哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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名無しのサンタ

 

 

「昼間のテレビを見たことあるか、最悪だぜ。つまんないバラエティー再放送とか、株と為替の値動きだとか」

 

「何の特別味もない?」

 

「ちっとも。もっと楽しいもんかと思ってた」

 

 授業の終了を知らせるチャイムが耳に響く。

 途端に廊下を走り去っていく生徒の群れを横目で見送り、すっかり腐れ縁になってしまった女と、俺は廊下を進む。武偵校のセーラー服に黒いブレザーを羽織った夾竹桃だ。

 

「前から言おうと思ってたんだけどさ。そのファッション、正直に言ってすごく似合ってる」

 

「報酬の上乗せを望むなら、私を煽てるより結果で答えてちょうだい。すべては働き次第よ」

 

「歩合制か、大歓迎だ。チップはいくらもらっても困らない」

 

 半分は本気で言ったけど、良い答えが聞けて俄然やる気が出てきた。廊下と言ったが、俺が足を乗せているのは都内から少し離れた場所ある小学校。

 元イ・ウーの彼女はまだしも、俺は講師や教育者って柄じゃない。縁のない場所を歩いてる理由は簡単、仕事だ。

 

「ここよ」

 

 夾竹桃が足を止める、校長室だ。

 ノックすると軽い返事と同時にドアが開いた。

 

 

「東京武偵校の者です。私は鈴木で、こっちは雪平」

 

 "雪平" ってありふれた名字に思えるが、実はこの漢字と読みは全国に100人程度しかいないらしい。ふと、以前かなめが語っていたそんなことを思いながら、開いたドアの先にいた女性に武偵手帳を見せる。

 

「来て下さったのね。姫川さんからお話は聞いてます、どうぞおかけになって」

 

 話はついてるらしく、招かれるまま俺たちは部屋に上がり込んだ。対面で2つ並べられた来賓用のソファーに座ってから首を巡らせて部屋を一瞥する。

 

 シュリンクに包まれた教科書、テーブルに山のように詰まれた書類、そして、紙コップに入った緑茶。灰皿もなければ、酒瓶も散乱してない。

 先生の部屋とは大違いだな、タールもアルコールの匂いもまるでしない。空気が澄んでる。

 

「なぁ、姫川って?」

 

「ドラゴンの」

 

「──ああ。どうりで。彼女、元気だった?」

 

「ええ。来月、一緒にボウリングに行く予定」

 

 覚えがあるわけだ。

 ドラゴンの狩りをしたときに出会った少女と、連中に拐われた彼女の姉の名字がそれだ。

 イヴの一件以来の連中との対面、キンジがシャーロックからレンタルしていた刀が英国の至宝である『聖剣エクスカリバー』のオリジナルと判明した事件。

 

 そういや、拐われた彼女が就いてる仕事も教職だったな。この仕事が舞い込んだのもその繋がりってことか。

 彼女の母校、あるいは教育実習で訪れたのかも。推測ならいくらでもできるが、

 

「それで、ご用件は?」

 

 引っ掛かりが取れたところで、俺は本題を切り出した。

 

「この学校は長い間、予算が不足してました。でも一年半前から学校にスポンサーがついて、備品や用具を寄付してくださってるの。パソコンもそうよ」

 

「自治体から配られる公的な予算以外に、寄付を頂いたってことですか?」

 

「ええ、子供たちの恩人よ」

 

 これはかなめが語っていたことだが、予算不足になると学校だろうと病院だろうと容赦なく閉鎖していくアメリカ本土と違って、日本だと公共性の高いと見られた施設にはそれなりの交付金が配られる。

 

 こればかりは政策の違いってやつだが、どうやら俺が知った気でいたのは上っ面の知識だけ。

 交付金や公的な予算があろうと、どこもかしこも余裕があるってわけじゃないらしい。

 

