「竜悴公姫ヒルダ──か。ファースト・コンタクトはお互いに不幸だったな。奴はパトラへの借りを返す為、俺はパトラを探す為。二人して、砂櫟の魔女に引き合わされたようなもんだ。彼女も戦いには乗り気じゃなかった。ヒルダの言葉を借りるなら……遊んだだけ」
「彼女は頭は良いがきまぐれでもある。このタイミングでお前と接触したことには私も驚いているのだ。彼女はお前を警戒していたからな」
「吸血鬼にしては律儀な奴だ。褒めるわけじゃないがアルファを思い出したよ。パトラに借りを作ったままにしたくなかったんだろ」
「彼女とブラドをイ・ウーに紹介したのがパトラだ。信憑性のない噂話だが……」
「お陰で理子を見つけることができた。あの親子からすれば大きな借りだな。今夜は挨拶、不幸なファースト・コンタクト。次に会ったときは遊びか、それとも狩りか。黙ってそのまま別れるって選択肢はないな」
松葉杖のジャンヌに先んじて車輌科にある休憩室の扉を開く。きまぐれから俺に槍を向けてきた吸血鬼の話題も扉を開くまでだった。扉を開くとポケットPCを片手に右目に眼帯をした理子が立っている。俺もジャンヌも理子の前でヒルダの話題を口にするのは抵抗があった。彼女が日本に渡っている情報は遅かれ理子と共有するつもりだがまずは目の前の障害──パトラを撃退することが先決だからな。
理子は、過去の亡霊とも呼べるブラドをようやく倒したばかりだ。自分を檻に閉じ込めた吸血鬼を倒し、自由になると言う宿願を果たした。ジンの狩りをした後、インパラで話をしたときには既にヒルダと道を交えることを視野に入れていた。
理子にしてみればヒルダはブラドに次ぐ過去の負の遺産。避けて通れない道だし、ヒルダも父親の敵を見過ごす性格じゃない。いつか交わる道だが少しの安息日を設けるくらいは構わないよな。
「ふーん、キリくんは呪いから逃れたか。魔女や使い魔連中に馴れてるのは流石はハンターってところ?」
理子がポケットPCを振ってくる。神崎にこっそりつけた発信器を追いかけたんだな。いつもながら器用な女だよ。諜報科に転科しても有能株になるだろうな。
「姑息に呪いをかけようとする魔女が知り合いにいてね。お陰で立ち回りが慎重になった」
「キリくん、それ本気で言ってる?」
「真面目に言ってるよ。あることがあって、以来呪いには慎重になってる」
俺は理子に向けて即答した。第一級の呪い、要はカインの刻印を巡る話だがジャンヌは眉をひそめてる。参ったな……お前はどこまで俺の事情に精通してるんだよ。よもやここまで来ると感嘆するぞ。松葉杖で片足を支えるジャンヌが片目の理子と視線を合わせる。
「目の調子は?」
「一時的な状態異常。でも距離感の掴めないガンマンに力仕事は期待しないでほしいかな」
「お前も眼疾かよ。パトラは王を名乗るだけあって徹底してるな。砂漠の王様は自分の敵には容赦がない。いくら私闘を禁止していなくとも同じ組織だろ?」
「主戦派と研鑽派は思想も目的も別だ。あたしがパトラでも敵に情けはかけないよ。自分の首が落ちてから後悔しても遅い」
男口調で理子はかぶりを振る。ジャンヌや理子が所属するのは研鑽派、パトラやヒルダが所属するのは主戦派。イ・ウーには思想や目的の異なる二つの派閥がある。主戦派はパトラの思想、目的を体現するような……過激な連中の集まりと聞く。要はイ・ウーの頭一つ抜けた武力で、世界の侵略を考えてるような連中だ。世界征服を絵空事と笑えないのはイ・ウーにはそれを可能にするだけの力があるからだろうな。
「ところで、帝国軍の最後の希望は?」
理子は床を人差し指で指し示した。
「打ち合わせ通りだよ。雪ちゃんやレキとドッグに一足先に向かってる。アリアがいるのは北緯43度19分、東経155度03分。太平洋、ウルップ島沖の公海。こっそりアリアにつけたGPSと雪ちゃんの占いも同じ場所を示してる。理子もさっきまで頭を捻ってみたけど、他に乗り込む手段は浮かんでこないかな」
「いや、皇帝がデス・スターで待ち構えてる。ひとつでも乗り込む手段があるなら上出来だ」
「キリくんの好きな言葉で言うなら、銀河系最速のガラクタ。2000kmの旅にもとりあえず出れる。ハイパードライブは使えないけど」
「そいつは残念。惑星ナブーに行ってみたかったが」
「話はそこまでだ。ついて来い(フォロ・ミー)、二人とも」
ジャンヌが話題を切り、視線で真下を示す。片足がまだ治りきっていないジャンヌに合わせて、俺と理子はゆっくり歩きつつ、車輌科のドッグへ続く道を降りた。降るに連れてオイルの匂いが濃くなっていく。
