哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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遠山キンジ退学編
遠山少年の実家帰り―File.1


「いいキャラメル色の柿だぁー」

 

 神崎の転入、イ・ウーのごたごた、極東戦役と色々あった今年も12月に入った。肌寒い季節に関わらず、キンジが特秘でしばらく部屋を留守にすると言い残し、武偵校を出たのが数日前。どこか哀愁を感じさせる去り際に、例によって何か一悶着起きそうな雰囲気を感じたが、幸か不幸かそれを確かめるチャンスはすぐにやってきた。

 

「雪平、隅もちゃんとよろしくねぇ」

 

「ちくしょうめ、真冬のシカゴみたいに日になんでこんな……サード、もっとハキハキ動け」

 

「てめェが動け。さっきから同じとこしか掃いてねぇだろ! フリだけしてんじゃねェ!」

 

 不機嫌にそう返してくるのはロックスターみたいな装いをしているキンジのグレた弟ことジーサード。そして塀にまたがって、庭の柿の木に棒を伸ばしてるのはキャラメルを切らした途端にグレるキンジの妹こと遠山かなめ。二人とも、本土アメリカが生んだ人工天才と呼ばれるバカみたいな戦闘力を持った兵士であり、最近出来たばかりのルームメイトの弟妹だ。いや、正確には再会したばかりと言うべきか。

 

 今となってはジャンヌや理子と同じく、キンジに懐柔されて師団の傘下に落ち着いているわけだが、まさかキンジの実家に押し掛けてるとは予想の斜め上だった。この行動力の高さ、感嘆しちまうよ。だが、そのお陰でかなめを経由して、俺は堂々とキンジの実家に足を運ぶための口実を手に入れた。庭掃除のボランティアというふざけた理由で。

 

「しかし、本当に来るとはなァ」

 

「他にやることがなかったんだよ。ジャンヌ御一行は軍資金確保とやらで忙しいし、神崎は間宮たちと仲良くやってる。それなら俺も戦妹と仲を深めようと思って」

 

「兄貴と一緒で読めねえ男だぜ」

 

「ありがとう、お見事キャプテン」

 

 呆れ半分の眼差しを向けられ、俺も派手な格好で箒を動かすミスマッチなジーサードを鼻で笑ってやる。元大統領警護官が、巣鴨の歩道を掃除してるなんてな。キンジに負けた相手はどんな狂犬でもことごとく牙を抜かれていく。負けたらギャグ要員、まるで霧のメンタルモデルだな。いつもながらキンジの周りは退屈しない。

 

「で、お前はなんで竹箒を持ってるわけ?」

 

「ジジイに言われたんだ。こいつを終わらせて奥義を教わる」

 

 ジーサードはそう言った。それはそれは楽しそうな顔で。

 

「それで律儀に掃除?」

 

「生きる伝説、ダイハードには俺も敬意を払うって事さ」

 

「ダイハードってジョン・マクレーン? ニューヨーク市警の?」

 

「由来はそれだ、殺せない男」

 

 ダイハード──つまり、Die Hard(殺し難し)ってことか。

 

「ていうかお前も海兵隊にツテはあるだろ、マジで遠山鐵の武勇伝を知らねぇのか?」

 

 などと、まるで知っているのが当たり前の反応をするので……

 

「知らないと恥か?」

 

「お前には彼への敬意が足りないぜ。俺が教えてやる。さっき言ったダイハードってのは米軍が旧敵対国に認定し、戦後、再び戦争になっても特別な対処をするよう定めてきた『殺せない兵士』──正確には、殺すには莫大な人員・経費が必要で割に合わねえって兵士だ」

 

「……大物じゃないか。元軍人で零戦のパイロットだったって話は聞いてたが」

 

「存命者は日本に3人、ドイツに2人、ロシアに2人、イラクに1人ってとこだ」

 

