哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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遅れてきたのはだれ?

「──これは、あたしの友達に相談された話なんだけどね。ほら、あたし、その……れ、恋愛話とか、そういうの分かんないから。そう、あたしの友達の話なんだけど……あんた達なら分かるかなー……って思ってね」

 

「やったな、恋のレッスンをするときがきた。退屈してる愛マニアの先生になんでも聞いてやれ」

 

「……だから、あたしの友達。言っとくけど、あたしの友達の話よ?」

 

「分かってる。理子」

 

「なんでも聞きたまえ! 理子はラブロマンスの人間ウィキペディアだっ!」

 

 神崎かなえさんの裁判が迫り、イ・ウーと関わった俺には彼女の弁護士と打ち合わせをする可能性が不確定ながら存在した。まだレキの目は覚めていないが、あとのことは風雪に任せることにして、俺、キンジ、星枷は山陽・東海道新幹線のぞみ246号、東京行きに乗っている。

 

 そして偶然乗り合わせていた理子、神崎、武藤を見つけたが……珍しく神崎から恋愛相談を持ち込まれ、俺は理子の向かい側の座席に座ることになった。理子が積み上げていた大量の飲み終わったいちご牛乳パックと一緒に。なんつー量だ、これで図画工作ができるぞ。

 

「今なら男子目線での解答も聞けるよ? アリアも運が良いよね、なんたってキリくんは恋愛相談のSPECホルダーなんだよ?」

 

「俺はSPECホルダーでもグリムでもねえよ」

 

 理子は嬉々として話を振ってくる。恋愛相談の異能力ねえ。カウンセラーや占い師でもやれば人の助けになるのかな。馬鹿みたいなことを考えていると、理子の隣の座席に座っている神崎が話を戻す。

 

「まぁ、なんでもいいんだけどさ。あたしの友達……そのっ、その友達は……えっと、仮にAさんと呼ぶわ。そのAさんは、ある男子……まあ、これはK君。Kが、べっ別にハッキリ好きとかそういう事は言ったり言われたりはしてないんだけど、その……まあ、一緒に行動してたのよ。何ヶ月も」

 

 K……アルファベット11番目のKか。理子を見ると、珍しい神崎からの恋愛相談にうっすらと汚い笑みを浮かべている。ラブロマンスの人間ウィキペディアはこの手の話が大好きらしい。そういや、ディーンもウェイトレスがキャスに脈ありと分かった途端、作戦会議をほったらかしで恋のレッスンを始めてたったけ。

 

「それで分かったんだけど、Kは──やる気は無いけど、やればできる男子だったのよ。それでAさんはKと協力関係になって、ケンカ友達みたいになってたの。そうしてる内に、AさんはKを『自分のもの』みたいに感じるようになったっていうか……その……」

 

「ふむふむ。友達以上・恋人未満ってやつだねぇ。そして異性に対する独占欲が、正式におつきあいする前に芽生えてきてしまった、と。そういう症状ですな。くふふっ」

 

「で、でもね。Aさん、もうすぐ転校することになっちゃったの。Kを武偵高に置いて」  

 

「あるよねー。転校とか卒業を前に、こんがらがる男子と女子」

 

「ずっと近くにいた奴と会えなくなるんだ。それも妥当だろ。長く過ごせば過ごすだけ、別れが嫌になる」

 

 理子が追加のいちご牛乳を開き、俺は腕を組むばかりだった。誰にだって別れは来る、遅かれ早かれどこかでやってくるものだ。何度やっても慣れるもんじゃないが。

 

「でもね、そうなった時にキン、あっ、その、K君は別の女子に近づかれた。これは……Rさんって女の子ね。性格も能力もAさんとは全く違うタイプの……優秀な子よ。その後、KとRさんは一緒に行動するようになって……その……」

 

「ふむふむ。Kくん、イチゴばかり食べてたら、メロンが食べたくなったってことかぁ」

 

 傍にいすぎて、迷っちまったってことか。神崎が優秀って言うなら、そのRもKの気を惹き付ける魅力的な女性だったんだろう。隣の芝は青い、と言うが魅力的な女に目移りする気持ちは分からなくもない。

