今年でインパラの生産も中止になるというのが沁々としたものを感じます。ベイビーも10年近く、お疲れ様を言ってあげたいですね。
時はさまざまなスピードで流れる。一日の体感時間は人それぞれ違い、子供の頃は一日が長く感じて、大人になると一日があっという間に過ぎるという。楽しい夜は一瞬だが、悪夢のような夜は果てしなく長い。
数日、依頼で部屋を空けていたはずがもう何週間も留守にしていたような気がする。まだ日差しの止まない朝の時間に、今となっては実家と呼んで差し支えない第三男子寮を上がっていく。数日振りの帰宅に足は軽快に進んでいくが、玄関にまで来て俺は顔を歪めることになった。
気のせいかもしれないがドアの向こう側から火災探知機のpipipi……という忙しない警告音が聞こえる。頼むから待て、待ってくれ……
半眼で前後左右を見渡すが火の手はどこにも上がってない。一瞬誤作動を疑ったが、仄かにドアの隙間から煙が漏れているのを見て、俺はすぐにドアを開け放った。
「おい!おい、何事だ……!」
開け放ってすぐに俺は目を疑った。無駄に長い廊下を隠すように煙が広がっている。どうやら探知機が故障したわけじゃないらしい、むしろ立派に仕事を果たしてるな、これは。
「あれ、キリ?」
部屋の奥から声がして、咳き込みながら神崎がやってくる。
「帰りは明後日じゃなかった?」
「そうじゃないだろ。なにやってるんだ……!」
消火器を取ると、俺は廊下に隣接した小部屋の一つ一つを足早に確認する。案の定、廊下を半分ほど行ったところにあるキッチンでフライパンが激しく火柱を立てていた。
「待った! 違う! それ──」
後ろから神崎が何か言うよりも俺はフライパンごと消火器をぶっかける。噴射音がして、火柱が止むとフライパンには黒く変色した何かが取り残されていた。過剰に焼かれた物体は、当たり前だが元の原型が窺えない。何かは分からないが笑顔で食えそうにはないな。
「フリタータが台無しよ……」
フリタータって……マジで?
「焦げないようにした。なんで俺もキンジもいないときに一人で……助手を雇ってもいいだろ?」
頬を膨らませるな、廊下に立たされた学生みたいな視線を向けるんじゃない。ちくしょうめ、煙で視界が大変なことになってやがる。よくここまで強行したな。一旦、さっきから鳴りっぱなしの探知機を止めてから神崎に向き直る。
「お嬢さん、なにか言うことは?」
「お帰り、キリ」
「ああ、ただいま。それを言われるとこれ以上何も言えなくなる、反則だ」
とりあえず、充満した煙を換気するべく部屋の窓を開ける。
「はぁ……今開けようとしたわ」
「そうか、仕事奪って悪かったな」
これがいつもどおりなら警報を聞いた星枷がキンジの安否を心配して、玄関のドアを切り裂いて飛び込んできてる頃だ。幸いと言っていいかは分からないが星枷はSSRの用事、キンジも個人的な用事で出かけることになったって今朝にメールがあった。つまり、今朝は誰も神崎を止める人間はいなかったことになる。いたら、家事が壊滅的な神崎を一人でキッチンに立たせるなんて凶行は許さない。
星枷がいればドアが裂かれ、いなければキッチンから煙を出す。もう過ぎたことだが仮にキンジが留守にしていなくても良い結末にはなってなかった気がする。元あった場所に消火器を戻し、そんなことを考えてはみるがそれこそ俺の嫌いな後の祭りと言うものだ。この世界にデロリアンなんて便利な物はないんだし。
「でもなんでフリタータ? もっと他にもあっただろ?」
「料理番組よ。イタリア料理の特集、テレビでやってたの。短時間で、簡単に、誰でもできるって言ってたし……」
フリタータは端的に言えばイタリアの卵焼き。予想の斜め上の解答だが料理番組の影響か。なるほど、どうりで予想できないわけだ。
「料理番組ではどこもそう言うんだ。それで給料を貰ってる。チャレンジ精神は認めるし、素晴らしいことだが毎回毎回キッチンが火の海になったら俺もお手上げだぞ?」
「いちいち言葉に棘があるわね」