 となると、備品や用具を無料で提供してくれる存在は本当に大きい。パソコンなんて数台そろえるだけで0がどれだけ並ぶか。

 

「ただ、困ったことにその人……名前も分からないの」

 

「それは、どうして?」

 

 ほんの少しの違和感、些細な困惑を混ぜた声色で夾竹桃は聞き返した。俺も微妙な引っ掛かりと共に耳を立てる。

 

「最初のプレゼントと一緒に手紙が付いてたんです。次からは要望のメモを箱にいれて置くようにって。欲しいもののメモを箱にいれて外に置いておくと、数日後には届けられる。真夜中に運んでるみたい」

 

「真夜中に届けてくれるなんて、なんだかサンタみたいですね」

 

 思わず口にしてしまったが、安らかな笑みで頷いてくれた。

 

「ええ。条件は一つ、匿名のままでいること。だから公にもしなかったし、正体も詮索しなかったけど今はどうしても知りたくて」

 

「なにか理由が?」

 

 今度は俺が聞き返す。どこか不穏な匂いが既に漂ってるが錯覚じゃなかった。

 

「スポンサーの身に何かあった気がする。いつもは箱にメモをいれると翌日にはなくなるの。でも5日前に置いたメモがまだそのまま、こんなこと今までになかった。何かあったとしか思えない」

 

 一年半、欠かさずに回収されていたメモが今になって放置、途切れてしまった。都合が悪くてすぐ取りに来られないか、あるいは取りに来ることができない理由があるのか。

 仮に後者なら穏やかな理由は期待できそうにないが──今の段階ではそれも推測。

 

「私は "優しい人" になれという教育をしてきました。善意の輪は広がっていくものだから、思いやりを忘れるな、と。学校を救ってくれた恩人なんです。無事かどうか知りたい」

 

 これ以上ない真っ直ぐな瞳に気圧され、俺は視線を伏せる。善意の輪が広がる……か。それはなんというか、綺麗な教えだな。

 正面から口にするのは躊躇いそうになるくらいの綺麗な教えだ。

 

「──ようするに行方不明者の捜索か。けど、今回は探してる相手がどこの誰とも分からない。タフな仕事になるな」

 

 部屋をあとにすると、二人して廊下の壁に背をつけて並んだ。周囲にはせわしなく下校や部活動の向かう生徒が行き来している。

 

 名前、素性、容姿、今の段階では何一つ情報がない。探偵科で言うところの『調査費用だけがふくらんでいく仕事』だ。

 一見、行方不明者の捜索に思えるが相手の情報がまるで白紙ってのが厳しい。依頼内容を頭の中で整理しながら、額を指でつつく。

 

「───降りる?」

 

「お前は降りないだろ、付き合うよ」

 

 夾竹桃は最初目を丸くしたが、やがて不敵に口の端を持ち上げる。

 

「良かった。私は武偵高に戻って、要望のメモを投書してたって箱を調べてみる。いくつか指紋が取れるかも」

 

「頼んだぞ鑑識科。俺はカメラ映像をチェックしてくる。あと寄付してくれたってパソコン、出所から購入者が分かるかもしれない」

 

 八方塞がりには慣れてる。

 いつだって無茶苦茶な問題ばかり投げられてきたわけだしな。

 

「何かあったら連絡しろ。こっちも何か分かったら連絡する」

 

「名無しのサンタを探すとしましょう」

 

 ああ、サンタ探し。インパラのキーケースを隣へ投げ渡し、俺は玄関とは逆方向に体を反転させる。

 モニターに張り付いて映像のチェックか、ここ最近で一番平和的な仕事だ。

 

 

 

 

 

 まだ小さかった頃、親父やボビーはナイフや魔除けのペンダントばかりくれたけど、エレンだけは『刑事コロンボセット』を買ってくれた。指紋をとれるあれだ。夢中になってボビーの家中の家電製品をとった、酔っぱらいが粉を拭きながらぼやいてたよ。

