哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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開かれていく傷跡

 その昔、神は自ら想像した大天使と共に暗黒を成敗した。神はdarknessの力を奪い、永遠に閉じ込めておくために『刻印』のまじないを作ったのだ。暗黒──唯一無二の姉を完全に葬ることはできず、何も存在しない虚無の牢屋に彼女を永遠に閉ざすことで問題を解決した。

 

 肉親への情というのもあるが神とdarknessは光と闇の表裏一体。二人同時に存在することで宇宙のバランスを保っている。一方が消えること、もしくは弱ることは同時にこの世界の滅びに直結する。俺たちが絡んだ一件では神が深手を負い、実際にその均衡が崩かけてあわや太陽がなくなる一歩手前まで行った。 そこで、かつて神は彼女を葬るのではなく生きたまま幽閉する道を選んだ。

 

 刻印は『錠前』だが彼女を解き放つ『鍵』でもある。神は腹心であるルシファーに刻印を託したが、後に刻印は呪いへと姿を変えてヤツを堕落させ悪の道に進ませた。そしてルシファーは人間に嫉妬し、神の怒りを買って地獄の檻へと閉ざされた。カインはルシファーから刻印を引き継ぎ、アバドンを葬るためにカインからディーンに刻印は引き継がれることになる。

 

 刻印は三代に渡り、所有者を変えた。だが、神のお家騒動で封印されたdarknessは、皮肉にも赤毛の魔女とポンコツ天使に天才ハッカーを巻き込んだ我が家のお家騒動によって解き放たれることになる。刻印の呪いを解くことは同時に彼女を閉じ込めている檻の錠前を外すこと、以前の死の騎士は望んじゃいなかったが……

 

 その結果、俺はこれ以上ない化物の威を借りることができた。あのルシファーが、神の力が宿るとされる遺物の恩恵を受けても倒すことのできなかった……正真正銘の化物の威を。

 

「妖狐と戦うつもりだったの?」

 

 怪訝な顔で視線を飛ばされたツクモは……呪縛されたように動かない。彼女は妖狐、玉藻と同じで非日常の現象についても明るい。だからこそ、ツクモの頭では危険を知らせる警笛がけたましく鳴り響いているのだろう。聡明な彼女は、普通なら匙を投げたくなるテーブルで最善の一手を懸命に思考している。

 

 相手はdarkness──未来の科学力を先取りした先端科学兵装とは真逆。原初の時代から存在したすべてを飲み込む暗闇。過去という言葉を体現した、この世でもっとも最初の存在──

 

「妖狐の連中とは星枷の巫女を通して同盟を結んでる。パーティーの主催者様はそっちの女、俺の目当てもな」

 

 ツクモを見ているアマラとは逆に、俺の視線は先端科学兵装の刀を担いだ遠山かなめを射る。腕のなかで抱き抱えた夾竹桃は……氷のように冷たくて、体温の温もりが感じられなかった。焦点を定めない瞳は対抗反射の確認も必要なかった。狩りで何人もの人の最後を見てきた、最後の姿は見慣れてる。もう……終わってる。

 

 薄暗い店内、噎せ返るような血臭、ドアを叩いてくる地獄の猟犬の唸り声。脳裏に刻まれた最悪の記憶がフラッシュバックする。自分の力が及ばず、大切な人が掌からこぼれ落ちていく、その繰り返し……何回経験しようが馴れるわけがない。憎悪、怒り、嘆き、後悔、ぐちゃぐちゃに混ざった感情で眼前の敵を睨む。遠山もまた不愉快な視線を重ねてくる。

 

「噂通りだね、何をするか分からない。敵にも味方にも泥を振り撒き続ける。袖にジョーカーを隠してたのは予想外だよ」

 

「言っただろ、友達はいる。上にも下にも、人間以外の連中もたくさんな」

 

 抱えた彼女を下ろし、右腕の袖から天使の剣を滑り落とす。

 

