哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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帰路

『キリくん。いつまでも拗ねてないで帰ってきなよー。 アリアとキーくん、とっくに仲直りして一緒にお祭り行ってるよ?』

 

『別に拗ねてない。用事があって部屋に帰れないんだよ。只今お仕事中なんでな』

 

『……あの、キリくん? 変なノイズが混じってるけど、どこにいるの?』

 

『廃墟になったトンネル。ランプの精霊と鬼ごっこしてたところだ。今回は俺の勝ち』

 

『おい、そいつはジ──』

 

 正解。俺は携帯の通話を切ってから理子に満点をやる。携帯電話を持った手を下げ、トンネルの壁に背中から張り付いている女に眼をやった。

 

 どこにでもいそうな長身で髪の長い美人だ。ただし顔の右側半分を刺青が覆い隠していることと人でないことを除けば……

 

「ラブコールは終わり? 冷めてるのね」

 

「いい女だよ。でも俺に脈はない、ナイフを突き出して、突き付けられる関係さ」

 

「それもそうね。まともなハンターなら恋人を作ろうなんて考えない。ハンターは普通の生活を送れない。ウィンチェスター兄弟なんてもってのほか」

 

 抑揚のない声でそう言って、女は唇をつりあげた。170に迫るであろう長身の背後、粗末なトンネルの壁には赤いまじないが描いてある。アメリカでハンター仲間から教わったまじないで自分の血で作動するケルトのまじないだ。

 

 手順を踏む必要はあるが人間以外の存在、要は相手が化物でも模様を描いた壁に縛り、捕縛することができる。以前はバンシーと呼ばれる怪物に使ったが今回は別の怪物だ。余裕を崩さないばかりか笑みを作る女に俺は短く言い返す。

 

「自己紹介した覚えはない」

 

「日本のハンターにケルトのまじないなんて使えないわ。天使の剣をこの国で見たのは初めて。初めまして──キリ・ウィンチェスター。貴方たちはイヴを殺した、私たちの間でウィンチェスター兄弟を知らない子はもぐり。遅かれ早かれ煉獄に行くわ」

 

「生憎、有名になるようなことはしてねえよ」

 

 冷淡に同族について語る女は『ジン』。神様のような力を持っていて、人の願いを叶えるとされる伝説の生き物。だが、実際には願いを叶えるんじゃなくて、願いが叶った夢を毒を使って見せる。伝説の生き物でもなんでもない、全ての怪物の産みの親──万物の母(イヴ)から生まれた怪物だ。

 

 十字路の悪魔との取引では願いを叶える代償として魂を渡すが、ジンは夢を見せている人間から血液を奪う。それが奴等の食事、居心地の良い夢を見せる対価だ。願いが叶う意味では間違いじゃない。死んだ人は寿命を真っ当できる、諦めた夢や望んでいた暮らし、ジンの夢は自分が望んでいた『もう一つの世界』なんだ。ああ、ずっといたい気持ちになる。でも──現実じゃない。

 

「お前らの母親は自滅したんだ。街をゴーストタウンに変えるだけ変えてな。イヴは二度と煉獄から出させない、何があってもな?」

 

「随分な言い様だけど、街一つなんて軽い。貴方たちが最終戦争を起こして世界中がゴーストタウンになるところだった。ダークネスが復活したのも貴方たちが絡んでる。貴方たちは世界を救った気でいるかもしれないけど、世界を危機に陥れてるのは貴方たち自身。ウィンチェスター兄弟は疫病、悪魔よりタチが悪い」

 

 俺はすっと目を閉じて、ゆっくり開けた。熱くなりかけの頭を強引に黙らせる。

 

「人の願いを利用するお前らの方がよっぽどタチが悪い。悪夢が好きな偏食家の連中もお前らも日本でバイキングなんて出来ると思うな。全員煉獄に送り返してやる」

 

 ジンの中には、人に悪夢を見せる突然変異のジンもいるが日本に住まう妖狐の正一位──『玉藻御前』は人間に穏和な化生。今は星枷と盟約も結んでいる。

 

