哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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『皮肉と軽口を言えなくなったら、あんたきっと死ぬわね』


『それ、皮肉じゃなくてか? 皮肉でも結構傷つくんだぞ?』




The Road So Far(これまでの道のり)




『10分の遅刻だ。釈明はあるかい?』


『それは、あの方がもっともお嫌いな人物が募った組織。口走るものでは、ありませんよ?』


『劣勢のときのお約束。ドロップアウトボーイの』

 
『サード、あいつ斬る。絶対斬るから』


『ええ、エチケット。ゲストにチャンネル権を渡すのが礼儀だったのよ』


『それはてめえら次第だ。ここで遊びたいならーー俺は止めねえ』


『パープルハート大隊か。いつも通りだな』


『急くな、戦えば儂等は全滅しかねん。が、そこは知略ぞ。遠山、ジーフォースを取り込め』


『キンちゃんの隣は私の席なの!こうなったら鉄の意思と鋼の強さで、徹底抗戦あるのみだよっ!』


『だったら、何だと言うの。おまえはーー神とでも戦うつもり?』


『メタトロンですって? じゃあトランスフォーマーに力を借りるわけ?』


『夾竹桃を探してるの? 彼女は今体調を崩してる、体よく言えばだけど』


『言われた通り、お友達を連れてきてやったぜーー遠山かなめ』



Now(そして今……)







OVER LAP

「台風一過ってヤツだな」

 

「ああ、ホント。嘘みてえに晴れてるよ。騒ぎが一段落した合図かもな」

 

 ホント、嘘みたいに晴れてるな。ジーサードを巻き込んだ一件が一段落し、キンジと俺は満天の星空の下、ベランダで語り合っていた。いつか同じような台詞を吐いた気がするがずっと前のことに思える。無事に家出から帰宅した部屋には、理子や神崎の私物が前と変わらず転がっている。留守にしたのはたった数日のはずだが、帰宅したときは悔しいことに懐かしさを覚えた。すっかりここが家になったな。

 

「ワトソンが言ってたけど、ジーサードはRランク武偵の化物なんだってな。俺も大統領の護衛に追いかけられたことはあるけど、一人で小国を潰せる化物によく勝てたな?」

 

「半病人だったんだ。それが出た時、たまたま決着がついたんだよ」

 

「それでも勝ちは勝ち。実績は実績だ」

 

「向こうは負けを認めてなかったけどな」

 

「再試合やるなら呼んでくれ。ポップコーン持っていく」

 

 ジーサード、とキンジの関係については色々と聞かされた。どうりでかなめに既視感を覚えたわけだ。あのふざけた強さもキンジや金一さんの同類なら納得だよ。今にして思えば、カナを思わせる場面もいくつかあったしな。

 

「お前はどうだったんだ。久々の家出は楽しかったか?」

 

「まあまあかな。でもこの部屋が一番落ち着くよ。家出をライフワークって言える年でもない」

 

 素直に戻ってこれて良かった。ジャンヌやワトソンを含め、バスカビールがジーサードに受けた傷も軽傷。理子は鼻血。白雪・ジャンヌは全治3日ってところだ。Rランク相手に揃いも揃ってタフな連中だよ、尊敬してやる。

 

「しかし、相模湾を24時間も漂流してよく生きてたな。サメをDEで追い払ったんだって?」

 

「最悪」

 

「10点中何点?」

 

「やめてくれ」

 

「なにが?」

 

「俺の苦しみをいじるの」

 

「いじってない。今までなにやってもお前は死ななかっただろ。お前にとって、24時間漂流してサメに襲われるのはどれくらいの危険度だったのかって話さ。興味がある」

 

 神崎が言ってた、乗ってる航空機が炎上したくらいでキンジは死なないってな。そう、その程度じゃ死なないってのがお前に対するみんなの認識なんだ。素手でメガロドンと戦えそうなやつが普通のサメに食われて死んだなんて誰が信じるんだよ。

 

「気になるなら、今度お前もやってみろ」

 

「まさか、お前みたいな化物じゃないし」

 

「ふぅ、ふぅ──!」

 

 唐突に深い息を吐き、俺と自分との間で左手を縦に振ってくる。

 

「なんだよ、それなに?」

 

「沈黙バリア、沈黙バリア張った。沈黙バリアーミラーフォース」

 

「あ、そういうこと。面白いことするね。Eランク武偵の崇高なる力で黙ると思う?」

 

「黙らなくても話題は変える」

 

「でも沈黙バリアってネーミングが──」

 

「ふぅ、ふぅ──!」

 