 ジーサードが敬意を払うわけだ。日本で3人しかいないブラックリストの内の1人ってことだからな。そこからジーサードが語ってくれた話に俺も目を丸めるばかりだった。凍てつく北太平洋の海から旧日本領のブレスク島まで泳いで渡った話を皮切りに、最後には島に居合わせた米軍上陸部隊300人を1人で食い止めたときた。

 

 孤軍奮闘とはまさにこのことだな。お陰で島にいた軍人や民間人が無事に撤退できたらしい。落ち着いて考えてみると、それは1人vs300人──まるでマンガみたいな対戦カードだ。そりゃ米国のブラックリストに載るわけだぜ。俺は竹箒を動かしていた手を止め、深く息を吐いた。

 

「そういうことか」

 

「なんだ?」

 

「コーチがそれだから、キンジも無茶苦茶なんだ」

 

 カナ──金一さんも常識の外にいたが、お祖父様はもっと上にいたか。この調子だとお祖母様も怪しいもんだ。キンジも例のアジア人外ランキングではまだ90位そこそこだが、一年もすればどうなることやら。

 

「コーチっていうと──」

 

 不意にジーサードの視線が柿を乱獲してるかなめに向くので、俺はかぶりを振る。

 

「小細工抜きでやったら、あれはたぶん俺より強い。何を教えろって言うんだよ」

 

「おかしなこと言いやがる。羽田ではお前に一蹴されたって聞いたぜ?」

 

「袖に隠してたジョーカーを切ったんだよ、回数制限付きの。経費ケチって勝てそうになかったからな。手痛い出費だ」

 

 羽田でのかなめとの一戦は、その場限りの強化アイテムを大量に投げつけてもぎ取った勝利に過ぎない。当然だが今度も同じ立ち回りで倒すってのは不可能だ。あれは溜め込んでいた課金アイテムを吐き出せるだけ吐き出して、初見殺しの力業で押し切ったようなもんだからな。

 

 正面から実力で捩じ伏せたわけじゃない。長柄や刀の扱いにかけては間違いなく彼女は俺より達者だよ。客観的に前回のいざこざを省みる。止まっていた竹箒を動かし、引き続いて庭掃除をやっていると、

 

「お兄ちゃん、おかえりぃー!」

 

「お、お前らっ……なんでこんな所にいるんだよ……」

 

 幽霊でも見たような顔で、腐れ縁のルームメイトがこっちを見ていた。その隣には同じく武偵高では見かけなくなっていたレキがいる。お揃いの見慣れないブレザーを着た姿で。

 

「──おう、兄貴じゃねえか。そりゃこっちのセリフだぜ。俺はホームステイだ」

 

「お兄ちゃん非合理的ぃー。孫がお爺ちゃんの家にいるのは当然でしょ。家族なんだし」

 

「暇だったんで、お前の妹に顎で使われてやってるんだ。ビッグマックとフライドチキンで」

 

 かなめは塀にまたがったままウィンクを飛ばしてるし、俺とジーサードも竹箒を止めて二人に視線をやる。どうやらレキもキンジも抱えてる仕事は同じみたいだな。予期しない兄妹の登場にキンジは見るからに頭を痛めているが、かなめもジーサードもどこ吹く風だ。

 

「雪平さん、お元気そうですね」

 

「ああ、お前も元気そうで良かった。会えて嬉しいよ。レイでも贈りたい気分」

 

「? ここは日本ですよ?」

 

「そういう気分ってこと」

 

 レキと軽い挨拶を交わすと、二人は意外と広いその遠山宅の門へと入っていく。武偵高では貧乏が代名詞だったキンジだが、眼前にある家は今どきとは言えないがけっこう立派なものだ。庭も十分広い。

 

「ハンバーガーで買収されるたぁ、お前も身軽な男だな。一緒にクーポンでも渡されたか?」

 

「俺はいい奴が売りなんだよ。ハンバーガー、みんな好きだろ? ジャンクフードの王様みたいなパンケーキだぞ?」

 

