哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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無責任な父

 

 

 雁首揃えた三人での総力戦は、他には誰もいないバーで派手に始まった。

 

 キンジのベレッタは破壊されたが、両脇で神崎が正面から理子の腕を捉えた。

 ガバメントは弾切れだがバタフライナイフを広げたキンジとトーラスを構えた俺が二方向から理子を包囲している。

 

 3対1、数で言えば最初から理子のハンデ付きの勝負だったが……

 

双剣双銃(カドラ)──奇遇よね、アリア。理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと……2つ名。でもね……」

 

 一度溜めを作り、理子は含みのある笑みを浮かべた。

 

 キンジの足が止まる。

 神崎の瞳が驚愕に見開く。

 そして、俺の舌が苛立ちの音を立てた。

 

 

「アリアの双剣双銃は本物じゃない。お前はまだ知らない。この力のことを。それが理子とアリアの違い、決定的な差かな」

 

 髪が盛り上がってやがる……

 それは恐怖と不安を煽るには十分過ぎる光景だった。誰の手を借りるわけでもなく、意思を持ったように髪が動き始めやがった。

 

 超能力、あるいは間接的にそれに似た力、常識の外にある何かで髪を動かしてやがる‥‥‥

 理子の腕は使えない、だがあの金髪は別モンだ、手数の多さで逆転された……! あれは理子の体を縛っても止まらない……っ!

 

「神崎、下がれえええええ!」

 

 俺のばら蒔いた9mmパラベラムが理子の背中を穿つ。だが理子は倒れず、髪は報復とばかりに殺傷圏内にいた神崎に襲い掛かった。

 首に巻き付けば骨を折れる、窒息だってお手の物だが理子の考えは違った。金色の髪に隠されたナイフが神崎の即頭部を鋭く斬りつける。

 ‥‥‥鋭敏さ、早さ、まるでブロンドの鞭だ。一度は避けた神崎に反対のテールでとどめをさしやがった。

 

「あは……あはは……曾お爺さま。108年の歳月は、こうも子孫に差を作っちゃうもんなんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか、自分の力すら使えてない! あは、キンジぃー、アリア負けちゃったね?」

 

 理子は髪で押しのけるようにして、神崎を突き飛ばした。神崎は驚くほど易々と吹っ飛ばされ──キンジの足元に転がった。

 反転と同時に自由になった腕で拳銃、ワルサーP99の引き金も引いていた理子は……腹部を被弾して呻く俺にウィンクすら飛ばしてる。

 

「アリア……アリア!」

 

「キーくんかわいい。理子妬いちゃうかも。でも残念、バッドエンドのお知らせですよ?」

 

「‥‥‥耳を貸すなキンジ。まだメインテーマも流れてないってのにエンドロールを見るってなら俺は反対。最後まで鑑賞していけ」

 

 呻きながらもまだ残っていたトーラスの弾を全部ばら蒔く。

 手持ちの弾薬全部を切り捨てた攻撃だがそれすら有効打にはならない、バク宙を切って避けた理子が瞳を尖らせる。

 

 銃声が止まり、一瞬生まれた空白。

 袖に仕込んだ剣を手元に滑り混ませ俺も瞳をぶつけた。キンジと神崎への行く手を遮るような位置で、俺は理子にできる限りの殺気を飛ばしてやる。

 

 くす、とこんな状況でも理子は猫のように目を細め、蠱惑的に笑ってくる。

 

 

「キンジ。神崎を連れて逃げろ」

 

「……どうする気だ?」

 

「時間を稼ぐ」

 

「駄目だ、逃げるぞ!」

 

「逃げることしかしなかった。もう逃げたくない」

 

 躊躇うキンジにもう一度吠えてやる。

 

「──いけ!」

 

 

 倒れた神崎を抱え、キンジがフロアを走る。どうせならもっと決まった台詞を言ってやるべきだった。

 時間を稼ぐ──は使い古された決め文句だからな。映画好きの兄貴と違って俺にはセンスがない。

 

 キンジが出ていくまで沈黙を決めていた理子は、俺と二人きりになるとナイフを仕込んだ髪をまた動かしはじめた。

 メデューサ、ギリシャ神話の怪物の名前が頭をよぎる。だが、相手はライカンでも異教の神でもない。

 

 俺を威嚇しているのは峰理子、一人の人間だ。

 

「やっさしぃー、わざわざ一人になってくれたの?」

 

「まぁな。その力、お前本来の力じゃないな。お前からは魔女や超能力者の気配を感じない、どんな千年アイテム使ったら鬼太郎の物真似ができるんだ?」

 

