『マンハッタンの養護学校? またえらくスーフォールズから離れたな。まあ、行き先が分かってるだけ保安官も安心か』
『行き先を決めずに放浪してるクレアに比べたらね。昔世話になったシスターがそこで先生をやってるの。纏まった休みが取れそうだから、マンハッタンまで行って彼女を手伝う』
結論から言うと、コンビニに潜んだキンジの潜伏作戦は
今現在、外務省がマークしている神崎は、神崎に化けた理子で、当の神崎本人は奴等の目から逃れて病院の外だ。ひとまず、何の手出しできず英国に送還される事態は避けられたことで、俺もこうして──アレックス、本土の知り合いと国際電話で世間話ができる。
──廃墟になった工場でまじないの準備を進めながら、だがな。ごりごりごり……
『ボランティアで臨時の教師か。ホント、俺たちとは真逆の道を行ってる、それは俺やクレアには選べなかった道だ。俺やクレアは狩りしか選べなかった、でもお前は狩りをしながら看護婦を続けてる。すごいと思うよアレックス、俺も嬉しい』
『身元不明体の遺体を月に何回も解剖する看護師もいないと思うけどね。狩りはこりごり、普通の生活がしたい。頼まれると断れないって損な性格よね』
『ジョディも分かっていながら頼りにしちまうんだよ、出来の良い
潜伏作戦の成功に
その場で軽くやりあったそうで、コンビニは荒れ地どころの話ではなかったらしい。モノホンの鬼を招くとは、オーナーも店長も運がお悪い。ごりごりごり……
『今でも、毎朝2時間バスルームに籠って化粧か?』
『やめて、もう学生じゃない。クレアも昔は夕方まで寝てたけど今は早起き。その学校、資金不足で潰れかけてたのをどっかの資産家が援助したみたいなの。ビルひとつ丸ごと建てれそうな金額だって、マンハッタンの』
『すっげえ金持ちだよな。でも俺の知り合いにもいるよ。スーパーカーをミニカーみたいにコレクションしてる金持ちがさ。マンハッタンにも余裕でビルひとつ建てれそうなやつ』
プライベートジェットや自前で軍用ヘリも持ってるようなイカれた金持ち。
そういや、ジーサードはちょっと前に『野暮用で本土に戻る』と言ってから音沙汰がない。あいつも俺やキンジと同じ匂いがするからなぁ、トラブルを背中に背負いながら歩いてる匂い。ごりごりごり……
『で、気になってるんだけどさっきからその変な音……なに?』
『仕事だよ、仕事。いつものやつ』
『あー、狩りね。仕事熱心なこと』
『そう、誰にだって仕事はあるだろ。ジョディは保安官、俺はハンターでお前は看護師。クレアはクレア』
ボウルに入れた毛やら骨やらをすりつぶしていると、埃まみれのテーブルの上でスピーカーにしてある携帯から呆れたアレックスの声がする。よっし、こんなもんでいいだろ。
天使を呼び出すには相応のまじないが、それなりの材料がいる。通販で乗ってるような代物じゃないがラッキーなことに御先祖様が記録してきた書物に、まじないのやり方は書いてあった。
賢人万歳。メモっといて良かったぜ。
あとはアナエルを呼び出すまじないの材料だがこれはそっちにツテのあるヒルダに頼んで工面してもらえた。
ヒルダは以前も古物商の魔女から仕入れたデッドストックで夾竹桃相手に商売したりと、そっちの界隈に顔が利く。
苦い顔は貰ったが貸し一つだな。やばい状況で吸血鬼を頼りにするなんて──ベニーを思い出す。
『そう、それなら仕事の邪魔するのもこれくらいにしとく。そっちは夜でしょ、本番はこれからなんじゃない?』
『まあな。そっちは昼、そろそろランチの時間だな。いつか食った保安官のチキン、あれ美味かったぁ……ポテトサラダとビーンズの』
『それってあのただのチキンのこと?』
『でもちゃんと鳥の形してた。ミンチやナゲットになってなかっただろ。あんな美味いもの毎日食ってたなんて羨ましいよ。俺より良い部屋に住んでるし』
『クレアと二人で狩りをしてたときは、いいところ泊まってたんでしょ?』
『そこそこだよ。誰かさんみたいに高級ホテルを住まいにできればいいがそうはいかない。ボロいところ借りたらあいつは文句言うし。でもそんなあいつの皮肉な態度に助けられたこともあった』
スキットルの栓を開け、アナエルから拝借した僅かばかりの恩寵がボウルに垂れていく。何かの役に立てばとは思ってたが、まさかこんなところで出番が来るなんてな。
下げた視線の先、ボウルの中で青白い恩寵が煙のように渦を巻く。
これで準備は整った。あとはこのマッチで火を落とすだけ。テーブルにはもしものとき用の聖なるオイル、床にはスプレーで描いた天使封じを仕掛けてある。たとえ彼女の地雷を踏んでも、首を折られる心配はない。
