「なあ、チャンネル変えてかまわねーか?」
返ってくるのは、『ああ……』と一言。心此処に在らずの返事だ。
バスジャック以来、キンジはずっとこの調子、なにを言っても上の空だ。
神崎の傷はキンジの心にも爪痕を残したんだ、大きな傷跡だ。
神崎・H・アリア──キンジにとって悩みの種だった非日常は去った。静かな部屋は戻った。ガバが吠えることもない。強襲科に戻る必要もなくなった。来年まで探偵科でだらだら過ごせば一般の高校に転入できる、望んでいた結果のはずさ。
ところがキンジが浮かべるのは寂寥感に打ちのめされたひでえ顔だ。
望んでいた結果と今の自分の気持ちが矛盾してる、そんな痛ましい顔だ。
見るに堪えねえ顔は、病室に残されていた神崎との時間を俺に振り返らせる。
額の傷を隠すための緋色の前髪が……ああ、人のことは言えないよ、俺だって忘れられない。
行き場のない気持ちを吐き出すように、振り上げた拳で壁を強く叩いた。
最悪だ。見るに堪えねえ顔はお互い様だろうからな。
◇
神崎が退院する予定と聞いていた前日。
土曜日の朝に俺は柄にもなくお見舞いに出かけた。
バスジャックの日からガレージでお休みだったインパラの修理も終わり、病み上がりのパートナーを引っ張り出して、まだ時計が12の数字を指さない時間に一人で学園島の道路を走る。
上の空だったルームメイトも誘ったが『明日行く』と、早朝から掃除と洗濯を始めたきり会話らしい会話はなかった。
俺はかぶりを振り、いつものようにカセットデッキにテープを押し込む。
明日は退院日だ、キンジが神崎と行き違いにだけはならないことを祈ってる。
キンジと神崎の仲に触れた途端、それが契機であるかのようにテープが回り始める。インパラのエンジン音に重なって流れるのは数日前神崎が登校中の車内で選んでくれた曲だ。
カーヴァー・エドランド著書、失踪した親父を探して二人の兄弟が悪霊、悪魔、天使、異教の神々達と戦いながら、広大なアメリカを旅する──家族の物語。そのテーマ曲。名曲だがこのタイミングで聞くと助手席と誰もいない後部座席がすっげえ哀愁を感じるよ。
昼下がりの道路は閑散としていた。
インパラをバラした犯人は……まだ見つかってない。ガレージの防犯カメラは使い物にならず、鑑識科にも探らせたが正体は辿れなかった。まるで塩素の入った水をぶち撒けられたように証拠と呼べるものが消されている。
抜け目のない犯人の行動も俺の苛立ちを煽る要因だった。現状で分かることは忍びこまれたのはバスジャックの前日の夜から朝にかけての時間であること。
おかげで俺は乗るはずのないバスに乗って爆弾騒ぎに巻き込まれた挙げ句、車輌科から買う必要のないマスターシリンダーと諸々の部品にポケットマネーを差し出す羽目になったわけだ。
女と食い物と車の恨みは恐ろしい必ず捕まえて修理費を弁償させてやる、色をつけてな。
短い期間で二度目の武偵病院を訪れた俺は、お見舞いに果物のバスケットを右手で抱え部屋をノックする。どうせなら花も一緒にと思ったが明日が退院日なら邪魔になるだけだ。
「だれ?」
「ピザーのデリバリーですよ、お客様。まあピザはないんだけどさ」
「アンタも暇ね。いいわよ、入って」
俺が部屋に入ると、神崎は工具で拳銃をいじっていた。サイドテーブルにはもう一挺のガバメントが置いてある。カスタム済みだな、特注か。
「命の恩人だ、何回お見舞いしたって足りねえよ。それになんたって俺は暇だからな」
「でしょうね。アンタの芝居がかった台詞回しも馴れてきたところだし……残念ね」
重い口の動きに俺は意味を悟った。
「いつだよ」
「週明け、早ければだけど──ロンドンに帰るわ」
「そっか」
キンジとはパートナー解消か。
遠い島国で見つけたパートナー候補だ、神崎の表情も歯痒く見える。
「ねえキリ」
「どうかしたか?」
「誰もあたしに、ついてこれない。あたしはいつまでも独唱歌のまま」
「ヨーダみたいに達観するのはやめろ。俺のルームメイトは普段は頼りないがやるときはやるやつだ。それだけ覚えててやってくれ。ああ見えて、あんたのこと嫌いじゃないんだよ」
ったく、ダメだな。いい言葉が浮かばねえ。
壁際の椅子にバスケットを置くと、神崎がサイドテーブルのガバメントを片付けだした。テーブルに置けってことか。
