哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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おもいっきりAA。


元始の剣

 

 

 

 カインとアベル。ウィンチェスターとキャンベルの血筋を辿ると最終的に行き着くが先がその二人だ。その血はミカエルの器となる絶対条件。

 

 創世記に載っている最初に殺人を犯した者、兄弟殺し、アダムとイヴほどでないにしろ案外有名な話だろう。

 創作の世界を漁れば、二人を題材にした作品もそれなりに出てくる。

 

 が、現実は小説は奇なり。殺人の元祖であるカインが結婚していたことはまだしも、悪魔となって『地獄の騎士』たちを率いていたことまでは書かれていない。

 俺も本人に聞くまでは知らなかった。俺を含めてウィンチェスターとキャンベルにとっての御先祖様は、悪魔の精鋭たる『地獄の騎士』建設の父であり、何世紀もの間憎しみと混乱をもたらした史上最強で最悪の悪魔。

 

 そして、カインを最強の悪魔たらしめたのがアマラを閉じ込めた刻印と、あのメタトロンに血塗られた武器とまで罵られたーー元始の剣。

 

 

 

 

「出し惜しみはなしだ。俺の手札すべてを賭けてやる」

 

 俺の右手にあるその剣は、地獄の騎士であるアバドンを殺せる唯一の武器であり、殺傷能力ではなんでも殺せるコルトと肩を並べることのできる数少ない武器の1つ。

 アベルを葬った第一級の遺物であり、刻印と共に一時的とはいえ兄を悪魔の道に誘った元凶。

 

 一見すると生き物の下顎で作られた不恰好とすら呼べない刀だが、眼前のジーフォースは怪訝な表情を崩さず、俺を見据えている。

 単なる骨のアートじゃないことを直感で察したのだろう。彼女の直感を裏付けるツクモの鋭い声が場を切り裂いた。ここからが第2ラウンドだ。

 

「駄目。そいつ、今までで一番ヤバイ!」

 

 ジーフォースがやはりと言った顔でツクモを見たあと、こっちに視線を戻す。

 単分子振動刀を構えた彼女と、元始の剣に手をかけた俺の間で、激しく敵意が火花を散らす。

 

 存在自体が規格外のアマラはともかく、ツクモはどこまで剣のことを知っているのか。この妖狐が聡いこともこちら側の知識に明るいことも周知の事実。

 

「それ──元始の剣だよっ! カインの刻印とセットなら単分子振動刀でも……それはカインがアベルを殺したって言われてる最古の剣。天使も悪魔も見境なしに葬れるような──第一級の呪いの遺物っ!」

 

 アマラという化物に牽制され、手出しの許されないツクモはジーフォースに出来る限りのアシストを務めるべく、警告を促すように言葉を続けていった。

 どうやら思った通りの事情通らしい。

 

「俺と星枷はバスカビールの超能力担当だが、その妖狐とロカがお前らの超能力担当か」

 

「ツクモはこんなところで嘘はつかない。なんでお前がそんな武器を持ってる?」

 

「昔の知り合いからのプレゼントさ。だいぶ前にトラブルを起こして処分したが、捨てる人間あれば拾う『神』あり。その通りだよ」

 

 彼が何を考えているかは知らない。だが、先のことを考えるのはも目の前のことを片付けてからだ。

 神の御心がなんであれ、相手は未来の科学力を先取りした最先端科学兵装を操る人工天才。多少は御先祖様の力を借りてもアンフェアにはならない。

 

「部下は力で支配、気の短い暴君。お前はアバドンとよく似てる。カインの妻はあの悪魔に殺された、俺の腐れ縁もお前に殺された。これを使うのに躊躇いはない」

 

「血統の因縁でもなんでも持ってきなよ。何度も言わせるな、人と人の間には支配と被支配の関係しか成り立たない。あたしは知ってる、友情なんて幻想、支配される側の戯れ言でしかない」

 

「確かに友情なんて幻想かもしれない。札束で信頼関係が逆転するヤツは腐るほどいる。だが、俺の仲間は……支配、被支配なんて考えず、いつだって背中を預けられるやつばかりだったよ」

 

 ジャンヌ、理子、星枷や神崎。俺とあいつらの関係に支配も被支配もない。家族は理屈抜きで守るんだ、命がけで。

 