「お前は五才の子供か」

 

 俺はベランダの柵に肘をついて、深い溜息をついた。けど、こんなバカみたいな会話ができる日常が俺の望んでいた物なのかもしれない。沈黙バリアのネーミングはどうかと思うが。

 

「それで、お前の方はどうだったんだ?」

 

「どうって、家出のことなら話しただろ。何にもなかったよ。古い知り合いが遊びに来たくらいだな、ドレス姿の」

 

「お前、彼女なんていたのか?」

 

「ああ、きたきた。きつい返し、それも上から目線、こうでなくちゃ。言っちゃ悪いけど、初デート大成功。お互い生きてるし、まあ彼女を殺せるなら大したもんだけど」

 

「またそっち系の知り合いか。今度は誰だ?」

 

「神の姉さん、たぶん独り身」

 

「聞かなきゃ良かった」

 

 罰当たりなヤツめ。溜め息混じりに言うと、キンジも柵に肘をやる。

 

「キンジ、まあ……色々話したくないことが山程あるのは分かってるけど、話したくなったらいつでも聞くから。どうせ週末暇こいてるし」

 

「何も言わないかもしれないぞ?」

 

「いいよ、何も言わないなら言わなくて。一緒に映画鑑賞したいならいつでも誘えって話。ただしコーラとポップコーンは割り勘で」

 

「そいつはどうも」

 

 素っ気ない返し、実にキンジらしい。

 

「お前も話したいことがあったら言え。暇なときに聞いてやるよ」

 

「プールの監視員をやりながら、インスタント麺を啜ってた話か?」

 

「……それは初めて聞いたんだが」

 

「昔の話。みんなには言うなよ?」

 

「言わねえよ、嘘をつくのが仕事」

 

 それなら安心だ。不意に風が髪を叩くように吹きすさぶ。

 

「冷えてきたな」

 

「ああ、冬も近い。戻るか、テレビ見ながらコーラ飲もう」

 

 冷えてきたので、俺は一足先に室内に入ってチャンネルを取る。

 

「お、キンジ。総合格闘技(MMA)やってるぞ」

 

「素手での戦いならいつも見てるだろ」

 

 そう言いながらもキンジはソファーに腰を下ろす。冷蔵庫から缶コーラ2つを取り出して、俺もキンジの隣に腰を下ろした。

 

「ボクシングと、もう一人はサンボだな」

 

「コンバットサンボに千円」

 

「ギャンブラーだな、乗った。アリアに奢ってやったももまんの分がチャラになる」

 

 薄ら笑いでキンジは缶のプルタブをひねる。ギャンブラーか、そいつはどうかな。遠慮はいらないぞ、やっちまえコンバットサンボーの人。画面内に声援をおくったとき、

 

「やっほーキーくん!理子りんが遊びに来ましたよー!」

 

 呼び鈴の代わりに自分で名乗ってくれたのはバスカビールの大泥棒こと峰理子だ。案の定、返答の前にドアを開け放った音がする。廊下から足音がして、改造制服を着こなした理子が部屋に上がってきた。

 

「おー、二人で仲のよろしいことで。何見てるの?」

 

「理子、まじめな話だ。お前ならどっちに賭ける。ボクシングかサンボー」

 

「んー、ちょっと待って」

 

 俺が投げた質問に理子は悩む素振りを見せると、ぐいっと俺とキンジが座っているソファーの間に割り込んでくる。そして試合の様子を一瞥し、

 

「サンボーかな」

 

「ありがとう」

 

 キンジに勝ち誇った笑みを向ける。

 

「一人の意見だ」

 

「いや、違う。ワン、ツー、2人の意見だ。電話で他にも聞いて回るか?」

 

「いいや、口を閉じろ。すぐに分かる。ボクシングにはテクニックや忍耐が必要、お前にはないもんな、忍耐力」

 

 言ったな、キンジ。お前こそ、千円払う準備はしとけ。うっすら笑い、俺はかぶりを振った。ああ、駄目だ。悔しいけど本当に楽しい。

 

「キリくん、理子もコーラ欲しい!」

 

「キンジに貰え」

 

「やらん! 俺はやらんぞ!」

 

「隙ありぃ!」

 

「おい、俺のじゃなくてキンジを狙え! あ、バカ!飲み過ぎだろッ!?」

 

 欲しいものは手に入らない、今あるものを側に置いておくためだけにウィンチェスターの人間は必死に戦うんだ。今もそしてこれからも。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん──っ!」

 

 そのとき、なんとも言えないタイミングでドアが開く音と悪魔のような声がした。頭が真っ白になる。パターン青、遠山かなめだ……!

