哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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キンジvsスカウト

「口説きは失敗だな」

 

 神崎の酒の誤飲から始まったバスカビールの悪酔いラッシュから一夜明けて、真昼のバルコニーでキンジが皮肉半分に横目を向けてくる。その隣には女子の中で一人だけ酔うことのなかった理子も一緒だ。

 

「そっちも会えたんだな。理子がまた器用にやった?」

 

「お前に抜かれたけどな」

 

「レースじゃないだろ、それに白状すると俺のはイカサマだ。事実上、お前の勝ち」

 

「下手な慰めだ。キンジ、あいつについてのことはお前に任せる。ゆっくり考えろ」

 

 それだけ言って、理子は足早に席を立ってしまう。必然的に俺は一人残されたキンジに言葉を投げた。

 

「んで、どうする?」

 

「ローテーションだろ。今回は俺、次があればお前が孫を止めるって話。やってくれたな、勝手なこと言いやがって」

 

「俺の方が先にコンタクトしたんだ、諦めろ」

 

「レースじゃないって言ったばっかだろ。Eランク武偵の頭を必死に働かせて、真面目に考えてるところだ。それより白雪の、見たか?」

 

「真面目な子でも悪酔いくらいする」

 

「何にも覚えてないんだぞ?」

 

「それは……都合の良いことで。忘れるっていうのは神が人に与えた最終手段なのかもな」

 

 この作戦立案からすぐに愚痴に切り替えられる器用さ、何とも言えないな。幼馴染限定なのかもしれないが。それに会長の絡み酒は確かに酷かった。レキは酔うとすぐに寝しまうし、神崎は泣いて止まらないから星枷の恰好の的になる。このチームで猩猩の狩りなんて考えたくもない。

 

「酔うと大暴れして、醒めるとコロッと忘れるタイプ。考え得る限り最悪の酒癖だ。成人してからがリアルに恐い」

 

「酔って刀を振り回さないだけマシだろ。悟空からはどこまで聞いた?」

 

「お前がなんかバカやったから、目を離しすぎるなって警告してくれた」

 

「そういう感じか。思ったとおりの、なんとも律儀な子だな」

 

 刻印については濁してくれた、か。さてさてEランクの頭とAランクの頭でレーザーをなんとかする方法を考えますか。

 

「真面目な話、気休め程度の作戦は?」

 

「ないことはない。あの必殺技に連射が効かないならな。ただし……」

 

「五分五分にも満たない?」

 

「お前の好きなやつだ、部の悪い賭け。アリア流に言えば──無茶なやり方だな」

 

「ま、宝くじよりは当たるもんよ」

 

 お高そうな椅子の背もたれに体重をかけると溜め息と憎らしい目がセットで襲ってきた。

 

「板挟みの辛さがわかるか? 親が離婚した気分だぞ?」

 

「共同親権にするよ」

 

 気だるく俺が口にしたそのタイミングで、キンジの顔付きが変わった。何か話を切り出すって感じの表情におとなしく口が開くのを待ってやるが、

 

「なあ、フライングで晩酌の話……」

 

「それ、ここで聞く?」

 

「勝手に無茶な作戦を俺にあてがった。それくらいは聞かせろよ。フェアじゃないだろ」

 

「これがアンフェア? キンジ、鮭の人生考えことある?」

 

「……なんで、鮭なんだよ」

 

 ネクラ、不吉を運んでくる黒猫とたまに揶揄される顔が一段険しくなる。

 

「鮭は生涯をかけて何百kmという川を遡り、たった一度恋をして死ぬんだぞ? これこそアンフェアだ」

 

「つまり、何が言いたいんだ?」

 

「つまり、考えかたで境遇は変えられるかもしれないって話。でもたしかに、ツリーを手に入れてくるよりは無茶振りだったかも」

 

 クリスマスの前日にツリーを手に入れるか、殺意の込められたレーザーから生き延びるか。どちらが簡単かと言えば比べるまでもなく前者。

 