「少なくとも、夾竹桃をぶっ殺したお前や血で血を洗うことしかできない俺よりも、立派な人間ばかりだった」

 

 認めるよ、いつだって血を血を洗うような解決策しか取れなかった。俺も誉められた人間じゃない。ジャンヌ、ブラド、ココ、パトラ──退けてきた連中との戦いもいつもキンジや神崎、バスカビールの助力があった。

 

「俺は一人じゃ何もできない。誰かの助け船に乗って尻拭いさせるのがいつものパターン。楽な道ばかり選んで一切戦わない、そうやって犬死にするのが成れの果て。神の──ウィンチェスターの失敗作、負け犬だ」

 

 かつて、オリジナルのロキに語られた言葉を自虐的に吐き捨てる。

 

「ずっと逃げてきた。だが、神崎と出会って逃げるのは辞めた。あいつは自分の母親からも戦いからも逃げなかったからな。俺もあいつに影響された、キンジみたいに」

 

 一歩歩み出ると、ジーフォースが先に仕掛けてくる。愚直なまでに正面から、弾丸のようなスピードで10メートルはあった距離が0になる。神速で振るわれる斬撃も含めて人間とは思えないデタラメな剣技だ。

 

 打ち合わされる悲鳴のごとき剣戟音。だが、不快な表情を浮かべたのはジーフォースだった。首へと振るわれたアクリルブルーの刃は骨で造られた不恰好な剣に阻まれ、そのまま鍔迫り合いになる。近未来を具現化したような剣と石器時代を匂わせるような剣が、金属音には程遠い不愉快な音色を立てていく。

 

 元始の剣の間合いは天使の剣やルビーのナイフと何ら変わらない。一般的な短剣、リーチで言うならミカエルの槍よりも遥かに短いが間合いの読み違えで腕を失う恐怖はなかった。剣を振るう度に腕が熱を持つ、腕だけじゃない、刻印を刻んだ腕から熱が伝うようにして全身に渡る感覚……普段の俺なら明らかに腕を落とされていたであろう斬撃を半眼で捌ききる。

 

 世界がブレるようだった。さっきまで見ていた景色が一変したとすら思えてくる。原因は明らかだった。元始の剣はその力を具現化させるための道具、言うなれば器でしかない。剣に宿る力の源こそがカインの刻印。呪われしものででっちあげた刻印から、今は鮮明に力が流れ込んで来るのが分かる。刻印と剣はセット、剣だけ持っててもインテリアにしかならないが刻印が合わされば人間離れした力を取り込むことができる。

 

「……勇敢だけど出たとこ勝負。評判通りの愚か者だね……人外でも頭がおかしくなるようなものを人間が扱うなんて正気じゃない」

 

「あれが一度でも正気だったことなんてあると思う?」

 

 ツクモとアマラの声を遮るように真正面から刃が突き出される。刀でありながら常識外れの踏み込みと加速を得たジーフォースのそれは、鍛えられた槍の突きと比べて何ら謙色ない。だが、刻印のバックアップを受けた状態なら……喉目掛けて伸びた刃を首だけの動きで、今なら避けることもできる。

 

「外した……?」

 

 眼前でジーフォースの瞳が半信半疑に見開かれる。刻印のバックアップがなけりゃ十中八九、喉をやられて終わってた。リスク承知でカードを切ったからにはリターンがないと意味はない。刃を切り返して払われるよりも早く、重い音を立てて掌底が彼女の顎を一撃する。

 

「当てが外れたな、あばずれ!」

 

 前回のバスカビール襲撃時とは違って、彼女を守るのはプロテクターではなく武偵高の制服。守りは薄い。ディーンの決まり文句と共に、狙い過たず俺の放った前蹴りは、あの夜を再現するようにジーフォースを背後にふっ飛ばした。

 

 所詮は紛い物、しかしカインの刻印と剣のバックアップを受けての一撃。

 一発目は顎、二発目も鳩尾を抉り抜いた。出鱈目じゃなく決めるところに決めた、本命2発分。 

 

 だが、ジーフォースは手元から刀をはなすどころか器用に受け身まで決めると、思考を投げたような速度で真正面から突っ込んでくる。体勢を持ち直してからほぼ継ぎ目なしの即断。

 

