哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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魔剣編
セカンド・コンタクト


 

 

 幼馴染、幼い頃に親しくしていた友達を世間ではそう呼ぶらしい。

 広大なアメリカで狩りをしながら、家族と転々として過ごした幼少期。兄と一緒に学校には通ったが同じ土地には留まらず、結局1週間や1ヶ月単位での転校を延々と繰り返すわけで……とどのつまり、俺には幼い頃に親しくしていた友達がいない。

 

 だが、俺とは違い、我がルームメイトには幼なじみがいる。

 星枷白雪──彼女は魑魅魍魎が蔓延る東京武偵高の生徒会長である。成績優秀にして容姿端麗の才色兼備、生徒から信頼される理想の会長そのものだ。

 

 ただし一点、星枷はキンジに行き過ぎた愛情を抱いている節がある。

 

「この泥棒ネコ、アリアなんかいなくなれぇー!」

 

 訂正する、節じゃねえな確信だよ。

 

「な、なんなのよこの展開! あんた誰よ!?」

 

 神崎の問いはごもっともだな。

 俺達の部屋で日本刀を振り回す星枷……模範の生徒会長は鬼の形相で神崎(泥棒猫)の首を狙っていた。

 

 先刻の彼女の登場と同時に、嘘のように斬り開かれた玄関のドアが振り上げられた日本刀の切れ味を代弁する。

 つか、あれ色金殺女だろ。金物屋で売ってるナイフとはワケが違う。マジで首が胴体と別れるぞ。

 

「ア、ア、アリアを殺して私も死にますぅー!」

 

 9条はどうした9条は……

 

 嫉妬に狂う星枷の感情は神崎に向き、キンジの説得も行われたが収拾がつかない。

 俺も俺で和平の為に努力はしているが、キンジが投げ渡してきた携帯を一目見てかぶりを振る。

 

 画面には『女の子と同棲してるってホント?』に始まる星枷のメールが永遠と続いていた。

 

「なあ、これ……何件あるんだ?」

 

「……49件」

 

「聞かなきゃよかった」

 

 俺は震える手でメールを追いかけるが、首を必死に守り続けている神崎がキンジの背中を思いっきり蹴っとばした。

 

「キンジ、このバカ女あんたの知り合いでしょ! なんとかしなさいよ!」

 

 呪詛を飛ばしながら日本刀を振り回す星枷に対し、神崎は神崎で身に覚えのないハプニングに巻き込まれてご機嫌斜め。カメリアの瞳は、怒りの臨界点を突破したとばかりにキンジを睨みつけている。

 

「なんとかってどうすんだよ!?」

 

「バカ! 自分で考えなさい!」

 

 俺の胸の内は今すぐ走ってこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 金切り声を上げた白雪が下駄を床で鳴らす。振り下ろされた刀を神崎は……真剣白羽取りで受け止めるが、我慢も限界を迎えたらしい。ちっちゃな八重歯が覗いた刹那、

 

「──いいわ、そっちがその気ならやってやる」

 

 神崎は両足で右腕を締め上げていたが反撃の気配に勘付き、ほどいた腕でバク転をきった。

 やがてこめかみには青筋が浮かび、ああ、やべえぞ。とうとうガバメントを抜きやがった……!

 

「や、やめろ! やめるんだ2人とも! 切なんとかしろ! 我が家の家具を守るんだ!」

 

「無理だな! 見ろ、両方頭に血がのぼってチークつけたみたいになってる! 我が家の家具が木っ端微塵だぜ!」

 

 とうとうガバメントの凶弾が行き交い始めたので俺たちは我が身大事に頭を伏せた。

 だが、S研の優等生でもある星枷はさも当たり前のように仁王立ち、大口径の弾を刀で弾き飛ばしている。弾かれた弾丸は我が家の家具に命中、当たり前だが破片となって床に散らばった。

 

「……すげえ、銃弾を弾いてやがる。ジェダイの騎士みたいだ」

 

「暗黒面に染まってるけどな」

 

 嘆くようにキンジは呟く、暗黒面は甘美な誘惑って言うからな。

 自分の部屋が地獄の釜となった状況をどう表現するべきだろう。不思議だよ、自分の部屋にいるはずが魔境に迷いこんだ気分だ。

 

「天誅──ッ!」

 

「風穴──ッ!!」

 

 神崎は弾が尽きるまでガバメントを連射するが星枷も向かってくる弾丸を余さず弾くので、流れ弾に被害を受けるのは我が家の壁や床、そして家具たち。

 

 屈強な男もたった一発で怯ませる大口径の弾丸が、存分にその威力を発揮して部屋を破壊していく。

 