「誉められてるんだよ、雪平。そう、誉め言葉だって」

 

「だったら良し。さっさと掃除するぞ。今度は三軒両隣の前もな」

 

「チッ、知るかよ。近所付き合いなんて」

 

 ぼやくジーサードはついさっき三軒両隣の前の掃除をほったらかしたことで、キンジのお祖父様から雷を落とされたばかりだ。まさか、あの人が米国のブラックリストに載るような超人だったとはな。俺の観察眼が綴先生レベルになるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

 そう思った刹那、物凄い音を立てて目の前のブロック塀がバラバラになった。突然の出来事に空いた口が塞がらない俺の眼下には、かつて300人の軍人を1人で相手にしたキンジのお祖父様がブロック塀の下敷きになっている。呻いているだけで致命傷とは思えないが……ブロック塀がものの見事にバラバラだ。なんつー威力でふっ飛ばされたんだ。

 

「おいジジイ! 掃除が面倒になるだろ!」

 

 という心配する気は微塵もないジーサードに苦笑いをしつつ、俺は塀の上で興味深そうな顔をしている戦妹を見上げた。

 

「かなめ?」

 

「奥義だねぇ。一回見ただけで仕組みは分かんないけど」

 

 気になってかなめの視線を辿ると、そこにはさっきまでいなかったキンジのお祖母様の姿があった。察するにブロック塀を破壊したのは……

 

「元々、どこかの戦闘民族の生まれって話だよ」

 

「コーチだけじゃなく、マネージャーも無茶苦茶だったか」

 

 どうやら俺の見立ては当たったらしい。キンジのお祖母様も規格外。ていうか、あのブロック塀も俺たちで片付けるのか……?

 

 

 

 

「しかし、一般高の潜入捜査とは思わなかった」

 

「特秘は口外できないからねぇ」

 

 ぱちん、と『銀』の駒が気持ちの良い音を立てて盤上に置かれる。

 

「こんな形で一般高に通えるなんて、キンジも考えてなかっただろうな」

 

 自分の駒を進めながら、俺は庭掃除の報酬として受け取ったビッグマックを食べた。報酬を受けとればもはやボランティアではないが細かいことは置いておこう。心の内でかぶりを振ってからジャンクフードの王様を嚥下する。

 

 そんな俺は遠山宅の広い和室の一角で、かなめがお祖母様から教わったという将棋の相手をしていた。まだルールを覚えたばかりというが、この女やたら強い。既に俺の本陣はかなめの兵に攻め込まれたあとで半壊状態だった。防衛ラインに風穴を空けられ、好き放題に蹂躙されている。冗談じゃなく被害は甚大、これ以上駒を取られたらやばいって、敗北が眼前に迫ってるのが分かるぜ。

 

「ただの特秘ってわけでもなさそうだけどね」

 

 何かに勘づいているような口ぶりだな。忘れがちだがかなめは既に大卒、理子やジャンヌに劣らず聡い女だ。いや、そんなことよりこの状況をどう切り抜けるか考えよう。やばい、角さんがやられた。王様が殺傷圏内だ……

 

「逃げろ、王様!全力後退だッ!」

 

「非合理的ぃ!逃げ場はないよ、王手飛車角取り!」

 

 色んな意味で一枚上を行かれた気分だった。逃げ場のない本陣に四方から凶刃が迫る。楽しげに駒を指して、俺の陣地を荒らし回るかなめは悪魔そのもの。そして、俺は荒れ果てた盤上に目をやり──溜め息と一緒に両手を挙げた。

 

「なにそれ?」

 

「いわゆるホールドアップってやつ」

 

 荒地の王様もついにその首を奪われ、勝敗は決した。ちくしょうめ、これで5連敗だ。戦妹に覚えたての将棋でボコボコにされ、俺はビッグマックを食べた。

 

「間宮とはうまくやれてる?」

 

 一転、かなめは口を閉ざした。

 

「変なこと聞いたか?」

 