「パトラが皇帝なのは分かるがオルクスをミレニアム・ファルコンに例えるのはどうだろう? あれは貨物船の姿をした大型戦闘機だぞ? ミサイルやレーザー砲を積んだ前線戦闘にも耐えられる船だ」
「……お前がさっきの話を戻すのかよ。つか、詳しいな。俺もあのガラクタは大好きだけどさ」
「二人でプラモデルでも作ればいいじゃん」
「ハンターと魔女が一緒にミレニアム・ファルコンを製作か。マスターケノービも腹を抱えるよ」
ジャンヌの天然発言に肩から力が抜ける。
「キリくんはパトラと因縁がある感じだよね?」
一転、切り出したのは理子だった。ジャンヌも聞き耳を立てるように口を閉ざしている。
パトラ──クレオパトラの子孫で古代エジプト思想にかぶれた魔女。Gは推定25の世界最強クラス。砂を操る超能力以外にもスカラベを使役して呪いもかけれる。自前の巨大な魔力も驚異だがパトラはピラミッドを経由して無尽蔵に魔力を生成できる。拠点を構え、待ち構える姿勢を取らせれば守りの堅牢さはこの上なしだ。
「数年前にアメリカで奴と会ってる。実力は文句なしだが性格に難ありでアメリカにいた魔女からは嫌われてた。同じ嫌われ者のロウィーナもメガ──なんだっけか。魔女の組織にパトラを誘おうとはしなかった」
「赤毛の魔女か。アドシアードで私のことをお前に流したのも彼女だな?」
「ああ、今では腐れ縁。非常時には力を借りる仲だ。悪くない付き合いだよ、一緒に魔王と戦う程度には仲が良い。話が逸れそうになったけど、パトラとは過去に一度戦ってる。決着はつかなかったが普通の魔女とは……格が違う。俺も危うくミイラになりかけた」
エレベーターに乗って地下2階のボタンを押しつつ、ジャンヌが眉を寄せる。
「パトラはイ・ウーの厄介者なのだ。ロウィーナ・マクラウドはお前たちと関わり、随分角が落ちたと聞いている」
「どうかな、最初に比べれば丸くなったが」
「パトラは元々はイ・ウーではブラドよりも上の、ナンバー2に位置してた。でもあまりに素行が乱暴すぎて、退学になったの」
呆れるよ、素行が酷くて組織を追放された身。ロウィーナそっくりだ。実力はあるが性格に難があるところまで似てる。
「パトラは自分は生まれながらの覇王だって思い込んでる。『教授』が死んだら自分がイ・ウーのリーダーになって、自分の王国を作るための戦争を起こすつもりなんだよ。パトラは頭のいい魔女だけど、結果も考えず撃ちまくるタイプでもある。まずはエジプトを支配して、いずれは世界を征服しようとしてる。本気で」
「讃美歌を歌いながらかたっぱしから虐殺かよ。どうやら昔となんら性格は変わってないと見える。その『教授』が今のお前たちのボスか?」
「騒動の渦にいる人物。イ・ウーにやってきたばかりのブラドに一人で勝利したのも彼だ」
「要はシスの親玉か。教授の跡目争いでパトラは躍起になってる」
「そういうこと」
イ・ウーは無法者の集まり。束ねることは至難の技だがリーダーになるだけの価値はある。世界のバランスを塗り替えるだけの力がイ・ウーにはあるからな。パトラが組織を治めた暁には世界征服の野望も笑えなくなる。
「私と理子は、パトラをイ・ウーのリーダーに据えたくはないのだ。それはお前も同じだろう?」
「俺は部外者だ。でも当たってるよ、パトラがイ・ウーのリーダーになるのは笑えない。本音ではお前や理子に舵を取って貰いたいと思ってる」
「でも、なっちゃうかもしれない。このまま『教授』とアリアが死んだら」
理子が言い──エレベーターは、車輌科のドックで停止した。エレベーターホールには、伏せて休む銀狼と、ベンチに体育座りしているレキがいる。先約はキンジだけじゃなかったな。レキは俺たちに気づくと、黙ったまま次の扉へ歩いていく。先行して一歩踏み出した理子がくるりと振り返った。
「キーくんの準備も終わってる。急ぐよ」
車輌科のドッグは海から水を引いて小型船舶の整備ができるようになっている。インパラの部品を調達しに車輌科に足を運ぶことはあったが、深層部まで降りたのは今日が初めてだ。モーターボートや水上バイクが居並ぶブリッジをどんどん進んでいくと……白と黒で着色された乗り物が見えてくる。見たところ、あれが『オルクス』だな、デス・スターに乗り込める唯一の手段。星枷の隣、B装備で武装したキンジと視線がぶつかる。
「よう、腐れ縁」
「……お前の言ったとおりだよ。兄弟と戦うのが怖かった」
「でも今は違う。一皮剥けたな。俺よりずっと──大人になった。なあキンジ、兄貴ってのは弟のことがいつまでたっても鼻垂らしたガキに見えてくる。面倒見てやらなきゃって思っちまうもんなんだ。反対も然り、弟は兄貴を支えたくなるもんなんだよな」