 

「男ってそんなもの?」

 

 緋色の瞳は俺に向けられ、俺は後ろ頭を掻いた。

 

「全部の男がそうじゃないけど、完全には否定はできないな。人間の欲には際限がない。恋人がいるからって、他の女に目移りしないとは言い切れないのが現実だ。探偵がする仕事で何が一番多いと思う?」

 

「──浮気調査、探偵事務所の面接で面接官から説明されるくらいだもんね」

 

 正解。理子はいちご牛乳を飲んでから一言。

 

「女子が産む性なのに対して、男子は産ませる性だから。いろんな女性に自分の子孫を残そうとする本能があるのですよ。くっふっふ」

 

「あ、あんたの話はちょっと生々しいわ」

 

「その辺、『女好きっぷり』は個人差が大きいんだけどねぇ。Kくんはどうなのー?」

 

「──女ったらしよ!」

 

 即答かよ。理子の言うとおり『女好き』には個人差があるが、どうやらKくんの闇は深いらしい。それを裏付けるように神崎の話は続く。

 

「普段はダメ人間なんだけど、女子の前でだけは一瞬カッコよくなるっていうか、すごく……こう、胸が苦しくなって、後でその事ばっかりグルグル考えちゃうような……ヘンなことをたまに言うの。急に自信に溢れてっ、いきなり触ってきたりとかもするし。ほんと、びっくりする。なんていうか──」

 

「Kくんはタラシで自意識過剰な正義の武偵だったんだね?」

 

「そうよ、それ! 正義じゃなくて悪魔の武偵よ!」

 

 ……悪魔の武偵って何だよ。俺も頭文字がKだから怖くなるっての。量はどうあれ、実際にモノホンの悪魔の血を飲んじまってるし。

 

「でも、あた……あ、AはKに感謝もしてるの。一緒に行動するようになって、Kは自分の身を削ってでも、誰かを助けられる奴って分かったから……ひねくれてるところはあるんだけど、本質は優しいところもあるのよ、そ、そう言ってたわ! あたしじゃない、Aが言ってたの!」

 

 まあ話を聞いてる限り、このAはどこまでもKに惹かれてるらしい。

 

「それで、Kがそんなだから……Aさんは大ゲンカしちゃったのよ。Kと。でも、あた……あ、A! Aさんはその、転校する前に、そのKを……『取り戻す』までは行けなくても、仲直りだけでもしておきたいの」

 

 それも純粋に、

 

「自分勝手だって分かってるけど、でもRに取られたままじゃ……また会えた時、もうKはRのトリコになっていて、Aとは組んではくれないかもしれないじゃない。だからその……」

 

 一途なまでに、

 

「どうすれば、KはAさんを忘れないでくれるかな。そのっ、な、何をすればいいの、転校前に」

 

 神崎の話を聞いてると俺もAを応援したくなってきた。Kが最後に誰を選ぶかは自由だ。それを縛る権利は誰にもない。けど、大切な人に自分のことを憶えていて欲しいって気持ちは──俺にはよく分かる。ディーンとリサとの最後を、見ちまったからな。俺は窓の外に、ほんの少しの時間だけ目をやった。

 

「なあ、神崎。いまの世の中、そりゃ浮気や女タラシの男が溢れてるけどさ。それでも中にはいるんだよ。最後まで一人の女性を忘れずに好きでいる男もいるんだ」

 

「……それ、あんたのこと?」

 

 俺はうっすら笑い、そしてかぶりを振った。

 

「いいや、俺じゃない。けど、ずっと近くで見てきた。自信を持って言えるよ」

 

 俺もあそこまで強くなれると良いんだけどな。あの病室、あのときの選択を俺は間違いとは思わない。あのときに見た涙を──俺は忘れない。

 

「自分と過ごした思い出どころか名前まで忘れられて、声をかけても昔みたいに名前も呼んでくれない。元の関係には戻れないことも分かってる。それでも──変わらずに一人の女を愛してる男もいる、何年経ってもさ」

 

 そこまで言って、喉が詰まりそうになる。馬鹿みたいに手が震えそうになった。ふと、あの病室で聞いた言葉が脳裏に再生される。最後の願いは、どこまでも残酷だった。

 

