哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

76 / 157
遠山少年の実家帰り―File.3

 珍しく、神崎と二人で仕事をやった帰り際のことだった。仕事終わりにまた一仕事、強襲科らしい荒事の仕事が回ってきて、俺たちは現在ヘリで目的の場所へ海面の上を飛行している。そう、面倒なことに目的の場所は徒歩ではいけない場所にあり、海面に浮かんでいる人工浮島にヘリは進路を取っていた。

 

「俺も昔はヘリで飛ぶの怖かった。でも統計的に見て飛ぶのは車より安全なんだってな。キンジもたまにはいいこと言うよ」

 

「それ、飛行機の話よ? ヘリは車より事故が多いの、確率は車の85倍」

 

「85倍……?」

 

「キンジに騙されたわね」

 

 道中、一年越しに発覚する事実。あの野郎、俺の感謝の言葉を返せ。ヘリが落ちるのはバイオハザードの中だけだって本気で信じてたんだぞ。

 

「この件の報酬は保険会社から出るようですよ?」

 

「仕事の帰り道でもう一仕事はね。銃器販売会の襲撃、昔を思い出すわ」

 

 うなりを上げるローターの羽音に、神崎の溜め息が被さる。物騒な会話に嫌な顔もしてこなかった操縦士に内心謝罪しつつ、頭の片隅に置いてある記憶を引っ張り出す。神崎が関わった銃器販売会の襲撃事件、その件なら心当たりがあった。あくまで、他者を経由して聞いた話の域だが。

 

「間宮と火野が人質として絡んでた事件だな。それなら知ってる、元Sランクが首謀者ってのも先生から聞いたよ。お前とレキが二人で制圧したってのも」

 

「Sランクにしちゃ骨がなかったけどね」

 

「お前やレキが化物なんだろ。連中も貧乏くじ引いたよな」

 

 一重に強襲科のSランクと言っても、俺でもどうにかなりそうなレベルからキンジみたいな人間卒業手前まで色んな奴がいる。キンジがあれなだけで、神崎も欧州が必死に取り戻そうとするくらい優秀な武偵だ。連中にすれば不運だが、単騎で制圧されたところで恥にはならない。

 

「直上から行くのか?」

 

「これ旋回性が悪いから。あたしに続きなさい」

 

 ヘリの機内っていうのは、通常もっと大声で話さないとお互いの声が届かない。風やローター音がリアルタイムで邪魔してくる。このヘリ、武藤が言うところの最新式、科学の結晶ってやつかもな。無茶振りがハッキリと耳に届いてきた。

 

「本音を言うと、何度やっても空挺だけは好きになれない。強襲科の履修で蘭豹先生にヘイロージャンプをやらされたときは無茶苦茶恐かった、今でも覚えてる」

 

「高いところから飛んで目標地点スレスレでパラシュートを開く、やることは簡単よ。100回もやれば馴れてくるわ」

 

「ああ、だから本音を言えばと言ったろ? 数を重ねれば馴れてくる、でも心の片隅ではずっと思ってるんだ──イカれてる。空の上に弱いのはディーンに似ちまったのかな、お先にどうぞ?」

 

 素直に先頭は譲ってやる。こんなに情けないレディ・ファーストもないな。でも彼女やる気満々だし──って、なんでパラシュート着けてないのにドアの前に立ってんだよ。それは手提げするもんじゃなくて……

 

「じゃ、遅れるんじゃないわよ。手本見せてあげるから」

 

 と、神崎はパラシュートコンテナを……ドアの真下に落とした。そして追いかけるように自分も空に身を投げる。

 

「お前、バカか──ッッ!?」

 

 冷や汗を掻きながら、俺は神崎が飛び出した眼下に目をやる。が、頭から空に飛び出した神崎の落下速度は瞬く間に先に投げたコンテナを追い抜き、あろうことか右足の甲でリップコードを引いてしまった。ほぼ空中で逆さまに直立する姿勢でパラシュートが開き、そのまま即売会の会場に向けて降下していく。

 

 まるで足からパラシュートが生えているような異様な光景だった。目を疑うのと同時に、その意図がなんとなく俺には読めてしまう。読めてしまった。あいつ、あのまま窓をぶち抜いて乗り込む気だぞ……

 

「運の悪い奴等、とんでもない女を呼び寄せちまった。そんなやり方が手本になるかよ……」

 