 

「キリくん、ゾンビみたいな顔色だけどかなめぇと仲直りしたんでしょ?」

 

「本人に聞け」

 

「聞いてるじゃん……」

 

 ジーフォース……遠山かなめはバスカビールとのランバージャック以降、かつての攻撃的な面が嘘のように消えた。間宮たちとの仲も良好で、キンジに対する執着も随分と落ち着いたものになっている。いわゆる普通のブラコンと言うやつだろうか。初めて会ったときとはまるで別人だ。

 

「あれ、雪平先輩もいたんだ」

 

「ここが俺の部屋だからな」

 

 例の一件以降、再戦もなければ敵意を飛ばしてくることもなくなった。元から特殊な生まれや兄との微妙な関係など、俺と彼女は妙に似た部分がある。道具を最大限に利用する戦い方は勿論のことだが、俺たちが他人から見ても分かるほどにいがみ合っていたのはーーお互いに自分自身をどこかで憎んでいたからだろう。

 

 今までに出会った誰よりも自分と似た存在。だからこそ、必要以上に意識した。自己嫌悪の感情がそのまま怒りと憎しみに変わった。俺がそうならお前もきっとそう思ってるはずだ。お前も言ったし、俺も言ったよな。俺たちはよく似てる、同類だ。

 

「かなめぇも座れば?」

 

 理子がスペースを開けるのだがわざとらしく自分はキンジに寄り、俺の左隣に空席のスペースを作る。世話焼きだな、お前って女は……

 

「座ったらどうだ?」

 

「……」

 

 俺が言うと、不服な顔をしながら左隣に彼女は座ってくる。

 

「総合格闘技?」

 

「理子とキリくんはサンボーに賭けてる」

 

「キンジはボクシング」

 

「かなめぇはどっちにする?」

 

 気さくに理子は小首を揺らしていく。本当にコミュ力が高い子だ。距離感の掴み方がうまい。俺やキンジにはとてもじゃないが真似できないことだ。実際、理子には気を許してるのも見るからに明らかだった。

 

「……ボクシングかなぁ、お兄ちゃんに賭けるよ」

 

「よし、これで2vs2だな」

 

「また嬉しそうな顔しちゃって……見ろよ、この顔」

 

「切、いいこと知りたいか?」

 

 俺が指摘した途端、腕を組んだキンジが首だけをこっちに向けてくる。

 

「いいことって?」

 

「お前が皮肉やマシンガントークすると俺にはこう聞こえる、わーわーわ、まるでスヌーピーのアニメだ。髪のある……あれだ、ライナスだ」

 

「なんでライナス?」

 

 俺は眉をひそめて聞き返す。

 

「そこか? 引っ掛かるところ、そこなのか?」

 

「キーくん、ボクシング側がピンチだよ」

 

「お、おいっ!? 俺の千円がかかってるんだぞっ!」

 

 理子の一言でキンジの視線がテレビに戻る。なんとも不純な応援の仕方だ。代わりに妹のほうが交代で首を向けてくる。

 

「いい年して、またアホな勝負を持ちかけたね?」

 

「人生を楽しむコツはどれだけアホなことをやれるかだよ。隣の怪盗もそう言ってる」

 

 矢継ぎ早にコーラを呷る。

 

「サードのもとに残留はできたのか?」

 

「一応ね」

 

「そうか」

 

 お互いに端的な返しをして、視線は自然とテレビに向かう。

 

「夾竹桃とのカウンセリングは?」

 

「普通だよ、誰が喋ったのか知らんが普通だ」

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

「……あいつか、中学生かよ」

 

「仲良いんだね」

 

「どっちと?」

 

「どっちも」

 

 その答えは予想してなかったな。でも確かに二人ともいい女だし。すっかり浅くない縁になってる。予想してなかったけど、その答えは本音を言うと少し嬉しい。

 

「ウィンチェスターの男はモテるって聞いたから」

 

「それは兄貴だけ。俺は違う。それにたまに思うんだよ、ハンターの仕事っていい物を全部奪ってく。武偵とダブルワークになった今でさえ、そう思えて」

 

「世間の物差しで測るのは違うよ。事件を解決したんでしょ? 誰かを助けて来たんでしょ?」

 

 思いもよらない返しに喉が詰まる。隣を見ると、彼女はテレビに視線を向けたままだった。

 

「それこそが本物の財産になる。お前のお陰で人生が変わった人がいる、それこそが人間の財産として最上のものだよーー嘘じゃない」

 

