哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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『ああ、いいなぁ。あたしは生きてる、痛みを感じてる。この戦い──大事にしよう』




The Road So Far(これまでの道のり)




『人間、本当にどうにもならなくなったときは誰かにすがりたくなる。どうにもならない困難が来たとき、人間は救いを求めるんです。自分より大きな存在に』

 
『だから、頭を使いなさいって言ってるの。あたし、人工のツリーは認めないわよ、本物だけ』


『俺と同じで家出したのかもな。もしくは──犯罪者として追われたとか?』


『オメラスは、とある小説に出てくる理想郷のことだ。そこは自然に恵まれ、独裁者もいなければ身分制度もない。誰もが何不自由なく暮らしている、幸せな町だ』


『あんた、キリ・ウィンチェスターでしょ? あのアラステアに教えを受けたウィンチェスターだよね?』

 
『ところがその町のどこかに、光の届かない、固く閉ざされた地下室があった。まるで下水道のようなその地下室に一人の子供が永遠と閉じ込められている。その子は、ろくな食べ物も与えられずに、体は汚れ、ずっとみじめな生活を送ってるんだ。実はその子の存在を、オメラスの住人たちはみんな知ってる』


『──あんたとお兄さんが地獄に落ちてきた人間にアラステアと一緒にやったこと。あれは拷問じゃない、あれは……『芸術』だったってね』


『だが、誰も助けようとはしなかった。なぜなら、その子を閉じ込めておくことが理想郷が保たれる条件だったからだ』


『信じるよ。星枷が緋緋色金の監視を一族単位でやってる話は知ってる。本当に深いところまでは知らないが』


『どうせカマロにしとけって言うんでしょ。変形して戦ってくれるなら理子も大賛成だよ、黄色いやつ』


『祈りは届くと思います。神様でなくとも、きっと誰かに』


『雪平は遠山が本当に、如意棒を止めると?』


『行くわよ!とにかく、守りは崩れたわッ!』


『いざとなれば、この身1つでなんとかしてあげるわ。今日は下僕もいるのだし』


『──I copy。理子にお任せ』

 
『ああ、想定内だぜ、ココ。この決闘──受けてたつぜ!』

 



Now(そして今……)






雪平vsクランクアップ

 ──12月の後半。イブの夜とクリスマスを跨いで、繰り広げられた香港の戦いは、バスカビールの頭であるキンジが敵側の切札であるレーザーを防ぐという、俺が100ドルを賭けた側が的中する結果に終わった。

 

 後から聞いたところでは、かつて俺も借りる機会のあった元はシャーロックの刀を──レーザーの照射時間が尽きるまでの壁として使う、言葉だけでは俺もまるでイメージできないのだが、いつもの意味不明な方法で切り抜けたらしい。それを聞いた俺も理子も苦笑い、鏡で反射しようとしてもすぐに蒸発するって聞いてたが、そこはエクスカリバーかそれに近い宝刀の為せる技だな。

 

 ……なんでもそんな偉業を達した刀は、レーザーを浴びて焼かれたことで、クリスマスツリーのような刀とは呼べない姿に成り下がって城の屋上に飾られたとか。仮にそれがエクスカリバーならイギリスの有名な情報機関が黙ってないが……ここにデロリアンはない。タイムマシーンも。また綱渡りでキンジがなんとかするのを期待しよう。

 

 とにかく、必ず相手を仕留める矛を受け止めるか、それとも受け止められないか、その勝負にキンジが勝って倒れなかったことで──孫は敗北を認めてしまった。藍幇側も追いかけるように敗北を認めたらしい。そして、自分からキンジに向けて生殺与奪の権利を渡した彼女も生きてる──その後には因縁のドイツの魔女とパトラが奇襲を仕掛けて来たがそれも頓挫。

 

「悪くない幕引き?」

 

 心を読むように星枷が首を傾げてくる。ロカじゃあるまいし、勘だろう。

 

「ああ、誰も欠けてないし、とりあえず。みんな息はしてるしな?」

 

