ぎで地団駄を踏む輩も出始めるが、意外にも落ち着いているのはさっきから会話を続けている武藤だ。こいつは常日頃からバカみたいな速度で車を運転してるから神経が図太い。
危機意識はあるが騒いでも解決に繋がらないことを頭で理解してやがる。なんとも心強いよ。俺と武藤は息を吐いて、窓の外を睨む。
「切、このまま行けば都市部に突っ込むぞ。オレら、明日は新聞の見出しを飾るかもな?」
「バスを吹っ飛ばす炸薬量だ、起爆したら誰が誰だか分からねえよ。子供がソーダ水にラムネを落とすわけじゃないんだ」
「……優しい嘘つけよ。くそったれ、仕掛けるなら車体の下だ。中からは解体できねえぞ」
「だとしたら、強襲科お得意のコバンザメしかないな。タイヤに巻き込まれないことを祈るよ。けど、そいつは最後の手段。ルームメイトと転校生を信じようぜ──ほら、来やがった」
タイミング良く、窓からルームメイトが顔を覗かせた。ブランクがあるくせに空挺かよ、やるじゃねえか。窓を開けてやると、ワイヤーを切り離してキンジが車内に入ってくる。
「よう相棒、パーティにようこそ」
「友達を見捨てたバチが当たったな。俺のコーラも飲んだろ、あとで返せよな」
「言い訳は帰ってから考える。いいか、バスは遠隔操作されてる。チャリと同じだ、減速したら吹っ飛ぶぞ」
苦い表情でキンジがインカムの音を拾う。騒ぎ立つ車内で聞きえるのは、神崎の名前。ほぼ同じくバスが強く揺れた。
「お次はなんだ……!?」
押し込まれた生徒たちがもつれ合い、転げ回って悲鳴が連なる。俺も武藤共々もみくちゃにされるが後ろの窓から、見えた。生徒の体の隙間から追突するオープンカーの様子を、できれば見たくなかった無人の座席に鎮座した火器を──
「アリア!」
「待てキンジィ! そいつはUZIを……ちくしょう、伏せろ──!」
いつのまにか後ろから横に回り、バスと並走していたオープンカー……真っ赤なルノーがこっちにUZIを乱射しやがった。
バスの外へ出ようとするキンジを止める時間もなかった。悲鳴と銃声が混ざり、地獄の釜となったバスの中で粉々になったガラスの破片が舞う。
間一髪で伏せた頭を粉々になったガラスが叩いた。ようやく銃声が止まり、四方を見渡せば前から後ろまでバスの窓は木っ端微塵、外の景色が透けている。
今の乱射でキンジも車内に押し戻されたか。狂人だな、無人だからって滅茶苦茶しやがるぜ……
「……武藤。生きてるか?」
「……今日は厄日だ。神様も轢いてやる」
「これが片付いたら星枷に厄払いしてもらえ。うおッ!?」
突然、不気味な浮遊感と共にバスが横に大きく振られる。俺は頭を座席に思いきりぶつけた。
「む、武藤! 運転席だッ、急げ!スピードが落ちてる!」
キンジが叫ぶ。運転席が見えるとキンジの意図を悟り、背筋が凍った。運転手が被弾してる。
やべえぞ。さっきのUZIで肩をやられてる。ハンドルにもたれて動いてねえ。スピードも落ちてる、なんとかしないと仲良くスクラップだぞ。
バスが左車線にはみ出し、それを避けようとした対向車がガードレールと接触事故を起こす。
運転手の体重で切られていくハンドルをキンジの叫びで動いていた武藤が血相を変えて掴む。転んだ女子生徒が落とした携帯からボーカロイドの新たな指示が聞こえた。
「有明コロシアムの 角を 右折しやがれです」
好き勝手言いやがる。
なんとか他の生徒と協力して運転手を床に降ろし、運転席には武藤が代わってハンドルを握った。
「見せ場だぜ運転手、今日は誰も文句言わない! ここをアウトバーンと思え!」