 ……これは俺も予想外。なんて言うか、暖かい言葉だね。意外すぎた。数週間前の、遠山かなめの言葉とは思えない。

 

「バカみたいだけど言うよ。礼拝堂に行った気分、ありがとう」

 

「あたしに?」

 

「他にいないだろ」

 

 目を丸めるくらいお礼を言われるのは意外だったらしい。俺だって意外、礼を言うなんて。でもさっきみたいなこと言われたら、仕方ない。

 

「あ……」

 

 無情にも画面のなかで勝敗が決する。同時にキンジの嘆きが聞こえてきた。

 

「悪いなキンジ、これも勝負だ」

 

「……分かった。ところで、戦徒は決まったのか?」

 

「あれかぁ……忌々しい響きだ。勿論覚えてる」

 

 仕返しとばかりにキンジが話を振ってくる、嫌味な野郎だ。おめでとう、大ダメージだよ。案の定、垂らされたでかい釣り針には理子が食い付いてきた。

 

「戦徒契約の話?」

 

「綴先生が戦徒のことで煩くてな。今まではなんとか誤魔化して来たんだが最近は目に見えて酷い。バスカビールは神崎、星枷、キンジ、みんな契約してる。お前だって一年前は島と契約してたしな」

 

「キリくんもAランクだもんね。いいじゃん、一人くらい面倒見てあげれば?」

 

「今は極東戦役、ドンパチの真っ最中だ。一年のお守りも錘も遠慮したい。遠慮したいところだが先生の怒りを買うのは正直に言って怖い」

 

「……綴先生だもんねぇ」

 

 理子の重たい声がすべてを語っていた。綴先生はあの蘭豹先生と双璧をなしている武偵高の核兵器だ。出来れば導火線に火はつけたくない。二人で島を傾かせた逸話だってバカな話だが素直に笑えないのだ。

 

「そこでだ、俺は一つの突破口を思い付いた。正確にはさっき思い付いた」

 

「キーくん、なんか嫌な予感がするんだけど?」

 

「まあ、とんでもないことだろうな」

 

 失礼な奴等だな。歯に着せぬ物言いとはこのことだ。オブラートに包むも何もない。

 

「ちなみにその突破口って?」

 

「俺は人を恐れたことはない、だが本気で怒った綴先生とお前のお兄さんは怖い」

 

「おい」

 

 ルームメイトを無視し、俺は覚悟を決めて深く息を吸う。

 

「そこでだ、いないもんかね。あわよくば俺の腕を切り落とせるくらい強くて、ハンバーガーとコーラが好きで。尚且つベースボールやアメフトの話もできるようなアメリカ寄りの趣向をした『非合理的』な一年。そんな優良株がいたら、是非とも教えてほしいんだが?」

 

 ただし『狙撃手以外で』とつけ加える。一転、かなめの真ん丸な瞳が見開かれた。

 

「……お前、本気で言ってるのか?」

 

「本気だ。お前、綴先生の逆鱗に触れたことないだろ。怖いのなんの、あれはアラステアより酷い。地獄の権力者よりも」

 

 半信半疑、男口調になったかなめに諭しながら、

 

「クラスで友達たくさん作ったんだろ。教えてくれるなら、風魔が持ってきた塩キャラメル一袋やるぞ。処分に困ってたからな。これくらい、でっかい袋に入った塩キャラメル」

 

 いつかキンジに話したやつ。意外なことにキンジがソファーから立ち上がると、実際に実物の袋を持ってきてくれた。なに、援護してくれるの?

 

「そう、あれだ。ありがとう、キンジ。さっきの千円なしでいい」

 

「雪平、悪いこと言わない。お前、弟子を取るのは向いてないよ。後ろからナイフで刺されるかもしれないよ?」

 

「先生に尋問されるよりマシ。俺の尊敬するニュージャージーの刑事が言ってた、レストラン経営のストレスで死ぬより弾で死ぬほうがマシだ」

 

「反抗的で、良い子じゃないかもしれないよ?」

 

「そのタイプは本土でもう経験してる。クレ──いや、無愛想で反抗的、望むところだ」

 

 クレアで慣れてる。あれはあれで、本当にいい子だったけど。いや、もう子供扱いはできないか。俺はかぶりを振って、ふざけたくらい綺麗な瞳と視線を結ぶ。

 

「なあ、俺もこの国に来たときは──いや、家を出たときは何回もホームシックに襲われた。自業自得、自分から逃げてきて、それでもやっぱり家族を失った虚無感に襲われた。自分では踏ん切りをつけたつもりだったがどうしようもなく孤独を感じた」

 