 油断も同情も感嘆もしてやる余裕はなく、振るわれる単分子振動刀に元始の剣での再度の白兵戦に持ち込まれる。短躯から繰り出される、恐ろしい膂力の斬撃は武偵高の1年の枠に押し込めるものではないだろう。迂闊に近づけばその膂力と同時にふざけた速度で振るわれる刃に刻まれることになる。

 

「雪平。お前もさあ、そろそろ楽になれよ」

 

「言葉を返すぜ。お前も楽になれよ、暇人」

 

 蹴りも掌底も手応えはあった。この女はダメージを無視して飛び込んで来ただけだ。手数を失ったときに無茶苦茶やるのは、確かにキンジとよく似てる。何度切り結んでも互いの武器だけは傷一つつかず、不意に互いの蹴りが重なって痛み分けのノックバック。敵意の視線を結んだまま2メートルほどの距離が開いた。

 

「ふーん、アベルを殺した剣かぁ。いくらやっても壊せそうにないなぁ。さすがは創世記ってところ?」

 

 緊張感を切り裂くような軽い声。しかし、敵意は保ったまま視線と言葉が投げられる。

 

「言っただろ、創世記なんてのは嘘っぱちだ。アベルを殺した剣ってのは当たってるが」

 

「兄弟殺しの剣、お前には皮肉かもね。神の気を惹いて殺された」

 

「アベルは神の気を惹いたんじゃない。ルシファーに愛された」

 

 ジーフォースが眉をひそめる。

 

「なんであの堕天使が出てくるんだよ」

 

「ルシファーはアベルを玩具にしようとした。お気に入りの玩具、ペット、言い方は色々あるが堕落するアベルを見ていられなくて、カインは取引を持ちかけた。アベルは天国、自分は地獄に堕ちるという取引。ルシファーは承諾した、カインがアベルを殺すという条件付きで」

 

 そしてカインは地獄で最初の騎士になった。後に仲間を集めて地獄の騎士団を作るに至るが、人間の妻に拠り所を作ったことで嫉妬したアバドンに彼女を目の前で殺された。これが本人から直に聞かされた、俺のご先祖様の悲恋物語。金を払ってまで読みたい話ではないな。

 

「カインは数年前までは隠居して養蜂家になってた。今はもういないが──こんなところでいいだろ。お喋りに付き合ってやるのも」

 

 そう言うと、ヤツの唇は綺麗な弧を描いた。わざとらしくカインの話題を振ってきたのは最初から時間を稼ぐのが目的。

 

「そこまで頭空っぽじゃないかぁ。でも手遅れだよ」

 

 それは三分にも満たない僅かな時間だが、ジーフォースの不適な表情を見るに目的は達成したらしい。不意に上空から浴びせられる気配に空を仰ぐ。

 

「最初から手札を全部切るわけないじゃん」

 

 楽しげな声色のジーフォースの頭上には、ラケットケースにも似た何かを持ち上げている磁気推進繊盾──後ろに一機控えてやがったか。持ち上げられているケースには刀のものであろう柄が後ろから突きだしている。最先端科学兵装専用の鞘ってところか。

 

「磁気推進繊盾を奇襲に使わなかったってことは、そいつがお前の切札か?」

 

「違うよ、最先端科学兵装はその全てが一撃必殺の切札。まあ、お前はこれで沈めるけどね」

 

 宙から落ちてくるラケットケース、その飛び出した柄を掴みジーフォースは新たな武装を手にした。単分子振動刀とは明らかに違う、しかしそれに等しい性能を有しているのは間違いない。ダイヤモンドのカッターと言うべき単分子振動刀とは異なったベクトルで編み出された何か。

 

「──衝突式電離剣(エクスキューションD)。お前も色々教えてくれたから、名前だけは教えてやるよ」

 

 冷たい瞳と一緒にその名前が口にされる。

 

「execution、処刑か。後ろのDの意味が何であれ笑えないな」

 

 分かることはこれが磁気推進繊盾の奇襲すら捨てて、ジーフォースが選んだ切札であること。十中八九、常識を無視するようなふざけた兵器であることは確実だ。ジーフォースもそろそろ気付いているはずだ。俺たちの戦い方は同種、常識の外にある武器を限界まで利用した理不尽な火力で不意を突き、相手を制圧する。