 幸いなことに木の生い茂る森に降下するわけじゃない。目の前で無茶苦茶な手際の良さを見せられたが、俺は俺で窓をぶち破った神崎とは反対に会場の屋根の上へと普通にパラシュートを使って着地。既に神崎が暴れているらしく、銃声が外にまでやってくる。キンジがいなくなってから、ご機嫌斜めだからな……無茶苦茶やりやがるぜ。今のはイーサン・ハント並みだ。

 

「早く二人とも戻ってこねえかな。仔ライオンの世話には飽きた」

 

 神崎にとってのストッパーたるレキとキンジの存在が恋しい。パラシュートを切り離し、タクティカルライト付きのトーラスを抜いてから遊底に手をかける。相手が先に抜いてくれてるならやり易い。神崎が暴れまくったお陰で、俺は館内から走って出てくる残りを刈り取ればいい。背後から眼下の犯人に向けて、一方的な9mmパラベラムの雨を降らせる。

 

 弾切れでホールドオープンすれば弾倉ごと弾薬を交換。9mm特有の弾数の多さに物を言わせて逃走する犯人の足を止める。足だろうと肩だろうと、どこをどう撃ち抜いてもそこには肉眼で出血が見える。おい、防弾仕様じゃねえのかよ。生身なら、神崎のガバメントは完全に魔弾だぞ。

 

 四肢を撃ち抜いて、手当たり次第に無効化していくが想像よりも頭数が少ない。誰かさんが暴れて、大半は逃げる間もなく倒れちまったか。あんな無茶苦茶な方法で乗り込まれたら、誰だって怯みもするよ。あの手際の良さ、前回の襲撃時間も同じ方法で乗り込みやがったな。騒動が沈静化に向かっているのを感じながら、俺も身を屈めて出入り口に向かう。

 

「どうなった? 地獄絵図みたいな音してたけど?」

 

「バカな銃を選んだわね。『Cz75』──ダブルアクション。引き金がすごく重たい」

 

 そう呟いた神崎は、気を失った犯人に平然と言葉で死体蹴りをかまし、倒れてうなだれた手から銃を奪い取った。館内は既に制圧され、無力化された犯人と見られる男たちがそこいらに転がっている。まるで台風が通った痕みたいだな。俺が正解、まさしく地獄絵図。

 

「ああ、引き金を絞りきる前に相手の口に突っ込める。ただし、お前やキンジの限定技。普通の人間に真似は無理」

 

 館内を見渡すが死亡者が出るような事態にはなっていない。流れ弾や跳弾のことが気掛かりだったがどうやら事は上手く納まったようだ。同時に俺は無視できないものを見つけてしまう。なるほど、どうりでさっさと片付いたわけだよ。口に突っ込めそうなヤツがもう一人いたな。

 

「藪を突いたら、化物がもう一匹いたわけか。カモのつもりで飛び込んだ先は地獄の釜」

 

「雪平くん、相変わらずだね」

 

「ユーモアなしにやってけないんだ、この仕事はな」

 

 理子風に言うと、希少なレアキャラとエンカウントした気分だ。希貴とコンビニでたまたま出会う確率よりもこれはさらに珍しい。俺は視線の合った男から、一暴れした神崎に一度視線を移す。

 

「神崎、こいつは一石。知ってるかもしれないがXクラスのSランク武偵だ」

 

 ご自慢のガバメントをホルスターに納めた神崎は「知ってる」と、短く答えてくる。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だが訳は聞かないでおくよ。んで、ウチのリーダーと大暴れした気分はどうだった?」

 

「噂通りだよ、凄腕だ」

 

 ったく、面白味のない感想だな。そっちも相変わらず生真面目なことで。この一石はXクラスと呼ばれている主に海外の警察・軍警察・軍の特殊部隊、外人部隊、軍事顧問団などに雇用される特別なクラスに在籍する優等生の一人。16歳から即戦場行きのハードモードをこなしている文句なしの凄腕で、キンジや俺とは一年生のとき以来の知り合いだ。

 

 強襲科・狙撃科・車輌科を掛け持ちしてた超人で、おまけに勉強までデキる。ピーキーと言われがちな俺とは違い、あらゆる方面で隙がないと評判だ。唯一、洒落っけのない性格で女子との浮いた噂だけはない。ま、女に気をつけることが推奨されている武偵としてはーー間違いでもないか。

 

「あたしのこと知ってるの?」

 

「有名人だからね」

 

「それ、キリも同じこと言ってたわ」

 

「実際、本土だとお前は有名人だよ」

 

