哿(エネイブル)のルームメイト   作:ゆぎ

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星枷と遠山

 

 

 どこまでも続いている舗装された道路。心地いいシートの感触で分かる、インパラの中だ。

 

 分からないのは助手席に座ってることだが疑問が解けるのは早かった。日本にいるはずのない兄貴が運転席にいる、とどのつまり──夢なんだな。

 ああ覚えてるよ、親父が失踪して兄貴と探しに行ったときだ。

 

『兄貴、さっき言ったこと覚えてる?』

 

『なんだって。悪い聞いてなかった』

 

『親父のことだよ、放浪癖はいつものことだろ。もう一週間待ってみてねえか? 千鳥足で帰ってきたらいい笑い者じゃないか』

 

『どっかで酔い潰れてるならほっとくさ。けど親父は狩りにでた。もう何日も帰ってない。家族が行方不明なんだほっとけないだろ』

 

『ほっとけないけど、俺が言いたいのは家出した兄貴をいきなり連れ戻すのはどうかってこと。奨学金貰って真面目に大学に通ってる、仕送りもなんもなしでだよ。ディーンは気にいらないだろうけど、俺たちと違って自立してる。巻き込めねえよ』

 

『家族が大変なときに勉強机に向かうことが正しいってか? なあキリ、気持ちは分かるがいい年こいてセンチメンタルのはやめろ。少しは大人になれ、いつまでもホーム・アローンを見て笑ってるんじゃない』

 

『親父が失踪してるときに言いたくねえけど、俺たちが親父に忠実すぎるんだ。聞けよ、出て行った兄貴の肩を持とうってわけじゃない。けどさ年中インパラに乗って化物退治、学校の友達はできねえし、知り合いと言ったら親父と同じ部隊にいた海兵隊や昼間からバーで酔っぱらってるハンターだろ。これ聞いて普通の生活に思える?』

 

 俺は助手席から兄貴に問いかけた。

 67年のシボレー・インパラ、親父から兄貴に譲られた車の中で会話してる。夢なのに懐かしく感じるよ。

 

 悪夢の始まり、闇と戦う旅出──記憶のページにタイトルをつけるならそんなところだ。

 

『俺たちにとっては普通のことさ。家庭の事情』

 

『そこだよ、家庭の事情。みんなが遊んで、普通に友達作って、自分たちだけが外れてるから苦しくなる。なんつーか羨ましくなるんだ。普通の子供は銀を溶かして銃弾を作ったり、射撃の訓練をしたりしないよ』

 

『役に立ったろ、昔のお前はチャッキー人形を見てビビってるへなちょこだった。けど、今はどうだ? シェイプシフターと殴りあってる。でかくなったよ、全部親父のおかげさ』

 

 兄貴と俺は親父を探すためにカリフォルニアまで離れていた兄弟を迎えに行った。非日常の生活に嫌気がさして家族を離れたもう一人の兄を迎えにな。

 少しの時間だが、俺たちにはできなかった普通の生活を手に入れた兄を……非日常に連れ戻すには躊躇いがあった。

 

 普通の生活に憧れてたのは俺も同じだったからな、一度手に入れた幸福を手放すのは苦しいことさ。幸福の味を知らなければ諦めがつくが一度味を知ればそうはいかない……

 

『最後喧嘩別れだったよな、兄貴と親父』

 

『ああ、お前は一言も喋んないでCSI見てたよな』

 

『家族が争うのを見たくなかった。今思えば卑怯者だよ。傍観者だった』

 

『嘆いても過ぎちまったことさ。今向き合え──お袋ならそう言うよ』

 

『……今度は向き合うよ。カリフォルニアに着いたらどうせ喧嘩が始まる』

 

『フルハウスの最悪の回を見せられてる気分』

 

『ああ、それ言えてるよ』

 