「個人的な恨み、侮辱された恨み、八つ当たりしてくれた恨みだ。お前が……とことん憎い。煮えくり返る、心底な?」

 

 傷口を抉られた、虚ろな笑いすら出ない。己の愚かさを嗤って、それで時間を戻せれば何度でも嗤ってやるが嗤ったところで現実は何も変わってくれない。だから、これは正真正銘の八つ当たりだ。

 

「自己満足と自惚れの薄ら笑いを、剥ぎ取らないと気が済まない」

 

 そう、八つ当たり。かつてディーンがスタイン一族にやったように、ガブリエルがロキにやったように、このままでは気が済まない。大切な人を奪われて、それでも何もなかったように笑っていられるような神経を俺は持ち合わせてない。チャーリーが殺されたとき、俺もディーン同様の殺意をスタイン一族の連中に持った。

 

 これが褒められることのない八つ当たりだとしても、刃を仕舞うことなど出来はしない。それにあいつが間宮との友情のために戦ったのなら、その願いだけは成熟させてやるべきだ。死者に何をしても慰めにはならないが、もしあの女が生きていればここで間宮が討たれることは望んでいなかっただろうからな。

 

 夾竹桃、また会うことができたら……俺、もっとお前に素直になれる気がするよ。そしたら、もっとお前にインパラを運転させてやれるかもしれない。ったく、やってくれたな……睡眠不足を取り戻すつもりでベッドに駆け込む予定だったが……お前のお陰で、十字路までドライブすることになりそうだ。

 

「いいよ、やってみなよ。退路なんてどこにもない。死ぬのは──怖くない」

 

 刹那、死角から抉るような角度で磁気推進繊盾が飛来する。光る外周すべてが刃物であり、信号機や歩道橋の階段をケーキのように切断できる刃は俺とアマラの首を目掛けて一機ずつ。タイミングは完璧、不意を突かれたのは文句なしだった。

 

 だが、作戦なんてものはパンチで吹き飛ぶ。緻密に組んだ作戦も時には息を吹き掛けられるだけで台無しになる。肩越しに俺が睨んだとき、飛来していた磁気推進繊盾はピタリとその動きを止めた。何かに縛られたように、何かにまとわりつかれたように、攻防一体の布は虚空で呪縛されたように動かない。

 

「いいえ、怖がってる。そして、自分を不甲斐ないと思ってる」

 

 至極、平然としたアマラの声。目を凝らすと、磁気推進繊盾の周りに視覚化できるほどの黒煙が渦巻いている。それが不完全燃焼の煙でないことは明白であり、その異常な光景の原因が何であるかも消去法で一つしかない。

 

 表情一つ変えず、アマラが目を伏せると同時に黒煙……彼女が使役する闇が発光する布を補食するように四方から飲み込んでいく。僅かな光に吸い寄せられるように闇は光源に群がり、その形を喰らっていく。まるで蛍光灯に数多の虫が群がるように。

 

「……化物」

 

 不愉快そうに遠山は呟く。あの闇には質量なんてものは、たぶんない。振り払える払えないの問題じゃない、あの闇にまとわりつかれたら飲み込まれる以外に選択肢はない。かつてメタトロンを一蹴したのと同じく、アマラの闇は先端科学兵装の刃を──その内側に飲み込んだ。

 

 おぞましい──アマラの力を見るのは久しぶりだがdarknessの肩書きに恥じない恐ろしさ。あの闇は人だろうが天使だろうが関係なしに飲みこめる。よくもまあ、こんな相手をどうにかしようと思ってたもんだ。天使、悪魔、魔女軍団と連合を組んでいたにしても、かつての自分の無謀さを尊敬してやる。

 

 奇襲が失敗したことは遠山には面白くないだろうが、俺はまだしも隣の女は首を飛ばした程度でどうにかなるとは思えない。リヴァイサンならどうにかなるが、彼女は連中とは存在からして格が違う。それに、ただ鋭いだけの刃で彼女の首を落とせるのなら、俺もルシファーもボロ雑巾のようにはされてなかった。

