哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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出迎えたのは?

「バスの次は電車。ここまで重なると、お次は豪華客船だな。観光地に乗り上げて、油送船と大激突。蠍への土産話がまた一つ増えそうだ」

 

「ああ、ウケたよ。つか、蠍って?」

 

「キンジ、そんなこと後回し。今はやることをやる。でないと二度と笑えなくなるわよ」

 

 神崎が冷たく言い放つ。突然の騒ぎで違う車輌にいたキンジもこっちの車輌までやってきた。レキや駅の一件はまだ終息していないが、そこは武偵。神崎の緋色の瞳から色恋沙汰の私情は見てとれない、Sランク武偵は大きな戦力だからな。調子が戻ってるみたいで安心したよ──早速頼ることになりそうだ。

 

「你好、シャーロック4世。これココの用意した棺桶、よく来たネ」

 

「──ココ!」

 

「キンチ。ここで立直ネ」

 

 前方の車輌から現れた女……キンジからココと呼ばれた女は当たり前のように青竜刀で武装していた。青竜刀は強襲科で何度か見たことがある。刃の切れ味ではなく、刀身の重さによって肉と骨を切断する武器。武器が持ってる重量を前面に押し出した力の塊、体躯は神崎とほとんど変わらねえがココは易々と振り回してやがる。神崎の両手にガバメントと言い、小柄な体躯と狂暴な武器の絵面が最高に──ベストマッチだよ、最悪だ。

 

 ココが軽く振っただけで座席は叩き割られ、青竜刀が見た目どおりの重い圧を放つ。悪趣味なデモンストレーションのお陰で殺傷能力が申し分ないことはよく分かったよ。ココの乱暴な人払いに扉付近に座っていた乗客は皆揃って逃げ出し、車輌の前側は一転して閑散としている。空いた座席も青竜刀に薙ぎ払われ、悲壮感極まりないな。

 

 突然の乱入者は怒気の籠ったキンジの叫びもまるで気にしてない。余裕めいたウィンクまで飛ばしてる。キンジが小さく舌をならした。

 

「電車一本占拠して空テン立直とは御苦労なこった。流れる前に俺がとばしてやる」

 

「きひっ! ワンヘダ、会うのは初めてネ。噂聞いた通り、頭足りてないヨ。アメリカ人、なんでも力で問題を解決しようとするネ」

 

「その化石時代の先入観には共感しかねるぜ。ワンヘダ、ワンヘダってその名前はどっから広まってるんだ。理子、聖女様? それとも砂漠の王様か?」

 

「広めたのは夾ちゃんだよ! 理子は無実! 理子は清廉潔白!」

 

「お前が一番怪しいんだよ!」

 

 不満を叩き、ルビーのナイフを抜いた俺が先手を奪う。従来はライカンと悪魔用のナイフ片手に距離を詰めるとココも青竜刀を一振り、間合いを確かめる素振りを見せる。自分から得物の間合いを……自信家だな。

 

 リーチはココ、武器の取り回しは俺が有利。殺傷圏内で刃同士が触れ合い、金属の擦れる音を立てる。ナイフでの切り払い、突き……手数で攻めるが、ココは鉄の塊みたいな斧で器用にナイフを捌く。体は小さく敏捷、一方で重たい武器を軽く扱う膂力は笑えない。どこまでもアンバランスな女だ、嘆きたくなる。

 

「足りないネ、浅い」

 

「言ってろよ」

 

 斬り結んだ刹那、俺とココの蹴りがほぼ同時に命中。ココは腰に、俺は肝臓をやられてお互いにノックバック。互いに殺傷圏内から飛び出る。

 

「キリ、背中貸して!」

 

「それは、どういう──」

 

 真後ろから走ってきた神崎が、肝臓をやられて膝を突いてきた俺の背中を踏み台にする。いくら軽い神崎でも少女一人分の体重に体がややぐらついた。俺が答えを返すよりも跳躍した神崎が刀を抜くほうが早い。

 

 俺が立ち上がったときには、抜かれた双剣がノックバックしたココに休息を与えず畳み掛けている。電車は鉄の箱だ、跳弾のリスクを考えると俺たちは車輌の中では銃を抜けない。今の神崎みたく白兵戦を強いられる。

 