 神崎と、彼女と同じくSランクで師匠とされているアンジェリカの評判は遠い本土にまで届いている。有名人の噂は本人の意思とは関係なしに広がるものだ、良い噂も悪い噂も平等にな。

 

 両手でガバメントを乱射するバカみたいに強い欧州のSランク武偵、海外のテロリストや武装した傭兵に不殺縛りで日夜戦い続けている東京武偵校の秀才、それを同時に相手するのはハードモードもいいところだ。この阿鼻叫喚な有り様も当然と言ったら当然。俺だったら白旗振るね。二人の実力を知ってるだけに尚更だ。

 

「まあ、なんであれ。一件落着だな。Book'em(ぶちこめ),神崎」

 

「……それ、言うタイミング待ってたわけ?」

 

「さっきから言いたくてウズウズしてた」

 

 神崎が呆れ顔を浮かべてから少し経ち、ようやく応援もご到着、手錠を嵌められた犯人たちはやってきた警察の方々に導かれてボートに乗せられていく。何人かは大人しく歩き、何人かは足を撃たれて肩を借りながら。神崎の無茶苦茶な奇襲には驚かされたが無事終わったな。とりあえず息はしてる、悪くないクランクアップだ。

 

「たった二人の学生に数分で制圧されちまうなんて、あの犯人たち一生悪夢に魘されそうだな」

 

「でも人に話すネタができた。面会でね?」

 

 それは言えてる。

 

「パラシュートのトンデモ奇襲には驚かされたよ。知り合ってから一番バカな真似だ」

 

「ふーん。なら、一人でフリタータを焼いたのは一番バカな座から落ちたってことかしら?」

 

「それは三位、フリタータで火災探知機を鳴らしたのは三位。元から一番バカな座じゃない」

 

 バカみたいな奇襲にバカみたいだと言ってやると、ふてくされた顔で横目を向けられた。そんな表情しても無駄だ。クラインフィールド、クラインフィールド張った。訂正はしない。フライパンに消火器ぶっかけるなんて二度とごめんだ。

 

「二人は遠山君と同じチームだったよね?」

 

「今は依頼で出てるの、ちなみに帰宅は未定よ。ちゃんとやってればいいけど」

 

「大丈夫。レキも一緒みたいだし、上手くやるだろ。さてっと、やっと帰れるな。弾痕まみれのソファーが恋しい」

 

 帰ろう、ホームシックだ。久しぶりの空挺はやっぱ堪えたな。今度はキンジに譲るよ。

 

「理想的な週末だったわね」

 

「ああ、本当に。一石、今度はキンジがいるときに会えるといいな?」

 

「それまで死なないように頑張るよ」

 

 ──冗談が上手いね。俺も死なないように頑張るよ。

 

 

 

 

 

「悪いこと言わないからレストランなんてやめときなって。トラック屋台にしときなよ、失敗しても崖から落としたら保険金が出るんだし」

 

「冗談じゃない、我慢できると思う? これ以上あの雪平切と車で一緒に過ごすなんて」

 

 ここをこうして……こっちを、こう……あ、いや……こっちをさきに……

 

「それもそっか。キリくん元気にしてる?」

 

「ええ、相変わらずガミガミうるさいわ」

 

「くふふ、いつも通りだねぇ」

 

「おい、俺がいるのに俺がいないみたいな会話をするな。さっきから全部聞こえてるぞ」

 

 手元で格闘していたルービックキューブから視線を外し、助手席の理子と運転席の夾竹桃との会話に割り込む。今となっては浅くもない『イ・ウー研鑽派残党』とのドライブ、微妙に気に入らないのはbabyに乗ってるってのに運転してるのが夾竹桃ってことか。外は清々しい晴れ模様、冬が近いとは思えないほど温暖だ。

 

「お前が言い出したんだろ、何かがおかしくなって、俺が本土か日本でレストランを始めたら自分にも一枚噛ませろってな」

 

 それは、いつか神崎が言ってくれた言葉が契機になって浮かんだ話だ。

 

「もしもの話さ。ナイフを振り回したり、銃弾が頭を霞めたりすることもなくなって、そういう暮らしと縁が切れたらどうするかって話。キンジが言うには、人生相当マシになる」

 

「でもテレビで言ってたよ? 恵まれ過ぎた暮らしっていうのも退屈するものだって」

 

 そう言った理子は、既に何パック飲んだか分からないイチゴ牛乳のストローを鳴らした。いちご大福も食って、一人だけ宴状態だ。

 

「どこの誰か知らないけど、是非インタビューしてみたいもんだな」

 