 少しだけ悩んだ挙げ句、ヴィクトリア湾の見える窓に視線を逸らし、俺は話を切り出した。鮭の話の流れ、いらなかったな。

 

「アダムの話、読んだか? アダムとイブのアダムじゃなく、ミリガンのアダムの話は?」

 

「うっすらとは」

 

「つまり、そういうこと。俺の中にメアリー母さんの、キャンベルの血はないんだよ。なんでも聞いた話では元々は警察官で、酒には強いけど私生活はズタボロ。コーヒーはブラックしか飲まないんだとさ」

 

「……悪い」

 

「何が? 今さらだろ、どこで何をしてるのかはさっぱり。顔も分からないし、どんなセカンドライフを送ろうと俺は恨んでないよ。そもそもお堅い警察官なんて職業の人間がなんで海を渡ったのか、そこから謎だ。俺が思うに──お約束のワケありだな」

 

 間違いない。だから、別に会いたいとも思わずに会ったなら話をするだけ。そんなどちらでも良く、都合の良いところで気持ちは区切りがついている。

 

「聞けるだろ、その気になれば。お前なら探せるんじゃないのか、コネは……色々あるだろ?」

 

「どうかな、メアリー母さんとの微妙な溝は埋まったし、母親と聞いて真っ先に浮かぶのは──エレン・ハーベルってことになっちゃってるのが現状。無理して探そうとは思わない。でもこのまま武偵を続けていれば、どっかですれ違うこともあるかも」

 

「……なんで海を渡ったんだろうな」

 

「俺と同じで家出したのかもな。もしくはーー犯罪者として追われたとか?」

 

 わざとらしく、口角を曲げてやると返事はなかった。

 

「冗談だよ。はい、この話はここまで。オフレコでよろしく」

 

「おい、どこに──」

 

「水を飲みに。喉が渇いて戦はできないとか何とやら」

 

「……腹だろ、それを言うなら」

 

「それは見ざる、言わざる、マントヒヒスペシャルでござるよ」

 

「……勝手に言葉を作るな。なんだよマントヒヒって」

 

 これいいな。今度から使おうっと。見ざる、言わざる、マントヒヒ──語呂がいいところが気に入った。街コンで受けるかもしれない、などと考えているうちにも時計の針は回る。気付いたときには、

 

「あたし注文したでしょ。あーもー、ツリーのないクリスマスなんて信じられないわ!」

 

 と、クリスマスが迫った夜中の大食堂にて、神崎がボヤいていた。

 

「俺は提案したぞ、マクギャレット流」

 

「ここは香港、あたしたちはバスカビールよ。パインツリーを盗んで刑務所に行きたい?」

 

「じゃあ藍幇に頼めよ。5分で用意してくれるぞ」

 

 俺、キンジが順番に反論。しかし、『あっちからくれるならまだしも、こっちからのオーダーは交渉の弱みになりかねないし、藍幇に頼むのは却下よ』と、神崎はかぶりを振った。となると、チェーンソーと車の貸し借りを頼むマクギャレット流は最初から破綻していたことになる──なんてことだ。

 

「遅いわね、食事くらい早く持ってきなさいよ」

 

「忘れてるかもしれないが、ここはホテルでもレストランでもないんだぞ?」

 

「分かってるわよ、あたしはマナーとおもてなしの心得の話をしてるの」

 

 神崎とキンジのお決まりのやり取りはバスカビールではいつものことなので、止める必要も横槍を入れる必要もない。ヒートアップすれば星枷が勝手に参戦する。

 

「ルームメイトだねぇ」

 

「何が?」

 

「キリくんと誰かさんにそっくり」

 

 位置的に俺の隣の席にいる理子は、頬杖を突きながら神崎とキンジの様子を眺めてる。

 

「その誰かさんは今頃何してる?」

 

「『冬』がすぐそこだからねえ。祭りの前の最後の準備ってやつ」

 

「そっか、お前もジャンヌも祭典には同行するんだろ。イベント楽しんで」

 

「ありがと、メリー・クリスマス」

 

「フライングだ。メレ・カリキマカ」

 