廃工場で天使を呼び出す──我ながら、やってることが普通からかけ離れてる。鬼と戦略爆撃機の上で、殴りあったってキンジの話には敵わないが。
『なあ、アレックス。お前は普通に看護師やって俺たちとは違う道を歩けてる。お前にその気があるならきっと、誰かを好きになって結婚したりとか、家庭だって持てるよ。その気になればな』
『やめてよ、私にも過保護なんて。もう学校行って生物の試験を受けてるような歳でもない』
『そうじゃない。お前には、クレアと同じくらい救われてるから、だから、そう、ハンターの暮らしで慰めになるのは……救った誰かが今も生きてくれてること。そこは武偵も一緒だけど、お前と今でもこうやって話ができるのは……大げさとかなしに救われてる』
狩りに民間人を巻き込んで殺した挙げ句、酒で苦しみを紛らわしてるろくでなし兄弟。言ってみればそうだ。そんな俺たちの慰めになるのは救った誰かが今もどこかで生きているという事実。
自分たちのお陰で健やかに、幸せに暮らしていてくれるかもしれないという事実だけ。ほんと、それだけなんだよアレックス。
『式を挙げるなら呼んでくれ、除け者にするのはなし。約束だぞ?』
『今はそんな相手いないって。いても順番は踏まないと』
『一気にいくかも。保安官と俺が泣いても笑うなよ?」
『泣かないけど、飛躍しすぎ。キリの方が先にゴールするかもでしょ』
アレックスのその言葉に、携帯越しと分かっていながら、首を横に振る。
『ないよ、それは。一緒になるのは無理だ』
『ハンターだから?』
『それもある。大切だと思える相手とある程度一緒にいたら、境界線みたいに柵が現れるんだ。そこで退いとけばそのまま何も変わらずに今まで通り。けど、その柵を飛び越えてその人と一緒になろうとすれば……全部台無しになる。学んでる』
その人の生活を無茶苦茶にするだけじゃ足りない。相手の全てを台無しにして、いつもどおり最後には血を見る。だから、俺がその柵を越えることはない。今でもリサを愛していながら、ディーンが彼女に手を伸ばさないのと同じ。その境界を越えたら、今手元にある幸せすらこぼれ落ちてなくなる。
みんなそうだ、親父も兄貴も、メアリー母さんだってそう。柵を越えようとして、その度に苦い現実を味わった。
『その生き方って映画では映えても、現実だと惨めでしかない』
『かもな。イーサン・ハントも最後には妻と別れちまったし。けど、意外と今の生活は嫌いじゃないんだよ。意外とな』
『──ねえ、アレックス。準備しないならおいてくけど?』
ハンズフリーの携帯から聞き覚えのある声。クレアか、お出かけの邪魔しちまちったな。
『もう行くわ。クレアが待ちきれなさそう』
『ああ。長電話悪かったな。久しぶりに話せて良かったよ』
『いつでも電話して。でも怪物とか狩りなんて話はなし、現実の話がいい』
少し不貞腐れた声に自然と笑みが出る。
『分かった。次は現実の話をしようぜ。つまんないくらい普通の話』
『約束ね。次に会うときはチキン用意しとく。ちゃんと鳥の形をしてるやつ』
『楽しみにしてるよ。できればコーラも欲しい、あとポテトサラダも』
『用意しとく。だからあんたは世界を守って。私たちはスーフォルズを』
変わった激励の言葉だな。あー、ったく……
『ああ、いつも通りやっていこう。なんか、保安官に似てきたんじゃないか?』
『凍ったチキンを食べたいなら言ってれば。じゃあね、キリ。気をつけて』
『お互いにな、アレックス』
──アレックス。子供を失った吸血鬼が、その喪失感を埋めるために拐い、死んだ子供と同じ名前を付けて育てた少女。どこにでいそうなアニーという少女をイカれた吸血鬼が拐い、アレックスと名付けた上で……死んだ子供の代わりとして育てた。忘れられない狩りだ。
ブラドやヒルダ、ベニーやレノーラ。吸血鬼との因縁は挙げちまえばきりがない。アレックスは母親だった吸血鬼に自分で決着をつけた、たった二日で大切だった存在を全部失って、それでも今は前を向いてる。タフな子だよ、理子や神崎と同じで。睨みながらでも、現実と向き合ってる。
アレックス、海の向こうからだが今日も良い日を過ごせることを願っとく。ついでに、若くて無口で無愛想なクレアにも良い一日になることを。
(さて、と──始めるか)
通話を切った携帯を確認すると、キンジからメールが一件入っていた。えっと、用件は……兄さんに会いにいく? へえ、日本にいるんだな金一さん。俺も会いたいなぁ。
マッチを擦り、ボッと燃え上がった火をボウルの中に。磨り潰したまじないの材料から、天井に向けて青白い炎が一瞬だけ燃え上がると、勢いはすぐ衰えてボウルの底に沈んでいく。俺以外には誰もいない廃墟は、腐敗して支えられなくなった屋根が完全に落ちて、空から月の光が床に差し込んでいた。