「だから、KにとってAが大きな存在なら、何があっても忘れたりしねえよ。人間、近くから離れて初めて気づくことがいくらだってある。失くさないと気づかないもんがわんさか。Aと離れてからKも少しは感じてるんじゃないかな。近くにいて有り難みを忘れてた、それが人間ってやつだ」

 

 傍にいるのが当たり前。だから、失わないとが価値に気づけない。

 

「一緒に過ごした時間が……短くても?」

 

「一緒に過ごした時間は短くても、その相手を思い出させるものは数えきれないぐらいあるかもしれない。時間が全部じゃねえよ」

 

「んーっふっっふ、キリくんは意外とロマンチストですなぁ」

 

「ファンタジー映画が好きでね。いちご牛乳飲みすぎだぞ?」

 

 空のいちご牛乳を受け取り、俺は隣で出来上がっている山に積み重ねた。まるで小さなピラミッドだ。東京に着くまでにどこまで大きくなるか。理子はわざとらしい咳払いをして、

 

「Aさんさんはもうすぐ、お誕生日ですね? それも転校する直前にお誕生日がくる」

 

「よ、よく分かったわね!そう、そうなのよ!」

 

 一転、神崎は驚いた様子で俺と理子を交互に見てくる。その驚きは席からジャンプするような勢い、小さなラビットみたいだ。実際、兎が跳ねるのは喜びの表れと言われてるが神崎の表情もさっきよりは明るい。

 

「くふふっ。そりゃぁもう。天才恋愛カウンセラー峰理子りんですからね」

 

 その肩書きは初めて聞いたぞ。

 

「──そこが決戦になるね、その三角関係は。Aさんは焦っちゃダメ。何もしなくていい。待ちの一手でキーく……おっと。Kくんを試すんだよっ!」

 

「た、試す……?」

 

 何もしない受けの姿勢に不安を感じらしい神崎が同意を求めるような視線を飛ばしてくる。大丈夫だよ、天才恋愛カウンセラーが言ってるんだ。自称だけどな。

 

「Aのことを大切に想ってるなら、何もしないで誕生日を見逃すことはないだろ。二人で会える絶好の機会だ」

 

「そう。KくんがAさんをキライじゃなければ、何もしないってことはまずないよ。お祝いにかこつけて、2人っきりで会おうとしてくる。そこが決戦の舞台だよ」

 

「決戦……」

 

「別れ際に告白ーーってのも、あり得るかもねぇ。告白なら上出来……いや、それ以上もあり得るかもしれないよぉ?」

 

「こ、ここここ、ここく! はッ、くッ! そ、それ以上いけない! そ、それ……too much!best muchでもいけない! だ、だって too early for me, for I'm just 17 at that time!」

 

 ……俺も一応育ちはローレンスなんだが。まだ早いってことは時間が来たなら大丈夫ってことか。赤い兎は、それ以上の何を考えたんだかなぁ。そのまま席を立ち上がった神崎は──おい、後部の車輌まで行っちまったぞ。

 

「なあ、知ってるか。兎って嬉しいときに走ったり、跳び跳ねるんだってよ」

 

「アリアが兎ならキーくんは?」

 

 キンジだからキジ……は流石にないよな。思わず、俺はかぶりを振った。こんな答えを口走った日には後悔で頭を抱えそうだ。席に座りなおすと、理子と視線がぶつかる。いちご牛乳のストローを咥え、俺に言葉はなく痛い視線だけがぶつけられていた。一転、騒がしかった空気が重たい沈黙に変わっていた。俺も売店で買った紙パックのレモンティーにストローを挿すと、飲料の違いはあるがまるで鏡合わせだな。

 

「キリくん」

 

 先に切り出したのはやはり理子だった。また漫画やアニメの話か?