「い、いいけどよ! オレ、こないだ改造車がバレて、あと一点しか違反できないんだぞ!」
「そもそもこのバスは通行帯違反だ。晴れて免停だな、おめでとう」
「落ちやがれ! お前らまとめて轢いてやる!」
豪雨の中、キンジの防弾ヘルメットを受け取っていた武藤がハンドルを握りしめた。
スピードを戻したバスは、いよいよレインボーブリッジに入っていく。ちくしょうめ、都心が見えてきたぞ。
幸い道路の封鎖が間に合ったらしく、ブリッジには車が一台もない。接触事故の危険はなくなったが、いつのまにかキンジの姿が消えていて見当たらない。
血液が凍り付くような悪寒が背筋を撫でた。
並走していたルノーが前方に回り込んで、脳が警鐘を鳴らすが──遅い。
円を描くように振られていたUZIの銃口が止まる。標的を定めた合図だった。
「──キンジィ! 神崎ィ!」
被弾音が、二つ。バスの天井でなにかが落下した音が聞こえた。目眩がしたのは一瞬、血走る瞳で俺はルノーを睨む。
「──おまえぇッ!」
進行を阻む車輌にトーラスを抜こうとして破裂音がルノーを揺らした。他に車や人影はない、狙撃だ。キンジが空挺したヘリか……?
うなりを上げるローターの羽音は、やはり武偵高のヘリだ。レインボーブリッジの真横につけたヘリは、豪雨にありながらハッチを大きく開いている。
バランスを失ったルノーがガードレールと火花を散らし、開けた視界には確かに見えた。
強風に靡き、豪雨に打たれても、存在感を失うことのない青い髪が──
「レキ……?」
豪雨に構わず、呼んだ名前は銃声に被せられる。バスに衝撃が伝わり、着弾の音は三回、衝撃も一拍ずつ遅れてやってくる。
悪環境を感じさせない精密な射撃。そして爆弾はバスから切り離された、ドラグノフの狙撃による信じられない幕引きと一緒に。
「武藤。あとは頼む!」
気がつけばバスの窓に身を乗り出していた。まだ減速しているバスに体が引っ張られる、知ったことか。
バスの屋根によじ登り、減速したバスはようやく停まる。
パーティーに誘われた、協力してやると軽々しく言ってやったさ。
結束すれば犯罪者の一人くらい逮捕できるってな。自負もあったさ。神崎の、家族の問題を解決してやれるかもしれないって。
けど現実はどうだ。
雨に打たれて額から血を流す神崎とそれを抱き抱えるキンジ。酸鼻極まる光景に俺はなにかしてやれたのか。
いいや、何もしてやれてないんだよ。何もな……
◇
「よう、キンジ」
神崎が運ばれた武偵病院には、まあ当然だがキンジがいた。苦虫を噛み潰した顔をして、VIP用の個室を出てきたところだ。他にも先客がいたらしい、飾られた白百合には『レキより』とカードがついていた。
「今回は助かったよ。レキにも礼を言っとく」
「嫌みか?」
「人質の分際だ、嫌味すら言えねえよ。キッカケを作ったのはバスジャックされた俺たちだ。救助に来てくれたお前に礼は言っても嫌味を言うのは筋違い。神崎の怪我も……お前を責める権利は俺にはない。あるのは、神崎だけだ」
「俺は、お前やあいつに期待されるような男じゃないんだ。もう……武偵なんか辞めるって決めたんだ」
「……悪ぃ」
そこまで言って、俺は何も言い返せなくなる。キンジが武偵を辞めたい理由を知ってるからな、こいつも神崎と同じだ。家族の問題には誰だって熱くなる。
「じゃあな」
すれちがったキンジはひどい顔をしていた。
ああ、ひでえ顔だよ、俺もおんなじ顔だ。
『怪物がいないところ、人間も。山のてっぺんで暮らそうかな』s14、6、チャーリー・ブラッドベリー──