「世間が思うほどいいものじゃないらしいよ。プライベートジェットでの旅も、無駄に豪華な5つ星ホテルの部屋も、毎夜のカクテルパーティーや綺麗なモデルたちの空っぽな会話もーーそれなりに楽しいけど、結局飽きがくるってさ」

 

「人間の欲には際限がない、そういうことね」

 

「でも武偵を辞めちゃったら、その後の人生って山も谷もない物静かな人生になりそうな気がするんだよ。非日常に馴れてる体が、いきなり日常の空気に順応するのって自分で思ってるより苦労するんじゃないかな。それに、キリくんと夾ちゃんを見てると、この仕事も悪くないと思うんだよねえ。あちこちドライブして、情報を集め、たまに乱闘し、車中ではかしましく語らう、なかなか愉快じゃん」

 

「「かしましい?」」

 

 打ち合わせもしてないのに運転手と声が重なった。理子は『やっぱり……』と言いたげな顔で、首を後ろに向けてくる。

 

「いつも口論だ、お互いこけ下ろし合ってる。倦怠期の夫婦みたいにやり取りして、仲が良いのは分かってるよ。一緒にレストランもやろうとするほどだしな」

 

 男口調でお馴染みの裏理子モードで顔を戻した理子は、

 

「実は離れがたいんだろ?」

 

 変わらない声色でそう言ってきた。こういうとき、俺よりも彼女と付き合いの長いであろう夾竹桃に返しの言葉を期待してみたが待てども返事は飛んでこない。狼狽でも呆れでもなく沈黙──まあ、一番無難な返しかもしれないな。

 

「どうかな。ずっとディーンに言われてた。『俺たちは俺たちの求める物を絶対に手に入れられない、今あるものを手元に置いとくだけのために必死に戦ってるのが現実』なんだってさ。でも武偵高で過ごしてる時間って、案外俺の求めてた物なのかもしれないんだよ。真面目に考えてみるとさーーだから、そうだな……」

 

 おもいっきりシートに背中を倒し、俺は本音を口にしてやる。

 

「──離れがたいよ。夾竹桃もジャンヌもお前やキンジ、神崎やみんなとは離れがたい。悔しいけど当たってる。さっぱり別れるには、楽しい時間を作りすぎちまった。幸運なことにな?」

 

 自分にも言い聞かせるようにして、かぶりを振る。大切だと思う人と出会うと、立ち去るのは難しいーー夾竹桃が上手に流してくれてたら、こんなこと言わずに済んだんだけどな。俺は微かな恨みを込めて視線を運転席の夾竹桃にやるのだが、

 

「あいつの言葉、なんか重たくないか?」

 

「たまにやるのよ」

 

「けど、清々しいくらい素直な答えだ」

 

「それもたまにやるの」

 

 裏理子モードの理子と夾竹桃のレアな会話を見せられつつ、俺は半分だけ残っていた缶コーラをドリンクホルダーから持ち上げた。ああ、たまにやるんだよ、たまにな。同じくメロンパンを噛り始めた理子に今度はこっちから話を振ってやる。

 

「小さいわりによく食べるんだな。さっきイチゴ大福食ってなかったか?」

 

「蜂鳥並みに代謝がいいんだよ。美味しいって評判なんだ、ここのパン屋」

 

「そんなに評判なのか?」

 

「理子は情報通ですから。キリくんはお店のレビューとか読んだりしないの?」

 

「レビューも本も読まないわよ。読むのはシリアルの箱の裏くらい」

 

 理子の質問に即答で皮肉が飛ぶ。シリアルの箱の裏って今でもなぞなぞが載ってるが、仮に俺が載せるならこう書くねーー夾竹桃は人に皮肉を言わずに、何時間我慢できるでしょうか。

 

「理子、話を戻すことになるが良いことを言ってくれたよ。仮に一緒にレストランやるにしても間違いなく戦争になる。新品じゃなきゃ駄目、補償がなきゃ駄目、融通が効かないガチガチの石頭ってのは目に見えてるからな」

 

「待って。中古で厨房機器を揃えつもり? それ本気で言ってるの?」

 

「厨房機器、中古で買うのは常識。これでどんだけ金が浮くと思ってるんだ」

 

「リスクを考えなさい、リスクを。出たとこ勝負はウィンチェスター兄弟のお家芸、でもこれは"狩り"じゃない。頭を使わないと」

 

 運転席から飛んでくるその言い草に、俺はいつものように溜め息を挟む。

 