「……」
「俺と兄貴は何度も大喧嘩してきた。でもどうこんがらがっても最後は許しあった、『家族』だからだ。血の繋がりは関係ない。支えて、支えられる関係。お前は神崎を本気で守ろうとしてる。お前は──間違ってないんだよ」
黙っている理子や星枷を見ると、揃って目を丸くしていた。
「理子、家族のことになると熱くなるのだ。普段はピエロのような男だが」
「おい、やめろ。その三文字を口にするな」
ジャンヌ、庇ってくれるのは嬉しいんだが余計な言葉が一緒になってる。庇ってくれたのは嬉しいんだが……
「……そう言えば、雪平くんってサーカスで」
「星枷やめろ、真剣な空気を壊すんじゃない。頼むから。武藤、この銀河系最速のガラクタは何ノット出せそうだ?」
いきなり矛先を向けるな、と言いたげに油まみれの武藤が眉をひそめた。オルクスを調整していた武藤の意見が一番信頼できる。武藤は計算するような仕草で。
「まぁ……170ノットってとこだな」
「すばらしい。たった一晩でそこまでできるなん──てお前は天才だ、武藤」
ジャンヌは他者を誉める嘘は言わない。武藤に送ったのは正真正銘、最高の称賛だ。
「それは認めるがよ。オレ以上の天才だぞ、これを造った奴は。これ、元は海水気化魚雷だったんじゃねえのか?」
「スーパー……なんだって?」
「高速魚雷が蒸発させた海水の気泡を自分の周囲に張って、水の抗力をだな──」
横から尋ねたキンジに説明を始めた武藤を、ジャンヌが片手で制した。
「遠山、詳しい説明をしている時間は無い。要するに超スピードを出す魚雷から炸薬を降ろし、人間が乗れるようにしたものなのだ、オルクスとは」
「……だがよ、2000kmも走らせるつってたな。燃料は積めるだけ積んだが、それなら片道だぜ。何か調達してあとで迎えに行くけどな、自力では帰ってこれねえぞ」
あるのは、片道切符ってことか。言い淀む空気の中で武藤が溜め息をついた。
「おい、待てよ。何か調達して迎えに行くって言ったろ。そこは安心しろ。切がサーカスから逃げたときみたいに俺がなんとかしてやっから」
「意義あり、俺は逃げてないぞ。あれは狩りで……」
「遠山、理子やレキから話は聞いているな。オルクスで迎えるのは二人までだ」
俺の言葉に割り込んだジャンヌが、キンジと星枷を交互に見る。遠回しな人選の確認だな。後ろ頭を掻き、俺は言葉を沈める。
「武偵憲章4条──武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事。でも全部終わった後に迎えに行くことくらいは許されるよね?」
武藤の手伝いをしていたらしい不知火が、潜水艇のハッチから顔を出した。
「燃料のことは気にしないで、遠山くんは遠山くんの役目を果たしてほしい。正直、遠山くんが危ない橋を渡ってるのは薄々気づいてたけど、やっと手伝える時が来て、ちょっと嬉しい」
武藤は背中を叩き、不知火は笑顔でキンジを激励する。人はそう簡単に一人にはなれない──あながち、夾竹桃の言葉は間違いじゃなさそうだ。
「雪平さんは行かないのですか?」
「……乗れるのは二人までだ」
「貴方とキンジさんはルームメイトです。それは今も過去も変わらない」
凛としたレキの声に俺は白旗を上げた。この子には敵わないな。
「参った、お前の前で軽いことは言えないよ。ありがとう」
何も言わない優しい同僚に礼をして、同じく不知火と武藤に礼を言ったキンジと視線が合う。
「家出から帰って来たらこの有り様。普通の日常には遠いな」
「言いたいのはそれだけか? ヨーダみたいに達観してるんだな?」
「うるせえ、俺はオビワンが好きなんだよ。レキに後押しされたんだ。一言だけ言わせろ」
俺、どんな顔してるんだろ。家出から戻ったガキみたいな顔かな。だとしたら笑える。すっ、と左手を上げた。
「誰がボスか教えてやれ。ホノルル式のやり方でな。
「おいおい、お前が少佐って柄か?」
「好きなんだよ、尊敬してる。勝手にクランクアップするなよ、刑事さん」
「ロキシーで肉を奢れ。家出はそれで忘れてやる」
うるせえ、バカ。インパラのガソリン代でちゃらだ。キンジと左手同士を打ちならし、離れて立っていたレキの隣へと戻る。
「今度、カロリーメイトを奢るよ。どれがいい、ブロック? ゼリー? ジュースタイプ?」
「ブロックで」
「了解、味はあの昼行灯に任せる。酷いチョイスをしたら二人で笑ってやろう」