「お、俺の椅子が……25箇所で調整できたんだぞ……!」

 

「もうできないな。ガバの弾痕まみれだ」

 

 ひどい、まるで有料放送のデスマッチだ。神崎も星枷も武器を納める気配がまるでない。どちらか一方が倒れるまで、我が家のインテリアも破壊される。

 

「キンちゃん、その女を後ろから刺して! 今なら何も見なかったことにするから! 二人の未来のためだよ!」

 

「キンジ! パートナーなら援護しなさい! キリもボケッとしないでトーラスを構える! あんたハンターでしょ! 仕事しなさい!」

 

 ……武装巫女は専門外だよ。神崎と星枷、二大怪獣に睨まれた俺とキンジは──黙って顔を見合わせた。まだ無事だったテーブルの両端を持ち上げて、そのままベランダへと避難する。

 

 命あっての物種、俺たちは黙って物置の扉を開いた。

 この物置は防弾仕様、45口径も防げる堅牢な砦だ。神崎のガバメントだって通さない。物置だから狭いのが欠点だけどな、ちゃっちい砦だが風穴ができるよりマシだ。

 

「なあ玄関のドア、防刃製にしねぇか?」

 

「却下だ。多分白雪には関係ないだろ」

 

「あるよ……ないな、やめとこう。お手上げだ」

 

「いわゆるホールドアップってやつか。なにか対策は?」

 

「できてない。いつだって出たとこ勝負」

 

 

 

 

 

 とある昼休み、神崎やキンジとご飯を食べることがすっかり日常となった俺は、ガヤガヤと生徒が賑わう食堂で持参の紙袋を抱えて席につく。

 いつもはだいたい三人での食事だが、今日は不知火と武藤も相席している。案の定、武藤のおかげで賑やかなテーブルだ。このメンバーで食事をするのも久々だな。

 

 

「あんた、またハンバーガー? 飽きないわね」

 

 席につくと、先に持ち込みのももまんを食べていた神崎がそっけなく呟いた。

 お前が星枷とやらかした怪獣決戦で部屋は大荒れなんだがな、呑気なもんだよ。まぁ先んじて斬りかかったのは星枷だけどな。ちなみにキンジは神崎の前の席でハンバーグ定食を食べてる。

 

「わりーかよ。食えるときに食わねぇと、いつ死ぬか分からねぇだろ」

 

 武偵なんてそういう仕事だ。いつ後ろから撃たれるか分かったもんじゃない。色んなところに泥を撒き散らして歩いてきたからな。

 

「けど、栄養は偏るだろ?」

 

「無添加ピクルス、兄貴が好きだったよ。妙な自然食ばったか食べてた。お前もいつか気づくさ。ひき肉がこんなに美味いとは……ってな。幸せを感じる」

 

 サラダを飲み込んでるよりな。

 包み袋を解いておもいっきりかみつく。キンジは乾いた笑いで呆れていた。

 

「本土のダイナーが恋しいって顔してるわね」

 

「……んっ、分かるか?」

 

「誉めてないわよ、ブリトーはすぐ匂うし。あんまり好きじゃないわ」

 

「まあ、それは一理ある。車に乗ってると、けっこうキツい」

 

 思い当たる節があり、俺はももまんにかぶり付いている神崎に相槌を打った。

 ブリトーやハンバーガーはアメリカ本土ではポピュラーな食べ物として親しまれている。大抵のダイナーで注文することができるし、俺は決まった家を持たなかったから外食の機会も多かった。

 

「だが、ダイナーは我が家の生命線だった。もし本土に行くことがあったらオススメを教えてやる」

 

 だが屋根のある家を持たなかっただけ、決してホームレスじゃなかった。

 インパラは我が家、それが総意だったからな。愛しのインパラこそがマイホーム。

 

「雪平くんは神崎さんとどうなの?」

 

 ハンバーガーに噛みついていると、ももまんを頬張る神崎と視線がぶつかった。

 俺たちは揃って、不知火にかぶりをふる。

 

「どうにもこうにもない。誘われたら協力するだけの関係さ」

 

「ビジネスライクの関係よ」

 

「つまりドライな関係ってこと。付かず離れずってやつ」

 

「まるで何かのキャッチフレーズだな」

 

「違うぞ武藤、何かの映画で言ってたセリフだ」

 

 キンジの皮肉は今日も好調か。

 しかし、事実俺と神崎は気楽な関係を築いている。非常時には協力を結べるだけの繋がりはあるし、互いに面倒な敵を相手にしてることが共通してるんだよな。

 

 神崎とキンジが交差する関係なら、俺はつまるところ平行線。決して交わることはないが離れることもない。落ち着くところに落ち着いた。

 

