哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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Shuffle

「キリくぅぅぅーーーん!やる気が下がるのは辛いんだよぉー!うわぁぁーーん!」

 

「ああもぅっ、バカデカい声で呼ぶな!隣にいるんだから聞こえてる!」

 

「キリくぅぅぅーーーーん!」

 

 またしても耳を揺らした大声に俺は諦めのつもりで嘆息した。謀ったように赤に明滅した信号機に、八つ当たりのごとく睨みを効かせる。ボビーの口癖はこんなときの為にあるんだ──ちくしょうめ。

 

 大音量で俺を呼ぶ理子がいるのは、俺が運転している車、諸事情で車輌科から一時的に借りているシボレー・シルバラードの助手席。僅かに首を右に向ければ、蜂蜜色の髪がこれでもかと視界に移る距離で、携帯片手に放たれる理子の叫び声はボリュームが過剰なのもいいところだった。横眼をやると、やはり不満げな顔で携帯とにらめっこしている。いつも思うがなんてデコりようだ。

 

「どうせゲームのイベントかなんかだろ。ランダム要素は割り切れよ。好きなカードを百発百中で引けるなんて名もなき(ファラオ)くらいのもんだ」

 

「……上振れてるときに限って最後の最後で躓くんだよね。最後で巻き返せるかなぁ。ここはお休み一択だよ!」

 

 どうやら育成系のゲームらしい。勝手に聞こえてくる単語から適当に内容を想像していると、睨んでいた信号が青に変わってアクセルを踏む。昼下がりの晴天の下、インパラと同様にアメ車お約束のV8エンジンが心地よく吠え、俺はジャンヌが帰国予定の成田空港に続く国道295号に向けてハンドルを回した。

 

「育成ゲームと恋愛って似てるよねぇ。すべてが順調でうまく行ってるってときにこそ、あれに躓いちゃう」

 

「何に?」

 

「──アキレス腱。どんなカップルにでも一つはある乗り越えられない壁だよ、大恋愛でもね。ロミオとジュリエット、トリスタンとイゾルデ、アナキンとパドメ」

 

 都市、国、最後に限っては宇宙規模の悲恋と来たか。とは言っても、我が家にもサムとアイリーン、ディーンとリサというこの上ない実例が存在するわけだが……ネガティブな話はここまでにして、俺はかぶりを振るのと同時に思考を切り替えた。

 

 今週の頭、眷属との領地争いが苛烈だった欧州から帰国したルームメイト(遠山キンジ)によれば、極東戦役は眷属側からの停戦交渉を師団が飲む形で幕を下ろしたらしい。いつも通りと言ってやるべきか、欧州でもキンジが無茶苦茶に暴れたようで、眷属の幹部クラス──パトラと魔女連隊のカツェ、そしてカツェの上司であるイヴィリタが最終的に両手を挙げたらしい。

 

 形式的には、イ・ウー崩壊が引き金となって始まったこの戦争もこれにてお開きなのだが、俺やキンジとしてはまだ散らばった神崎の『殻金』という問題が残ってる。神崎が胸に撃ち込まれた緋弾によって、緋々神に体と意思を奪われることを防ぐ為のバリケード。その最後の1枚は……まだ取り戻していない。

 

 そして、その1枚を握っているのはS・D・Aランク71位の、アジアで71番目に人間を辞めてるキンジにして『化物』と言わしめる連中。人食い鬼とも吸血鬼とも違う、本物の"鬼"──

 

「キリくん、なに考えてるの。理子に打ち明けてよ、切れ味の良い包丁みたいにすぱっと」

 

「コーチの邪魔をするのも悪いからな。何を育ててるのかは知らんが」

 

 広く、ゆとりのあるシルバラードの車内で軽口を叩いてやった刹那、

 

「キンジがやりあったって化物、お前は知ってるか?」

 

 無法者の理子が顔を出した。相変わらず、落差の激しい女だ。

 

「噂程度には」

 

「綺麗に幕を引いてればいいがな」

 

 窓を隔てて、隣を流れていく車。意味深な理子の言葉が、何を指しているのかは明白だ。これは過去にワトソンも口にしていたが、現実の抗争とはマンガやゲームのように綺麗さっぱり終わるものじゃない。その後、物によってはより危険な尾を引くこともある。

 

 火消しが不十分なら燻る火がいつか再燃しても別におかしくない、それが他の新たなトラブルを手繰り寄せてしまうのもお約束だ。終結したとはいえ、連なったように浮かんでくる不安要素にハンドルを握る指が固くなる。

 

「いいよいいよぉー ここはばちこりとパワーを上げていくぅ! チュイーン!」

 

