哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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トラジック・アイロニー

「金持ちは大変だ」

 

「どうして?」

 

「皆が欲しいものをいっぱい持ってる」

 

(イコール)金。それで不運を呼び込んでたら皮肉もいいところね」

 

「人は誰でも金の為に魂を売る娼婦だよ。天使のマイケルちゃんとゴリラのゴンちゃんは別だがなぁ」

 

 一本ずつ巻いて二本をくっつける──大理石の床に横たわった男の手足を結束バンドで固定するのと同時に隣から嘆きが聞こえた。

 

「どうでもいいけど、プライベートを台無しにされるのは許さないよ」

 

 同じく横たわったもう一人を銀髪の彼女が拘束する。華奢な少女が体格の良い男を見下ろす光景には違和感を感じるが、彼女の場合はその限りでもない。ほんの数分前、横たわっている男を制圧したのが当の彼女自身だからな。あっさり銃を奪い、一方的に意識を落とした手際の良さは素直に感嘆したよ。普通のやり方じゃなかったがな。

 

「あんた、超能力者だったんだな。さっきの手を使わないアイアンクロー、どうやったんだ?」

 

「知りたいなら無料でやってあげるよ。体験するのが一番」

 

「悪かったよ、今度から手品の種を聞いたりしない。短機関銃は押収するとして、こいつらも事が済むまでどっかに隔離しとかないと」

 

 ……触れずに相手の頭を締め付ける。先程、男を制圧したのは紛れもなく彼女の超能力によるものだ。不可視の力で頭を締め付けられときの男の表情といったら忘れられない。意識を落とす程の鈍痛が突然襲ってきたんだ、白旗も振りたくなるよな。

 

 実戦に耐えられるまで洗練されたレベルの超能力、細腕だが銃火器を扱えないってわけでもない。脈絡なく鉄火場に投げ出されても恐ろしく落ち着いてる。この子、大口に見合うだけのことはあるな。間違っても戦いたいとは思わない。端的に言って──手練れだ。

 

「さっきから言ってるんだけど? お前の心臓だってその気になれば止められるんだからね?」

 

 不機嫌に冷めた瞳が、俺を見据えてくる。まただ、会話の前後の辻褄が微かに合わない。そして、この何かに内側を覗き見されたような不快感。だが、彼女が超能力者であることを踏まえると俺が感じた嫌悪感にも一応の説明がついた。

 

「読んだのか、俺の心を?」

 

 相手の心を読むのは超能力者にとって珍しい話じゃない。武偵高にもSSRの時任ジュリアという心を読むことに長けた超能力者がいる、彼女は観察眼や洞察力ではなく人の考えや心をそのまま覗くことができる。接触、非接触と心を覗くことに必要な条件はそれぞれだが眼前の彼女は非接触でも心を読めるんだな。

 

「そうだけど、それだけじゃない事はもう分かったでしょ。あたしは荒事を片付けるのも得意、細腕だからってバカにするとお前も足をすくわれるよ」

 

「覚えとくよ、できればこのまま仲良しでいたいもんだ──」

 

 俺がかぶりを振ったのとほぼ同時に結束バンドで縛った男の無線が鳴った。

 

『アルファだ、例の女は見つからない。仲間と連絡が取れない』

 

 先にタイムカード押して、早退してるよ。

 

『腑抜けにやられるわけない、誰か気づいて一緒に隠れてる』

 

 ……腑抜け、誰のことだ。

 

「古旗唯、目的は分かってる」

 

「そうだ、こいつの内側覗いたんだろ?」

 

「あたしは対象の考えを読むの。考えてなきゃ、考えてる事は読めない」

 

 おい、だとしたら意識を落としたのってまずくないか?

