哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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the answer

 

 

 黒のキャミソールと同色のパーカー。無闇に足を露出させるものではないという自分の信条に反して、下は太腿の露出した黒の短パンと膝までのブーツ。首もとで揺れる銀十字のネックレスと白のベルトに目を瞑れば、身に纏うのは全て黒で統一。余裕を持たせて後ろで纏めた髪も留め具は黒。自分では思いもよらない身なりに仕上がったのも理子に任せた故だろう。

 

 流石は理子と言うべきだろうか。休日、用もなく道端で出くわしたアリアとキリの反応は悪くなかった。最も私が求めていた言葉を聞けるはずもないのだが、雪平切という男が皮肉を飛ばさないとなると、遠山の反応も楽しみにしていないといえば、悔しいことに嘘になる。

 

 私は用意した手紙を純白の封筒に包みなおし、座っている助手席の前にあったグローブボックスに滑らすように投げ入れた。手紙の字はフランス語表記だが裏には日本語での表記も記載済み──どうせ遠山には読めないのだからな。

 

「煙管は辞めたのか?」

 

「──いいえ、あれは喉の薬だから。シートに匂いがどうだの難癖つけられるのが嫌なだけ。ここでは吸わないだけよ」

 

 棒付きキャンディーを寂しげな口元に咥え、運転席にいる彼女はハンドルに触れることもなく、視線を下げるとまた本のなかの世界に戻った。窓の外に広がるのは広々とした色のついた青空。十字路の真ん中に停まったまま流れてくる音も妙に静かで落ち着いている。古びたクラシックロックも聞かずにこのシートに座っているのが何故かおかしくて仕方がない。

 

 下手な歌が聞こえてこないのは大いに歓迎だが、カラオケ採点で競う約束を未だに果たしていないのは微かに遺憾だ。今日は喉の調子が良いというのに、力を振るう相手がいないのは何とも歯痒い。腹いせに聖剣を抜く相手もいない故、ラジオを弄ることで無理矢理だが気持ちを落ち着かせる。

 

「キリが口癖のように言っていた、インパラのシートは最高の座り心地だと」

 

「貴方も惚け話の犠牲者だったのね。それで貴方の座ってみた感想は?」

 

「客を追い出す役割に特化した、座り続けると体の節々が芸術的なまでに痛みだす遠山の部屋の椅子と比べれば雲泥の差だ。それは素直に認めよう」

 

「それも通販で雪平が買ったんでしょ?前に聞かせて貰ったわ。あの男、家具やインテリアを選ぶセンスは最悪。ファッションセンスも壊滅的だったけどね?」

 

 それは同感だ。うっすらと浮かべた笑みがそのままミラーに映り込んだ。

 

「どうして、雪平は名前を変えたのかしら。海を渡りはしても母親との確執がそこまで根深いとは私は思えなかったけど」

 

「雪平の名字は彼を産み落とした母親のものだろう。母親についてのことは知らないが、狩りとは無縁の種違いの異父姉が一人いると聞いたことがある」

 

「あら、それは初耳だわ。母親については本のなかでも何ら触れられていないし」

 

「私もシャーロックに聞かされた話だ。母親の素性も種違いの姉についても日本生まれであること以外には何も知らない。キリも狩りと無縁の日々を過ごしている姉と関係を持とうとはしていなかった。一度でも関われば普通の暮らしには戻れない」

 

「そうね、種違いでも泥沼に家族を引っ張る男じゃなかった。踏み入れれるのは容易、けれど去るのはとても難しい。それがハンターの暮らし、私たちも似たようなものよ。犬は狼にはなれない、そして一度狼として生きようとすれば犬には戻れない」

 

 一度境界線を跨いでしまえば最後、非日常の生活から抜け出し、普通の生活は過ごせない──それが最後の最後まで変わらなかったキリの考え。非日常を諦めた男が学んだアンフェアな現実。

 

「いまとなっては聞くことも叶わない。だが、奴が名前を変えたのはウィンチェスターではない別の生き方を探りたかったから、私はそう思う」

 

「ガブリエルがロキとして名前を偽り、天国を去ったように?」

 

「恐らく。父に忠実な兄と反抗的な兄を持ち、自身は父に付かず離れず、どちらとも言えない中立を守る。大天使の中で立場も役回りも一番近いのはトリックスターだ。器として力を貸したのはルシファーのようだが」

 

 いまとなっては聞くことも叶わない。が、どこか空虚に本を閉じた同期には気休めでも言葉を渡さずにはいられなかった。私も時々思うことがある、事の成否など考えず、ただ物事に打ち込めることが出来たら、それはどんなに純粋な事なのだろう。

 