埃を被った建物だがこの工場、敷地自体はかなり広い。稼働をやめてからかなり経ってる感じだが、昔は人と活気に満ちてたんだろうな。人の手が入らなきゃ立派な建物だって腐敗する。
「──キリ、いきなり呼び出すのが得意ね。何の用かしら」
反射的にテーブルの上のスキットルを掴み、声の方を向いた。失敗する覚悟もしてたがどうやら成功の目を引けたらしい。
「やあ、アナエル。聞いたよ、相変わらず繁盛してるようだな」
「医療制度が機能してないから。お陰で大忙し」
声がした先にいたのは、綺麗な茶髪を背中まで伸ばした厚手のコート姿の美女だった。170はありそうな身長とどこか人間離れした不可思議な雰囲気は、一度でも会えばそう簡単に忘れられるものでもない。
いや、人間離れというか、彼女は人間じゃなく別の存在。ジャンヌが欧州で聞いた噂の出所、多額の報酬と引き換えにどんな傷も癒してくれると心霊治療師で──名前はシスター・ジョー、あるいはアナエル。天界にやってくる魂の数を数えていた……モノホンの天使だ。
「質問に答えてない。これから開店ってタイミングで呼び出されたと思ったら、そこかしこに『天使封じ』。楽しい話なら早くして、そうでないならこの下手なアートをさっさと消して」
足下の赤いスプレーで描かれた天使封じを一睨みしてから、アナエルの不機嫌な視線はこの場に呼びつけた俺へと向いた。女優、ないしはモデルという言葉がこれ以上なく当てはまりそうな美貌だが、口説く勇気もなければ時間もない。 天使封じがちゃんと機能していることを確認し、スキットルをテーブルに戻してから、本題を切り出す。
「下手なアートってのは置いといて、遠回しに言うのも無駄だから率直に言う。オカルタムだ、あんたが持ってるんだろ」
「……オカルタム? 私が持ってるなんて話、誰から聞いたの?」
「ルビーだ。友達なんだろ、あの悪魔と。黒かブロンドかは知らないが」
ルビーの名を出した途端、アナエルは露骨に顔をしかめた
「あの子が言いそうなことね。友達じゃない、たまに手を組んで、仕事してたの。必要に応じて利用しあってた関係。腕の立つ悪魔と、類いまれなる商才を持つ天使。相性は悪くなかった」
「悪魔と天使が戦争やってるときに、お前らは戦いそっちのけでビジネスか。平和的だな。で、どこにあるんだよ。おとなしく渡してくれたら600$払う、治療は一回300$からだろ? 余計な力を使わずに二人分と考えりゃ悪くないと思わないか?」
制服の内側から長財布を取り出し、わざとらしく手元で揺らしてやる。多少なりともアナエルのことは知ってる、彼女との交渉で切札になるのは何よりも『金』だ。それが最強のカード。
「私は持ってない」
だが、話は俺の予想しない斜め上の方向に舵を取った。
「持ってないって……もう誰かに売ったのか?」
「持ってるのは貴方のお友だち──ルビーよ」
それはたとえるなら、鈍器で頭を殴られた気分だった。忘れられない悪魔の名前が脳裏の奥に広がっていく。
「ちょっと待て。ルビーはお前に売り付けたって言ってたぞ」
「ウィンチェスターは疑うって言葉を知らないの? 騙されたのよ、前と同じで」
そう言うと、目の前の天使は気だるそうに肩をすくめた。
「色々会って、トピーカに行ったときよ。朝から晩まで人を治療して疲れてた、それでも人を救った充実感に溢れていたわ、そこにルビーが」
「あの女、相変わらずの神出鬼没だな」
「最初、オカルタムはある一家から治療費として受け取ったわ。けど、ルビーがあれには何百万$の価値があるって。少しばかりの仲介料と引き替えに、欲しがってる金持ちを紹介してあげるって言ってきた」
「マンハッタンにビルが建てれるどころの金額じゃないな。それだけあれば、あんたの大好きなブランド品だって山のように買える。本当にそんな価値があるのか?」
「この国にもあるでしょ、死人に口なし。ルビーはバイヤーが来るまで預かるって言ってたけど取引はできなかった。そのまえに貴方たちが」
アナエルはおどけた顔で、右手で刃物を突き刺すような動作をする。はいはい、ブラックジョーク大好きだ。
「つまり、こういうことか。ルビーが俺に話したことは一部は嘘で一部は真実だった」
「それが彼女よ。嘘に本当のことを混ぜて真実をぐちゃぐちゃにするのがルビーのやり口。まんまと嵌められて貴方たちは地獄の檻を開けた」
「傷口を抉るのは下手なジェスチャーだけにしてもらえるか? オカルタムはルビーがどこかに保管してた、あるいは奪われたか。ルビー本人に聞くしかないか。ったく、どこまでも振り回してくれるなあの悪魔……勲章ものだぞ」
