派手な見た目のわりに与えられた傷は浅いとワトソンも言ってたが、本当にタフな連中だな。壁に置かれていた来客用の丸椅子に夾竹桃共々座りながら、俺は心底そう思わずにはいられない。
武偵病院303号室、バスカビールの四人が入院している相部屋には病室とはとても思えない光景が広がっていた。そう、目を驚愕の色に染めるには十分すぎる光景だ。
「なあ、レキ。それ粘土で作ったってオチはないのか?」
「ありません」
「そうか、分かった」
内心、聞きたいことは山程あるのだがちっとも表情を変えずに答える彼女に俺は疑問を喉に押し込めた。視界に見えているレキのベッドには、それはそれは威圧感の塊のようなデカい狙撃銃が鎮座している。いつものドラグノフはどこにやったのか、そんな疑問を消し飛ばして余りある衝撃に頭を殴られた。
それは──バレットM82。本土で開発された長距離狙撃銃で12.7mm径のーー対物ライフルだ。血生臭いアクション映画でも見かけることの多いコイツは、その有効射程の広さと恐ろしい威力を備えていることで有名な代物だ。当然ながら病室でお目にかかれる物じゃない。
何食わぬ顔でレキはベッドに鎮座させているが武偵は殺しがご法度などと当たり前のことを語る前に、そもそもこれはヘリや装甲者を相手に使われる銃だ。そんなもの人間に使えばどうなるか言うまでもない、木っ端微塵だ。映画ならR指定待ったなし、バラバラになる。
「あ、雪平くん!」
そして、オオカミの尻尾と耳で仮装するレキから視線を移せば──
「会長……なんて、格好してんだよ……」
「?」
そこにいたのは色んな意味で危険な星枷白雪会長。言い淀む俺に対して、彼女はお決まりのように小首を傾げてくる。その姿を見た途端、二重の意味で俺は目を丸めることとなった。
背中の小さな翼や針金で頭に乗せている輪などから見て、天使の仮装なのだろう。本物の天使には白い翼も頭の輪もないが、へそ出しの上に学生とは思えないスタイルの良さが転じて、天使にしてはあまりに蠱惑的な仕上がりになっている。武藤が見れば卒倒するのは間違いない、この場に呼んでやれなかったのが残念だ。
「へ、変かな?」
「そうじゃない。モノホンの天使はどいつもこいつもスーツ姿だし、頭に輪っかも浮かんでないけど、そうじゃないんだ。俺が言いたいのは……」
が、驚いたのはそのツッコミを入れたくなる天使の仮装とは別にもう一つ。彼女が胸元に抱えている銃だった。レキのライフル同様、その強面な外見に条件反射で目が丸くなる。それはM60──米陸軍とも深い縁のある機関銃でベトナムの地でも大量の薬莢を撒き散らしたことで知られる強力無比な代物。今では時代遅れと言えないこともないがその銃口を向けられても時代遅れと言ってのけれる人間が何人いるか……
「なんで物騒なもんを抱えてるのかって話さ。キンジに使うなって言われなかったか?」
いや、言ってる。俺たちの部屋をそいつで蜂の巣にした時に絶対言ってる。背筋に寒さを覚えながら指摘すると、星枷は胸を隠すように抱えている機関銃に視線を落としながら、
「でもイロカネアヤメ取られちゃったし……あの女、キンちゃんの隣は自分だけの場所だ、とか言ったんだもん。私の席を狙おうだなんて……新参ものが面白いこと言うよね、おもしろいよね。うふ、ふふ、うふふふふ」
最初こそ見ようによっては愛嬌が見えたが徐々に声色がドス黒く、瞳からハイライトの輝きが失せ始めたので追及は断念する。だが、今みたいに負のオーラを纏ってるほうが幾分天使らしく見えるのは……なんとも皮肉である。天使が崇高な存在だって認識が、俺の頭には欠片ほどもないらしい。異世界で連中と抗争やったばかりだからな。
「ねぇ、はむぅ。さっきの航空便、『パステル』よ」
次に視線を振ってくれるのはガバメントを両足に備えた妖精姿の神崎だ。目立つ髪の色と同色のワンピース、背中にはアゲハ蝶のようなシースルーの羽もある。お可愛いことで。
「今までにも妖精は見てきたが、45口径を抱えてる妖精は初めて見たな」
「あれでしょ、尻尾よ。妖精の尻尾」
「なんで尻尾?」
「知らないなら今度教えてあげる」