「なんだよその効果音……」

 

 いや、どうなるにしてもーーまずは聖女様を迎えにいくか。画面の中の誰かさんの育成を邪魔するのも悪いしな、どこの誰かは知らねえけど。

 

 

 

 

 搭乗ロビーで待っていると、やや荷物を多めに持ったジャンヌが歩いてきた。旧友を見つけるやこれでもかと理子が手を振る。

 

「ジャンヌー! おひさー! 理子りんとキリくんが迎えに来たよー!」

 

「うむ、久しぶりだな。一応聞いておくが、二人して私の出迎えか?」

 

「ああ。最近のテレビって、ほんと面白くないんだよ」

 

「うん、土曜日の昼は特にダメ。行こっ、キリくんが送ってくれるって。あ、お腹空いてない?」

 

 どうやらジャンヌ以上に理子が空腹で持たないようで、ターミナル内のショップでハンバーガーを持ち帰りで頼んでから、シルバラードのある駐車場に戻った。

 

 インパラ以上に大きいネイビーブルーの車体はやはりと言うか遠くからでも目立つ。カーチェイスはともかく、アウトドアには持ってこいの良い車なのには間違いないな。バイクもサーフボードも積み放題、それとしなやかなハンドリングもお見事だ。

 

「どのターミナルにも一つはハンバーガーショップが置かれてるけど、あれって身内同士で売上の戦争にならないのか。バイモアはバーバンク店とビバリーヒルズ店でしょっちゅう内戦してたぞ」

 

 近頃はコンビニを過ぎたと思ったらまた同じコンビニが建っている。あれも所謂ドミナント戦略ってヤツか?

 

 先んじて運転席の扉を開けたところで、怪訝な眼差しのジャンヌと目が合った。

 

「愛しのインパラもついに愛想を尽かされたか」

 

「……物騒なこと言うなよ。お前とキンジが欧州で暴れてたときにちょっとな。MP5の放火を浴びて今はお休み中。車輌科のツテで今はこいつを借りてるんだ」

 

 少しだけ楽しそうに笑ったジャンヌに、軽くボンネットを叩きながらそう返す。

 

「車の好き嫌いが激しいからねぇ。いっそ、かなめぇ経由でスーパーカーの一台でも借りれば?」

 

「俺はサードと違って、ミニカー感覚でスーパーカーを乗り回せる人間じゃないの。札束の固まりに当て逃げでもされた日には頭がどうにかなるじゃ済まない」

 

 リアル貴族であるホームズ家やワトソン家と違い、ウィンチェスター家はあくまで一般家庭である。戦友、チャーリー・ブラッドベリーから貰った()()()()使()()()魔法のカードのお陰で資金には困らないのと、賢人のアジトとかいう怪しさMAXの不動産を持ってるだけ。スーパーカーを廃車にして、また次を買えばいいと、すんなり切り替えられる金銭感覚もメンタルも持ってない。

 

 助手席を分取り、早速紙袋から注文したセットを取り出して理子が宴を始める。俺も紙袋に腕を突っ込み──ベーコンチーズバーガーの包み紙を解く。これこれ、如何にも脂っぽいこの感じ。良い意味でカロリーの暴力、ウィンチェスターサプライズと違って。

 

「この暴力的な味、まさに現界の至宝だ。これが千円札1枚で食べられるなんて、世の中どうかしてるよ。ジュースとポテトも付いてこの値段。でも俺も20年には言われるのかな、ステーキや肉みたいなコッテリ系の食事はやめろって」

 

「お前はそれしか食べないのにどうするんだ?」

 

「ああ、俺が原始人だって言いたいのか」

 

 ジャンヌはわざとらしくストローを鳴らして黙秘。

 

「理子だけかな。玉突き事故をスローモーションで見てる感じ」

 

 ハンバーガーを食い尽くしたところで、車のエンジンを入れて駐車場をあとにする。行き先は勿論東京武偵高のある人工浮島、最初こそ理子が積もる話をジャンヌにマシンガントークで披露していたがこの面子だ。

 

「それで、極東戦役の停戦についてだが」

 

 遅かれ早かれ、嫌でも話は極東戦役に傾く。

 

「かつて師団・眷属がイ・ウーの出現で和合していたように、遠山の目が黒いうちはまた戦乱の世に後戻りする事はないだろう。どうやら今回のことで、遠山はイ・ウーと同等たりえる存在だとみなされたようだ」

 

「抑止力だったイ・ウーを崩壊させて極東戦役を開くキッカケになった本人が、今度は新しい抑止力になっちゃったか。キーくんはいつもやることが派手だねぇ。一般人ならぬ『逸般人』に一直線だよ」