 心に大きな穴を開けられた気分だった。たぶん、ガブもロキとして地上に籠っていたときは、俺と同じ気持ちだったと思う。ゆっくり体の内側にナイフを入れられていくような感覚だった。

 

「哀しみに打ちのめされたよ。けど、今ではこの国に家族ができた。ジャンヌや夾竹桃、キンジやバスカビールのみんなが、俺に居場所をくれたんだ。一人じゃないと……気付かされたよ、みんなには感謝しかない。お前がキンジの妹なら、ここがお前の居場所だ。家族は築き上げていくもの、人工天才だろうが悪魔だろうが関係ない」

 

 そう、だからだなーー

 

「だから、その……なんというか。もう自分の居場所がないとか嘆くのはやめろ。キンジから聞いたが聞くに堪えない話だった。ジーサードリーグもそしてここもお前がいるべき場所なんだからな」

 

 言い終えると同時にテレビのチャンネルを切る。決まったな、これで決まりだ。これで先生に怒られることもない、催促されることもない。無事にハッピーエンドだ。

 

「あたしからも言いたいことが」

 

「なんだ、言ってみろ」

 

「感動的に言ってるけど、掌返しが酷いなぁって」

 

 そのとき、俺に電流走る。おい、待て。

 

「病室でボロ雑巾みたいに言ってくれたのに」

 

 さらに電流走る。

 

「自分から家出したのにホームシックって自爆しただけじゃん」

 

 三度、電流走る。

 

「自分がしたことが原因で自分が困るから自業自得って言うんだよ?」

 

 タイムタイム。傷口に軟膏塗ってやろうと思ったらガソリンぶちまけられたんだけど?

 

「いい話だよ、感動的。すっごく涙を誘う声色と抑揚のつけ方だよ? でも冷静に考えると、家出の失敗談を聞かせてるだけじゃない?」

 

「いや、まあ……」

 

「あの手この手で感動的な話を装ってるけど、動きがないアニメをカメラワークで動いてるように見せてるだけ。こんなの詐欺だよ!」

 

 おい、そこの二人!頷くんじゃない!そんなふざけた例えがあるか!

 

「なんてこと言うんだ!手書きだと動かすのは無茶苦茶大変なんだぞ!動かすのが大変だから、みんなおしゃべりして誤魔化すんだよ!」

 

「そういうアニメは安く作れるもんね」

 

「理子、お前裏切ったな!?」

 

 折角、いい感じで話をいい方向に持って行ってやろうとしたのになんて結果だ。揃いも揃って、なんでも噛みつく噛みつきガメか。

 

「時間もお金もなかったら仕方ないだろ!本当に好きなファンはな、途中から色がなくなろうが絵コンテになろうが見るんだよ!」

 

「それ、放送事故だよ……!?」

 

 かなめの叫びが部屋に響いた。完全に流れが明後日の方向を向き、意味不明な進路に舵を取っている。雲行きが怪しいどころの話じゃない。

 

「ちくしょうめ、なんで戦徒の話が意味不明な方向に脱線するんだよ。分かった、簡潔に言ってやる。もう感動的な馴れ初めとか、いい感じの空気とか抜きで言ってやるよ!お前、今日から俺の戦妹だ。今決めた!」

 

「はぁ!?」

 

 そうだ、最初からこれで行けば良かった。眼前で呆気に取られているかなめのことは無視する。

 

「最初からこうすれば良かったんだ。マクギャレット少佐は仲間を集めるのに小細工したか? いいや、してない。簡潔に、手っ取り早く、迅速に決めてる」

 

「キリくん、ここ日本だけど?」

 

「俺のなかではオアフ島。島だろ、ここ。海にも浮かんでるし。拒否権はないぞ、何がなんでも俺と組んでもらう。Fiveー0結成だ」

 

 小細工は抜き、俺は隣に座っている遠山かなめに指を突きつける。

 

「なあ、なんでそんなに必死なんだ?」

 

「キンジ、お前には分からないだろうがな。この年になって人に怒られたくないんだよッ!」

 

 三人が三人、苦い顔をしてくるので俺は溜め息を吐いてから思考を打ち切った。

 

「答えは今度でいい」

 

 今一度、ソファーに深く座り込む。

 

「なんか妙な空気になっちゃったね。でもキーくんはいいの? 自分の妹がルームメイトの戦妹だよ?」

 

「変なやつ手本にするよりマシだろ」

 

「それは言えてるかもね」

 

 理子の言葉にうっすら笑うと、不意に頭上で何かの気配を感じる。見上げると、そこにいたのはキャラメルの袋を抱えた磁気推進繊盾。

 

