「材料はチキンにスパイス、それと羽の生えた流れ者の肉だ。まあ、鶏肉っていうのはだな、伝統的なブランチには本来なら相応しくないけれども。さっぱりとした肉の味わいはなんというかぁ、我々の食欲を掻き立てる」
微妙な香りと食感を引き立てる。まるで食前酒のような役割を果たすんだ。
「イタリアではランチと一緒にワインを楽しむんだ。だが、アメリカではカフェインや炭酸、砂糖たっぷりの飲み物で胃に流し込む。たまにはゆっくり時間を楽しむことも知らなきゃいけない」
「火力が足りねー!」
「……とんだシカゴ・ファイヤーだ」
ぼやいた次の瞬間には、消防士の格好で中華鍋を振り回していた武藤の姿は消えていた。「消防士は命懸けの仕事やぞ!そんなヘラヘラした奴がおるか!」と乱豹先生の怒声が遅れて厨房に響いてきた。
お前みたいな教師がいるか、とついつい出そうになる言葉をなんとか喉元に沈めると我関せずでフライパンを振る。
いや、蘭豹先生はクレイジーでバイオレンスな一面を覗かせつつ、実のところはいい講師だ。
やばい、イカれてると思いながらも最後の一線ではみんなのこの人のすごさ、腕の良さを知ってるから結局のところこの人は多くの生徒から慕われてる。
‥‥‥もちろん畏怖もされてっけどな。
「切……! た、助け──」
「おら、武藤! 自分から火を求める消防士がどこにおるんや!」
蘭豹先生には珍しいぐうの音も出ない正論だ
仮装食堂──アドシアードと同じく、一般の人にも解放される早い話が文化祭の催し。
だが、そこは武偵校らしく自分の役に沿った変装での接客を求められる。それはバックヤードでの厨房の係もホールも関係ないらしい。消防士や火災調査官が火を弄ぶような発言をすることには、先生と同意見だけど。
「……平賀さん。俺思うんだけど調理係がいるなら全員が変装する意味なくないか?」
「あやや、あややからは何も言えないですのだ!」
先程、キャバ嬢にしては身長が低すぎると無茶苦茶な理由で厨房に送られてきた平賀さんが無難に答える。
高校生より下にしか見えない容姿でましてキャバ嬢など土台無理な話だ。この子を働かせる店なんて、それこそ犯罪だろ……
「雪平くんは学者さんですのだ? レキさんも学者さんですのだ!」
「考古学者。いや、冒険家で考古学者かな。たまに教授。ちなみにドローしたのはキンジで俺が選んだわけじゃない」
この仮装食堂、演じる職業は公正なくじ引きで決められる。生徒には、一度だけ引き直しの権利が与えられるが二度目に決まった役は絶対に変えられない。ようするに一度引き直しを選んだら最後、自由意思が入り込む余地はないのだ。くじ引きが始まった頃、絶賛異世界騒ぎに巻き込まれていた俺の代わりにキンジが代理で役を引いてくれわけだが……
「蛇は嫌いですのだ?」
「全然、ロープみたいに振り回せるよ。流砂に嵌まるのは勘弁だけどね」
中折れ帽子と革の鞭、レザージャケットで固めた姿は蛇嫌いで犬みたいな名前の……有名すぎる考古学者を参考にさせて貰った。嬉しい共通点ではないが俺もナチスとは浅からぬ縁がある。
他にもドクトル・ジョーンズはカーリー崇拝の暗殺組織と戦ったが、逆に俺はそのカーリーとあわや一触即発まで行ったことがある。彼女はガブリ……ロキの元カノで破壊を司るとされるインドの危ない神。俺も危うく天使避けを掘ったあばら骨がかたっぱしから折られるところだった、檻から出たばかりのルシファーを呼び出すために。
でも最後は彼女のお友達の神が勝手に招いたルシファーによってインドも北米の神も皆殺し。雁首揃えてルシファーを殺そうと息撒いていた北米インドギリシャ連合は数分で全滅。残ったのはロキがルシファー相手に時間稼ぎをしてくれたことで、俺たちとインパラで一緒に逃げることができた彼女一人。
そこからの彼女の動向は知らないが、少なくとも最近になって元カレを窮地から救い出したのは何の縁もないイギリスのブリキ人形ケッチだから彼女は恩も何も返してない。その意味では狩りの女神アルテミスの方がよっぽど義理堅く、話のできる神だったよ。俺は滅多なことで神に祈ったりしないが……彼女に限っては本気で祈ってもいいと思ってる。心の底から。
