哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

53 / 157
遠い夢跡

「"'No,' said the King. I'd rather die than place you in such great danger as you must meet with in your journey."」

 

「“お前を危険な旅に出すより自らの死を望む”と王は言った。『命と水』の一節だね?」

 

 私は言い当てた白雪に向けて、軽く首を縦に振る。即座に翻訳して返せるところに、彼女の博識な一面が垣間見れる。部屋の主である遠山がコンビニへと出掛けたことで来客だけとなった男子寮の部屋では私と白雪がテーブルを挟んで対面していた。

 

 命の水──所謂グリム童話の一つ。中でもヘンゼルとグレーテルの話は魔女の間では際立って有名な話として通っている。

 

「カナは聖書の言葉を度々引用していた、私も真似てみたのだ。『ヘンゼルとグレーテル』に登場する魔女の噂は、私も興味があったのでな」

 

「悪い魔女が自分の家に招き入れた貧しい子供に上等な食べ物を与えて、太らせてから食べようとする話? それなら私も少しだけ聞いたことがあるよ。実話かもしれないって説だよね?」

 

 貧しい木こりの夫婦とその子である兄妹の話。最終的には太らせた兄を食べようと用意した釜で魔女は妹により焼き殺される。砕いたパンの欠片を帰る際の道しるべとして、道に落としていく逸話は日本でも広く知れ渡っているだろう。

 

「巷では童話として語られているが、あれに登場する魔女が例の赤毛の魔女を追いかけてアメリカにやってきたと噂が立ったことがある。拐った大人を魔術で子供に変え、史実のとおりに監禁して食べ物を与えて太らせてから食べる──人食いの魔女だ」

 

「子供を拐うと噂になるから、大人を子供に変えてから準備をするんだね。あっちはハンターの人口が日本よりも多い。すぐに噂が広まる」

 

「赤毛の魔女は鬼才で知られているが、パトラと同じく魔女の間では嫌われものだ。今やウィンチェスター兄弟とは泥沼の関係と聞いている。人食いの魔女はそんな彼女を追いかけてアメリカの土地を踏んだが、噂によれば食事のカラクリをハンターに嗅ぎ付けられて返り討ちに遭った」

 

 そこまで言うと、察しの良い白雪は苦笑いを浮かべた。話の筋から結末が読めたようだ。相変わらずイルカのように聡い。平常時の遠山も見習って欲しいものだ。

 

「話があるって言ってたのは、そのハンターのこと?」

 

「真実を確かめる前に、キリは異世界で遭難したのでな。タイミングを逃した」

 

「雪平くん、グリム童話にまで関わってるんだね……異世界で遭難したなんて話なのにちっとも不思議な気持ちにならなかったよ……」

 

「同感だ。異世界に行くのも初めてかどうか怪しいものだがな」

 

 桃子が『良い漫画のネタになる』と言ったのも頷ける。本人は体験談を語っているだけのつもりだろうが、聞き手にすればフィクションの種でしかない。それに例の作品は5シーズンを最後に刊行が止まっているが、私たちはその先の物語を知ることができる、現在進行形で。但し、フィクションで見ていたものがノンフィクションになる弊害付きだ。

 

 話を戻すべく、私はテーブルのレモンティーに口づける。遠山はいないが話を進めるには問題ない。いつかは遠山にも知れることだ、何も急く必要はない。フィクションがノンフィクションに変わる、それだけのこと。グラスを戻しながら、私は改めて本題を切り出すべく会話の口火を切る。

 

「……キリはミカエルの足止めに残った。此方のではない、あちらの世界のミカエルだ」

 

 一転、部屋の空気が張り詰めたものに変わる。

 

「……雪平くんらしいね。自分の命を投げて問題を先延ばし、解決するところが雪平くんらしい」

 

「あれは、そういう風にできているのだろう。本当は自己犠牲など嫌悪するに決まってる」

 

「でも犠牲を選ぶしかない状況に追いやられてきた。選択肢はなかったんだよ、犠牲を払うことでしか解決できない問題が次々にやってくる、それも終わりなく。ミカエルは雪平くんが檻に道連れにしたんだよね。地獄の檻の中に魔王と一緒に落とされた」

 