 

「進展はあった?」

 

「いくつか指紋が取れたわ、一部だけど。あとで探ってみる」

 

 帰宅した我が家では、『要望箱』と貼り紙のされた箱から夾竹桃が指紋の採取を終えたところだった。それが要望のメモを投書してた箱か、銀色にところどころ粗い傷が目立つ。

 

 一年半、この箱がずっと橋渡しに使われてたんだな。これが学校とターゲットを繋いでいた唯一の架け橋。腕組みしながら見据えていると、椅子に座ったまま首だけを巡らせた夾竹桃が綺麗な瞳を向けてくる。

 

「そっちは?」

 

「進展があった。映像の方はダメだったが、3ヶ月前に例のスポンサーがモニターを15台寄付したんだ。購入した店が分かった。店長がスタッフに話を聞いてくれたんだけど──」

 

 俺は一度言葉を切ると、テーブルに添えられた椅子に座る。

 

「──モニターは()()()()ものらしい」

 

 視線を結んでいた瞳が、一瞬丸くなる。単なる人探しで終わらないのは彼女の方も薄々感じていたらしい。作業に使っていた手袋を脱いで、やんわりと肩がすくめられる。

 

「名無しのサンタが泥棒とはね。綺麗に連なってきた物語が今の一瞬で台無しだわ」

 

「神が見捨てた世界に何を期待してんだよ。いいことを教えてやる、燃え上がった火はコーラで消せ」

 

「それは経験からのアドバイス?」

 

「バーではみんなやってる。フラれた傷をビールで慰めるんだ、俺はコーラってだけ」

 

「強い水か、炭酸か」

 

「強い水?」

 

「お酒。ロンドンではそう言うの」

 

「どうりで回りくどい」

 

 エレンのバーで何度立ち昇った火をコーラで鎮火したことか。あのバーに来た男は、漏れ無くジョーにポーカーを挑んではカモにされる。で、最後には欠片ほど残ったチップでカウンターでビールを頼む、エレンの苦笑い付きで。

 

 愛しの炭酸を求めて冷蔵庫まで出向くと、後ろから足音がついてきた。今では神崎や理子、かなめやジャンヌの物まで収まっている我が家の冷蔵庫を開いた。

 

「一年半、盗品を学校に寄付してたってこと?」

 

「金持ちならポケットマネーで払うが、金持ちじゃなかったんだろ」

 

「まるでどこかのドラマみたいね」

 

「ドラマに出てくるはんなりお茶目の泥棒とは限らないがな」

 

 案の定、理子が蓋にマジックペンで自分の名前を書いたプリンやかなめが愛飲するキャラメルミルクが目を惹く。一年前はむしろ空きが目立つくらいだったのに今ではその逆。賑やかになっちまったなこの冷蔵庫も、この部屋も。住人が一気に増えた。

 

「失礼するよ、ユキヒラ」

 

 冷蔵庫から瓶コーラを2本抜いたとき、玄関から聞き覚えのある声がした。栓抜きを手にした夾竹桃が横目を向けてくる。

 

「呼んだの?」

 

「ここまで歩いて帰ってきたと思うか? 頼みごとをするついでに乗せてもらった、お高いポルシェに」

 

 追加で抜いたもう一本も持って来客──ワトソンくんちゃんを出迎えた。近頃は企業コンサルタントの依頼も引き受けるようになったらしいワトソンが、鞄から取り出したノートパソコンをテーブルに広げる。

 

「悪いな、無茶言って」

 

「無茶ってわけでもないよ、ボクに限ってはだけど。ほら、これがお望みの調書だ」

 

 食い入るように夾竹桃が画面を見る。

 

「警察の? よく手に入ったわね」

 

「流石は優等生。アイスマンだな」

 

「アイスマンって、トップガンのかい?」

 

「……」

 

「一応聞いてあげるわ。その顔はなに?」

 