「キンジは学力だけじゃなくて、引きの強さもドロップアウトボーイと良い勝負してる。今回はあいつの引きの強さに助けられたよ。女装やアイドル、難題を振られたら手に負えなかった」
「エルドラドの場所が分かったときはあややも付き添いに呼んでほしいのだ」
「……詳しいんだな。あの映画好き?」
「トロッコのシーンは大好きなのだ。ふんふふん~ふんふふん♪」
楽しそうに口ずさむ平賀さんはなんというか……愛嬌があるな。同じ高校生離れした見た目でも神崎や理子とは違った愛嬌がある。保護欲を掻き立てるとかそんな感じの魅力がある。でも平賀さん……それジャック・スパロウが乱戦仕掛けてるときの曲だ……
「雪平──! 平賀とくっちゃべってないでフライパン振れ! 武器のように振れや──!」
……先生、キッチンの道具で戦おうなんてライバック兵曹じゃないんです、普通はやりませんよ。ああ、やれと言えばやりますよ。調理も調理器具で戦うことだってやってりますが──
「雪平くん、フライパンが剣ならばフライ返しは盾なのだ!」
「……平賀さん。右手のフライパンに
「──あやや!?」
案の定、蘭豹先生の蹴りが飛んできて俺たちは吹き飛んだ。俺も平賀さんもバカなこと言ってたのは否定できない、こればかりは自業自得だな……先生も相変わらず問答無用で安心したよ。これでこそ戻ってきた実感が湧いてくる。パーティーにようこそ。
などと休学前と変わらない有り様に懐かしさを覚えること数時間。平賀さん、改心した武藤とキッチンで作業に勤しむがどうやら厨房に三人も人員は要らなかったらしい。忙しさに波はあるが手を持て余しているのが時間のほうが多い、先生も同じことを考えているらしくーーなにやら思案する素振りを見せる。
「厨房は2人で足りるしなァ。平賀の代わりにどっちを出すか」
フロアはフロアで苦労があるが、厨房で終わっちまうのはそれはそれで悲しいな。
「雪平ァ」
「はい、閣下。いつでも査問会議に立ちます」
「……ええ、心がけや。キャラクターは無茶苦茶やけどな」
閣下と呼ばれたことがどうやらウケたらしい。インディアナ・ジョーンズは考古学者として大きく認知されているキャラクターだが、OSS──CIAの前身となった組織で任務に努めた経験もあり、実際には一人でソレンの軍人や邪教崇拝の暗殺者を返り討ちにする学者の皮を被った軍人なのだ。親父が海兵隊だったこともあり、子供の頃彼に憧れてショベルでボビーの家の庭を掘り返したのは良い想い出だな。ということで、意外とこの役には満足してる俺である。
「ところで、遠山には兄がおるって聞いたが」
「ええ、それなら俺も会ったことがあります。遠山金一、キンジとは一文字違いの兄。それがどうかしましたか?」
突然のタイミングで予想もしていない質問に俺は目を丸める。一応、先生はカナの姿の金一さんと過去に出会っているが直接的な繋がりがある話は聞いていない。なんでこのタイミングで聞いてきたんだ……?
「さっき遠山が自分には兄がいるって言ってきよってな。あいつが自分から話を振るような男がどんなもんかと──」
「蘭豹先生と同じですよ、まだ若いのに一騎当千の実力者で鬼神のように強い。それでいて、俺の知り合いには珍しいくらいの人格者。キンジが誇れるのも納得の人物です」
「ほう、お前が素直に称賛するレベルか?」
「先生を例えに挙げられる相手ですから。普通のレベルじゃない、今の俺だと逆立ちしても敵いませんよ。神崎、理子、キンジと雁首揃えてようやく勝ちの目が見えるかどうかってところです。でも俺は最近のキンジの成長具合を知らないのでこの例えも意味ないですね」
俺はゆるくかぶりを振る。俺が知っているのは宣戦会議が始まる以前のキンジでしかない。理子から聞いた話によればキンジの超人化は近頃目に見えて加速しているとのこと。ワトソンに限っては自分が撃った弾を素手で逸らされたなんて言う始末だーー本当に弾を素手で逸らしかねないのが笑えない。
「話を纏めると、神崎レベルの秀才ってところでしょうか。神崎と違って泳げる秀才」
「よーし、話は分かった。それで他は?」
「話せることは話したつもりですけど……」
まだ何かあるのか、と横目を流すと蘭豹先生は未だに納得していない表情だ。武装でも聞きたいのかな、残念ながら俺の考えは的外れだった。