「キリの話を信じるなら、ミカエルは長い監禁生活で精神を病んでいる。檻の暮らしに慣れていたルシファーと違い、永遠と鎖に繋がれることに耐えられなかったのだろう。地獄に置かれた檻だからな」

 

 体験したくもないが、神が大天使を閉ざすために作った檻だ。普通の独房と同じ筈がない。ミカエルは最強の天使、天使軍の総大将でルシファーを地獄に突き落とした立役者だ。聖書のメインキャストが正気を失うような環境、とても普通とは思えない。白雪が微かに言い淀む。

 

「それなら、戦える状態には──」

 

「そうだ、程遠い。だが、私たちが見たミカエルは……とても邪悪だった。戦えない状態とは思えない。視線を結んだだけで体に戦慄が走った、あれは偽物でも紛い物でもない、本物だ。裂け目の奥に広がっていたあの世界は、聖書にある最終戦争が起こってしまった世界。あのミカエルはさながら荒れ地を統べる王」

 

 いや、神……と言うべきか。どのみち、あの世界に神がいるとは思えないがな。だが、私が気になるのはもう一つの存在。ミカエルとは別の可能性なのだ。そう、問題を解決してもそれが次の問題へ繋がる錠前になっているのは珍しいことではない。解決と同時に新たな問題の扉が開くことがウィンチェスターの常だった。

 

 今回のこともあの男がミカエルを足止めしたことで裂け目は閉じ、キリの安否を度外視するなら問題は解決している。あちらとこちらの世界を繋ぐ道は消え、ミカエルがこの世界に降りることはなくなった。だが、本当にそれで幕が引いたのだろうか……

 

 むしろ、私の心に住み着いた違和感は首を横に振らそうとしている。むしろ、キリが足止めを買った行動が新たな問題に繋がっているのではないだろうか。リリスを討ち、地獄の檻を開いたときのように……あの足止めが新たな問題を引き起こすとしたら……?

 

「白雪、キリを占ったときにミカエルと一緒にルシファーの名前も出たと言ったな?」

 

「正確には『堕天使』と『総帥』なの。そこから推測するとたどり着く答えはそれしかない」

 

「そして私たちはミカエルと遭遇した。だが、ルシファーとは邂逅していないのだ」

 

「ジャンヌ?」

 

 言い淀んでいる私に白雪は続きを促すのではなく、首を傾げるばかりだった。我ながら、回りくどいな。

 

「裂け目の向こうの世界のルシファーはミカエルに敗れたと見ていいだろう。では、お前の占いに出てきたルシファーとは何を暗示している?」

 

「……ないよ。それはない」

 

 一瞬、作った間を消し去るように白雪はかぶりを振る。

 

「そうだ、私もないと思いたい。だが、最終戦争の後にルシファーが一度外に出されたことは事実だ。そしてまたしても魔王を檻に戻すべく、アメリカで奔走した話も奴自身から聞いてる。UKの賢人と手を組み、無事に檻に戻したとキリは言っていたが……」

 

 刹那、廊下の奥から玄関のドアが開いた音がする。遠山か、案外早い帰宅だったな。白雪は私と結んでいた視線を外して、声のする廊下へと向ける。

 

「ごめん、ジャンヌ。話の続きは今度でいいかな?」

 

「ああ、議論したところですぐにどうこうできる話でもない。それにいまのままでは私の憶測の範囲を出ないからな。いまここで話を振って、遠山を困惑させるのも愚策だろう」

 

 話を切るように、私も遠山の声がする廊下へ視線を傾ける。私の憶測の範囲を出ない。推測でしかないのだ。この世界で、監禁されている筈のルシファーが檻の外に出ているなど──

 

 

 

 

 

 

「『五木の子守歌』も駄目ね」

 

 パソコンの前で頬杖を突いた桃子は、既に赤線だらけになっているメモ帳に赤鉛筆で新たな線を走らせる。達筆な字で書かれた『江戸子守唄』『関東地方の子守唄』『ねんねんころりや』に代表される子守唄には無慈悲な赤線が上から引かれていた。子守唄──パスワードのロックを解くための唯一の手掛かりの謎はまだ解けていない。

 