数年振りにルビーのことで悪態をつく。ちくしょうめ、この期に及んでまたあの女に騙されちまった。
「死人に口なし。ルビーがいるのは……
「──無理よ。煉国、それに天国と地獄には忍び込めても虚無だけは無理。貴方はルールに書いてないことをするのが得意みたいだけど、虚無にだけは踏み込めない。あそこは特別」
言い終えた刹那、鋭く刺すような声で否定が入った。宝石とでも例えられそうな瞳が鋭利な半眼を作り、続く言葉に俺も自然と耳を澄ます。
「悲しみと絶望の吹きだまり、犯した罪や過ちの夢を繰り返しみてるだけ。そうやって私たちは後悔に苛まれる。虚無はただ広いだけで何も存在しない、最低の場所」
「やけに詳しいな、行ったこともないのに」
「私は『ジョシュア』の弟子だった。神の言葉を受け取れる天使のね。まあ、それもかつてはの話だけど。それでも他の天使たちが知らないことも少しは知ってる。虚無に行けるのは死んだ天使と悪魔だけ。例外はない」
と、決して楽しくはない声色で彼女は吐き捨てた。ジョシュアか、ダゴンに襲撃されて彼も今は虚無の彼方。洒落た庭園で話をしたのが随分と懐かしい。
「一度しか会わなかったが、あんたの師匠は嫌いじゃなかったよ。虚無の世界が特別なのは俺も知ってる、そこのボスはアマラに次ぐ力を持ったモノホンの化物。おまけに今の死の騎士と同じでルールにうるさいらしいから、どのみち忍び込んだら無事には帰れない」
「そう、死人に口なし。私もオカルタムの行方を追ったけど、結局掴めなかった」
「こうなると、認めたくないが八方塞がりだ。今になってルビーに踊らされるとはな……」
屋根の落ちた頭上を仰ぎ、俺は溜め息ついでに首を振った。緋鬼と神崎が接触した嫌なニュースの他にも、覇美はキンジと引き分けた閻って鬼より数倍強い化物って話が他ならぬキンジから入ってる。集まるのは嫌なニュースばかり、良いニュースはないもんかね……
「どうしてオカルタムを欲しがるわけ? 使い放題のクレジットカードを失くした?」
「やめろ。こっちには犯罪三倍ルールがあるんだぞまったく。別に売ろうってわけじゃない。備えをしときたかったんだ、緋緋神のな」
僅かばかり、彼女の眼が丸くなる。
「その対戦カードは知らなかった。璃璃色金が騒いでるのは知ってたけど、そういうこと。どうりで機嫌が悪いわけね」
「そっちのは緋緋神が喜んでるのが気に入らなくて、粒子を吐きまくってるって聞いた」
「仲が悪いのは当たり。島国で何をしてるかと思えば、また神にいちゃもんをつける気?」
「友だちがヤツの器に近づいてる。対抗するなにかを持たないと、俺たち即死だ。何の罪もない女がヤツの好みってだけで一生を操り人形にされちまうんだ、見過ごせないだろ」
オカルタムに繋がる糸は切られた。だが、それと緋緋神から手を退くのは別の話。まだ天使封じの中に立ち尽くしているアナエルに向けて、俺は一言──
「協力してほしい」
「……あぁ、嘘。本気なの? 幸運を祈る」
酷く呆れた声が返ると、表情を変えない俺に今度は彼女が言葉を続けた。
「神を敵に回すつもりはない。だって神だもの」
うっすらと真意を見せない笑みで、そう言い切った。
「天使には色んなのがいる。中には悪魔より悪魔みたいなのもいるがあんたは人間に味方してくれる側と思ってた。ジョシュアの側近で使命に燃えてたって、キャスが」
「優秀な神の使いがなぜ階級の低い、魂を数えるだけのボタン押しに降格したか。どうしてか分かる?」
「……いや、そこまでは」
「天界を信じてた。使命感に燃えてたし、信念も持ってた。でも地上は神が約束した楽園とは違った。地上には憎しみと苦しみばかり。だからジョシュアに聞いた、『人間は神の創造物なのに、なぜ完璧な創造物を神は救おうとしないの?』──なんて答えと思う?」
使命感に燃えていた天使が、求めていた答えでなかったのは間違いない。一度、目を伏せてから自嘲的にも見える口元が開いていく。
「下らない答えよ」
「お師匠様はなんて?」
「神は交わらない──交わらないってなに。でもいい、私は違う」
不満から、最後は振り切るようにアナエルは吐いて捨てる。交わらない、か……神は無関心、何が起ころうと自分は関係ないの一点張り。いつだろうと神の本質は同じか。
「あんたが知らぬ存ぜぬの神とは違うなら、緋緋神のせいで苦しんでる人間を救おうとしてくれてもいいだろ」
「何も分かってないのね。私が奇跡を演じてるのは自分のため。天界なんていらない。天使の使命とか神の創造物を見守る責任とか、知ったことじゃない。神が戻ってこなくても、もうどうでもいい。私は今のままで満足してるの」