 彼等の故郷では怪物も根を広げるのは簡単じゃない。前に戦った異教の神も玉藻御前に目を付けられていた。妖狐が住み着いている間は日本もアメリカのような怪物の温床にはならない。

 

「私たちは死ぬと煉獄に、人間は天国と地獄に振り分けられる。貴方はどっち?」

 

 首を断頭台にかけられた上で女は笑う。親父の遺言だ、悪霊と怪物を狩って人を救う。

 

「──どちらにも行けないよ」

 

 最後に何が待つとしても。

 

 

 

 

 

「貯まったフラストレーションを狩りで発散させるのがハンター?」

 

「あれは星枷から頼まれた狩りだ。禁を破って刀を没収されたってよ。俺がジャンヌを倒してれば星枷が刀を抜く必要はなかった。後ろめたさも感じるさ」

 

「男のプライドって厄介だよね」

 

「そこにこだわる男もいる」

 

 両側の景色を森林で塞がれていた道を抜けると俺はインパラを路肩に停めた。白線を越えて広がる砂利道からインパラのボンネットに腰を降ろすと、開けた景色から眼下に広がる街並みが味わえる。冷たい空気を肺一杯に吸い込むと、隣からじゅるじゅる、とストローの音が鳴った。

 

「インパラをイチゴ牛乳で汚すな」

 

「これは喉の薬」

 

「夾竹桃の煙管と同じ言い訳しやがって。通るかそんなもん。虫歯を助ける薬だろ?」

 

 平然と言い放った理子はこれまた涼しげな表情だ。おかしなことを言った顔でも冗談を言った顔でもない。出会ったとき以上に振るまいがずぶとくなってきたな。

 

「理子。インパラは車じゃない、すっげえ美人だと思え」

 

「キリくんがそんな風だから、未だに彼女ができないんだよ。なんなら二人で部屋をとれば?」

 

「野暮な女でごめんよ、baby」

 

「アクション映画の見すぎ。これだからチーズバーガーばっかり食べてる野蛮な男は……」

 

 狩りが一段落したのと同時に乗り込んできたブロンドの少女……元イ・ウーの刺客こと峰理子は隣で足をぶらぶらと揺らし、見晴らしの良い景色と一緒にイチゴ牛乳を堪能していた。二人だけで話すのはランドマークタワーの屋上以来だな。よく回る口は相変わらずだ。

 

「お前もランチにハンバーガー食べてるだろ。ジャンヌからネタは上がってる。女子力の高い食い物一辺倒じゃないのは知ってるよ」

 

 ……理子、睨みたいのは分かるがストローでぶくぶく音を鳴らすな、言いたいことは口で言え。俺は後ろ頭を掻き、右手に提げていたコンビニ袋からサンドイッチを2つ取って、1個を理子に渡してやる。

 

「食ってみろよ。チーズ入りのミニステーキサンド、絶品」

 

「……こんなにサンドイッチが似合わない男子もいないよね」

 

「今の悪口か? 俺がチーズバーガーしか食べない男と思ったのか?」

 

「合ってるじゃん。食べないと禁断症状が出るって勢いでいつも食べてる」

 

「お前の勝手なイメージを押し付けるな。チキンブリトーだって食べる。シュリンプも」

 

 俺はかぶりを振ってサンドにかぶりついた。口の中に広がる肉の味とほどよく主張するチーズの存在感。ボリューム満点な具とそれを挟むパン生地がベストマッチの一言に尽きる。飢饉の騎士がいなくてもコンビニからこのサンドイッチは消えてなくなるね。理子も目を閉じ、厳かにサンドを租借しているので不味くはないのだろう。

 

 悪くない景色と、不味くないサンドイッチの組み合わせはハッキリ言って最高。こういうのを金のかからない贅沢って言うんだな。これ本当に美味い。

 

「俺とドライブするよりキンジの胃袋でも掴んだらどうだ?」

 

「ほんっとに余計なお世話が好きだよねぇ。お友だちもお喋りが好きなの? それとも家族?」

 

「両方さ。みんな自分語りが大好き。特に地獄の王は話をさせたら止まらない。友達かどうかは怪しいけど」

 

