哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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『アホは今まで大勢見てるがお前はその中でも王様だな。自分の部屋を明け渡してやがって。こんなので上手くいくと思うか?』


『お前が勝手についてきたんだろ』




The Road So Far(これまでの道のり)




『お腹すくじゃない!』


『すかせこのバカ!』


『古い車を大切にするのはアメリカだけじゃないってことさ。頼むから走行距離は聞くなよ?』

 
『あたしには別の、やらなきゃいけないことがあるの。武偵殺しは絶対に捕まえるわ。どんな手段を使っても』


『恐いならお友達を連れてきなさいな。躊躇いは無用──蟻に怯える蠍はいない』


『……今日は厄日だ。神様も轢いてやる』


『不撓不屈の精神は認めてやる、馬鹿さ加減もな』


『その銃に殺せない物は5つだけ。人やライカンだけじゃない、天使や悪魔だって殺せる銃。お伽噺話だ』


『イギリスに帰国が決まったそうです。今夜7時のチャーター便かと』


『なあ、こんな話知ってるか? 極限状態で結ばれた男女は長続きしないらしい。俺はそうは思わないんだ。そこで武藤、誰かにコクってみろよ』


『双剣双銃カドラ──奇遇よね、アリア。理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと……2つ名。でもね……』


『どっちにしても会えばハッキリする。奴は乗ってるぞ、あの便に』


『教会じゃみんなが口を揃えて言ってた『神は皆のことを考えてる』ってな。だが、実際は──神は瓶でアリを飼ってるガキだ、何も考えちゃいない』


『あのね、イ・ウーには──お兄さんも、いるよ?』



Now(そして今……)






非日常の中で

「東京で──こんなキレイな星空、見えるとは思わなかったわ」

 

「台風一過ってヤツだな」

 

「ああ、ホント。嘘みてえに晴れてるよ」

 

 台風一過──騒動が収まり、晴れ晴れとする諺。台風が過ぎ去った満点の星空はその言葉のとおり、台風の後味を感じさせない澄んだ空で俺たちを見下ろしている。

 学園島の原っぱにインパラを停めて、ボンネットに座りながら俺たちはそんな雲ひとつない空を見上げていた。

 

「よく生きてたわね」

 

「騒動に巻き込んでくれたルームメイトに愚痴を言ってやろうと思ってさ」

 

 そう返して、慣れ親しんだボンネットに俺は背中を倒した。キンジを中心に、川の字で寝転がれるほどインパラのボンネットは広かった。

 冷えたコーラの瓶をぐいっとやる。

 喉を慰める炭酸の味は言葉にするまでもなく最高だ。

 

「聞かせろよ、どうやって生き延びたのか」

 

「いいムードなのに雰囲気ぶっ壊しちまうぜ?」

 

「ウィンチェスター兄弟の口から『ムード』なんて言葉が聞けるなんてね。それだけでも日本に来た甲斐があったわ」

 

「うちの一家がどう見られてるか気になるよ。俺に言わせりゃ、みんながみんなやたらと死んでいく家系さ」

 

 みんな視線は夜空、言葉だけが行き交ってる。

 この静かな空で俺は命綱なしのスカイダイングをやり、神崎とキンジは燃料駄々漏れの旅客機を手動で着陸させた。信じられねえ話だよ、当事者の俺たちでも疑ってる。

 

「こいつ」

 

 そう言って俺が手にしたのは液体等を保存するパウチ。薄気味悪く赤い中身が透けて見える。

 

「これは?」

 

「栄養剤さ。時間制限はあるが飲めば超能力に近い力が使えるようになる。こいつを使って落下と着水の衝撃を殺したんだ。荒れた海では遠泳が待ってたけどな」

 

 俺から指を差したキンジ、キンジから神崎にパウチは渡る。

 

「S研お得意のオカルトグッズ……には見えないぞ。だって血だろ。どっから見ても」

 