「なんでもない。36時間振りに感動したってだけ」

 

 トップガンはいいぞトップガンは。なんと言ってもFー14がふつくしい、乗り物おたくの武藤や島姉でなくても恋するね。ビーフジャーキーを数本まとめて齧り、上から炭酸を流し込む。

 

「口に詰め込みすぎ」

 

「女房か」

 

 蠍のいちゃもんは無視。喉が潤ったところでかぶりを振り、俺も調書の映ったパソコンを遅れて注視する。ワトソンくんちゃんの贈り物を一枚ずつ検閲していくが、

 

「同業者の貴方から見てどうなの? 何か分かるんじゃない?」

 

「泥棒じゃねえ、ハンターだ。ちょっと待て、詳しい状況を見ないと専門知識は活かせない」

 

 半眼を作り、デジタル化された資料のすべてに目を通す。ま、読んだ感想としては、

 

「このサンタはお一人様だな」

 

「あら、どうして?」

 

「ここだよ。アラームが切られて、その三分後に防犯カメラが切られてる。一方をやってから移動して残りをやったんだ、仲間がいるなら同時にやってるよ。オーシャンズ11みたいに」

 

 さっきはああ言ったが、許可なく禁止区域や住宅地に踏み行ったり、無断でオカルトグッズを拝借したことは一度や二度じゃない。同業者になったつもりで考えれば、少ないながら手がかりは拾える。

 

「この犯人はかさばるものを大量に盗んでる。ポケットに入れて運ぶわけにもいかないし、バンかトラックが必要だな」

 

「盗む度に車を調達してないとすると、同じ車を使ってるね。カメラに映ってるかも」

 

「けど、あの辺りは住宅や店が少ないぞ。となると、道路のカメラだな。なんとかなるかも」

 

 一年半だ。盗みの度に車を変えるのも労力がいる、乗り捨てるにしても足はつくしな。流石にワトソンくんちゃんの見立ては鋭い。画面から目を離し、軽く伸びをする。

 

「脳ミソフル回転モードね。お得意のダークなやり方?」

 

「俺だけ悪党扱いするな、お前だってガキのクッキー盗んだだけじゃないだろ」

 

 コーラを喉に流し込み、乱暴に間を作る。

 

「チャーリー・ブラッドベリーの講義を1ヶ月受けた、俺だって優等生だ」

 

「初めて聞いた名前だけど、共通のお友達?」

 

「半分は正解、半分は外れ。私が知ってるのはあっちの世界の彼女だけなの」

 

「あっちもこっちも大して変わらねえよ。ハーマイオニーが大好きなパソコンオタクで、現場もこなせる裏方。神は二物を与えずっていうけど、彼女は全部与えられた」

 

「あっちとかこっちとか、まるで映画の話みたいだね……映画なの?」

 

 言うに及ばずだよ、ワトソンくんちゃん。現実と空想の境界が曖昧になるのがハンターや武偵って仕事だ。常識がねじ曲がる。おそらく、アメリカ本土で一番電子機器とネットワークに強いハンター、それがチャーリー・ブラッドベリー。

 

 意外とファンキーなところがあるから、アッシュと知り合ってたらきっと意気投合してたな。じゃあ、ちょっと失礼して俺のパソコンを机に広げていく。ワトソンくんちゃんのパソコンは袖に寄せてっと……立ち上がれ、俺のパソコン。

 

「一応聞いておくけど、正式に手続きを踏んで開示してもらうプランは?」

 

「悪いなワトソン、今だけ目を瞑ってくれ。盗みに入ってまで寄付してたとなりゃよっぽどのことだ。ここまでやって急に音沙汰なしってのは、やっぱり何かあったとしか思えない」

 

「時間が惜しいってこと? 本音を言いなよ、手続きするのが嫌なだけだろ?」

 

「それもある。地球のおまわりさんはおっかないからな」

 