「雪平」

 

 キャラメルの袋は落下し、そのまま彼女の懐に収まる。そして、

 

「コーラもつけてくれるなら考えるよ?」

 

 ふてぶてしいときのキンジとそっくりな顔でそんなことを言ってきた。苦笑いが出る、恐れを知らない女だな。

 

「よし、乗った」

 

 賭けに負けたときの為に抜いていた千円札を磁気推進繊盾へと投げる。

 

「ま、死なないようにね。骨は拾わないよ?」

 

「お互いにな」

 

 安堵から襲ってくる睡魔に俺は目を閉じる。これで終幕、誰一人欠けていない最高のクランクアップ。今回は上手くやったよ、俺。今度は煉獄じゃなくて、マシな夢を見れるかもなぁ。灯りも消していないのに目蓋が勝手に落ちていく。

 

 ジーサード一味との一件はこれで解決。極東戦役は続くがキンジの妹を巻き込んだ家庭のゴタゴタはこれで一段落した。色金や先のことは起きてから考えよう。過去があり、今があり、未来に繋がれる。俺は睡魔のままに目蓋を下ろした。生きてる限り、どうせ明日はやってくるんだから。

 

 

 

 

 

 土の匂いがした。青臭い草の匂い、目蓋の裏にわずかな光を感じる。気がつくと、そこら広大な山々や草花が生い茂る大自然の中だった。一面見渡す限りの自然、まるで科学の手が入る前だった頃の世界を見ているようだった。少なくとも俺の記憶には入っていない景色。

 

 不思議な景観だった。自分の記憶どころか本当にここが日本なのかも分からない。まるで別の世界に迷いこんだような感覚、なのに不思議と不安は感じない。蒼穹のごとく鮮やかに、どこまでも澄み渡っている空に視線が自然と呪縛される。どこまでも純粋な空から鳥の声が聞こえて、心地いい風が髪を撫で上げる。不安はない、むしろ安らぎすら感じてる。

 

「──待ってたわよ?」

 

 

 ふと気配を感じて振り返ると、そこにはロッジがあって、聞き慣れた声に目が見開いていく。

 

「ジンに……襲われちまったのかな。こんな……なあ、これって夢か……?」

 

 理解できなくて、ここがどこなのかも分からなくて。ウッドチェアに座っている彼女を見つけた瞬間、俺は無我夢中になって声をかける。声が震えていることなんて気にも留めてなかった。眼の前の光景に意識のすべてが奪われ、呪縛される。

 

「最後にのんびり景色を見たのはいつ?」

 

「そうだな、覚えてない。こんな綺麗な景色……見たことないよ──ジョー」

 

 思考が全部クリアになる、深い海の底に飲まれたようだった。それは、間違いなく──ジョアンナ・ハーベル。俺を救ってくれた初めて心を奪われたハンターだった。だが、彼女は地上にはいない。だから、これは夢なのだろう。心の底から礼を言うべき最高の明晰夢。

 

「いい景色でしょ。お金を払ってまで見たいとは思わないけど、安らぎをくれる」

 

 彼女の隣の椅子に座り、俺はその横顔にまだ視線を呪縛されていた。夢でもいい、これはずっと俺の望んでいた瞬間じゃねえか。オシリスのときにはできなかったことを、言えなかったことを言える最後のチャンス。

 

「ジョー、ずっと言いたかった。オシリスのときは言えなかったけど……本当に済まない」

 

「そうね、最後までプレゼントのひとつもくれなかった。ポーカーでは、たくさん勝たせてくれたけど?」

 

 その言葉に虚を突かれて、俺はやんわりとかぶりを振った。なんだよ、何も変わってない。俺が初めて好きになった君のままだ。ちくしょう……夢なんだから言いたいこと言えよ、俺。泣くなら後にしとけよ。時間はいくら札を積んでも買えないんだ。

 

「ディーンに何回も辞めろって言われたよ。でも君と会える理由が欲しくて。そうだ、言わなかったけどギターも練習してたんだ。君に聞いて欲しくて、そりゃもうかなり」

 

 ああ、なんだろう。言いたいこと、話したいことはいっぱいあったのに、なんで言葉が詰まるかな。なかなか言葉が出てこない。こんなに早く会えるなんて思っても見なかったんだ。もっと先のことだと思ってた。笑えないな、本番で台無しになるのは発表会だけでいい。

 

「冗談抜きであれが初めての恋愛。だから映画を断られたことは今でもグッサリ。ほんと、他のにしとけば良かった」

 