「キリくんは絶対にそう言うと思った。みんなもフライングで言っとけば? 言い逃すかもしれないよ?」

 

 意味深な理子の言葉に場が静まる。どうやら防弾制服に着替えている女子メンバーの備えは功を奏したらしい。内心では全員気付いてた。いつもは食事の前には諸葛が律儀に料理やこの国についての雑学や歴史について話してくれる。そんな律儀な男が今日に限ってまだ見えていない。ほぼ、俺たちが集まればすぐに運ばれてくる料理も、メイドも姿を見せない。

 

「きひひっ──」

 

 その代わりに、どう見ても良くない展開を運んで来そうなココ姉妹の一人が扉を開け放った。

 

「来たよ。幸せを壊す音だ」

 

 歓迎しない客に向けて、刃物のように目を細めた理子が吐き捨てる。過激な性格なのは知ってるが、今回はメイドの首根っこを掴むという荒々しい姿での登場だ。良い展開を運んでくれるわけがない。

 

「メイドが逃げて料理が遅れるって報告か? 仕事きついよ給料安いよ休みないよって?」

 

 今度は昨夜と違って、俺も弄るつもりで聞いてやるな何も返事はなく、その代わりにと俺たち全員に見えるように、掛け軸みたいな巻物を縦に広げて見せてきた。かなり得意気な顔で。

 

「……アリア」

 

「読めるわけないでしょ。あんな異体字だらけの翻訳は、あたしの管轄外よ」

 

 毛筆で巻物に書かれた文字は、語学に堪能な神崎でも翻訳できないらしい。異体字だらけ、それに行書だしな。キンジが神崎ではなく、理子やレキに振っても答えはたぶん一緒だ。

 

「雪平さん、どうでしょう?」

 

「あのヒエラティックテキストの翻訳? 無理だよ、あれは身内しか読むことのできない暗号じゃないのか? わざと汚く字体を崩してさ」

 

 俺は言うに及ばず。首を横に振る。

 

「……よく聞くネ」

 

 一転、彼女は冷静な顔で巻物を翻訳してくれた──遠山金次には上海藍幇より武大校の位、終身契約前払いでの多額の給金と中国語の教育を約束する。それとココ姉妹は正妻側室となる。

 

 続き。神崎・H・アリアは武中校、星伽白雪・峰理子・レキは武小校。位は分からないがキンジの配下としての扱いとし、以上の条件を以て、バスカービルは藍幇に降る事。なるほど、神崎は今と変わらずにサブリーダーってことで『中』の扱いか。ちなみに俺の扱いも武小校なるキンジの配下らしい。書き忘れてくれても良かったんだが。

 

「キンチの大校いうのは具体的に旅団長ぐらいの地位ヨ。それより上は藍幇全体からしても20人いるかいないかネ。つまり序列20位ぐらいにいきなり入れる破格の待遇」

 

 と、これを断るのは宇宙規模のバカ、と丁寧に付け加えてくれた。

 

「話は分かった。お前の上役はどうした?」

 

 この際、みんなが疑問に思ってることを聞いてやる。案の定と言うべきか、『上役』という言葉に対してなのだろう。首が小さく振られる。

 

「その関係は今日までネ。キンチが武大校なればその正妻の位階も上がるのがルールある。それで一発逆転して、諸葛は曹操の部下なるネ」

 

 ブランドと権威と面子と体裁、会話から匂ってくれるのはお決まりの匂いだった。引きずっていたメイドはキンジの知り合いらしく、悟空との面会に理子が選んだ協力者。キンジがこの条件を呑めば、語学の講師として尽くしてくれるらしい。

 

 日本円に換算すれば数億単位の前払い金と、キャリア組と言うべき高いポジションが最初から約束されてる。

 

 破格の待遇、なのだろう。それは。金が全てではないにしろ、金がなければできないことも山程ある。それについては否定もできないし、俺だってそれについては同意だ。金があれば取れる選択肢が広がる。その選択肢の幅に、命を救われることもあるだろう。

 

「キンチ、幸せへの切符。無下にするの、ありえないヨ」

 