 

 半眼で見据えた遠山のスカートの裾からは、揺れる磁気推進繊盾が5本……尻尾のように揺れている。退路を見ていないのは本当だな。ツクモはとても乗り気には見えないが、遠山は刀を下げるつもりはないらしい。アマラから聞いた『双極兄妹』の話も本当らしいな、特殊な生まれ、家庭の事情、悪いが今回だけは同情してやれない。

 

 異常な空気に包まれた滑走路で、切り裂くように叫んだのはツクモだった。

 

「……不利だ! あのdarknessに──真正面から挑むなんて狂喜の沙汰だよっ! あんな化物と戦えるのは死の騎士や虚無の化物ぐらいだよっ!」

 

「その死神のことは知らない。ディーンも同じ名前を口にしたけど、有名なの?」

 

「死神の王、名前じゃなくて称号だ。死の騎士が死ねばその次に死んだ死神がその役職を引き継ぐことになってる。ルシファーの檻にも自力で入れる数少ない住人。お前や虚無の主には……一歩劣るだろうがな」

 

 同感だ。仮に真正面からアマラに刃向かえる存在があるとすれば、ツクモが挙げたように虚無の世界の化物ぐらいだろう。死んだ天使と悪魔が行き着く世界の支配者、その気になれば天使の延長戦上にいる死の騎士すら虚無は飲み込める。

 

「先に礼を言っとくよ。お前がいれば、あの妖狐の横やりもない。堂々と一対一で八つ当たりができる」

 

 表情を変えない付添人を横目で見る。自分より強い者には逆らわない──狡猾で賢い人工天才がアマラの危険性を理解できないわけはない。理解していながら彼女は刃を下げない、その眼には覚えがある。それは退路のない自暴自棄になった人間が見せる瞳だ。

 

 自分の役割、存在価値を否定したがる人間が浮かべる眼。キンジとの双極兄妹が破綻して、ジーサードの傍にいれるだけの理由がこの女にはなくなった。知り合いのよしみでアマラが全部教えてくれたよ、人工天才の境遇も廃棄処分も施設から逃げ出した家庭の事情も──それであいつを殺したことを許容してやる理由にはならないが。

 

「あの夜の続きがしたいんだろ、構わないさ。お前が兵隊を従えて、連中の王を名乗るならかかってこい。王は戦う、王は征服する、一日中書斎に籠って参考書を読んでるだけのボンクラが王だなんて笑わせる。そうだよな、アバドン2世?」

 

 刃を下げてやる理由にもならない。暴君への皮肉を込めた罵倒で、ジーフォースの虚ろな瞳もまた俺へと向いた。取り残されたツクモは未だに固まったまま動けず、アマラは他人事のように呆れた表情を見せた。

 

「私にギャラリーでいて欲しいなら、そうしてあげる。お前が死んだときは、後始末は私がしてあげるわ。ディーンには一番欲しいものを与えたけど、お前はそのことで家族の元を去った。お礼をしないとね?」

 

 アマラがコンテナの上にいるツクモに向けて手を伸ばす。次の瞬間には、ツクモの手にあったFNーP90は手品のように懐から消えていた。

 

「お前も見物したら?」

 

 小首を傾げ、ツクモに微笑が向けられる。種も仕掛けも分からない無茶苦茶な武装解除、周囲が鎮まり、それが同時に開戦の合図となった。俺が死のうが、次に待っているのはdarkness──なるほど、安心だ。

 

 地を蹴り、相変わらずのふざけた速度でジーフォースが飛び込んでくる。既に抜いていたトーラスを左手で連射、予測していたようにスカートの裾から伸びた磁気推進繊盾が弾丸を受け止める。

 

「──触れなば切れん(レイザー・シャープ)

 