──午前7時15分。キンジと星枷を乗せた潜水艇を俺たちは見送った。
「理子、場所は北緯43度19分、東経155度03分。太平洋、ウルップ島沖の公海だったな?」
オルクスが消えたドッグで俺は理子に確認する。呆気に取られた理子は少し時間を置いてから頷いて返してきた。
「座標が分かれば十分だ。俺も頼れる筋で迎えの準備を進めてみるよ」
◇
神崎・H・アリアという女は不思議な女だ。いきなり部屋に転がり混んで来たと思ったら、突然始まる悪の組織との全面戦争。最初こそ世紀の大怪盗の子孫だが、あれよあれという間に魔女、吸血鬼との遭遇だ。今度はクレオパトラの子孫、本物のファラオと来やがった。非日常ここに極まり、良くも悪くもハンターとしての仕事が出来てる。怪物や悪霊から人を救う仕事、それが親父の願いだった。
鍵を開け、インパラのトランクを開く。ダミーの底を持ち上げ、左側の仕切りにショットガンを立て、底蓋を支える。四つに分けた仕切りの底を手で漁り、聖油の入ったスキットルと弾倉一本分のなけなしの法化銀弾を持って、ダミーの底をトランクごと閉じる。ガレージを出ようと振り向くと、流れるような黒髪を揺らす蠍が立っていた。
「珍しい客だな。コーヒーはないぞ」
「貴方を笑いに来た、と言ったら?」
「かまわねえよ。好きなだけ笑っていけ。長く相手はできないけどな」
そのまま夾竹桃を横切ろうとして、俺は足を止めた。
「お前、その左目どうした?」
「別に」
揃えられた黒髪の下、黒を赤い縁で囲ったような眼帯が夾竹桃の左目を覆っている。数日前にはなかった。
「パトラか?」
「大したことでもないわ。彼女の野望が叶わなければ虫を放った意味はないから」
「……バカタレ、俺にはあるんだよ。理子とジャンヌを呪われて見過すのが無理な話だ。お前が目を呪われたなら……もっと無理だよ」
俺は静かに呼吸をして、目をつぶった。
「悪いな、夾竹桃。少し出かけてくる」
「だから来たのよ。二人は見抜いていたわ。お前はどんな手を使ってもパトラを追いかける。私も同じ意見だった」
「……機雷を改造したモンスターマシーンで行くような場所だ。どうやって行くんだ?」
「どんな手を使っても」
夾竹桃の眼には迷いが見えなかった。ぶつけていた視線を俺はゆっくり瞼に隠す。
「心配の言葉でも貰えたりするのか?」
「お馬鹿、そんな答えじゃ部分点も上げられないわね。答えはミイラを想像すると早いわ」
「なあ、想像すると嫌な答えしか浮かんで来ない」
「冗談よ。ミイラは関係ないわ。よく聞きなさい」
ちくしょうめ、今の流れで冗談を言えるお前の方がお馬鹿だよ。俺はまた冗談が来ると身構えた。だが、違った。
「さっきの言葉は訂正するわ。貴方に会いに来たのは……多分、世界が危機を迎えているから。彼女がイ・ウーのリーダーになるのはそういうことよ。でも誰が最後に勝つか分かってる、勝つのは貴方」
俺は何も言えず、聞くばかりだった。
「最後には貴方が勝つ。イケてないファッションで固めたハンター兄弟が。日本には一人しかいないけど」
「……イケてないファッションは余計だよ」
無事な片目も閉じ、夾竹桃はうっすらと笑った。
「イケてないネルシャツを着たハンターが何言ってるのよ。腕にシルバーを巻くことは許すとしても、せめて流行の服ぐらいはチェックしなさい。そして……今度こそまともな服装で映画を観に行きましょう──死ぬんじゃないわよ?」
ガレージを去る夾竹桃の背中がいつもより大人びて見えた。今の言葉は忘れられそうにない、悔しいことにな。
「待てよ、夾竹桃」
去っていく彼女に俺は勝手に言葉を続けた。
「May we meet again. (再び会わん)」
パトラ、悪いな。最後の最後でお前を見逃す理由がまた一つ減ったぜ。
「──貴方も好きねえ」
部屋に戻ると、俺はあるだけの装備を詰めたバッグを床に落とした。ディーンはいつも狩りに使う道具をバッグに入れる習慣があった。俺にもその習慣が染み付いてる。何年も一緒に狩りをしてきたからな。トーラスに弾倉を差し入れ、スライドを引き絞る。
ルビーのナイフと天使の剣も忘れない。今は誰もいない部屋、でもすぐにキンジが神崎を連れて帰ってくるよ。ソファーから腰を上げ、俺は携帯の電話帳を開く。準備はできた──あとは乗り込むだけだ。呼吸を沈め、電話のコール音に耳を澄ませる。
『よう、デカくない方。いや待てチビの方か。デカサムならぬチビキリ』
『久しぶりだな、ちびっ子ギャング。いや、ファーガス』
『──クラウリーだ、舌を引きちぎるぞ。それで、久々のモーニングコールの理由は?』