スペースを確保したテーブルに置いてやると、工具と拳銃の物騒だったテーブルは一気に物静かになった。
「キンジから聞いたわ。愛しのインパラは修理できたの?」
「ああ、車輌科に借りができたよ。犯人は目下捜索中でな。情報をくれたらももまん奢るぜ、ヴェロニカマーズ」
「……あのドラマシーズン1しか見てない」
「帰るまで全シーズンのDVD貸してやるよ。つーか、やるよ。ロンドンに持っていけ」
「センスないわね」
神崎が苦笑いでため息をつく。
「……前にも言ったわね。あたしには時間がないって」
「覚えてるよ。家族の話だろ」
表情を引き締めて神崎を視界に据える。数日前に見たときと変わらない、真剣な表情だ。
「あたしのママには、容疑がかけられてるの……武偵殺しの容疑よ」
「それが家族の問題?」
頷いて、神崎が続ける。
「危険の及ばない範囲であんたにも話すわ。いつか、あんたの力を借りるかもしれない。そのときは狩りを手伝ってほしい」
危険の及ばない範囲……Sランク武偵でも警戒するブラックボックスかよ。だがもっと気になるのは最後の言葉だ。
「好き好んでリヴァイアサンの巣を眺める気はない。だが容疑は武偵殺しだろ。狩りって言ったよな? ライカンが絡むのか?」
「組織規模としか言えないわ。話せるのはここまでよ」
あとは察しろって顔だな。つまり、容疑の原因には複数の犯人が糸を引いてる。そいつらはSランクでも慎重になるブラックボックス、かなりやばい組織ってことになるな。
ライカンも御抱えなら、神崎の『狩り』の言葉にも納得がいく。
無闇に藪をつつけば魔物が首を出してもおかしくなさそうだ、追及はできねえな。病室で他の誰かに聞かれても面倒事になる。
かぶりを振り、俺は動作を挟むことで気持ちを切り替える。
「分かった、そのときは手を貸すよ。俺のことは気にするな。色んなところに泥をまいて歩いてきたからさ」
自虐気味に笑ってやると、病室のドアがノックされた。意外な来訪者に目が丸くなる。
「雪平さんもご一緒ですか」
「ああ。退院日前って聞いてな」
来訪者、つまりレキは見覚えのある紙袋を抱えていた。神崎の目の色が袋を目にした途端に変わる。
甘ったるいにおいをセンサーが捉えやがったな。餌を見つけたライオンかよ……
「まだ礼は言ってなかったよな。この前は助かったよ、ありがとう」
重苦しい空気を一転させたレキは表情を変えずに頷くだけだ。
クールだね。ロボットレキのあだ名が一部で広がってるが、俺に言わせれば彼女は仕事人だ。ロボットじゃねえよ、神崎の大好きなももまんを手土産に二回もお見舞いに来てるんだからな。優しい子じゃねえか。
レキにお礼を言って、俺は彼女と入れ替わりで病室を出た。そういや昼飯まだだったな、ドライブスルーでも寄って帰るか。
病院の廊下をそんなことを考えながら歩いていると、駐車場に停めていたインパラがすぐ近くまで見えてきた。
ドアに鍵を差し込んだのとほぼ同時に、制服のポケットに入れていた携帯電話が震える。
……知らない番号だ。
無視してドアをしめるがコールはまだ続いている。一瞬迷ったが、受話器を耳に当てた。
『雪平切ね?』
電話口から清涼感のある女性の声が聞こえる。一度聞けば耳に残る声だ、覚えがない。
「誰だ、あんた」
『取引をしましょう』
「残念だけどさ。家族揃って、今まで誰かと取引して上手く行った試しがないんだ。誰か知らねえが他の顧客を当たってくれ」
『車を荒らした犯人を知っているわ。色もつけましょう、武偵殺しの情報も提供してあげる』
通話口から離そうとした手が止まった。暴れだしそうな心臓を押さえつけて耳を押し当てる。
「あんたの要望は?」
『会ってから伝えるわ。待ちあわせは今から二時間後、場所はメールを読みなさい。遅れたら中止になっちゃうかもね』
電話の向こうで抑揚のない声が笑っていた。
「待てよ、俺達は初対面だぜ。仕事に信用は大事だ、あんたを信じる根拠をくれ」
『──私は手詰まりのあなたに垂らされた一本の糸、アリアドネの糸をつかむかどうかはあなたが決めることよ』
「笑わせんな、こいつはデス・スターへの招待状だ」
『恐いならお友達を連れてきなさいな。躊躇いは無用──蟻に怯える蠍はいない』