 

 それが科学か超能力、未来か過去、先端科学兵装か遺物の違いでしかない。故に同種の戦いになれば必然的に巻き起こるのは消耗戦、どちらが先に弾切れになるか。このタイミングで持ち出したということはあれが彼女の最後の切札、そして俺の手札でヤツの先端科学兵装を破れるとしたらそのカードも1枚のみ。

 

 夜の風が肌をなぶる。眼前には二対の先端科学兵装と攻守共にほぼパーペキな浮遊する盾。

 

「謎の転校生は、学校中に友達を作り強固な軍事基盤を築きました。友達に慣れなかった主人公ちゃんはケンカの末に命を落としました」

 

 背後からアマラの声は聞かず、最初は騒ぎ立てていたツクモの声もない。

 

「教室に紛れ込んだ尾のない蠍は駆除され、後を追いかけるように屋根裏の鼠も死んでしまうのです」

 

 物語の終わりと同時に、突式電離剣と呼ばれたその武器に青白い光が灯る。言い表せない冷たい威圧感、小細工で防げそうにはない。息をすることにも躊躇を感じる重苦しさ、初めて会った夜と何も変わらない重苦しさがあたりに満ちる。

 

「面白い話だ、もう充分笑わせてもらった。だが、どんな関係や物語にも終わりが来る」

 

「最先端科学兵装は一撃必殺──絶対に負けない」

 

 自分の武器への絶対の自信、同感だ。その未来の科学力に夾竹桃は負けた。元々、俺の首を狩りに来た女だ。仲はまぁ……まったく良くなかったけど、一緒に過ごしたくだらない日々は、悪くなったと俺はだいぶ思ってる。

 

 だから、くれてやるよ。最高の土産を。未来の科学を先取りした最先端科学兵装が、埃のかぶった悪趣味なオカルトグッズにぶっ壊されるっていう漫画のネタを──

 

Viva Neue Enge(先端科学兵装万歳)

 

 低い声色と同時に、青白い光は光弾となって吐き出された。衝突式電離剣──それは斬るのではなく、プラズマに近い弾丸を吐き出す飛び道具。既に剣を落とし、迫り来る凶器の前に、俺も制服の内側から角笛を抜いた。

 

「──?」

 

 視界の隅、目を細めるジーフォースが見える。右手にあるのは掌台の角笛。古びた木のガラクタにしか見えないそれを手にした途端、右手が異常な熱を持つ。角笛を通して力が伝わる感触。いける、前と違ってルシファーはいないがやれる。

 

 俺の右手に茜色の光が宿る。制服を貫いて視認できるほどの明るい光、角笛から右手、右手から左手に力の噴流が流れ込む。この体にはルシファーが残した恩寵がある、二度も魔王が出て行ったことで溜め込まれた残留物がーー視界を埋めるほどにまで近づくプラズマに俺は左の掌を向けた。

 

 かつてルシファーはアマラとの戦いに備え、彼女を倒せる武器を探していた。一人でdarknessと真正面から戦っても勝ち目はないに等しい、そして一つの答えに辿り着いた。彼女と同等の力が宿る武器、神の力が宿った遺物の存在を──

 

「これはまたなかなかのサプライズね」

 

「お、おい、冗談だろ……ッ!?」

 

 アマラの薄ら笑い、ツクモの叫びと共に視界は眩い光で覆い尽くされた。俺の左手とルシファーの恩寵を通して解き放たれるのは、ヨシュアの角笛と呼ばれる『神の手』に宿っていた大天使たちの父親のパワー。俺が持ち出したのは木のガラクタじゃない。創世記に神が触れ、その力の一端を残したとされる正真正銘第一級の遺物。

 

 光の噴流とも言えるエネルギーの塊は青白い光弾を消し去り、進行方向に浮遊していた磁気推進繊盾も飲み込んでいく。アマラ相手には何の効果もなかったが今回は違う。光の渦は真夜中の闇を切り裂き、ソニックブームのごとき異常な音が耳を穿ち、冷たい風を塗り潰すような熱気が肌を焼いていく。

 

 ルシファーと共に放った過去の一撃に比べれば、明らかに劣化と言うしかないがそれを踏まえて充分すぎる威力。光の渦とも呼ぶべき輝きに反し、おぞましい力の塊は恐怖と絶望を誘うには余りある。