『頼みがあって電話した』
電話した相手とは味方とも敵とも呼べない複雑な関係の仲だ。十字路の取引王、地獄の王、ビジネスマン──電話の主を言い表す言葉は尽きない。悪魔の番号が電話帳にある時点で俺は日常から隔離されてるわけだ。本当に普通になりたいなら電話帳から天使と悪魔の連絡先を消すところから始めないとな。
『しゃあしゃあと頼みごとか。俺の息子を元の時代に送り返して殺した挙げ句、自分はさっさと家出。平和な日本で休暇(バケーション)』
『聞けよ、クラウリー。あれはギャビンが……お前の息子が望んだんだ。ギャビンが元の時代に戻ったことで彼女は悪霊にならなかった。彼は大切な人を救ったんだ、自分の手で』
『消えてくれ』
『待てよ。とある魔女を追いかけてる。まだ若いがロウィーナに劣らない魔女だ』
『母さんに?』
『高級ホテルに泊まる趣味はないけどな。でも腕は確かだ。仲間が呪われた。奴の根城に乗り込む準備は出来たが行きの船がないんだ、力を貸してくれ』
北緯43度19分、東経155度03分。太平洋、ウルップ島沖の公海。パトラの呪いで神崎の命にはリミットが設けられている。イ・ウーのひみつ道具を武藤が1日改良して片道のチケットしか手に入らない場所だ。正攻法で乗り込むのは難しい、正面突破が無理なら絡め手だ。パトラ、お前がピラミッドから力を借りるなら……俺は悪魔に力を借りてやる。
『グレゴリが使っていた天使の刀。天界の武器を用意した。運賃の代わりにお前にくれてやる』
『この俺に取引をしろと?』
『お前も大天使に効果のある武器は欲しいんじゃないのか。もしものときの保険として使える。それと酒もやろう、年代物で高い奴』
『すぐ行く』
刹那、背後でソファーが沈む音が聞こえた。
「来たぞ」
声は電話と二重に重なった。クラウリーが我が物顔でソファーに座っている。俺は無言で通話ボタンを切り、携帯を折り畳んだ。天使と悪魔に物理法則は通用しない。久しぶりの邂逅で忘れそうになったよ。
部屋の天井にも絨毯の下にも悪魔封じは用意していない。俺はしゃがみ、絨毯の下を見せるように端を捲りあげる。
「悪魔封じはなしだ。送ってくれるだけでいい、帰りは自力でなんとかする」
「えらく殊勝だな。お前らしくない」
「人は変わる。時間が経てば誰だってな。でも利用できるものはなんでもする。自分の面倒は自分でみなきゃな」
「メグの教えか」
「あれでも長い付き合いだった」
部屋の隅からギダーバッグを持ち上げ、ソファーの前に投げ捨てる。
「グレゴリから奪った天使の刀だ。先払いで持ってけ、酒は後払い」
「後払いねえ。作戦は?」
「魔女は待ち受けてる。だから堂々と乗り込むんだ。派手にな」
「調べものの鬼がいつから出たとこ勝負になったんだ?」
「今だよ」
バッグを抱え、俺は瞼を下ろす。勝てるかどうかの確証はない。キンジに全てを任せる選択肢も今なら選べる。だが遅かれ早かれ、パトラとは白黒つける時が来るだろう。それが今日か明日の違いでしかない。
パトラはジャンヌを呪った。理子も夾竹桃も敵対する相手は見境なしだ。どんな状況でも三人は自分の信念に従って行動する、誰かの指図なんて受けない。だからパトラは恐れてる。コントロールできないからな。
奴が降参するまで諦めない。勝つのは俺たちだ、悪党どもをぶっ倒す。それが使命だ。
俺たちが怖い──いいよ、上等だ。見返してやろう。
◇
神崎が羨ましかった。母親のためにどこまでも真っ直ぐになれる彼女が羨ましかった。
「親父は2つの過ちを犯した。1つはアダム、狩りで立ち寄った街で子供を作ったこと。アダムは母親もろとも人喰い鬼に殺されて、最後は天使の計画に利用されて地獄の底だ。そしてもう1つの過ちが俺。アメリカに亡命した日本人と親父の間に出来た過ち」
「だから?」
「だから母さんの傍にいたくなかった。アマラと神の喧嘩を仲裁して、ディーンやサムは夢の中や過去以外で初めて母さんと再会できた。黄色い目が全てを壊したあの日から、初めて家族が再会できたんだ。お陰でサムは初めて母さんと話が出来たし、失った時間をほんの少しだが埋めることができた」
「だが、お前は家出した。制止を振り切って日本にひとっ飛び。忌々しいルシファーのガキを放ったままな」
「それは心残り」
甲板にピラミッドを無理矢理くっつけた幽霊船の中を階段を跨いで上に進んでいく。分かれ道が連なった迷路ををマグライトで照らし、いつか地獄の猟犬を探索したときのように俺は背後に悪魔を連れて歩いた。家族の話を交えながらな。
