哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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蜂蜜色の香り

 電流のストックを失ったのはヒルダにとっては痛手だった。何も他の戦い方ができないわけじゃない。翼の機動力、魔臓の治癒力に任せた槍での白兵戦も現に眼前で行われている。だが、それはできるというだけのこと。彼女が好んで用いる戦い方ではない。

 

 自由自在の髪を含めて手数に物を言わせる理子、なんでもありのバリツとアル=カタに秀でたアリア、超能力を抜きにした近接戦闘の土俵ではヒルダの敗色は濃厚だった。まして二人同時に追い立てられるなど捌けるわけがない。二人の本質は同じ双剣双銃、互いの動きを潰すことなく、ただ同じ獲物に牙を振るっている。

 

「うッ……! この……ッ!」

 

 アリアの小太刀に太腿を裂かれながら、捨て身で三叉槍が突き出される。狙いは制服の抜け穴、露出している足の肌色に矛先は伸びるが……当たらない。ヒルダの腕には蜂蜜色の理子が巻き付き、動きを阻害している、ナイフを肌に食い込ませるおまけ付きで。

 

「あたしを見ろよ、ヒルダ! 主演の演技なんてあたしが問答無用で食ってやるからさ!」

 

 刹那、点を越えて線にも思えるほどの発火炎が暗闇に弾ける。不気味で退廃的なドレスは穴だらけになり、クモの巣柄のタイツごと白い肌に小太刀が裂け目を作る。致命傷にはならず、傷は修復する。制圧はできない、だが戦いの流れだけで判断するなら、それは一方的な蹂躙だった。

 

「……調子に──下がれェ!」

 

 ほとんど下着姿に陥ったヒルダが叫びと同時に体へ電流を走らせる。身に纏うように放った電流はまるで鎧、防具というべきか。理子、アリアは同時にバックステップし、電流を浴びる前に距離をとる。いつのまにか強い雨が降り、展望台のコンクリートの床は水に濡れていた。飛び散った鮮血が雨によって流れていく。

 

「涼しい姿にはなってるけど、まだ決め手には欠けてるわよ? カラクリはブラドと一緒でしょ?」

 

「家族だからね。あれもたぶん、血を流しながら絞り出してる電流。器用だよね、アリア。さっきからあたしの動きを邪魔せず、合わせるように動いてる」

 

「別に。いつか負かしてやろうと思ってずっと見てたのよ。いけ好かないあんたのことを」

 

「笑えるジョーク。キンジにも言ってやれよ」

 

 吐き捨てるように理子はかぶりを振る。口元が緩んでいるのは指摘するほどのことでもないな。ヒルダが纏った電流は彼女が行使してきた電流に比べると、ずっと微弱で頼りない。理子の睨んだとおり、身を削って絞り出した電流のようだ。あれでは影になることでの逃亡もできない。ヒルダから受けた体の痺れがようやく取れてきたとき、

 

「悪い、遅れたな」

 

 最後のカードがやってきた。

 

「遅かったわね、キンジ。ま、その様子だとワトソンには勝ったみたいね?」

 

「手負いの勝利だよ、いつもどおり」

 

 その様子だとまだHSSは解けていないな。当初の獰猛な気配がやや丸みを帯びてはいるがそれだけだ。遠山の登場でヒルダの劣勢はさらに傾いた。デュランダルを支えに私も回復した体をなんとか立ち上げる。これで四人、一人足りないがブラドを倒したときと同じ夜。

 

「これで四人、銃の数は足りてる」

 

 雨に打たれながら、理子がヒルダと視線を絡める。

 

「だから、どうだと言うの? 安心なさいな、高貴な私。頭数の差に不平を漏らしたり醜い真似はしない。お父様はお前たちに加えて雪平まで相手にした。私が雪平を抜いたお前たち程度に苦言を呈するのはお父様への侮辱、分かるでしょう?」

 

「……意外だね。もっと手段を選ばないタイプと思ってたけど」

 