「カーアクションも爆発も起きない映画は退屈って顔してるのに?」

 

「あー、グッサリ。好きな子を映画に誘うのにどれだけ勇気がいるか知らないんだな。床に穴が空くんじゃないかってくらい右往左往したのに」

 

 かぶりを振って、彼女がくれた瓶のコーラを呷る。夢なのか、味はまるで分からない。

 

「今でも君のことが忘れられないよ。いや、忘れちゃいけないんだろうけど」

 

「ハンターにとって、死は永遠の別れじゃない。大切なのはどう死ぬかじゃなくて、何者として死ぬか。私も母さんも後悔してない、お陰で世界を救えた」

 

「……でも世界はいつでも問題だらけ。最終戦争が終わったのに次から次に問題がやってくる」

 

「でも貴方がいる。サムもディーンも。最後にはいつも貴方たちが勝つことを信じてる。今はダブルワークみたいだけど?」

 

 ……バレてるのか。それはちょっと、恥ずかしいな。この歳で家出したのなんて自慢できない。それなら肯定する。言いたいことは話したいことはあるんだ、本当に……いっぱいあるんだよ……

 

「ああ、家出した。だから、人間相手にも戦うことになって苦労してる。日本に来てから色んな奴に会ってね。出会った女をかたっぱしから落とす色男とか、ジャンヌダルクやシャーロック・ホームズの子孫。日本のハンターや泥棒とか本当に色んな友達ができて──」

 

 そう、色んな友達ができて……ああ、ちくしょう。上手に言葉が纏まらないな。理子やジャンヌみたいに器用にやれないよ。

 

「どいつもこいつも個性的で、血は繋がってないけどそいつら……俺の家族も同然でさ。なんていうか、君に助けてもらわなきゃみんなに会えなかったし、それとあの……日本って国に居場所ができた。本当にありがとう、俺とディーンを救ってくれて」

 

「昔より素直になったわね。前より大人に見えるかも」

 

「おいおい、前っていつだよ。いつまでも姉貴目線でいれるわけじゃないんだぜ?」

 

 素直か、誰かに影響されちまったのかな。バスカビールは素直なやつばっかりで誰のお陰かも分からないな。皮肉を飛ばしたのに彼女の声は優しかった。

 

「恨んでないし、後悔もしてない。サムの言ったとおり。貴方を弟みたいに思ってた。家族は見捨てない、でしょ?」

 

「……そっか。光栄だ」

 

「もっと上を期待した?」

 

「まさか。二度も振られちまうのはごめんだ。またコーラがぶ飲みしないと」

 

 うっすら笑って、俺は肩をすくめる。本当に変わってない。ずっと望んでいた時間、ずっと望んでいた一時がここにある。これが夢で、夢が覚めて現実になっても俺はこの一瞬を忘れない。思うことは全部今伝えるよ。

 

「地上はだだっ広くて、そのなかで君と会えたのは俺にとって本当に幸運だった。神様は色んなところでストーリーの伏線を張るのに必死だけど、君と出会えたのが偶然でも必然でも、こればかりは感謝してる」

 

 最高の一瞬を貰った。俺が忘れない限り、君とお母さんと過ごした瞬間は永遠だ。終わりなんて来ない。そんなことを考えていると、なぜか微笑を返される。

 

「見ない間にロマンチストになった?」

 

「さあ、どうだろう。ラブロマンスは今でもちょっと。カーアクションも爆発も起きない映画はちょっとね」

 

「それならアドバイス。昔の女のことばかり語る男は嫌われるわよ?」

 

 あーあ、グッサリ来たねえ。クリティカルヒットだ。

 

「ったく、フッたくせによく言うぜ。一緒に生まれてたら意地悪な姉貴になってたこと間違いなしだな」

 

「私があげたナイフを見せびらかしてる」

 

「見せびらかしてない、大事にはしてるけど。俺の学校じゃナイフを振り回してても別に変人扱いされないんだ」

 

「それは初耳。失くしたら怒るわよ?」

 

「墓まで大切に持ってくさ、誰にもやらない。じゃあ……そろそろ行くよ。別れも言えずに、いきなり目が覚めたらそれこそコーラがぶ飲みすることになる」

 

 過去になくした記憶のページを、埋めるような幸せな時間に終わりを告げて、静かに立ち上がる。

 

「この世界で──」

 

「ん?」

 

 肩越しに背後を見ると、彼女はうっすらと笑っていた。地獄の猟犬に囲まれて、別れを言ったあの日に見せてくれたのと同じうっすらとした笑みで。

 