「あんたねえ、幸せって──」

 

「結婚の目的は幸せになることなのか?」

 

 が、それでも神崎の声に被せる形で、俺はツインテールを揺らした女を見る。棘は込められていない、しかし、ゆらりと丸い瞳がこちらを向く。

 

「何が言いたいネ?」

 

「そもそも幸せってなんだ、俺にはよく分からない。お前の提示した地位と金、それで結婚すれば幸せになれるのか?」

 

「詭弁、屁理屈、聞く意味ないヨ」

 

「俺は結婚なんてしたことない。けど、選ぶ自由があるなら、金と地位をくれる相手よりも、自分の腸が抉られることになっても、救いたいと思える相手を選ぶ──命を賭けてもいい相手を」

 

 列車から突き落としてくれた恨みを込めて、俺はその破格の条件に唾を吐いてやる。どんよりと濁ったココの瞳が、鋭く細くなった。

 

「……ワンヘダ。それは早死にする理想主義者ネ」

 

「かもな。でも金も地位も、天国にも地獄にも持っていけない。死んだらそこまでだ」

 

「死ぬまでは価値、あるネ。平行線、このこと言うアル」

 

 どこまで行っても平行線。視線は俺からキンジに移り変わる。

 

「キンチ」

 

「お前たちの国でも『巧言令色少なし仁』って言うだろ。金の問題じゃない。金は全てじゃない──ほとんどだ。金や地位で世界中の誰もが動くと思ったら大間違いだぞ。お前は知らないだろうが、日本には『家なき子』ってそれを体現するドラマがあるからな。幸せとお金は歩いてこない」

 

 俺に負けず劣らずの例えは、ココのつり目をきょとんとさせた。理に叶った行動を取るか、それとも理を無視して感情や意地を優先するか。日本にはその理に合わない動きをする価値観があるらしい。

 

「それに、お前が首を掴んだその子には恩がある。この国で飢えて倒れかけたところに、一宿一飯の恩を受けたからな。個人的な感情をついでに入れて、ココ──はっきり言うぜ。俺はお前の軍門には下らない」

 

「──あい分かったネ。要するにキンチはココを、藍幇をフッたって事ネ」

 

 決裂だ。交渉は。ココのストッパーたる諸葛はいない。敵側の指揮を司るのは彼女。交渉が決裂すればやることは一つ。

 

「ま、半分ぐらいこうなるかもって思ってたヨ。キンチを味方にしたかったけど、それは諦めたある。決闘……よッ!」

 

 フラれた腹いせ──そう言わんばかりに巻物が破り捨てられる。

 

「いいぞ、うんざりなロマンスがついに終わったな。待ちくたびれた」

 

 刹那、待ちくたびれたと理子がそう一言。それが完全な契機になった。睨むココ、バスカビールの頭たるキンジが俺たちの全員を代弁してくれる。

 

「ああ、想定内だぜ、ココ。この決闘──受けてたつぜ!」

 

 

 

 

 ──死亡遊戯。それがココからの提案。藍幇城は3階層。1階につき1人のココが守り、屋上には最後のココと孫、それと諸葛が立会人として待ち構えている。つまり敵を倒しつつ、ゴールである最上階を目指す。非常に分かりやすい。

 

 相手の手勢は、狙姐、炮娘、猛妹、機嬢──それと人数は伏せられているが、城を守る精鋭の特殊部隊が罠感覚でどこかの階に配置されているらしい。そして最後に待ち構える切札の孫悟空。一階のココは中国剣を武器に選び、同じく白兵戦の秀でた星枷が指名に応じる形で対決を引き受けてくれた。残るは──

 

「藍幇城は2階まではオープンなんだけど、籠城戦になった時に備えて──3階に上がる階段が1つしかないんだよ。敵が張るとしたらそこだと思う。話に出てきた傭兵を置くならね」

 

 ゴールは最上階、避けては通れない道に罠を仕掛けるのは……納得だな。2階のホールに出ようとした間際、理子の警告もあって先頭を駆けていた神崎が指で制止をかけた。大階段からホールを見下ろせる、階段の曲がり門ギリギリから静かにスカートの端を、はためかせる。

