哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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掘り起こされた真実

「うーん、どっちを買うか迷うぜ。なあ、ワトソン?」

 

 ジャンヌが無事に帰国して束の間の日曜日。自室のパソコンと睨みあいになって十分が経過するか否かのタイミングで、俺は助力を求めるべく来客に声をかけた。

 

「なんだい、ボクは忙しいんだけど」

 

「その台詞、人の部屋でデートプランの設計しながら言われても説得力ないぞ?」

 

「……で、デートじゃないよっ! な、なにを言ってるんだキミは……!」

 

「さっきからガイドブック眺めてにやにやと、どこ行くか決めたのか?」

 

「ま、まだだけど……悩んでいてね。六本木、秋葉原、浅草は決めたんだけど……」

 

 ガイドブックは離さぬまま、聞き耳は立ててくれるワトソンは、香港行きの前にキンジと約束した観光のプランを練るのに格闘中だった。ガイドブックとにらめっこもいつからその姿でいたのかもう覚えてない。持参したペットボトルもテーブルの上で空になっている。

 

 ワトソンとしては、キンジと相談して観光のプランを決めようと部屋を訪ねて来たようだが、キンジは『武偵戦友会(カメラータ)』──かつて組んで事件解決に臨んだ事のある武偵が集まる、プチ同窓会みたいなものに出ていて運悪く部屋にはいない。

 

 なんでも来学期からワシントン武偵高の装備科に交換留学が決まった平賀さんの歓迎会も兼ねてるらしい。正直言うと平賀さんと離れることになるのは淋しいが、「友達の明るいニュースは祝うべき」と言ってのけたキンジが正しい。俺も来学期までに挨拶にいかないと。

 

「決断力は養ってたつもりなんだけどね。トオヤマも一緒に楽しめる場所に行きたいし、それだと見慣れてる場所よりも──これは悩むね」

 

 そう言ってページを捲るワトソンは、目まぐるしく表情を変えながら、捲ったページを戻しては睨みあいを続ける。

 

「好きなだけ悩めばいいんじゃないか。満足するまでさ」

 

「日本ではそれを他人事、と言うんだろう?」

 

「そうじゃないよ。人を好きになったら不安になるのは当然だ、落ち込んだり弱気になったり、自分がどう思われてるのかとか、相手の行動に一喜一憂したりして、今までは考えもしなかったことを意識するようになるよな」

 

 目の前の景色が一変したみたいに変化の連続で最初は自分が不安定になってるんじゃないかって勘違いしそうになることも、

 

「でもそういうのが一番楽しいときでもある」

 

 好きな人のことを想って、悩んでいられる時間が、実は一番満たされている時間だったんだと俺は思う。

 

「だから好きなだけ悩めばいい」

 

「それはキミの経験?」

 

「……まあな。ハンターと恋愛が結びつかないのはご存知の通り。お前にアドバイスできるような立場じゃないが、今回は守備役を自分から買って出てくれたお前への御礼だろ。折角なんだし、我が儘言ってやれよ。好き勝手甘えても誰も文句は言わない」

 

 言い終えると、ワトソンはやんわりと睨んでいたガイドブックから目線を離した。

 

「イ・ウーでは密かに噂になってたよ。キリ・ウィンチェスターはロマンチストだって」

 

「いらない情報ベストオブザイヤー受賞。俺がロマンチストなわけないだろ」

 

「誉め言葉だと思ってくれ、かなり変わってるけど」

 

 くすりと笑うワトソンに、つくづく俺は思ってしまう。キンジの周りは美女に事欠かない、国籍や種族を問わずな。

 

「それで、ユキヒラ。キミはさっきからパソコンと何をそんなに視線を交えてるんだい」

 

「実は本土の知り合いに航空便を送ろうと思うんだが、このアクセどっちがいいと思う?」

 

 画面に映っているのは所謂シルバーのアクセサリー。キャスター付きの椅子で右手で頬杖を突きながら、左手の指で画面にある商品を指す。

 

「似合わない眉間の皺はプレゼント選びに悩んでるってこと?」

 

「ああ、お前は皮膚科の医者か」

 

「一応見れるけどね。プレゼントを贈る知り合いって男性に? それとも──」

 

「ケバいメイクのバイカー。ノバックだよ、クレア・ノバック。知ってるだろ?」

 