 スカートの裾から舞い上がった5つの磁気推進繊盾は彼女の背中に張り付き、今度こそ広げられた尻尾のような姿になる。迎撃に浴びせる弾丸はすべて阻まれ、空薬莢だけが足元を跳ねる。

 

 神崎のガバメント、45口径の凶弾を受け止めたときと同じく、それ自体が意思を持った自律的な盾と言っていい。いくら弾を並べても力を逃がされ、布が撓むと同時に弾丸は運動エネルギーを奪われる。飛び道具は無意味、そして半ば強制的に相手との距離を詰めて、先端科学兵装の刃で押し切る──神崎にそうしたように。

 

「理子が言ってたよ、アメリカ人はいつだって力で問題を解決する。同感だ、暴れてやる」

 

「やってみなよ。この刀は1本で日本の10式戦車1輌と渡り合える最新兵器だ。お前のカビ臭い武器とは違う」

 

 弾を吐き尽くしたトーラスのスライドにロックがかかる。眼前には盾を構えたジーフォース、足が止まる気配はなく、切っ先が首を目掛けて迫りくる。その戦法は神崎から聞いてる。そっちが未来ならこっちは過去、お前が22世紀のひみつ道具を操るなら、こっちには13シーズンの道のりで集めた埃くさい千年アイテムがある。

 

 左手のトーラスを破棄、自由になった手はその内の一枚を引き抜く。俺が握ったその場違いな霧吹き器には絶対零度のジーフォースの瞳も一瞬戸惑いに染まる。疾駆する人工天才に俺はスプレーを向け、引き金を引くのと同時に視界は──紅蓮の炎に飲み込まれた。

 

「……ッ!?」

 

 切り裂いたようなジーフォースの声がグロテスクな炎の噴出音に掻き消される。ココの泡爆と同じく、霧吹きなのは見た目だけで中身は別物。浴びせたのは『ドラゴンの吐息』と呼ばれる超高温の炎であり、早い話が霧吹きの姿に偽装した火炎放射器。万物の母(イヴ)から産まれた化物が使役する炎を、そのまま利用した遺物。

 

 星枷の全力には劣るが、肌を焼くような熱気が眼前に広がっていく。誰かに見せるのはアメリカや日本はおろか、これが初めて。対策されているとは思えないが、業火の奥から地面を靴で激しく擦るような音が微かに聞こえてくる。

 

 霧吹き器から噴出される業火が止まり、視界がクリアになったのと同時におぞましい凶刃が飛び込んでくる。お互いに目を見開いたまま、互いに凶刃が激突。息が触れ合いかねない距離で殺意がぶつかる。

 

「安心したよ、今夜は本気みたいだね」

 

「生憎、今の俺は一生で一番機嫌が悪いんだよ」 

 

 冗談のような速度で振るわれる刃をいなし、不意を突くように天使の剣をスカートの下から露出した太腿へ投擲する。剣が科学の刃に弾かれるのと同時に、背中からまじないで仕込んでいたミカエルの槍を具現化。ドラゴンの吐息で浴びせる業火の回避に、片手でバク転を切ったジーフォースの無防備な腹部へ全力でその矛先を振り払う。

 

「便利ね、まるで生き物みたい」

 

 浮遊していた二機の磁気推進繊盾が刃をいなし、観客同然のアマラの感想が漏れる。布に絡めとられる前に矛先を退き、科学の刃の間合いの外まで後退。俺が殺傷圏内の外に出ると、分離していた磁気推進繊盾はジーフォースの背後に再度集って尻尾の形をとる。

 

「残念でした。耐高温テストなんか、何十回も経験済みなんだよ。この刀も、あたしもね。高熱にした程度で先端科学兵装の性能は変わらない」

 

 そう吐き捨て、柄を握る両手を後ろに大きく引いて構えを取る。業火のなかを直進してきた時点で、磁気推進繊盾の守りを熱で突破する選択肢は消えた。あの堅牢な布はミカエルの槍や天使の剣でも切って捨てることはできない。汎用性で言えばパトラのアメンホテプの盾よりも上だろう。