踏む込んでも、呆気なく彼女の首は横に振られる。
「助けが欲しいなら、他をあたって。私はただのビジネスマン、もう背中に翼もついてない。命あっての物種よ、危険な橋は渡らない」
「1200なら?」
「値段の問題じゃない、ちんけなバンドを組んで火傷したくないの。貴方もいっそ、全部忘れてリセットしてみたらどう? 使命とか責任とか、面倒な繋がりも考えも一度全部捨てれば?」
自分がそうしたように……か。俺から見れば、高い報酬を受け取ろうと人の傷を癒してるだけあんたは立派だよ。
「そんなことしたらあの世からエレンに背中を蹴飛ばされる。蹴飛ばされるわけにはいかない」
けど、アナエルの気持ちもちょっと分かる。信じて尽くしていたものに裏切られた、そんな気持ちを抱いたまま降格処分。自分が今までやってきたことが全部無意味で、バカらしいことに思えたんだろう。自分が信念を持って積み重ねてきたことが、無意味だと思えてしまうのは……まあ、キツいよな。
信じていた神はろくでなし。自分がしてきたことに意味はあったのか、悩んだ末に辿り着いたのが今の彼女。金の為に奇跡を演じる天使。そしてさっき、金を交渉材料に持ち出しても彼女の答えは変わらなかった。これ以上、彼女に切れるカードは俺の手札にない。
俺は両手を挙げながら彼女の元まで行き、彼女を囲んでいる天使避けの一部を足で擦って、円を為していたその形を崩した。切り取られた線の上からアナエルの右足が一歩、赤い枠の外に出る。
「話し合いは終わり?」
「No.っていう潮時を知ってるんだ。仕事前に呼びつけて悪かったな」
「Yes.って言うまで睨み合いになるかと思ってた。それと、今度呼び出すならちゃんとした部屋にして。マルベリーシルクなのに……」
「失礼。クラウリー曰く、ださいネルシャツばかり着てるもんで」
廃墟に呼び出すのはNGらしい。コートを指で摘み、端整な顔を不機嫌に歪めている。美人は何やっても美人だよな、そこは賛成するよ武藤。天使封じの枠から両足ともに完全に抜け出すと、アナエルは俺とほぼ同じ目線の高さから視線をぶつけてくる。不機嫌なやつを。
「ファッションセンスがないのは知ってる。服は安くて無彩色、アルファベットのロゴが入ってたら何でもいいってタイプ、当たってる?」
「嫌味な女だ。埃でも舞い上げてやろうか。そこのテーブルにちょいと息を吹いてやるだけで、お前さんのコートは埃まみれだぞ!」
「……」
「そんな眼で見るな、冗談だよ。コートお似合いですよ、天使さま」
「ありがと。埃まみれにするのは止めてあげる」
「是非にそうして。さっきのはなし。呼びつける前のところに送るよ、このままだと密入国の手引きしたことになるし」
いや、もうアウトか。笑えねぇ。
「まじないが解ければ、私は元いた場所に戻されるわけ?」
「ああ。一時的に呼びつけるだけのまじないだから、効力がなくなれば留めておけない。あ、そうだった。これも一緒に持っててくれ」
俺は制服のポケットから手のひらほどのアクセサリーケースを差し出した。どうなろうと渡すつもりだったからな。ケースを手に取るや、丸くなった瞳で小首が傾げられる。
「これは?」
「16世紀のミャンマー産ブラッド・ルビー。狩りをしていて手に入れたんだが、呪われてて処分に困ってた。天使なら呪われる心配もないだろ」
テーブルの上からマッチを取りながらそう言うと、ケースを開いたアナエルが唇の両端を釣り上げていく。
「ふぅーん。くれるってわけ?」
「呪われてると分かって売り捌くわけにもいかないしな。俺はイヤリングなんて無縁だし。開店時間を遅らせたのはそれでチャラにしてくれ」
「5カラットでこの透明度……これを交渉材料にしようとは思わなかった?」
「金額は関係ないんだろ。1200$で通らないなら、いくら積もうと同じだよ」
「それで、他に備えはあるの?」
残念ながら、相手が緋緋神となると備えるにしても役に立ちそうな手は限られる。不完全な孫の姿ですら、あの有り様だ。猴以上に相性の良い神崎の体を手に入れたら、生半可な策は意味を為さなくなる。となれば、最後はいつもどおりだ。
「いつもどおりだよ。出たとこで行く」
「そう、お得意の出たとこ勝負──……」
なんだ……今、続きを言い淀んだな。
「どうした、天使のラジオに変なニュースでも入ったか?」
有り得そうな可能性を適当に投げてやると、つまらなさそうな顔でアナエルは明後日の方向を視線で指し、ケースの蓋を閉じた。
「──地上にいる雀の涙ほどの天使たちが騒いでる。"緋緋神"が起きた」