 

「あたしはバカじゃないってば。目的は読みとれたよ、探してるのは古旗唯」

 

 自然に俺の心と会話するなよ。でも有能なのはよく分かった。必要な手札はしっかり確保してる。

 

「どっかの資産家か?」

 

「名前は聞いたことがある。たしか親類が外交官の大物」

 

「……政治の話って大嫌い」

 

 この騒動、金目当てじゃなさそうだ。もっと厄介なのが糸を引いてる。こうなってくると彼女と出くわしたのがとんでもない幸運に思えてきた。一人で片付けるよりもずっと心強い。

 

「あたしが能力を明かしたんだから、お前も自分のことを話したら?」

 

「世間話やってる間にかわいこちゃんが見つかったら大変だ。全部終わったらファミレスで好きなだけ話してやるよ、代金は割り勘で」

 

「……別に奢れって言ってないんだけど。嫌味な男」

 

 拘束した男たちをとりあえず別の場所に隔離、騒動が一段落するまでは退場してもらう。思わぬ協力者のお陰で相手の目的は見えた。その女性を先に見つけて、なんとか外部に連絡を取って、なんとか奴等を一掃する。ああ、なんてことない、楽勝だ。そう吐き捨ててから、応答の一切ない携帯を閉じる。

 

「さっきから借金取りみたいに電話してるが携帯が通じない」

 

「妨害電波でしょ。他に外部と連絡取れる方法があるならさっさとやって」

 

「伝書鳩でも飼ってたら良かったんだがな。これはあんたの」

 

 冗談でも言わないとやってられない。二つあるインカムの片方を彼女に投げて渡すと、受け取った銀髪……一応アリスさん(間違いなく偽名)は周囲に目をくばる。

 

「拝借したの?」

 

「内緒話はパンくずのようにこぼれ落ちて、最後には虫けらの餌になるんだ。いくぞ、奴等より先にその人を見つける」

 

 連中の目的がその女性なら、身柄を渡すことだけは絶対に避けないと。この御時世だ、目的が達成されたらここが屍山血河になっても不思議じゃない。一瞬脳裏に浮かんだ最悪の結末は隅に追いやり、大広間とは真逆の南方向のフロアに俺たちは舵を取った。

 

「まだ見つかってないってことはどこかに隠れてる。どこだと思う?」

 

「この建物はフロアの数はそこまで多くないから、通風口やケーブルを通すために掘られた通路とか怪しいんだよね」

 

「狭くて閉鎖的な場所か」

 

「胎内回帰、狭くて閉鎖的な場所に安心感を覚えるのは子供だけじゃないってこと。ゾンビが押し寄せたらコンテナにだって逃げたくもなるよ」

 

「ゾンビの餌になるか、干からびてミイラになるかの二択だろ。俺ならどっちもごめんだね」

 

 胎内回帰──要は、壁に囲まれた場所や狭い空間が母親の胎内に似ていることで安心感を感じられるって考えだな。子供に多く見受けられる通説ってTVで聞いたことがある。

 

 撃ち合いになれば向こうは短機関銃。こっちは俺のトーラスと、さっき彼女に見せて貰ったベレッタ90-two。息をするように弾を吐き出してくるあっちとは火力でどうしても埋まらない差が生まれる。遮蔽物は意識して動かないと出くわしたと同時に蜂の巣だな、星枷みたいにM60を忍ばせてたら話は別だが……あれの銃検を通すなんて土台無理な話だ。

 

「外に報せが行ってると思う?」

 

「どうかな、誰かが通報してるなら音沙汰がある頃だ。最悪、俺たちのどちらかが外に出て救援を呼ぶしかない」

 

「見張りは外にもついてるし、一人で例の彼女を見つけられるなら喜んで出ていくけど?」

 

「……嫌味な女だ」

 

 依然脅威は去ってない。足音を殺して、彼女と目ぼしい場所の捜索を続ける。どちらが先に隠れている女性を見つけるか、目ぼしい場所を一ヶ所ずつ潰していくと正面の通路は行き止まり、丁度制御室のある一角へと出る。

