哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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新年最初の投稿になります。今年でSPNも完結、100も次のシーズンがファイナルに決まりましたね。それにしてもアリアは刊行ペースが早くてすごい……


修学旅行Ⅰ

 9月14日──修学旅行という名目の、チーム編成の最終調整が始まった。旅行先である京都までの道のりの間もキンジの姿は見ていない。降り立った京都駅で女子が話しているのを聞いたがレキとべったりなのは案の定と言うべきか。時間にして二時間の電車の旅を終え、俺はマナーモードにしていた携帯の設定をまずは解除。裁判の都合で来れなかった神崎、星枷の分社にいる星枷にメールで着いたことだけは知らせておく。キンジを取り巻いていた女子が揃って旅行からフェードアウトか……

 

 理子はどっかに行っちまったし、武藤や平賀さんはチーム申請を出すメンバーと旅行中は回るらしい。レキとキンジのことで気をとられていたが俺もチーム編成のことを考えないとまずいな。夾竹桃は一年で数には加えられないし、理子は人望やカリスマの塊だから器用にやるだろう。技術面でもAランクの理子なら他のチームに拒まれる理由は少ない。ジャンヌも同様だ。いざ冷静になると、俺も笑えない状況に置かれてないか?

 

 旅程表……いわゆる『旅のしおり』に現実逃避のつもりで目を落とす。

 

 1日目、京都にて社寺見学(最低3ヶ所見学し、後ほどレポート提出の事)

 

 2日目・3日目 自由行動(大阪か神戸の都市部を見学しておく事)

 

 しおりに書いてあることはそれで全部だった。生徒の自由をとことん大切にしてくれる学校だよ。何をやろうと自己責任が付いて回るが、責任を持って動けば自由を許される。自由とは自己責任、それには同感だな。投げやりに作られたしおりを折って閉じると、背後から鈍い物音が聞こえてきた。何かが地面に叩きつけられるような音に振り返ると……

 

「なにやってるんだ?」

 

「ぉ、おとこ、おとこひらくん……!」

 

「……どこの誰だよそいつ」

 

 周りを見渡すが、おとこひらなんて名前の武偵はどこにもいない。俺が知る限りではな。振り返った先にはやたらでかいスーツケースが倒れていて、持ち主と思われる生徒が服やら本やらヘッドフォンやらのこぼれた中身を拾い集めていた。しどろもどろと、伸びきった黒い髪が印象的な彼女は──通信科の中空知美咲。何度か一緒に仕事を受けた通信科の腕利きだ。

 

 頭を下げたままでしどろもどろの彼女だが、通信回線や電話越しになると人が変わって冷静な仕事人になる。通信科では間違いなく優良株の生徒なのだが、通信機器を介さない状況下だと本当に別人だな。大きな局面になると人が変わったようにスイッチを切り替える、そこはキンジと一緒だな。実際、通信科の武偵としての彼女は前線から多大な信頼を寄せられている。

 

「す、すいませ、ん……」

 

「いや、それより片付けようぜ。つか、でかいな。このスーツケース」

 

「不足の、じ、事態が、起こらないように……」

 

 ……これは不測の事態じゃないのか。心中、俺は雪崩に混じって出くわした思わぬ怪物にぼやきそうになる。服やら赤い紐やらと一緒に隠れていたのは威圧感の塊みたいなゴツいリボルバー拳銃だった。コルト・アナコンダ──その拳銃に細かい説明は不要だろう。44マグナムをばら蒔ける化物。猛獣だろうが大抵の獣を制圧でき、人が銃口を向けられようものなら背筋が冷たくなるのは必然。しかもバレルは8インチ……なんて化物をスーツケースに飼ってんだよ。

 

「ジョーズを金魚鉢に入れるのが趣味なのか?」

 

「ご、護身用です……銃は怖いので……」

 

「怯みはするだろうな。こんなもん向けられたら犯人の動きも止まるよ。アカムトルムが口開けてこっちを向いてるようなもんだ」

 

 ようやく雪崩を食い止め、収集がついたときには他の生徒も続々と駅を離れて京都に繰り出していた。当然と言えば当然だが、キンジとレキは見当たらない。

 

「中空知はチームの目処は決まったのか?」

 

「……ジャンヌさんに誘われまして」

 