「謀ったわね、初対面の時に『ココ』って名乗っておいて──まさか偽名とはね。自信家と思わせて姑息な手を使ってくるじゃない、ツァオ・ツァオ!」

 

 神崎を襲ったのとレキとキンジを強襲したのは同一人物。それを隠せたのは姑息に思えてココの悪魔的な知略を伺わせる。普段なら理子、神崎、キンジの間で大なり小なり情報の共有は結ばれているが今回はレキを挟んでキンジとの交流は断絶していた。そこを不覚にも奴に利用された。

 

 水投げで後輩に遅れを取れば神崎も自分のことは話さない、顔や素性を知られている理子に神崎から詳しい詳細が行くこともない、キンジには言わずもがな。相手が本命の舞台に登るまでは徹底して自分の素性を隠蔽する、立ち回りの上手さは聖女様と良い勝負だ。情報戦だけで言えば俺たちの完敗だな。

 

「その呼び名、間違ってるネ。イ・ウーではシャーロック様がそう呼んだヨ、だからココは皆にそう呼ばせてたネ。曹操(ココ)──これ、魏の正しい発音アル!」

 

 ……曹操。そういうことか、藍幇は中国に拠点を置いている秘密結社だったな。ジャンヌ、パトラ、ブラドと来て……そこに曹操か。イ・ウーの構成員は錚々たる顔ぶれだな、こんなにいれば歴史に名を残す偉人や英雄同士でバトル・ロワイアルだって開けそうだ。

 

 車輌に残されていた子供と妊婦を支えて星枷が後ろの車輌にまで下がる。これで、この車輌に限っては避難すべき乗客はいなくなった。16号車にいるのは戦闘中の神崎とココ、そして俺とキンジ、爆弾のスイッチで座席から立つことのできない理子の5人。拮抗を続けていたココと神崎の白兵戦だが、一時的に間合いが開いた刹那、武器を放り投げて放ったココの蹴り技で均衡が崩れる。

 

「アリアっ!」

 

 ココのやつ、一瞬の隙を見て神崎の顎にサマーソルトを決めやがった。姿が似てるだけじゃない、素手での戦闘も神崎レベルか。よろめいた神崎がこっちに後退し、キンジの手でバタフライナイフが開かれる。俺も空いた手でダガーを投擲するが、ナイフが描く軌道は神崎が後退したことでココと繋がった道だ。読みやすい軌道、そして不意打ちでもない、ココには苦もなく回避される。

 

「キリくんのノーコン! 人でなし!」

 

「おい理子! 最後のはただの悪口だろ!」

 

 体が席から動かせないせいで理子はいつも以上に声だけを飛ばしてくる。俺はココヘ再度の強襲を狙うが不意に踏み出した足が止まる。ココが袖に仕込んでいた噴射器から何かを噴射しやがった。目を凝らすと、それが小さなシャボン玉であることが分かる。

 

 ココの斜め上の行動に疑念が湧くが、ほぼ同時に脳内でレッドシグナルが鳴り響いた。こいつは無駄なことをする女じゃない、悪魔的な頭脳を持った策士であることは分かってる。一見すると無意味なこのシャボン玉も俺を牽制できるだけの代物と見るべきだ。一転して、脱力感に襲われそうな光景を理子の声が切り裂いた。

 

「踏み込むなキリ! そいつに触れるな!」

 

 俺の勘を理子の慌てた声が裏付けてくれる。

 

「そいつは泡爆、気体爆弾だッ! あたしはイ・ウーで見た! シャボン玉が弾けて中身が空気中の酸素と混ざると──爆発するぞッ! 近くなら肉ごと持っていかれる!」

 

「きひっ! 爆泡は見えない爆弾ある。セムテックスよりずっと便利ネ」

 

「いいね。金持ちの爆弾と比較、看守相手のセールストークにはぴったりだ」

 

 空気と混ざることで爆発するなら触れるに触れられない。しかし、シャボン玉は暢気に宙を漂いながら、こっちとの距離を詰めてくる。ココの口許が歪むと、先行しているシャボン玉の背後に新たなシャボン玉が浮かび、列を作っていた。抜け目ない、列車の中でも扱える飛び道具を用意してやがったか。近づいてくる気体爆弾、俺は数歩後退って足を止めた。背後には動けない理子の座席もあるんだ、これ以上は下がれない。