「俺の話より他にあるだろ。武藤、何かねえのかよ?」

 

「あるにはあるんだけどな。お前はちっとフリが雑すぎるぜ」

 

 話を振ってやったのは車輌科の鬼才、武藤剛気。ガサツだが乗り物の知識と操縦のスキルだけは確かな腕を持っていて、爆弾の積まれたバスだって難なく運転してみせるタフガイ。

 

「キンジお前、星枷さんと喧嘩したんだって?」

 

「してねえよ。さすが武偵高……ウワサが広がるのが異常に早いな」

 

「前に言ったろ。ここの生徒は、火のないところに煙を立たせ、ガソリンまいて、山火事にする連中なんだよ」

 

「あんたの物言いも刺々しいわね」

 

「言い得て妙だけどな。俺は白雪と喧嘩したわけじゃないんだ。誰かにガソリンをまかれる覚えもない」

 

 武藤の話では、星枷が温室で花占いしてたのを不知火が見かけたらしいが……

 

「なんだよ花占いって。アリア聞いたことあるか?」

 

「知らない。キリに聞きなさい」

 

「しらねーよ。まじないか?」

 

 武藤が呆れてやがるが分からないモンは分からん。だがあれだな、一人だけ分からねえと焦るが三人分からねえやつがいると安心するよ……面子はともかくな。

 

 俺たち三人の誰一人として知らない言葉に、不知火が爽やかな笑みを崩さず説明してくれる。

 

「みんなもきっと知ってる。花から花びらを1枚ずつちぎって、スキ・キライ・スキ・キライ……ってやるやつだよ」

 

「今どきそんな昭和なことをやってたのか?」

 

「女嫌いのキンジに毎日ご飯届けるだけのことはある。星枷は色んな意味で、なんつーか天然記念物だな」

 

 ……天然記念物。

 呟いた俺の視線は、近くの女子生徒が食べていたピザに向いていた。

 

 ったく、なんであんなモンに反応したんだろうな。天然記念物とピザ、メグとキャス。腐れ縁の天使と悪魔を嫌でも思い出す。

 

「教えてくれ。そのユニコーンはそのあとどうしたんだ?」

 

「占い自体は中断してたけど、なんか、涙ぐんでるみたいだったよ」

 

「キンジ、おめえやっぱり星枷さんと喧嘩しただろ?」

 

「何度も言わせるな、俺は知らん。俺とあいつはただの幼なじみだよ」

 

 キンジはさらっと流してるが、密かに星枷に好意を寄せる武藤とパートナーの動向が気になる神崎はそうはいかない。

 ももまんを頬張ってどうでもいいってツラしてるが、神崎もキンジの発言には一喜一憂してるんだ。俺が自由履修で強襲科に行ったときもキンジの話ばっかりしてたよな、やっとできたパートナーの話を楽しそうによ。

 

「幼なじみ、かぁ。はぐらかし方としてはポピュラーな言葉の選択だね」

 

 そんでテーブルに広がってる人間関係を、全部見透かして楽しんでやがるのが不知火だ。

 不知火は文句なしの好青年で魔窟では珍しい人格者だが稀に人を食ったような一面を見せることがある。

 

 昔、俺はパーティーを組んでいたから分かるんだが、こいつは武偵高に来る以前から銃を握っていた人間だ。

 俺も小さいころから海兵隊の親父に仕込まれてる、この学校じゃ珍しいことじゃないさ。だが、強襲科でAを記録する技術をどこで学びやがったんだ?

 

「……そういえば不知火。お前、アドシアードどうする。代表とかに選ばれてるんじゃないのか?」

 

「たぶん競技には出ないよ。補欠だからね」

 

 ……そうだよ、二大怪獣の決戦ですっかり忘れてた、アドシアードの時期だ。俺が悲観するアドシアードとは年に一度行われる武偵高の国際競技会、武偵限定のインターハイやオリンピックみたいなもんだ。

 行われるのは狙撃科や強襲科のキナ臭い競技ばかりだけどな。実に武偵らしい祭典なんだがアドシアードには報道陣や記者、言うなれば一般客もこぞってやってくる。

 

 狙撃科や強襲科の生徒は選手として参加できるが、面倒なことに余った他の生徒も何らか手伝いを教務科から義務付けられている。

 そして俺の専行は、生徒から年中ラリってると噂の綴先生が勤める尋問科。参加できる競技がねえし、手伝いに回るしかねえんだよな。不知火もアンニュイな溜め息をついてかぶりをふる。

 

「イベント手伝いなんだけど、まだ決めてなくてねえ。遠山くんたちはアドシアードどうするか決めた?」

 