「この世界で自分がたった一人だと思えるときも、助けてくれる人は必ずいる。愛をくれて、暗闇を抜け出す手助けをしてくれる人がね?」

 

 それは、本当の姉から貰った言葉のように思えた。

 

「くだらない趣味と、心から好きになれる子を探すの。私と母さん、アッシュにも自慢できるような子。そして来るべきときが来たら、また会いに来て?」

 

 ……ちくしょうめ。別れ際に未練を作るやつがあるかよ。振り向かずに行けば良かった。ここから一歩踏み出すのにどれだけ苦労すると思ってんだよ。たかが夢でも俺はーー

 

「でも、あんまり早く来ると怒るわよ?」

 

 ああ……分かってる。分かったよ。君や母さんが驚くくらいのいい女を見つけてやるよ。俺は今度こそ振り向かずに右腕を挙げた。深く息を吸ってから数歩足を進めたとき、背後から椅子の倒れる音がして、振り向いたときには、そこに彼女はいなかった。

 

「……ありがとう。ジョアンナ」

 

 俺は不愉快な鼻をこすり、これ以上ない快晴な空を仰いだ。駄目だな、ここで泣くと止まらなくなりそうだ。起きてからベッドを洪水にしてやろう。きっと、キンジと神崎は知らないフリをしてくれる。

 

 

 

「はぁ……やあ、baby」

 

 

 傍らで待ってくれていた変わらない67年のインパラに声をかける。本当にいい景色だ。夢って分かってるのに本当の天国に見えてくる。本当の終わりが来たとき、またこの景色が見れたら……俺の魂が眠る場所、それがここならどれだけ幸せなんだろう。

 

 

 なあ、baby。もしも俺が、最後に天国の切符を手にしたらそこに君はいるのかな。天国で君に乗って、親父やエレン、ジョーやボビーやチャーリーの元にも……会いに行けるかな。アッシュやルーファス、パメラや別れたみんなと、いっぱい話がしたいよ。たくさんの人を救ってやったって、自慢してやりたいよ。

 

 

 運転席でエンジンを入れると、何をするわけでもなくインパラから曲が流れてくる。聞こえてくるその曲に口角は釣り上がり、笑みは次第に止まらなくなった。ありがとう、最高のプレゼントをくれて。

 

 

「──love this song」

 

 

 帰ろうか、まだ安らぎに浸るときじゃない。今はcarry on──進むべきときだ。そう、今の俺がいるべき場所はここじゃない。俺の居場所は遠山キンジとの殺風景で銃弾が乱れる相部屋、東京武偵高第3男子寮。

 

 

 なぜなら、今の俺は夾竹桃のお目付け役で、神崎アリアの協力者で、遠山キンジのーー後に哿と呼ばれる不死身の男のルームメイト。東京武偵高尋問科の2年生。この数年で肩書きが妙に増えちまったな。

 

 

「行こう」

 

 

 明晰夢のなかで、俺は馴染みのあるアクセルを踏み、いつもみたいにハンドルを大きく回す。待ち構えてたように、太陽は沈み、地平線の下に隠れていく。太陽は隠れて、そして空には蒼白の月が昇る。

 

 

 過去があり、今があり、未来へと繋がっていく。どんな過去も無意味じゃない。あまりにも多くの物を与えてくれた彼女に、俺ができたことなどあまりに些細だろう。彼女の願いどおり、ルシファーはこの世界からいなくなった。それでもそんな物は些細な慰めでしかない。

 

 

 が、彼女が最後に言ってくれたとおりだ。ジョーのことは今も忘れず記憶にある。けれど、それを理由に現在を切り捨てることはできない。過去の鎖に囚われた囚人でいるには、俺はもう子供じゃないから。

 

 

 これはまだ──これまでの道のり。幕を引くまでにはまだ時間がある。だから、これからも俺は走り続けるのだろう。片付ける度に次から次にやってくる問題に愚痴を吐き、短縮ダイヤルで頼んだ不味いピザを食いながら、家族と一緒に走るのだ────

 

 

 

 

「──魂眠る場所探して」

 

 

 

 

 

 




目標の人工天才が一段落したので作者は暫しの休息に入ります。キスノートやトランザム、書きたい話しはまだまだあるので完結ではありませんが、そこそこやりたいことはやれたので。

15シーズン後半の吹き替えが上陸する頃には戻りたいと思います。さよならパンクラ、おかえりファイヤーウォール。体育祭も短編でいつかやります。雪平さんにもようやく戦姉妹ができましたね。次が退学編になるか香港になるか14シーズンになるかは現在考え中です。

最期で歌詞コード使ってみました。

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