「栄養剤だよ、ちょっと毒々しいけどな。依存性が強えし、飲み過ぎると頭がやられちまう」

 

「中毒になるってこと?」

 

「つまりジャンキーになるってこと」

 

 コーラやソーダ水みたいにがぶ飲みしたくないってことだ。神崎から放り投げられたパウチを受けとり、その最後の1パックとなった栄養剤を脇に置いた。

 

「あんたI種だったの?」

 

「内部から媒体を引っ張ることには違いねえが分類するんなら理子の髪に近いかもな。Gの判定もしたことねえし、魔女やサイキックを何人も見てきた身としては俺は無能力者さ。右手も至って普通、不幸なのは同じだが」

 

「I種って?」

 

「超能力者は能力を使うためのキッカケによって分類されるのよ。勉強不足が浮き彫りになったわね」

 

 S研用語は管轄外のキンジ、その手の知識もある神崎は勝ち誇った笑みを咲かせる。

 毎日料理を作ってくれてる幼なじみが実は日本屈指の魔女なんだがな。星枷のことは知る由もない腑抜けた反応、飛行機で大立回りを演じた男とは思えねえな。

 

 まあ、怪物やライカンとは縁がなかったが今回の騒動も寿命が縮んだなあ……

 

「乾杯しようぜ」

 

「誰に向けて乾杯するのよ」

 

「馬鹿なルームメイトと貴族様にだろ?」

 

 最後を締めたキンジに俺と神崎がかぶりを振る。

 だが、瓶は重り音を鳴らした。他には誰の声も聞こえない原っぱで神崎が会話を続ける。

 

「ママの……公判が伸びたわ。今回の件で『武偵殺し』が冤罪だったって証明できたから……」

 

 弁護士の話を聞く限り、最高裁は年単位の延長になるそうだ。

 理子を逮捕できなかったことで、俺たちはおめでとう、と言ってやれずに「そうか」と星を見上げる。

 

 

「ねえ。あんた、なんで……あの飛行機に、あたしを助けにきたの? キリまで連れ出して……なんで、あたしを?」

 

「……まあ、バカのお前じゃ、『武偵殺し』には勝てないと思ったからだよ。誘ったら切も二つ返事だったしな」

 

「ヴェロニカマーズのDVDを渡しに行ったんだよ。インパラのグローブボックスに忘れちまったけど」

 

「揃ってバカの集まりね。あのぐらい……あたし一人でもなんとかできたわよ」

 

 ああ、バカなのかなぁ。

 俺もキンジもたぶんバカなんだろうなぁ……

 

「ゴメン、いまのウソ。一人でもなんとかできた、って言ったこと取り消すわ。キンジが来なかったら、きっと、あたし……。キリにも感謝してる。一人で時間を稼いでくれたことキンジに聞いたわ。自分一人じゃ解決できないこともある」

 

「神崎?」

 

「──だから今日はね、お別れを言いにきたの。やっぱり、パートナーを探しに行くわ。ホントは……あんただったらよかったんだけど。でも、約束だから」

 

 緋色の瞳はキンジを横切り、瞼を閉ざす仕草は諦めるようにも見えた。言葉を繋いだキンジが神崎を追いかける。

 

「約束って?」

 

「1回だけ、って約束したでしょ。武偵憲章2条。依頼人との契約は絶対守れ。だから、もう追わないよ。キリ──あんたのパートナーはあんたの家族だけ、組めてよかったわウィンチェスター」

 

「こちらこそ、あんたと組めて光栄だったよ。ありがとう」

 

 ……神崎から差し出された手を、俺は握り返した。それは、別れの挨拶を受け入れたことになる。

 

 キンジに向けられた神崎の言葉は感情を殺して嘘を偽る言葉だ。

 キンジも察してる、神崎も見抜かれていることを察していながら、嘘を突き通そうとしてる。

 

「い、いいのよ。あんたにその気がないのなら。ほら、あたし……どうせまだまだ、独唱曲だから。いま言ったこと、忘れて」

 