「そうじゃないけど、数週前なら絶対に聞かれなかったことだから。驚いちゃった」

 

「それは言えてるな。でも一度は首を奪い合ったり、へし折ろうとした相手と協力していくのが我が家のお約束。ジャンヌや理子もそうだった」

 

 本土でもメグやケッチ、最初は敵だったが後に協力者となった相手は挙げればキリがない。虚を突かれたかなめに向けて、俺はかぶりを振る。

 

「お前やツクモが師団に付いたことで、少なくとも俺にお前たちと戦う理由はない。数週間前の羽田で戦ったとは状況が違う、停戦協定だ。世間話の一つや二つ普通だろ?」

 

「戦う理由は確かにないけど、もっとネチネチ嫌味を言うタイプだと思ってた」

 

「まさか、しないよそんなこと。至極真っ当な意見を言ってるだけ。あれだ、発言の自由」

 

 座布団の上で胡座を組み直すと、かなめも自分用に買ったコーラのストローを鳴らした。

 

「普通だよ、普通。同盟は結んだけどねぇ」

 

「……ああ、あの同盟か」

 

 同盟──その言葉に心当たりがあった。風磨を通して聞いた話だが、それは早い話がキンジと神崎を近づけないようにする同盟。間宮あかりって女は神崎を妙に崇拝してる。キンジと神崎が良い雰囲気になると、あからさまに表情が変わるほどだ。重度と言ってもいい。

 

 そして前よりは落ち着いたが、かなめもキンジが大好きって根本的な部分は変わらない。間宮は神崎、かなめはキンジ。ファンクラブの目的はこの上なく一致してる。間宮とかなめ、組むべくして組まれた日米同盟だ。

 

「まあ、本気のお前に勝てる一年なんて、ウチにも名古女にもいない。間宮は一年の成長株って噂だが──勝ったな、神崎」

 

「……あたしでマウント取るのやめてよ」

 

 話の流れをぶった切ってやると、珍しくかなめが呆れた表情を向けてくる。

 

「取ってない、事実を言ってる。お前は知らないだろうが神崎には間宮の成長の話をこれでもかって聞かされてるんだよ。ランクが上がった、任務で手柄を立てた、酒の席でもないのに弟子の話が止まらない」

 

「ふーん、自分の好きな話ができないからつまらないとか?」

 

「笑いごとじゃない。永遠とももまんを食いながら、機関銃トークだ。一度体験してみろ、こっちが胸焼けしそうになる。あの小さい体のどこにあれだけのももまんが入っていくんだ?」

 

 まるでカービィだ、体は小さいのに中はブラックホール。

 

「なんだ?」

 

「夾竹桃から聞いた話」

 

「夾竹桃?」

 

 怪訝な顔をしているかなめに問う。

 

「普通、座席の間に誰かいたら遠慮して話さないけど、雪平は平気で機関銃トークで文句垂れ流すって」

 

「はぁ……一緒に行くといつもそうなんだ。イライラ、ムカムカ、出かけるとすぐ不機嫌になる。ぐずりまくる、あの女は」

 

「それも言ってた」

 

「それも?」

 

「過敏な男で、外に出るとすぐキレるって」

 

 ……あの女、ここぞとばかりにあることないこと教えやがって。でも安心したよ。くだらない話ができる程度にはマシな関係を築けてて。ビッグマックを嚥下し、包み紙を丸めてからゴミ箱に落とす──携帯が鳴ったのはそんなときだった。

 

「悪い。はい、雪平──」

 

『キリ?』

 

 電話の主は神崎だった。声で分かるがご機嫌斜めって感じだな。キンジが長期の任務でいないんだから当然か。

 

「ああ、どうした」

 

『食事の話よ。キンジがいないし、かなめも見当たらないし。あんた、夜はどうするの?』

 

「俺はピザでも頼むつもりだったが」

 

『ピザ?』

 

「マルゲリータ。セール中で安いんだよ。リベリオンでも見ながら、食べるつもりだった」

 