 

 刹那、階段の角からはみ出た布に食らいつくように鉛の雨が降り注いだ。たった数秒で、豪華絢爛の壁には痛々しい弾痕が刻まれている。吐き出された弾の量や音からして、自動式拳銃ってわけでも、二人や三人でもなさそうだ。

 

「……ビンゴね。銃はQBZ-95Bが12と、QBZ-03が4ね。発砲位置は高いわ。きっと階段に隊列を組んでる」

 

 アサルトライフルか。それなりに訓練されてるであろう兵士が2個分隊分、装備も人数も結構な差がある。こっちには双銃が二人もいるが、相手はバカみたいな早さで弾をばらまいてくるフルオート銃が16丁。強引に強襲しても弾切れや弾薬不足のリスクはこっちが上。むしろ、その狙いもあるんだろう。

 

「……」

 

 階段の壁から柄付き鏡を通し、ホールの上の様子を盗み見しているキンジの顔は優れない。

 

「どうだ?」

 

「さながら玄武の陣形、ってところか」

 

 玄武──四神の一体で、よく創作やゲームのモチーフになってる亀。大抵は防御や守ることが得意って設定になってるが、どうやらホールの守りもその例えが出るくらい堅牢らしい。あの悪魔みたいに賢い姉妹が普通の罠を仕掛けるわけもないか。

 

 俺もキンジの鏡から様子を覗く。ホールから伸びる大階段には、六角形や五角形のシースルー防弾盾を亀の甲羅のように隙間無く組み合わせた、城壁と呼ぶべき守りが組まれていた。

 

 16人が互いに肩を寄せ合い、頭上も背後も盾で塞ぐことで、跳弾射撃の自爆もご丁寧にカバーしてる。そして、甲羅の中央には亀の頭とも呼ぶべきココ姉妹の一人が仁王立ちしていた。あればこの階層を仕切ってるココか。他の姉妹とは瓜二つ、俺を列車から突き落としてくれたココかどうかは分からないがあれを突破しないと先には進めない。

 

「亀か。玄武は蛇と亀のキメラだったよな。玄武の陣ってのはうまい例えだ。ストンと落ちたよ」

 

「あら、誰も行かないならあたしが行くけど。作戦があるって顔ね?」

 

「頭数も装備でも負ける、だから頼りになる『援軍』を呼ぶ。かなり酷い絵面になるがあの綺麗な陣形くらいはは崩せる。高速道路では見せ場もなかったし、孫もキンジに任せることになるからな。ここは任せてくれ」

 

 自信満々に俺は小さく笑ってやる。こっちには不殺のハンデがある、これくらいは──と、俺は制服の上着に腕を突っ込む。よし、あった。俺は隠し持ってきたその、道端に転がっているような棒切れを適当に振ってみる。

 

「あ、あんた……」

 

「キリくん……」

 

「何も言うな、海兵隊だって丸腰でベンガラトラには挑まない」

 

 それはひのきのぼうを素振りしてるようなバカみたいな光景だろう。だが、これはひのきのぼうじゃない。それを裏付けるように──異変はやってくる。外に繋がる窓からうっすらと聞こえる羽音が、ゆっくり、ゆっくりと大きくなり、近づいてくる。

 

 レーザーの対策に気休めにでもなればと思ったが、溜めから発射までの速度を聞いた限りではとても間に合わない。だが、既に構築された要塞を撹乱するって目的なら、この上ない。かなり酷い絵面にはなるが頭に鉛弾を撃たれて死ぬかどうかのときに、そんなことは言ってられない。

 

「外から接敵。数多数──」

 

 レキが静かに呟く。かなめが21世紀のひみつどうぐなら、俺は埃のかぶった千年アイテムで勝負だ。それは空の上に保管されていた核兵器の1つ。かなめとの戦いで消費されてはいない、まだ俺の手札に残されている数少ない1枚。ホールの上でもうるさい羽音が響いてるだろうがもう手遅れだぞ。さすがはモーゼの杖。