 

 距離が縮まり、今度こそミカエルの槍と単分子振動刀が悲鳴のような音を鳴らしてぶつかる。単分子振動刀とは炭素原子を主素材としたダイヤモンドのチェーンソー、10式戦車1輌と渡り会えと言ったヤツの売り文句は何も嘘じゃない。それだけの切れ味と持久性をあの発光する刀は兼ね備えている。

 

 だが、俺が用意したのもリサイクルしたとはいえあのミカエルが愛用した武器。ただのカビが生えた槍じゃなく、ルーン文字でまじないの刻まれたクラウリーですら厄介と吐き捨てる代物。型など無視した出鱈目な動きで俺が振るう矛先も、単分子振動刀の刃に欠けることなく彼女の斬撃と撃ち合えている。高望みはしない、充分だ。

 

「無茶苦茶するねえ、槍術の心得なんてないんでしょ。棍とかその辺の応用で見繕ってる。器用だけど、長柄の扱いには慣れてない」

 

 槍を回し、束の後端──石突きの部分で足を凪ごうとするが、異常な反応速度で足払いが回避される。長柄の武器が長所は、その長さを活かした突きよりも、円運動の連続攻撃にあると乱豹先生は言っていた。柄の両端を攻撃に使えるため、切り返しの速度は剣に勝り、変わらないベクトルで攻撃を繰り返すことができる。

 

 乱豹先生ほどの技量になれば、石突きが足をすくって跳ね上げたときには、逆端の刃が同時に振り下ろされている──それは剣を二度振るよりも遥かに早い。だが、残念ながら俺の技量は先生には届かないし、付け焼き刃の教えで先生に並べるわけはない。ヤツの言う通り、槍術の心得なんてのは欠片もないがやることは一つ。

 

「ないものねだりはしない。今手札にあるカードで凪ぎ払うだけだ」

 

 否定と同時にジーフォースへ仕掛けるが思わず舌打ちが鳴る。単分子振動刀と切り結べると言ってもそれは矛先だけの話だ。ミカエルの槍はさっき仕掛けた石突きはおろか、刃以外の部分はお世辞にも強固とは言えない。実際、槍の柄はクラウリーが素手で折れるほどに脆かった。

 

 刃以外を狙われたら……槍は一瞬で棒に早変わり。単分子振動刀に刃と柄を切り離され、単なる棒切れとなった残骸をジーフォース目掛けて投げ捨てる。単なる棒切れで先端科学兵装を相手にするのは、それこそ蟻が恐竜に挑むようなもの。それが統率された軍隊蟻ならまだしも、今は一対一の言い訳なしの首の奪い合い。手を抜いてやる義理も道理もなく、抜ける余裕もない。

 

 三度、ドラゴンの吐息を浴びせようとすると瞬時に五枚の磁気推進繊盾がジーフォースの前で縦、横、斜めと集まって面積を限界まで広げていく。至近距離の火炎放射も磁気推進繊盾が盾となることで本命の彼女にはやはり届かない。

 

「お前の手札じゃ無理だよ。あの女と同じ、距離を取って戦っても私には勝てない。二の舞になるだけ」

 

 業火の勢いは次第に衰え、ジーフォースの声も噴射音の後退と同時に鮮明に聞こえてくる。いつまでも炎を吐けるわけじゃない、この飛び道具が有限であることは彼女も把握している。

 

 炎が途切れた途端、さっきと同じ要領で凶刃を振るってくるのは明白だった。だからこそ、俺はその言葉を口にしてやる。これ以上ない自信に満ち溢れた声で。

 

「──そいつはどうかな?」

 

 真っ赤に染まっていた視界がクリアになる。不愉快な熱気が肌を撫でる。集合した磁気推進繊盾はまだ眼前にある。

 