 被せ気味に言ってやると、ワトソンは納得した顔になってパソコンを覗いてきた。過去に揉め事を引っ掻けてきたUKの賢人たちと、ワトソンが席を置いているリバティーメイソンは顔見知りの関係。その為か、ワトソンはワトソンでこっちの界隈に詳しかったりする。

 

「……そろそろクレアの誕生日なんだよ。あいつの誕生日は……忘れるわけにはいかなくてさ。こっちに来てからも毎年航空便で贈ってるんだ」

 

 クレアにとって誕生日は、母親を失った日。グレゴリという天使の恥さらしに、拠り所を奪われた日であり、彼女が普通の生活に区切りをつけてしまった日。

 

 あのとき、その命を救えていたら今のクレアがどうなっていたのか。そんなこと誰にも分からないし、クレア本人が言ったようにたらればの話でしかない。どうあっても救えなかった、それが現実でそれ以上もそれ以下もない。でもそれは忘れてはいけない記憶の1枚。

 

「誰でも後悔は抱えてるよ、ユキヒラ。人間は等しく後悔を抱く生き物なんだ、そこに優劣があったとしても、後悔することを知らない人間はきっといないよ」

 

「……ああ。苦い過去は誰にでもある。誰にでも。それは比べるようなものじゃない」

 

「そう、誰もが過ちを犯す、恥ずべき行為をしてしまうものだよ。ボクだって後悔や過ちを数えようとしたら、両手の指じゃとてもじゃないけど足りない。でもね、誰にだってやりなおすチャンスが与えられるんだ。だからボクたちにはそのチャンスをいかす義務が与えられる」

 

 ……この貴族様は、なんだってこう……不意を突いて真面目なことを言うんだ。ちくしょうめ、色々と負けた気分だ。

 

「神崎といいお前といい、貴族ってのはみんな人を諭すのが巧いのか?」

 

「キミより失敗になれてるだけだよ。少しだけね」

 

「宇宙規模でやらかしてる俺よりか?」

 

「苦い過去や失敗、自分の味わった不幸で張り合うほど空虚なものはない──ボクの記憶によれば、これはキミが言った言葉だよ」

 

 ……参ったな、とんでもないブーメランになっちまった。これには苦笑いするしかない。でもその台詞も母さんの受け売りなんだけどな。辛い過去の一つや二つ誰にでもある、いつまでもそれを逃げる理由に使えばーーいつか、ただの甘えに変わる。

 

「悪い、センチメンタルになったよな。で、これなんてどうだ?」

 

 曇りかけていた思考を振り切るべく、話を元に戻す。

 

「この十字架のネックレスは最高だ、これに黒のタンクトップを合わせればまさに敵なし。最高にワイルドで、スタイリッシュに仕上がる。日本の諺で言うと、鬼に金棒、ドムにレンチってところだな」

 

「……このサイト、洋画と海外ドラマのグッズ専門店じゃないか。彼女、カーアクションの映画に興味あるの? キミの好みが全面に出てない?」

 

「いいんだよ。クレアも意外とミーハーなところがあるからな。十八番は『俺は飛ばし屋』の──今のご覧になった? ナイスインしたんだけどよろしかったでしょうか、コロコロって──」

 

 『俺は飛ばし屋』ってのはアイスホッケーの選手が紆余曲折の末にゴルフをやることになる作品で、これもクレアが誕生日にモーテルに備えられていたパターゴルフをやったときに披露してくれたモノマネだ。ディーンと俺のよりはクオリティーが高いのは認める。特に兄貴のは酷かった。

 

「『ハッピー・ギルモア』だね。知ってるよ、ボクも好きだし名作だと思うけど?」

 

「確かにな。でもパターゴルフをやってるときに披露するんなら、やっぱりあれだろ。みんな大好き『カール・スパックラー』」

 

「……」

 

 間違いない、と俺は言い切る。が、ワトソンは視線を泳がせて目を合わせない。マジ……?