 そう言うとアリアは俺たちに背を向け、残ったコーラをぐいっと流し込んだ。

 

「──あーあ! 東京の4ヶ月、ほんっと最悪だったわ!パートナーは結局できなかったし、頭にはケガするし、聞いたこともない懐メロばっか聞かされるし、UFOキャッチはうまくいかなかったし!」

 

「次……があったら、UFOキャッチャーのコツを教えてやるよ。でもなぁー。あれは、ターゲットを見極めるセンスが必要だからなぁ」

 

「なによぅ。あたしにセンスが無いっていうの?侮辱したら風穴あけてやるから! 10個……ううん、いっぱい!」

 

 べえ、とベロを出してから、神崎は笑っていた。俺もキンジも笑った。なにがおかしいのか分からないが、笑っていた。

 

「あっ、もうこんな時間? ……急がなきゃ」

 

「神崎、やっぱり帰るのか?」

 

「うん、ロンドン武偵局が、東京に置いてあるヘリで送ってくれるんだって。ママが捕まる前、あたし、あそこで派手に働いちゃってるからさぁ。あいつら、早く帰ってこいってうるさいの」

 

 どうやら飛行機は使わず、イギリス海軍の空母を経由して艦載ジェット機で帰国するらしい。一度態勢を立て直すのは分かったが、やることが派手だね。

 

 誰もいなかった野原にクラクションが一回、視線を傾けると神崎の乗ってるMINIがアイドリングしていた。

 どうやらお迎えらしい。神崎はボンネットから立ち上がり、インパラのボンネットを一度だけ優しく撫でる。

 

「じゃあね、楽しいドライブだったわ」

 

「誘いはいつでも待ってるよ。気をつけてな」

 

 お互い様、とハイタッチが鳴った。

 

「そろそろ行くわね」

 

「あ、ああ。見つかるといいな。お前の、パートナー」

 

「きっと見つかるわ。あんたのおかげで、『世界のどこにもいない』ってワケじゃないことが分かったし」

 

「そっか……そうだな。じゃあな。がんばれよ」

 

「うん。バイバイ」

 

 キンジと別れを済ませ、神崎はあっさりとドアを開き……MINIが遠くに離れていく。ただでさえ小さな車は小さくなり、やがて目で追えなくなった。

 

 俺はトランクを開き、取り出したビニール袋に空になった神崎とキンジのコーラを突っ込む。

 トランクの閉める音とほぼ同時にキンジが助手席のドアを開く。

 

「……行こう。俺たちも部屋に、帰ろう」

 

「だな、帰ろうぜ」

 

 助手席でキンジは頬杖を突き、後から乗り込んだ俺は運転席でいつものようにハンドを握る。

 動き出したV8エンジンが野原に吠え、点灯したライトは誰もいない原っぱを照らした。

 

 

 

 

「分かってるよ、お前が心の中で考えてること」

 

「かもな、一年も一緒にいる。ゾッとするよ」

 

 神崎のいないインパラは妙に静かだった。空港へ走らせたときは焦燥感に駆られ、感じなかった静けさが今になってやってくる。

 不思議とテープをかける気にはなれなかった。帰路を辿り、俺はBGM代わりに声をかける。

 

「非日常が常の生活、けどお前はこう思ってる。本当は武偵や俺や理子みたいな得体の知れない連中と縁を切って、普通の生活がしたいんだろ?」

 

「当たってるよ。俺は……兄さんの件がなくても武偵をやめるつもりだった」

 

「言うなよ。俺もお前と同じ、望んでたんだ、なんていうか普通の生活ってやつさ。ドンパチもしねえし、ナイフを振り回す必要もない。普通の学校に通って、普通にみんなと遊んで、普通に暮らす……そんな生活さ」

 

「なんで、武偵をやめなかったんだ?」

 

 不思議そうな声色に俺はかぶりを振る。

 