「母さんとアザゼルは取引をした。まだサムやディーンが生まれる前、親父の命を救うために。そして親父は母さんが死んだことがきっかけでハンターになった。考えてみろよ、俺は母さんが命と引き替えに助けた親父が……他に関係を持った証だ。サムやディーンとは根本的に違う」
「血の繋がりは関係ない──偉そうにのたまってたのはどこのどいつかねえ?」
「それは本音だよ。でも俺が傍にいると母さんは嫌でも親父のことを思い出す。四六時中、黄色い目……アザゼルの幻覚の相手をするようなもんだ。俺にはできなかった。だから逃げたんだよ、母さんからも家族からも」
「自分の生まれからも。臆病者め」
「否定しないよ。一度も目の前では母さんと呼べなかった。呼ぶ資格もなかったが」
「ルシファーを道連れにした男とは思んな。かつてのお前にはぎらついた部分があったが……今は見る影もない。ルシファーのガキをなんとかするとして、昔のキリ・ウィンチェスターなら見込みはあったが奴はどこにもいない。いるのはコーラが大好きなだけのクソガキ」
……生まれてくる子が母親似であることを祈るさ。ネフィリムであろうが生まれる前の子に罪はない。誰も生まれを選べないからな。やがて大きな扉が現れ、俺は足を止める。マグライトの光を当てると、鳥や蛇を模した象形文字が扉に描かれている。こいつは古代エジプトの……
「翻訳してやろうか?」
俺は片手でクラウリーを制した。
「古代神官文字(ヒエラティック・テキスト)は得意分野だ。ハムナプトラは20回は見たしな。ディーンは勉強が嫌いでいつも語学のテストを恐れてたが、俺は語学の勉強が大好きでね。インディアナ・ジョーンズに憧れて色々と勉強したもんだ、彼には遠く及ばないが」
「それはがっかり。アメノファスと叫んでくれりゃ笑ってやったのに」
「博識で悪かったな王様。地獄でアナクスナムンの魂でも追いかけてろ」
扉には『王の間』と描かれている。自分で王を名乗るのはここにいるちびっ子ギャング(クラウリー)と暴君(アバドン)だけだと思ってたよ。俺は肩にかけていた槍に今一度視線を向ける。目を細めた地獄の王が隣で肩をすくめた。
「その槍にかけられていたまじないは一度壊れちまってる。ラミエルが使っていたときの力はもう残ってない」
「御名答。形は元に戻ったが俺たちが苦渋を舐めた槍には戻せなかった。まじないも見よう見まねででっちあげただけ」
「お前の無駄な努力を見積ってやるとして、精巧に作られたレプリカが妥当なところだ。俺の驚異にはならん。好きに使え。なんなら契約書にサインしてやろうか? それともokって言うだけでよかったか?」
「ああ、好きに使うさ。お前は回収しなかったし、ディーンもサムも折れた棒切れとしか扱わなかった。そう、誰のでもないひのきのぼうとして捨てられた。だが、今は俺に所有権がある。リサイクル万歳」
「笑わせるな、お前には程遠い思想だ」
「俺もそう思う。でもインパラを乗り換えるつもりはない。使える物は使う、非常時なら選り好みできないしな」
重い音を立て、扉が独りでに開き始める。
「お別れだ。俺はペットの躾に戻る。後は自分でやれ」
「そのつもり。今度は猟犬を外に逃がすなよ」
「ご忠告ありがとう。後払いの貧相なワインを楽しみに待ってる」
……嫌味か貴様。開いていく扉と反対に消えようとするクラウリーに俺は葛藤の末……
「待て、クラウリー。……ありがとう」
昔、逃げ出した地獄の猟犬を一緒に捕まえたときと同じ──何も言わず、次の瞬間には地獄の王は消えていた。俺は静かに呼吸して、王の間に踏み入る。
「パトラ、終点が玉座の間とは上出来だな。世間は不景気で荒れてるってのに自前のATMでもゲットしたのか?」
そこは一言で言えば、黄金でできた広間。絨毯が敷かれた床石も、室内を取り囲む石柱も、奥に据えられた巨大なスフィンクス像も、全ての物が煌めく黄金でできている。まさにパトラの嗜好、考えを具現化したような空間だ。スフィンクスの真下、聖棺に視線を定めて、俺は目を細めた。眠り姫ってキャラかよ──神崎。
「……キャンベルとウィンチェスターの話は全てが控えめに語られてきた。鼠が『王の間』に上がるなどあってはならぬが、疫病が妾に近づくのはもっと許せぬ」
黄金の玉座に座っていたパトラは──招かざる客を見たような冷たい眼をしていた。本来招いた客を差し置いて仇敵が土足で舞台に上がったような反応だ。
「祝いの贄がないのはちと淋しいが、お前の骸も悲鳴も妾は好かぬ。散れ、二度と王の前に踏み入るでない」