「じゃあ次のカウンセリングのときにでも教えてくれ。神崎、それで『パステル』って?」
聞き返すと、神崎はこっちにクレヨンのケースみたいな箱を見せてくる。パステル──その意味を考えていると隣の蠍と目が合う。
「何だと思う?」
「さあ、昼飯じゃなさそうだ」
答えあわせで神崎がケースを開くと、そこには色とりどりに着色された45口径用の弾丸が並んでいた。なるほど、確かにパステルだ。喉に刺さった小骨が取れた気分。やっぱり昼飯じゃなかったな。
「武偵弾倉よ。さっきバチカンから、お見舞の手紙付きで届いたの。キンジにはまだ?」
「ああ、何も聞いてない。そういやバチカンのシスターが支援物資をくれるって言ってたな」
「ええ。炸裂弾や徹甲弾、音響弾みたいな間接兵器も揃ってるわ。キンジはルガーだから、小さくて細工に時間がかかるのかもね」
と、神崎はももまんを頬張りながら続けた。大口径に比べれば弾が小さいだけ細工もいくらか手間だろう。俺も武偵弾の性能は実際に目で見て体験済み、お手軽に量産できるようなものじゃないことは知ってる。あれだけの物を作れる技師はきっと一握り。それだけにこのプレゼントには驚きだ。
「一発でも希少で高価な武偵弾のセットか。クレヨンの箱が札束に見えてくるぜ」
「イタリアの銃弾職人は腕がいいのだー。いっぺん留学したいのだぁー」
そう言って、ベッドのカーテンを開いたのは俺たちよりも先に部屋に来ていた平賀さん。カボチャ色のシャツに黒マントの姿で勢いよく登場だ。よく見るとヘアゴムにも小さなカボチャがついてる。まさしくハロウィンって感じだな。
「平賀さんはお前が呼んだのか?」
「バックパック方式のロケットブースターを頼んでたのよ。他にも色々とね」
「あややの仕事にぬかりはないのだ! わーっはっはっはっは!」
両手を腰に当て、平賀さんは高笑いする。スルーすることに努めたが、やはり無視できない単語に俺は聞き返していた。
「ロケットブースター?」
「そうよ、バックパック方式の」
「ああ、そうか。バックパック方式のロケットブースター……了解。ここって22世紀だったりするか?」
「お馬鹿、私たちはデロリアンなんて持ってない。貴方が戻ってきて、ここは21世紀よ」
冷めた声で一蹴されるが神崎の注文はそれだけ普通ではない。バックパック方式ってことは背中に備えるのだろうが、ロケットブースターって空でも飛ぶつもりでいるのか?
だが、考えてみれば仕事を頼んだのは装備科屈指の鬼才こと平賀さん。普通の技師なら苦笑いが出そうなオーダーに高笑いしているところを見ると、この子は本当に作っちまうのだろう。いつか俺もライトセーバーでも頼んでみるかねぇ。青色とか緑とかの。
「そうだ。キンジが売店で何か買ってくるだろうけど俺からのお見舞い。原宿で美味いって評判のココパフ」
「列に並んだのは私」
「でも代金は俺が払った」
「私より稼いでるでしょ?」
「あんな高級ホテルに住んでてよく言うよ。こいつの部屋びっくりのなんのってスチームサウナがついてるんだぜ、スチームサウナ。リビングだけで俺とキンジの部屋より広い」
「それは誇張しすぎ。ともかく私と雪平からのお見舞いにしておいて」
分かった、そうしよう。醜い争いには早めに終止符を、それが良い信頼関係を保つ秘訣。どうせすぐに別の争いが始まるんだろうけどな。
「あんたも元気そうね、よく回る口も相変わらずで何よりだわ」
「すこぶる調子が良いの。この男、軽口を言わないと死ぬから」
「隣で聞いてますけど?」
「回遊魚なのよ。口を動かさないと死ぬの」
「50cmしか離れてませんけど?」
「それには同感。黙るときっと死ぬわね」
「神崎の声も聞こえてます」
「……ジャージー・スリップのときも思ったけど、キリくんと夾ちゃんの関係ってほんと謎だよね。アリアも容赦ないんだけど……」
珍獣でも見るような目で泥棒さんが俺たちを交互に見てくる。安心しろ、俺もよく分かってないんだ。そうだな、腐れ縁ーーそう、腐れ縁だ。それと、先生直々に任命されたお目付け役と無法者。たまに二人三脚の相手。おぞましい罵詈雑言を忘れるように俺はかぶりを振る。