 遠山から借りたキリのパソコンと、自室のホテルで相変わらず格闘を続ける桃子は恨めしげに赤鉛筆を指で踊らせる。子守唄の歌詞を打ち込んだパスワード画面は何度見ても変化はなかった。

 

「字数が多すぎるのよね。どうしたものかしら」

 

「私もアメリカの童謡を手当たり次第に試したがどれも脈はない。そもそも歌詞がパスワードなのか?」

 

「見方を変えてみるのね。それは良いことだけど、42文字のパスワードは曲名や作詞家くらいで埋まらない。性格も偏屈ならパスワードも偏屈ね。異世界に電波が届くなら、借金取りみたいに電話してやるのに……」

 

 恨めしい、その言葉がどこまでも似合う瞳は微動だにしないロック画面を未だに見つめている。

 

「lullaby、子守唄、42文字のパスワード。桃子、本当にお前は何も聞いていないのか?」

 

「残念だけど、皆目見当がつかない。どうして子守唄なんて暗号を使ったのかしら。そこからまず謎よね」

 

 彼女は吐いて捨てるようにかぶりを振るが、私は椅子に座り直すようにして思考に耽る。遠山、アリアのルームメイト二人にも子守唄に関する答えは分からなかった。同業者とも言える白雪も同じだ。仮に──キリの立場で考えてみよう。ヒントを残す相手を選ぶなら、遠山を除いて一番可能性があるのは……魔宮の蠍。眼前でパソコンを睨んでいる彼女。

 

「どうかした?」

 

 自然と私は腕を組んでいた。

 

「いや、一緒にプラネタリウムに行ったと言ったな?」

 

「ええ、行ったわよ。聖地巡礼に行けなかったから、その埋め合わせにどこか連れて行ってくれるって。セラピーから数週間経ってから誘ってきたの。……あれは私も本当に知らなかったから別に構わないと言ったのに……どうして妙なところで律儀なのかしら」

 

「セラピー?」

 

 プラネタリウムで何かヒントになりそうな歌を口ずさんでいなかったか──そう聞くつもりだったが思わぬ言葉に私は気づいたときに聞き返していた。結んだ視線は明らかに泳いでいる。失態を踏んだときの目だな、これは。

 

「待って。違うの、私は知らなかったの。本当にカウンセリングだと思ったのよ。詳しく調べなかったのはミス、私のミスだけど……」

 

「それならカウンセリングを。いや、セラピーを受けたのか? キリと一緒に?」

 

「……依頼でね。依頼で受けたのよ。セラピーって言うか……二人三脚の大会。雪平とペアで」

 

 何がどう転んだら、数ヶ月前に襲撃した男と二人三脚をする流れになるのだろうか。髪を指先で弄りながら、珍しく狼狽えている同僚の姿は、普段の冷静で落ち着いている彼女からは大きくかけ離れている。イ・ウーにいた頃には見ることの出来なかった表情だ。が、桃子はやや不機嫌に、私の心を見透かしたように咳払いを挟む。

 

「包み隠さず話してあげるわ。プラネタリウムには行ったけど、一緒に星は見てないし、雪平は隣ですぐに寝てた。朝食は駐車場で箱入りの朝食だったし、レトロなドライブインでポリネシア料理をがっつくなんて、後にも先にもあれ一度きりで満足よ」

 

「ポリネシア料理を日本のドライブインで食べるのか……」

 

 どこまでもチョイスが日本離れしているがムードも何もない。酷すぎる。どこのホームドラマだ。

 

「ムードなんてないわよ。私は求めていないけれど、仮に、仮に私がムードが欲しいと口にしたとしましょう。80年代のロックがエンドレスで流れてくるわ。それに……」

 

「まだあるのか?」

 

 ここまで聞いたからには最後まで聞かねばならない。案の定、返答は酷いものだった。

 

「カージャックされたわ。Kashmirが流れた瞬間に」

 

「またまずい車を狙ったな……」

 

 私服で見抜けなかったのか、それとも武偵と分かりながら狙ったのか。イ・ウーの元生徒とそれについていける武偵。狙いが悪かったな。私ならインパラだけは絶対に盗みたくない。特に67年のインパラは。

 

「話が逸れたが、本当に聞いていないのか? 子守唄ならプラネタリウムで寝ているときに口ずさんでもおかしくはないだろう?」

 