前触れなく、よろしくないニュースが告げられる。このタイミングで来るか……もう少しベッドで寝てろよ、神様。
知りたくもない一報がアナエルの口から告げられ、続くように携帯が鳴った。嫌な出来事は続くというが番号は非通知だ。
『雪平』
『援護をお願い、場所は乃木神社』
『か、カナ……? どうして俺の──そうじゃなくて、乃木神社って赤坂の?』
どうして俺の番号を……そんなこと聞ける感じじゃなかった。鋭く凛とした、戦闘体勢に入りかけの声と援護の言葉は今から誰かと一戦交えると見て間違いない。しかし、よりによってこのタイミングで……
『"神"をもう一度寝かしつける。手を貸して』
それだけを言い残して、通話はぷつんと途切れる。神を寝かしつける……これで疑う余地がなくなったな、緋緋神が起きてしまった。器は言うまでもない、神崎だ。神崎を器にしてついに……緋緋神が起きた。
「良いニュース?」
「悪いニュース、すごく言葉足らずだけど」
そう聞かれて、簡潔に答えた。残念ながら本当に悪いニュースだ。彼女の天使のラジオが不調という、それこそ雀の涙ほどの可能性も消えた。
「知ってる? 自分を犠牲にして頑張ったからって、偉いわけじゃないのよ?」
「選択肢があるなら俺は戦う方を選ぶ。無駄でも抵抗した方がマシだ、同じ負けるのでもそっちの方が言い訳もきくしな。恩を売ってピザをたらふく食ってやる、一番高いやつ」
結末は同じかもしれないが、何もしないで後になって実は希望があったと知るのに比べれば、無駄でも抵抗した方が遥かにマシだ。それが自分のことじゃなく他人のことならなおのこと、諦めきれない。まじないを解くべく、ボウルの中に残された微かな火に視線を下げると、
「──最後にこれだけ。問題を抱えたくないなら友人とは縁を切りなさい。トラブルのもとよ」
「随分と淋しいこと言うんだな」
「みんな同じよ、誰もが一人ぼっち。蟻やライオン、人間も天使も生きとし生ける者すべて」
そう続けたアナエルは俺の背後。その表情も見ることはできない。最後に残す言葉にしては哀愁に満ちすぎてる。
神も、天界にいる同志も、彼女は自分には必要ないと言い切った。その言葉はどこまでが、真実なんだろう。
ボウルで燻っていた火が消えると、何の音もなく背後にあった気配だけが消えてなくなる。
「お休み、天使さま」
◇
幸いにもカナの指定した赤坂の乃木神社と、俺のいた廃工場はたいして離れていない。カナは不完全ながら未来予知に近い推理──シャーロックお得意の
荒い運転でインパラを飛ばし、頭上から異様な空気を晒している乃木神社の石段を一気に駆け上がる。最後の一段を越えて、境内に踏み入った瞬間──
「メインイベントには間に合った、というところかしら。いつも滑り込むのが上手ね」
清涼な声と同時に視界に眩い光が弾けた。カナがピースメーカーで放った法化銀弾が、私服姿の神崎の足下で弾けたんだ。──いや、違うか。もう、あれは神崎じゃない。
「……切、来てくれたのか」
「バカか、お前は。来なくてどうする、ルームメイトだろうが。お前も神崎も」
境内の周りを一瞥すると、キンジ、カナ、そしてカナに引っ付いてきたと思われるパトラと、
「おぉ、やっと来やがったか。待ってたぜ、ウィンチェスター。お前は来るって期待してたよ」
神崎の顔をして、神崎ではない
今まで何度も、何度も、それは見てきた。人の五体を器として、その体を自分の手足として行使する。間違いない、眼前にいるのは──神崎を器にした、
「
「5分でいい。神崎と話をさせろ」
「そいつは無理だぜ、ウィンチェスター。あたしは話よりも戦いたいんだよ。戦いたくてしょうがない」
「お前と話してるんじゃない、俺は神崎と話してる。神崎、本当にすまない」
凶暴そうな笑みを浮かべた神崎の──緋色のオーラとでも言うべき可視化できるエネルギー纏ったツインテールが、大きく羽ばたいた。たったそれだけで、身を切るような突風が吹き荒れる。
「お前、脳ミソはないけど度胸はあるな。気に入った、さすが死の騎士を呼び出したってだけのことはある」
そして、緋色の瞳は俺からキンジに。
「遠山。あたしはお前を戦に使いたい。だから殺しちゃダメなんだ。それは分かってる。分かっちゃいるけど、戦いたい。あたしはツイてるんだよ、ツキすぎちゃったんだ。アリアみたいなあたしの現し身にもなれる体を手に入れて──『本物の戦い』を味わえそうな相手がすぐ目の前に揃ってる。ガマンできなくなりそうなんだ」
神崎と同じアニメ声、しかし神崎とは異なった口調で、目の前の存在は告げる。あるのは"戦いたい"という素直すぎる自分の欲求ただそれだけ。ねだるような甘い声にキンジは、
