日没後、しばらくして……諸葛の案内で1階の大食堂に呼ばれた俺たちを待っていたのはテーブルに所狭しと並べられた料理、料理、料理。いわゆる満漢全席と呼ばれるやつだ。中国全土に伝わるご馳走が全部出る、至れり尽くせり、至高の贅を尽くしたメニュー。本当にVIP客みたいな扱いだな。
「挨拶が遅れましたね、申し訳ない。宣戦会議ではどうにも縁がありませんでしたので」
「いいや、こちらこそ。ちょっと本土まで里帰りしてたところで」
律儀に、個人的な挨拶をしてくるところを見ると、個人的には嫌いな相手じゃない。日本人にはあんまり縁のなさそうな、言ってしまえば毛嫌いしそうな類いのものもテーブルからは抜かれている。特に、日本の外に抜けることが初めてのキンジや星枷には嬉しい気配りだ。本当に気配り上手な旅館のサービスそのもの。
「──毒じゃないでしょうね。あたしはあんたたちを……」
疑ってる──と、恐らくは続いた神崎の言葉がまずは粉砕された。目の前の皿に山のように積まれたももまんによって。続いて、お料理教室感覚でチャイナドレスのメイドたちとお話を始めた星枷。己の食欲のままにテーブルを荒らしていく理子、よく分からないレアっぽいカロリーメイトの前にレキも陥落した。
まあ、時間も夕食に近い刻限。兵糧攻めって言葉があるように胃袋を抑えるのは色んな意味で効果的だ。ルシファーの器になったあと、あいつの幻覚をしばらく見ることになったが、それで何がキツかったかと言えば睡眠と呼べる睡眠の一切を邪魔されたこと、そして──口に入れようとする物全部が『ウジ虫』に見えるってことか。
空腹のまま、荒事になるのもそれはそれで頂けない展開だ。諸葛も同じテーブルで食事をすることで、わざわざ『毒はありませんよー』と言いたげに笑みを見せている。とりあえず、俺もフカヒレのスープを掬って、その厚意に甘えることにした。神崎はああ言ってたが毒殺するなら、わざわざこんなところまで招かない。高速道路で全面戦争になってるはずだ。
なんてことはない。俺が取れる戦術はいつも通り。ウィンチェスター兄弟とトーマス・マグナムお得意の──出たとこ勝負だ。別件での仕事も入りそうだしな。
「おろ、どうしたのキリくん? むっずかしい顔してるよ?」
「いや、ここって温泉宿みたいだなと思ってさ」
「あら、温泉なんてあるの?」
あったら良かったんだが、バルコニーの窓にかかってたこの黄色の粉。どう見ても……
(……硫黄か。さーて、どうしたもんか)
◇
「なあ、なんでまた俺たちだけバルコニーを散策してるんだ?」
「アリアの機嫌が悪かったから、だろ。ガメラだってあんなに暴れねえよ」
なんだ、やっぱり聞こえてたのか。
「アリアはあれだ。ゴジラとか?」
「あのシリーズならゴジラvsモスラが一番おもしろい」
「まあ、一作目よりいいよな」
「ウチの次男はリメイク版がいいって」
「ほんとか?」
「変だろう」
もはや様式美となった、キンジの女難の相。正確にはチャイナドレスのメイドからsay aah──に耐えられなくった神崎にキンジが足蹴り&地団駄をダイレクトに食らって食卓から追い出された。
say aah──ようするに口を開けて、他人に食べさせて貰うアレだ。ほとぼりが冷めるまで、またしてもキンジはバルコニーに後戻り。適度に食欲を満たせた俺は、四人を残して後ろに続いた。とはいえ、キンジもタダでは転ばず、レキ用に山積みされていたカロリーメイトを姑息にもいくつかギッてきたらしい。この強かさ、勲章ものだな。
