哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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魔女との取引

 鋼を弾く音が、何度繰り返し響き渡ったかは覚えてない。星枷より盗まれたイロカネアヤメは既に星枷の奇策によってパトラの手にはない。そして、ジャンヌが誇らしく語っていた愛剣──デュランダルを借り受けた星枷の力は言うに及ばなかった。パトラには届かずとも彼女は日本屈指の超能力者、バターのように玄関の扉を両断する隣人の剣の腕は深く理解している。魔女の指標であるGはパトラに及ばないが、剣を扱う役者としては星枷が何枚も上手だ。

 

「緋火虞鎚・焔二重!」

 

 叫んだ星枷がパトラの額めがけて上段から斬り下ろした、2つの刀が何重にも重なった黄金の丸盾を、瓦割りのように2枚断ち割った。本来、氷結を纏うはずの魔剣は焔に包まれ、持ち主の仇敵である砂櫟の魔女目掛けて刃を進ませる。片方は魔女に受け継がれる魔剣、片方は色金に関する宝刀だ、癖のある二振りを即興で扱っている星枷の技量は……笑えないな。

 

 星枷が放った一撃はパトラ御自慢の盾を2枚断ち割った挙げ句、3枚目にも刃を深い場所まで食い込ませる。力を解放した星枷の巫女としての超能力、そして研磨された剣の腕。その末端を垣間見て心底彼女が味方であることに安心する。

 

「星枷」

 

 盾の奥、背後に隠れているパトラの笑みを消してやる。俺の愚直とも言える踏み込みと同時に星枷が下がり、位置関係が入れ替わる。前衛と後衛の交代(スイッチ)はタイミングもすべて互いの勘と経験に物を言わせた荒業。

 

 愚直であろうが蘭豹先生に学んだ歩法による踏み込みと、狩りで養われた膂力を合わせれば、パトラを保護する盾一枚を砕いて余りある威力になる。砂金に編まれた盾を砕いて、矛先はその奥のパトラを抉る。だが──

 

「……また砂遊びかよ」

 

 パトラの皮膚が黄金色に変色し、流れるはずの場所からは血液の赤ではなく、砂金の金色が流れ落ちる。超能力を使った偽物、俺が貫いたのはパトラの形をした砂人形だった。

 

「雪平くん!」

 

 星枷の警告で砂金の地面を横に転がる。寸前で回避した砂金のナイフは、同じ黄金で作られた壁に深々と傷を残す威力。しかもパトラの魔力で作られている以上、弾数の制限はない。左右に別れて回避した星枷と並び立つと、超能力を乱用の息切れが始まってる。無理もない、星枷もG20に迫る超能力者だ。高度な超能力は威力も凄まじいが消耗する体力も凄まじい。制限なしでG20を越える超能力を乱用できるパトラが規格外なだけだ。

 

「ほっ。アメンホテプの昊盾を2枚も割りおった。妾はいま、この女を愉しんでおるところぢゃ。目障りな動きをするでない」

 

 パトラの呼び声に応え、四方の砂が浮き上がり動物の姿を取る。虎、鷹、ジャッカルまで揃い踏み。それぞれが種としての特徴的な部位まで精巧に練られ、造形美もさることながら触れた場合の殺傷力は語る必要もない。

 

「いたしません。人の邪魔をするのが三度の飯より好きでね」

 

 後退り、パトラと視線を結んでいる星枷の背後、死角を塞ぐ位置でミカエルの槍を構える。

 

「こんな形で盟約に従うことになるとはな。じいさんも驚いてるさ」

 

「これも狩りだよ、雪平くん。世界の命運を、左右してる」

 

「ああ、またもや世界の命運か。もうそれくらいじゃ驚かねえよ」

 

 ぼやいた刹那、俺と星枷の足音が重なる。疾駆する虎の頭部を槍が貫き、飛来する鷹の首をイロカネアヤメが斬り落とす。そして右足を軸に体を反転し、遠心力を加えた槍の振り払いで残ったジャッカルを制圧した。ミカエルの槍は使い魔の腹部を両断し、悪魔のような切れ味はジャッカルの腹部を境目に体を二つに切り落とした。

 