 

「キリくんは告白しないの?」

 

「こっほっ!」

 

 やべえ……咳き込んだ。恨めしい視線で理子を睨むとあざとい口笛が返ってくる。ちくしょうめ、レモンティーに喉をやられるとか笑えない。

 

「ふざけんな、咳き込んじまっただろ……!」

 

「キリくんもアメリカに帰るんでしょ? ジャンヌと賭けてるんだよねぇ」

 

「なにを?」

 

「キリくんが告るのか。ううん、卒業までに彼女を作るのかどうかの賭け」

 

「バカかお前は。聖女様も悪ふざけがすぎる。賭けならもっと他にあっただろ」

 

 理子もジャンヌも俺の知らないところで、つまらない賭けをしてたのか。理子とジャンヌのメモリーを探ればもっと賭けに相応しいものは溢れてそうだが。嘆息するがまだ神崎は戻って来ない。

 

「当ててやろうか。ジャンヌは……俺は何もしない方に賭けた」

 

「へぇ、どうして?」

 

「あいつは俺が驚くほどにこっちの事情に詳しいからな」

 

 理子は何も言わない。だが、きっと俺の推測は当たってる。ジャンヌは下手すると星枷以上にこっちの事情に通じてる。器、刻印、アマラ、コルト……まるで、これまでの道のりを近くで見てきたようだった。

 

 俺たちがこれまで誰かを好きになって、普通の生活を過ごそうとして、一緒になろうとして、それでどうなった。分かってるさ、体験してる。一緒にはなれない。ジャンヌにも俺の考えは見抜かれてる。だから、あいつがベットするのはそっちだ。空になったレモンティーのパックを積み上げられたいちご牛乳の山の上に重ねる。

 

「お前は頭の良い女だ。それにこっちの事情も全く知らないってわけじゃない。分かるだろ、ウィンチェスターが誰かと一緒になったら、その人の生活を無茶苦茶にするだけじゃ足りない。相手の全てを台無しにして、いつもどおり最後には血を見る、誰も望まないストロベリーナイトだ」

 

 苺のように鮮やかな鮮血、大切な人のそんなもん見たいわけがない。でも見てきた。俺もサムもディーンも大切な人から吹き出る血を──脳裏に焼き付いて離れないほど近くで。

 

「キリくんだって誰かを好きになることあるでしょ。その子がキリくんを好きになっても一緒になることを拒むの?」

 

「そうだな」

 

「アンフェアだね、キリくんの生き方は」

 

「いくら好きでもその人にまとわりついて、生活を滅茶苦茶にするのは愛情なんかじゃない」

 

 俺たちはそれだけの泥を振りまいてきた。貯まったツケは精算しないといけない。かぶりを振って、そのまま言葉を続ける。

 

「とにかくハンターであろうとする限り、普通の暮らしは望めないんだ。一緒になったら、俺みたいになっちまう。人間以外のあちこちから恨みを買って、二度と非日常から抜け出せなくなる」

 

「……でもキリくんは悪人じゃない、でしょ?」

 

「まあ、お前が好きになる男ではないな」

 

 飛び出して来た思わぬ答えにはうっすらと笑みを作る。飛行機の中でワルサーを向けてきた女の言葉とは思えない。でも本音を言えばお前に否定してもらえて嬉しいよ。

 

「普通の生活は望めない。でも俺、狩りが終わって、お前やジャンヌと夾竹桃の部屋に上がり込むの好きなんだよ。あいつが嫌な顔しながら出迎えてくれて、聖女様やお前と話せる時間は悪くなかった。色々話せて、たまに感動してうるっとしたし、良い時間だと思ってるよ」

 

「お互いあり得ない展開だらけ、でも精一杯やるしかない」

 

「ああ、配られる手札は最悪。仕方ない。皆が平等、横並びになるなんてことはないんだ」

 

 それでも、限られた手札でなんとかするしかない。肩をすくめる理子も、そして俺も、力なく笑った。

 

「ところで、夾竹桃への土産って本当にインスタントコーヒーでいいのか?」

 

「男女はコーヒーで始まり、次に食事、そして映画。気がついたら──」

 

「妙な関係になってるわけだ」

 

 お土産のインスタントコーヒーは理子のセレクト。売店に置いてある税込でも1000円前後の手頃な物だった。本人に欲しい物なんて聞いた日には、自分の知らない毒についての知識──そんな身も蓋もない答えが返ってくるに決まってる。俺は静かにかぶりを振った。トラフグでも持って帰れば良かったかな。