 

 その光の眩さと衝撃の余波に呪縛されたようにジーフォースの足は動かない。動けないのか、それとも動こうとしないのか。渦はやがて、余波だけで彼女の髪をはためかせる距離にまで迫る。

 

「なんだっけ、楽しかったの反対──じゃあな?」

 

 かつてアマラに差し向けた光の濁流が、今度こそジーフォースを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ヨシュアの角笛。聖書に出てくるジェリコに勝ったあのヨシュアだ。この世界にいくつか存在する神の力が宿ったアイテムのひとつ。使えるのは一度きりだがその力は神の手と呼ばれるだけあって他の追随を許さない。まあ、前回の戦いでは相手があまりに悪すぎて何のダメージも与えられなかったが。

 

 相手が肝心の神より強いんだから仕方ない。バカなルシファーが大見得を切ったせいで、とんでもないことになったのは笑えない思い出だ。溜め込んでいた力が抜けて、ガラクタ同然になっていたところを後に俺が回収した。ミカエルの槍と同じパターン。とはいえ、神の力を再びチャージするのは俺一人ではどうにもならない。

 

 しかし、何がどうなったのか安いバーでその力を補充できる機会が巡ってきた。日頃の行いがなんとやら、どうやら俺にウサギの足は必要ないらしい。あの本にはさんざん黒歴史を暴かれてきたが、その礼が物騒な骨ひとつなんておかしな話だからな。あの手この手でいちゃもんつけ、ヘボ作家にヨシュアの角笛をリサイクルしてもらったのだ。

 

 だが、ヘボ作家にいちゃもんをつけてまでリサイクルした価値はあった。苦渋を呑まされた磁気推進繊盾、衝突式電離剣、単分子振動刀、ジーフォースの先端科学兵装をその一回の攻撃で、跡形もなく葬り去ったんだからな。

 

「最後まで道具のぶつけあいになったな」

 

 もはや歩くのも億劫げになった体で、予備に備えていたベレッタのスライドを引く。神の手の一撃を浴びたジーフォースは滑走路の上で仰向けに倒れていた。俺は近づきながら、ジーフォースの眉間にベレッタを照準する。

 

 その傍らに頼りにしていた先端科学兵装の姿はない。防弾制服はボロボロ、骨も何本かは痛手を受けているだろう。即死ではないにしても有害物質のシャワーを浴びたようなものなので、しばらくは、体も自由に動かせないはずだ。

 

 ジーフォースは喘息にも似た音を立てながら胸を膨らませ、首だけわずかにこちらに傾け、薄目を開けて俺を見てくる。

 

「とどめを、さし……なよ」

 

「……」

 

 俺とジーフォースの視線が絡む。勝利の優越感はなく、浸ることもできなかった。ジーフォースはなおも切れ切れにうめく。

 

「どう、せ……あたしは……処分、されるから、連れ戻される、くらい……なら、お前に……ここで……殺されて、やるよ」

 

 ジーフォースを殺す。それで夾竹桃が生き返るわけじゃない、仇を討ったところで死者が喜んでいるかなど分かるわけもない。だが、少なくとも彼女を殺せば胸に渦巻く喪失感をいくらか埋めることはできる。

 

 どのみち、双極兄妹の計画が頓挫した時点で、ジーサードがジーフォースを手元に置く理由はない。連中と縁を切ったとして、彼女が一人になったと知れば米国はここぞと追手を差し向けるだろう。掴まれば、一度は脱走した彼女がまともな処遇を受けられるとも思えない。

 

 どう転んでも、今日を生き延びたこの少女の明日が、明るいものになるとは考えづらかった。いつかの俺たちと同じように、生きることが安らぎとは正反対の行為になってる。俺は用心金にかけた指をゆっくり引き金に持っていく。

 

「復讐は活力になる、果たしたときは最高の気分になる。せいぜい5分くらい」

 

「……ディーンの言葉か?」

 

 横やりを入れてきたdarknessに、額へ照準したまま聞き返す。

 

「私はしなかった。お前に感想を聞かせてもらおうと思って」

 

「復讐を果たしたレビューをしろって?」

 

「興味がある。私はディーンを信じて、そして一番欲しかったものを彼がくれた。だから興味がある。お前がその女に何を与えるのか」

 