「王様、支配者なんてのは、なってみると案外つまらないかもしれねえぞ?」

 

「妾は生まれながらの覇王ぢゃ。その問いはずれておる。妾からも警告ぢゃ、数分後には呪いがアリアの命を刈り取る。愉快ぢゃのう、妾は王となり、お前は何もできぬのぢゃ。後には罪悪感が残るだけの虚しい結末、そうなろう」

 

 俺たちの相手をする一方、棺に駆け出したキンジの進行方向には虎の群れが鎮座している。一度に操れる数、要は念動力には限界があるはずだが、単に魔力だけのタンクじゃねえな。

 

 パトラ……野望が先歩きしているだけで、本質は器用で頭の良い女だ。星枷に執着を見せてはいるが俺とキンジもひっくるめて牽制しやがる。例の戦闘モードに目覚めていないキンジがベレッタ一挺で突破するには、あの防衛ラインは少し堅牢すぎるな。

 

「雪平くんなら、結末なんて変えてくれるよね?」

 

「お言葉を返すぜ、優等生」

 

「実績は実績だよ。ウィンチェスターの噂はそのすべてが控えめに語られてる」

 

「噂だけが先歩きしてるけどな。鉛筆で三人の男は殺せないが魔女の夢の一つくらいは邪魔してやるよ。期限なしの嫌がらせだ、なんたって俺は暇だからな」

 

 星枷とキンジの視線だけのアイコンタクト、賭けに近いやりとりはキンジが足を踏み出したことで成功に終わる。俺はミカエルの槍をあろうことかパトラへ投擲、自分から武器を破棄するに等しい行為にパトラは驚き、目を丸く開いた。飛来した槍はパトラを覆い隠したアメンホテプの昊盾を易々と貫き、重ねられた二枚目の盾に亀裂を走らせて制止する。

 

 そして、槍を破棄することで空いた手は即座にトーラスを抜き放つ。槍の投擲でパトラが防御に追われる隙を突き、神崎の眠る聖棺に着々と迫っていくキンジに、棺の守りを担っていた虎たちが一斉に牙を剥くが、トーラスに装填した法化銀弾でかたっぱしから砂金に戻してやる。

 

 キンジのベレッタ、俺のトーラスが空薬莢を王の間に散らかすと同時にパトラの虎は逆に頭数を失っていく。グロテスクなペットちゃんには悪いが人間は武器を持って動物と対等だ、文句はパトラに言いな。

 

「キンちゃん、走って! アリアの所まで──!」

 

「下郎! 柩に触れるでないッ!」

 

 パトラの金切り声と同時になにか重たい物をひきずったような音がした。空になった弾薬を弾倉ごと交換したところで、俺は舌打ちを耐えられかった。

 

「──お次はなんだ?」

 

 神崎の黄金柩を足元に置いていた、巨大な黄金のスフィンクスが動き始めたのだ。ずっとオブジェとしか見ていなかったのはキンジも同じ、パトラの隠し玉はベレッタ一挺でどうにかなる代物じゃない。動き始めたスフィンクスは、これまで退けた虎やジャッカルの使い魔とはサイズが違いすぎる。

 

 エジプトの言語を呟きながら立ち上がるスフィンクスの体長は、クジラの全長と謙遜ない巨体だ。奥の手にしても凶悪すぎる。俺もキンジも首は斜め上の角度でスフィンクスの巨体を見据えるばかりだ。独りでに動き出すスフィンクスの銅像、出来の悪いホラー映画の1シーンを彷彿とさせる光景は、残念なことに現実だった。ちぃ……ここに来て、何か対抗策は──

 

「それが動くのは初めから分かってたよ。だから最後の力は──このために残しておいたの」

 

 刹那、砂金に包まれた床を蹴り、星枷は宙の上で刀を構えた。驚愕に目を奪われている俺とキンジとは違い、鋭い瞳で両手の刀を走らせる。デュランダル、イロカネアヤメ──背後に振りかぶられた二本が十字を切り、あろうことか斬撃は質量を伴って聖棺の方向へ放たれた。

 

「星枷候天流──緋緋星枷神・二重流星!」

 