「アリア、君はもっと誰かの体温に触れてるべきだよ。この世界にちゃんと君の居場所があるって感じるために」
脈絡のない、唐突な口説き文句で答えた。緋緋神が神崎のカメリアの瞳を丸くした刹那、パァンとカナの手元で線のごとき発火炎が散った。次いで、銀色の光が連続して視界に弾けていく。まごうことなき不意打ちだ。
点を超えて線にも見える、異常な速度の連射から来る発火炎……カナがヤツにも効果があると踏んだ法化銀弾を
今のカナの攻撃は、おそらく……防弾仕様ではない神崎の私服を考えて狙いをつけた。だが、弾けていた光が止んだとき、緋緋神が浮かべていたのは──笑みだ。俺はおろか、おそらくキンジですら見たことのない、神崎がするとは思えない邪悪な微笑み。
「よしよし。今。この瞬間が、歴史の転換点だ。お前たちは、その目撃者になる」
……あれだけばら蒔いた法化銀弾でも、僅かばかりの嫌がらせにしかならないのか。いや、法化銀弾でなければ嫌がらせにすらならない。今のでカナが戦闘の意思を見せたことで、むしろ喜んですらいる。
「カナ、この中で頭はお前だな。そのお前が戦う意思を見せた、決まりだろ──バカキンジ」
神崎の口癖を真似た緋緋神が、腕組みしてキンジを見やる。
「──ああ、意志と言う言葉の定義を今からお前に教え込んでやる。これが俺の意志だ」
吐き捨てるように言うと、慣れた手つきで広げられた緋色のバタフライナイフが、キンジの手元に収まる。それを見ていたカナがブラウンの長い髪を揺らし──
「ふぅーん。今のキンジはダメと言って聞いてくれる子じゃなさそうね。悪いルームメイトに似ちゃったのかなあ」
「お戯れを。墓荒らしもクレジットの名義人詐欺も教えてませんよ」
その長い三つ編みの中からいくつものパーツに別れた出したミッドナイドブルーの金属片を一気に組み立てる。柄も含めて20近くのパーツは蛇腹剣の要領で組み上がり、僅か一瞬でその手元には──西洋の死神を思わせる、大鎌が出現した。
サソリの尾──カナが本気の時に使う、クロム合金の大鎌で普段は髪に忍ばせている奥の手。パトラとヤツの結界の中で戦ったときも、最後の局面まで切ることのなかったカード。カナは最初から全力でいくつもりだ。
「神崎、聞いてるんだろ。器になったからってその支配は絶対じゃない。俺だって僅かな時間だがルシファーを黙らせた、お前なら拗れた神様くらいどうとでもできる」
「ははははーっ。お前、あのファザコン天使の器になったのか。どうりで変な匂いがすると思ったぜ。でも違うなぁ、お前は本来の器じゃない。良くて及第点、臨時の宿だろ? 今のあたしは全部、この体ならぜーんぶ使えるぞ! 如意棒だろうが暦鏡だろうが、なんでも、いくらでもな!」
「はっ、それで威嚇してるつもりか。戦の神らしく一端のワルを気取っても、俺から見りゃ聖歌隊のガキ以下だ。誰が怖がるか」
吐いて捨て、俺も制服の内側からルビーのナイフを抜く。やってやる、退路は焼いた。やることは一つだ。こっちには戦闘民族遠山家が二人もいる、誰が怖がるか。
「キリ、キンジも聞いて。倒すことは考えなくていいわ。あなたたちは私の重心から半径177・7㎝以内にアリアの体を誘導しなさい。最後は私がチェックをかけてあげる」
凛とした声でカナが語った半径177・7㎝は、携えている蠍の尾の間合い。その間合いに緋緋神を"押し込む"ことに徹しろってことか。なおもカナは笑顔で、
「──それと、心配しなくていいわよ。今、あなたたちが心配してること。私、武偵だから。でもあんまり暴れられると、手足の1、2本は飛ばしちゃうかも。私たちは人間だから、『勢い余って』って事もあるからね」
最初は俺とキンジに不殺を約束し、最後は緋緋神に向けて恐ろしい台詞を告げていく。
「それは困るのぉ、妾はすぷらったーは好まん」
「どの口が言うか。だったらカナが頑張らずに済むようしっかり働くんだな、王様」
「相も変わらず、不遜な男ぢゃ。ぢゃが、此度は目的が一致しておる」
「同感だ。そこでつまらない意地を張ってるほどお前も俺も頭の悪い人間じゃない」
「緋緋神を誘導できるか、まずはやってみる。177・7㎝だな、カナ」
「お願い」
困り顔をしたパトラから、一転して境内の空気が重たく張り詰めていく。和らぐ気配のない緊迫感にやがて緋緋神は弛緩し、我慢できない様子で笑った。数では圧倒的に不利を押し付けられながら、
「ああ、ときめく。これだよ、あたしが欲しかったのは」
などと、言う。
「緋緋色金は一にして全。全にして一」
楽しげに言う。
「されど、これこそ理想の一……始めるぞ、戦いだ」