「またその態度か」

 

「わざとよ」

 

「人を小馬鹿にしたような態度だよな」

 

「どこが?」

 

「呆れたれた顔してそっぽむくだろ」

 

「呆れたんだからしょうがないでしょ」

 

「それはしょうがなくても小バカにされると傷つくぞ。保証なんてなくてもちゃんと良い物を選べば絶対壊れない。マジで」

 

「ピンポーン、お邪魔しまーす。さきほどから隣にいるものですが」

 

 実に理子らしい横槍で、俺は額に手をやる。

 

「大体、家電にリスクは付き物だろ。なのにお前はリスクを拒否してる。そこが最初から矛盾してる話さ、だったらレストランなんてやらなきゃいい。そうだろ、理子?」

 

 助手席のお友だちを仲間に引き込むべく、話を振るが裏理子モードを解いた彼女は予想に反して中立だった。

 

「じゃあ、ずっと武偵かハンターでいればいいじゃん。そんな二人に理子からプレゼントがありまーす。刮目せよ!」

 

 そう言って、俺の足元に投げられたのは今朝の新聞だった。プレゼントって言葉が気になったので、ひとまず見出しに目を落としていく。めでたいスポーツのニュースやタレントのスキャンダルじゃなさそうだ。

 

「失踪事件か?」

 

「ただの失踪事件じゃないよ。連続失踪事件、車は見つかったけど男性は消えてしまった」

 

「ただの誘拐の可能性はないの?」

 

「まあね、春にも起きてる。2004年、2001年、96年……過去20年で13人が失踪した。それも全部同じ場所で消えてる」

 

「それはまた──偶然じゃなさそうだな」

 

 新聞を置いて、俺は小さく息を吐いて、肺の空気と一緒に頭を切り替える。

 

「警察が車を調べたんだけど、争ったあとも足跡も指紋もなかったんだって。変だと思わない?」

 

「ああ、変だな。車から消えた男性、何の手がかりもなく残された車か」

 

「おやおやー、なにかレーダーに引っ掛かったって感じだね?」

 

「人間技じゃないってことさ。分かった、キンジもまだ戻る気配がないしな。ちょっと調べてみるよ、教えてくれてありがとう」

 

 人間技じゃないな、つまりいつもの相手だ。ずっと一緒にいたキンジが消えて、あの部屋も殺風景でだだっ広い。クレアじゃないがこんなときは狩りをするに限る。

 

「ま、久々にドライブでも行ってきなよ。キーくんもいないし、初デートしてきたら?」

 

「夾竹桃なら、一人でずっとゲームギアやってるよ。なんでこのご時世にゲームギアなんだ?」

 

 失踪事件のことは調べるとして、俺は最近気になっていた疑問を彼女に投げる。ゲームギアなんて10年以上前のハードなのに、なぜか夾竹桃は妙にあのハードが気に入ってるのだ。今みたいに指摘しやると、案の定つまらなさそうな声がやってきた。

 

「雪平、生まれたときから礼儀知らずなのは知ってるけど、カラー液晶の先駆けに失礼だとは思わない?」

 

「ハード戦争だねぇ」

 

「そんなこと言われても……あれってカラー液晶の元祖なのかよ。初めて知ったぞ。お前、もしかしてゲーム……メカオタだったりするのか?」

 

「姉さんがメカオタなのよ」

 

 さらっと、スルーできない言葉が流れて、俺は目を丸めた。

 

「なに、夾竹桃って姉さんがいたのか?」

 

「よく言われるわ。生まれて来る順番を間違えたんじゃないかって。私より幼く見られるから」

 

 ガーデニング趣味の夾竹桃に、メカオタの姉がいたなんて初めて聞いたぞ。

 

「知ってたか?」

 

「キリくんよりは長い付き合いだし」

 

 それもそうだな。イ・ウーでは同じ研鑽派にいたわけだし。

 

「あ、キリくん。新作の携帯ゲーム器、理子と夾ちゃんはもう予約してきたよ? キリくんも予約しよっ!カラーのバリエーションもいっぱいだよっ?」

 

 一転、理子が今度は新聞ではなく、ゲーム雑誌の1ページを開いたまま渡してくる。

 

「へぇ、CMでよく見かけるけど」

 

「紫、黒、白と緑まであるんだよー?」

 

 受け取った雑誌に目を落とすと、理子が挙げたのはほんの一部で黄色やオレンジなんてのもあるんだな。

 

「夾竹桃は?」

 