 ぐにゃりと景色が歪み、ディーンの声が遠くなる。

 道路が湾曲を描き、俺の視界はそこでブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 今朝は懐かしい夢で目が覚めた。部屋を見渡したときには朝練の名目でキンジと神崎が出掛けたあとで閑散とした部屋には驚いたもんだよ。

 

 どこで訓練してやがるのかは聞かなかったが、綴先生から命令を受けていた俺も二人とは分かれて取調室に立ち寄った。

 理由は単純、司法取引を申し出た国際犯罪組織の構成員……要は夾竹桃の様子見なんだが……

 

「蜜柑箱でよく描けるな。つかお前絵上手くないか?」

 

 肝心の夾竹桃は俺を無視して蜜柑箱で黙々と漫画を書いていた。書きかけを覗いてやったがずいぶん達者なマンガだ。

 そういや理子も絵が上手かったな、イ・ウーでは一緒にマンガでも書いてやがったのかな。そんなわけないか。

 

 俺を見向きもしない夾竹桃は、綴先生の話では情報の提示は積極的、協力的な態度を見せてるらしい。

 保身に繋がるやべえ情報だけは最後まで抱え込む気だろうが、誰だって好き好んでリヴァイサンを眺めたくない。イ・ウーなんて深淵も深淵だ、底が見えん。今もこうして片足を突っ込もうとしてるがな。

 

 他に気になったのは夾竹桃があまり男のことが好きじゃないってことだ。特定の、ではなく俺の感じたところでは性別単位で。

 他人の趣味嗜好にケチつける気はねえが先生分かって俺をぶつけたな。何が愛弟子だよちくしょうめ。

 

「聞いてねえかもしれねえが取引は成立だ。あとは指定文書に署名と捺印するだけだとさ」

 

「忠犬も哀れなものね」

 

 見ろ、のっけから刺々しい。

 

「嬉しくねえが愛弟子扱いなんだよ。なんでか知らねえけどな。取引条件の1つで、東京武偵高の生徒になることも強制される。オブラートに言ってるが要は監視付きだ。お前、専攻したい学科あるか?」

 

「鑑識科」

 

 と、夾竹桃は──ペンを置いた。

 

「他には話は?」

 

「ねえよ。悪かったな、執筆の邪魔してよ」

 

「まあ、ビックリだわ」

 

 夾竹桃は小馬鹿にしたような感じで、わざとらしく少し驚く仕草をしてみせる。

 

「何がビックリなんだよ?」

 

「もののけが気配りができることに、驚いているの」

 

「前に言ったろ、もののけにも心はあるんだよ」

 

「寒い」

 

「……冷たい目に遭う覚悟はしてたよ。言葉は刃物って言うだろ、日本刀の切れ味だよ」

 

 アンニュイに溜め息を吐く。あれだ、見事に袈裟斬りにされた気分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 武偵高には『3大危険地域』と呼ばれる物騒なゾーンがある。明日なき学科と呼ばれる強襲科。名前で濁しちゃいるが要は火薬庫の地下倉庫。そして危険人物だらけの教師の詰め所──教務科である。

 教師が集まるだけの場所が危険地帯に認定されるのもおかしな話だが、綴先生やお友達の蘭豹先生、狙撃科の南郷を見ればピンと来る。散歩感覚で行ける場所じゃない。

 

「失礼します。尋問科二年、雪平切です」

 

「遅かったなぁ。お嬢様がお待ちかねだぞぉー?」

 

 そんな教務科の呼び出しを受けた俺を綴先生が出迎えてくれた。当たり前か、この人の個室だし。

 教務科の呼び出しに気分は消沈も良い所だが専攻している学科の講師が相手なら気が楽だよ。

 

 綴先生は革張りのイスで足を組み、対面していた生徒は顔も俯き気味だ。

 まあ、教務科で活力のあるやつなんざ見たこともねえけどな。それに誰かと思えば星枷じゃねえか。珍しいこともあるもんだな。

 

「先生、いわゆる個人面談ですか?」

 

「あー、違うんだよ。お前がのんびりしてる間に話はついちゃってさぁ」

 