「自分の部屋でスモーク焚かれたらぼやきたくもなる。星枷が留守じゃなかったらまたドアが真っ二つになってたところだ」
それに、お前は遠回しの遠慮した言葉を聞く耳なんて持ってないだろ。後ろ頭を掻きながら、無惨になったフライパンを一瞥。いいさ、所詮はキッチンの一角だ。これがiCarlyなら部屋が全焼してたね、間違いない。
「それで、ご飯はまだ?」
「たったいま台無しになったわ」
「……よくもまあ、胸張ってそんなこと言えたもんだよ。ワトソンとこのあと会う約束があるんだが良かったら一緒に来るか?」
神崎ならワトソンも無下には扱わない。戦役の話もあるし、神崎を同行させること自体は問題ないだろ。それにこの状況で神崎をキッチンに立たせたら今度こそどうなるか分からん。神崎も神崎で空腹には違いないらしく、二つ返事で首を縦に振ってきた。古今東西、空腹には誰も勝てん、人間も怪物も。
「どこで約束?」
「サ店だ。原宿駅からちょっと歩いたところにあってジャンヌから勧められたらしい。名前もそれっぽいぞ、『クリスティー』だ」
「ジャンヌが好きそうな名前ね」
「ああ、ほんと。ジャンヌが気に入りそうな名前だ。喫茶店だし、何か軽く食べられるだろ」
なんでも昭和のレトロなムードを味わえるジャンヌ先生お勧めのスポットらしい。神崎の身支度を待っている間に携帯を弄っているとメールが一件届いた。差出名には名前ではなくメールアドレスがそのまま記載されている。ってことは電話帳に登録してないアドレスだな……誰だろ。理子やジャンヌあたりがメアドを変えたか?
可能性を探っていると答えは存外簡単に出た。メールの本文が丸ごと英語で組まれている。神崎や理子、ジャンヌ、ワトソンと俺の知り合いもそこそこグローバルだがこんなことはやらない。案の定、メールの本文を下に辿っていくと文末に──Mary Winchesterと綴られていた。
──海を挟んでのメールのやりとりか、母さんもすっかり現代に馴染んでるな。異世界で遭難してるのに平気な顔で天使と戦争してただけのことはあるよ、適応力が高すぎる。きっとサムの新しい物を好む性格は母さんに似たんだな、古い物にこだわるディーンや親父とは正反対。そしてどっちつかずの雑食の俺とアダムは、その中間にいるってわけだ。唐揚げにレモンをかけるかどうかもどっちでも問題ない、論争より和平を望む一番平和的なタイプ。
そう考えると、家族とは一口に言っても個性がある。だからこそ、世にはテレビのチャンネルの奪い合いなんて現象が起きるのだろう。それはさておいて、母さんが折角メールをくれたことだし、久々に廃れたワードパズルにでも誘ってみるか。最後に遊んだときはディーン共々、返り討ちにされたしリベンジも悪くない。
「何よ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」
返信のメール画面を開いていると、準備を終えた神崎が綺麗な目を細めながら睨んでくる。腕を組むまでの一連の動きはもはや様式美だ。息をするように人の心を抉ってくる。
「普通、待たせた相手には『お待たせ』から始まるけどな。お前って色んな意味で普通じゃないけど」
「それって良い意味で?」
「いや、悪い意味で。母さんからメールが来たんだ。前はスカイプチャットもできなかったけど今ではすっかり現代に染まってるよ」
「えっ、母さんって……あんた、仲直りできたのっ……!?」
一転、瞳を丸くして神崎が詰め寄ってくる。
「……別に仲違いしてたわけじゃない。でも確執はあったし、仲直りと言えばそうかもな」
「メールのやり取りしてるなんて初めて聞いたわよ?」
「ああ、今まではなんて言うか、溝があった。それがどういうわけか今はなくなった。だから──仲直りって言うのか、日本では」
正直、自分でも驚いてる。なぜなら今までずっと、そんな未来は自分にはないと思っていたのだから。そもそも母親と、家族との問題が発端で海を渡ったんだ。離れた異国にまで、メールを送ってくれるまでに関係が変わるなんて想像もしてなかった。
「なんでそれを早く言わないのよ! ほんとっ!? ほんとに仲直りできたの!?」