 

「その爆泡ってのはよっぽどの掘り出し物らしいな。理子から聞いてる、あんた腕利きの技師なんだろ。この騒ぎは御自慢の爆弾のデモンストレーションか?」

 

 俺はココに問いながら、ルビーのナイフを掌に当てた。

 

「是的。爆泡、見えない爆弾。どこにでも隠せる、誰にも気付かれない名品ネ。派手に吹っ飛ばせば、注文、世界中から来るネ」

 

「随分と悪趣味なデモンストレーションね」

 

「ココ、無駄なことはしないネ。さっき、日本政府に300億人民元要求したヨ。サイドビジネスおろそかにしないある」

 

 300億って……今のレートじゃ一元が15円前後なんだぞ……

 

「……ふっかけたもんね。日本円で4000億超よ」

 

「億単位の金でサイドビジネスかよ。あんた、どうかしてるね。アドバイスしてやるけど、あの世に金は持ってけないの。三途の川で賄賂は使えないわけ、お分かり?」

 

「払えば良し、払わないなら爆泡の良い宣伝になるヨ」

 

「拝金主義もここまで来るとたいしたもんだ」

 

「どちらに傾いてもココには好都合ネ。ていうか──ワンヘダ、口の聞き方には気をつけるネ。お前、UKの賢人野放しにした。ココ、取引先奪われたネ! お前の失態ネ!」

 

 憤慨するココの口からは予想にしていなかった言葉が出た。UKの賢人、奴等が扱う武器は対怪物用の代物が殆んどだが、その性能は米国の先端科学兵装と良い勝負だ。欲しがる連中なんて探せばいくらでもいる。そして俺が目にした限り、連中に倫理観や常識なんてものはない。自分たちの利益に結び付くかが第一。

 

「それなら標的が違うだろ。組織のお友達連れて皆で殴り込んだらどうだ? 爆弾のデモンストレーションがやりたきゃ他所の星でやれ」

 

「そうだよ! 理子は同じ場所で学んだクラスメイトじゃん! 学友を裏切るなんて……たった4000億円ぽっちのために……」

 

 ……お前、爆弾の上に座ってるのに。流石に肝座ってるな。

 

「金のために奇跡を演じる天使もいる。だが、あんたのやり方よりずっと良心的だよ」

 

「きひっ、もう爆弾は仕掛けたネ。騒ぐの無駄な足掻きヨ」

 

 不意にココの視線が神崎に向いた。

 

「緋弾のアリア。お前のせい、雲行き変わったヨ。イ・ウー崩壊した、世界中の結社、組織、機関、パワーバランス崩れたネ。乱世、これから始まるヨ」

 

 調子づいていた声色は息を潜め、ココは淡々と言葉を連ねる。抑止力だったイ・ウーの崩壊。ココが語る乱世は、ジャンヌの言ってた戦宣会議のことか。

 

「お前、緋緋色金を喜ばせた。これも乱の始まりある。緋緋色金と璃璃色金、仲悪いネ。緋緋が調子づいたこと感付いて、璃璃、怒たヨ。怒って見えない粒子、今まで以上に撒いネ。世界中の超能力者、力、不安定なた」

 

 ……なるほどな、星枷の超能力の不調は璃璃色金の粒子が影響してたのか。璃璃色金から粒子が撒かれていたのは今日に始まったことじゃないが、ココの話を信じるなら緋緋色金に影響されたことで璃璃色金の粒子が今まで以上に散布されてしまった。そして璃璃色金が撒いている粒子のことは星枷も知っていたが、ここまで影響を及ぼす事例は過去になかったせいで気づかなかったんだ。

 

「これから超能力者、良くない日が続くネ」

 

 これまで以上に超能力者は璃璃色金の粒子に左右される。

 

「そうなた時、銃使いの価値増すネ。キンチは超能力者ちがう、でも高い戦闘力を秘めた良い駒ネ。主戦派、研鑽派、ウルス、みんなキンチ欲しがってる。ココ、直々にスカウトに来てやったヨ」  

 

「……この際、無駄だと思うが言っとくぞ。俺は単なる学生なんだ。どんな条件で、どこからスカウトが来ても答えはNOだ」

 