電話が切られると、俺は未だ半信半疑でメールボックスを確認する。新着メールが一件受信されていた。
メールの差出人は……確認するまでもねえよな。メールには端的に待ち合わせの場所が書いてある。苛立ちに舌が鳴った。
蟻に恐れる蠍はいないだと? それっぽいこと言いやがって。
インパラを走らせてもぎりぎり間に合うかどうかの距離だ。
最初から碌に準備もさせずデス・スターに誘うつもりだったな。俺は二回目の舌打ちとほぼ同時にインパラのキーを回した。
通話を越えて伝わってきた得体の知れない悪寒、武偵殺しが神崎の追っている組織の一員だとするなら、情報を握っている通話相手も関係者である可能性が高い。上等だ、一人で皇帝に謁見してやるよ。
バックミラーを右手で弄り、俺は急いで指定された場所に向かった。
二時間の猶予は武偵病院から目的地までの移動時間にぴったりと当てはまる。
あの女は俺が武偵病院にいることを知ってやがったんだ。手間隙かけやがるぜ、嫌なフラグがぷんぷんしやがる。
◇
南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形をした人工浮島。今では馴染みとなった土地が景色として流れて、俺は待ち合わせの場所となった建物の付近にインパラを停めた。
静まり返った夜の暗闇に、死に絶えた廃墟が浮かび上がってくる。
舗装路を割って伸びてきたツルに浸食されている建物、錆びだらけになった自動車はB級のホラー映画に出てくるちゃちなセットみたいだ。
人工的な環境は人が手を離せば簡単に崩壊していく。荒廃した建物に向けて、一歩足を進ませた頃、不意に俺の携帯電話が震える。
ついてるぜ、どうせ探し回るつもりだったからな。
見上げた俺の視界には、煌めく光の粒子があった、夜の暗闇をバックに煌めいているが星じゃない。直線的な並び、足場を作るように無数の煌めきが線を並べていた。
TNKワイヤー、防弾制服にも利用されている強靭な繊維で編まれたステージで、黒いセーラー服の少女がこちらを見下ろしていた。右手に震える携帯電話を持ちながら──
「遅れなかったのね。嬉しい誤算だわ」
一度聞けば忘れることのない清涼感のある声、こいつが電話の相手だな。
「車の調子が良くてな、自慢のインパラだ」
見上げる俺は、空を睨むような角度で答える。真っ黒なストレートの髪に好対照して、わずかに見える手や首筋の肌は細雪を思わせる美しさだ。
長い髪を纏める白いリボンと髪飾りの生花を除けば、少女の姿は黒一色。それでいて夜の闇に存在感を奪われていない。目に毒だ、取引の立場も忘れそうになる。
「でさぁ、取引のことなんだが。やめにして一緒にドライブでもどうだ?」
……返答がない、気のせいかな。なんかあの子、ゴミを見るような目してねえか?
「私は仲介人。友逹があなたと取引をしたがっているの」
「言えた立場じゃないけどさ、もっとホワイトな友人を薦めるよ。それで、取引の内容を教えてもらえるか」
「取引はシンプルよ。武偵殺し、あなたの車を壊した犯人の情報と、『コルト』を交換。知ってる知識も、オマケで頂戴。ボーナスがつくの」
……駄目だ、表情を変えるな。
勘づかれる。息を詰まらせるな。
「ああ、コルトか。知ってるよ、ガバメントは名作だよな。それともSAA、お友だちは西部劇が好きなのか?」
「口数を増やせば乗り切れるだなんて、思わないことね。下手な嘘は相手を煽るだけよ、コルトの在処を教えなさい。アラモの戦いの時代、創設者によって作られた銃──」
「その銃に殺せない物は5つだけ。人やライカンだけじゃない、天使や悪魔だって殺せる銃。お伽噺話だ」
鼻で笑ってやるが、かぶりを振られる。
「私も信じてない。でも、欲しいのよ。欲しくてたまらない。私の友達はあの銃が欲しいの。ねえ、頂戴?」
「……あの銃にはもう弾がない。手にいれたとしてもガラクタ同然のアンティーク銃、インテリアになるのがオチだ。それに俺は在処を知らない」
「トボケちゃって」
最悪だ、この女マジでコルトの存在を信じて疑ってないぞ。あの目は信じるに足りる根拠がある目だ。このまま続けても水掛け論になる。