 タバコの煙を輪っか型に吹いた先生は、据わった目を俺にぶつけてくる。

 

「──雪平、アンタ星枷の護衛やってよ」

 

 ……さてどうすっかな。きな臭い話をふってきやがったぞ。教務科からの依頼、それも武偵の護衛ときやがった。素直にかぶりをふりたい、だが俺は綴先生のことをよく知ってる。

 

 Yesと言えばYes、Noと言ってもYesだ。とどのつまりだな、受ける以外の選択肢がねえんだよ。

 どちらを選んでも行き着く結果は同じ。命あっての物種だ、受ける前提で話を聞いてみるか。……天井に先客もいることだしな。

 

「分かりました。受ける前提で話を聞きます。ルームメイトが世話になってる、あいつに恩を売ってゴミ出しの当番でも代わってもらいます」

 

「返事がよろしい。んで、相手なんだけど──アンタ、魔剣についてはどこまで知ってる?」

 

「超偵専門の誘拐魔です。その他はさっぱり」

 

「諜報科が魔剣が星枷を狙ってる可能性が高いってレポートを出したんだよ。超能力捜査研究科だって、似たような予言をしてる。言いたいこと分かるだろ?」

 

「都市伝説の犯罪者が実は本当に存在して、今も水面下で潜んでるって話。馬鹿馬鹿しいと言ってやりたいですが、俺は都市伝説や言い伝えってやつには嫌ってほど遭遇してる。経験から言わせてもらえば超偵専門の誘拐魔が実在してもおかしくありません」

 

「星枷ぃー、専門家も言ってるよー? もうすぐアドシアードだから、外部の人間もわんさか校内に入ってくる。その期間だけでもコイツを使っときな。アンタは武偵高の秘蔵っ子なんだぞー?」

 

 先生が口にする魔剣《デュランダル》は超偵──超能力を扱う武偵ばかりを狙った誘拐魔。

 

 だが魔剣とはその姿を誰にも見せたことがない幽霊のような犯罪者だ。

 正確には誰も奴の姿を見たことがない。性別も年齢も謎に包まれてる。おまけに今じゃ真に受けるヤツもいない。何でも殺せるコルトと一緒で都市伝説の扱いだ。まさに姿のない幽霊。

 

 だが、都市伝説ってやつは噂が独り歩きした延長にある、絶好の隠れ蓑だ。現に星枷も魔剣の実在を疑って護衛を拒否ってやがる。誘拐、奇襲、暗殺には最適の舞台だろうさ。

 もし意図して作り上げたなら、魔剣は武偵殺しと同類だな。頭が切れやがる。

 

「でも私は、幼なじみの子の、身の回りのお世話をしたくて……誰かがいつもたそばにいると、その……」

 

「ちょっと待ったあ! そのボディーガード、あたしがやるわ!」

 

 天井の通風口からアニメ声がして、ほぼ同時に通風口のカバーをぶち開けられた。

 先客、つまり神崎がダクトから豪快に着地する。誰が修理すんだよあれ……

 

「これは神崎・H・アリア──あれどうしてくれんの?」

 

 目を丸くしていた先生は、やがて煙草を灰皿に押し付けるや据わった目でぶち開けられた通風口を見上げる。 

 

 好きな映画に多いんだ、ダクトを這い回るシーン。ダイハードにエイリアン2、でもみんなダクトを這い回ってロクな目に遭わない。

 

「キンジ、あんたなんとかしなさい!」

 

「ちょっ……! おまッ!」

 

 驚きのあまりダクトから身を乗り出していたキンジが……哀れなもんさ、落っこちやがった。

 ひでえキラーパスだよ、パートナーでもトラップできてない。

 

「なんだぁ。こないだのハイジャックのカップルじゃん」

 

 綴先生の個室を覗きに来るなんて物好きな連中だな。俺なら10万ドルくれてもやらねえよ。先生はコートの内側に手をいれ──スキットルをとった。

 