 

「──虫です」

 

「いや、空からの救援部隊だ」

 

 正確には杖の切れはしに引き寄せられて『それ』は窓から飛び込んできた。群れとなり、一体一体は小さな虫たちが、城の窓の至るところから雪崩のように流れ込んでくる。けたましい羽音を鳴らし、決して遅いとは言えない速度で乱入して来た虫の軍隊が、大階段に居座った玄武の陣を目掛けて押し寄せる。種類までは分からないがバッタかそんなところだろう。逞しい援軍だ。

 

『────っっっ!?』

 

 女性が16人もいれば数人くらいは虫が苦手なのがいる。少なくとも、ココの備えたマシンガンが放たれるだけの隙間は用意されてる。そこから入り込むなり、少し隊列が乱れてしまえば隙間からけたましい羽音を鳴らして虫の群れがたいあたりだ。煌めいていた黄金の大階段を階段の角から覗けば、そこに鉄壁だった亀の姿はない。大量の乱入者に乱れる銃声、羽音に混じる小さくない悲鳴、まさに地獄絵図だ。

 

「な、なにこれ……お前、なにやったの……」

 

「パトラと同じ。この杖であの虫たちを使い魔にして、連中に向けて突撃命令を出した。戦役のルールには微妙に反するがあっちも女の傭兵があんなにいるんだ、平等だろ」

 

 半分、冷たい眼差しの理子。神崎やキンジも微妙な眼差しをしている最中、俺は真実を語ってやる。綺麗な絵面にはならないって言ったろ。モーゼの杖、切れ端だけでもこの凄まじさ。今回限りの使いきりで良かったな。

 

 昔、先住民族のかけた呪いで、虫の大群を相手に夜明けまで籠城戦をやったことがある。奴等は手強い、数でこっちを圧倒してくる。防弾の盾や重火器は揃えても、殺虫剤を用意しなかったのはまずかったな。頭では分かってもあんなもんが襲ってきたら、弾をばら蒔いて追い払いたくなるのが心理だ。俺もそうだったし……

 

「よし、隙を見つけて駆け上がれ!」

 

 逞しい援軍の乱れるホールに、俺もトーラスを抜いて駆け上がる。所詮はオリジナルの欠片、軍隊を使役できるのも時間制限付きだ。数分もしない間に夜の空に帰っていくことだろう。

 

「──パーティーにようこそ!」

 

 それまでに、先行した部隊を援護するように鉛弾をぶちまける。虫の羽音に銃声が混ざるに混ざり、気品たっぷりだった城内も完全に地獄と化した。

 

「オホホホ! いいわ、いいわよッ! 愉快なことをやってるじゃない!」

 

 刹那、ヒステリックな叫び声と共に、羽音に人が倒れる音が混じっていく。そういや、ヒルダも理子の影にくっついて来たんだったな。いつの間にか階段の真ん前に立ち上がった吸血鬼が、右手に鞭を構えていた。

 

「狼狽える敵を睥睨するのは悪くない光景よ。今は私も師団の俘虜。手を貸してあげるわ」

 

 どうやら阿鼻叫喚の悲鳴に我慢できなくなったらしい。使い魔の概念やネズミや蝙蝠を自身も使役するヒルダは、虫の軍勢にも顔をしかめる様子を見せない。パトラもスカラベを使い魔にしてる、虫を使った攻撃や魔術など見慣れているのだろう。ヒルダの援軍、これ以上ないカードが手札にきたぜ。

 

「行くわよ! とにかく、守りは崩れたわッ!」

 

「パニック映画みたいな光景だけどなッ!」

 

 神崎、理子が順番に答え、後ろにキンジとレキも続いていく。

 

 虫たちはまだ俺の影響下、ヒルダを牽制する心配もなく、翻弄される相手の陣営はヒルダの電流にトドメを刺される形で、次から次へと倒れていく。上に続いている階段は黄金製、好運なことにこれは通電性の高いことで知られている金属。ヒルダもご満悦だ。そして、各々が銃で牽制したバスカビールのメンバーが、要塞となっていた階段を登りきった。