「エル・ドラードは子供の頃に憧れたが黄金まみれってのは思ってたよりずっと下品だ。この玉座を見たらオレリャーナもさぞやガッカリするだろうよ」
「妾は征服者程度の器には留まらぬ。30秒、今なら目を瞑ってやるでの」
30秒やるから立ち去れ……なるほどな。
俺は開いた左手で玉座の王に指を向ける、敬意とは無縁の失笑を込めた態度で。
「5秒やるからその汚い棺をどけろ」
「ふん、下賤な態度は変わらんのう。聞け、妾はイ・ウーひとつ、エジプト一国の王にとどまらぬ。いずれは、この世の女王になる存在ぢゃ。小汚いハンターよ‥‥‥その言葉、覇王への冒涜と知れ!」
眉を吊り上げたパトラに合わせ、床石が砂金へと姿を変え始める。この間に敷かれている砂金すべてがパトラの武器。蠢く砂金を玉座から見下ろす王様に俺は鼻を鳴らす。
「そいつは違うぜ、パトラ。俺が小汚ないハンターならお前は人を呪うことでしか自分の野望を叶えられない臆病者だ」
「……妾が臆病者?」
座ったまま、パトラは首を揺らす。
「妾は、常に先を見て動く。イ・ウーの女王となる大事な時期にお前のような疫病と関わりとうなかった。ぢゃから、猶予をやった。無下にした罰は詫びてもらうぞ?」
足場を作っている砂金が盛り上がり、玉座への道を閉ざすようにジャッカルの使い魔が砂金より出でる。半月の斧で武装した二対の使い魔、カジノで戦った使い魔と瓜二つ。パトラの魔力が無限に生成されるならば、使い魔も無限に生みだせるハズ。ここはパトラの王室、砂に満ちた部屋の恩恵を受けるのは砂櫟の魔女ただひとり。自分の根城でハンターに苦渋を舐めさせられる、少しは嫌がらせになるかな。
「やれるもんならやってみろ。研鑽派の連中には借りがあるからな。あの三人に代わって、俺がお前の立てた人生設計を台無しにしてやる」
「吠えるのぉ。愚かにも怒りに振り回され、妾に挑む意味を分かっておらん。蹂躙ぢゃ、戦にもならんぞ?」
知ってるよ、お前の強さはよく分かってる。匙を投げたくなるような戦いに自分から突っ込む──そんなのいつも通りだろ。
「知ってるよ、意味はよく分かってる。パトラ、俺が怒りに振り回されると言ったな?」
俺はかぶりを振り、聖棺に向けた眼をパトラに戻す。神崎、人の目覚ましぶっ壊して、自分だけ寝ていられると思うなよ。
「俺はとっくに怒りなど通り越してんだよッ!」
──すぐにその悪趣味なオカルトグッズから引きずり出してやるからな。
「トオヤマキンジ、それに日本の魔女が来ることは見えておる。前座にしてもお前を舞台に上げるのは……興が削がれるのう。妾は男は嫌いぢゃ、男のハンターなど論外と言う他ない。お前のようにハンターは愚かな連中の集まりぢゃ、妾には目的も考えも読めぬ」
「俺は単純。本当に大事な1つのことを知ってるだけ。1つの目標に取り組めば自然と生き方は決まってくる」
駆けてくる使い魔の腹部を一突き、前を走ってきた一体を串刺しに変えると、後方の使い魔を矛で凪ぎ払う。
「朝、起きたらやりたいことがあるだろ? 勿論、人は成長するからやりたいことも変わってくる」
槍に触れた使い魔の体は元の砂金に戻るだけ。その体の内側に潜んでいたスカラベも今回は飛び立てない。スカラベの背に浮かんだ青白いルーン文字はパトラも知るところだろう。この槍が普通でないことも……
「今の俺の目的は神崎を取り戻すこと。世界を侵略して個を消して全てを一つにする、そんなつまらん世界はお断りだ。俺たちハンターは個人主義者の集まりでね」
「……狂人め。妾にミカエルの槍を向けるか」
「見よう見まねで修理した劣化品だが、元が大天使や地獄の王子が振るったランクAの武器。天使にはルーンのまじないで避けられない死を与え、悪魔は触れた瞬間煙と化す。気をつけな、魔女相手にどうなるかは俺も試したことがない」
大天使ミカエルが振るい、十字路の取引王クラウリーから地獄の王子ラミエルに渡った槍。一度まじないごと折られた物を、俺が勝手にリサイクルし見よう見まねでルーンの文字を刻んだ結果、精巧なレプリカにまでは戻せた。そう、クラウリーに精巧と言わせる程度にな。
「パトラ、神崎や夾竹桃を呪ったお前にどうやって恨みを晴らすべきか、悔しさを味わわせてやろうか考えた。神崎を取り返し、そこのてっぺんにある、無粋極まりない玉座とこの王の間とやらをぶっ壊せば、少しは悔しいかな?」
玉座から見下ろす王様には凶眼で向き合う。口角の下がるパトラに嫌がらせは無事成功したようだ。白く長い脚が玉座から降りてくる。
「イ・ウーの次の王はアリアではない。妾がアリアの一味を斃し、アリアの命を握って話せば──教授も王位を譲るに違いないぢゃろ。妾の見据えた未来にお前は邪魔ぢゃ」