なんでも殺せるコルトは埃の被ったお伽噺話、ただの眉唾物だ、みんなが言ってる。
まさか日本で取引の材料にされるとはな。さて──
「分かった。お互いの情報は尊重しよう。ゲームでも言うよな、情報は王国への鍵だ。あんたの言うとおり、コルトは確かに実在したよ」
「続けて」
「だが、さっき話したとおりさ。撃つための弾が残ってない。1800年代、まだ彼が鉄道を作るよりも前にコルトは作られた。とあるハンターに向けて製作されたその銃は、同時に新鋳された13発の銀の弾を併用することであらゆる存在を殺すことが出来る。魔女やライカンも一撃の超必さ、5つの例外を除けばな」
「どうして弾が残ってないと言い切れるの?」
「最後の弾を撃ったのが兄貴だから。俺のちゃちな嘘は悔しいがあんたには見抜かれる、だから真実を話す」
序盤《シーズン3》までな。
「コルトの記述や言い伝えは様々だが、多くは8発の銃弾が使われた後失われたと言われてる。残りの5発と銃を俺はコロラドで見つけた、その後は何度か持ち主を転々としやがるが最終的には弾は全部使いきった。もう一発も残ってないし、弾の作り方はどこにも記述されてない。分かるだろ、打ち止めだよ」
「弾がないと役に立たない」
「ああ、御名答。それらしい文献をかたっぱしから調べたが弾の作り方は見つからなかった。
それにコルトはとっくに俺の手元から離れてる、知りたきゃ地獄まで行ってがめつい泥棒女に聞くんだな」
「死人に口なし。最低な男ね」
「家族が嵌められた。恨まない方がどうかしてる」
生ぬるい風が髪を撫でていく。少女の瞳が冷たい輝きを放ちながら細められていった。
「Trust for Trust《信用には信用を》。信じることにしましょう。約束は守るわ、あなたの車を解体した犯人と武偵殺しの情報を教えてあげる」
「続けてくれ」
さっきとは反対の立場で返してやる。
「犯人は武偵殺し」
「根拠は?」
「本人から頼まれたの。あなたに伝えるように」
「待てよ、じゃああんたの友人ってのは……」
不意に瓦礫を砕くような音がした。駆動音が遅れてやってくる。ちくしょうめ……例のセグウェイかよ……!1、2……全部で4台もあるじゃねえか。前の女と後ろで挟みやがった……!
「犯人は伝えたわ。あとは好きにしてもいい約束だから」
「蟻に怯える蠍はいないはずだろ」
「他意はないわ、勝手についてきたの」
「どいつも同じこと言うよ。とどのつまり、お友達は武偵殺しか。なあ最後に聞かせくれ、どうしてインパラを狙う必要があったんだ」
「計画の邪魔になるからよ。遠山キンジにはバスにもあなたの車にも乗ってもらっては困るの。根底にある理由までは私も覗けないわ」
見えないことばかりだ。キンジのチャリに爆弾仕掛けといてバスジャックで選別する意味はなんだ?
俺を省いて、神崎とキンジを試す気でもいたのか、分からないことが多すぎる。
だが、目の前には武偵殺しに繋がる手がかりがある、神崎が欲している情報が視界に転がってやがる。やることは決まってるだろ。
「言葉は不要のご様子」
こちらの意思を察したように、ワイヤーのステージから少女が飛び降りてきた。高低差はそれなりにあるが足を挫いた様子はない。
スッと左手だけにしていた手袋を外し、マニキュアのように塗り分けられた五色の爪が月光に照らされる。その鮮やかさとは裏腹に、背筋が言い様のない寒さに見舞われた。
やべえな、あの爪はやばい。直感で分かる、爪は刀、手袋が鞘だ。いま眼前にいた女は、静かに鯉口を切り、そして刀を抜いた。月下に照らされているあの五指は、人を殺せる。
「──毒を持って毒を制す。イ・ウー研鑽派『魔宮の蠍』がお相手するわ」
降り立った少女はスカートをつまんで辞儀をする。イ・ウー……それが神崎の追ってる組織。
名前を出すことも危険なブラックボックス。その構成員である少女に戦いを挑む意味。
安心しろ、正しく理解してるぜ神崎。
家族の問題を解決できるのは家族だけ、だが俺はお前につく。ロンドンに帰ろうとな。
「俺は名は雪平切、育ちはカンザス州ローレンス。仕事は怪物退治──」
◇
開戦の合図は派手だった。
おとなしくなだめられていたUZIが壮大に鉛弾をばらまき、廃墟はコンマ一秒で地獄の釜に変わりやがった。