「──良将、最初はそう言うネ。でも人の子には欲有るネ。中国は地大物博人多。何でもある国ネ。キンチ、欲望のまま生きれる、願いはなんでも叶うネ。お前、特別な人間ヨ、特別な人間、普通の場所に居場所ない。阻害されるだけネ」

 

 ココの言葉にも一理ある。特別な人間、自分たちとは違う者を遠ざけようとするのが集団意識だ。異なる者が淘汰されるのも真実かもしれない。だが、そんな理由で裏の世界に丸めこまれるようなら、最初から普通の世界で生きることなんてできやしない。普通の生活なんて望むだけ無駄だ。

 

「やめとけキンジ、あれはお前の臓器を高値で売ろうとする性悪女だ。甘いセールストークのつもりだろうが上っ面が透けて見える」

 

 こんなバイオレンスな出会いからスカウトまでもっていこうって考えがそもそもイカれてる。一瞬の静寂とキンジがかぶりを振る。そして、ココの口角が釣り上がった。

 

「キンチ、レキ、香港の藍幇城へ連れてくネ。そこでココの手足なって働くネ。アリアは買い手つくまで幽閉する。きひひひひっ!」

 

「バカ言わないで! あんたに幽閉されるなんてお断り! 幽閉されるのはあんたよ、ココ!」

 

「ぶちこめ、キリくん!」

 

 ああ、任せな。その台詞とカラカウア巡査は大好きだよ。

 

「ワンヘダ。お前、能力はともかく近くに置いとくの危険ネ。ココが欲しいのは優秀な駒ある。危険な毒、抱えるつもりないヨ」

 

「人を毒呼ばわりか。毒はどっちだよ。人間の欲には際限がない、そして大抵は愚かだ。武器や乗り物だけじゃない、人の身柄を売ってまで金儲けがしたいか?」

 

「ココは世が世なら、姫君ネ。優れた潜在能力を持つ人間、相応の居場所が必要。ココ大儲けで、藍幇の女帝の地位買うヨ」

 

 とん、とココは靴で床を踏み鳴らした。

 

「──なるほど、そんなに権力にしがみつきたいか。それなら、お前の海外旅行は今日で最後だ」

 

 同時に、俺は隣のシートカバーの後ろに描いていた赤い血文字、近頃はやたら乱用している天使避けの図形に掌を押し付けた。解き放たれた閃光は16号車前方に行き届き、立ち尽くしていたココの目を焼いた他、浮遊し近づいていた泡爆を巻き込んでいく。閃光に飲まれたシャボン玉が手当たり次第に誘爆を引き起こし、何重にも炸裂音が重なると付近に設置されていた座席は木っ端微塵──光が晴れたときにはとても座れる場所ではなくなっていた。

 

「……前から聞こうと思ったんだけど、それってあんたの超能力?」

 

「いや、天使を追っ払うまじない。雑魚とハサミは使いようってな」

 

「使い方、色々間違ってるぞ」

 

「今度から気を付けるよ。お前のアドバイスを覚えてたらな」

 

 ココの注意は俺ではなく、目的の要であるキンジと神崎に強く向いていた。俺への警戒が完全になかったわけじゃないが、二人に比べれば雲泥の差。警戒が手薄だったお陰で天使の目を盗むよりずっと楽に描けた。進路を塞いでいた気体爆弾は失せ、まだスタン効果を残すココとの直線が繋がる。

 

「これで海底よ、ココ。折角の立直も無駄に終わったわね」

 

 転がっている武器を放置し、ココも一時後退に踏み切るが既に疾駆していた神崎の方が速い。ココの判断は迅速だったが、追撃に気を配りながら逃走するココと神崎とでは同じ土俵に立っての勝負にはならない。俺の投擲したダガーは低い姿勢で追撃する神崎に先行し、ココの左肩を穿つが……浅いな。ココはほんの一瞬、顔を歪めるだけで動きを止めなかった。

 

「……仕切り直しネ」

 

 振り払われた袖から何かが転がり落ちた。咄嗟に神崎が足を止めると、床を転がった不気味な球体は突如として目を焼くような眩い閃光を解き放った。音響は減音、手軽に携帯できるようにした閃光弾だ。

 