 

「雪平」

 

 視線に促され、銃の用心金に指をかけながら制御室のドアノブを回す。内側から冷たい空気が洩れだし、足を踏み入れると一言ハイテクと言いたくなる空間が顔を出した。情報科の連中が好きそうな部屋だ。思ってたよりも広い空間だが残念ながら人の気配は見られない、犯人も捜索されてる女性も影も形もない。

 

「ハズレか。どうする、やっぱりどちらか増援を呼ぶか?」

 

「必要ない。こっち見て」

 

 しゃがみこんだ銀髪に従って目線を変えると、壁の中から伸びたケーブルを隠すための戸が外れている。ケーブルの通っている通路は伏せれば大人の男性でもギリギリ通れる高さ、女性なら少し余裕がある。マグライトの照明を灯し、内側を照らしながらやがて彼女は低い声色で一言。

 

「当たりよ、誰か通ってる」

 

 マグライトを消し、立ち上がった彼女が目を合わせてくる。

 

「狭くて閉鎖的、見立てがあったな」

 

「そんなに嬉しくもないけどね」

 

 皮肉めいた瞳は、色こそ違うが夾竹桃によく似てる。性格は神崎寄りだけどな。捜索の手掛かりに手をかけたとき、大きく壁を蹴るような音が聞こえて、背筋が強ばる。

 

「……近いな。よし、隠れろ。先にいけ」

 

「どこに隠れるのよ……ここしかないんだけどね」

 

 自問自答しながらケーブルを通すための穴に潜っていく。俺は外れていた板を取り、先行した彼女とは逆に後ろ向きで通路に潜る。前が見えないのは致命的だが仕方ない、戸を外したままにしておくほうが命取りだ。ケーブルごと通路の入口を戸で隠し、伏せたまま後退してロカを追いかけるように出口へと進む、なんとまあマヌケな格好だ……

 

 

 

 

 

 

 ──銀髪、もとい改めてロカと名乗った少女に足を引っ張られて、俺は数分振りに背筋を伸ばせる場所に出た。ケーブルは制御室からサーバーの置かれた部屋まで一直線に繋がっていた。思わぬ解放感で忘れそうになるが足を捕まれて引きずり出されるのは気持ち良いものじゃないな。馬に引き回しにされた気分だ。このロカって女、初対面なのに神崎レベルで容赦のないことやりやがる。実は主戦派だったりしてな。

 

「容赦ないのはお互い様だよ。でもそろそろ潮時かもね」

 

 突然の脈絡のない言葉は、問いかける前に答えが向こうからやってきた。犯人でもなければ捜索していた女性でもない、別の第三者が冷ややかな眼差しで俺を睨んでいた。第三者と言い切れるのはそいつが人間の容姿をしていなかったから。頭部と完全に繋がっている獣耳は玉藻がちらつかせている物と瓜二つ。いや、こっちは気持ちばかりキツネっぽいか。

 

「休暇なのに災難だったね、ロカ。一つの幸運をもたらす代わりに一つの不幸を呼び寄せる、でも大きすぎるのを引き寄せたね」

 

 ぎろっと俺を睨んだ獣少女はロカの知り合いらしいがどこをどう見ても非日常側の人間。残念ながら恨まれる理由はどこを探っても出てこない。これが正真正銘のファースト・コンタクトだ。

 

「なあ、恨まれる記憶はないんだがどっかで会ったか?」

 

「ないよ。会いたくはなかったけど」

 

「そのわりに随分と警戒してくれるんだな、重要手配人並みだ。大物扱いも乙なもんだけどな。それで、援軍と思っていいんだな?」

 

 ロカに視線ごと言葉を投げると、赤と青の瞳はP90を抱えた獣少女に向けられる。やがて、ツクモと呼ばれた獣少女はかぶりを振り──

 

「サード様が来てる。騒ぎは終わり」

 

 それを聞いた途端、ロカはあっさりとそれまで維持していた警戒の態勢を解いた。ベレッタの武装も解除し、まるで全てが終わったように撤収の作業に入ってる。──サード、三番目?