俺も大食堂から拝借してきた瓶コーラに口をつけ、もう一本をキンジに差し出してやる。
「ほらよ」
「どうも」
日没前とは景色の変わったヴィクトリア湾を背に、俺たちは炭酸を喉に通していく。
「で、どうする?」
「もうすぐ夜も更ける。そうなったら、監視の目も緩む時間帯だ。少し本腰を入れて探らせてもらおう。探偵科生徒の名にかけて」
「ああ、捜査か。賛成だ。真実は必ず灰のなかにある。被害者の無念を晴らし、必ず、ホシを、挙げる」
「……なんか、違わなくないか?」
「何がだよ。捜査だろ」
「いや、捜査だけど……俺のとは違うなぁ」
しばらくして、キンジと一緒に貴賓室の窓から内部を窺うと──バスカービル女子一行は宴会ムード。完全に修学旅行気分だ。いや、本来これは修学旅行なんだが……
傍らにお菓子の盛られた器、そして理子を中心に尽きない黄色い声。捜査に乗り出す気満々の俺たちの出鼻は完全に挫かれた。あれは完全に事件が解決した後の打ち上げだ。少なくとも、『おもしろい』とは言えない顔でキンジが横目を向けてくる。
「この窓の内と外で時間がズレてないか?」
「母さんはしょっちゅう一人だけフライングで晩酌してたらしい。捜査本部で事件解決の打ち上げをやる前に」
「……フライング?」
「典型的なワーカホリックで、同時に重度の不眠症。事件がない時は、昼間から浴びるように飲んで。事件が起きると、飲酒の時間がそのまま捜査に置き換わる。72時間ぶっ通しで捜査して、3時間ほど仮眠を取り、そこからまた48時間聞き込みに歩く。だから、検挙率も必然的に上がる」
「捜査って……ハンターだろ? お前の母親もキャンベルって武闘派の家系の──」
「メアリー母さんはな。んでどうする、ローマを燃やすか?」
窓の外から藍幇城をエンジョイしている四人に半眼を作る。あの器、饅頭やら月餅やら果物入りのゼリーやらが山盛りだ。食後のデザートにしてはまた豪勢な。
「あれはローマじゃない、オメラスだ」
「オメラス?」
「オメラスの平和だ」
オメラス……どっかで聞いたな、その名前。
「なんかの本にあったな、それ」
「聞きたいか?」
「ポテトチップスの代わりになりそうな話なら」
「オメラスは、とある小説に出てくる理想郷のことだ。そこは自然に恵まれ、独裁者もいなければ身分制度もない。誰もが何不自由なく暮らしている、幸せな町だ」
へえ、それはまた綺麗な場所だな。
「ところがその町のどこかに、光の届かない、固く閉ざされた地下室があった。まるで下水道のようなその地下室に一人の子供が永遠と閉じ込められている。その子は、ろくな食べ物も与えられずに、体は汚れ、ずっとみじめな生活を送ってるんだ。実はその子の存在を、オメラスの住人たちはみんな知ってる」
「The 100だな。最初は何不自由ない楽園と思って舞い上がるが、ちょっと薄皮を捲ってやれば中身は下手物だ」
「だが、誰も助けようとはしなかった。なぜなら、その子を閉じ込めておくことが理想郷が保たれる条件だったからだ」
「条件?」
「オメラスのすべての幸せや美しい自然は、その子の犠牲の上に保たれているとみんなが理解していた。たった一人の子供を地下室に閉じ込めておくことで、他のすべての人々が幸せに暮らせるならと住人たちは見て見ぬふりをしているんだ」
そこまで言うと、キンジは瓶に残ったコーラを飲み干した。そこで終わりなのか?