 やられた……視界がぐらつき、それなりに離れていた距離でもたたらを踏みそうになる。理子が使っていた手投げ式の偽装閃光弾、あれの同類か。比較的スタン効果の薄かったキンジが、間近で炸裂した神崎を急いで支える。閃光が晴れると、ココの姿は既に消えていた。起爆地点に歩み寄るとダガーの傷だろう、小さな赤いシミが出来てる。多少の傷は生めたが確かに仕切り直しだな。

 

「──。──。──!」

 

「お、おいっ! 暴れるなって!」

 

 床のシミから神崎に視線を映すと、俺はかぶりを振って額を抑えた。閃光弾に奪われていた視界が回復したことで、今まさにキンジに支えられている状況に気付いたらしい。顔を真っ赤に染め、不意に暴れ出した神崎にキンジも手をつけられない様子だった。再会して早々、抱きか抱えられてるのも変わらない姿勢だったしな。

 

 キンジはなんとか暴れる神崎を沈めようとするが、運悪く列車が大きく前に揺れた。電光掲示板が加速した列車の速度を流したときには──倒れるキンジに覆い被さる神崎の構図が視界に広がっていた。いつもの逆バージョンかよ……真っ先に理子が喝采をあげる。

 

「青春キター! 流石だよアリア!理子に不意打ちを浴びせるなんて! キリくん、理子たちの教えは無駄じゃなかったよ! 喝采を! 我等が教えに喝采を──!」

 

「……お前、起爆装置になってんのによくそのテンションでいられるよな。喝采なら帰ってからジャンヌと一緒に上げてくれ。こんな状況でルームメイト同士の砂糖イベントなんて喜べるか」

 

 ぎろっ、と神崎が首だけを向けて睨んでくるのだがキンジに覆い被さったままのせいで、俺を睨んでいる一方控えめな胸元がこれでもかと言うほど下敷きになっているキンジに押し付けられている。視線を下ろしていくとキンジの反応も満更じゃなさそうだ。俺も男だからな、気持ちは分かるよ。いつまでもお砂糖イベントを眺めてるわけにはいかないがな。

 

「起きろ、キンジ。いつまでやってる。ビバリーヒルズ高校白書の続きは全部終わったあとに楽しめ。ガーリックシュリンプくらい差し入れしてやるよ」

 

「好きなのはゴシップガールだろ?」

 

「ヴェロニカマーズだ。王道のラブコメや恋愛ドラマは好きじゃないんでね」

 

 先んじてココの足取りを辿ると、自動ドアの奥で天井の扉が開いているのを見つけた。整備用の出入口ーー簡易的な梯子にうっすら血の跡が残っている。ここからココが逃走したとすれば列車の外か、この速度と足場だ。追うにしても踵鈎爪がいるな。仮に列車から滑り落ちたら無事では済まない。

 

「ひでえ目覚ましだ。すっかり目が覚めちまったぜ。こいつぁ一体なんの騒ぎだ?」

 

「トラブルよ、大きいやつ」

 

 寝起きらしい武藤に神崎は率直に答えを返す。

 

「おはよう、武藤。入学式以来の爆弾騒ぎだ。バスの次は電車、また巻き込まれるなんてな。はっきり言うがお前呪われてるだろ?」

 

「その言葉、そっくり返してやるぜ。背中にすんげえ連中背負ってんのはお前だろ」

 

「ああ、ウケたよ。今度の今度は星枷に頼んでお祓いしてもらおう」

 

 武藤と顔を合わせると始業式のバスジャック事件を嫌でも思い出す。今回の犯人は容易く人命を切り捨てることのできる女だ、同じ爆弾魔でもあくまで神崎だけを目的に動いていた理子よりも遥かにタチが悪い。武偵殺しには一族の私怨やブラドから自由になるという動機があった。だが、ココの根本にあるのは果てしない金銭への欲とその先にある権力への執着だ。どちらが危険か比べるまでもない。

 

 前の車輌には武藤の他に不知火もいた。キンジと神崎、二人と合流したときには車輌の内部は乗客でごった返すパニック状態だった。

 

「まるで人気クラブ並みの賑わいだな」

 

 阿鼻叫喚、まさしくそれだった。懐に爆弾が仕掛けてあると言われたら当然と言えば当然か。ましてや逃げ場のない閉鎖された空間、存分に不安煽られる。鎮静化には骨が折れそうだ。