「キリくんの交遊関係だけは理子もお手上げ。藪を突いてサタンが出てきたら堪まんないよ。もしかしてサタンより酷い友達もいる?」

 

「安心しろ、ルシファーなら地獄の檻にいる。ミカエルと仲良く隠居生活中だ」

 

「良かった。お前の場合、空想や厨二病って笑えないんだよ」

 

 男口調になったり戻ったり、忙しい奴だな。どっちが本当の峰理子なんだろうな、俺には分からん。俺は手にある残りのサンドイッチを租借して地獄の檻について思い返した。ルシファーを檻に戻したのは二度目だ。ダークネスがいなくなった今、二度と奴の力を借りることもないし、地獄の檻に近づくこともない。

 

 ミカエルが檻に閉じ込められてルシファーには最終戦争って目的もなくなった。最終戦争を起こそうとしていたときよりタチが悪い。父親の玩具(人間)を壊して楽しんでいるだけ。今でも地上に奴がいたらって考えると背筋がゾッとする。サンドイッチが喉に詰まりそうだ。

 

「キリくん? 顔真っ青だよ?」

 

「……ああ、大丈夫だ。史上最悪のルームシェアのことを思い出してさ」

 

「檻の中は地獄だよ。どこだって」

 

「だな、言えてるよ。自由が一番」

 

 『檻』の中にいた──俺たちは最悪の共通点を抱えてる。地上と地獄、場所が違うだけ。理子の言うとおり檻の中は地獄だよ。どこだって。理子は空になったいちご牛乳のパックをコンビニ袋に投げ入れた。連日、真夏の暑さが続いていたが今は一転して冷たい空気が肌を撫でる。プールサイドでキンジとサボって涼んでいたときより寒いくらいだ。

 

「お互い変わったよな。特にお前は角が取れたっつーか。ハイジャックで戦ってたときなら、敵だった神崎を助けたりしない」

 

「アリアは関係ない」

 

「俺の影響でいいやつになった」

 

「自画自賛するな。お前らが女子校生みたいにめそめそするのが見たくないから助けてやったんだよ」

 

「でも神崎を助けてくれた。とにかく礼を言う。ありがとう」

 

 インパラに寝そべる理子は緊張感のないアクビをこぼした。丸めた手で、顔をグルーミングし始める。お前は猫か。

 

「でもさ、アメリカにいたときのキリくんなら理子みたいな怪盗と手を組むなんて考えても見なかったんじゃない? ハイジャックのとき、アドシアードのときのキリくんなら理子を助手席には乗せないし、のんきにサンドイッチ食べりしないでしょ。理子に──影響されてる。どっぷり──染まってる」

 

 くす、と理子は小さく笑っていた。神崎の切なげなアニメ声も反則だが、理子の悪魔より甘い声も十分反則だ。キンジの周辺は美人には事欠かないな、と内心独りごちる。

 

「理子、小悪魔を越えて地獄の王みたいになってるぞ?」

 

「キリくんもデリカシー皆無だよね。意☆味☆不☆明!」

 

「誉めてるんだよ、多分。お前は人を率いるのが上手いし、チェスとか強そうだな」

 

「まあね。キーくんよりは強いよぉ?」

 

 理子は一旦言葉を切ると、薄笑いを浮かべながら目を猫のように細めこちらを見る。

 

「挑戦ならいつでも受けるよ。ピッチパーフェクト2でも見ながら、週末暇こいてるから」

 

「さっすがキリくん、即断する男は嫌いじゃないよ。男の仕事はほとんどが決断、あとのことは小さい小さい」

 

「ああ、良い返し。ナイスな返し。さすが友達。良いことを言うよ」

 

 迷いがあるから隙が生まれる。だが迷いがあるのが人間って生き物だ。悩んで、迷って、選択する。感情や心があるから人間は愚かで、不完全で、自由なんだ。

 

 神が生んだ戦士は──天使に迷いがなかったのは、自由って概念や思いやりって装置がついてないからだ。思いやりの心を持とうとすれば天使は壊れちまう。だから命令に従うだけの機械になり下がった。でも俺たちは人間だ。選ぶ権利を持てる。自由とは……つまり自分の意思だ。俺は友達……いや、家族からそれを教わったよ。