 

「『ボールズ・ボールズ』」

 

「……」

 

 ゆるりと首が横に振られる。嘘だろ……

 

「名作だぞ」

 

「ボクは見てないけど、リバティ・メイソンの知り合いは酷評してたかな。演出が肌に合わなかったって 」

 

「……何と失礼な」

 

「購入画面に進んだら?」

 

「……大嫌いだ、お前らの世代なんか」

 

「あの壁に、『TRON』のポスターでもプレゼントしようか?」

 

「遠慮しとく。前に『トップガン』のポスターが45ACP.で穴だらけになった」

 

 銀行振り込みでの購入を確定し、飲み物を調達するべく暫くぶりに椅子から立ち上がる。この部屋の家具は、主に神崎と星枷によって定期的に粉砕されるので、一定のスパンで買い換えることになるのがお約束になっている。このキャスター付きの椅子も何代目かは正直覚えてない。

 

 その星枷は実家に呼ばれて里帰り、神崎は神崎で私用があるらしく出ていて、ここ最近は違和感を覚えるくらい静かな日々が続いてる。ガバメントとイロカネアヤメを見ない日なんて異常気象もいいところだ。その静かな日々もキンジが帰国して鬼の軍団が来日したいま、数日持つかどうかだろうけどな。

 

 鬼、鬼か──そういや、白いドレスの女の次に遭遇したのが人食い鬼(ウェンディゴ)だったな。失踪した親父を探しにスタンフォードに行って、閉鎖した炭鉱の中で一番最初に戦った怪物。連中の頭は四六時中食い物のことで手一杯だが、今回乗り込んできたのは別格──今度は照明弾を撃ち込んで解決とはいきそうにない。

 

「ほらよ」

 

「ありがとう。当たり前のように瓶コーラが出てくるんだね、この部屋は」

 

「コーラの入ってない冷蔵庫なんて、福神漬けのついてないカレー同然。キンジのメロンソーダやら理子のプリンやらでウチの冷蔵庫はいつも大所帯だよ」

 

 冷蔵庫の瓶コーラを手渡すと、ワトソンは苦笑いで受け取った。

 

「でもちょっと羨ましい気もするかな」

 

「なにが?」

 

「キミが過保護って話だよ」

 

「……はぁ?」

 

 斜め上の返答に、俺も気の抜けた声で返す。しかし、会話の脈絡を考えると意味を推測するのはひどく簡単だった。

 

「過保護に見えるか、やっぱり?」

 

「その口振りからすると、ボクが初めてじゃないみたいだね」

 

「クレアの保護者にも同じ事を言われた。同居人もな。過保護なのはお互い様だっての」

 

 アレックスも保安官も俺に言わせれば、俺以上に過保護だ。人のことは言えない。思い返して俺は肩をすくめるしかなかった。

 

 クレアも俺と同じ、天使なんて非科学的などうしようもない流れ弾に人生を歪められた、運が悪かった人間。どこにでもいるはずの、ちょっと気の強かっただけの少女がある日突然運命を歪められる。

 

 唯一の幸運はクレアを迎え入れてくれたのがミルズ保安官だったってことか。親のいないアレックスとクレア、夫と息子を失くしたジュディ。あの三人には傷の舐め合いでは片付けられない()()()がある、羨ましくなるくらいの。俺よりもあの二人の方がずっとクレアに過保護だよ、トレンチコートの天使も良い勝負だが。

 

「けど、過保護でも構わないさ。もしクレアに何かあったら、俺も頭がどうにかならない自信がない。どうにかなるわけにはいかない。過保護でいる方がマシ。武偵もハンターも、知り合いの葬式を挙げるのは真っ平だ。それがロイとウォントみたいな連中でも」

 

「その二人の名前は聞いたことがないけど、知り合いかい?」

 

「昔、ボロいモーテルで俺を撃ち殺してくれた二人組のハンター。この名前にピンと来たらなかなかのマニアだな」

 

「お得意のブラックジョークをありがとう。賭けポーカーでイカサマでもした? あるいは私情のもつれ?」

 

「そんなところだ。UKの連中とドンパチするときに再会したんでそのときに和解した。俺も久々に名前を口にしたぜ、懐かしいことこの上ない」

 

 湿っぽい話が続き、思わず後ろ頭を掻く。瓶を呷ると、まるで示し合わせたようなタイミングで呼び鈴が鳴った。きょとんとした顔でワトソンは玄関の方を見る。

 

「トオヤマ?」

 

「キンジはいちいち呼び鈴なんて鳴らさないよ」

 

 廊下を歩いていくと、玄関の先にいたのはスーパーの買い物袋を提げたジャンヌだった。

 

「どうしたんだ?」

 

「話があって来た。私に続け」

 

 そう言うと、ジャンヌは俺の横を抜けて部屋に上がり込んでしまった。続けって……ここは俺の部屋なんだぞ……

 