抱えていた水晶玉を放り、立ち上がったパトラは初めて砂金の地面に足を置いた。刹那──砂金がナイフの形状を取り、宙に浮かび上がる。
「死ね」
パトラの殺意が引き金となり、浮かび上がる砂金は一斉に俺めがけて飛びかかる。俺は平賀さんから購入したワンタッチで展開できるポリカーボネイト製の防盾をかざすと、衝撃に下がりながらも砂金の銃弾の全てを受けきる。心の中で平賀さんに礼を返し、ヒビだらけのシールドから俺はミカエルの槍と共に疾駆、砂金の地面をパトラのもとへ駆ける。
「返り討ちだ、お腹の赤ん坊みたいなポーズで命乞いさせてやる」
体重を乗せた必殺の突きは、パトラが足元の砂金から作り出した、黄金の丸盾に防がれた。こいつは──アメンホテプの昊盾か。白銀の矛先を止めた盾が、真横から新たに一枚浮遊する。砂金に固められた魔力の盾……過去にはディーンが撃ったガバメントの弾丸も全く通さなかった。
咄嗟に背後に大きく跳躍。初撃を受け止めた盾にはルーン文字が浮かび上がり、スカラベと同じく砂金へ返るがパトラに動揺はなかった。盾は魔力によって作られる。パトラ本人の魔力が尽きない限り、何度でも量産できることは過去に実証済みだ。ミカエルの槍でアメンホテプの昊盾は破壊できるが突破するには一手足りない。
「ミカエルの槍には驚いたが、妾とお前では自力に差がありすぎるでのう。血を飲まず、妾の前に立った愚かさを呪え」
「ジャンキーになるつもりはないんだ。後でジャンヌに何を言われるか分からん」
砂金のナイフを真横に交わし、凪ぎ払うように残ったナイフを叩き落とす。
「器とならず、血を飲まず、ウィンチェスターとて人の身ぢゃ。お前が振るうのは人の技。神より力を授かりし妾には、抗えぬのが道理」
「人には神を越えて信じるものがあるんだよ。俺はそれに従うまでだ」
「立体魔法陣と共にある妾の力は、無限!無限に有限は、勝てぬ。それが道理ぢゃ。お前がやろうとする事は、道理に逆らう──神に逆らうのは無理ぢゃのう」
笑わせんな。神に逆らって、神の姉さんとも戦ってきたんだ。今になって萎縮するかよ。
「お前が神を自称するなら好きにしろ。俺たちの答えはとっくの昔に決まってる。相手が大天使だろうが、怪物だろうが神だろうが関係ない。行く手に神が立ちふさがるなら、神を、なぎ倒して行くまで──!」
無限など神のまやかしに過ぎない。パトラの魔力には立体魔法陣という前提がある。パトラ、お前は間違いなく人間だよ。お前の野望を止めて、証明してやる。
「悲しいのう。意思と力が比例しておらぬ。お前も弱き人間にすぎん、ちと残念ぢゃのう」
無限に撃たれるナイフの嵐に徐々に形成が傾き始める。床は砂金で覆われ、全てがパトラの武器であり防具でもある。血で描く図形は蠢く砂金の上には描けない。いつも通りの奇襲は無理だな。捌けなかったナイフに露出した肌が切りつけられるが、血はあっても図形を描く場所が限られてる。
砂金から作られた黄金の鷹を凪ぎ払い、片手で抜いたトーラスで襲来する鷹をかたっぱしから撃ち落とす。四方八方を取り囲んでいた鷹は砂金になって舞い戻るが本体のパトラは何一つ表情を変えていない。こっちの弾丸は有限、あっちは無尽蔵──なるほど、アンフェアだ。
「妾は覇王ぞ。お前は朽ちる、魔剣もリュパンの曾孫も妾の側近になり果てる。妾が統べる世界は妾が法ぢゃ」
「同じ組織だったってのに分かってねえな、ジャンヌも理子も誰かに服従するよう女じゃない。それと、朽ち果てる前に警告してやる。自分の魂の奥底を探って、これ以上ない究極の悪夢を探ってみろ。お前が喧嘩を吹っ掛けた遠山キンジって奴はその悪夢を現実にする男だ」
めざとくパトラは眉を吊り上げた。次の瞬間、背後にそびえた入口の門が、派手に吹き飛んだ。足音は二つ、パトラがうっとおしげに粉塵の舞い上がる間の入口を見やる。
「まなーの分からぬ者ばかり。何の用ぢゃ、極東の愚民ども」
首をもたげるにパトラに声が返される。不出来な探偵が──魔女を引き連れてパトラを見据えていた。
「チェックインだ」
役者は揃った。迎えに来たぜ、眠り姫様。
相手がファラオだといつもより饒舌になる主人公。パトラとの会話は過剰反応を起こしてますね……ですが作者は書いていて楽しかったです。
ようやく回想や電話以外に昔のお友だちが登場しましたが、現時点でのアメリカの時系列もたまたま予想できる人選になりました。カスティエルに劣らず、彼も古参キャラクターなので物語序盤の区切りには相応しいと思います。