 

「とっくにあいつとは妙な関係だよ。一度は毒殺されかけたってのに、今ではあいつに何かあったら……」

 

 ……俺は十字路を探し回る。あいつのストロベリーナイトを目にしたら、俺はきっと十字路を目指すことを止められない。

 

「キリ、理子。ちょっといい?」

 

「おろ? アリア、遅かったねぇ」

 

「落ち着いたか? 東京まではまだ長いぞ?」

 

 ……俺と理子は重なって神崎を見ると、その反応に眉をひそめた。立ち上がったときとの慌てふためていた態度は一転、神崎は怪訝な表情で席に座る。

 

「考えてたのよ。水投げの日にあたしに拳銃戦を挑んできた留学生のこと」

 

「理子から聞いてる。にわかに信じられないないけどな。お前と拳銃戦で互角、そんな中学生いるか?」

 

「だから、あたしも考えてた。掟破りの拳銃戦だけど結局勝てなくて、逃げられたわ。こう、なんか引っ掛かるのよね」

 

 納得いかないって感じだな。俺もそれには同感、相手が普通の留学生とは思えない。Sランク武偵、それも神崎が得意とする拳銃戦で互角の立ち回りを演じる時点で普通じゃない。東京までの帰路はまだ長い、窓の外を見ながら自分なりに可能性を探っていると──不意に電車が揺れた。

 

「なに?」

 

 やや不機嫌に神崎がぼやく。

 

「……キリくん、外見て」

 

 口早に言い、理子が窓を見る。外から見えていた名古屋駅のホームが、どんどん流れていく。停車するはずの名古屋が、電車から遠ざかっていった。俺たちの困惑が伝染したように周囲の席がざわめき始める。何かのトラブルか──?

 

『──お客様に、お知らせいたします。当列車は名古屋に停車する予定でしたが、不慮の事故により停車いたしません』

 

 ──不慮の事故、アナウンスの内容は常識の埒外と言うほどではなかった。乗り物である以上は事故と無縁とはいかない。だが、これだけの人間が集まってる。乗客が皆が皆、物分かりが良いとは限らない。ざわめきは次第に大きくなる、一人が騒げば別の座席からまた一人。分かりやすい悪循環だ。そして、

 

『なお、付近に不審な荷物・不審物がございましたら、乗務員までお知らせ下さい』

 

 こんな状況では危険物への警告も火に油を注ぐだけ。公開した情報も不明瞭で乗客の不安を煽ってる。気付けば電車の中はパニック状態、乗り合わせていた武偵高の生徒たちも騒ぎを抑えようとするが駄目だな……鎮火できるレベルを越えちまってる。逃げ場のない電車の中なのも不安を煽るのに一役買ってるな、最悪だ。

 

『乗客の皆さまにお伝えしやがります』

 

 ダメ元で騒動の鎮静に混ざろうとしたときだった。頭の片隅に追いやられていた記憶が、唐突に脳裏をよぎる。

 

『この列車はどの駅にも停まりません。東京までノン・ストップで参りやがります』

 

 ……ボーカロイドの人工音声。この状況は入学式のバスジャック事件と瓜二つだ。そして、その見立てでいけば……

 

『列車は3分おきに10キロずつ、加速しないといけません。さもないと、ドカーン! 大爆発! しやがります──アハハ』

 

 ちくしょうめ、最悪だ。バス、飛行機と来て、お次は特急列車かよ……!

 

「……やられた。キリ、アリア、乗り合わせてる戦力をかき集めろ。あたしが分かることを手短に話す」

 

 理子は開いた両膝の間に手を突っ込んで、シートを探るような動作を見せる。何かを探すような動きだ。理子の重たい声色に俺も舌が鳴る。険しい顔つきの理子に神崎が話を振る。

 

「この状況に心当たりがあるって顔ね?」

 

「最悪だ。ツァオ・ツァオ……あの守銭奴、欲を抑える気がないのか……ッ!」

 

 理子は激昂する一歩手前だった。車輌の自動ドアの上にある電光掲示板には、いまの電車の速度がご丁寧に流されている。この犯人は人の不安を煽るのがどこまでも上手い。爆弾と電車の速度がリンクしてるなら、この掲示板の数字も乗客の恐怖を煽る立派な材料だ。