 

「おい、ハンターの立場を抜きにして聞かせろ」

 

 心の中で似合わない真面目な考えを説いていた刹那、真面目な声色で理子が寝転がった体を起こす。膝を立て視線は開いた街並みを見下ろし、彼女は質問を投げてきた。

 

「吸血鬼に人間が勝てると思うか?」

 

 嫌な言い方をするわけでもない。直球で投げてきやがる。

 

「やめろ、ブラドを倒したばかりだろ」

 

「建前の話をしてるんじゃない。あたしがこんなことを聞く理由はお前も見当がついてる」

 

「……ブラドの娘か」

 

 理子はかぶりを振ることも否定もしなかった。前にジャンヌから聞いたブラドの娘の存在が脳裏を掠める。どうやら理子にはブラド以外にもう一枚障害があるらしい。理子は首を傾け晴れた空を遠い目で見る。

 

「人間は食物連鎖の頂点でもこの世界の支配者でもない。高い知性と徳性を兼ね備えた生物なんてのは間違いもいいところ。馬鹿なことを繰り返して、ケダモノのように行動する。控えめに言って人間は欠陥だらけ」

 

「確かにそうだが、それを認める強さがある。直そうとする。傷つけられても、許そうとする心がある。人間は──弱くない」

 

 理子は虚を突かれたように俺を見る。

 

「ロキ……いや、違うな。ガブリエルだ。たった一人だけ、最後まで人間の味方でいてくれた大天使の言葉だよ」

 

「……仲間みたいな口振りだね」

 

「彼がいなかったら兄弟仲良く高級ホテルで御陀仏だった。異教の神と一緒にな。カスティエルとガブリエル、彼等は間違いなく仲間だった。それにメタトロン、認めたくないけど仕方ない」

 

「呆れた。神の書記まで仲間? キリくんは人間以外の交遊関係が広すぎない?」

 

「家庭の事情」

 

 俺は頬を掻き、溜め息を返してやる。神の書記は天使なのに人間より外道、人間より欲望や本能に忠実。神の言葉を書き記す特別な立場の天使だが性格はゲスの一言に尽きる。でも最後の最後で自分の命より大切な物の為に戦い散った。最低な天使には違いないが俺たちが外道の手に助けられたのも事実だ。短い間だがメタトロンは仲間だった、仕方ない。

 

「理子、人間は確かに同じ過ちを繰り返す。愚かな生き物なんだろうさ。でも、良いところだってある。たとえば、思いやりの気持ちとか。上手く言えないが自分が人間であることに後悔したくないんだよ」

 

「とんだロマンチストだな。やっぱりお前はクラシックだよ」

 

「俺が今言ったこと、ジャンヌや夾竹桃にだけは言うなよ。笑われるから」

 

「夾ちゃんもジャンヌも笑わないよ。キリくんにしては似合わないセリフだったけどねぇ。いつもの雪平切スタイルと違う」

 

 お前が真剣な声であんな質問しなけりゃ俺も言わなかったよ。なんたって俺はロマンチストじゃないからな。遠ざかっているカラスを目で追いかける。

 

「友達が悩んでるんだ。解決するなら、似合わないセリフも言ってやる」

 

「すごい。いい子すぎてついていけない。理子が間抜けみたいだよ」

 

 うっすらと笑い、理子はかぶりを振った。蜂蜜色の髪が冷たい風に煽られる。

 

「アリアのことだってそうだ。お前は自分が思ってる以上にあいつに肩入れしてる。そんなに母親のことが後ろめたいか?」

 

「……さあな。でも親って船の錨と同じで拠り所なんだよ。だからそれが失くなると思うと……黙って澄まし顔でいるのはどうにも」

 

 あれだけ母親の為に奔走してる姿を見てるとどうしても報われてほしいと思っちまうんだ。

 

「アリアを育てても死ななかった女性だぞ。人一倍、運には恵まれてるよ」

 

「……そうだな、そうだった。最強の女、双剣双銃のアリアを産み落とした女性なら第一級の幸運がついてる」

 