 

 理子は指で空中に漢字を書きつつ、サディスティックに笑っている。キンジの人間離れについては大いに同意するぜ、俺も内心次は何をしてくれるか楽しみだしな。いつか生身で大気圏を突破しちまうかも。

 

 とはいえ、自分で撒いた種を自分で枯らしたってところは流石だよ。勲章ものだな。

 

「最後の殻金を持ってる覇美って獣人はどうなった。それと義勇兵の妖刕と魔剱は?」

 

「そう焦るな、順を追って話そう」

 

 ストローを啜る音がして、少しの間が置かれたあと、

 

「妖刕と魔剱については行方知れずだ。眷属も把握していない。二人には協力者と見られる獣人が二人付いていたそうだが、その獣人たちも行方知れず。足取りが掴めない」

 

「ただでさえ正体不明の連中がますます怪しくなったな」

 

 裏理子モードのトーンで、理子が空の包み紙をクシャクシャに丸める。

 

「だが、問題は妖刕と魔剱ではなく覇美と鬼たちなのだ。代表戦士格の覇美、閻は眷属と物別れになっていて、停戦交渉には音沙汰無しだった」

 

「それは例の義勇兵コンビもだろ。戦役も終わったし、みんなでバカンスにでも出掛けたんじゃないのか。ワイキキあたりに」

 

「だと良かったんだがな。これはワトソンから聞いた話だが──覇美は既に日本に来ている。配下の鬼たちを引き連れてきな」

 

 一瞬、ジャンヌから返ってきたとんでもない解答に喉が詰まる。ちょっと待て、例の鬼たちがこの国にいる……? 

 

「待て。学園島や台場、品川や豊洲から東京ウォルトランド辺りまでの湾岸地帯には玉藻の『鬼払結界』がある。自分から中性子線の雨を浴びに来るようなもんだぞ」

 

 ハンドルを切りながら、食いかかるように後ろのジャンヌに言葉を飛ばした。一年しか持たない突貫工事だが、東京には正一位の化生である玉藻が作り出した鬼払結界が張られてる。獣人や化生にすれば、東京はそれこそ中性子線の雨が降り注いでいるような危険地帯だ。なんでそんなところに……

 

「眷属は無条件降伏したわけじゃなく、停戦するにあたって条件を付けてきた。師団も交渉で粘ったが、幾つかは飲まざるを得なかった。その一つが──」

 

「東京に張った鬼払結界の解除だね。それで堂々と乗り込んできた」

 

「ワトソンからだ。これが三日前に成田で撮られたアンラッキーな写真」

 

 バックミラーに映ったジャンヌの携帯がそのまま理子に渡る。やや後ろに倒したシートで、画面を仰いだ理子は、

 

「──バカンスじゃなさそうだね」

 

 赤信号での停止と同時に、その携帯を回してくる。

 

「胸元で抱えられている少女が覇美、抱えている女性が閻だ。閻は遠山が欧州で一度戦っているが覇美に関しては未知数、実力が見えない」

 

 革ズボン、革ジャンを黒で揃え、タンクトップらしきシャツの胸元を開いて、サングラスで瞳を隠しているこの女が、キンジと戦った閻。そんな奇抜な格好をした彼女に片手で抱えられているヒラヒラの女児服を着たこの少女が、最後の殻金を握っているとされる覇美か。

 

 周りにいる女も角を隠すためかどいつもキャップ帽を被って、キンジから聞いた如何にもな獣人の格好をしたヤツはいない。まあ、キャップは人間だって被るし、どこまでが付き人かはこの画像だけじゃ分からないな。だが少なくとも、閻の隣にいる女は前髪から小さな角が見える。最低でも3体の鬼が、日本に踏み込んできた。

 

「それにしても結界が解除されたって情報どこから渡ったの? 停戦交渉はフケたんでしょ?」

 

 再度、信号が青になってジャンヌに携帯を返すと、理子が目敏いところを拾った。確かに、鬼払結界が解除された途端の来日だ。いくらなんでも動きが早すぎる。

 

「まだ暴れたりない連中がいるんだろ。口の軽い連中が」

 

 これは明らかに眷属の誰かがチクったな。タイミングが良すぎる、 眷属から鬼たちに情報が流れたとしか思えない。

 

 理子が言ったとおり、こいつらもバカンスや観光で来たわけじゃないだろう。極東戦役で灯った火種は完全には消えてない。

 

「師団と眷属はたしかに停戦を結んだ。もし、彼女たちが仕掛けてくるなら、そこから先は今度こそルール無用の闘争になるぞ」

 