 

「そのツァオ・ツァオがこの騒動の発端なのね?」

 

「ツァオ・ツァオは──子供のくせに悪魔じみた発想力を持った、イ・ウーの天才技師だ。莫大な金と引き替えに魚雷やICBMを乗り物に改造したり……爆弾の知識にも精通してる。これは『加速爆弾』だ。キンジのチャリに仕掛けた『減速爆弾』と同じで速度の維持を誤れば起爆する。あたしは──あいつから爆弾の知識を習ったから分かる。さっきのアナウンスは脅しじゃないぞ……」

 

 目を伏せた理子にも冷や汗が見える。俺たちの中で最も爆弾に精通してる理子が言うんだ。疑う余地はない。

 

「バスが終われば、お次は電車か。今年の入学式までは『スピード』の映画は大好きだったんだけどな。要するにイ・ウーの武器商人、Aランクのインテリがセムテックスレベルの金持ち爆弾を旅行鞄に入れてきたわけだ」

 

「笑えないわね。理子あんた、生徒ならこの爆弾の基本構造は分かってるんでしょ。すぐ起爆装置を探し──」

 

「駄目だ。あたしは動けない」

 

 状況の打破に真っ先に白羽の矢が立った理子がかぶりを振る。言葉を被せられた神崎に指摘される前に理子は座席の下を指で示した。

 

「この座席が感圧スイッチになってる。迂闊だった。あたしが立つと、どこかに仕掛けられた爆弾が爆発するぞ」

 

 ……先手を取られたか。爆弾を仕掛ける上で最も障害になる理子を真っ先に排除しやがった。理子が言った悪魔じみた発想力は残念なことに過大評価ではないらしい。

 

「……マズイわね。このまま行くと爆弾以前に東京駅に突っ込むわ」

 

「どっちにしてもラストはハッピーじゃない」

 

「キリ、あんた爆発物の解体経験は? 海兵隊仕込みでしょ、なんとかならない?」

 

「……親父を通じて多少は学んでるが、俺たちはたまたま電車に乗り合わせただけだ。X線での透視もできねえし、収納筒も持ち込んでない。ここまで用意周到な奴なら、爆弾には何かしら処理妨害の装置を巡らせてる。俺たちだけで爆弾を撤去するのは……少し厳しいぞ。この犯人はかなり頭が回る、それに──かなり性格が悪い」

 

「ツァオ・ツァオはただのインテリじゃない。あいつは優れた技師であり、人体の壊し方を熟知した狡猾な殺手だ。よく聞け、この手の爆弾は、無線でスタートさせる。たいてい、もう手で触れられない場所に爆薬を仕掛けるからな。でも、無線ってやつは確実性に乏しい、この手の無線機が山盛りに積んである移動体だと、障害は山ほどある」

 

 混線や輻輳、セル圏外、弱電界、H/O失敗……手当たり次第に理由が並べられていく。

 

「そういうときの対処方法はシンプルだ。退路を確保した上で、()()()()()()()()()()。あたしはヤツにそう習った。ターゲットが乗車したのを見定めて、車内で仕掛けを確実に起動しろ、って」

 

 理子の目付きが鋭く変わる。つまり……

 

「──ヤツは、もう来てるぞ」

 

 理子の言葉に誘われたように、乗客の悲鳴がいっそう強くざわめき出した。イ・ウーの残党、組織が空中分解して早くも絡んで来やがったか。

 

 だが、この列車には神崎もキンジも星枷だっている。いまは理子もこっち側だ。おとなしく負けてはやらねえぞ、返り討ちだ。

 

 




スーパーナチュラルはどちらかと言えば悲恋の方がしっくりと来ます。作風の影響でしょうか。一方のアリアは良い結末で最後を締めるのがしっくりと来ます。主人公の恋愛絡みはどちらに傾くのでしょうか。


『いくら好きでもその人にまとわりついて、生活を滅茶苦茶にするのは愛情なんかじゃない』S6、14、ディーン・ウィンチェスター──

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