「Purpleにしたわ。正確にはライラック・パープル。明るい紫色ね」

 

 へぇ、黒に行くかと思ってた。Purple、black、white、green……

 

「悩んでるところ悪いけど、到着よ」

 

 ハッとして、俺は開いていた雑誌のページを閉じる。窓の先には目的地である女子寮が見えていた。俺は閉じた雑誌をそのまま理子へと返す。

 

「理子、ありがとう。また考えとくよ」

 

「うん、買ったらみんなでモンハンやろ?」

 

 屈託のない笑顔を向けられて、俺も「ああ」と二つ返事で返していた。理子の背中が女子寮に消えていき、俺の視線はまだ運転席を離れようとしない残りの一名に向いていく。

 

「夾竹桃」

 

「連続失踪事件なんて、ボランティア呼ばないとすぐには終わらないと思うけど?」

 

 とんとん、とハンドルが指でタップされる。小悪魔的な横顔は唇を歪めて、言葉を続けた。妙に得意気だ。勝ち気な笑みが似合うことで。

 

「ツイてるわね。ここに経験豊富なヘルプがいるけど?」

 

 ああ、そういう流れか。本音を言うと、ちょっと期待してたよ。

 

「たぶん、お前がいないと俺はもう生きていけない」

 

「お可愛いこと。乗せられたわけじゃないけど初デートに行きましょうか」

 

 ああ。ただし──運転は俺がやる。

 

 

 

 今度こそ、ハンドルを取り返して、日本の道路をシボレー・インパラが走る。この走り、アメ車と言えばこのV8エンジン。やっぱり67年のインパラは最高だ。いつまで経っても自慢の彼女──ちゃんと整備してやればこの先もまだまだ走ってくれる。信号待ちの合間に携帯の短縮ダイヤルに載せた友人の番号にかけると、律儀にも一回目のコールで相手は通話に出た。

 

『雪平の助手のジャンヌ・ダルクだが?』

 

「お疲れさま。でも俺はまだ何も言ってない」

 

『ランチの時間は過ぎていて、ディナーにしては早すぎる。頼みごとがあるのだろう?』

 

 相変わらず、イルカのように聡い。いや、鋭いって言うべきか。ハンドフリーにした携帯を俺は夾竹桃に投げて渡す。

 

「たぶん、貴女がいないと私と雪平はもう生きていけない」

 

『お前も一緒か。二人して珍道中、まあいつものことだが』

 

「理子に失踪事件の話を振られてな。調べて欲しいことがあるんだ」

 

『失踪事件?』

 

「過去20年で10人以上が同じ場所で行方不明になってる。一番新しい犠牲者は車だけを残して姿を消した。足跡や指紋みたいな争った跡はどこも残ってないらしい。なんか怪しい」

 

 同じ場所、取り残された車、行方不明者、理子も何かきな臭いモノを感じたのだろう。

 

『失踪者の共通点は?』

 

「今のところは男性ってだけ。こっちから失踪場所についてのファイルを送るわ」

 

『代金は?』

 

「ああ、それについては喜んで。今度の休みは雪平の奢りよ」

 

「えっ、ちょっと……俺の?」

 

「本土に貴方を迎えに行ったとき、何回も死にかけたけど、四回は貴方の命を救った。それぐらいいいでしょ、今日の手当てを含めて」

 

 そこでその話を持ち出してくるのかよ…… 

 

「……ま、まあ、それぐらいなら。けど、店は俺が選ぶからな。ジャンヌ、それでどうだ?」

 

『ふ、お前のポケットマネーで食事でありつけるのだ。この上ない』

 

 ああ、楽しそうで何よりだよ。

 

「交渉成立ね。よろしく」

 

 インパラが信号で止まり、通話の切られた携帯を受けとる。煙管の代わりに棒キャンディーを咥えている夾竹桃に俺は半眼を作る。

 

「また始まった」

 

「何が?」

 

「一生言うんだろ、死ぬまでずっと。上から目線で。私が本土まで迎えにきてやったぞーって、命を救ってやったんだぞって」

 

「まさか、今回限りよ。そこまで心の狭い人間じゃない。でも私が救った命でもあるの、大事にしなさい。それと一度死なれた、二度目はない。次に異世界に残るときは私も相乗りするから」

 

 それなら二度目がないことを切に願うよ。あんな悪趣味なテーマパーク、二度と行きたいとは思わない。あっちの知り合いも揃ってこっちに移住したし、尚更だ。お陰で賢人のアジトも大世帯になっちまったしな。