「他にあるやろ、容姿とか……」
「はぁ……容姿ですか?」
忙しさの失せた厨房の空気に当てられ、弛い態度で俺は聞き返していた。先生も先生でなんか歯切れの悪い声色だった。聞かれたからには答えるけどさ。
「俳優顔負けですよ。内面も外側も文句なし、本気でやれば大抵の女は落とせます。顔も良くて性格も良い、何より人を惹き付ける力がある。キンジと同じ一種のカリマスってやつです。まぁ……やや中性的と呼べなくもないですが……ほんのちょっとだけ」
女装が妙に似合うくらい、ほんのちょっとだけだ。
「……中世的?」
だが、案の定というべきか。先生はそこを拾ってくる。
「雪平。それはいかついとか、険しい感じとか……」
「全然。どっちかというと、綺麗って感じですよ。カッコいいとは思いますけど、それは精神的な強さ、器の大きさやカリスマに依るところも大きいと思いますが……あの、失礼ですが苦虫噛み潰したような顔してますよ?」
「錯覚や。どあほ」
……そう言われても詐欺に遭ったみたいな顔してるからなぁ。
「雪平、お前の好きな映画で例えてみ」
「イーサン・ハントじゃないですか。国籍はこの国ですが実力的にもIMFで謙遜ない。とにかく、先生の言うビブ・タネンみたいなイカついタイプじゃありませんね。人を腰抜けって呼んだりもしない」
あくまでもカナではなく、遠山金一という人間について感じたことを口にする。キンジが崇拝にも近い感情を抱くだけあって、金一さんは話に違わない義を貫く人だった。俺が知っていたのは、アメリカで一緒に狩りをしたカナとしての側面だけだったからな。思ったことを吐いたが、先生を見ると表情はむしろ悪化してる。
「……先生?」
「雪平、とりあえずお前はホール行きや。せっせと働いてこい」
「は、はぁ……今からホールですか?」
「腑抜けた返事しよって、やりなお────し!」
「──Yes, ma'am.!」
蘭豹先生の一喝に気圧され、反射的に親父にやってた軍隊式の返事を返しちまった。性別が違うのにすんなりと出ちまったな、俺。我ながらびっくりだ。
「なんやわりと様になっとるで雪平」
「きっと父が軍人だったからでしょう。俺も兄も父への返事はいつも上官へのそれでしたから。当たり前ですが拒否権はありません」
今となっては隠すことでもないのでカミングアウトするが、意外にも先生に驚いている様子は見受けられない。特徴とも言えるポニーテールが跳ねるように揺れた。
「まあ、察しはついとったわ。武器の取り扱いも立ち回り方もお前からは軍隊の匂いがぷんぷんしとったからな。大方、ガキの頃からスパルタで仕込まれたって口か」
「……先生の瞳と勘は本当に鋭いですね」
綴先生の観察眼や洞察力は人並み外れてるが、先生と同様に蘭豹先生の鋭さもバカにできない。豹の名に相応しい野性的な勘には教え子のキンジが絶対の信頼を置いているほどだ。
「幼少期の俺はキャッチボールやらずにボウガン撃ってる危ないガキでしたよ。当時は随分と下手くそで使い物になりませんでしたけどね。でも父には感謝してます、犬を飼うとか普通の暮らしは望めなかったけど、代わりに身を守る術を教えてくれた。あの日々がなかったら俺はとっくに地中深く棺桶の中だ」
魔物なんていない、親父が芝居でもしてくれてたらもっと普通の生活を望めたかもしれない。でも怪物は現実にいる、そこらじゅうにウヨウヨといて、餌を探しまわってる。俺を含めて人間は餌でしかない。
「そのときは辛くても後になれば考えも変わってくるもんです。鬼軍曹のブートキャンプの洗礼に耐えられれば見返りは大きい。蘭豹先生のスパルタは……きついものがありましたが」
「ええ度胸やないか。自由履修はいつでもウェムカルやで?」
「考えときます。エナジードリンク飲み過ぎると夜眠れなくなる」
「ほんま、よう回る口しとるわ。でもお手柄やで勲章ものや。雪平、残り時間も気ィ抜くなァ」
「Hoo-yah」
その後、俺の持ち場がホールに変わったのだが入れ替わりに厨房からホールに転属していたキンジが蘭豹先生の指名によってバックヤードに引き戻された。キンジの奴、真っ青になってキッチンに歩いて行ったがなにやらかしたんだ……?