 普通の依頼なら映像の開示を待つが、どうにも今回の依頼は普通じゃない気がする。一年半の課外活動の間にやばいものに手を出しちまったのかもな、本人も知らないうちに。

 

「学校に届けられるのはいつも夜中よ。時間と日付も分かってる、その時間に同じ車が何回も通ってたら──」

 

「それが名無しのサンタクロース。平成のロビンフッドだな」

 

「ロビンフッド?」

 

「盗んだものを分け与えてる、だから平成のロビンフッド。みんな好きだろ? 平成のシャーロック・ホームズとか先人を現代に置き換えての例えがさ」

 

 怪訝な顔を作ったワトソンにキーを叩きながら答える。いつも考えるんだけど、平成のシャーロック・ホームズが存命中に年号が変わったらどうなるんだろ。

 

 平成のまま? それとも新しい年号のシャーロック・ホームズに改名されちまうのかな。というか、武偵には刑罰三倍ルールがあるから手続きをすっ飛ばして映像を盗み見るこの行為も火傷じゃ済まないかもな。だが、今回は非常事態だ。ここまで来たら、キーを打つ指も止まらない。

 

「平成のロビンフッドはこんなことしないわ。彼女は正当に受け取った報酬を民に分け与える、家電を盗んだりしない」

 

「そういや、イ・ウーにはいたんだったな。ロビンフッドの末裔って凄腕の弓兵が」

 

「弓兵であり、超能力者だよ。そっちも凄腕だ」

 

 記憶にある、キンジが欧州でぶつかったって女だな。パトラは砂、ヒルダは雷、カツェは水と来て──彼女は風。高度な超能力と弓兵の技術を兼ね備えたハイブリッド、超能力だけに依存してないってところはジャンヌと同じか。

 

「風を使役する魔女……ゾッとするぜ。ハスターはクトゥグアやニャルラトホテプよりもやばい」

 

「……その連中と戦ったなら、君はもう人間を辞めてる。おめでとう」

 

「じゃあ、俺はまだ人間だな。あの神話の神々とは戦ってないよ、知り合いの子供が一時期夢中になってただけ。もう俺たちのことも──()()()ないけどな」

 

 ちくしょうめ、間違って包丁で自分の指を切った気分だ。マヌケにも程がある、バカか俺は。しかし、この映像……

 

「目ぼしい車は見当たらないわね。あまり考えたくないけど、課外活動の度に車を変えていた」

 

「だとしたら、お前が回収した指紋が最後の手がかりになっちまうな。指紋がヒットしなかったらおしまいだ」

 

「望み薄でしょうね。車まで変えてるなら、指紋から正体が割れるなんてケアレスミスを望める相手じゃない」

 

 何度か繰り返しチェックしたが、カメラにターゲットの泥棒らしき車は見当たらなかった。沈鬱げに画面から目を逸らすが、逸らした先にあった鈴木先生の顔は何か言いたげだった。手袋をしてない方の白い指が、すっと顎に寄せられていく。

 

栗鼠娘(リスむすめ)──」

 

 ふと、その唇が動いた。

 

「リスむすめ……? なんだそれリスの擬人化ゲームか?」

 

「以前、乾桜が式場警備の依頼の折に捕縛した式場荒らし。中村ナジカ、またの名を栗鼠娘。一度は逮捕されたけど、連行中のパトカーから逃走した」

 

 淡々といつもの調子で言葉が重なる。式場がリスの餌場か、なんとも洒落てるな。

 

「このタイミングで出てくるってことはそいつが匂うのか?」

 

「 "富を持つ者は貧しい者に富を分け与えよ" が彼女の理念。義賊の考えね。モニターが盗まれたのは今も拡大中の大手の店よ。保険にだって入ってる。対してあの学校は?」

 

()()()()の側。寄付を盗品で賄うのは払えない小切手を乱発するようなもんだがな」

 