 そういや、情報科と通信科以外にもジャンヌと中空知は相部屋だったな。旅行もジャンヌと回る予定の中空知は聖女様との合流までの時間、近くにあったベンチに座り込んであやとりを始めた。ケースに詰めてあった赤い紐はあやとりの紐だったんだな……どうやら、あやとりは中空知の趣味らしい。赤い紐を指の間で行き来させて、おっ、東京タワーだ。次は……五重の塔だな。すげえ、本当に紐で編んでる。

 

 その後、俺はジャンヌが合流するまで中空知のあやとりショーを眺めていたわけだが、レポートのために寺の見学だけは出向かないとな。課題をサボって教務科の世話になるのはごめんだ。俺はバッティングセンターのことをまだ根に持っている聖女様、そして久しぶりに会話をした中空知と別れて、レポートの課題を終わらせに寺を回った。観光で賑わう都市のひとつだけある、それが率直な感想だった。お寺を回って楽しめる性格じゃなかったのは残念だけどな。しかし、京都は海外からの観光客も多いな。歩いているだけで英語が何度か聞こえてきた。

 

 太陽は真上を過ぎ去り、時刻は午後の15時を少し過ぎた頃だった。遅めの昼食に立ち寄ったファーストフード店でカウンターから流暢な英語が聞こえてくる。子供と妻? 観光ではぐれたのか?

 

 とりあえず、座れる席がないものか見聞していると、頭に何かが引っ掛かった。さっきのカウンターで話していた男の後ろ姿……どこかで見覚えがある。無駄を削いで落とした兵士のような体格と立ち姿、ついでに妻子持ち。心当たりが一人浮かんだが彼はアメリカ在住。いや、まさかな。だが、京都は海外からの観光客が多いことも触れたばかりだ。ありえない、とも言い切れない。

 

 軍人だって時には暇を与えられる。カウンターを振り返ると、そのありえない相手と目が合ってしまった。

 

「お前、キリか? ウィンチェスターの?」

 

「ああ。あんたに顔面を四回殴られた男だよ、コール。二度と会いたくない相手に会っちまったな、おめでとう」

 

 自分で自分の頬を指で示し、俺はうっすらと笑った。

 

「その口振りは別人じゃなさそうだ」

 

「そっくりさんに化けられたことは何回もあるけど。座れよ、力になれるかも」

 

 空いていた席に座り、俺は突っ立っている知り合いを手で招いた。コール──お洒落な名前の彼との出会いはまだ記憶に新しい。アマラが眼を覚ます少し前のこと、カインの刻印で暴走したディーンと一悶着あったのが始まりだった。戦地帰りの軍人でカンフーやナイフの扱いにも長けてる彼だが、刻印に取り憑かれたディーンには敵わなかった。最後に会ったのは、水分を餌にしてる怪物を一緒に蒸し風呂の中で退治したとき。悪口じゃないが最悪の時間だったよ。差し出された手に握手で返すと、対面の席にコールが座り込む。

 

「また会うことになったか。人生は上手くいかない」

 

「残念だったな。家のローンもまだ残ってるんだろ。まさか、日本で会えるとはな。ベックマン将軍に長期休暇でも貰ったか?」

 

「ローンはまだ残ってるが妻の願いでね。家族サービスってやつさ、見栄を張ったタイプの。俺も暇を貰った」

 

「この愛妻家め。日本は敵対国ってわけでもないしな。軍からストップがかかることはないだろうけど、素直に驚きだよ。昔の知り合いとこの国で話すのはあんたが初めてだ──人間に限っては」

 

 最後は半分自嘲を含めると、案の定そこをすくわれる。

 

「『人間』か。海を渡っても仕事は変えてないんだな」

 

「ああ、掛け持ちになっただけ。怪物の他に犯罪者がリストに加わっただけだよ」

 

 ハンターと武偵の掛け持ち。銃を取り回し、ナイフを振るうことはどちらも大差ない。

 

「で、世間話は置いて、何があった? 妻と子供が行方不明にでもなったのか?」

 

「いや、ちょっと違う。息子の様子が……」

 

「様子が?」

 

 コールは両手で顔を隠すと、深く息を吐いてから、言い淀んだ言葉を続けた。

 

「息子の様子が変なんだ。あれは俺の息子じゃない」

 

 ……睨んだとおり、笑えない案件だな。俺は組んでいた足を静かに解く。

 

「続けてくれ。何があった?」

 