「1枚のカードには1つの可能性。人間には手札の数だけ可能性がある。これがその1枚だ」

 

 既に自由になっていた右手が握っているのは掌に収まる程度の白い水晶。その1枚はバルサザールが天界の武器庫から盗み、俺に残してくれた第一級の遺物。

 

「あら、おっかない。そんなの隠してたの?」

 

 畏怖を誘うアマラの薄笑いと共に水晶の内側が白く明滅する。刹那、異変はやってきた。

 

「──ッ!」

 

 眼前で重なっていた5機の磁気推進繊盾の表面を何かが覆っていく。眼前の異常な光景にジーフォースの表情もいつの間にか抜け落ちていた。発光する刃諸共、浮遊している盾の表面が次第に固められ、動きを奪われる。かつてラファエルの器がそうなったように。

 

「バルサザールは最終戦争の騒ぎに生じて天界の武器庫から数えきれない数の武器を盗んだ。そこにはモーゼの杖みたいな第一級の危険物も含まれてる。大天使も足止めできる代物だ」

 

「……あ……あぁ……そんな」

 

 信じられない物でも見ているような声色だが同情してやる義理も余裕もない。彼女の個性とも言うべき浮遊する盾には明らかな異変が訪れ、やがて完全に固まった磁気推進繊盾は、ピクリとも動かず、虚空に縫い付けられている。

 

 先端科学兵装がドラゴンの息吹だけでなんとかなるとは思ってない。その無人機が1つだけじゃないのも分かってたからな。1ヶ所に集まったところをこいつで纏めて葬る、最初からそのつもりだった。未来の科学力には天使の核兵器をぶつける、解決策は簡単だ。常識の外にある武器には同じ常識の外にある武器をぶつけてやればいい。

 

「……おかしい、こんなの、おかしいよ……先端科学兵装が凍るわけが……」

 

「凍ったわけじゃない。ロトの女房と同じさ、塩の柱に変えてやった」

 

 聖書に出てくるロトとその家族は神によって救われるが、逃げる途中は振り返るなと言った神の言葉を守らず、振り返ってしまったことでロトの妻は塩柱にされる。ソドムとゴモラ滅亡にも繋がる有名な話だ。

 

 ロトの妻の塩柱──これはその話の原点になった天界の武器。俺が指を鳴らせば塩の柱となった磁気推進繊盾は元の形を失い、細かな塩となって地面に崩れ去った。その後に残されるのは大量の塩、磁気推進繊盾の質量に比例した塩が滑走路に飛び散っている。

 

「これで塩を切らす心配はなくなった」

 

 攻防一体の盾は消えた。これでジーフォースを守るのは蛍光ブルーの刀を残すのみ。

 

「恨みはある、バスカビールを狙われた」

 

 へらへらと笑って、水には流せない。

 

「それでもこれは戦争で師団がお前たちと停戦協定を結ぶなら……俺は何もできない。ジャンヌが決めた方針に従うつもりだった。だが、今のお前には同盟も停戦も関係ない。俺にとって不倶戴天の天敵、それだけ」

 

 冷めない敵意で見据えられる。俺も惜しみ無い敵意で切っ先を向ける彼女を睨む。不倶戴天の敵を前にしてやることは決まってる。

 

 相対するのは先端科学兵装の刀、張り合える武器は決まってる。単分子振動刀が一本で日本の10式戦車1輌と渡り合えるなら、それは神の石板の恩恵を受けた神の書記とたった一本で渡り合える刀。地獄の騎士を唯一殺せる切札を、デッキの上から引き抜く。

 

「名誉を賭けてやろうじゃないか。インチキなし、トリックなし、正々堂々と──サシで勝負だ」

 

 元始の剣。メタトロンに血塗られたと言わしめた剣でジーフォースに切っ先を向け返した。




『名誉を賭けてやろうじゃないか。インチキなし、トリックなし、正々堂々と──サシで勝負だ』S13、20、ガブリエル──


次回、決着予定です。

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