「その推測が当たってるにしても外れてるにしても直接話を聞く必要はあるね」

 

 鋭い声でワトソンがそう言うので、この機を逃さず俺は話を振った。

 

「見てのとおり一癖ありそうな依頼だ。臨時と言わず、最後までお付き合い願えます?」

 

「構わないよ。この依頼なら、派手な爆発シーンもなさそうだからね」

 

「あるわよ、ちゃんと雪平の爆弾発言が」

 

「バカかお前は。知ってるか、嘘と偽りは人と人との関係をダメにするんだぞ?」

 

 何が爆弾発言だ、お嬢様が大好きなスリルもちょっとした冒険もここにはございません。キレ味はこの上ない返しだったけどな。

 

 だが、ワトソンくんちゃんは最後まで相乗りしてくれるらしい。これは心強い助っ人だ、マンチェスターでは探偵科を専攻してた話だし。

 

 新たなカードが加わったタイミングで、状況を整理すべく喉に炭酸を入れて一息つく。入れ替わりにワトソンが新たに会話の口火を切った。

 

「知ってるかい、古典的なスパイ小説は派手な小道具だけじゃなく人間を描いてた、人生をね。そもそもどこの誰とも分からない相手を探そうとするのがナンセンスだよ。正攻法は駄目だ、アプローチを変えてみよう」

 

「いっそ星枷に犯人を占ってもらう?」

 

「君も言ってたじゃないか、盗みに入ってまで寄付を続けるなんてよっぽどのことだ。唐突に連絡を打ち切るとは思えない、理由もなしにはね」

 

 それについてはこの場の全員が同じ意見だ。盗みをやってまて続けてきた支援を唐突に打ち切るなら、それだけの理由がある。すかさずワトソンは続けた。

 

「じゃあ、その理由はなんだと思う?」

 

 神崎やジャンヌに負けず劣らずの綺麗な瞳が半眼を描く。微かな間を置いてから、隣から凛とした声が響いた。

 

「課外活動……やばいものに手を出した?」

 

「俺もそう思う、やばい連中を怒らせた。でも盗んだのは学校で使われる備品だ、どこの誰から癇癪を買ったんだか」

 

「ただの備品じゃなかったのかもしれないよ。だから犯人も気付かずに手を出しちゃったんじゃないかな。最後に寄付されたのは?」

 

「待て、確か──」

 

 メモ代わりに使った携帯の未送信ボックスを開いていく。よし、あった。

 

「最後に寄付されたのは──消火器だな。全部で15本、防災訓練で使うからって。……待てよ、もしかしてこれ──」

 

「……ええ。外は消火器、でも中身は別の物かもしれないわね。消防法を盾にしたフェイク、犯人は中身が違うことを知らずにそれを盗んだ」

 

 冷たいものが背中を撫でる。推測と言ってしまえばそこまで。しかし、この推測は……通る。通ってしまう。疑念の火が燻ったの俺に限らず、夾竹桃は携帯電話を取り出すと素早くダイヤルのキーを打ち込んだ。

 

『鈴木です。ええ、申し訳ないんですが今から伺っても構いませんか? はい、例の寄付してくれた相手の捜索に繋がることで──ありがとうございます。それでは後に』

 

 ぱたん、と携帯が畳まれて鋭い瞳がワトソンに向く。

 

「行きましょう。飛ばしてもらえる?」

 

「おい、まさかとは思うがワトソンのポルシェに三人で乗り込むのか? あの狭いところに?」

 

「時間が惜しいの、我慢なさい。遊戯王カード買ってあげるから」

 

「人をバカにするのも大概にしろ。1パック147円で俺を買収するのにも限度があるぞ」

 

「と言いつつも最後には折れるのが君って人間だよね……僕にも分かってきたよ」

 

 




 

『昼間のテレビを見たことあるか、最悪だぜ』s1,12、ディーン・ウィンチェスター──
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