 キンジが戻って、家族水入らずの遠山家で、夕飯をご馳走になるのは気が退けるからな。美味いピザは必需品。ポップコーンもいいがピザを食いながらの映画鑑賞も悪くない。横目をやると、かなめは静かにお片付けモードに入っていた。このまま負けっぱなしも癪なので、いつかリベンジすることを誓っておく。

 

「前にも頼んだがいい店だぞ」

 

『美味しかったの?』

 

「取り寄せの水使ってる」

 

『……それはすごいわね。美味しいピザは必需品』

 

「そのとおり、閉店させたくない。んで、飯はどうする?」

 

『帰るわ。あたしもマルゲリータにする』

 

「2Lのコーラ買って帰るよ。楽しみにしてろ」

 

 『また後で』と残してから、俺は携帯の通話を切る。待ち受けにある時刻を見ると、そろそろ夕暮れ時だった。

 

「食べていけば良かったのに」

 

「気にするな、家族水入らずってやつさ。それに神崎の機嫌もなだめてやらねえと」

 

「ピザと映画で?」

 

「大丈夫。リベリオン、神崎は絶対気に入る。賭けてもいい、なんたってアル=カタが目玉の映画だ」

 

 ボロ負けした将棋の片付けも終わり、帰宅するにも丁度良さげな時間。それを挫いたのはかなめだった。

 

「実を言うと、今日は言ってなかった事実を話そうと思ってたんだよね」

 

 まだ話があるらしい。俺は腕を組むついでにそう告げてきたかなめに眉を寄せる。

 

「言ってなかった真実ってのは『嘘』ってことかな?」

 

「そんなに詰めないでよ。ちょっと違うってだけ」

 

「詰めてない。じゃあ、ちょっと違ってたってことを話してくれるのか?」

 

 かなめは深く頷いた。話をする為だけに呼びつけられた。ってことは重要な話か。

 

「ジーサードのことだよ。成り行きだけど、戦兄妹にまでなっちゃったし、本当のことを話してもいいと思ったの。極東戦役に乗り出した理由とその先にある目的について」

 

「なるほど。ってことは、以前にお前が話してくれたのは子供バージョン?」

 

「そういうこと、今から話すのが大人バージョン。規制も脚色もなし」

 

「そりゃまた楽しそうだ。続けてくれ」

 

「1つは──教育係だったサラ博士の教えを守ること。悪に虐げられている弱者を救って、強大な力を見せつけることで紛争の抑止力になろうとしてる。極東戦役は有名所が集まるからねえ、アピールには絶好の場でしょ?」

 

 奇しくもそれはイ・ウーが持たらしていた各勢力への牽制と似たものだった。

 

「金一さんが言うところの『義』の生き方か。ややダーティー・ハリー気味だが」

 

「理念を継ぐって意味ではお前と似てるよ。相手が人間かそれ以外かの違いはあるけどね」

 

「じゃあ、その先にある目的ってのは? それが最終的なジーサードの願いなんだろ。扮装や争いを世界から失くすとか、そんな感じか?」

 

 深海色をしたかなめの瞳が、沈鬱げに伏せられる。

 

「サラ博士を生き返らせること。死者の生還だよ」

 

 死者の生還──無視できない言葉を言い放つと、かなめは俺に背を向けてから、

 

「博士はサードが14歳の時、ロスアラモスに来た人で……研究所でたった1人、サードに優しく接してくれた人だよ。でも研究所の事故で命を落としたの。博士が亡くなったすぐあとで、サードも研究所から脱走した」

 

 ……恩人ってわけか。一言で片付けられる存在じゃなかったんだな。

 

「お前がこんなことで嘘をつくとは思ってないが本気か? ジーサードは本気で死者蘇生をやろうとしてるのか?」

 

「本気だよ、イロカネを求めたのはそれが理由なの。イロカネの力でサラ博士をこの世界に呼び戻すこと、それがもう1つの願い」

 