「あら、心外ね。捉えた誰かを人質に使えば、あるいは催眠術で服従させて毒を脅しに傀儡とすれば、幾らでも勝てる方法はあるでしょうね、私は聡明だから。でもね、私にも気に入る勝ち方と気に入らない勝ち方があるのよ」

 

 電流を体に纏わせたまま、三叉槍の柄が床を叩く。

 

「勝つか負けるか、それしかない。来なさいな、私はお前たちを恨まないし、情けもかけない。吸血鬼と人間、優れたものが勝ち、負けたものを好きにする。それだけ分かっていれば、あとは必要ない」

 

 ああ、分かりやすい。勝ったものが正しい、砕いて言えばそれがヒルダの言い分。実に分かりやすい。

 

「同感だ。それならば相手を討つことへの憂いもない、我が聖剣は鈍らず、緩まず、堕ちることなくお前を斬る!」

 

「そういうの素で言うところが夾竹桃と似てるよ。キンジ、アリア、両太もも、右胸の下、それと臍の下が魔臓の場所だ。目玉模様は腿と腹に集中してる。あたしの過去の清算に、まだ力を貸してもいいって言うなら、最後まで付き合え」

 

「やってやるわよ。キリの代わりにあたしが言ってやるわ、独立記念日おめでとうってね?」

 

 アリアが遠山の分まで遠回しに肯定を返す。ワルサー、ガバメント、ベレッタ、合わせて吐き出せる弾は5つ。全員、残弾に余裕はないだろうが魔臓の数自体には足りている。

 

「キンジ、ベレッタの残弾はあるだろ?」

 

「ギリギリ」

 

「アリアは右胸と下腹部、キンジも保険だ。そっちに回れ。その魔改造には三点バーストもあるしな」

 

「たまに機嫌が悪くなるけどね、分かった。理子の期待に答えるとしよう。俺のことも気遣ってくれたみたいだからね?」

 

「……どうだかな、あたしはきまぐれだ。ジャンヌ、こっちの目処は立った」

 

 そう言うと、理子はアリアの左に。遠山とは反対側からアリアを挟むように立った。

 

「足止めは引き受ける、一度で決めろ」

 

 一度だけ理子と瞳を見合わせ、私は仕掛けた。叩きつける雨に不快感を感じながら目をあけ、残った力をデュランダルに注いでやる。ここまで来れば使えるカードをテーブルに投げつけるだけ。

 

「銀氷となって、散れ」

 

 デュランダルに蓄えた青白い光がコンクリートの足場を辿ってヒルダへ伸びる。光が通った足場は凍結し、ヒルダは回避に転じるしかない。が、回避に転じている隙に投げたヤタガンが、今度こそヒルダの影を射た。ラピュセルの枷──動きを封じるのはこれでお互い様だな。

 

 足場を縫い付けられ、棒立ちとなったヒルダと視線が合う。だが、既に遅い。不死の肉体も動くことの許されない的でしかない。同時に背後から銃声、計三人の放った弾は魔臓の場所を示した目玉模様を外すことなく貫いた。

 

「……ッ……」

 

 その体に魔臓の数を上回る着弾を受けたヒルダは、天を仰ぐように右手を伸ばし……膝をつき……やがて前のめりになっていく。それはとうとう俯せになり、雨に打たれながら衣服を失っている四肢を投げ出した。

 

「……終わったの?」

 

 最初に声を出したのはアリアだった。雨に打たれながらカメリアの目は訝しげに倒れた体を見つめている。疑問を抱くのも無理はない。それほどに静かで呆気のない幕引きだが……魔臓を撃たれたことでブラドも倒れた。ヒルダが例外とはとても──

 

「……、……、」

 

「ジャンヌ、下がってッ……!」

 

 理子の叫びに私は気付いたときには背後へ飛んでいた。沈黙していたと見定めていたヒルダから声がする。ルーマニア語、それには些細だが覚えがある。ランドマークタワーで魔臓を失い、日光にもがいていたブラドが唱えていた言葉に、限りなく近い。理由は分からない、理由は分からないが嫌な予感がする。脳が警笛を鳴らしてやまない、まだ終わっていないぞ……理子ッ!