「じゃあ、これは俺と彼女からのお見舞いってことで。好きなときに食べてくれ。ココパフには癒しの効果がある、スーパーフード」
「スーパーフードですか?」
「ああ、マッツァーより効くよ。マッツァーボール」
レキのベッドのカーテン近くの机に置いてやると、偶然にも理子と一緒にローブ姿のキンジがやって来た。当然、それを見た星枷が一目散に駆け寄っていく。そしてキンジがM60と天使の仮装に慌てふためくのもお約束だ。理子は理子でいろんなアングルから、携帯のカメラを使って星枷を撮影している。安心したよ、いつもどおりのバスカビールだ。
「あの子も元気そうで何よりだわ、あむっ」
「ったく、真っ先に手をつけやがって……お前が並んだから文句は言えないけど。美味いか?」
「期待を裏切らない程度には」
「それは良かった。並んでくれて助かったよ。平賀さんもどうぞ、ウチのサブリーダーが難題ふっかけたみたいだし」
「いただきますのだー! えっと、こ、ここ、ぱ……ここ……ここ……」
「ココパフ。バターとクリーム、チョコ、そんでバターが入ってる。ようするにシュークリームかな?」
頑張って言い当てようとしている姿はなんとも微笑ましいが、つい答えを口にしてしまう。ココパフは見た目から言ってもシュークリームに近く、ハワイでは広く知られているスイーツ。ちょっと皮肉屋な夾竹桃が素直に認めるくらいには味は保証できる。
両手で頬張った平賀さんも頬を緩ませているところを見るにお気に召したらしい。俺も箱から一つ口にする。ホノルルじゃ一日に7000個売れてるって言うが納得。人を駄目にする味だな、こりゃ。本土の人間も現地民もツーリストもみんな駄目になる。
「そいつはアンチ・マテリアル・ライフル──対物ライフルだ。対人使用は国際法で禁じられてるからな。理子、お前の散弾銃も白雪のもだ。武偵法9条もある、お前らの武器は人を殺さないように撃つことがまずできないんだからな」
オアフ島の気分を味わっていると、ベッドに鎮座している怪物にキンジも気付いたらしい。根は真面目なキンジらしい至極まともな意見だった。ドラグノフがある日突然対物ライフルに変わってたら、そりゃ俺でもびっくりするね。この部屋の光景を見たら、普通の武偵なら多少なりとも目を丸めるはずだ。
どれも不殺を貫くには無理のある武器たち。できてもかなり難易度の高い魔技、もしくは今回はみたいに相手が常識外れの防具を身に着けている場合に限る。大抵はお陀仏だ。大多数がキンジと同じ考えに至るだろうが、レキと理子はあらかじめ示し合わせていたように2人揃ってA4くらいの紙をキンジに見せていく。
「そ、そんなバカな! ありえん、ありえんだろ!?」
「遠山くん。不可能なことは何もない、ですのだ!今月より、あややは新しく銃検の代理申請サービスを始めましたのだ!わーっはっはっはっは!あややの踏みしめる未来へのロードは明るいのだ!」
「おいキリ! こいつを見ろ!」
「ああ、分かってる。平賀さんの未来に続くロードは明るいってことだ。本当にこっちの方面では敵なしだな、平賀さんは。尊敬するよ」
ぺら、とレキがこちらに向けてくれるのは偽装ではない本物の銃検。たぶん法の目をかいくぐる様な申請で、平賀さんが上に許可させたのだろう。技術も勿論だがその手の知識に関しても平賀さんは装備科の中でも頭一つ抜けてる。キンジはキンジでワイヤーアンカーを貰ってるし、この子は顧客には困らないな。
「……ていうかお前ら。武装を強化したり、銃検取ったり……病院でなにやってんだよ。病人らしくちゃんと養生しろ! だから正気じゃないって言うんだ! たまにはマトモになれ!」
「これは強化合宿よ。あたしにもプライドってのがあるの。やられたらやり返す、倍返しよ!」
「キンちゃんの隣は私の席なの!こうなったら鉄の意思と鋼の強さで、徹底抗戦あるのみだよっ!」
「くふふふ。こういう女子会、面白くてさぁー。理子ワクテカしちゃう。人生を楽しむためのコツはどれだけバカなことを考えられるかだしね」
「武偵は1発撃たれたら、1発撃ち返すものですから。このままではアンフェア、平等ではありません」