 言いたいことは湯水のごとく涌いてきた。死者の眠りを覚ますことが、必ずしもその人にとって良い結果にはならないことは過去のことで学んでる。だが、死者蘇生は死者の為にやるようなことじゃない、その逆だ。生者が他ならない自分の為にやること。死者の気持ちなんて生きている人間に分かるはずない。

 

 大切な人を取り戻したいのは、誰もが考える当たり前の願い。一度しかない命を贔屓して貰っている俺が、頭ごなしに否定していいものじゃないのは分かってる。俺自身、あのとき空港で夾竹桃が本当に命を落としてたら……十年で結ばれる魂の支払い期限を、一年に値切られたとしても十字路の悪魔と取引しただろう。こんなこと言えた立場じゃないが──

 

「やるならチャンスは一度だ」

 

「えっ?」

 

「俺が言えたことじゃないが、死者を生還させる行為は自然の法則をねじ曲げる。死神の仕事に後ろ足で砂をかけるようなもんだ。一度やれば必ず死の騎士に目をつけられる」

 

 仮に死者蘇生の魔術を完成させたとして、その手の術が使えるのは大抵一回限り。相手は黙示録の騎士の一柱、同じ手品で二回も騙せる相手じゃない。掻い潜るにしても生半可な方法では許してはくれないだろう。

 

「俺が言ったところでサードの意思が変わるとは思えない。あいつがやろうとしてることは否定しないよ、その気持ちは嫌ってほどに分かる。でも悪魔やイロカネに頼るのだけはやめとけ。連中の手を借りたら、どうあっても最後には絶対悪い方向に行く」

 

 今まで、何度も取引をやったがいつもロクなことにならなかった。上手い話には乗るなと言うが乗ってみれば最後爆弾だ。何もかも台無しになって、苦い結果だけが残る。

 

「今まで、これでもかって失敗をやった。両手の指じゃ足りないほどに」

 

 皮肉っぽく頰を歪める。藁にもすがりたい気持ちはわかる。だが、イロカネは駄目だ。さんざん失敗してきたから経験で分かる。あれは人がどうこうできるような存在じゃない、人の手には負えない。

 

「かなめ。博士を生き返らせたいなら、それは止めない。だがイロカネは不良債権だ。やるなら別の手を探せ。キンジだってきっとそう言うよ」

 

「目的そのものは否定しない、でもやり方には文句をつける。綺麗な落としどころだね」

 

「器用なのはお互い様だ。もしものときはお前とロカで止めてやれ。苦い結末を迎える前に」

 

「そのときは──お兄ちゃんも巻き込むよ。あたしのお目付け役も」

 

 そして、かなめから振られる視線。またしても意表を突かれた気分だった。

 

「どうかした?」

 

「驚いたんだよ。今の言葉、数週間前のお前には絶対に言われなかった」

 

「一度戦った相手とも時には協力するのが武偵だからねぇ。過去に生まれた確執を帳消しにするのは無理、でもそれって別に手を結んじゃいけないことにはならないでしょ?」

 

 ……そうだな、悔しいが納得させられたよ。キンジと同じで人を丸める込むのが上手い。

 

「ああ、仲が良いわけじゃない。むしろ、俺たちはその逆を行ってる」

 

「そう。あたしはお前が嫌いなまま、お前もあたしが嫌いなまま、別にそれでいいんだよ」

 

 と、かなめはいつものようにキャラメルをもぐもぐし始めた。

 

「でも空港のことがお咎めなしなのはやっぱり意外だったかな。バスカビールを奇襲したときでも鬼の形相だったじゃん」

 

「……そうだな。怒りがなかったかって聞かれると勿論あった。時間が傷を癒すってよく言う。でもただ待つだけじゃなく、時には自分で傷を癒すしかないときだってある。俺もお前も傷口を抉られた、勝者なんていない。最大の慈悲は──赦すこと、人はそう言うよ」