 

「スリルに満ちた捜索は終わり、あとの始末はお前に任せるよ」

 

 そんなことを言うロカに、俺は半眼でツクモへと視線をやる。

 

「撤収ムードのところ悪いが話が見えねえ。あんた、玉藻御前と同じ妖狐の系譜だな? 人間にも友好的な連中ってのは知ってるがそのサード様もロカも名前からしてこの国の生まれじゃない。どうして日本の化生が一緒にいるんだ?」

 

 話に出たサードはロカが自分が追い詰めたと語っていた上司のことだろう。ロカはともかく、獣人を配下に持つなんて普通の勢力じゃない。思考を重ねる度に嫌な汗を書きそうになる。もしかすると、俺が何も考えずに手を組んでいた相手は、こんなところに押し掛ける連中よりもずっと力を持った組織の人間だったのではないか。それを裏付けるように悪夢のような叫びがインカムから響いた。

 

『化け物めええええぇぇぇぇぇ!ちきしょおおおぉぉぉぉぉ!!』

 

 追い詰められた人間のみが放つ叫びとノイズのごとき無数に連なった発砲音。さっきまで静かだったインカムはまるでアラートのごとくけたましい音を伝えてくる。突然の異様な状況にも二人はそれが分かっていたように表情を崩さない。つまるところ──

 

「これがサード様ってやつの仕業か?」

 

「お前の出番はないよ、ウィンチェスター。この騒動は終わり、運が良かったね。人間なのに人間相手は専門外、本当に変わった連中」

 

「人と口喧嘩するよりも先にスキンウォーカーと喧嘩したんでね。その口振りだとこっちのお家騒動も知ってる感じか、恥ずかしい限りだな。元家出の身分で言えた口じゃないけどさ」

 

 かぶりを振ると、インカムはもはや阿鼻叫喚の状態だった。未知の侵略者にでも遭遇したかのような悲鳴とがむしゃらな銃声が飛び交い、応援と助けを求める声がチャンネルにひっきりなしに乱れている。誰も彼も本気で怯えてる声だな、まるで地獄だ。

 

「ツクモって言ったな。あんたの言うとおり。後味は良くないよ、襲撃犯は人間だ。悪魔でも怪物でもない。ただのイカれた、人間」

 

「世の中はお前が思ってるより病んでる。さっきの答えだけど、お前も仲の良い化生の一人や二人くらいいるだろ。とやかく言われる筋合いはない」

 

「……それもそうだな。あんたが誰とくっつこうが俺には関係ない」

 

 深入りしないといけない理由もない、俺が頷いてからすぐにインカムは静かになった。それが意味することはつまり──襲撃犯の全滅。全てが終わったことを裏付けるようにロカの口元が動いた。

 

「遅かったね。サードのことだし、殺してはないだろうから後は適当に任せるよ。台無しになった時間を取り戻さないと」

 

「どうせ会うことになるだろうけど、もう会わないことを祈ってるよ。後始末よろしく」

 

 サーバー室から出ていく二人の背中を、俺は追うことができなかった。足を踏み出した途端、どこからともなく刃で切りつけるような殺気が飛んでくる。ツクモやサード以外にもまだ他のやつが潜んでる、無視できないレベルの手練れが近くにいる証だった。トーラスをホルスターに納めると消える背中をただ無言で見送る。

 

 

 

 

 

「──Good.追うのは非合理的だよ」

 

 どこからともなく聞こえた言葉に、ただただ背筋が冷たくなった。それがこれから先、嫌になるほど聞くことになる女の声であることを、このときはまだ知らない。

 

 

 

 




『悪魔でも怪物でもない。ただのイカれた、人間』S9、15、サム・ウィンチェスター──


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