 凛とした叫びと同時に、熱波が乾いた空気を切り裂いた。それは、これまで目にした彼女の焔とは比べ物にならない、強烈な閃光。まるで小型の太陽が現れたような、そのあまりの熱と視界を焼かれるような眩しさに、反射的に閉じそうになる目を必死に堪える。

 

 スフィンクスに放たれた真紅の光は日本屈指の魔女が繰り出した全力の一撃。鎮座していた巨像が、パトラがどれほどの手間を費やして用意した保険でも──あの閃光を目にしたあとでは結果は見えている。X字の刃はスフィンクスの頭を爆炎に包み、一撃を以て黄金の胴体を破壊した。単純な魔力と力の塊に飲まれ、スフィンクスの体は倒壊すると元の砂金となって振り撒かれる。

 

 流石、焔の魔女──パトラの保険が、まるで消し炭だ。

 

「星枷ッ!」

 

 残った力を使い果たし、倒れた星枷とパトラの間にルビーのナイフで割って入った。法化銀弾からパラベラム弾へ弾薬を変え、再装填したトーラスを即座に連射。スライドがストップするまで引き金を休まず引き絞る。後退るパトラを狙ったが鋼が弾かれる音がして、アメンホテプの昊盾がまたしてもパトラとの線を塞いで銃弾を通さない。散らばる空薬莢だけが数を増していきやがる。

 

「下朗が、妾に勝てると思うてか」

 

「逃げる場所もないんでね。前しか道がないなら仕方ない。ドゥークー伯爵にだって喧嘩売ってやる」

 

 ミカエルの槍はない、飛び道具は問答無用で砂金の盾に止められる。パトラのガードは俺の想像を上回る堅牢さだ。キンジが懸命に神崎を起こそうとするが彼女のアニメ声は聞こえてこない。いくら神崎でも自力で呪いは解けないか。俺が見据えたパトラの素顔はうっすらと笑みが作られている。

 

 呪いが神崎の命を蝕むまで時間がない……星枷はいざ知らず、俺にパトラの呪いを時間制限付きで解除するのは不可能だ。呪いの強度はGに影響される、ジャンヌの氷がそこいらの火で溶かせないのが良い例だ。パトラほどの魔女が仕込んだ呪いなら、倒れ込んだ星枷が傷だらけの体を酷使したとしても──時間の制約に神崎は倒れる。

 

「遠山、棺を汚したお前もアリアも生きては返さぬ。ぢゃが、呪いも解けぬ、退路も妾が塞いでおる。終わりぢゃ。努力、足掻き、妾に不快感を与えたことは認めてやるがそこまでぢゃ。終わっておる」

 

 神崎の命は数分と持たない──神崎にかけられた呪いがパトラを殺すことで解けるとしてもパトラの力は強大すぎる。悩む時間も神崎の命のリミットは近づいてる。パトラは内心愉悦が堪らないのだろう。饒舌な魔女は俺たちが八方塞がりに置かれてることを見抜いてる。慢心できるだけの強さだ、認めるよパトラ。正面から正々堂々の勝負はとても敵わない。だが、終わっちゃいない。

 

「終わってない、目の前で友達が魔女に殺されかけてるんだ。ハンターなのに見過ごせるか。できねえよ、そんな薄情なこと。死んで行ったみんなに顔向けできない」

 

「見過ごないからどうするのぢゃ?」

 

「俺と取引しろ、神崎の呪いを解け」

 

 パトラが眉をひそめる。

 

「王である妾に取引をしろ、と申すのか? ほほ、お前に差し出せる物があるようには──」

 

「ないって言うのか? 自惚れは大したものだが肝心なところが抜けている。欠陥品とはいえ、俺にも『カインの血』が流れてるんだぞ?」

 

 続けて言う。勝利も敗北も台無しにする最悪の言葉を。

 

()()()()()だ。お前が神崎の呪いを解かないなら俺は今ここで口走る。聡明なお前ならこの意味分かるよな?」

 

 キンジが棺の中から神崎を抱えあげるが、パトラは動こうとしなかった。あれだけ棺を過保護にしてきたパトラが視線もくれようとしない。キンジは目を丸くしてパトラを見据えている。

 