 

「これ、最初からお前が出れば解決じゃなかったか?」

 

「あら、お前の行動は無意味じゃないわよ。お前が愉快なものを見せてくれたお陰で、私も遊びたくなったのだからね」

 

「味方でいてくれて良かったよ、女王様。ファンになりそう」

 

「おもしろい冗談ね。ゴスペルでも歌ってあげましょうか?」

 

 ヒルダの声が明瞭に届き、城を荒らし回っていた虫たちは既に窓から消えたあとだった。存分に活躍してくれたな。本音を言うと虫は得意じゃないが礼を言うよ。結果的にゴールに近づいた。

 

 だが──何もかも都合よくはいかないらしい。絶縁体とされる壺を階段の足場に、ヒルダの電流のテリトリーからココが抜ける。その先は三階の──ちくしょうめ、大理石の床だ。

 

「ってぇッ……! サーカス、かよ……! いけ、いけェ!」

 

 最後尾で、ばらまかれたマシンガンの何発かを貰いながら俺も応戦するがその火力で、通路の角まで全員まとめて押し込まれる。理子が両手のワルサーで応戦してくれる間に、俺はルビーのナイフで切った掌の壁に血の図形を書いていく。

 

「ヒルダのスタンは一時的だ。ずっと足止めできるわけじゃない。今はあいつ一人だが、さっきの連中も、また押し寄せるっ!」

 

 二丁のワルサーが激しく発火煙を散らす中、鋭い理子の声が響き渡る。ヒルダが自分の体に貯めて携帯できる電力には限度がある。外部からの供給がなければ、自前で放てる電流もいつか底を尽きる 。

 

「いざとなれば、この身1つでなんとかしてあげるわ。今日は下僕もいるのだし」

 

「誰が下僕だ、誰が」

 

「ハッ、あいつは生粋の武人だ。超能力頼りのお前でなんとかなるかよ。その下僕も本職は化物専門だろ」

 

 弾切れの両手のワルサーに、金髪のツインテールに掴まれた新たな弾倉が差し込まれる。理子はフッと小さく息をこぼすと、

 

「アリア、あたしもキンジがどうレーザーを攻略するか見たかったが今回は譲ってやる──あれで我慢してやるよ」

 

 遠回しに、自分もこの階層を抑えると理子が視線を配った。すぐに意味を理解したキンジはただ一言だけ、

 

「理子、頼めるかい?」

 

「双剣双銃に、吸血鬼に、ハンターだ。三人いればあんなのはどうにでもなる、さっさと行け」

 

 ──ったく、遠ざかっていく足音に、俺は血の流れている掌を開き、喉を鳴らす。

 

「なに、笑ってんだよ」

 

「ごめん、だって自分の心配はしてない。そういうとこ滅茶苦茶セクシー」

 

「死ぬリスクは無茶苦茶上がるけど、そういうのがセクシーなんだよ」

 

 これまた大人っぼく、理子が小首を揺らした。今のでオチない男がいるなら見てみたいね。

 

「よし、因縁だらけの無茶苦茶な三人だが今だけは三国同盟を組む。アメリカとフランスとルーマニアで」

 

「まぁ、それもいいわね。世界最大のバーベキューにしてあげるわ。ちなみに、私を慰める報酬はあるのかしら」

 

「そこのイーサン・ハントが日本に帰国したら飯を奢る。ポケットマネーで」

 

Fii Bucuros(素晴らしいわ)──理子」

 

「……どうしてみんな俺の財布を狙うんだ。でもイーサン・ハントってのは悪くないな。ちょっとテンション上がったよ。店は俺が選ぶぞ、前は蠍に掠め取られたからな。今度こそフライドポテト食べてやるッ!」

 

 再度の開戦を示すように、血に濡れた掌を図形に押し付けて、俺は閃光を解き放った。

 

 

 




 ギミパペの、そこそこのカードパワーを持っている、メインの新規お待ちしてます。
 

『今度こそフライドポテト食べてやる』S4、9、ルビーー──

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