「望むところだ。どっちみち、千年パズルの最後のピースはこの子が持ってる。俺が何もしなくてもキンジがほっとかない、どう料理するかは知らんが。煮るか焼くか串刺しか」

 

「お前とキンジがバカをやるのはいつものことだから止めないけど、気を付けな。このチビ、お姫様扱いされてるだけで何も非戦闘員ってわけじゃない。これはあたしの勘だけど、抱っこされてるこいつが一番()()()

  

 同感だ。恐らく、さっきは未知数と言ったジャンヌも同じ考えでいる。この子がお姫様みたいに扱われてるのは、単なる階級や身分の高さからじゃない。()()んだ、この子が一番。鬼の群れの中で。

 

「もしかすると、一番やばい対戦カードを最後に残しちまったのかも」

 

「キリ、例の手帳に彼女たちのことは載ってないのか? 写本があるのだろう?」

 

「残念ながら書いてあったのは、連中が人食い鬼より素早くて素手で人間の頭を捻り潰せる怪力の持ち主ってことだけ。注意書きだな」

 

 外の強かった陽射しも太陽が雲に隠れて、ようやく落ち着きを見せる。ヒルダが嫌いそうな天気だな、今日は。

 

「写本って?」

 

「親父の手帳の写本。家出する前に作っといたんだ。役に立つかもって」

 

 親父の手帳は、言ってみればハンターマニュアル。幽霊や怪物なんかの非日常の情報やこれまで解決した狩りについてのことが綴られている。

 

 今では死んだ親父の遺品でもあるし、現物は本土にいる二人の手元だが、日本に来る前に作っておいた写本が俺の手元にある。ジョンの手帳ならぬ、雪平の手帳ってとこか。写本するのも一苦労で、オリジナルに比べても字が汚い。親父の字も大概だが。

 

「結局、今回もいつも通りだろ。これまで通りのいつも通りさ。即興で対応する」

 

「もし仕掛けてくるなら、停戦協定をガン無視するってことだよねぇ。それならこっちもルールの外から仕掛け見るのは?」

 

「ふむ、火の戦いに火で応ずるというワケか」

 

 火が苦手なジャンヌが口にするには皮肉な例えだが、ようするに隣の大泥棒が言ってるのは相手がルール無用で来るならこっちも同じ土俵で戦ってやるってことだろう。荒れそうだな。

 

「本当は殻金を届けに来訪したってオチを期待する。期待値でしかないが」

 

「期待値? ああ……希望的観測か」

 

 素っ気ないジャンヌの声から少しして、帰路はメガフロートの道に差し掛かる。車内で仕事の話になるのは今も昔も一緒か。今日に限ってはインパラじゃないが。

 

「ところでジャンヌ、白毛の彼女は元気だった?」

 

 ……白毛の彼女?

 

「ああ、触れ合う時間はあまりなかったのが少々名残惜しかったが」

 

 と、本当に名残惜しげにジャンヌが言った。ほぼ直線の道をアクセルを踏みながら、俺も横槍を入れる。

 

「白毛の彼女って?」

 

「ノルマンディー産の軍馬だよ。イ・ウーにいたとき、ジャンヌが白毛の牝馬と馬鎧をココに頼んでたって聞いててね」

 

 馬を仕入れると聞いても、相手がココなら特に驚きもなかった。どうやら武器や燃料だけに限らず、幅広くやっていたらしい。あいつの拝金主義は俺も修学旅行で目にしてる、イ・ウーは金払いも良さそうだしさぞ優良顧客だっただろうな。

 

「純砂金、東欧系少女の血液パック、絶滅危惧種のドクササコ。ストッキングから核燃料まで何でも受注してくれるのが彼女だ。知ってのとおりの守銭奴だがな。ちなみに私の愛馬は美麗だぞ?」

 

 砂金はパトラ、血液パックはヒルダ、最後の毒キノコは言わずもがな夾竹桃の注文だな。実に分かりやすい。ジャンヌの軍馬といい、特徴がおもいっきり出てる。

 

「キリくんもさー、ジャンヌに乗馬教えてもらったら? 案外ハマっちゃうかもよ?」

 

 ふと、理子が間延びした声でそんなことを言うので、

 

「言っとくが俺だって馬には乗れる」

 

「えっ、経験あるの?」

 

「ああ、少し前のことになるが馬に乗って荒野を走り回った。不便な場所だったよ、空気は砂っぽかったし、娯楽はないし」

 

「……一応聞いておくが乗馬はどこで学んだ? 地獄の檻か?」

 

「なんでもかんでもそっち系と結びつけるんじゃない。保安官に教わったんだよ」

 

 ──()()()()()のワイオミング州サンライズにフェニックスの灰を取りにいったときにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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