 パトラ、物知りな魔女であることが裏目に出たな。脅しは、相手がその意味を理解していないと負担をかけられない。キンジや武藤には何の意味もない脅しは、事情を知るジャンヌやパトラにとっては有効な交渉のカードになる。

 

 俺が同意の言葉を口走ったら最後、その先にあるのは思うがままに父の作品を壊して回るルシファー、はっきり言って地獄だ。

 

「……お前が自分の体を捨てようと妾は関与せぬ、取引には応じぬ!」

 

「大天使の器でもか?」

 

「……は、はったりぢゃ。亡き者は呼び出せぬ」

 

「ああ、確かに。ガブとラファエルは死んで虚無の世界にいる。神でさえ彼等を簡単には蘇生できない、大天使は原始の創造物だからな。ミカエルは長い投獄生活で頭がやられてる。当然、地獄の檻から地上の器には宿れない。だが──大天使はまだ残ってるだろ、とっておきの問題児が」

 

 その三文字を口走ることは天使に自分の肉体を明け渡すこと。実体の持たない天使を自分の肉体に憑依させる、要は天使の昇霊術だ。意思と肉体は彼等に支配されることになる、一度受け入れた天使は器の意思では追い出せない。だが彼等の力は強大だ──中でも大天使は悪魔や怪物が束になっても倒せない力を誇る。既にパトラの表情から笑みは消えていた。

 

「奴は檻にはいない。神の姉さんのかんしゃくを沈めるために俺たちが地獄まで出向いて外に出した。これはジャンヌにも話してないが、ダークネスとの戦いでほんの一時だが俺は奴の器になってる」

 

「……正気とは思えん」

 

「全力を使ってもくたびれない器、地上には数少ない有料物件だ。それは前回の戦いで奴も実感してる。ブラドや理子との戦いで連中の血もそれなりに飲んできた。俺が招けば──ルシファーは断らない、俺をミイラにできても悪魔の親玉はどうかな?」

 

「お、おい! こんなときにふざけるな──!」

 

 キンジ、俺はこれでも真面目だよ。俺にパトラを短時間で制圧するような力はないが、あいつにはある。

 

「ここにいる俺の知り合いには手を出さない、器になる契約として奴に取り付ける。だが、パトラお前は別だ。必ず、お前は敵として認識される。恩寵も器の欠陥もない魔王が、お前に殺意を向ける。神崎が呪いに倒れる前にお前は地獄行きだ。この王の間がそのまま墓場に変わる、必ずだ」

 

「……妾を脅すつもりか?」

 

「いや、取引だよ。神崎には借りがある、大きな借りだ。それを返す前に死なせたりしない。母親とちゃんとした再会ができるまでな。器になった後の処理は家族に投げるさ、檻から出したのは俺たちだからな」

 

 天使の剣を袖から掌へ滑らせて──パトラの目が動いた。

 

「……?」

 

 まだ遠いが、音が聞こえてる。何か、ピラミッドの斜面を登るような音が、近づいている。これは人の足音じゃない。刹那、背後でガラスが割れると赤く着色されたオルクスが室内に飛び込んできた。俺とパトラの視線は予期しなかった潜水艇の登場に呪縛される。

 

「じゃあ──取引に意義を唱えようかしら」

 

 開いていたハッチからカナの声が聞こえてくる。一転、パトラは冷たい表情を赤面させた。

 

「……トオヤマ、キンイチ……! いや、カナ!」

 

 叫んだパトラの足元から砂金のナイフが掃射。オルクスの外壁目掛けて散弾銃のごとく襲いかかるが、カナが一歩先にオルクスから宙へ脱出。見惚れるような華麗な宙返りを見せるカナから……6つの光が煌めいた。銃声が聞こえて初めてそれが銃口からの光だと理解する。見えない銃弾の──6連射だ。

 

「──汝ら還りて彼等の祭壇を崩し、偶像を毀ち、斫倒すべし。その取引は無効よ、パトラ、キリ?」

 

 ああ、ちくしょうめ。本当の天使より、あんたはずっと天使らしいよ。

 

 

 

 

 







『自惚れは大したものだが肝心なところが抜けている』S6、11、死の騎士──

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