◇
「じゃあ、お前はキッチンから逃げたいために金一さんを売ったのか? あれだけ尊敬してます大切ですアピールしてたのに?」
「……反省してるって言ってるだろ。兄さんには内緒にしろよな、お前の責任なんだから」
「俺は真実を言っただけ。金一さんがコワモテって無理あるだろ」
横から垂れ流される不満に問答無用でかぶりを振り、夕焼けの中をキンジと帰る。文化祭の期間中はバスが動かないので、インパラの停めてある車輌科のガレージまでキンジも一緒についてくることになった。
なんでも蘭豹先生が出会い系サイトに年齢を偽って登録していること、好みの男のタイプがコワモテであることを情報科を通じて知っていたらしく、金一さんを餌としてちらつかせホールのスタッフを勝ち取ったらしい。えげつないことするねぇ……
「それで、結局バレたのか?」
「お前が余計なことを言ってくれたお陰でな」
「そう怒るな。タクシー代はタダにしてやるよ。先生お怒りだったか?」
「……知らん」
「身内を売った罰が当たったな。女を騙してロクな目には会わないってことだ。一つ賢くなったな、おめでとう」
「なんで上から目線なんだよ」
「俺も学んでるからさ。アバズレアバドンにボコボコにされた。癇癪持ちですぐ手が出る」
あの女は遠慮を知らない。あれで肩書きが騎士だって言うんだから信じられねえよ。
「それって、いわゆる元カノか?」
「バカかお前は。あんな暴君と付き合ったら命が百個あっても三日ともたねえよ。悪魔と付き合ってたのは俺じゃなくてサミーちゃん、破局したけど」
性格や比喩的な意味ではなくモノホンの悪魔なのが笑えないよ。外側だけなら黒髪の美人だったのにな。
「……さっきは俺に身内を売った罰だとかなんとか言わなかったか?」
「いいんだよ、事実だから。本にも載ってるし」
「鬼かお前は。アバドンってあれか。ゲームにもたまに出てくる悪魔の名前」
「大御所だよ。まあ、人望はなかったけどな」
息をするように部下を粛清しまくってたらしいし。恐怖政治は地獄でも流行らないんだと。
「思い出すと無茶苦茶な話さ。あれだけ弟が悪魔と付き合ってることに散々文句言ってたのに、兄は兄で女の天使を車に連れ込んで朝までお楽しみだぞ?」
「つ、積もる話があったんだろ……」
「どっちも人間じゃないし、下に住んでるか上に住んでるかの違いだけだろ。次男は悪魔で長男は天使と遭い引きだ。俺には怪物の恋人でも作れって言うのか?」
「いや、俺に言うなよ……神様でもいいんじゃねえの」
「アルテミスは連絡よこさないし、別れ際が気まずかったから無理」
「俺はどこからツッコんだらいいんだ?」
……やばい、一度吐いたら愚痴が止まらなくなってきたぞ。
「この話は終わり。罰が当たる前にやめとかないと」
でも別の世界で本当にサムはルビーと結婚してて、そういう可能性ももしかすると有り得たのかもな。しかも急接近後の黒髪バージョンのルビーと。束の間の怪物のいない世界に浸れた時間、良いような悪いような微妙な記憶を思い出していると……
「遠山の」
戦闘訓練用の廃墟ビルから、声がかけられた。ここは文化祭の間はビニールシートで隠され、立ち入り禁止になってるはずだ。完全に見た目が戦場で一般には公開できないからな。だが、それより驚きなのはこの声は確か……
「ん、雪平も一緒か?」
「ご無沙汰してるよ、玉藻御膳」
「玉藻。帰ってきたのか。よりによってこんな日に」
俺たちは青いシートを捲って廃ビルに入るが、剥き出しのコンクリートが広がっている一階に玉藻の姿は見当たらない。散らばっているガラス片や薬莢を踏みながら声を追いかけると、いた。丁度、見上げた鉄骨の上に武偵高のセーラー服姿の玉藻が立っている。
「お前、今日はテレビ局も来てるんだぞ。捕まって『珍獣ハンター』で放送されても知らないからな」
「ああ、ウケたよ。そうなったらお茶の間の人気者だな、精々3日くらいだけど」
「儂とて、民に興味本位で耳を引っ張られたりはしとうないわ。じゃから、ほれ。ここの生徒に見えるような服を着てきたぞ」