 奇襲を仕掛けてきた魔女も払えた、本格的な衝突は帰国してからだ。トゥーレ教会から、俺が一番気にしていたこともどうやら伝わっていないらしい。ゴーレムを連れた知り合いが上手にやってくれたか、それとも玉藻に賽銭をやったのが効いたのか。どちらにしてもドイツ連中の士気に影響はなさそうだった、朗報だ。

 

「からす!」

 

「す、すきやき!」

 

「き? き、金……じゃなくて、金のしゃちほこ!」

 

「そんなのありかよ。こ、コルト45……!」

 

 と、日記感覚で振り替えるのもここまでだ。聞こえてくるしりとりをやってるのはキャリアGA。タンカーで港に突っ込んでくる映画みたいな攻撃を仕掛けてきた魔女タッグの撃退に、正確にはここを守るために力を貸してくれた武藤や平賀さんのいるチーム。

 

 そして、ここは香港で神崎が活動の拠点に借りているホテルの屋上にあるレストラン。レストランとは名ばかりでもはや藍幇側、バスカビール側、そしてキャリアGA、完全に宴会ムード。諸葛はピアノでBGMを用意してくれてるし、みんなが美味い飯にくらいついたり、理子みたいにダンス踊ったり……賑やかだな。俺もこんなクリスマスは初めてかも。

 

「雪平、お隣失礼です」

 

「元気そうだな」

 

「あい、お話に来ました。賑やかな夜ですね、三蔵法師玄奘さまとの旅を思い出します」

 

「玄奘三蔵か、俺は本の中での姿しか知らないがきっと素晴らしい人だったんだろうな」

 

「とても」

 

 カウンター席にいる俺の隣に、巫女と入れ替わりで悟空が席についた。出世のヒントにもなってしまいそうなその尻尾はいまは緩やかに揺れている。

 

「遠山は失敗しなかったです」

 

「遠山キンジと大門未知子は失敗しない」

 

「矛盾を遠山は破りました」

 

「まさか剣でレーザーを受け止めるとは思わなかったけどな。いつも無茶苦茶やるけど、今回はベスト3入りだ。ありえないことをやった、いつもみたいに。あいつの存在自体が『兎角』だよ」

 

「あい、ありえないものですね」

 

「ああ、なんであいつが死なないか。なんでいつもありえないことをやってのけるか。答えなんて最初からない」

 

 兎の角と一緒、実在しない、つまりはありえない。答えのない悪魔みたいなナゾナゾだ。瓶に残ったコーラを呷り、俺は小さく息をつく。

 

「本の、主人公ですか?」

 

「かもな、あいつ正義の味方っぽいし。使命に燃えるって言うよりは、他の誰も変わってくれないからいつも愚痴を吐きながら、ボロボロになってから相手を倒す感じのだけど」

 

「では、雪平は?」

 

「俺は……なんだろ。この一年、本当にやばい敵はキンジや周りのみんなが倒してくれたし」

 

 俺が本当に一人で片付けられた大きな相手なんて──かなめだけだ。

 

「でも、そうだな。あの神様がまた悪さをするようなら、今度は俺も本気で抑えにいく。あそこで言ったとおり、今回はキンジに任せて、あいつはうまくやった。今度は俺がうまくやるよ。ローテーションだ」

 

 そう言って、俺は猴の胸を、伸ばした人差し指で示す。

 

「俺は外科医じゃないから、そこに埋まってくる色金はどうにもならない。だから、今度またその色金のせいで神様が起きたら、また眠らせてやるよ。麻酔でもかける感じで──」

 

 そう、だから──

 

「命は自分のために使ってよ?」

 

 きょとん、としている猴を置いて、俺はカウンター席を立つ。

 

「猴ちゃんもやろー!」

 

「あ、あい──!?」

 

 振り向くと、理子に腕を引かれる猴の姿。すっかり意気投合したココ姉妹も混ぜてグループを即席で組んでしまった。猴も最初は戸惑っていたが獣人界隈発祥っぽい躍りで理子たちに張り合い始めたぞ。流石に千年生きてるだけ、引き出しが広い。しかも、みんな動きがキレッキレだ。