 

「キンジ! ダメだ、他に武偵はいなかったぜ」

 

「16号車と15号車にいた9人で全部だよ、遠山君」

 

 刹那、武藤と不知火から嬉しくない知らせが届く。そうなると……その9人でなんとか切り抜けるしかないか。右往左往する人混みには程遠い数字だな。

 

「爆弾は見つけたわ。でも解除するのは難しいわね。他に方法を考えないと」

 

「降参しないとサンタの悪い子リストに乗るぞって脅すか?」

 

「さっきの見たでしょ。降伏より徹底抗戦が好きって人間の顔よ」

 

「皆、集まってくれ。作戦を練ろう」

 

 虚を突かれて、俺はキンジに視線を向ける。これは……なってるな。いつもの戦闘時に見せるキンジのモードに。安心した、どんなにインポッシブルな任務もジェームズボンドがベッドから起きなきゃ始まらない。

 

 敵の高い戦闘力、解除の難しい気体爆弾、キンジから共有される情報はろくでもない物ばかりだが皆が反応は違っても事実を受け止めていく。そこは武偵だな。

 

 咄嗟の状況では一種のカリスマ、高い指揮を発揮させる……先生のキンジに対する評価は当たってるよ。俺には真似できない。キンジが手早く皆に役回りを振り分ける。

 

「もう新幹線の運転士がグロッキーなんだ。武藤、代わって操縦してくれ。3分に10㎞の加速……繊細な操作が必要だが、できるか」

 

「できるに決まってんだろ。車輌科なら1年でもできるぜ」

 

「武藤、お前が生命線だ。先に言っとく。乗り合わせてくれて助かったよ」

 

「おっと、そいつは野暮だぜ雪平さんよ。みんな考えんのは一緒さ、火の玉になって死ぬよりベッドの上で死にたい。礼は終わってからまた聞いてやらぁ。任されたぜ、キンジ」

 

 ああ、全部終わってからコーヒーの一杯でもくれてやる。通販で買ったインスタントのコナ・コーヒー、マラサダもつけて。

 

「──アリア、切、行くぞ。銃刀法違反と監禁の容疑で、ココを逮捕する。あの子に、子供はもう、お家に帰る時間だって事を教育してやろう」

 

「ああ、物には順序がある。奴の手にイケてるシルバーを巻いて、爆弾をなんとかする。あとは駅に突っ込む前に電車を止めて終わりだ。願わくばゴールデンタイムに間に合うようにな」

 

「旅行の帰りだっていうのに、働き甲斐のある職場で嬉しい限りだわ」

 

 キンジが指で弾いて見せた腕時計は──18時22分を指している。東京まで、あと、一時間。当初にあった駅弁を食って居眠りする計画が台無しだな。名古屋名物のひつまぶしの駅弁……名古屋駅過ぎちまったじゃねえか。夾竹桃から聞いて楽しみにしてたんだぞ。ココ──食い物の恨みがどれだけ恐ろしいか教えてやるよ。

 

 幸運にも乗り合わせていた通信科の女子から骨伝導式簡易インカムを拝借し、俺たちは片耳を通しての通信が可能になった。通信科の間では噂好きで有名な女子三人組だが、いまは武藤共々乗り合わせてくれたことに感謝しとくよ。周波数を合わせると、早くも不知火からの通達があった。乗客に混ざっていたTVスタッフが車両の無線LANを通し、事件性が明らかになったときから騒ぎを放送してたらしい。自分たちの心配よりスクープを撮るのが最優先か、逞しいねえ……

 

「放送……この状況でか?」

 

「若者が死ぬと、大して書くことがないからだろ。スクープは鮮度が命。連中、転んでもタダで起きるつもりはないんだよ」

 

『うん、嬉しそうにしてる。スクープ現場に居合わせることができて』

 

 死んだら出世も何もあったもんじゃない。逃げ道がないと言っても極限状態の中でよくやるよ。

 

「キンジ、あんたも踵鈎爪を使いなさい。キリも準備する」

 

 既に神崎はチタン合金の踵鈎爪を靴に仕込み終えていた。それは不安定な足場での活動を想定した道具で、靴に仕込むことで転落を防止する。要はスパイクだ。俺とキンジも手早く準備にかかる。

 