「旅行に来て、京都を巡った。家族で観光スポットを転々として、何もおかしなところはなかった。最初はホテルに数日、次に日本にいる妻の知り合いを頼って宿を。見た目はどこにも異変はない、俺の子だ。だが中身は……とても前までのあの子とは思えない。まるで、別の何かがあの子と入れ替わったみたいで」

 

「──取り替えられた、別の何かと」

 

 コールは険しい顔で『……ああ』と肯定した。ある日を境に子供が別人のように変わる、前触れもなく、中身が入れ替わったように……

 

「心当たりがあるんだろ? あるなら教えてくれ。俺の子供に何が起こった? 観光で立ち寄った場所をしらみ潰しに辿ったが俺には検討もつかない」

 

「……推測でしかない。それでも聞くか?」

 

「いいや、推測じゃない。俺が疑問を持った矢先にお前が現れた。海を渡った先の広い外国で。偶然にしては出来すぎてる。俺の疑問はお前と出会ったことで確信に変わった、これは普通の問題じゃない」

 

「人を超常現象を引き寄せる磁石みたいな眼で見るのは止めてくれ。だが、親のあんたが疑問に持つなら、それが一番の確証だよ。話を戻すけど子供じゃなくて妻に異変はなかったか?たとえば首筋に変な痣を見かけたことは?」

 

 目を丸くしたってことは当たりか。条件が重なりすぎてる、ここまで重なると偶然じゃないな。たった今、俺も推測から確信に変わったよ。これは思春期の子供の心変わりじゃない。見過ごせる案件でもない。過去にリサが──兄貴の大切な人が出くわした怪物だ。

 

「──Changeling。またの名前を取り替え子」

 

「取り替え子?」

 

「名前の通りだ。標的の子供を拐い、取り替える。冷たくて不気味、感情が死んでるような子供がいつの間にか入れ替わりで家にいるんだ。見た目は何も変わらないから変化には気づかない。鏡を通せば本来の姿を見ることができるけど、正体を割るには時間がかかる」

 

 レイスや吸血鬼のように即座に危険が降りかかるタイプの怪物ではない。だが、無害には程遠い怪物だ。修学旅行だろうが、見過ごす理由はどこにもない。

 

「鏡か。そいつは試してない。どれくらい危険だ? 俺の子供は?」

 

「大丈夫、生きてるよ。お前に取り憑いた化け物、あれよりは猶予がある。でも退治するなら急ぐのが懸命だ。俺が持ってる情報は渡す。だから落ち着いて聞いてくれ、あんたはできるだろ?」

 

 あんたは感情を制御できる男だ。子供に何かあって、落ち着くってのが無理な話だが、事態を終息させるには通らないといけない道だ。兄貴を許してくれたあんたなら何が正解か、見極められるよな。

 

「無言は肯定だな。続けるぞ、鏡を通して取り替え子は正体を見破ることができる。だが、見破ることは奴に敵意を見せることだ。当たり前だがリスクを伴う。猶予があるって言ったが、それは奴の目的が食事だからだ」

 

「食事って?」

 

「ああ、奴は入れ替わった子供の母親から骨髄をすいとる。何日も時間をかけてな。首筋に出来た不自然な痣は骨髄を吸われた跡だ。最初は違和感程度にしか感じないけど、骨髄を限界まで吸われたら……人は生きていられない」

 

「……ケダモノめ」

 

 コールは静かにかぶりを振った。特別、強力な怪物でもないがその生態は厄介極まる。コールは特別だ、こんな真実を聞いて取り乱さない父親はいない。妻と子供を同時に毒牙にかけられたわけだからな。

 

「で、どうやったら殺せる?」

 

「燃やす。それしかない」

 

 俺はテーブルの隅に寄せられていた灰皿を指で示す。

 

「消し炭にするんだな」

 

「えげつなく言えばね。過去にも一度やってる。問題は拐った子供を閉じ込めている場所だ。そっちは知り合いに頼んでみるよ。まずは……」

 

「妻を迎えにいく。まだ家にいるはずだ。異議はないな?」

 

「ない。タクシー拾いに行こう。火を起こせる物は?」

 

「ブックマッチで良いなら」

 

「上等だ。丸焼きにしてやろう」

 

 ──煮ても焼いても食えないけどな。

 

 

 

 

 




本年も作者の安定しないペースになりますが、短編と本編を更新していきたいと思います。今回が初投稿からジャスト一年目のエピソードですが記念でも何でもない話になってます。地味になっちーは今回が初登場

『えげつなく言えばね』S9、21、アバドン──

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