 本当に好奇心を満たしたいだけ、そんな声色でドレスを靡かせながら隣にやってくる。

 

「家族は許しあえる。でもこの女は家族じゃない」

 

 そう、単なる通り魔。チーム・バスカビールを襲撃し、俺の大切な人を殺した米国に作られた人工天才。アマラの言葉を否定し、かぶりを振る。間宮が殺される未来は防げた、一番の目的は達成した。それでもーー憎い。ジョーの腸を抉った猟犬のように、倒れ伏すこの女が憎い。

 

「始まりにいたのは私と弟だけ。家族は二人だけ、大事に思っていた。なのに大天使や色んな物を作り初めて、憎らしくなった」

 

 このタイミングでなぜそんな話を……喉から出そうになる言葉を押し込む。

 

「私がいるのにどうして他の物を欲しがるのかって、そしたら閉じ込められた。それ以来、復讐しか考えてこなかった」

 

「当たり前だと思う」

 

「そう、復讐すれば済むと思った。でもそうじゃなかった。あいつが作ったものは、本当に美しい。理解するのに時間がかかって昔の私たちに戻れなくなった。でもディーンが、何より求めていたものをくれた」

 

「……」

 

「お前が望む物はなに?憎しみと怒りを払った先に本当に欲しいものはーー?」

 

 その言葉が脳裏に突き刺さる。俺が本当に欲しいもの。

 

「それはもう手に入らないよ。だって──」

 

 さっきまで、そこにあったんだから。

 

「……終わりだ」

 

 一つ頷き、眉間から銃を下ろす。ジーフォースの瞳が見開かれる。

 

「どう、して……?」

 

「人の魂はゴム毬じゃない。お前をぶっ殺してもあいつは戻らない、ここで引き金を引いたらスッキリはするが先生の顔に泥を塗る。5分も続かない優越感のために9条を破るのはごめんだ」

 

 それに何よりも武偵でいられなくなる。取るべき行動は最初から一つだった。決まりだ、もう決めた。それにアマラの前で復讐を果たす光景なんて見せられない。命を賭けて彼女を説得した兄の顔に泥を塗る。

 

「悪いが行くところがある。あとはツクモに運んでもらえ」

 

「あたし、全部なくなっちゃった。戦いしかなかったのに、負けて、お兄ちゃんも……全部なくなっちゃった」

 

「知るか、死んだら安らぎが手に入ると思ったら大間違いだ。みんながみんな死んだあとでVIP扱いされるわけじゃない。天使はお前らが思ってるよりもずっと薄情者だ。お前は殺さない、安らぎもくれてやらない」

 

 謀ったようなタイミングで月光の光が滑走路に注がれる。肺から息を吐き、今度こそ俺は背を向けた。

 

「──切に願うよ。自分がしてきたことの事実を噛み締めながら、地獄で腐っていくことを」

 

 ジーフォースの元へ駆け寄ってくるツクモを無視し、タラップにもたれさせている夾竹桃へと歩み寄る。もしかしたら煙管で一服しているのではないか、そんな期待がなかったかと言えば嘘になる。現実は指先ひとつ動いてもいない。

 

「終わったぞ。感謝しろ、温存してた切札を大量に切ってやった。間宮の命を救ってやったよ。まあ、もしかしたら番狂わせで間宮が勝ってたかもしれないが」

 

 動かない女の横で、タラップに腰を下ろしながらぼやく。

 

「ジョーが死んだとき、真っ先にそうしようと思った。でもみんなに止められて、俺も最後の最後で踏み切れなかった。どうなるか体験してる、猟犬とまた追いかけっこ。好き放題に暴れてきたんだ、十年契約はたぶんしてくれない」

 

 ……結局、ウチの人間の最後はこれに落ち着くんだ。むしろ安心した。この考えに行き着いた自分に、心底安心しちまった。

 

「誰と話してるの?」

 

「日本男児は独り言が趣味なんだよ」

 

「リオに帰るから、別れを言いに来た」

 

「またカジノを荒らすなら幸運を祈ってるよ。天下無敵の幸運を祈ってる」

 

 いつかの神崎の言葉を真似ながら、俺は既におろしていた夾竹桃の目蓋をなぞる。そして、恐ろしく軽くなったその体を抱え上げる。

 