「一杯やるのはあとにしてください。んで、神崎とそこの昼行灯。ボディーガードやるって言ったな。分かるように説明しろ」

 

「言った通りよ。白雪のボディーガード、24時間体制、あたしが無償で引き受けるわ!」

 

「い……いやです! アリアがボディーガードだなんて、私聞いてない!」

 

 Sランク武偵が無償で護衛してくれるってのに星枷から真っ先に否定から入った。

 神崎は有能な武偵だが肝心の依頼者との関係は水と油だ。ファースト・コンタクトから大乱闘だったしな。無償でもそりゃ断るだろうよ。

 

 俺とキンジは、揃って鏡合わせのように肩をすくめてやる。

 

「──双剣双銃のアリア。欧州で活躍したSランク武偵。コルト・ガバメントの二丁拳銃に小太刀の二刀流。いいじゃん、星枷ぃ、二つ名持ちだぞー。けどあんた欠点あったよなぁ、そうそう、およ……」

 

「わぁー! お、およ……」

 

 神崎は両手をバタバタさせつつ大声でジャミングしている。

 

「アリア。お、およ……なんだ?」

 

「うるさいっ! 浮き輪があれば大丈夫だもんっ!見なさい論破してあげたわ!弱点じゃないっ!」

 

 神崎、自爆したな。いいんじゃねえの弱点の一個や二個あっても人間らしくてさ。誰にだってあるよ、理子や夾竹桃にだってあるんじゃねえの?

 

「んで、そっちは遠山キンジくん。愛弟子のルームメイト。こんなのよく部屋に入れたよね、毎日顔付き合わせてるの?」

 

「残念ながら」

 

「お気の毒」

 

「地獄です」

 

「先生。俺、ディスられてます?」

 

「小さいぞー愛弟子ぃ。えーっと、申請してる武装はベレッタ社のM92Fモデル。アンタ達仲良いねえ」

 

「俺はトーラスが好きなんですよ!」

 

 ケラケラと笑う先生にかぶりをふる。

 面白いだろ? ウッドペッカーみたいだ。だが言わないぞ、言ったら殺される。

 

「解決事件は……たしか青海のネコ探し、ANA600便のハイジャック……ねぇ。やることの大きい小さいが極端なこと。アンタも星枷のボディーガードやるわけ?」

 

「き、キンちゃんがわたしのボディーガードなのぉーー!?」

 

「食いつきましたよ」

 

「ああ、食いついたなぁ」

 

 食いついちまったな、雲行きが怪しくなってきたぞ。キンジ咳払いしても無駄だ、星枷なら自分の世界にトリップしてるぞ。

 

「あー……俺は……」

 

「24時間体制で護衛。なんなら特別に単位を出してやろうか?」

 

「──あ、朝から夜まで一緒なのぉーー!?」

 

 会長どうして俺を見るんだ。見るならキンジだろ。つか目がこわい。

 

 キンジも黙りこくってやがるが単位欲しいんだろうな。先生はすごいよ、効果的な餌をちらつかせるのが上手すぎる。悲しいかな、尋問科の教諭はこの人以外考えられない。

 

「決まりね。あたしとコイツで24時間体制の護衛。キリも腕時間貸し(パート・タイマー)でどう?」

 

「かまわねえよ、俺は一人でもやるつもりだったしな。お前とキンジがいればプレデターの一匹ぐらいどうとでもなる」

 

 それになんたって俺は暇だからな。神崎の隣に歩いてやってから肩を並べてやる。

 

「解決事件にデカイ案件が加わるな。終わったら風魔に話を聞かせてやれよ」

 

「ありえん、ありえんだろ。幽霊から守るようなモンだぞ?」

 

「いいじゃねえか。やろうぜ幽霊退治──ゴーストバスターズだ!」

 

 

 




『フルハウスの最悪の回を見せられてる気分』S11、22、ディーン・ウィンチェスター──

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