緋緋神が一歩、前に出る。アマラ、大天使、死の騎士、イヴーー脳裏をよぎるのは、出会った中でも特にイカれた面子。しかし、そのどれとも目の前の存在は毛色が違う。
「──おい、緋緋神。知ってるか。戦いを好むのは本当に戦ったことのない奴か、戦いがすべてになっちまった奴だ」
キンジが水を差す気満々で嫌味を飛ばす。
「アリアはそのどちらでもない。理想の一だかなんだか知らないけどな、お前とアリアは全然似てないぞ。神なら慈悲もあるが、あいつにはないから……なッ!」
そう締めくくるのと同時に、キンジが右斜め前に駆ける。同様にカナも左斜めに疾駆、俺も地を蹴りつけて緋緋神を取り囲むように陣を作る。カナとキンジがそれぞれ60度の角度で展開し、三角形の残りの一角には俺が背中にパトラを潜ませる形で、緋緋神を三方向から閉ざした。
「ハハハッ、本気であたしを締め出すつもりでいるな。いいね、ワクワクしてきたよ。何時だって心を掴むのは堅実さより大胆さだからなァ!」
そう楽しげに呟いた刹那、1辺が30㎝程の立方体が緋緋神を中心に広がっていく。星明かりの下にありながら、その立方体に影は見当たらず、1つ、2つ……と、徐々に数を増やしていく。影がないキューブ……あるいは
「すっげぇキモイデザインだな。増殖の次は機雷にでも使おうってか?」
「愚か者が。あれは次次元六面──あらゆる物を止め、自在に削ぎ取り、消滅させる罠ぞ。決して人の身で触れるでない」
俺が毒を吐いた次の瞬間、背後からパトラの真剣な警告が続いた。モノホンの機雷か……蠍の尾の間合いに押し込まないといけないってのに余計な障害物を……
「──ヨハネ福音書1章51節……天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる──それは宙に浮かぶ地雷のようなもの。キンジ、キリ、あなたたちが竦むほどじゃないでしょ?」
蠍の尾を携えたカナが、うっすらと微笑むのが見える。活路を照らしだしてくれるようなカナの言葉と微笑みで、俺はジョーのナイフを、キンジはベレッタを新たに抜いていく。
そして、腐れ縁と一瞬のアイコンタクト。分かってるよ、ああ、先に突っ込んでやるから援護しろ。今回はパトラに、カナがいる。キモいデザインの地雷で怯む必要もない。切り込もうとして──俺は、足を止めた。
「……?」
突然、緋緋神が不思議そうな表情で、石段の方に視線を逸らした。その顔は、俺たちではない
「──神はいなくとも我々は孤独ではない。お互いがいる限り」
が、それは正しく俺たちには幸運だった。抑えきれない笑いを喉で塞き止めるのがやっとだ。アナエルめ、やってくれたな。律儀な女だ。さては自分が戦えないから、代わりにお友だちを呼んでくれたな。それは予想してなかった。
何食わぬ顔でトレンチコートを揺らしながら歩いてくるのは、ラッキーなことに知り合いだ。それも古くから、切っても切れないくらいの。だからとりあえず、名前を呼んでやる。
「遅かったな、キャス。また珍道中でもやってたか?」
「残念ながら」
「ふふっ、あはははっ!カスティエルか!なんだよその貧相な器、そんなのに入ったのか?」
「彼は勇敢で、立派な父親だ。……その少女に強引に入り込んだな、意識を抑えつけたか」
「ふん、なるほどなァ。キリ……だっけ? この展開はあたしも予想してなかった。ココたちが毛嫌いしてたのも分かるよ、いつの時代も何やるか分からないヤツってのは不気味だからな」
きろりと緋色の瞳が、俺を睨んでくる。俺だってこれは予想してねえよ、嬉しいトラブルだけどな。お粗末な展開だ、カナがヨハネ福音書を読んだらモノホンの天使が降臨しやがった。なんてことだ。
「……俺はもう何があっても驚かん。切が無茶苦茶するのはいつも通りだ」
「あら、キンジってば自分も無茶苦茶なことするんだから、ブーメランになっちゃうよ?」
その名はカスティエル。どう説明してらいいかも分からないくらい、色んな縁で絡んじまったトレンチコートの天使。ああ、ほんと、どう説明したらいいのやら。色んなことがありすぎて困る。
「キャス、みんなへの自己紹介は後回しだ。あの神様を叩きのめして、外に追い出すぞ!」
「元よりそれがアナエルからの頼みだ。盲目な神を黙らせる」
「実にけっこう! 歓迎するぜ、へっぽこ天使さま! やれるもんならやってみなァ!」
静かに緋緋神が二挺のガバメントを抜いた。やってやる、行く手に神が立ちふさがるなら、神をなぎ倒して行くまで。
「行くぜ、キンジ!」
「言われるまでもない!」
流れはこっちに傾いた。今度こそ、俺とキンジは浮遊したボックスの間をくぐるように緋緋神の元へ駆ける。