「ちょっと待て。つまり、なにか……」
「あいつらの宴会は俺たちの犠牲の上に成り立ってる」
「それはなんていうか、すごく……重たい例えをしてくれたなぁ……」
「──お前らに一言、物申すッ」
なんとも言葉にするには難しい気持ちで、俺は日の沈んだヴィクトリア湾を。キンジは勢いよく宴会真っ只中の扉を開け放った。くい、と俺はコーラを呷る。
「武偵高で習っただろ。こういう豪華さは、魚を釣るルアーみたいなモノなんだぞ。どいつもこいつも無闇やたらに口を空けて、ほいほい撒き餌に食い付きやがって」
「それ、二言以上はあるぞ?」
「数えんな。これは金銀宝石を見せて、うまい物を食わせて、敵を骨抜きにしちまおうって作戦なんだ。時すでに遅しだけどな」
実際、ドンパチやるよりずっと低コストで楽な作戦なのは当たってるか。誰かの首が飛んだり跳ねたりするわけでもないし。
「お前らはダメな武偵の典型例だ。犯罪者に高い車や金品をチラつかされて、美味いもん食わされて、挙げ句に弱みを握られたりするのは……」
そこまで言ってから、キンジの声から勢いが止まる。これは自分自身でも思いあたることがあって、無意識にブレーキを踏んだパターンだな。そしてあのメンバーに少しでも隙を見せれば──
「分かってるわよ!」
「分かってるよ。みんなはともかく、私は大丈夫だから安心して」
「うっうー!」
「……はい」
「それよりキンジあんた、なに手ブラで帰ってきてんのよ!キリと二人もいるんだし、とっととクリスマス・ツリーを持ってきなさい!」
反撃を貰うのも当然だな。振り返ると、案の定というか反省してる顔ではない。まあ、俺も皿に箸を伸ばしたわけだが──
「なあ、神崎。香港はイギリスの統治下、西洋の文化が色濃く根付いてる場所だぞ? ギリギリで買いに来たら売れ残りしかない、それは当然。さすがに無茶振りだろ?」
「だから、頭を使いなさいって言ってるの。あたし、人工のツリーは認めないわよ、本物だけ」
と、神崎は羊羹みたいな菓子を小さく口に放り込んでいる。
「そうか、なるほどな──クリスマスを明後日に控えてるこの状況で、人工じゃない立派なツリーが欲しいと」
「ええ、そういうことよ」
「分かった。ちょっと待ってろ」
そこまで言うなら、俺にも考えがある。もしも常夏のハワイで、クリスマスのツリーが買えないときはどうすればいいか。そんなの学んでる。俺は貴賓室の四人に一度頷いてから、踵を返した。
「やったな? あいつは怖いぞ? 俺なら止めるぞ? 下から、横から、上でも」
「無駄口叩くな、行くぞ。諸葛にルーフ付きの車とチェーンソーを借りる」
「おい、待てって!」
「まだ何も言ってないだろ」
「いや、分かる。森林保護区に乗り込んで、チェーンソーで木を伐採するつもりだろ! それ、前にドラマで見たぞ! バレて1200ドルの罰金だったが、俺たちは武偵で刑罰は三倍ルールだ! お前らも止めろ! チームは連帯責任なんだぞ!」
「これがマクギャレット少佐の教え──って、おいッ!ファイブ・オーには包括的権限があるだろっ!」
結局、俺は取り押さえられて、神崎からはキンジと同じくダイレクトな地団駄を貰った。やはり盗みというのは良くない──と本当に当たり前の常識を思いつつも、俺は後にネバダの軍事基地に戦妹を含めたジーサード一派と盗みに勤しむわけだが。
◇
「噂どおりだね。いたいけな少女の首にナイフを突きつけるなんてさ。天国行きのチケットを配られる人間がやることじゃない」
「そんなチケット、とうの昔に諦めてる。メタトロンを脱獄させたときから」
「天国からのプリズンブレイク? それは燃えるわね?」
「結論から言うと楽しくない。二度とやりたいとも思わない」
先導する小柄なメイドに続き、地下へ続く階段を下っていく。バスカビールのメンバーは、神崎が誤飲した酒が回るに回り、全員が揃って貴賓室で寝落ち。キンジの姿は見えないが、どこか貴賓室以外で寝れる場所を見つけたのだろう。夜はかなり深い。人はベッドで眠り、ヒルダが外を散歩する時間だ。