「先客がいたか。ワトソン、さきの修学旅行Ⅱでは世話になったな」

 

「トオヤマなら武偵戦友会(カメラータ)で留守みたいだよ。いるのはユキヒラだけ」

 

 一方的にやってきたジャンヌはそのまま空いていた部屋のソファーに腰掛けた。

 

「ってことだ。伝言あるなら聞いとくぞ?」

 

「問題ない。私はお前に話があったのでな」

 

「俺に?」

 

 単刀直入に聞くと、ジャンヌは軽く頷いた。

 

「お前にだ。これは私からだ、ありがたく受けとるがいい」

 

「あ、ああ。ありがたく受けとる。ありがとう」

 

 ついでとばかりに、テーブルに落とされた袋には飲料水とビーフジャーキー、クッキーなんかが詰め込まれている。差し入れは素直に礼を言うとしてだ。ビーフジャーキーの袋を切りながら、聖女様に半眼を向ける。

 

「それで。話ってのは良い話か、それとも悪い話とセット?」

 

「お前次第、と言いたいところだがそう身構えるな。ただの世間話だ。私はパリのシャンゼリゼ通り──8区に自分の不動産を持っている。欧州での戦いの折、滞在場所として使ったがそこで妙な噂を耳にしてな」

 

 そう言うと、ジャンヌはソファーに座ったまま腕を組んでいく。

 

「信仰療法と皆は呼んでいる。彼女の手が触れた途端、先天性の疾患、視力、腫れ物や麻痺のような医療ではどうにもならない傷や病も魔法のように癒えるそうだ。彼女に頼めば、()()()()()と引き換えにどんな傷も癒してくれると」

 

「触れただけで麻痺や視力を治すだって……?」

 

 医療の心得を持つワトソンは当然黙っていられないと食い付いた。多額の金銭と引き換えに、奇跡を起こす。そのやり口には他にないってくらい心当たりがある。

 

「──アナエルか。ついに海外進出とはな」

 

 複雑な気持ちで、俺はビーフジャーキーを噛み砕いた。

 

「当たりか。以前、お前が口にしていた『金の為に奇跡を演じる天使』というのが気になってな」

 

「彼女の名前はシスター……シスター・ジョー。本土じゃ有名な心霊治療師だが、それは表向きの名前で本当の名前は"アナエル"。天界では魂の数を数えるのが仕事の下級職員だったが、地上に来てからは転職して成功したビジネスウーマン」

 

「ビジネスウーマン……?」

 

「他よりちょっと金にがめつい天使。名前は同じでも性格は全然似てない」

 

 半信半疑のワトソンに思ったままの感想を伝えてやる。実際に大抵の天使は欲とは無縁の頭をしているなかで、彼女に限っては清々しいほど自由奔放、自分のやりたいことに恐ろしく素直な姿勢が目立っていた。相変わらず、奇跡を起こす商売は繁盛してるみたいだな。瓶に残ったコーラを一気に呷って喉に流し込む。

 

 久々に耳にした知り合いの動向だが拝金主義は相変わらずらしい。むしろ変わってないことに安心したぜ。味方と呼ぶには彼女はグレーゾーンもいいところだが、知り合いの現況が聞けるのは不思議と悪くない気分だ。拝金主義は目立つが、少なくともベラ……人の臓器を高値で売りそうな性悪女に比べたら遥かにマシだ。

 

「キミの罵詈雑言はいつものことだけど、別段敵意を持ってる相手というわけではないんだね」

 

「特殊も特殊な関係だよ。利害が一致すれば協力してくれるだろうし、そうじゃなけりゃお互い干渉もしない。しかし、フランスにアナエルか。本土でのビジネスに嫌気が差して、慰安旅行中だったりして」

 

「天使が旅行かい?」

 

「今は翼がないから不便だろうな。昔は念じるだけであちこち行き放題だったから。俺も旅行行ってみたいぜ。浜松のうなぎ、前にテレビでやってたあれ。2泊3日で宿取って、サウナ入って、ベッドでゴロゴロしながらテレビ見て──」

 

「今年にでも叶えられるだろう、その予定なら」

 

「だといいんだけどな。遅れたが、いらっしゃいませ聖女様。キンジはいないが好きなだけ駄弁っていけよ」

 

「なんたってボクたちは暇だからね」

 