 きっと酷い顔をしてたんだろうな。世話でも焼いてくれるような言葉が理子から飛んでくる。俺が頷いた刹那、謀ったようなタイミングで携帯の着信音が鳴った。

 

『はい、雪平。これは二番目の携帯で──』

 

『このドベ! いつまで理子と珍道中やってるのよ! ジャンヌから聞いたわよ!』

 

 甲高い怒号に俺は苦い表情で携帯を耳から離した。神崎の奴、かなりお怒りだな。これで『ドベ』って言われたの何度目だ。

 

『そこに理子もいるわね?』

 

『スピーカーに変えようか?』

 

『結構よ。あたしの電話を無視したら風穴にする予定だったけど』

 

『暴力反対。つか、お前も家出した口だろ。俺のこと言えるのか?』

 

『あたしは距離を置いただけ。カジノ警備の依頼を受けるからあんたも手伝いなさい。すぐに戻ってくること』

 

 懐かしい機関銃トークだな。安心したよ、ちくしょうめ。俺は通話を切り、携帯の電源を切って制服のポケットに戻した。理子はどこからか出したいちご牛乳をまた嗜んでいる。理子、さっき飲んだばかりだろ……

 

「アリアから?」

 

「御名答。カジノ警備の依頼を受けるんだと」

 

「……キーくん、単位足りてないもんね」

 

「夏休みにカジノの警備、武偵らしいよ。今日はセミの声がすごい、まさに虫の知らせ」

 

 俺はボンネットから降り、運転席のドアを開ける。そして理子が追いかけるように助手席に駆け込んだ。何度も聞いてきたインパラのドアが閉まる音、V8エンジンの音色にハンドルを握った手に力が籠る。

 

「信頼ってのは大きな言葉だ」

 

「良い関係を築くなら正直が一番だよ?」

 

「トリックスターがよく言うよ。夏休みまでのんびりするさ」

 

「イエメンにでも行けば?」

 

「砂漠は苦手、ミイラ退治は真っ平だ。さらばハムナプトプラ」

 

 ようこそ、元の非日常。

 

 

 

 

 

 

 日本でカジノが合法化されてから2年。法整備直後に公営カジノ第1号として造られたのが『ピラミディオン台場』だ。名前の通り巨大なピラミッド型をしたカジノが警備を行う建物である。幸い、狩りで被害者の聞き込みに使っていたスーツで入場は問題なかった。ハンターは情報を集める聞き込みの段階で身分を偽る。FBIや森林警備隊、保険調査員、あるときはインストラクターに化けたときもあったな。諜報科じゃないが潜入にはそれなりの自信があった。今回は大して役に立たなかったがな。

 

「よぉ、社長。残業とはご苦労だな?」

 

「切!おまえ──!」

 

 声を張り上げたキンジの頭上をルビーのナイフが通りすぎる。投擲したナイフがキンジの背後にいた存在の足を止め、突き立っている腹部でオレンジの火花を散らした。

 

「ジャッカルの頭に半月型の斧……エジプト製だな。ピラミッドに引き寄せられたか」

 

 ナイフを突き立てたまま倒れた存在に眉をひそめる。黒い肌にジャッカルの頭部、人ではないが怪物とも呼べないな。こいつらの母親はイヴじゃない、ピラミッドを根城にしてる尊大な魔女だ。

 

 THEモンスター映画って感じの使い魔の主人に心当たりがある。パトラ──過去にも何回か会ってる大物の魔女だけど、正直ガラガラヘビに会うほうがいい。

 

「どうやって入った?」

 

「正面から堂々と、スーツで」

 

「あれが何か分かるか……?」

 

「友達じゃないな」

 

 キンジのベレッタと俺のトーラスが同時に発火炎を煌めかせる。フロアを見渡して俺は舌を鳴らした。ふざけた数だ、イカれた魔力の成せる力業だな。ハイマキは使い魔とも言えるジャッカルの首に噛みつき力業で床にねじ伏せる。倒れたまま振り上げた斧もレキがドラグノフの銃弾で腕ごと黙らせていた。

 