 

「Fii Bucuros……努力だけは認めてあげるわ」

 

 刹那、荒れるばかりだった夜空で稲光が光った。激しい落雷は視界を焼くような光を撒き、雷が苦手なアリアはおろか、私も顔を両手で覆っていた。ヒルダが呟いたのはブラドが好んで使っていたルーマニア語だ。何の意味もなく使われる言葉でないのは明白だった。視界が晴れるまで頭には疑問が縦横無尽に行き交う。そして次に視界が晴れたとき、そこには──悪魔が立っていた。

 

「……そんな、嘘だろ……ッ」

 

 スケール感が狂ってる。そうとしか言いようがなかった。声を上げたのは理子だけだがその言葉はこの場にいる全員が吐きたい言葉に違いない。青白く、激しい電流を纏いながら、悪魔となったヒルダは心地よさそうに立っていた。その禍々しい姿は吸血鬼はおろか生き物とすら例えるには足りない……魔臓が、貫かれた魔臓の傷も塞がっているのか……自分では行使できないはずの電流もさっきとは比べ物にならないぞ……ッ!

 

「お父様はパトラに呪われ、この姿になる機会もない間にお前たちに倒された。光栄に思いなさい、冥土の土産にはこれ以上ないでしょう?」

 

 ヒルダの発言、それは彼方の記憶に一致する。ブラドはパトラに呪われたことで全力を出せなかった。私たちに見せたのは獣人に言われている第2態、ではヒルダのこの姿が──

 

「──生まれて三度目だわ。第3態になるのは。それがハンターでも獣人でもない相手なのだから、分からないものねぇ。あら、理子。いつもの軽口はないのかしら?」

 

 平然とした態度でヒルダは首を傾げる。波打つように揺れる髪ですら触れるだけで黒こげになる。

 

「……おかしいとは思ったよ。お前はバッテリーの場所を目で追いかけるくせに、魔臓が集中してる腿と腹への意識は最初から散漫だった。キンジ、お前も疑ってたんだろ?」

 

「それなりに……かな。無防備に魔臓の場所を晒したままの態度にしては違和感はあった。だとしても他に取れる選択肢はなかった。同じことだよ。どうやら魔臓の場所は別にあるみたいだ」

 

「ええ、そのとおり。私は生まれつき、見え難い場所に魔臓があるわけではなかった。その上、この忌々しい目玉模様を付けられてしまったの。だからーー外科手術で、変えちゃったのよ。さあ、理子?さっきみたいに私の魔臓がどこにあるか推理してみてご覧なさい?」

 

「……歪んでるわね。理子、ヒルダは自分の仕草や視線でバレないように敢えて場所を聞いてない可能性があるわ。いいえ、きっとそうよ」

 

「私もアリアに同感だ。だが、あれは今度こそ運動神経が痺れる程度では済まないぞ……」

 

 今はまだ距離が開いているが、近接戦闘になれば触れるだけで私たちは致命傷を負う。しかし、飛び道具で魔臓を探すにも手掛かりがない。どこにあるかも分からない魔臓をヒントもなしに四ヶ所同時に貫くのは……

 

「そうよ、ジャンヌ。私の魔臓を見つけるのは不可能。この第3態は、耐電能力と無限回復力を以て為す、竜悴公一族の奇跡。汚らわしい銀もこの姿の前では何の意味も持たない」

 

 私の心を見透かしたようにヒルダが視線を絡めてくる。短時間の超能力の連打、ここまで長引くと私にも余裕がない……まして肢体をまとめて凍結させるだけの力には到底足りない。振るわれる三叉槍は一振りで半壊していた棺を木っ端微塵に変えた。ただの吸血鬼のできる芸当ではないな……第3態になったことで腕力まで跳ね上がったか。

 

「私を第3態に追いやったことは誉めてあげる。でもここまで終幕よ。第3態の前で、お前たちにできることはもうない。理子、散弾銃を奪われていなければまだ勝ち目はあったかもしれないわねぇ?もしもの話をしたところで何の意味もないけど、今はとても気分が良いから口が回って仕方ないわ」

 