 

「キリくんキリくん!」

 

「いたしません。みんなで楽しんで」

 

 向けられた満面の笑みに、小さく笑って手を振ってやった。

 

 

 

 

「お前は一緒に踊らないのか?」

 

「あのキレッキレのなかに混じって、一人死のダンスを踊れって?」

 

「ふーん、苦手なの?」

 

 水を差してやる形で座った神崎とキンジのテーブルで、『ダンスは嗜みよ』と貴族様が首を傾げてくる。聞いた話ではレーザーを止めてから、魔女コンビが仕掛けてくるまでの間にキンジと屋上で一曲踊ったらしい。武藤がまた血の涙を流しそうな話だ。

 

「おもしろい話聞きたいか?」

 

「ダンスの話?」

 

「タンゴの話」

 

 神崎に即答してやる。

 

「なによそれ」

 

「昔、本当に昔だが、ダンスパーティーをやるって話があって、本土じゃ珍しくない話だ。二人の兄はそれなりに踊れたが俺は……まあ、そんな感じで、女好きで有名な我が家の長男に教えを頼んだわけ、タンゴの」

 

「本番で失敗して、恥を掻いたのか?」

 

「いいや、踊れたよ。相手もいた。ただし、俺がタンゴを教わったのはお調子者の兄だ。ここでクイズ。結果、どうなったと思う? ヴェロニーカ・マーズ、当ててみな」

 

 俺は神崎に、そしてキンジに、順番に目を配ってやる。数秒してから、神崎は苦い顔で、

 

「女性のパートを覚えたってわけね……」

 

「そういうこと。曲が流れ始めて、相手の肩に手を置いた途端、優しく指摘された」

 

「リードして貰えたか?」

 

「相手に恵まれたよ」

 

 最後まで付き合ってくれた、今にしてもお見事だ。踊るには踊れたから、教えてくれた兄を責めるに責めれなかったし、

 

「さて、他のメンバーにも挨拶してくるよ」

 

 まだ話してないしな。それに神崎とキンジの二人で話したいこともあるだろう。適度なところで俺は席を立ちましょう。世の中なんでも引き際が肝心。

 

「なあ、実はあの話には続きがあるんだ。オメラスの人々はあるタイミングで地下牢の悲惨な子供のすべてを知り、その事実にショックを受ける」

 

 席を立とうとした俺に、キンジは城で話した理想郷の話の、続きを語る。

 

「へぇ」

 

「子供を助けてやりたい。だが、何千何万の人々の幸福を投げ捨てていいのだろうか。オメラスに住む人々の幸せと、地下牢の子供一人の幸せを天秤にかけられる」

 

 一人と何千何万、個人と国家単位、数だけで見れば天と地。

 

「次第に事実を受け入れ──彼らの涙は乾いていく。だが、その中には黙り込んで、ふさぎ込んでしまう人間もいるんだ。彼らは、決して数は多くないが……その少数派の人々は理想郷の美しい門をくぐって、オメラスの都の外に出ていく──そして二度とオメラスに戻ることはない」

 

 それが理想郷の結末。オメラスの平和ってお話か。子供一人を救ってみんなの幸せを壊す、みんなの幸せのためと目を瞑る、あるいは──彼らのようにオメラスから出ることで、せめて自分は偽りの秩序と理想を否定する。

 

「門を出て、振り返ってオメラスを見たとき、彼らは何を感じたのかしらね」

 

 神崎が小さく、椅子の背に凭れながら呟く。

 

「見て見ぬふりをしていれば、きっといろんなことが楽なんだろう。でも、誰かうっとうしい正義感みたいなのを持ち続けていなければ、世の中はきっと、悪くなっていくだけだよ」

 

 俺は──そう思う。アンフェアに満ちた世の中には、そんな誰かがきっと必要だと。

 

 




イロカネ編までは大体道筋できてますので、のんびり肉付けしていきます。


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