「アマラ、さっきのは礼を言っとく。その気はなかったんだろうけど、結果的にはあれが正解だった。あいつを殺してどうこうならない」

 

 礼を言われた理由が分からないって顔だが、それならそれでいい。世辞は言わない、一緒に来てくれて助かった。神にも滅多に祈らない俺だがおかしな話感謝してるよ。

 

「帰る前にもう一つ頼んでもいいかな。行きたいところがあるんだ」

 

「どこが望み?」

 

「十字路。クラウリーはもういない、面倒だが契約の手順をちゃんと踏んでやらないと」

 

 すると、さらに怪訝な表情が浮かんだ。

 

「契約するの? 何のために?」

 

「何のためって……仕方ないだろ。いつものパターンだよ。問題を別の問題で解決する。代金を支払って」

 

 口にしたくもない言葉を言わされた、嫌な気分だ。

 

「支払ってどうするの?」

 

「お前なぁ……ここまで言えば分かるだろ。俺の魂を担保にして、死んだこの女を──」

 

「死んでないじゃない」

 

「は?」

 

 虚を突かれて、バカみたいな声が出る。

 

「悪い。なんだって?」

 

「死んでない。おかしなこと言うわね」

 

「──Just a moment」

 

 待て待て、情報処理が追いつかない。

 

「死んでない?」

 

「寝てるだけ」

 

 即答されて、俺はちらりと視線を真下に下げる。寝てるだけ……

 

「いや、そんなわけないよな。まさか実は死んでなかったけど、出てくるタイミングを失って、そのまま死んだフリしてるなんてガキみたいなことするわけないさ」

 

 昔、ジャンヌから聞かされたテトロドキシンを使った仮死薬の話が頭をよぎるがつとめて意識しないことにする。

 

「ハンターの葬儀では幽霊にならないように、遺体と身に付けていた物を一緒に焼くんだ。彼女はハンターじゃないけど、司法取引の身だし、弔い方ももしかすると変わったものになるかも」

 

「鳥の餌にでもさせるつもり?」

 

「まさか、鳥葬なんて日本じゃありえない。そうだな、水葬なんてどうかな。最後くらい海に浸らせてやってもいいだろ。なんたって、夾竹桃はばた足や犬かきもできないどころか全然泳げ──」

 

 刹那、顎に凄まじいアッパーを食らった。たぶん、気のせいじゃない。

 

「……暴力、反対……」

 

「陸にいるのに水葬が認められるわけないでしょ、お馬鹿。罵詈雑言をありがとう、浮き輪があればなんてことないわ」

 

 視界が一回転する、どうして俺は仰向けに倒れてるんだろ。味方に背中から撃たれた気分だ。仰いだ空には、今度こそ綺麗な星が輝いていた。きっとキンジは今頃、学校の屋上で神崎と二人で星を見上げているに違いない。くしゃみをする神崎に自分の上着を差し出し、暖かいお茶のひとつでも渡して、いい感じになっているに違いない。

 

 なのにどうして俺は冷たい床に寝転がってるんだ。無性に世の中の理不尽ってやつに怒りが湧いてくる。問題が解決したのにいまいち締まらないな。両手を挙げて素直に喜べない。なんで俺はアッパーを食らったんだ、何をしてる。

 

「はぁ……いきなりすぎて情報処理が追いつかない。でもとりあえず」

 

「とりあえず?」

 

「とりあえず、パスタが食べたいな。パスタ」

 

 ──帰ったら、パスタにしよう。うん、パスタとコーラ。

 

 




……長かった、非常に長い道のりでした。元々、AAのかなめvs鈴木さんを見たことがキッカケで初めた作品ですがdarknessを呼ぶことになるとは過去の作者も目を丸めるかもしれません。 書きたいまま書き殴りましたが多くの感想や評価、ありがとうございます。

かなめはランバージャックの後に落ち着いた性格になりますが、原作とAAを並べてみると、双極兄妹の失敗→間宮vsかなめ戦→ランバージャック→体育祭に思えたので比較的初期のかなめに性格は寄せています。体育祭目前でかなめのことをキンジが毒気が抜けたと言ってるので、次回からは主人公のジーフォース呼びも卒業になります。
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