「ナイフで斬りかかるなら注意しろ。そいつらの中身は年代物の呪いだ。触れるとやべえぞ」

 

 ルビーのナイフに倒れたジャッカルの体が崩れる。体勢を崩す意味ではなく、肉体を支えている体が砂となって崩れている。あとには黒い砂が不気味に小さな山を作っていた。砂を操る超能力の応用だな。

 

 進路を遮るジャッカルの動きをトーラスで止め、回収したルビーのナイフで腹部を切り裂く。牙を剥いた口からオレンジの光を迸らせて体は砂となって崩れる。一撃必殺だな、悪魔(ルビー)が肌身離さないわけだぜ。俺は兄貴の元カノに珍しく称賛を送ってやる。

 

「今度は呪いかよ。お前が関わるとオカルトやファンタジーの出来事ばっかり起きる」

 

「そういう家系でな、俺の責任じゃない。ハイマキ右だ」

 

 ハイマキは右、俺は左。チップの詰まれたテーブルを挟んでジャッカルの首を仕留める。右はハイマキの牙、左にはルビーのナイフが首に突き立てられる。引き抜いたナイフと共に体を旋回、逆手に持ったナイフで腹を裂くと膝から体が倒れていく。厄介なのは数、個々の力はリヴァイアや地獄の猟犬に遠く及ばない。

 

 ホールドオープンしたトーラスと天使の剣を持ち替えてテーブルを足場に跳躍。投擲したルビーのナイフが右側から迫るジャッカルの頭を串刺しにして武器を翳す間もなく沈黙。正面にいたジャッカルから振り下ろされた斧が鼻先を掠めるが、擦れ違いに天使の剣を右の脇から差し入れる。閉じていた口から青白い光が漏れ、剣を引き抜くのと同時に黒い砂が血のようにこぼれる。

 

「ちょろい怪物」

 

 振り向き様に背後のジャッカルの首を跳ねて一言。今はもういない姉弟子の言葉を借りる。

 

「雪平さん。星枷さんの援護をお願いします」

 

 レキの言葉で星枷を探すと開手でジャッカルに構えている。イロカネアヤメがないのは分かるが素手は分が悪いぞ星枷……

 

「進路は頼む」

 

「はい」

 

 レキのドラグノフとハイマキの力業で進路を塞ごうとするジャッカルが倒れて道が開く。砂となって倒れる怪物は異に介さず俺は全力で星枷への道を走り込む。

 

 星枷の超能力はジャンヌの対に位置する。ジャンヌの超能力はパトラに有効打を持つが、星枷の超能力は反対にパトラと相性が悪い。砂礫の魔女は氷に弱いが火には強いんだ。今の星枷に素手で挑む以外に使える手が他にない。俺は左手に構えた天使の剣を持ち直し──

 

「今回だけだ。星枷、これ使え!」

 

「雪平くん……?」

 

 投擲した天使の剣が、空中で弧を描いて星枷の足下に突き立つ。一瞬、目線を俺に合わせた星枷はすぐに剣を逆手に構えて敵を睨む。星枷に追い付き、俺はレキの援護射撃を受けられる位置でナイフを掌に当てた。

 

「この使い魔、ジャンヌの超能力には弱いがお前の超能力にはたぶん耐性がある。呪いは浴びるなよ、俺はお前と違ってまじないや呪いを解くのは専門外だ」

 

「キンちゃんには指一本触れさせない。星枷との盟約を果たしてもらうよ、雪平くんッ!」

 

 星枷が眉を吊り上げ、ハイヒールで床を打ち鳴らす。まるで猛獣の威嚇だな、獣の十倍は恐ろしい。俺も掌をナイフで切り、血の滴の垂れる指をテーブルに走らせて図形を描く。

 

「さあかかってきやがれ、まとめて地獄に送ってやる」

 

 

 

 




本人は退場してもナイフだけ未だに現役なんですよね。ルビーのナイフはコルトに並んで作品を代表する武器だと作者は勝手に思ってます。オルクスがないのにどうやって乗り込みましょうかね、作者は何も思い付いておりません。


『ちょろい怪物』S7、23、メグ・マスターズー──

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