息を吐き出す気軽さで9mmが真っ暗闇に段幕を張る戦場、俺は全力で廃墟の建物の一角に逃げ込んだ。
建物の中は埃や砂が堆積して気分は最悪、まあハチの巣よりは全然いい。
駆動音が近づいてくるが瓦礫や倒壊した硝子で室内の足場は不安定だ。ついてるぜ、タイヤには優しくねえコースだよな。
生真面目に俺を追ってくるセグウェイを待ち受ける。暗闇で迸ったUZIの発火炎を頼りにまずは一機、立ち往生していた別のセグウェイにも鉛弾を撃ち込んで一方的に沈黙させる。残るは二機、来やがれスクラップにしてやる。
朽ちた建物で行われる久々のイベントは、人間と機械による9mmのぶつけあい。最高にクレイジーだな。
セグウェイと異種対抗のドンパチを続けるが先に弾が切れるのは俺だ。瓦礫の山を踏み荒らし、即興の壁を背中に預けて息を潜めながらホールドオープンのトーラスに弾倉を差し込む。
「クソテクノロジーめ。レクサは好きだがチップはお断りだ。光の街に帰りやがれ」
腕を山から突きだして無茶苦茶に引き金を引く。無駄弾も撒くが何発かタイヤとUZIにヒット。
残された最後のセグウェイが瓦礫を砕いて回る音はマジでホラー物だが、マシンピストルの息の根は長くなかった。
俺は姿勢を屈めて堆積した瓦礫を滑り降りた。熱センサーで場所が割れてるせいだな、距離が近い。
痛み分け覚悟でセグウェイの真下に潜り込み、制服の袖をくいっと揺らす。仕込んでいた銀の剣をワンアクションで手におさめ、最後の一機も力業で沈黙させた。銃座を壊し、耳障りな駆動音も他には聞こえない。セグウェイに乗ってみたいなんて二度と言わねえ……
「露払いは済んだ?」
振り向いた瞬間トーラスの引き金を引いた。
だが、いつまで経とうが銃声が耳に届かない。その理由に気付いて背筋がゾッとする。
こいつ……この一瞬でトリガーガードに南京錠を……ッ!
トリガーに邪魔して引けねえぞ、インテリアになりやがった。
……しくじった。
セグウェイに意識を向けすぎて本命の注意が散漫になった。ここまで接近を許すなんてバカ丸出しだ……
「雨蛙が毒蛇に勝てる道理はないの」
「やってみなきゃ分からない」
刹那、怪しく着色された爪が露出した俺の顔を目掛けて伸びてきた。
数ミリ手前、あと少し押し込めば触れる距離。だが俺も剣を少女の首に固定していた。腕を引こうものなら、即座に彼女の首を落とせる。
「躊躇わないのね、ケダモノだわ」
「もののけにだって心はあるんだよ」
余った手が同時に動く。
奇しくも同じ裏拳は正反対に軌道を描き、拳同士を打ち付けた。お互いに殺傷圏内からノックバック、不安定な足場で埃が舞い上がる。
「ハンターのセリフとは思えないわね」
風を切る音が声に被せられる。投擲されたナイフに反応して俺もナイフをぶつける。
軌道上で衝突したナイフが金属音を立て、暗闇で狙いを外さなかったことに少女は少しだけ表情を変えた。
「……思ったよりも手がかかるわね。時間が来てしまったわ。これ以上は相手ができない」
「諦めたって顔じゃねえだろ。今のがあんたの本気には思えない」
「優しいのね、誉めてくれるなんて」
少女はくるりと踵を返した。
小さな背中が無防備に向けられている。銃は使えないがナイフを投擲すれば、俺は……考えてかぶりを振った。ちくしょうめ……こ、の、女……いつ、いつ、だ……いつ、盛りやがった…
「……やり、やがったな」
喉が血で噎せる。
膝をついて咳き込んだら、床には毒々しい花が咲いてやがった。
まずいな、肺をやられた、視界も欠けていきやがる。毒の症状だ。何が撤退だ、勝利宣言じゃねえかよ。
「……待てよ。名前を聞いてねえぜ。ドライブを、キャンセルされたんだ。名前くらいは、おいて、けよ……」
激しい吐き気と頭痛、体が焼かれてやがる。
自分が汚した血で立ち上がった足がすべりそうになった、まだ立てる、まだ手が動く、足が動く。
凶眼で敵を見据えたとき、夜に溶け込んだ黒髪が尾を揺らすようにして反転した。
「──夾竹桃」
これが俺と魔宮の蠍の、忘れることのできないファーストコンタクト。
見切り発車の作品も一巻完結間近となりました。尖ったSSでありますが読んで下さった皆様に感謝を。
『もののけにだって心はあるんだよ』S8、17、メグ・マスターズ──