四人全員が次々と言葉を述べていく。理由こそバラバラだが目的は全員同じ。部屋の様子からして薄々気付いていたが、ジーフォースには丁重にお礼参りするつもりでいるらしい。師団会議で方針が決まったばかりだが、襲撃された本人たちは報復攻撃するつもり満々だ。溜まらずと言った顔でキンジは嘆息した。
「……だからって、これはいくらなんでもやりすぎだ」
「バカね、よく聞きなさいキンジ。勝ち負けに度が過ぎるなんてことはないの」
「お前はそう思ってたとして、お礼参りは将来トラブルの種になるかもだぞ?」
「そのときはそのときよ、また考えるわ」
凛とした態度で神崎はかぶりを振った。彼女は武偵弾、レキと理子は散弾銃と対物ライフルで武装の強化。星枷は璃璃色金の影響が薄い日を狙うつもりだろう。イロカネアヤメ抜きでもG18の超能力は充分に驚異だ。四人とも手を抜くような気配はまるでない、この様子だと万全の準備を整えた上でぶつかるつもりだな……情け容赦なく。
「本土じゃ素手の喧嘩に勝ったら後がやばい、銃を持って復讐しにくるもんな」
「日本も本土並みになってきたってことかもね」
「雪平くん、これとっても美味しいのだ」
「そりゃ良かった。お気に召したみたいで」
「神崎アリア。間宮あかりは無事かしら?」
「無事よ。強襲科の規則で年少者に負けた事実は戦妹には隠さないといけないから、あたしは完治するまで会えないけどね。本人もいきなり巻き込まれて、何がなんだか分かってないんじゃないかしら」
腹立たしさを抑えるように神崎はかぶりを振る。インパラのなかで聞いた話だと、間宮はジーフォースに星枷が敗北した場面を運悪く目撃してしまったらしい。あの通り魔女にすれば、見てはならないものを見ちまったんだ。不幸中の幸いと言うべきか、なぜかその場にいた夾竹桃が敵意を飛ばしたことで首は飛ばされなかった。
「知らないほうが安全だよ。相手は正真正銘のブラックボックスなんだし」
「同感だ、好きでリヴァイアンさんに関わることはない。理子の言うとおりだよ」
秘匿すべき一部始終を目撃されたのにも関わらず、ジーフォースは間宮を見逃した。奴は上の命令でバスカビール以外との戦闘は避けていたからな。目撃者を処分することよりも上の機嫌を取ることを優先した。
逆に言えばあの女はそれだけ上の命令に忠実。戦闘を避ける理由がなければ夾竹桃とも交戦に踏み切り、間宮を見逃すこともなかった。大方、海にでも捨てるつもりでいたのだろう。命令には忠実、障害になる芽は早々に摘む、奴の本質は教育を受けた軍人のそれだ。それもとびきり優秀な、舌打ちがなるレベルの。
「キリ、あんたも手を貸しなさい。聞いたわよ、あの子と引き分けたんでしょ?」
「誰に聞いたんだか。ああ、手を抜かれてたが首はこのとおり無事だよ。それと手を貸してやりたいのは山々なんだが──」
俺は既に師団の方針を聞いている。故に、作戦を丸投げされたルームメイトが、受刑者を監視する看守のごとき眼差しでこっちを見ている。首を縦にでも振ろうものなら飛び掛かってきそうな勢いだ。ロメオなんてキンジには一番やりたくない仕事を投げられたわけだしな。だが、個人的には神崎の言い分もやっぱり分かる。ルームメイトに板挟みか、気持ちのいいもんじゃないな。
「悪いな、俺はたぶん力になれそうにない。相手は何の変哲もない人間、それに科学を武器にする連中だ。早い話が俺の専門外」
バスカビールが本気で報復攻撃に出るなら、連中との全面戦争も視野に入る。まあ、今でさえどちらに転ぶか分からない状況だ。この報復攻撃でどちらに転がっても俺は文句は言わない。和平を結ぼうが敵対しようが、師団の一員として動くだけだ。悪いな、キンジ。俺にこの四人を説得するなんて土台無理な話だ。報復に加わらないことが最大限できること。
「向こうが仕掛けてくるなら話は別だが、俺から火種を投げるのは遠慮しとくよ。奴等と本気で戦うならメタトロンの描いた石板に力を借りるくらいしないと俺は『お手上げ』だ。今度こそ首と腕を落とされる」
両手を上に挙げてジェスチャーも加えてやる。案の定神崎の瞳は不機嫌に──おや?