 

「あんな干からびた世界、夢でだって見たくねえよ。あんな世界のことより、レストランのことでも考えようぜ?」

 

「ええ。決めることは尽きないわ、ボックス席の色どうするかとか。赤にするしても色んな赤があるし」

 

「それ、お前が前に車のシートのことで言ってたガーネットやカラントなんかの話か? あれってその……全部一緒に見えたぞ?」

 

「違うわ、貴方にはどれも赤に見えるだろうけど全部違う。あの鮮やかだったのはガーネット、他に見せたのはカラントにーーブラッド。いかにも貴方が好きそう」

 

 とりあえず、肩をすくめとこう。ライラックの時点で悟るべきだったな。こいつの中での紫はパープルやらライラックやらアイリスやら、明度や彩度で複雑に分けられているんだろう。俺の知らない間に色彩検定でも受けてやがったのかな。

 

「そうか。でも俺は赤より緑が好きなんだ、ヒトカゲよりフシギダネを選ぶ」

 

「あら、前はリザードンって言ってなかった?」

 

「前まではな。でもジェダイか何かのパワーに引き寄せられちまって、今ではすっかりフシギバナ派だよ。天候が晴れなら無双できる、ピーキーなところが気に入った」

 

「納得したわ。自分に似てるから気に入ったってわけね」

 

「言わせてもらうけど、俺よりお前のほうがよっぽど尖ってる。もう尖りまくり。ピーキー中のピーキーだ。名前の響きはかっこいいけどな、カリスマっぽい」

 

「ピーキーが?」

 

「ああ、なんかカリスマっぽいだろうが。玄人って感じ」

 

 peaky──特定の条件下では驚異的な性能を発揮するが、それ以外では満足に力を発揮できないことの喩え。俺の場合は『人間』以外の相手をするときには心強いという意味で、理子や神崎に皮肉を混ぜて言われることが多い。まあ、純粋な人間の相手はそれこそキンジと神崎に任せればいいんだがな。それはアドシアードのときから変わらない。

 

「ピーキーって、大抵はその性能を活かしてくれるパートナーがいて成り立つものでしょ? ところが、貴方の話でいくなら私もピーキー、貴方もピーキー、制御役がどこにもいないんだけど?」

 

 小首を揺らされると、俺も言い淀んだ。確かにそれは言えてる。神崎にキンジ、ホームズにワトソンがいるように、ピーキーなボーカリストはそれを支えてくれるBGM──楽曲がいてこそ輝ける。そこを行くと、俺と夾竹桃はメロディと伴奏の役割分担はおろか、お互いに違うメロディを好き放題に弾いてるようなもんだからな。

 

「分かった、話題を変えよう。peaky、peakyって分析ばっかやっても無駄だ。どうせいざとなったら、いつもみたいに出たとこ勝負になる。それと1つだけ、俺ならボックス席は黒にするかな」

 

「またどうして?」

 

「ベーシックな色の方がいい、シンプルなのが一番だ。ワトソンもそう言ってたよ。潰れて競売にかけるとき売りやすいからな」

 

「ネガティブな意見ありがと。やるかどうかも分からないことで、どうしてここまで論争が白熱するのかしら」

 

「負けず嫌いなんだろ、お互いに。生まれたときから」

 

 

 いつも通り、車内でノーガードの殴り合いをしながら信号機を跨いで、舗装された道を走ること数時間──目的の街が見えてきた。今日が土曜日とはいえ、インパラで滋賀まで来ることになるとはな。レキが救護科の一年と、この近くの山に来たことがあるって言ってたっけ。

 

 レキの五感、六感の鋭さは、贔屓目なしに言ってGPSより頼りになる。ここらの山はGPSの誤差も大きいし、救護科の子もさぞや心強かっただろう。もしくはレキの人間離れしたスペックに驚かされたか。

 

「そうだ、忘れてた。渡すものがあるんだ」

 

 ハイウェイを越えて、それなりに人気のありそうな市街地。とりあえず立ち寄ったセルフのガソリンスタンドで、俺は後部座席のリュックを引き寄せて両手を入れる。

 

「これ、俺からのプレゼントだ」

 

「えっ?」

 

 わざわざ包装紙まで使った定番の四角いプレゼントボックスを夾竹桃の膝元に置いてやる。

 

「……」

 

 よし、渡してやったぞ。

 

「……」

 

 ……おい、なんか箱を注意深く確認し始めたんだが……爆発物じゃないんだぞ、それ。ようやく膝に箱を乗せた夾竹桃は小首を傾げて、

 