玉藻は頭にフリルつきのベビーキャップみたいな帽子をかぶってるが、獣耳が隠しきれず微妙に浮いて突起みたいになってやがる。まあ、他人に無関心な人間も増えてるし、案外なんとかなるかもな。お茶の間に放送されたときは知らん。
「遠山の、儂は星枷に用があるのでな」
「キンジ、連れてっけってよ。会長に電話」
「なんで俺が……」
ぼやいても携帯を取り出すのがお前らしいよ。溜め息をつく度に幸せが逃げるならキンジは不幸の渦中に引きずり込まれてるな。
「ふむ、今代の遠山はかつて那須野で会った遠山と瓜二つじゃが……」
「なんだ?」
「お主はまるでヘンリーの面影がないの」
小走りにやってきた玉藻にそんなことを言われる。ヘンリー、ヘンリー=ウィンチェスター。親父の父親で非科学的な現象を研究していた『賢人』と呼ばれる組織の一員。若い頃の彼を知ってるけど、確かに性格も外見も俺とは似てない。出会ったときの第一印象は俺もディーンも同じことを思ってた、007そのまんまだったからな。
「俺もそう思うよ。似てるのは迷惑な連中にいつも追われてたことくらいだ」
「ふむ、儂が会ったのはまだ奴が若かりし頃じゃったが……宿命かの。老いる前にその消息を絶ったと聞く」
「みんながみんな早死にする家系さ」
親父は自分が捨てられたと思ってるんだろうけど、ヘンリーのじいさんはずっと親父のこと思ってた。今でもできることなら親父に伝えてやりたいよ、じいさんがちゃんとした父親だってこと。ナルニア国の物語、ヘンリーはクローゼットの先の世界で命を落として戻れなくなった。好きで親父の前から消えた訳じゃないし、家族を捨てたわけじゃない。
「白雪はSSRだって」
「優等生は流石だな、変装食堂の後だってのに。玉藻様、場所が分かりましたよ?」
携帯を閉じ、調べてくれたキンジに変わって結果を伝えると……
「でかした。ほれ」
玉藻御膳が両手を差し出してきたので膝を曲げて視線を合わせてみる。
「なんだ?」
「抱っこせい」
「抱っこって……俺がおたくを抱っこするの?」
「神輿が無いから抱っこでガマンしてやると言っておるのじゃ。お主は信心が足りん」
ぺちぺちと膝を叩いてくる。その姿はどっからどう見ても子供だ。動く気配もないし、言われるとおりに玉藻の脇を持ち上げるんだが……幼女の見た目が詐欺ってレベルで重たい。これ20kgはあるだろ……!
「悪かったよ、神様。今日は俺のセルフ神輿で我慢してくれ。ほら、抱っこしましたよっと」
首に腕が回り、本当にやっちまったなセルフ御輿。ずっと抱っこするには厳しい重さだが、案外これも厄祓いになったりしてな。神様抱えてるわけだし。しかし、至近距離から見るとこれはこれで誘拐でもされそうな神様だぜ。
「ふむ、良い眺めじゃ。誉めてつかわす」
「ご丁寧にどうも」
喋りはやたら古風だが無邪気で純粋無垢な横顔は、本当に誘拐されてもおかしくない愛らしさだ。抱えている神様にそんなことを考えていると、不意にキンジが視線を振ってくる。交代してくれるわけじゃなさそうだ。
「切、覚悟しろよ」
「何が?」
「これは一年や二年じゃ済まないぞ」
「拐うわけじゃねえよ!」
「これ暴れるでない! 女神を落とせばバチが当たるぞしっかりせい!」
「バカかお前は! おい、顔叩くなって!見えないだろ!」
わざわざ手を伸ばして額をぺちぺちと叩いてくる神様。なんて奴だ。落としたらバチが当たるって自分から言ったのに。ちくしょうめ、こうなりゃ──安全運転なんてしてやるか。マルセイユのタクシーを見習ってタイムアタックだ!
「のわ──っ!」
「キンジ、インパラまで競争だ!」
「おい──ちょっと待て!ありえんだろ!」
唐突な走り出しに振り落とされそうになる玉藻が首にしがみついてくる。よし、やり返してやったぞ。行く手に神が立ちふさがるなら、神をなぎ倒して行くのが俺の信条だ。玉藻を抱えたまま全力でアスファルトの地面を蹴り、前に体を押し出していく。
「待て! おいてくなって!」
「追われるってのは気分がいい。自分が勝者なのだと実感できる!」
「バカ言ってないで止まれバカ! なんで放課後に好き好んで走り込みやるんだよッ! ありえん、ありえんだろ!」
「いくぞ、カラカウア通りまで全速前進だああ!!」
「お前は生身で太平洋を渡る気か──!?」