「残念ながら、黙って寝落ちしたわ。ゾンビのように眠ってた、静かなものよ。起きていれば賑やかでも横たわれば死んだように静かになる。死体のあった場所に横たわるような男だから、場所を選ばずに眠れるのかもしれないけど」

 

「例の悪い癖か」

 

「悪趣味な儀式よ。鑑識科と探偵科では有名な話。どうしてそうなったのか、あの本にも書かれていない雪平の悪趣味な儀式」

 

 そう言うと、桃子は無造作にパソコンのキーを叩いた。まるで暇を潰すためのお遊び。

 

「プラネタリウム……眠れないときは星を見る。子守唄、星……夜の星。ねえ、アメリカの童謡でなかったかしら。夜の星が出てくる子守唄」

 

「それはない。Twinkle, twinkle, little starなら私も試したがファイルは開かなかった。確かに夜の星を見上げる歌だがパスワードでは──」

 

「──待って。そうよ、雪平は日本に渡った。だから、日本語に曲名を直すとしたら?」

 

 無造作にキーを叩いていた桃子の指が止まる。何かに感付いた真剣な瞳は、42文字のパスワードを見据えた。

 

「Twinkle, twinkle, little starは原題。日本で広まっている名前は──キラキラ星」

 

「キラキラ星は子守唄じゃないだろう?」

 

「あの男にとっては子守唄だった。それで通るわ。いくわよ、歌詞は確か──」

 

「ちょっと待て。ローマ字打ちすると文字数が溢れるぞ」

 

「……ローマ字打ちじゃないのかも。一音に一文字……ちょっと待って」

 

 不意に桃子はCのキーを二回叩く。そして、GやAに始まる文字が画面に連なっていく。これは……

 

「キラキラ星のコードだな?」

 

「ええ、音符だと溢れるけどコードにすれば一文字で足りる。なんで気付かったのかしら。捻れた雪平が素直に歌詞を入力するだけのパスワードを作るわけない」

 

 コード、音楽をやっていれば馴染みがあるだろう。ドはC、レはDとして、同様にドレミファソラシをCDEFGABとして表記する方法。言われてみればパスワードに適した表記方法だ。入力画面は次々と埋まり、歌詞を歌い上げながら走る桃子の指が止まる。

 

「ジャスト42だ」

 

 桃子がマウスのカーソルをゆっくりとenterの上に持っていく。クリック音と同時に桃子の唇が弧を描いた。

 

暗号解読(コード・ブレーキング)。病みつきになりそうね」

 

 微動だにしなかったロック画面は解かれ、パソコンには『ディーン』の名前が浮かび、後ろに数字が連なっている。またしても暗号か。どこまでも用心深いがここまで解いてしまえば、これは暗号でも何でもない。

 

「父親は元海兵だ。行き先を表すときは?」

 

「座標よ、悩むまでもない。これから調べましょう。一段落して肩の荷が下りたわ」

 

 張り詰めた空気がほどかれるように桃子は大きく息を吐いた。座標と兄の名前。おそらく、これが家族に繋がる唯一の手がかり。なんだ、私の見立てはやはり当たっていたのだ。

 

「何か食べる? ももまんはないけど、クッキーならあるわよ?」

 

「いや、頂こう」

 

 何をやっても狩りからは逃げられない。キリは気づいていたのだろう。もしものときに備えて、連絡手段をパソコンのファイルに残した。限られた人間、特別な相手にだけ分かるたった一つの手がかりを残して。

 

「この座標、示しているのはアメリカで間違いなさそうだ。場所は……カンザス州のレバノン」

 

「カンザス州にはローレンスもあるし、妥当なところかしら。どうぞ?」

 

 軽く盛り付けられたクッキーがトレーに乗せられてくる。気のせいか、彼女の表情が少し柔らかく見える。肩の荷が下りた、さっきの発言を裏付けているようだ。

 

「アメリカに行くなら手続きがいるけど、向こうにある会社から依頼を受けたことにするのが一番簡単ね」

 

 依頼による海外赴任は、その日数に応じた単位が基礎数として与えられる仕組みになっている。ちなみにその基礎数は、武偵高で平均的な生徒をやっていれば稼げる単位数に設定され、大胆な話をすれば海外にいるだけで何をどうして過ごそうと、単位だけは貯まるのだ。教育や実践を積まずに、技術が養われることはないがな。