「口が減らないよねえ。雪平切、クラスで一番のひょうきん者。それとも変わり者かな?」

 

「あんたは人気者。みんなから好かれてた。今日まではな」

 

「そっかぁ。心配してくれるんだね」

 

「ご機嫌とりも今日が最後だ。インパラの修理費を払ってもらう。神崎の母親についても証言してもらうぞ」

 

「なぁんだ、やっぱりお前もアリアに肩入れしてるんだぁ」

 

 いつも愛嬌を振り撒いていた幼さを残した顔が、今はとても大人っぽく危険に見える。

 

「アリアがお前をパートナーに選ぶことは懸念事項だったよ。だから、キンジにはハイジャックで急接近してもらったの、一緒に手を取り合って事件を解決、カップリングも成立の予定だった。キンジは思ったよりアリアに靡かなかったけどね」

 

「俺は最初から神崎とパートナーを組むつもりはなかった。彼女に必要なのはキンジであって俺じゃない。手を組む気ではいるがな」

 

「イ・ウーを覗くことになるよ?」

 

「もう覗いてる、それに地獄も天国も両方見てきた。どっちも酷かったよ、酷いものを覗くのは慣れてる。最後に一つだけ聞かせてくれ、コルトのことだ。欲しいんだろ」

 

「いいよ、教えてあげる。理子も気がかりだったの。キリくんはまだ情報を隠してる。手札を見せあいっこしよ?」

 

 二つ返事で理子は笑みを作る。

 両手を広げる動作がどこまでも絵になる子だ。

 

「人を殺すならワルサーを使えば済む。だがお前はコルトを欲しがった。お友達にも言ったがコルトは存在そのものがお伽噺話、あれは母親が眠れない子供を寝かしつけるためにする話さ。どうもしっくり来ない、お友達を雇ってまでお伽噺話を追い求めるにはお前は利口すぎる」

 

 俺が聞きたいことは一つだけ。

 

 

 

 

「──お前はコルトで何を殺したいんだ?」

 

 

 

 空気が張り詰め、呼吸することに戸惑いすら感じる。にぃ、と笑った理子は、俺たちの知っている峰理子じゃなかった。

 

「キリは『繁殖用牝犬』って呼ばれたこと、ある?」

 

「……いいや」

 

「腐った肉と泥水しか与えられないで、狭い檻で暮らしたことある? ほらぁ。よく犬の悪質ブリーダーが、人気の犬種を殖やしたいからって──檻に押し込めて虐待してるってニュースがあるじゃん。あれだよ、あれ。あれの人間版、想像してみなよ」

 

 俺は言葉を失った。溢れる感情を繋ぎ止めて、理子は道化を演じるように笑っていた。

 

「想像できないよね。ひっどいんだよ、汚い水と腐った肉、それが何年も──」

 

 燻る憎悪と憤り、理子の声は悲鳴のようだった。

 

「ああ、分からねえよ。分かるわけないし、分かっていいことじゃないよな」

 

 まるで、ここにはいない誰かに精一杯感情をぶつけている。

 

「この世界に神はいないって思った。あたしも最初は祈ったが無駄だったよ。だからあたしは勝ち取るんだ、自分だけの力で……!」

 

 理子は最後まで相手を口にしなかった、口にできないのかもしれない。

 この世界に神はいない、その通りだ。無責任な父は俺たちのごたごたには見て見ぬフリ、首を突っ込まない。俺たちはいつも振り回されるだけ振り回されるんだ、何度も身に染みてる。

 

「所詮、神も無責任な父親なのさ。戦争で大勢人が死のうがてめえの家族が殺し合おうが自分は関係ないと思ってる。探すな、関わるなの一点張りだ。同じだよ、俺も自分に言い聞かせてきた。もういい、自力で切り抜けるってな」

 

 切り抜けてきたさ。戦いの度にいつも犠牲を払って、問題が解決したときにはいつだって誰かが欠けてる。その繰り返しだった。みんな揃ってクランクアップできた試しはない。

 

「教会じゃみんなが口を揃えて言ってた『神は皆のことを考えてる』ってな。だが、実際は──神は瓶でアリを飼ってるガキだ、何も考えちゃいない」

 

 聖書によると神の御業はなぞめいてるとか。

 それが好きなやつもいれば、嫌いなやつもいる。

 

「お前が抱えてる物は他人の俺たちには底知れない。自分以外の誰かが聞いて理解できることじゃないし、理解されていいことじゃないだろ」

 