「雪平、これ何?」

 

「開けろよ」

 

「誕生日じゃないし」

 

「だからどうした。誕生日じゃなくてもいいだろ、プレゼントだ。ほら、開けろ」

 

 開けたのを見てから、俺も給油しに行くから。ほら、さっさと開けろ。

 

「母の日?」

 

 刹那、意味不明な言葉が飛んできて、思わず喉を詰まらせた。癪だが一応聞いてみる。

 

「何だって?」

 

「母の日と間違えたんでしょ。私は貴方の母親みたいに過保護って皮肉よ。違う?」

 

「はぁ……お前、異常だ。普通じゃない」

 

 しっしっ、と俺は呆れ顔で手を払ってやる。

 

「私は普通よ、ジョークのプレゼントが嫌いなだけで」

 

「お前に何かしてやっても意味ないな。もういい、よこせ」

 

「待った、一度くれた物を持っていくのはダメ」

 

「だったら早く開けろよ」

 

「でもケチな貴方がこんなことするなんて、何か変よね……」

 

 礼儀知らずなのはどっちだよ。俺よりお前の方が酷い。嘆息してから、俺はかぶりを振った

 

「もういい、お前の頭にぶつけてやる」

 

「じゃあ開けるわ、そういうことなら開ける、あとで」

 

「お前が母親になったら、100%子供はグレるだろうな」

 

 考えられる最大級の皮肉を飛ばし、俺は運転席のドアを閉めた。こっちのbabyは本当に良い子なんだけどな。沁々とボンネットを撫で、俺は給油のタッチパネルに指をやる。

 

「なあ、ここポイント貯まるって。カード持ってるか?」

 

「はい、これ」

 

「ああ、これだ。貯めとくよ」

 

 ガソリンを入れるだけでポイントが貯まるなんてな。しかもこのポイントで買い物ができる。便利な世の中になったもんだぜ。燃費の悪い車が少しだけ救われた気分だ。まあ、燃費の悪い車も食べるのが好きな大食いの彼女と思えば、それはそれで可愛いもんだ。

 

「で、給油が終わったらどうするの?」

 

「ジャンヌの調べものが終わるまで、やれることをやっとく。理子が言うには狭い町だ。飲食店にでも言って聞き込みをする、ハンターらしくな」

 

 窓から顔を出してくる夾竹桃にそう言って、ナンバープレート裏の給油口にノズルを繋ぐ。

 

「何か作戦があるって顔ね?」

 

「日本で『FBI』や『連邦捜査官』は通用しない。そこでオカルトの力に頼ることにした。運命去勢刑ーーかなめのお仲間に幸運をもたらすまじないをかけてもらった。この狩りで、一回だけラッキーなことが起きるんだと」

 

 正確には、悪運と幸運を1つずつ押し付けられるフェアなまじないとロカは言っていた。フェアかどうかは起きてみないと分からない。ただでさえ、この世界はアンフェアだ。

 

「かなめも役に立つだろうって言ってたし、あいつの言葉を信じてみるよ。今では喧嘩早い性格も落ち着いてるし、モノホンの優等生だ。俺より利口だよ」

 

「やられちゃって」

 

「何が?」

 

「遠山かなめのこと。妹っていいなぁ、欲しいって思ってるでしょ」

 

 不意を突かれて、俺は誤魔化すようにナンバープレート裏の給油口を閉じた。

 

「人の心より本でも読めば?」

 

 助手席でふんぞり返っている魔宮の蠍の隣に戻り、溜め息と一緒に鍵を回す。こいつはこいつで本当に勘が鋭い。

 

「まあ、正直ちらっと思ってる。クレアのことは家族と思ってるけど、なんていうか妹みたいには見れなかった。クレアはクレア、どれだけ経とうがそうとしか見れない。だからかな、キンジがちょっとだけ羨ましい」

 

「すっかり過保護の仲間入りね」

 

「俺もお前も初対面は最悪だった。それと過保護じゃない。そこは否定しとく」

 

「これからなるのかも」

 

 ハンドルを回し、ガソリンスタンドを後にした俺たちは近隣で一番目立ちそうな店を当たることにした。目立つ以外にも選んだ理由はあるが、早速ロカのまじないの恩恵に預かることになりそうだ。駐車場にインパラを停めた俺たちは──悲観的な顔で店の壁にビラを張り付けている少女に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サブタイトルを考えるのが、一番楽しくて一番難しい件。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。