 

「誰の言葉?」

 

「シスター・メーヤ」

 

「バチカンかぁ、それなら納得。とりあえず、卒業までは味方でいてあげる──Hoo-yah」

 

「──Hoo-yah」

 

 お決まりの言葉と一緒に、俺たちは突き出した左手同士をぶつけ合った。

 

「帰るのか?」

 

「神崎がご機嫌斜めなんだよ。アクション映画と美味いピザで仔ライオンをなだめてくる」

 

「それは大役だな」

 

 かなめとの話し合いも終わり、玄関ではキンジが見送りに来てくれた。心なしか、外で再会したときよりも表情が明るく見える。実家にいる安心感──ってやつかもな。いいご両親ってのはかなめやジーサードを見てればよく分かる。

 

「あれよりはマシ。真冬にシカゴの通りで迷子になった家族を探すより。あれだけは勘弁だな、気温はマイナス二桁だぞ? 天気予報、なんて言ったと思う?」

 

「なんて言ったんだ?」

 

「凍傷に気を付けろ──感覚なんかないよ」

 

 かぶりを振り、うっすらと笑ってやる。良かった、苦笑いは貰えたな。

 

「お前の方はどうなんだ? 拳銃もナイフもなしの普通のスクールライフを送った気分は?」

 

「分からん。とりあえず、流れ弾を心配する必要はないな」

 

「そうか。まあ、これも一種の体験入学だ。仕事はこなせ、あとは楽しめよ?」

 

 なんとも分かりやすい。カルチャーショックって顔に書いてある。自分が思っていた場所とはまるで違ったものを見たときの顔だ。

 

「何か言いたそうな顔だな?」

 

「これだけ長くルームメイトやってりゃ何も言わなくても大体分かるんだよ。相談相手が欲しいなら電話しろ、俺はいつでも暇してるから」

 

「そうするよ。すっかりお人好しになったな、誰の影響だ?」

 

「誰って、そりゃ決まってる。お前と神崎」

 

「今日もジョークが冴えてるな」

 

 照れるなよ。皮肉じゃない、素直に受け取ってろ。カルチャーショックの傷を埋めるには足りないだろうが、お前もたまには女だけじゃなくて自分にも優しくしてやれよ。よく言うだろ、自分に優しくできるから他人にも優しくなれる。行き過ぎた利己主義は勘弁だが。

 

「ふと思ったんだが、もしかして俺って聞き上手なのかな?」

 

「それは良いことだぞ。履歴書に書けることが増えたな」

 

「ウケたよ。May we meet again. (再び会わん)

 

 お決まりのグラウンダー式で別れを済ましたつもりだが、キンジはまだ煮え切らない顔をしていた。

 

「なあ、もしも俺やレキが……このまま戻らないって言ったらどうする?」

 

 黙っているなら、こっちから聞いてやるつもりだったが自分から口を開いてくれた。寮を出たときと同じ妙な悲壮感と哀愁に満ちたルームメイトに、俺は眉を寄せる。

 

「長くなりそうなのか?」

 

「アリアと楽指をやった」

 

「そっか……長くなりそうなのか……」

 

 一度目を伏せてから、頭の後ろで手を組む。

 

「ま、別に死ぬわけじゃないんだろ? 生きててくれるなら何だってかまわねーよ」

 

「えっ?」

 

「人間、本当に辛い別れは死だけだ。俺は親父が死んだとき、それを痛感したよ。だからきっと兄貴は死なないでいてくれたんだろうな、生きることが嫌になってたときでも」

 

 生きることが苦しみにしかならなくても、自分からは死なずにいてくれた。ハンターだろうが武偵だろうが身内の葬式をやるのは真っ平だ。本当に辛い別れは死だけ──

 

「だから、もしもう会えなかったとしても──またな?」

 

 

 

 




以後ものんびりペースですがよろしくお願いします。原作も相変わらず面白いですね、アリアは続きがいつも気になります。

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