「同情なんていらない! あたしはお前を排除して進む。お前はあたしを止めて逮捕する。終わりにしよう、もう時間はたっぷり稼げたよね?」

 

 理子が構える。

 両手のワルサーP99、32発の弾が殺気を向け、ナイフを隠したツーサイドアップのテールを非常灯の下で動かし始めた。

 

 双剣双銃──その二つ名の通り、四つの武器を構えた。神崎とは異なる意味で。

 

「ああ、正しく理解してんぜ武偵殺し」

 

「来いよ、ウィンチェスター」

 

 俺も理子も互いに呼ぶことのなかった名前で相手を呼んでいた。

 リロードしたトーラスを理子に向ける。それが開戦の合図だった。

 

 理子の双剣双銃に対し、俺は一剣一銃で迎え撃つ。総弾数は理子が勝る、32発の銃弾は蹴り倒した丸テーブルの盾を一瞬で蜂の巣に変えた。

 床を蹴ったかと思うと、理子は髪を動かし突っ込んでくる。弾数にモノを言わせて弾幕を張るおまけ付きで。

 

「アメリカ人はなんでもタダで手にいれようとする。代償の意味をまるで分かってない」

 

 刹那、蛇の髪が伸びきった。ナイフ突きを一度目は剣で弾いてやるが左下から跳ね上がるような軌道で反対のテールが飛び出す。

 神崎を戦闘不能に追いやったのと同じ要領だ、一度は避けられても反対のテールで相手を仕留める二段構え。鮮血が飛び、血のにおいが鼻孔にとびこんでくる。

 

「……安い挑発だな、安すぎて質の悪さが見え見えだぞ」

 

 分かっても避けきれるわけねえか……俺の頬を擦過して金色の髪は理子の元に返るが、ナイフから血が滴って足元に赤い染みを作っている。

 ぞっとする、一つ間違えれば神崎の後追いだ。

 

「ノン、ノン。終わっちゃうよ?」

 

 理子のワルサーも俺のトーラスも使うのは同じ9mmパラベラムだが、一度に込められる弾数の差違と二挺拳銃での水増しが溝を隔てやがる。

 二つのテールに搭載されたナイフは、人間の関節ではとても真似できない無茶苦茶な軌道を描きながら襲って来る。

 

 あの髪は理子の第二の手足と言って問題ない働きを見せている、左右の髪はナイフを操り、一方で両手のワルサーを従える──なるほど、確かに双剣双銃だ。

 

 弾薬を撒き、死にもの狂いでナイフの間合いから抜けた俺の、ホールドオープンしたトーラスを見て、理子は左右の拳銃とナイフをぶつけて鳴らした。

 

「中ボスにしては大健闘だね。よかったよー、キリくん?」

 

 下手な動きを見せれば頭に鉛弾をぶちこむってアピールか。

 歩きながら語った理子が止まった場所は殺傷圏内の外ギリギリ、剣を突き刺そうと動けば俺の視界にザクロが飛び散るわけだ。饒舌でありながら嫌味なまでに頭は冷静でいる。

 

「俺を中ボス呼ばわりかよ。よかったな、主人公め。戦利品が欲しいならやるよ」

 

 スライドにロックがかかっていたトーラスが離れ、自由になっていた手で制服をまさぐるが……ない。待て……ルビーのナイフがないぞ……

 

「キリくんのお探しものは理子が頂いてるよぉ?」

 

 理子は右手の指先で刃身を器用に摘み、愛らしい唇をグリップへ重ねている。

 艶やかな唇が触れているのは俺の探していたナイフだった。

 

「出し抜けると思った?」

 

「期待して損したよ、いい腕してる」

 

「これってクルド族が持ってる古代のナイフだよね? 金物屋に売ってる代物じゃないけど、どこで手にいれたの?」

 

「兄貴の元カノがくれたんだよ」

 

 「感謝祭の七面鳥を切り分けるのにな」と付け加える。理子はまん丸な目を開き、やがて笑い始めた。

 

「懲りないやつ、ここまで来ると憎めないよ。お別れにバラードでも歌ってあげよっか?」

 

 ワルサーの銃口は真っ直ぐ俺の脳天に向いている。用心金にかけられていた指が動こうとしたとき、俺はべったりとした血に濡れた掌を見せた。

 俺は真っ赤な指を笑いながら一本だけ立てる。

 

「なあ、コルトには殺せないものが5つある。俺はそのうちの一つを知ってる」

 

「ノン。興味深いけど、お前の命とは釣り合わない」

 

「ああ、だから忠告だ。そいつと会ったときは──」

 