 

 厄介なのは私たちが司法取引の身であること。すんなりと海外赴任が通れば良いが、桃子も理子と同じで世渡りの上手な器用な女だ。明日にでも手続きを通して、アメリカ行きを決めるだろう。願わくば玉藻の結界に眷属の動きが止まっているうちに、ワンヘダには帰宅してほしいものだ。遠山の言葉は正しい、厄介者でもいないよりはいる方が遥かに心強い。

 

 それは眼前でクッキーを摘まんだ彼女も。いや、私よりあの男の近くにいるのだ、言うまでもない。

 

「雪平切とはどういう男なのだろうな」

 

「随分と突然ね?」

 

「いや、地下倉庫で私に心のなかを見透かされたと勘違いしていたままだったのでな。訂正する機会が欲しくなっただけだ」

 

「見抜いたんでしょ? その話なら雪平から私も聞いてる」

 

 私はゆるくかぶりを振った。

 

「地下倉庫でのやりとりは揺さぶりだ。私も魔女だ。正面からウィンチェスター一族とは戦いたくない。あの場ではアリアと遠山も控えていた、尚更だ。揺さぶりをかけた礼に聖油のサークルに閉じ込められることになったが……」

 

「貴重な経験ね。羨ましくはないけれど」

 

「ちっとも楽しくはない。覚えておけ」

 

 だが、ブラドのように火炎瓶として投げつけられるよりはマシか。火だるまになるのは笑えない。

 

「どういう男かなんて考えたことはなかったけど……リサみたいな女……ねえ。そうね……ふーん。馬鹿なのかしら、馬鹿に決まってるけど、いえ、お馬鹿だけど……そういう遠回しなのが一番否定できないのよ……」

 

「桃子?」

 

 何かを思い出して、目を伏せているようだが……リサ? イ・ウーの会計士か?

 

「リサ・アヴェ・デュ・アンクはお前とは逆のタイプではないのか?」

 

「あ……アヴェ・デュ・アンク? 会計士の? あ……ええ、そうよね。そのとおりよ。何を血迷っていたのか分からないけど、私と彼女が似ているなんて面白いことを言うわね。流石はウィンチェスター、ユーモアがあるわ」

 

 ……妙に饒舌な彼女に違和感を感じるが、リサと桃子は似ているとは言い切れない二人だ。リサは教授の後継者として挙がっていたが、第一に戦闘員ではないし、髪の色も生まれも共通点はない。頭は切れるが戦いを好まない彼女と、目的のためには強行手段を厭わない桃子は比較するまでもなく似ていない。彼女も眷属についているなら、再開までの時間は案外近いのかもしれない。

 

「あのコーラ中読者、平常時は軽いのに真面目なときには嘘を吐かないのよ。そこは兄に似たのね」

 

 そんな彼女がまさに口にしているのが、そのコーラなのだが何も言うまい。ふむ、しかしリサとキリに面識があるとは初耳だな。だが、有り得ない話でもない。長くハンターをやっているのだ、狼男と関わった経験も指では足らない回数だろう。

 

 彼等は食欲を制御できる、無闇やたらに狩りをする必要もないと見過ごすハンターがいる程だ。事実、人の肉は食らわないライカンスロープと呼ばれる一派に友人がいる話をキリから聞いたことがある。リサのことも狩りを通じて繋がりが生まれていてもおかしくない範囲のことだ。などと、考えていると桃子はまだコーラを喉に流している最中だった。炭酸で喉を痛めないか心配になるペースだな……

 

「ジャンヌ」

 

 不意に名前を呼ばれて、私たちは視線を絡める。

 

「さっきの答えだけど、私にはあの男の中身は理解できない。理解できるのはたぶん、雪平の家族だけ。血の繋がりは抜きにして、家族にしか理解できないわ。私にとってーー雪平切は駆除しちゃいけない奴、それだけよ」

 

 後日、彼女は日本を発った。そして、電話を介して私は知ることになる。あの裂け目がネフィリムの誕生に合わせて作られたこと、メアリー・ウィンチェスターがルシファーと異世界に取り残されていることを──

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。