「俺もまだ決めてない。何かやらなきゃいけないんだろ、手伝い」

 

 乗り気じゃねえのはキンジも一緒だな。

 嫌そうなトーンで不知火を追いかけるように溜め息をついてやがる。そしてアンニュイな溜め息をつくのは俺も同じ。

 

「神崎、おまえはどうする? 競技には出ないのか?」

 

「拳銃射撃競技の代表に選ばれたけど辞退したわ。あたしには他にやるべきことがある、回り道してる時間はないのよ」

 

 即答だった。声に宿った強い決意は揺るぐようすが見られない。

 

 ああ分かるよ、経験から言うが家族の話は熱くなるよな。家族が檻に閉じ込められてんだ、熱くなって当然。聞くまでもなかったな。

 

「だが、回り道も時には必要だ。デス・スターに直行する必要はない」

 

「選手を辞退したらお前もイベント手伝いか。何やるか決めたか?」

 

「あたしは閉会式のチアだけやる。キンジもやりなさいよ、パートナーなんだし。男子はバックでバンド演奏なんだからメンバーも揃ってるじゃない」

 

 紙袋からももまんをおかわりする神崎の視線がテーブルを一周する。

 

「音楽、か。まあ得意でも不得意でもないし……それでいいか、もう。でもなあ……」

 

「不安な目で俺を見るのはやめろ、嫌味な野郎だ。なげえことヴィンス・ヴィンセントのファンだった。ベースならできる」

 

 嫌味なルームメイトに吐いて捨ててやる。

 

「ヴィンス・ヴィンセント? 誰なのよそれ?」

 

「ロックスター、二番目の兄がファンだったんだよ。昔は売れてたんだけどな。日本に来る前はシークレットライブも見に行ったんだ。家族と愉快な友達を連れてさ」

 

 

 箱がそのまま地獄になったが。

 

 

 

 

 

 発端は神崎だが、不知火と武藤も誘いに応じ、俺たちはチアのバッグでバンドを演奏することになった。 

 つか、キンジが変装潜入の授業でギターを習ってたのは初耳だよ。神奈川武偵高にいた頃の話をあいつはしたがらないからな。

 

 なにはともあれ、アドシアードはなんとかなりそうだ。悩みの種が減ったことは吉報だよ。

 他の生徒がクエストに励む時間、俺はある人に頼まれたペンとインクなんかの画材、そして用途の分からない蜜柑の段ボール箱を差し出した。取調室の前で。

 

「先生、頼まれたモンですけど」

 

「愛弟子ぃ、遅かったじゃん。でぇー、あいつとコンタクトしたってマジなわけ?」

 

 かき集めた物が必要な相手、つまり綴先生は据わった目を取調室のある扉へもたげる。

 

 綴梅子。頭も良ければ器量も良い尋問科の講師で、俺の上役とでも言うべき人。

 そんな先生に促されるまま俺は鉄格子の窓から中を覗き、かぶりをふった。ここって取調室だよな……例の魔宮の蠍が漫画読んでるんだけど……

 

「ドライブの誘いを断られたくらいですよ。でもどうして漫画読んでるんです?」

 

「ふぅーん……フラれちゃったか。ルームメイトはカップル成立したって言うのになぁ」

 

 はぐらかされたがいいだろう。何の経緯であいつが捕まって漫画読んでるのかは聞かないことにする。世間では、沈黙は金、雄弁は銀って言うしな。俺は組み立てた段ボール箱にペンと紙とインクを置いた。

 

「哀れなもんだよな。欲しいものは逃げていく、今あるものを守るので精一杯かぁ?」

 

「欲しいものが手に入らず惨めな想いをするのが人間です。だから、全部手に入れるとおかしくなる。けど先生の言ったとおりですよ、実際俺は哀れなもんです。今あるものを手元に置いとくだけのために必死に戦ってる」

 

「損なご身分だねぇ。雪平ぁ、アタシの教えだから覚えとけよ? とりあげるものがないやつを苛めても楽しくないんだぞー?」

 

 ひでえ教えだ、実に尋問科らしい。

 

「そうそう、司法取引なんだけどさ」

 

「魔宮の蠍のですか?」

 

「夏コミの参加を条件で取引できた」

 

「いろんなヤツがいるんですね……」

 

 つか、この画材って夾竹桃のためかよ。

 

 

 

 




……お気に入り100件突破。たくさんの感想やお気に入りありがとうございます。今回も楽しく書けました。切のランクは尋問科のAランク、戦姉妹は未定です。

『できてない。いつだって出たとこ勝負』S12、23、サム・ウィンチェスター──


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