「バスジャックの時はルーフに打ち込んでワイヤーの支点にしたけど、今回は白兵戦よ。ワイヤーを切断される恐れがあるわ」

 

「──正しい判断だ」

 

「ココならやるよ。あの眼は金の為なら手段は選ばない奴の眼だ。経験してる」

 

 ココの眼はベラ……あの忌々しさ満点で嫌味な女とそっくりだ。あの女もココも金への強すぎる執着が一目で分かる。ただし、ココはなまじ腕が立つだけベラより厄介だ。神崎と単騎で張り合える戦闘力に頭もキレる、そして爆弾の知識……履歴書には事欠かない。

 

「キンジ。あのさ、大阪での、レキとあんたのこと──」

 

 ちらっと神崎が控えめに視線をぶつけてきた。

 

「今から聞くことは忘れる。理子にも他言はしない。天使ザガリアとメタトロン、ウリエル、バルサザール、ナオミに誓ってな」

 

 どうやらキンジと話したいようなので、俺は準備を続けながら二人に背中を向けてやる。ちくしょうめ、深く考えずに口にしたせいでロクでもない連中に誓いを立てちまった。揃いも揃って悪魔よりタチが悪い。

 

「────」

 

 好きな男を独占したい気持ちは分かる。だが、独占欲や束縛にも案配が必要だ。自分の意思で生きるってのはな。なんでも好き勝手にやっていいってことじゃないんだよ。恋は盲目、だがその人の生活や自由を台無しにするのは愛情なんかじゃない。久しぶりに聞くことのできた神崎とキンジのやりとり、でも残念ながら俺の記憶からは葬らないとな。悪どい天使の連中に誓ったばかりだ。

 

「──まあいいわ。その辺のことは、ちょっと待つことにしたから。待ちの一手よ」

 

 理子も関係の修復に一役買ってる。ったく、ラブロマンスの人間ウィキペディアもバカにできないな。話は済んだのか、神崎からアイコンタクトが飛ぶ。二人組が久々に組むときは予めに打ち合わせが必要とされてるが……どうやらそれも無事に終わったようだ。

 

「主戦派、研鑽派、ウルス──すっかり人気者だな。みんな、肉を取り合う犬みたいにキンジを取り合ってる」

 

 羨ましくもないが──

 

「待てよ、待ち伏せの線も捨てきれない。この手の状況は一人目の危険度が高いからな、俺が先に行く。人間相手ならお前らの方が戦力になる。様子見は任されるよ」

 

 先に梯子を登ろうとした神崎を腕で制する。

 

「大丈夫なの?」

 

「ワンヘダは核戦争にも生き残ってんだ、なんとかするよ。闇の血は流れてねえけどな」

 

 本当はウィンチェスター兄弟恒例のじゃんけんと行きたいが……失敗すればみんな仲良く御陀仏だ。ココを逮捕できる確率が一番高い選択肢を取るのが懸命だろう。二人が納得するより先に梯子に手をかけてやる。

 

「切、気を付けろ。俺の推測が当たってれば──」

 

 梯子を登り、屋上に開いた四角い出口から、夜の帳の降りた外へ上体を出した。

 

「──ッ!」

 

 容赦なしに吹き付けられる風圧に言葉を奪われる。鉤爪がなかったら今ので終わってたな。それもその筈、列車の時速は200の数字の針を振ってるんだからな。制服とネクタイが激しく風に煽られ、立ち上がるまでに時間はかかるが動けないほどじゃない。

 

(暴走する電車の上、しかも爆弾付きかぁ。スリルあるなぁ)

 

 ココの姿を16号車の後部で捉え、空気抵抗を殺すために再度姿勢を下げていく。足が沼地に沈んでしまったように重たいが、この速度ならまだ動ける。あとは気付かれないように姿勢を制御していけば──

 

 突如、横腹を破滅的な衝撃が貫いて視界が揺れた。

 

 

 

「きひひっ──再见、雪平キリ」

 

 いける──数瞬前までそう思っていたからこそ、自分の骨を砕きにかかった鋼鉄の刃ががなにを意味するのかも咄嗟に理解できなかった。そこからは奇妙にゆっくりと世界が流れた。体は列車から宙へ放り投げられていた。体制が容易に崩れ、視界が滅茶苦茶になる。防弾制服は刃を防いでも接触の衝撃までは完全に肩代わりしてくれない。