「さっきの話は本当か?」
「信頼関係の第一歩、嘘はつかない。この体なら文句ないでしょ、貴方のよく知ってる女がやったのと一緒。死んだ子をリサイクルしたの。脳死状態の」
不意のマバタキの刹那──茶色だった彼女の瞳が真っ黒に染まる。悪魔にとって身分証明書とも呼べるその真っ黒な目の色に、俺は小さく舌を鳴らした。硫黄、それは簡単に言ってしまえば悪魔の足跡、残留物。なんでもかんでも悲観的に捉えるのが悪い癖、ジャンヌにはそう言われたが今回ばかりは悲観的に考えて正解だった。
「ルビーの友達か、こんなところで縁があるとはな」
「そのお陰で道案内してあげるんだから感謝してよね? あ、ルビーじゃなくてあたしによ?」
「してるよ、悪魔払いも悪魔封じの弾丸も撃ち込んでないんだからな。悟空の場所まで案内してくれたら、後はどこに行くのも自由だ。ラテン語の実習をやりたい気分だが」
「安心して、ちゃんと魂が抜けたのを確認してから入ったわ。あんた達と揉めるのが嫌だから、正真正銘の空き家に入ったってわけ。この子の魂は今頃天国か地獄でくつろいでる」
潜入、偵察の一点に置いてはバスカビールで理子の右に出るものはまずいない。表面上、ここにやってきたから率先してはしゃいでるだけに見えるが、峰理子というのは器用であり、そして抜け目ない女だ。悟空のいる場所、この城の構造も既にチェック済みだろう。
忍び込んではいけない場所に忍び込む──それはハンターも泥棒も一緒だが、残念ながら俺の手腕は理子には及ばない。なので、悟空と1対1の話がしたかった俺は調べるのではなく、藍幇城側の人間に悟空のいる場所と置かれている状況を教えてもらうことにした。
「クラウリーもアスモデウスも消えて、地獄も風通が良くなったって聞いたが……悪魔がメイドに転職か?」
「地獄じゃ密かな人気なの。あたしも最初はどうかと思ったけど、ハマっちゃったわけ。クラウリーが死んで、いきなりやってきたアスモデウスもすぐに死んじゃったし、地獄は次の指導者を求めて選挙の真っ只中。なんかもうどうでも良くなって、セカンドライフをこっちで謳歌してるってわけ。あんたに見つかったのは悲劇もいいところだけど」
「いいや、幸運だ。ディーンなら何も言わずに悪魔封じの弾を眉間にぶちこんでた」
「そりゃラッキー。あんたはナイフを向けただけでまだ未遂だもんね。あたしの友達から借りパクしたナイフ」
「なんで悪魔ってやつはどいつもこいつも……」
軽口を叩かないと死ぬみたいな連中ばっかりなんだ。いや、アスモデウスやアラステアみたいな頭のネジの外れた……吹き飛んでる連中に比べれば遥かに話の通じる相手か。変化球でもボールを投げ返してくれるだけマシだ。
「でもまさか、あんな古典的な手に引っ掛かるなんて。自己嫌悪でどうにかなりそう。慰めて?」
「いたしません──手当たり次第に聖水をかけて回るわけにもいかないだろ」
「今の時代だと大問題だねー。就職先の内定を辞退したらコーヒーをかけられるんでしょ?」
「知るか、ウチはフリーランスだ」
まあ、今の時代背景でなくとも問題のあるやり方か。薄暗い地下への階段を下りながら、俺はかぶりを振る。硫黄によって悪魔が潜んでいる可能性は見つかった。仮に悪魔がこの城にいる誰かに取り憑いているとすれば、その誰かが問題になってくるが、捜査の方法はいくつかある。
シンプルに聖水をかけて皮膚から煙が上がればビンゴだが……こいつはハズレを引いたときに言い訳が難しすぎるし、こっちのことも悟られる。彼女の言ったとおり、倫理的にもなかなか癖のある方法だ。実際、俺たちが初めて悪魔払いをやったのはフライト中の飛行機の機内で、この方法は実際にディーンが提案して却下された。
そして、代案として脳ミソ担当のサミーちゃんから提案されたのが悪魔の前で神の名前を呼ぶ方法。神の名を呼べば悪魔はたじろぐ。ラテン語で神はクリストーー案の定、その名前を聞いた悪魔が本来の黒い瞳を覗かせたことであのときは悪魔払いまでいけた。今回も悪魔払いまではいかないが、こうして本来の目的は達成できた。いつも通りの綱渡り感は拭えないがーー