 苦笑いで自虐的に言ったワトソンに、俺もうっすら笑って立ち上がり、テレビのリモコンを取った。お、動物番組やってるな。

 

「新学期が始まって、また一年経って卒業になったら、今日みたいなどうでもいいことも思い出すのかもな。最後に考えるのは何気ないどうでもいいこと」

 

「ふ、ならばそのどうでもいい今日を、私が特別な日に変えてやろう」

 

 突然の凛とした声に振り向くと、ジャンヌの手には1枚のDVDディスク──それ、スーパーの袋の中に入れてたのか。どこから出したんだよ。

 

「聖女様、それなに?」

 

「『ラブ・アクチュアリー』だ。ラブコメの市民権」

 

「……また理子の入れ知恵か。バレンタイン映画の最高峰とでも言われたか?」

 

「クリスマス映画じゃないかな」

 

「違うな、間違っているぞ。()()()()()()()()()()()()だ」

 

 ……この二人、人前で恋愛映画や少女漫画を見たり読んだりは苦手じゃなかったか……

 

「なあ、本当に見るのか? その……カーチェイスも爆発も起きない、テロリストもエイリアンも出てこない映画を?」

 

「無論だ。付き合え、キリ。三人で映画鑑賞といこう」

 

「座りなよ、ユキヒラ。ほら、ジャンヌがクッキー買ってくれてるよ? 飲み物もあるし、抜かりなしだね」

 

「ここはトップガンとかにし──」

 

 言い切る前に、俺は言葉を引っ込めた。頬を膨らませるなワトソン、ジャンヌも怨めしそうな視線を向けるな。

 

「お前らよく似てる。座りますよ、クッキーくれワトソンくんちゃん。それとジャーキー」

 

 プレイヤーにディスクがセットされ、《外来種を捕獲せよ!》とかいうタレントが池を散策している絵が切り替わる。まあ、いいか。たまにはこういう平和な映画も──おもしろそうだ。

 

 最後に思い出すのはどうでもいいこと。1日、また1日が過ぎて、このだだっ広い部屋ともいつかは別れがやって来る。そう、いつかは──今日を懐かしむ日も来るのかな。

 

 

 

 

 

「……ぬるい」

 

 二人が帰ったあと、静まり返った部屋でテーブルに残っていたサイダーを煽る。数時間一口も触れずに放置したせいで、お世辞にも口当たりが良いとは言えなかった。結局、一口だけつけて元の場所に戻す。

 

 キンジはまだお楽しみ中らしいのか、帰ってくる気配はない。カーテンの隙間から見える夜の帳も、かなり色濃くなってきた。そろそろヒルダも起きる頃か。ぬるくなったサイダーを再度冷蔵庫に放り込んでから、僅かに開いていたカーテンを完全に締め切る。

 

「何のようだ、キンジなら留守だぞ」

 

 玄関へ続く廊下と居間の境、そこにいたのは今まで見てきたどれよりも鋭い気配を撒いている()()だった。

 

「よい、遠山はおらぬとも。お主に話がある」

 

 違う。普段のどこかで緩さを残している玉藻とは気配が、匂いが違う。これは腐るほど相対してきた異教の神々たちと同じ、常識の外にいる存在の匂い。いつもの玉藻じゃない。

 

「早まるな、雪平の。話をするだけと言うておろう」

 

「正一位の天狐皇幼殿下がそんな顔して夜更けに世間話ってわけじゃないだろ」

 

 誰だって身構える、正一位の意味を知ってるなら尚更な。反射的に警戒の態度を見せた俺に、半眼を作って鋭く見上げた玉藻は──

 

「緋緋色金は戦と恋を好む色金。それに憑かれた者──緋緋神は、闘争心と恋心──その2つの心を激しく荒ぶらす、祟り神となる」

 

 以前、俺にも話してくれた緋緋色金についての一説を口ずさんだ。

 

「先日カツェとパトラから返された殻金をアリアに戻した時に、訝しく思っての」

 

「例の殻金は1枚を残してそれで全部だろ」

 

「儂とて、眼を背けたいことの一つ二つはあるが此度ばかりはそうも言っておれん」

 

 知りたくない事実とは、往々にして思いもよらないタイミングで飛び込んでくる。

 

「聞け、雪平の──儂が思う以上にアリアは緋緋神と心を結んでおる可能性がある」

 

 

 





『お前らよく似てる』s1,6、ディーン・ウィンチェスター──

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