 

 反転を繰り返す視界で確かに見えた。青竜刀を携えたココの姿を、さっきまで前方にいて、青竜刀も構えていなかったココが笑っている。突風の中、揺れる列車の上で。しくじった、敵は二人いた──やけくそにインカムに声を通しながら、体は重力方向に引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

 ──ここはどこだ。頭を鈍器で殴られたような気分だった。さっきまで考えていたことが全部白紙になり、頭が状況に追い付いていない。首を振ると、見渡せるのは長い線路と大量のバラスト。そして夜の帳が降り、暗くなっている空だった。

 

 もしかしなくても俺が立っているのは敷かれている線路の中心、鉄道営業法と新幹線特例法も武偵の罪の重さ三倍ルールでめでたく重罪だ。早く立ち退かないと、そう思った矢先のことだ。露骨に背後で足音を立てられる。こっちを振り向けと言わんばかりだな。

 

「どうも。私はジェシカ。貴方を迎えに来たのよ」

 

 振り向いた先にいたのは黒いドレスの女性だった。日本人とはかけ離れた西洋風の顔立ちと明るい茶髪、夜の帳と混ざり合うような真っ黒のドレスが視線を惹き付ける。顔立ちで言えば20代前半ってところか。肩まで届いた茶髪は綺麗にケアが行き届いている。まだ混乱は覚めきらないが、はっきりしてるのは線路のど真ん中で出会うような女性じゃない。

 

「そうか、俺は切。とりあえずここを出よう。線路は立ち入り禁止だろ?」

 

 そう言うと、彼女の表情が一転して険しくなった。名前を聞いた途端、顔色が変わった。見たくないものでも見たような顔だ。

 

「……嘘でしょ。テッサの言ってたウィンチェスターの末席……」

 

「……おい、あんたいまテッサって言ったか? あのテッサの知り合いか? お迎え担当の?」

 

 俺の中でテッサと呼ばれるのは一人だけ。彼女の名前が契機となり、今になって頭が状況に追い付いてきた。

 

 テッサ、そして俺を迎えに来た女、背筋が一気に冷たくなる。そうだ、俺はココに嵌められて列車から落とされた。程なくして、テッサを知っている女が俺を迎えに来た。

 

 困惑を隠せない女性と視線がぶつかる、女の手の内で青白く輝いている光は──人の魂だ。自然と手が額を抑えにいく。

 

「そういうことか。人間相手に……それは予想してなかったな」

 

「ボスのところに行く。ついて来て」

 

「……最悪だ。恨まれてるんだろうなぁ。刺したのはキャスだけどさ。なあ、あんたは今のボスと前のボスのどっちが好き?」

 

「ノーコメント。上司が入れ替わったのは貴方たちのせい、現場は混乱しっぱなしよ」

 

 ああ、悪かったと思ってるよ。テッサにはな。かぶりを振って、俺は最初に立っていた場所をもう一度振り返る。そこには今度こそ転落した体が転がっていた。俺は静かに後ろ頭を掻いた。

 

「最高だ。あれならブロードウェイに立てるぜ」

 

 ──死体役でな。

 

 

 

 

 




キンジなら避けれましたが主人公は駄目でしたね。強みを見せれるときは見せて、苦戦するときは苦戦、山場を作れるのが理想ですがいまのところは主人公の戦歴良いとこなしですね…

背後から天使の剣で一突きする演出はちらほらありますが、あれと指パッチンで首を折るのが作品内で最強の攻撃だと作者は思ってます。両方、武偵としては使い物にならない技ですね、キンジの羅刹と同じ扱いです。

オリ主作品は、読んでくださる方に主人公を許容頂けるかがほとんどだと思っています。どこまでオリ主が作品の世界観やキャラクターに馴染み、オリキャラとしての違和感を拭って楽しんで貰えるかが鍵だと思います。本作は有り難いことに兄弟二人の関係性が重要な作品、物語の核でもあるウィンチェスター兄弟というテーマにオリジナルキャラクターをぶちこんでいるのに多くの感想と評価を貰えました。いつも感想を頂ける方、読んで頂いている方にこの場で感謝を。

『金のために奇跡を演じる天使もいる』S14、17、アナエル──



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