「なあ、すんなりと通れたのはいいが見張りとかいないわけ?」
「上手く寝かせつけといた。面倒だったけど、あのウィンチェスターと睨み合うより100%マシよね。アスモデウスやアバドンみたいな面倒なのを片付けてくれた礼もあるし、今回のは私なりの感謝。一応ね?」
「イエスマンしか認めない暴君の女王様とゆとりの国のヘタレ王子。まあ、あんなのが上司ならストライキは秒読みだな」
「反逆者は、手当たり次第に首を跳ねられるけどね。あれは本当に世紀末。リリスのいた時代が懐かしい。あ、これって禁句だった? リリスの猟犬にやられたんだよね? 胸をざっくり、それとも頭からだった?」
「今すぐにでもお友達のナイフで突き刺してやりたい気分だが、あいつも今頃は虚無の世界でお休みだ。別に禁句じゃない。リベンジの機会があるなら、それはそれで倍返しだ」
馴れ馴れしく、図太く、人の傷口にナイフをねじ込んでくる。ルビーそっくりだ。
「で、さあー。猴、ああこれは今は猴ってことなんだけど」
前触れもなく、話の矛先を切り替えて、彼女は続ける。
「私的な話って何するわけ?」
「私的な話は、私的な話だ」
「ふーん。何年か前に、あんたはブロンドが好きって見出しが載ってたけど?」
やや暗がりでも分かるツリ目がこちらを見る。
「地獄に新聞が?」
「ネットニュースより好きなの」
「地獄にもそれなりにはいたが新たな発見だ。でもあそこはスパじゃない」
「リゾート施設でもない」
薄暗かった階段が、微かに明るさを増す。下にある通路から、灯りが来てるのか。
「この先か?」
「うん、あと少しってところかな」
マグライトを持った女はそう言うと、
「あんた、キリ・ウィンチェスターでしょ? あのアラステアに教えを受けたウィンチェスターだよね?」
暴れそうな心臓を殴るつもりで黙らせる。
「だから、どうした?」
「知り合いがあんたとお兄さんの話をしょっちゅうやってたよ。あれはなんて言うのかなぁー、アイドルの追っかけみたいな感じ。あいつ、あんたとお兄さんがアラステアと一緒にいるところを何回か見たらしくてさ、あたしに何回も同じこと言うんだよ」
愚痴るように、黒くなった瞳が刺すように向けられる。
「ーーあんたとお兄さんが地獄に落ちてきた人間にアラステアと一緒にやったこと。あれは拷問じゃない、あれは……『芸術』だったってね」
……
「到着ーっ。まあ、15分くらいかなー。そんだけあれば口説くには十分でしょ。天使も悪魔にも手を出しちゃうウィンチェスターならーーってのは冗談。あたしもあの子のことは嫌いじゃないんだよね、あんたか噂の遠山キンジが何とかするのを祈ってるよ」
おどけた口調から、後半は本心をぶちまけるトーンで女は続けた。足音は止まり、階段もこれ以上下れるスペースはない。
「ここから出るのか?」
「そろそろ転職も考えてたし、こう言ったら変だけどあんたに背中を押された感じ。正確にはトドメを刺されたって感じかな」
「そうか、お喋り楽しかった。もう会わないことを祈ってる」
「それは超言えてる。じゃあね、ウィンチェスター。お前はいつも通りやればいいよ、自然のルールや掟に逆らって正しいことをやればいい。でも上手にやりなよ?」
たった数分間話をしただけの悪魔との別れを契機に、俺は階段から悟空のいる牢屋に続く通路へ足を踏み入れた。15分ーー話をするには十分だ。
「ああ。自然のルールや掟に逆らって正しいことをやる、そして、
ーー
クレアの吹き替えを聞く度に思うんですけど、役者さんの引き出しって本当にすごいなぁ、と。普段から色んなところにアンテナを張って、自分の引き出しを増やしていくのが大切ーーと、テレビでとある役者さんが話してましたね。それにしても、スタント抜きで演じたいがためにヘリコプターの免許まで自分で修得してしまうトップガンなハリウッドスターは……すごいですよね。