「何度もやめようとした。武偵も家族の……超常的な事件を解決する仕事も何度もやめようとしたんだ。俺だけじゃない、二人いた兄貴も何度もやめようとしたよ。けどいつも駄目になるんだ。なんつーか、引き寄せられるみたいに厄介事がやってきて、気がついたらインパラに乗ってる。兄弟揃ってな」

 

 俺は語り手口調で自虐的に笑ってやる。

 

「だから、俺は普通の生活を諦めた。諦めて武偵をやってるからお前の部屋に転がっちまった。俺の中では、あれはいい想い出だよ。俺が言いたいのは好きにすればいいってことさ。お前は俺とは違う、別の生き方だってできるさ。普通の生活がな」

 

「……説教じみてるな」

 

「俺は諦めちまったからな。お前には好きにしてほしいんだよ」

 

 神崎のことを迷ってるのは分かる、一年もルームメイトやってたら分かんねえのが難しい。ひねくれているが遠山キンジって男は大甘野郎だからな。

 部屋に帰って転出申請を書けばいい、書いた書類を教務科のポストに入れるだけだ、そうすれば来年から普通の学校に通える。

 

 だが分かるよ。そう思えば思うほど、神崎のことが頭を掠めるんだよな。

 

「なあキンジ、神崎は強情なところもあるがきっとお前の気持ちを汲んでくれるよ。ある人に教えてもらったんだ。真っ当なことをするには多少の悪さも必要だ、けど案配を考えないといけない」

 

「……」

 

「悪さを続ければしっぺ返しがくる、真っ当を通せば失う物が大きくなってしまう。俺は神崎のパートナーにはなってやれない、お前のパートナーにもな。けどお前なら正しい選択をするさ、自分で正しいって思ったことをやればいい」

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

「お前の本質は善人だ、それもとびっきりの」

 

 キンジは虚をつかれたように首を振った。

 

「……卑怯だな。お前は他人の説得が上手すぎる」

 

「俺の静かな自慢だよ」

 

 数少ない、静かな自慢さ。

 

 

 

 

 

 

 ──シャーロック・ホームズ。100年ほど前に活躍したとされている歴史に名高い名探偵。神崎はその子孫で、理子は彼の宿敵であるリュパンの一族の末裔。

 

「ミステリー小説ではメインキャストの二人が飛行機でドンパチとはね」

 

「恨まれたと思うか?」

 

「ロンドン武偵高には恨まれるだろ。貴重なSランクを引き抜いたんだからな。けど、価値はあったんじゃねえの?」

 

 俺は視線でももまんをほおばる神崎を指してやる。騒動の発端は、暢気にももまんをほおばって幸せを満喫してやがる。

キンジのモード切り替えの鍵を探る名実の元、俺たちの部屋にまた舞い戻ってきやがった。

 

 ずけずけと冷蔵庫を真っ先に開けるあたり、住む気満々だ。キンジは疲れきってテーブルに顔を伏せる。

 

「その価値はあったか?」

 

「たぶんな」

 

 頬杖を突き、煮え切らない声で俺は答えてやった。

 

「ねえ、気になってたんだけど。あんた、キンジには自分の名前教えたの?」

 

 不意に神崎が視線をぶつけてくる。虚を突かれた俺は頭を掻くが、キンジは神崎の言葉で思い出したように俺を直視してきた。

 

 理子も神崎もあれだけ名前を連呼したんだ、忘れねえよな。

 

「俺の名はキリ・ウィンチェスター。育ちはカンザス州のローレンス。仕事は家族揃って、怪物退治──化物専門のハンターで、そこの男のルームメイトだよ」

 

 ちなみに今は、現在進行形で家出中──

 

 

 




今回で武偵殺し編は完結です。見切り発車で初めた作品ですが読んでくださった方には感謝を。

お気に入り、感想を下さった皆様、励みになっております。次は原作に沿って魔剣編に続きます。


『俺に言わせりゃ、みんながみんなやたらと死んでいく家系さ』S8、12、ディーン・ウィンチェスター──

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