 勝ちを疑わない口ぶり。だが、宣言するだけの圧倒的な力を私たちは見せつけられている。一歩、ヒルダが足を踏みしめるだけで背中に戦慄が走りそうになる。触れるだけで致命傷なのだ。私が赤い瞳を睨み付けたとき、かつんと理子が一歩前に歩みでていた。

 

「そう、あれでお前の魔臓を攻略するつもりだった。お前が対策のひとつやふたつ、保険をかけてるのは予想がついたよ。だから、お前が切札を使うときを待ってたんだよ。お前は大切なことを忘れてる」

 

「フッ、いいわ。消化不良もつまらないから、最後まで聞いてあげる。私が何を忘れていると?」

 

「散弾銃は体のどこかに隠されてるお前の魔臓全部を貫く必要があった。でもそもそもこの世界にたった一つだけ、魔臓も関係なしにお前たちを殺せる銃がある。散弾銃は切札じゃない、お前の手札を晒すためのーー要するに餌だったんだよ」

 

 ホールドオープンしたワルサーが両手から離される。

 

「その銃に殺せないものは5つだけ。新鋳された銀の弾を併用することであらゆる存在を殺すことが出来るアラモの戦いの時代に造られた遺物」

 

 耳を傾けていたヒルダが足を止めた。赤い瞳が、今夜一番の警戒の色を見せる。その変化にアリアと遠山は眉をひそめた。いや、まさか……そんな……

 

「あの夜、夾竹桃にあいつを襲わせたのもハイジャックに巻き込んだのも全部このときのため。一発あればそれで良かった。ダニエル・エルキンスから何人もの手を渡り歩いて、あたしがずっと求めていた物がここにいる。光栄に思えよヒルダ、冥土の土産にはこの上ないだろ?」

 

 小首を傾げながら、自由になった手で理子はそれを抜いた。時代錯誤のアンティークのリボルバー拳銃。この世でもっとも恐ろしい拳銃を。

 

「あんた、そんなのでヒルダを……」

 

 言いかけてアリアは言葉を止めた。ヒルダの表情には微かに焦りの色が差していたのだから。

 

「……理子、俺は初めて聞いた話だがそのコルトは」

 

「ごめんね、キーくん。これは本当の話。武偵法を守れっていうんなら……ヒルダ次第だよ」

 

 コルトを構えたまま、理子の視線がヒルダを刺す。

 

「ハッタリよ、その銃はとうに失われている。仮に残されていたとしても新鋳された弾がなければそんなものガラクタでしかないわ」

 

「あたしが誰からこの銃を手に入れたと思う?アメリカ最強のハンター一派だぞ?長い間、コルトの所有権はあの兄弟にあった。キリが弾の作り方も見つけられないような能天気な男と思うか?」

 

 ついで「あたしは思わないけどな」と、理子はわざとらしく撃鉄を起こす。人には与えられた手札の数だけ可能性がある、これが本当の意味で理子の切札。アルファを葬り去った最強の拳銃。

 

「エルキンスが専門に狩っていたのは吸血鬼だった。どこまでも吸血鬼と縁のある銃だよ。この銃も一時はお前のお仲間の手に落ちた、でも巡り巡ってキリがあたしに残してくれた。ブラドは無理だったけど、せめてお前との戦いには……間に合うようにってな」

 

 魔臓の場所を隠蔽し、耐電能力と無限回復力を手に入れたヒルダがたった一挺の銃に肉薄される。

 

「お前がコルトに殺せない5つのうちの1つならあたしの負けだ、好きに殺せ。ちなみにあたしが聞いた話だとそのうちの1つは──正真正銘モノホンのルシファー(魔王)だ」

 

 お前は魔王と同列になれるか、そんな理子の問いかけにヒルダは短く喉を鳴らし、笑った。

 

「この私に脅しをかけようなんて──お前はずる賢いわね?」

 

 無言で目を細める理子に、墓石に背を預けながら悪魔にコルトを向けるハンターの姿を──私は幻視するのだった。

 

 

 

 

 

 




残り数話、スカイツリー戦になります。
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