「ああ。一緒に食卓を囲めるところまでは」
「そう……良かったわね。うん、本当に良かった」
……参ったな。自分のことみたいに喜ばれると俺も何を言えばいいか分からなくなる。我が事のように笑みを浮かべる神崎から、視線を逸らすようにかぶりを振る。これだ、これなんだよ。この貴族様は妙なところで優しさを覗かせる。同情でもなければ感じたことを感じたままに言ってくれる。
神崎が見せるのは、嘘のない優しさだ。たぶん、キンジもそれにやられたんだろうな。分かるよ、俺も男だからな。本当にバスカビールは良い女に事欠かない、正確にはジャンヌを含めてキンジの周りは美人に事欠かないな。古今東西、男は良い女に弱い生き物だ。そこに恋愛感情のあるなしは関係ない。
「ありがとう、これもお前のお陰だ。ちゃんと礼は言っとく」
「あたしに?」
「そう、神崎に。お前のお陰で母さんとの溝を埋めれた。自慢じゃないが複雑な家庭で生まれた溝って簡単には……埋まらない。でもお前があの手この手で母親を救おうとしてるのを見て、俺も考えが変わった。ずっと引っ掛かってた問題を精算できた、お前のお陰だよ。家族から逃げずに向き合えた」
こればかりはちゃんと伝えないと。生まれは変えられないし、過去は変えられない。でも生き方は変えられる。狭い道の中にでもそれなりの分かれ道は用意されてる。満足できる道を進めたのは目の前のルームメイトのお陰だ。こればっかりは否定できない。
「戻る前に母さんの料理が食べれたし、とんでもない味だったが良い時間だったよ。ああ、間接的にでもお前が作ってくれた結果だ。だから──本当に感謝してる」
逸らしていた視線を合わせると、やがて神崎の表情が徐々に訝しげなモノに変わっていく。
「なんだ?」
「別に。あんたも年に数分くらいは真面目になるときがあるんだって驚いてるのよ。普段からそっちでいればいいのに、意外とマシな男に見えるわよ」
「死ぬほどお高くとまって、ユーモアの欠片もない男を誰が好きになるんだよ。まあ、とりあえず──mahalo、神崎。それだけは言っとく。シリアスな空気はさっきの一言で台無しだけどな」
言葉の重みが一気に軽くなった。いつもどおり。しんみりとした空気はゴミ箱行きだ。それも俺たちらしいと言えば、俺たちらしいか。
「いっそのこと、本土じゃなくてオアフに行けばいいんじゃない?」
「何かがトチ狂って静かな余生を過ごせそうならそのときは考えるよ。ワイキキでイタリアンでも開こうかな、そう、ハワイでイタリアンの店」
「ふぅん、共同経営で誰か一人引っ張ったら?」
「そうだな、30年後もまだ息をしてたらまた考えるよ。90まで生きて、ある日ぽっくりなんていう暮らしじゃないんだ」
今は考えるだけ無駄かもしれない。明日生きてるかどうかも分からない世界で30年先の話なんて。
「皮肉と軽口を言えなくなったら、あんたきっと死ぬわね」
「それ、皮肉じゃなくてか? 皮肉でも結構傷つくんだぞ?」
「皮肉で言ってない」
「本気で言ってるのか。良かったな、もっと傷付いたよ。ほら、ワトソンに文句言われる前にいくぞ。ぐずぐずするな」
「シャキシャキ歩いてるわよ。懐かしいわね、こうやってあんたとホームドラマみたいなやり取りするのもいつ以来かしら」
先に出た神崎を追って、部屋の鍵を閉める。夜には戻るが後からキンジにメールは入れとくか。すたすたと歩いていく神崎を追いかける。
「できなくて淋しかったとか?」
「まあ、ちょっと物足りなかったかもね。うるさいのがいきなり消えると閑散とするし」
「そっか、なら良かった。卒業するまでは居てやるから安心しろ。科捜研も新しいシーズンが始まったし、また楽しいチャンネル争奪戦の始まりだな?」
「来るなら来なさい。キンジもあんたも返り討ちにしてやるわ。あたしは動物番組が見たいの」
ルームシェアで揉める原因を知ってるか。金。就寝時間。そして──テレビのチャンネルだ。
◇
原宿駅・竹下口を出て、裏道を少し行ったところに喫茶店『クリスティー』はあった。話に聞いていた昭和のレトロな雰囲気と言った表現がぴったりの、良く言えば落ち着いた店。そこもジャンヌが好みそうなポイントではある。