 理子と視線をぶつける。

 そして倒れていた丸テーブルの裏に俺は真っ赤な手を押し付けた。

 

 会話の合間に血文字で描いていた図形が、押し付けた手に反応してオレンジ色に発光を起こす。

 呪文はいらない、血と持ち主の手が作動の合図だ。

 

 

 本当は人間の精神を乗っ取ったり、操ったりする相手を強制的に引き剥がすために使われる技。

 だが、発光した図形は理子が異変に気づくよりも一歩前に激しい閃光を解き放った。

 

 一瞬、しかし眼を焼き、頭をショートさせる光源は理子にとっては理解不能のアクシデント。

 見れば理子は腕を上げて眼を庇っていた。顔を覆い、吸い込んだ光に立ち往生している。光が晴れるまでの一瞬の時間は、何本武器を揃えようが無意味だよな!

 

「インパラの恨みだ! 受け取りやがれ!」

 

 理子からナイフを取り返し、掌の血で汚れた銀の剣が左右のツインテールを切断した。

 

「……今のは」

 

「トレンチコートの友達に教えてもらったのさ」

 

 理子のテールはナイフごと床に落ちた。視覚を取り戻した理子は即頭部に手をやり、初めて、表情を焦らせる。

 必然的に残されたワルサーが彼女の生命線だが攻勢は続く。

 

 ワルサーよりも力強い発砲音がして、理子が強襲を受けた。左右のワルサーが理子の手から弾き落とされる。

 

「!」

 

 睨む理子が捉えたのは仲良くガバメントを一挺ずつ持った宿敵とそのパートナーだ。

 お姫様抱っこの次はペアルック、ったく羨ましい。

 

「遅れてすまない」

 

「来ないよりはマシでしょ?」

 

「二人で何やってたかは聞かないよ。それと、息あってんじゃん」

 

 神崎は軽口を叩けるまでリカバリーしてる。キンジもベレッタはねえが例の強化形態に戻ってるな。

 引き金は想像できねえが少なくとも要因を知ってる理子はキンジの変貌に驚いていた。

 

 このさい理由はなんでもいい、切り札は俺の手中に収まった。

 白銀のガバメントで理子を照準した神崎は理子の髪と俺を交互に見てくる。

 

「あら、似合ってるじゃない理子」

 

「余計なお世話って言葉知ってる?」

 

 べぇ、と舌を出して理子の髪が、揺れる──!

 

「おい待て! なにしてやがる!」

 

 逆手に剣を構えて飛びかかるが、理子のウィンクとほぼ同時に機体が傾いた。

 傾くどころじゃない、機体が落下してやがる……! 不運にも加速をつけていた俺は姿勢を崩して、カウンターにぶつかった。

 

 器用にスツールを次々と足場にして遠ざかる理子が見える。

 そして飛行機は落下の傾斜をさらに傾け、浮いた神崎の体が……おい待てっ、こっち来るな……! 足が腹に……!

 

「ぐえいってえ……!」

 

「いいところにいたわね」

 

「理不尽すぎんだろ!」

 

 神崎は俺の腹を足場に着地、俺に構わずに理子を探し始める。

 

「ねぇキンジ。この世の天国──イ・ウーに来ない? 1人ぐらいならタンデムできるし、連れていってあげられるから」

 

「キンジ! 耳を貸しちゃだめよ!」

 

 理子はその目つきを鋭くしながら、一度神崎に視線を変えて、笑いやがった。

 

「あのね、イ・ウーには──お兄さんも、いるよ?」

 

 キンジには無視できないお土産を残して爆発の音が聞こえてきた。

 壁に、丸い穴が……空きやがった。室内の空気は作られた穴に吸い寄せられ、バーにあった酒瓶やグラスをかたっぱしから食らいこんでいく。

 

 手を振っていた理子は穴から外に向かって飛び出し、悪天候の中へ姿がみるみるうちに隠れていった。

 カウンターから穴に吸い寄せられ、俺は床に据え付けられたスツールにしがみつく。

 

「キリ!」

 

「最低の、おきみやげだな……っ」

 

 スツールにしがみついた手が血で滑りやがる……描くんじゃなかったなあ、やらなきゃ良かった。両手でしがみついた神崎が叫んでくれるが、今回はパラシュートはなさそうだ。

 乗客は頼む、巻き込んじまったからな。遂に片手になった俺は制服の内ポケットに手を突っ込み、両手が宙に投げ出された──

 

 




次回で第一巻ラストになります。主人公が神様に辛口なのは、家庭の事情ですね。

『逃げることしかしなかった。もう逃げたくない』S13、22、トリックスター──
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