「メタトロンですって? じゃあトランスフォーマーに力を借りるわけ?」
「アリア。違うよ、それメガトロン」
「えっ?」
「トランスフォーマーはメガトロン」
「えっ?」
「だからメガトロンはトランスフォーマっ!」
「メタトロンだ。彼は天使で神の書記をやっていた。分かりやすく言うなら神が作家でメタトロンはその担当編集者」
理子のフォローをことごとく粉砕した神崎がようやく間違いに気付き、誤魔化すようにももまんを口にほおり込む。お馬鹿、喋れなかったら弁明もできないだろ。まあ日常会話に出てくる単語でもないからな、外道の名前なんて。なんかどこかで見たような光景だったが……
メタトロンーー神の書記。大天使たちを除けば、広報担当のジョシュアと共に神と会話したことのある数少ない天使。その人物像を語るとすれば、狡猾でプライドの欠片もない外道。目的のためには手段を選ばず、人間らしく言うと行程より結果を重視するタイプ。そして企むのはろくでもないことばかりだ。
ザカリア、ウリエルと一緒に天使が崇高な存在ではないことを俺に印象付けた代表格。ユーモアにだけは富んでいる点はあのルシファーと同じである。軽い態度で凄惨な結果を躊躇く作りあげるが、腹立たしいことに最後になってでかい借りを作られた。敵対していた相手に救われたという意味ではメグと一緒か。
「雪平くんは天使の知り合いが?」
「いるよ、夏でも冬でも年中トレンチコートを着てるのが」
平賀さんの言葉で現実に還り、口許をチョコとクリームで汚してる彼女にポケットティッシュを渡す。そして少しの間を置いてから、俺は言葉を続けた。
「俺が持ち合わせているオカルトグッズの大半は対化物用だ。そもそも製作者からしてグレーゾーンなのが大半だからな。いつものクリーチャーやモンスターが相手なら存分に力を振るえたが今回はそうじゃない」
「あの子、完全に科学サイドのキャラだもんねぇ。対超能力者戦に特化してる
ぽい、と理子はココパフを自分の口に投げいれる。必要悪の教会──?
「なあ、俺って必要悪の教会の人間に見えるか?」
「感動したの?」
「ちょっとした、賢人より必要悪の教会の方がかっこいい」
慣れるってのはいいことだね。出会ってから数ヶ月、蠍の冷ややかな視線にはすっかり慣れちまった、超冷たい。などと、俺が呑気にしている間にキンジがリーダーらしく師団の方針を切り出す。そして案の定、反発した神崎が犬歯を剥いて地団駄を踏んだ。まあ、こうなるよな。
説得するのが土台無理な話だ。一方的に奇襲を受けて報復したい四人の気持ちは分かるよ。だが師団全体のことを考えるとジーサードの一派を引き込むのが賢いやり方であるのも事実。どちらが正しいとは一概には言えないんだ。それにしてもルームメイト同士のいがみ合いは煮ても焼いても食えん。
「アイツらは敵よ! これは確定的に明らか!明らかなの!風穴開けてやらなきゃ気が済まないわ! それを味方とか、バカ! バカ! どこまでバカなのバカキンジは! ぎぃー!」
……なんとまあ、ヒステリックな叫びをあげる妖精だな。
「お、おい、いたっ! いたいっ、ぼ、暴力反対!」
キンジのスローガンも虚しく、神崎はハンマーパンチを連打。背中の羽が暴れるように揺れている。こりゃお怒りだな。
「ストップ! ちょっとストップ! タイムアウト!」
「タイムアウトは使い切ったわ! あんたにタイムアウトはなし! むぎー!」
アメフトじゃタイムアウトは三回まで大丈夫なんだが、どうやらキンジは早々に使い切ったようだ。
「ねぇ、いっそ毒でも盛ったらどうかしら。試したいのがあるんだけど」
「ああ、それ賛成。ガンジー式、手を出さずに死ぬのを待つ」
「9条があるだろ! なんでお前も賛成してんだよっ! 余計なところだけ結束するなっ……!」
だが、どんぱちするよりは平和的だ。反論しつつも神崎の集中放火を浴びていたキンジはついに──ベッドの下に転げ落ちる。そのときだった。
「──お兄ちゃん、どこぉ?」
間延びしたその声に部屋の空気が凍りつく。理子と星枷が同時に驚愕の声をあげ、俺はルビーのナイフ、夾竹桃は毒手の手袋へほぼ同時に手を伸ばし、一気に警戒の姿勢へ突入する。
「おーおー、飛んで火に入る夏の虫だ。やっちゃおうよ、ゆきちゃん、レキュ!」
陽気な声で目を丸くすると、理子は散弾銃の照準を部屋の入口へ向ける。飛ばされた合図でレキと星枷の銃口も同じく持ち上がった。人の体をバラバラにするには余りある火力、そして──その銃口の先にいるのは当たり前のように武偵高のセーラー服を着ている──ジーフォースだった。