「じゃあ、帰国するまでの時間はあっちで仕事をやってたわけ?」
「数年振りに家族と仕事をやったよ。こっちでもブラドやジャンヌと戦ってたし、仕事の中身自体はいつも通りだな。本土に行ったついでに、親父の墓を見に行ったりだとかスーフォールズの知り合いを訪ねてた」
「予期せぬ帰国が上手く働いたようね。災い転じて何とかってやつ?」
「そうだな、ピンチをチャンスになんとやら。ホープ・オブ・フィフスだ」
「……どういう意味?」
「劣勢のときのお約束。ドロップアウトボーイの」
よっぽど強い手札じゃないと、ピンチをチャンスになんて変えられないけどな。店内は奥に狭い空間がある間取りになっていて、密談に適した場所になってる。そのフロアに……いたぞ。テーブルに武偵高の制服姿で紅茶を嗜んでるワトソンくんちゃんが。
「悪い、待たせたな」
「10分の遅刻だ。釈明はあるかい?」
「ちょっとフリタータがな」
……蹴るなよ神崎、事実だろ。睨んでくる神崎を無視し、俺はテーブルに着く。ワンテンポ遅れてから神崎も隣の椅子を引いた。
「君のジョークには付き合うだけ無駄とジャンヌから聞いているけど、やはり好奇心は抑えられないね。フリタータがどうしたんだい?」
呆れながらも好奇心が勝ったワトソンから質問が飛んでくる。確かに遅れた理由がフリタータって意味不明だよな。素直に火災探知機が鳴って後始末をやってましたと言うのは簡単だが、母さんのことで礼を言ったばかりだしな。やっぱり、適当に誤魔化しとくか。
「今朝の料理番組でイタリア料理の特集をやってたみたいで神崎と一緒に作ろうって話になったんだ。俺も本土ではダイナーでほとんど食事を済ませてたから、一風変わったものが食えるならって。ただ、卵はあったんだが混ぜる中身がなくてな、それでネットで色々レシピを探してたら出るのが遅れたってわけ」
「アリアが料理を?」
少し驚いたようにワトソンは神崎を見る。
「そうよ、あたしだってキッチンに立つときはあるわ。キッチンで負けたことはないのよ」
「神崎、その台詞だと料理じゃなく物理的に負けないって意味に聞こえる」
皆が皆、キッチンでテロリストと戦うわけじゃないんだよ。だが、神崎くらいの貴族様となると自分でキッチンに立つのも意外なもんなんだな。それとも神崎が家事とは無縁なことが筒抜けになっていただけか。どっちにしてもワトソンくんちゃんの好奇心は収まったらしく、結果的には言い訳成功だ。
「更に言うと、あたしここに来るまで何も食べてないわ。あたし、このアップルタルトとベイクドチーズケーキ、あとカシスティーもお願い。キリは?」
「俺も同じのを。あ、カシスティーの代わりにドリンクはコーラを頼む」
そそくさと注文した神崎に次いで、ほとんど変わらないメニューをそのまま注文する。ジャンヌの話ではここは紅茶の有名な店らしいが俺は気にしない。ハワイだろうがネクタイをしててもいいんだ、それが自由。他人に迷惑をかけるのは憚れるべきだがコーラを頼んでも誰にも迷惑はかからない。
「ユキヒラ、君に頼まれていたロカという少女のことは調べがついたよ」
注文を待っている間、ワトソンが一転して真剣味を帯びた声で話を切り出してくる。さすが秘密結社、仕事が早い。
「どこだ?」
「ロシアだ。ロシアの超心理学アカデミーの卒業生の中に君の言っていた少女と合致する人物を見つけた」
……ロシアか。またデカい国が出てきたな。
「誰よ、そのロカって」
「前に懐中時計の展示会が武装集団に襲われる事件があって、そのときに俺と一緒に立ち回ってくれた超能力の女がそう名乗ってた。ツクモって妖狐の化生が彼女を迎えに来て、それと──『GⅢ』だ。覚えてるだろ?」
横目をやると緋色の瞳を丸くしながらも「ええ……」と神崎が短く返してくる。
「GⅢは宣戦会議で無所属を決めて以降、音沙汰がなかった。ボクとしても動向は気になっていたけど、まさか君が最初にコンタクトするとはね」