 我々を問題の外に追いやることは、勝算を度外視して彼のなかでは恐らく決められていたのだ。勝敗の行方を脇に置き、いつものウィンチェスターとしての役回りをただ選んだ。仮に物語に区切りがあるとするなら、キリの自己犠牲と同時に世界を繋ぐ裂け目が閉じるのはこれ以上ないクランクアップ。誰かの犠牲を以て幕を閉じる、ワンヘダが口酸っぱく何度も口にしていた『いつものパターン』だ。

 

 そして、皮肉にも裂け目は閉じられ、あの男はあれ以来どこにも姿を見せていない。謀ったようなウィンチェスターらしい幕引き、自分の命を卓上に投げることで家族の延命を得るのと、同時に問題を終息させる。実際、目の当たりにするとあまり気分の良い幕引きではないな。少なくとも美談として語るには、私は賛同できない。

 

 

「他にも選択肢はあったのに、旅の始めと終わりにはけじめが欲しかった──なんてロマンチストなことでも考えていたのかしら、あのコーラ中毒者。本当にお馬鹿な男だわ。人の生き様はおわらない旅路みたいなものなのに」

 

 わざと難解な言葉を並べ、桃子は自虐的に持ち上げた写真を見ながら、冷笑した。それはインパラのグローブボックスの奥にキリが閉いこんでいた時代錯誤にも思える白黒の写真だった。乱暴に本の積み上げられた机やシックな壁と一緒に七人の男女が並んで映っている。アメリカで撮影したときの写真だろう、皆が西洋的な顔ぶれで、やや日本人寄りのキリだけが少し浮いている。

 

 車椅子の男性の肩に手をやる少女、そしてその隣の女性も合わせて両肩を抱いている長身のモデルのような整った顔立ちの男性──その隣では、またも背の高い男性にトレンチコートの男と一緒に肩に手を置かれているキリの姿がある。ふ、仏頂面はこの頃から変わっていないのだな。頭一つ男性陣のなかでは身長も足りてない。

 

 桃子が写真を裏返すと、裏側には走り書きのような荒さで英語が綴られている。

 

 

 

proof that the fools lived(バカ共が生きた証)

 

 

 

 

 それは紛れもないキリの筆跡だった。ウィンチェスターの旅路を綴った本を信じるとするなら、これは魔王との決戦に臨む前夜に撮られた写真。

 

「これ、雪平も暖炉に燃やしたとばかり思ってたわ。他の二人と一緒で。でも捨てられなかったのね」

 

 手袋をしていない手の指先が、仏頂面を掠める。

 

「殺し合った相手を家族呼ばわり。私もそれは考えてなかった」

 

「血の繋がりだけでは家族にはなれない。築きあげていくものだ。ここにあの男がいればそう言うだろう。そこは性根の純粋さ、あるいはお人好しと言うべきか」

 

「……でしょうね」

 

 かぶりを振り、桃子は見据えていた写真を本の隙間へと差し込んだ。

 

「灰皿に刺さったコンバットフィギュア、通風孔につけたレゴまで再現してる。海を渡って家族から逃げたと自嘲してるけど、本心は未練ありまくり」

 

「雪平切という男は存外不透明な男だ。尋問科の講師もそんなことを言っていた。映画の台詞を度々流用するのは他の誰かの言葉を借りることで、自分の本心を隠そうとしているから」

 

「映画好きの兄弟の影響がないとも言い切れないわよ?」

 

「ふ、それも無視できないな。あいつの言葉には嘘が滲み出ている。だが、完全に嘘かと思うと真も現れる。インパラの鍵を渡したときのキリは……間違いなく自分の心に従っていた」

 

 他人の言葉で大切な家族を手放したりはしない。過ごした時間は浅くてもそれだけは自信を持って言える。やがて彼女は瞼を下ろし、インパラのエンジンが唸る。

 

「そうね。いつか──直接聞けるといいわね」

 

 ハンドルに左手を置いたまま、ダンボールに埋まっていたカセットが残った片手で器用に押し込まれる。時代錯誤のカセットはデッキのなかで巻き取られ、やがてV8のエンジン音に追い付く形で曲が重なった。十字路の中心で車体は揺れ、大きく振られるように方向を変える。

 

 『伝承』──そして道を駆けるシボレー・インパラ。一人欠けてしまったキャスト。シーズンの切れ目としてはこの上ない幕引き。だが、これは所詮、神の描いたシナリオの通過点、終盤戦でしかない。故に、手向けも哀れみも賞賛の言葉もあの男には必要ない、私は送ってやらない。

 

「──次のシーズンでまた会おう」

 

 願わくば、今度はまともな再会であることを。

 

 

 

 

 

 




写真が暖炉で燃えるシーンは印象的ですね。楽しく筆を振るわせて頂きました。ラノベ、二次創作を問わず、素直に砂糖を味わえる作品を見ていると、いつも感嘆してる作者です。

感想頂けると、今後の励みになるのでご指摘共々待ってます。同時投稿はたぶん、今回が最後かなぁ。
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