「偶然だろ。ロカは時計のコレクターで休暇を利用して来てるって言ってた。尋問科の経験上、あれは嘘を言ってるやつの見せる顔じゃない。お互い、ツイてないときにツイてない場所にいたんだよ。GⅢはあの妖狐と一緒に部下を迎えに来ただけの保護者だ、俺も顔は合わせてない」
あの状況で無理にでも顔を合わせて一触即発に発展したら手がつけられなかったからな。得体の知れない未知の相手と素性の知れない妖狐、そして優れた超能力者。俺一人で相手をするにはとても釣り合わない。
「でもまだこの国にいたってことよ。近いうちにまた遭遇する可能性もないとは言えないわ。奇襲は違反にならないんでしょ?」
「戦役ではいつ何時、誰が誰に挑戦することも許される。もしそこでユキヒラが討たれていたとしてもルール上は何の問題もない。これはスポーツではなく闘争だからね、フェア精神なんて期待するだけ無駄だ」
「観客もいないしな。連中はまだ無所属を決め込むつもりなのか、それとも本気で二つの連合を自分たちだけで相手にするつもりなのか。どっちにしても神崎の言うとおり、近いうちにまた縁が巡ってくるさ」
この世界は俺たちが思ってるよりも狭い。衝突にしろ、肩を並べるにしても連中と再度の邂逅は避けられない。
「そういえばヒルダはどうなったのよ。まだおとなしくしてるわけ?」
神崎が一段落突いた話題の舵を切り替える。
「ヒルダならたまに会うが心配しなくても、お前が思ってるよりも良い子にしてるよ。反旗を翻すにしてもこの戦争が終わるまでは師団側にいてくれるだろ」
「彼女は彼女でプライドが高いからね。自分なりに無下にはできないものがあるんだよ。君や理子との因縁は簡単に精算できるものではないだろうけど」
「理子も理子で誇り高い子よ。あの子なりにどこかで決着はつけるはずだわ。あたしたちが心配せずともね?」
それは同感。峰理子は器用って言葉が服を着て歩いてるような女だからな。折り合いはつけられなくても上手にやるさ。
「あんたはどうなの?」
「隣で寝てても首を落とされない程度には仲良くなった」
「上手にやったわね。誉めてあげる」
「ありがとう。口が上手くなきゃ尋問科なんてやってられないよ」
綴先生には遠く及ばないけどな。あれは見果てぬ先の頂だ、目標にするだけ損かもしれないが。
「玉藻が言うにはヒルダみたいに眷属や無所属の連中をどれだけ抱き込めるかが戦役を有利に運ぶ鍵らしい。俺は会議の場にいなかったが他に抱き込めそうな連中はいないのか?」
「メーヤとカナには親交があったみたいだけど、それはカナがシャーロックと関わる前のことなんだ。今のカナは以前とは少し変わってしまったらしい。過度な期待はできないだろうね」
「そっか。できれば戦わない未来を祈ってる。味方なら心強いがいざ敵になると手がつけられない良い例だ」
前は二人でかかっても蹂躙されたんだ。この短い時間で実力差が逆転したと思えるほど俺はのうてんきじゃない。カナが敵に回るくらいなら、どちらにも味方しない無所属で傍観を決めてくれたほうがずっとマシだ。
「避けられないときは避けられないときよ。そのときが来たらまた考えるわ」
なんて好戦的なことを神崎は言ってるが、お前と二人揃って返り討ちにされてからまだ2ヶ月と経ってない。あのときはまさしく一方的だったからな。カナにしてみれば蠍の尾って余力を残しながらの戦い、実力の差は歴然としてる。できることならそのときが来ないことを祈るよ。何も危ない相手はカナだけじゃなさそうだからな。
「あ、注文来たわよ」
「話は一旦ここまでだな。ロカとその一派については俺からも探りを入れてみる。連中、どうにも本土の匂いがしてならない」
「ボクからももう少し探ってみるよ。お互いに上手くやろう、ユキヒラ」
「ああ、頼りにしてるよ。ワトソンくんちゃん?」
「その呼び方は変えてくれないかな……」
ひきつった表情のワトソンに「善処する」とだけ告げて、俺はうっすらとした笑みと共に冷えたグラスを手に取るのだった。
『90まで生きて、ある日ぽっくりなんていう暮らしじゃないんだ』S12、6、ディーン・ウィンチェスター──